# Fileset

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## Creator

[轟 眞市](https://orcid.org/0000-0003-3986-1900)

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[Merci, 謝謝, Спасибо](https://mdr.nims.go.jp/datasets/ecf98476-3f77-4a11-8f8d-80aa120886bc)

## Fulltext

Hands-on techniques of presentation (3): Merci, XieXie, Spacibo◎連載プレゼン修行拾遺録【第 3回】Merci,謝謝,スパ シーバSpasibo轟　眞市 物質・材料研究機構光材料センター∗Shin-ichi TODOROKI来日している外国人が日本語をカタコトでも喋れることが分かると、がぜん親近感が湧くのと同様、外国でのプレゼンテーションの冒頭に現地語（ただし、英語以外）で短いスピーチをすると、聴衆の興味を一気に引きつけることができる。特に、聴衆が講演者のことを良く知らないと想定される場合には効果的である。筆者は英語もまともに喋れないくせに、外国語をかじることには興味がある。たとえ下手の横好きであっても、仕事のため国際交流のためとあらば、忙しい準備の間の現実逃避にも大義名分が立つ。現地でのちょっとした交流に役立つこともある。旅先で掻き捨ててきた恥の話にお付き合い願いたい。2001年春のフランス突然に出張の話が振られてきた。同室のフランス人ポスドクの仲介で、単身ボルドー大学とレンヌ大学を訪問することになり、そこで研究内容を話すことになった。準備の時間は三週間だけだったが、フランス語のにわか勉強を始めるとともに、彼女に短い挨拶文を考えてもらった。筆者の世代の人間は、大学までの語学の勉強といえば、ノートに手書きで例文を書き写すことが基本であった。その後、パソコンが文房具の様な存在になって初めての語学の勉強である。まずは、フランス語のファイルの読み書きと印刷を Linux PCで行う方法を習得した。費す労力の大半がこれなのだから、本末転倒と云われても仕方がない。しかし、勉強に道楽を結びつけるのは良い戦略である。∗〒 305-0044茨城県つくば市並木 1-1fax 029-854-9060URL: http://www.geocities.jp/tokyo1406/Merci beaucoup, Monsieur Le Flem (Monsieurle professeur Lucas), pour cette présentation.Je vous remercie beaucoup pour votre hospi-talité et ćest avec un grand plaisir que je vais vousprésenter mes récents travaux realisés au NIRIM.Comme j́apprends le francais depuis seulementtrois semaines, je vais continuer ma présentation enanglais, si vous le voulez bien.図 1:フランス語による挨拶の原稿。図 1に示すわずか 3文の挨拶なのだが、文法を理解し、綴りだけをみて発音できる様になるには結構てこずった。彼女に発音をチェックしてもらったのは、出発直前の一度きりだった。20名弱の聴衆の前で、原稿にはなるべく視線を落とさない様にして喋り終えると、暖かな拍手が返ってきた。母国語以外でコミュニケーションしなければならない者同士の連帯を勝手に感じながら、発表を続けた。2002年秋の上海今度は国際シンポジウムでの招待講演であったが、中国語は十代のころ一ヶ月だけかじったこともあり、例の如くにわか仕込みで出発した。空港で迎えてくれた 2人の若い博士達と共にタクシーに乗り込み、ひとしきり話をしたら、渋滞につかまってしまった。それならば、と挨拶原稿を取り出し、音読して発音のチェックを受けた。翌日の午前中のセッションは朝 8時から始まり、筆者の出番は 9番目だった。1回の休憩を挟んだも60 Materials IntegrationVol.22 No.03 (2009)http://www.geocities.jp/tokyo_1406/�http://www.tic-mi.com/publ/mi_new.html�◎連載図 2:中国語による挨拶の原稿。のの、時刻は正午近く。聴衆は空腹と疲れを感じている頃であった。登壇して威勢良く最初の一文を発すると (図 2参照)、その直後に万雷の拍手を浴びた。会場の半数以上を占める百人以上の中国人からのものだった。勢いをもらった筆者は気持ちよく講演を進めることが出来た。翌日のバンケットでは、例の若い博士達が声を掛けてきて、肩を組んで一緒に写真を撮った。市内観光では話も弾んだし、何かと気を配ってくれた。2005年春のサンクトペテルブルクここまで来ると半分意地になってくる。大きな国際会議の中の小さなシンポジウムに招かれたので、ロシア語は全く心得がなかったけれども、覚悟を決めた。見慣れないキリル文字を、発音とともに覚えるのは苦労した。なんせ、“S” は英語の Sに相当するし、“N” は N、“R” は Rなのだから。原稿をタイプし清書しても、なかなか読める様にならない (図 3参照)。あらかじめ発音をチェックしてもらう機会も逃してしまった。現地に乗り込んでからは、毎日ノートに書き写し、音読をした。開会式での来賓挨拶の冒頭が聞き取れたことで、少し自信がついてきた。本番 2日前にしてようやくスラスラと喋れるようになった。身体を使って覚えることの重要性を今更ながら認識した。その日の市内観光でお土産を物色していると、ひとなつっこい若い店員が声を掛けてきた。彼は大阪に 1年半滞在したことがあり、妻は日本人だという。この機会を逃すまいと、その場で練習に付き合ってもらった。別の若い女の店員が面白がって寄ってきた。関西弁を喋るロシア人青年に向かって、日本人Uva�áemy� predsedátel�, Sergé�Ivánoviq, Dámy i gospodá� blagodar�́ vas / za �́tu zameqátel~nu�vozmó�nost~ / výstupity péred vámina �́tom simpóziume / v kul~túrno� stolíceRossíi, górode Sankt-Peterbúrg.Poká �́to vs�, qto � mogú skazát~ po-rússki. Spasíbo.図 3:ロシア語による挨拶の原稿。のおじさんが場違いなロシア語を話しているのだから無理もない。本番での聴衆はわずか 10人程で拍子抜けしてしまったが、無事に拍手を頂戴して勤めを果たすことが出来た。言葉の壁ごしに垣間見えるモノ数年ぶりに挨拶原稿を眺めてみると、すっかり忘れ去っていることに気づく。それでも、あの努力が無駄になったとは思わない。やむをえず英語でコミュニケーションしなければならない者たちの間には、ぶ厚い壁が立ち塞がっている。英語よりも伝わり易い言葉の力を借りて、僅かでも心を通わすことが出来れば、その直後から、双方の英語運用能力にアクセルが掛かるのだ。最後に各国語の挨拶原稿を作成していただいた、Dr. Virginie Nazabal, Dr. Chu Songzhu (諸松竹),及びDr. Dmitry A. Kukuruznyak (Dmitri� Anatol~eviq)に感謝の意を表する。マテリアルインテグレーション Vol.22 No.03 (2009) 61http://www.tic-mi.com/publ/mi_new.html