NIMS5 年の歩み 独立行政法人 物質・材料研究機構 NIMS5年の歩み NIMS 5 TE ORD. 岸 輝雄理事長 1~2 上原 哲理事 3~4 鯉沼秀臣理事 5 野田哲二理事 6~7 広瀬研吉元理事 8 渡辺 遵元理事 9 加茂睦和元理事 10 齋藤鐵哉元理事 11~12 01物質研究所 物質研究所の5年 15 ~22 ホウ化物グループ 23 ~26 超高圧グループ 27 ~28 非酸化物焼結体グループ 29 ~30 電子セラミックスグループ 31~34 機能性ガラスグループ 35 ~38 ソフト化学グループ 39 ~40 スーパーダイヤグループ 41~44 プラズマプロセスグループ 45 ~48 光学単結晶グループ 49 ~52 先端結晶解析グループ 53 ~54 超微細構造解析グループ 55 ~56 高分子性酸化物グループ 57 ~58 機能モジュールグループ 59 ~60 超分子グループ 61~62 独立研究グループ 63 ~64 02ナノマテリアル研究所 ナノマテリアル研究所の5年をふりかえって 67 ~70 ナノ物性グループ 71~76 ナノファンクショングループ 77 ~80 ナノ電気計測グループ 81~84 ナノデバイスグループ 85 ~88 ナマファブリケーショングループ 89 ~90 ナノキャラクタリゼーショングループ 91~92 ナノシンセシスグループ 93 ~94 ナノ電子光学材料グループ 95 ~96 ナノマテリアル立体配置グループ 97 ~98 ナノアーキテクチャーグループ 99 ~102 ナノ量子輸送グループ 103~104 原子エレクトロニクスグループ 105~106 ナノ量子エレクトロニクスグループ 107~110 バイオナノマテリアルグループ 111~112 極限場ナノ機能グループ 113~116 03材料研究所 材料研究所の5年 119~126 高比強度材料グループ 127~130 高融点微結晶材料グループ 131~132 超耐熱材料グループ 133~134 溶射工学グループ 135~136 耐照射材料グループ 137~142 基礎物性グループ 143~144 機能融合材料グループ 145~152 圧電体単結晶グループ 153~160 ナノ組成解析グループ 161~166 反応・励起のダイナミックスグループ 167~168 腐食解析グループ 169~172 高輝度光解析グループ 173~176 微粒子プロセスグループ 177~182 微小造型グループ 183~188 複合材料グループ 189~190 設計試作グループ 191~192 04生体材料研究センター 生体材料研究センターの5年 195~204 組織再生材料グループ 205~206 機能再建材料グループ 207~208 人工臓器材料グループ 209~210 細胞基盤技術グループ 211~212 バイオエレクトロニクスグループ 213~214 医療応用技術グループ 215~216 05超伝導材料研究センター 超伝導材料研究センターの5年 219~226 新物質探索グループ 227~228 酸化物線材グループ 229~230 金属線材グループ 231~232 薄膜・単結晶グループ 233~234 SQUIDグループ 235~236 06計算材料科学研究センター 計算材料科学研究センターの5年 239~240 第一原理物性グループ 241~246 第一原理反応グループ 247~252 強相関モデリンググループ 253~256 粒子・統計熱力学グループ 257~264 07超鉄鋼研究センター 超鉄鋼研究センターの4年間 267~282 冶金グループ 283~294 金相グループ 295~302 耐熱グループ 303~316 耐食グループ 317~320 溶接グループ 321~328 08エコマテリアル研究センター エコマテリアル研究センターの5年 331~338 環境循環材料グループ 339~342 エコデバイスグループ 343~350 環境エネルギー材料グループ 351~354 環境浄化材料グループ 355~358 軽量環境材料グループ 359~360 09強磁場研究センター 強磁場研究センターに関する5年 363~364 磁場発生技術グループ 365~366 低温発生技術グループ 367~368 