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[tic_dogu3.pdf](https://mdr.nims.go.jp/filesets/b553fba1-cdc3-4113-a097-a2a3c3a9ff18/download)

## Creator

[轟 眞市](https://orcid.org/0000-0003-3986-1900)

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[UNIXの遣い手達の横のつながり](https://mdr.nims.go.jp/datasets/c4d382d6-8613-43c5-9b2d-e2eaec2d29ee)

## Fulltext

Inside the toolbox of an engineer (3): Rapport among the faithful of UNIX philosophy◎エッセイ技術者の道具箱 (3)： UNIXの遣い手達の横のつながり轟　眞市 物質・材料研究機構光材料センター∗Shin-ichi TODOROKIその青年は武者修行の旅の途中、妙に惹かれるところのある刀と脇差を手に入れた。異なる刀匠の手による、異なった風格を持つ品であった。青年はそれぞれに惚れ込み、修練の末、めいめいの長所を活かす身体の運用法を習得した。ある事情から、青年は奇妙な試合をすることになった。二刀流で臨むべし、という条件に沿うべく、彼は例の刀と脇差を手に稽古を始めたが、ほどなく、両者の性格の差が自身の動きの調和を妨げることに気がついた。しかし試合に勝つためには、これを乗り越えるしか道は無かった。ある日青年は、重要な事実を見落としていたことに気がつく。例の二人の刀匠は時を違えて同じ師に学んでおり、その師は、彼の学ぶ剣の流儀の創始者と親交が深かったという。青年は剣の基本に立ち帰って稽古をやり直し、程無く、二振りの刀を同時に活かす道を悟ったのであった。出来合いのソフトでは越えられぬ壁2001年 5月、筆者は「マイクロガラス細工」とでも云うべき実験に取り組んでいた。一対の光ファイバの先端どうしを向かい合わせて一滴のガラス融液に差し込み、その後同時に取り出すことで、光ファイバをガラスで繋ぎ合わせることを狙っていた (図 1参照)。手持ちのステッピングモータ駆動ステージを組み合わせた光ファイバ調芯機の真ん中に、小さなヒーターを据え、その上に一滴のガラス融液を保持した。光ファイバと融液の位置関係は、それらを固定したステージを操作して調整する。ステージは GP-IBインターフェースを介してパソコンから操作する。∗〒 305-0044茨城県つくば市並木 1-1fax 029-854-9060URL: http://www.geocities.jp/tokyo 1406/CCD カメラ(1) (2)(3)金板＋加熱器ファイバ調芯器図 1:「マイクロガラス細工」に用いた装置。光ファイバの直径は 125 µm、ヒーターの横幅は 6 mm。パソコンには GP-IBインターフェースボードを増設しておき (図 2参照)、ボード付属の簡易言語で簡単なプログラムを書いて自動運転する様に組んでいた。しかし、ガラス細工に必要な動きは事前に決定しておける代物ではない。刻一刻と変わる融液の形状や粘度に則して、瞬時に最適な動作を選びとっていく必要がある。付属の簡易言語でこれを実現するのは絶望的な話だった。惚れて求めたGP-IBボードそもそもその GP-IBボートを選んだのは、販売元の社長、平林浩一氏の姿勢に惚れこんだからである。筆者が 2年前の 1999年に Linux PCへの全面移行を決断した後†、Linuxで使えるGP-IBボートを探していて、モガミ電線のホームページにたどり着いた。高性能オーディオケーブルで世界的に有名なその会†前回のエッセイ (2008 年 8 月号) 参照。Linux は UNIX の流れを受け継いだクローンである。84 マテリアルインテグレーション Vol.21 No.09 (2008)http://www.geocities.jp/tokyo_1406/http://www.tic-mi.com/publ/mi_new.html◎エッセイ図 2: 装置制御に用いた省スペースパソコンと GP-IBインターフェースボード。