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[ドイツ留学 (1).pdf](https://mdr.nims.go.jp/filesets/d7425ff1-9540-40ad-940f-a92bae4b1595/download)

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[大熊 学](https://orcid.org/0000-0002-2997-9166)

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[濃くて短いドイツ留学記](https://mdr.nims.go.jp/datasets/fa94ccd1-8251-43a9-96f2-50b8bae993eb)

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498 セラミックス　60（2025）No. 7経歴　2018 年 9 月東京工業大学物質理工学院材料系材料コース早期修了．博士（工学）．東京工業大学科学技術創成研究院フロンティア材料研究所特任助教を経て，物質・材料研究機構，構造材料研究センター，セラミックス基複合材料グループ，主任研究員1. はじめに　2016 年 6 月～ 8 月下旬までの，とても濃い 3 か月間のドイツ留学中の研究生活についてご紹介いたします．この度は，執筆の機会を与えていただきました編集委員の方々に深く御礼申し上げます．この記事を読み進めるにあたり，留学に対して消極的になってしまう読者がいらっしゃるかもしれません．ただし，今振り返れば，この体験があったからこそ，研究面ならびに人間として大きな飛躍があったと思いますので，誤解なさらずにお読みいただけましたら幸いです．2. 学生時代の研究生活と留学までの経緯　私は大学院から，東京工業大学総合理工学研究科材料物理科学専攻の若井史博研究室において，粉体プロセスと焼結の関係を，X 線トモグラフィーを用いた粒子スケールの 3 次元微構造解析を通じて解明する研究を行ってきました．具体的に，修士課程の 2 年間で焼結の熱力学的駆動力である焼結応力，焼結の際の微構造の複雑な形状変化を記述する量としてのオイラー標数など，新しい概念を駆使した研究に取り組みました．修士課程時の研究を博士課程でステップアップしようという試みから，若井教授の紹介でドイツのユーリッヒ研究センターの Olivier Guillon 所長にコンタクトをとり，焼結鍛造試験による焼結応力の実験的研究を計画しました．修士課程時にトモグラフィー画像解析から得られた焼結応力が，実験値と本当に一致するのか？これを確かめる必要性を感じたからです．幸いにも，留学費用は，大学院修士課程時に選抜された修士・博士一貫プログラム（ACEEES）の方から工面していただけることになっていました．（渡航費とは別に，現地での滞在費は 3 か月間家賃込みで 60 万円でした．）3. ドイツでの滞在生活　2016 年 6 月からの留学に先立ち，先方とは何度もやりとりをし，宿泊施設の手配や，研究所での実験計画に関しても準備を進めてきました．海外には何度か旅行や学会で行ったことがあったので，不安は少なかったと言えますが，一方で，実家生活をしてきた私にとって一人暮らしは初めてで，それが海外ということもあり，生活面での心配は少なくありませんでした．ただし，祖母から，「若い時の苦労は買ってでもせよ」と教わってきたので，修行ということで留学を決意しました．（学生時代から英語の勉強も好きではなかったので，自分を追い込んでみようと思ったのもあります．）6 月 1 日にドイツ（ユーリッヒ）の宿泊施設に到着し，困ったことがでてきました．何と事前調査ではインターネット回線があると聞いていたのに，ネットが無かったのです．ACEEES から頂いた 3 か月 60 万の費用で，家賃や生活費を捻出することを考えると，一日数千円する有料ポケット wi-fi は当時金欠学生の身分ではとても借りることができず，持参してませんでした．スマホも当時はデータローミングができないので，「無事に到着しました」という一報も入れられず，若井教授には大変ご心配をお掛けしたのを覚えております．途方に暮れた私は，どうしてもネットを使わないと 3 か月間生きていけないと思い，近所の通信ショップに行きましたが，最低でも 1～2 年契約と言われ，それも断念しました．最後の手段で，宿泊施設の隣の部屋をノックしました．日本から手土産用に持ってきた日本茶をお渡しし，「大変申し訳ないのですが，日本と連絡を取りたいのでメールの送受信用だけで構わないので，インターネットを使わせていただけませんか？」と交渉をしました．幸いにも，本当に親切な方で，3 か月間であれば使って良いですよ，と仰ってくださいました．今でもその恩は忘れません．こうして，初っ端から波乱万丈の私のドイツ留学生活がスタートしました．　翌日，ドイツの研究所に行き，ボスの Guillon 所長とご挨拶しました．また，実際に面倒を見てくださるJesus Gonzalez-Julian 研究員をご紹介していただき，当日中に一通りの焼結鍛造試験のやり方を教わりました．研究所は多国籍でドイツ人の他，欧州各地の研究者や博士学生，中国や韓国の方もいましたが，日本人は私一人でした．