磁場科学グループ 369~372 材料・プロセスグループ 373~374 10材料基盤情報ステーション 材料基盤情報ステーションの活動 377~386 クリープ研究グループ 387~392 疲労研究グループ 393~394 腐食研究グループ 395~398 極低温材料グループ 399~400 高温材料グループ 401~402 材料データベースグループ 403~412 11分析ステーション 分析ステーションの4年 415~420 分析基盤グループ 421~422 金属系分析グループ 423~424 セラミックス系分析グループ 425~426 12超高圧電子顕徴鏡ステーション 超高圧電子顕微鏡ステーションの1.9年 429~430 高分子機能解析グループ 431~432 その場解析グループ 433~434 13ナノテクノロジー総合支援プロジェクトセンター ナノテクノ ロジー総合支援プロジェクトセンター 437~439 14若手国際研究拠点 科学技術振興調整費・戦略的研究拠点育成プロクラム「若手国際研究拠点」 441~447 15物質材料工学専攻 物質材料工学専攻の活動を振り返って 449~452 16データ集 455~461 17イベント集 463~467 NIMSの5年を振り返って 独立行政法人物質・材料研究機構 理事長岸 輝雄 独立行政法人物質・材料研究機構(National Institute for Materials Science : NIMS)は、旧無機材質研究所と旧金 属材料技術研究所が統合し、平成13年4月1日に発足しました。平成18年3月31日までの5年間が独立行政法人とし ての第1期中期計画期間となります。 NIMSは、物質・材料に関する基礎・基盤研究を行う研究機関ですが、この第1期においては、「ナノ物質・材料」、 「環境・エネルギー材料」、「安全材料」、「研究基盤・知的基盤」を重点領域として研究を推進してきました。この5年 間の研究内容等の詳細は後節をご覧頂きたいと思いますが、構造用金属材料、超伝導材料、磁性材料、半導体材料、 生体材料、環境用材料、光学材料、複合材料、分析・評価技術、シミュレーション技術、データベース・データシー ト、 国際標準など物質・材料に関わる幅広い分野において多くの成果が得られたものと考えています。 また、第1期中期計画期間において、NIMSは多くの改革を進めるとともに、新しい取り組みも積極的に推進してい ます。 組織面では、旧2研究所の融合を図りつつ、またミッションを明確にして効率的に研究を推進できるよう、3研究 所、6センター、3ステーションの体制としました。すなわち、研究者のホームグラウンド的な研究所、分野を定め て研究を推進するセンター、設備の共用、知的基盤を推進するステーションです。 また、機構の運営に関わる制度・施策を企画する部門として運営5室を設置しました。 これに加えて、新しい取り組みとしてナノテクノロジー総合支援プロジェクトセンター、若手国際研究拠点、及び 筑波大学大学院の独立連係専攻博士後期課程の運営も開始しています。 ナノテクノロジー総合支援プロジェクトセンターは、文部科学省から運営を受託したもので、施設の共用、研究情 報の循環を通してナノテクノロジー研究者のネットワーク構築を支援する組織です。 若手国際研究拠点では、多くの国籍、多くの分野の若手研究者を世界から広く集め、異分野・異文化のぶつかり合 い、国際的環境という刺激の中で新分野の独創的研究を行っています。 また、筑波大学数理物質科学研究科内に独立連係専攻として設置した「物質・材料工学専攻」は、物質・材料工学 分野における高度な研究型専門職業人を養成することを目指した新しい方式の連携大学院です。 これらの取り組みは、国際的に開かれた研究所への脱皮、優秀な人材の確保、国内外の研究ネットワークの構築な どNIMSの運営構想に密接に結びついた取り組みであり、今後も積極的に推進していきたいと考えています。 制度面では、研究者個人業績評価制度の導入、エンジニア職の設置、内部競争的資金の設置等を行いました。 研究職の個人業績評価制度は、論文、特許、ものつくり等を定量的に評価し、処遇に反映させる業績主義の制度で す。優れた業績をあげた研究者に報いることができる透明かつ公平な体制を作ることができたと考えています。 