CPUのクロックは 300MHz、メモリは 128 MB。今も現役で働いている。社では、早くからビジネスにUNIXを活用しており、平林氏自ら「ユーザがお金を生み出すためのOS」と評している。なんだか波長が合いそうだ。Windows専用の他社製品と比べて値は張ったが、早速入手した。それ以来、簡単な装置制御には重宝して使っていたのだが、ここにきて壁に突き当たった訳だ。平林氏はプログラマでもあるから、その製品にはぬかりは無かった。C言語から利用できるライブラリも付属していたのである。しかし筆者としては、1年前から使いはじめた Rubyという言語でプログラムを書きたかった。その方が筆者の生産性が断然上がるからである。Rubyとは何か?それは、まつもとゆきひろ氏が 1993年から開発しているプログラミング言語である。「プログラミング言語おたく」を自称するまつもと氏が手がけるその言語は、「ストレスなくプログラミングを楽しむこと」に重きをおいて設計されている。フリーソフトウエアとして公開された Rubyは、その設計思想に共感する人が増え続け、今世紀に入ってからは世界中で使われるようになった。筆者もRubyに魅せられた者のひとりであり、2000年の初夏には使いはじめた。一歳年下のまつもと氏の肉声を聞くために、その年の秋に京都で開催された Ruby初のカンファレンスに足を運んだ。彼もまた Linux遣いであった。彼の語る哲学に共感し、彼と同じ時代、同じ国に生きることになった巡り合わせに感謝した。二人の仕事の合体作業マイクロガラス細工を実現させるためには、平林氏のライブラリを Rubyから使える様にするしかない。まつもと氏による解説書 [1]を読み返すと、それを実現する機能は盛り込み済だという。未知なる作業に数日掛ける覚悟を決めて取り組んでみると、簡単な C言語のプログラムを書くだけで、あっさり数時間で終わってしまった。ストレス無き開発環境を手に入れ、実験は加速した。融液の状態をカメラで監視しながら、光ファイバを自在に操作できるシステムを完成させ、目的としていた融着構造を得るに至った。この構造を元に「光ヒューズ」を発明する偶然にも遭遇した [2, 3]。光ファイバを繋ぐビデオ映像を YouTubeに投稿したところ、全部で 9つ投稿した実験映像の中で一番の人気であった。(http://www.youtube.com/tokyo1406参照)白い原料粉が融けて透明の融液となり、光ファイバに挟まれたガラスへと変化する様子が、単純に面白く感じてもらえたのであろう。便利な道具に出会っても、それを使いこなすには修練が必要である。その内容がひとつの道に沿ったものであれば、安心して打ち込むことができる。筆者の場合、それは UNIX哲学 [4]であった。平林氏の言葉、「UNIXはまさに奇跡を生みだします」の意味を身をもって経験した出来事であった。［参考文献］[1] まつもとゆきひろ,石塚圭樹：“オブジェクト指向スクリプト言語Ruby”,アスキー出版局 (1999).[2] 轟 眞市：“窮すれば光ヒューズ ―綱渡りを支えたのは、こだわり、手作り、Linux”, 未来材料,4, 11, pp. 71–74 (2004).http://pubman.mpdl.mpg.de/pubman/item/escidoc:28485[3] 轟 眞市：“セレンディピティの磨き方―ファイバヒューズ研究に至った縁と偶然 (1) 光ヒューズの開発―偶然は手を動かして掴むもの”, 工業材料, 55, 2, pp. 92–95 (2007).http://pubman.mpdl.mpg.de/pubman/item/escidoc:33118[4] M. Gancarz: “UNIXという考え方―その設計思想と哲学”,オーム社 (2001). (芳尾桂訳)Materials Integration Vol.21 No.09 (2008) 85http://www.youtube.com/tokyo1406http://pubman.mpdl.mpg.de/pubman/item/escidoc:28485http://pubman.mpdl.mpg.de/pubman/item/escidoc:33118http://www.tic-mi.com/publ/mi_new.html