研究所の海外学生とお話ししたところ，やはり博士学生は一人前の研究者で，プロ意識が違うということに気付かされました．修士卒業直後の留学だったのですが，私も一人前のプロとしての「仕大熊　学（物質・材料研究機構）濃くて短いドイツ留学記© 日本セラミックス協会499セラミックス　60（2025）No. 7てやる．と決意しました．それから先の 1 か月は，Gonzalez 研究員の目を盗んでは焼結鍛造試験を継続しました．たまに見つかると「実験を止めろ」と怒られました．それでも私は何度も続けました．帰国の 1週間前に，ようやく良いデータがとれました．それをまとめて，Gonzalez 研究員に見せたところ，「素晴らしいデータだ，よく頑張った」と言われました．「すぐに論文にしよう！」と言われたときは本当に嬉しかったです．　日本では酒好きな私が，ドイツではほとんど酒を飲んでいなかったのですが，ようやくすっきりしたので一人で動物園に行き，ビールを飲みました（図 2）．本当に，至高の一杯でした．手ぶらでは帰れないという覚悟の上での留学だったので，「論文」という最大のお土産ができて安堵したのを今でも鮮明に覚えています．4. おわりに　ドイツでの生活は大変有意義でした．高々 3 か月間ですが，私にとっては非常に濃い時間でした．この成果も無事に論文投稿（G. Okuma et al., Journal of the European Ceramic Society. 38, 2053-2058（2018））でき，私は計 4 報の論文を持って，博士課程を早期修了できました．ドイツのエピソードは就職活動でも非常にウケが良く，東京工業大学や物質・材料研究機構の方で採用頂いた一つの要因になっているかなと思っております．　当時，大変お世話になった若井教授，Guillon 所長，Gonzalez 研究員には改めてこの場を借りて御礼を申し上げたいと思います．2023 年の Sintering の学会ではGuillon 所長に久しぶりにお会いでき，私がパーマネントポストを獲得できたことをとても喜んでくださいました．海外との繋がりを学生時代から構築できたことは先生方，周りの沢山の方々，ACEEES 支援のお陰であると思っております．深く御礼を申し上げます．大熊　学（おおくま　がく）305-0047　茨城県つくば市千現 1-2-1国立研究開発法人　物質・材料研究機構構造材料研究センターセラミックス基複合材料グループE-mail：OKUMA.Gaku@nims.go.jp事」をきちんとしなければ，と気を引き締めました．　強欲にも，私は 3 か月の留学中に 2 報分の論文データを取得する予定でした．ひとつは，先にも述べたように①焼結鍛造試験による焼結応力の実測，もうひとつは②電場を加えた場合の焼結応力の影響の調査でした．私の最優先事項は①だったのですが，Guillon 所長と Gonzalez 研究員は②に大変関心を示しており，どちらも並行して進めていくことにしました．私は学生気分が抜けておらず，手取り足取りのサポートがあるのかと思っていましたが，それは大甘でした．Gonzalez 研究員は基本的に一度しか説明をしてくれず，トラブル対応も自分で何とかしてというスタンスでした．ひとつだけ，電場を加える際に，「ここに触ったら死ぬよ」，とだけ警告をきちんとしてくれたことをよく覚えています．また，私が知らなかっただけなのですが，欧州では 6 月からフレックス夏休み期間で，私がドイツの研究所に着いてから 1 週間後にはGonzalez研究員は長期休暇に入ってしまいました．（元々Guillon 所長はご多忙で，3 か月の滞在中に 3 回しか会えない程度でした．）ここから，孤独な実験 & 研究生活が始まりました．始発のバスが 7 時，最終バスが18 時と研究時間が限られているので，私は居室には荷物を置くだけで，昼飯も食べず，水も飲まず，毎日ほぼ 100％の時間，焼結鍛造試験装置の前に張り付きました．3 か月で成果を出すには，これくらいやっても時間が足りないと思ったからです．18 時の終バスで宿泊施設に帰り，ささっと夕飯を済ませた後（図1），20 時くらいからデスクワークや実験データのまとめをしていました．ドイツの夜は時差で日本だと昼時間なので，若井教授とも定期的にメールで連絡をとらせていただき，それが私の心の拠り所でもありました．　2 か月焼結鍛造試験を行っても，焼結中の電場印加の効果が見えないので，Gonzalez 研究員に相談しようとしたのですが，Gonzalez 研究員もご多忙で，中々捕まりませんでした．そこで，私は電場の条件を変更することを勝手に決断し，ここで詳細は述べませんが，電場印加装置を壊してしまいました．これを Gonzalez研究員に直ちに報告したところ，「日本に帰れ」と当然怒られました．つぎに，若井教授にも相談したところ，「実験をしていなければ事故は起きません．実験を頑張っていたからこそ，事故が起きてしまうことがあるのです．無事でよかったです．装置の弁償は何とかしますよ」と大変暖かいメールをいただき，大人になって初めて泣きました．今でも忘れません．残りドイツ滞在 1 か月を切った私は，電場装置を使った②の成果は出せないけれど，①の成果だけは死んでも出し図 1  ドイツ滞在中の基本的な夕食．図 2  研究成果が出た直後の至高の一杯．