エンジニア職は、高度な技術を必要とする研究支援的業務を行う職種です。研究支援を行う職員を適切に位置付け、 正しく評価・処遇を行うことができるようこの職種を新設しました。 内部競争的資金は、研究者の斬新な発想を生かし、次期のプロジェクトの芽を育てるための研究資金です。個人研 究、チーム型研究などいろいろな形で萌芽研究をできるようにし、アクティビティの高い研究環境の形成につなげる ことができればと考えています。 これらの改革を進めることによってNIMS全体の業績は量、質ともに大きく向上しました。独法化前と比較して論文 数は1.9倍になっています。またISIのMaterials Science分野における論文引用回数は3.4倍(論文1報当たりでは1.8倍) となり、その世界ランキングは独法化前30位から独法化後4位へと飛躍的に上昇しています。 特許については出願件数、登録件数ともに2倍程度に増加しました。これに伴って民間企業等への技術移転も進ん でいます。NIMS発の技術によるベンチャーはこれまでに6社が立ち上がりました。 この他、運営の面でも活性化が進んでいます。国際関係では、これまでに73の機関と国際共同研究覚書を、8の機 関と国際姉妹機関協定をそれぞれ締結し、7の大学と国際連携大学院を行っています。来客数は広報室を介したもの だけで年間2,000人以上となっています。産学独連携も活発に行い、民間企業、大学等と300件程度の共同研究を推進し ています。 以上に述べた取り組みに加えて、物質・材料研究に関する中核的機関としての活動も開始しました。国際的取り組 み・情報発信の強化、知的基盤の強化、産独・学独の連携強化の3つが大きな項目です。より具体的には、世界材料 研究所フォーラム(世界の物質・材料研究をリードする代表的な機関が一堂に会し、研究動向に関する情報交換およ び連携を行う会議)の開催、物質・材料研究アウトルック(物質・材料研究の動向をまとめた白書)および国際学術 誌(Science and Technology of Advanced Materials)の発行、材料研究プラットフォーム(産業界を中心とした産学 独の研究者が集まり、情報循環、共同研究を行う場)の構築、国際標準化、学独連携研究の推進などがその施策です。 これらの施策については、平成16年度に基本方針をまとめ、平成17年度から活動を開始していますが、H18年度からの 第2期中期計画においても強力に推進していく予定です。 第2期以降、NIMSが進むべき研究の方向は、ナノテクノロジーを活用した持続社会形成のための物質・材料科学 “Nanotechnology Driven Materials Science for Sustainability”と考えています。このコンセプトに基づき、第2期中 期計画においては、「ナノテクノロジーを活用した新物質・新材料の創成」および「社会ニーズに対応した材料の高度 化」を重点領域として、20のプロジェクト研究に取り組む予定です。 じっくり基礎・基盤研究を推進すること、すなわち長期安定性(Long Term Stabilization)ということがNIMSをは じめとする公的機関の使命ですが、新しいことに積極的にチャレンジし、進化を続ける研究機関でありたいと考えて います。 第2期からの新生NIMSにもご期待下さい。 新たな5年間に向けて 独立行政法人物質・材料研究機構 理事上原 哲 国立研究機関であった金属材料技術研究所と無機材質研究所が2001年4月1日に統合し、独立行政法人物質・材料 研究機構が発足して以来、5年が経過し、この3月末に最初の中期計画期間が終了しようとしている。 この5年間の歩みは、国立研究機関から独立行政法人への組織上の大きな変革期にあったと同時に、同じ材料の研 究機関でありながら、文化や伝統の異なる両機関の融合・発展の期間であったと言うことができる。 幸いにして、機構に対する評価は役職員を含めた機構関係者の努力により、年を重ねる毎に着実に向上しつつある と承知しており、さらに、研究者個人の業績に対しても、各種の学会からの受賞をはじめ、2005年における「つくば 賞」の各賞受賞など高い評価を得ることができたことは喜ばしいことである。 もちろん、喜んでいるばかりいても仕方がないのであり、機構にとって残された課題も多いことも事実である。 まず、機構の役職員の身分を非公務員化することである。 この3月末に中期計画期間が終了する独立行政法人は、機構を含む56法人あり、一昨年及び昨年の見直しにより、 56法人が42法人となるとともに、44法人について役職員の身分が公務員でなくなるという方針が決定されたことであ る。非公務員化に伴う主な変更点は労働3権の付与をはじめ、労働基準法の完全適用や雇用保険及び労災保険への加 入などがある。 機構においては、これらに対応するため、人事企画特別委員会を設け検討が進められており、例えば、職員構成を 従来の常勤と非常勤の職員から、新たに定年まで勤務する定年制職員と現在の非常勤に代わる有期雇用の任期制職員 に変更したり、勤務のあり方も研究職に対して裁量労働制を導入したりする方向で議論が進められ、実行に移されよ うとしている。さらに、定年退職後、希望する職員が一定の年齢まで勤務が可能となるよう、新たにフレッシュキャ リア制度を設け、職員の支援を行うこととしている。 今後、非公務員化に向けた法律改正が行われ、これが現実のものになるのもそれほど遅くないと考えられるので、 後れをとらぬよう十分準備を行っていきたい。 次に、機構の業務運営のより一層の効率化である。 機構の新たな5年間に向けて考えなければならないものとして、同期間中に達成すべき業務運営の目標をできる限 り定量的・具体的に定めるものとされており、特に、業務運営の効率化については厳格かつ具体的な目標を定め、よ り一層の効率的な業務運営を目指すものとされている。 機構においては、従来から業務のアウトソーシングなどに努めてきたところであるが、新たに業務効率化推進委員 会を設け、今後5年間を見通しつつ、アウトソーシングを含む業務運営の効率化のより一層の推進に向けて検討を進 めてきている。 この検討に当たっては、業務コストの削減はもとより、業務の迅速化、責任体制の明確化、透明性の向上など業務 品質の向上の観点から、検討結果の得られたものから着実に実行に移すこととなっている。特に、ITによる業務運営 の効率化は有力な手段であり、これについても配慮がなされることとなっている。 これを進めるためには、現実の業務を進めながら行うわけであるので、機構の役職員を含む関係者の努力が不可欠 であり、機構が一体となって進める必要があることはもちろんである。 この他にも、機構を取り巻く課題は山積しており、これらを解決しつつ、新たな5年間を歩むこととなる。 最後に、最近の新聞記事に今年成人式を迎える大学生約1000人に「15年後の日本の姿」を聞いたところと題する記 事が掲載されている。これによると、15年後の日本の将来に対する楽観と悲観の見通しがほぼ拮抗しており、今より 良くなる理由では、「景気の回復」、「ITや科学の進化」、「医療の発展」が上位を占めたとのことである。 機構においても、15年後の物質・材料研究や機構のあるべき姿の検討が進められている。若者が今より良くなる理 由として取り上げた「景気の回復」、「ITや科学の進歩」、「医療の発展」という3点を考えると、機構が今後進めるべ き研究分野にいて、極めて示唆に富んだものと思えてならないし、それらに機構として答えていく15年間で必要があ ると考えているところである。 H17.12.1 今後の組織のあり方について(試案) ―旧国研体質から脱し、近代経営へ― 1.現状及び問題点 ①経営機能と執行機能の渾然一体化 ・執行の適正化のみ、改革・改善の努力に消極的 ・硬直な執行から柔軟な執行(現場で出来るものは現場で) ②規模の拡大 中小企業から中堅企業への脱皮→個別対応から組織対応へ (500人体制→1,500人体制) ③公務員型→非公務員型 本格的な一般企業並みの経営へ 2.PDCAサイクルの確立 3.本社機能と執行機能の分離 4.財務状況 ―減量経営への脱皮― 5.事務部門の改革 ①問題点と改革の方向性 総務 文書・法令の改革 経理・調達 発注改革 人事 ライフサイクルを考慮した人事改革 (採用・研修) 厚生・福利 外注の検討 施設 維持管理・コストの低減・安全 (図書館業務の外注他) 業務推進 外部資金への対応強化 広報 戦略広報への転換(ブランド価値の向上) 情報システム コスト削減・インテグレーション 独法化先導プログラムComet-NIMSと独学連携 独立行政法人物質・材料研究機構 理事鯉沼秀臣 独立行政法人となった国立研究所と国立大学は、互いの資源を有効活用する独学連携を深めることによって、科学 技術の進歩とその応用分野の開拓により大きく貢献することが期待される。NIMSは独法化以来、筑波大学との連係大 学院はじめ、東北大多元研、東大工学系大学院マテリアル工学専攻との研究者交換、大学院博士課程学生を対象とす るジュニアリサーチアソシエート等の新たな制度を導入し成果を上げている。私が2005年3月まで在職していた東工 大とも、理工学研究科(大岡山)と総合理工学研究科(すずかけ台)や研究所にNIMSの研究者が連携または客員教授 のポストを得て講義や共同研究を進める一方、東工大(に限らないが)教員をNIMS客員研究員として学独連携による 研究の活性化が行われている。特に応用セラミックス研究所(旧工業材料研究所)は、NIMS前身の無機材質研究所と 古くから深いつながりがある。 独法化に関連する応セラ研と無機材研との連携は1998年に始まっている。当時の科技庁石井利和材料室長に、その 2年前にスタートしたJSTの戦略基礎研究「コンビナトリアル分子層エピタキシー」の話をする機会があった。固体材 料研究を画期的に高速化する新技術は、国として取り上げるべき重要な開発課題であることを賢察した材料室は、2 年後の独法化を先導するプログラムとして、大学連携の新たなプロジェクト「コンビナトリアル材料科学技術の創製 と先端産業への展開(略称Comet)」を立ち上げた(もう1件は金材研ベースのプロジェクト「超耐熱材料(リーダー 原田広史)」)。Cometプロジェクトは、東工大の3グループ(鯉沼(リーダー)、川崎雅司、長谷川哲也)に無機材研 3グループ(渡辺遵、井上悟、羽田肇)と金材研1グループ(知京豊裕)で1999年にスタートし、2004年にはリーダ ーを知京に引き継いでさらに延長されている。多くの学術論文および日米ワークショップやMRSシンポジウム等の主 催を通して発信したComet-NIMSは、固体材料研究のフロンティア開拓者として世界に認知され、国内でも関心が高ま ってきている。 4月に理事に就任してこれまでの8ヶ月間、平成18年度からの第2期中期計画の立案、職員採用等の共通業務のほ か、特命事項として若手国際研究拠点(ICYS)の中間評価への準備、世界材料研究所フォーラム(ロシア、インドへ の参加要請など)、知財(専門家の補充、国際特許の申請など)、強磁場センター(設備の改修と予算、共同利用研究 など)、ポータルサイトおよび標準化(システム等未解決)、独学連携(理科大、東大、テキサス大学等との新規計画 検討開始)、Spring-8ビームライン(有効活用、現地職員、コストパフォーマンス)等の問題を担当してきた。短期に は解決できない課題も多く、戦略室をはじめとする職員、研究者と情報を共有し、機構外の協力も得て、独法化NIMS の存在価値を高めるためのさらなる検討が必要である。また、機構は周囲の環境に恵まれていながら、研究ばかりで 文化の香りがあまり感じられない。ピアノの設置と演奏会、図書室の一部サロン化による有効利用、等も今後の検討 課題として提案したい。特命担当に指名された2020年(NIMSのあり方)委員会において、男女共同参画等の2020年ま で待てない問題に含めて、若手を中心とする委員会メンバーとともに考えていきたい。 理事担当業務について 独立行政法人物質・材料研究機構 理事野田哲二 平成17年4月に着任し、業務として運営5室のうち評価室、国際室を、また研究所、センターならびにステーショ ン、委員会については、国際化推進委員会、図書委員会、研究スペース委員会、研究施設・設備委員会、ペタフロッ プス委員会、物質・材料研究アウトルック検討委員会、特命事項として研究スペースの配分、研究職、エンジニア職 の評価を担当した。主にかかわった活動について以下に記載する。 1.評価関係について 17年度における最も大きな事項は、第1期中期計画(平成13年~17年)の最後の年となるため、総合科学技術会議 の第3期基本計画の策定作業を見つつ、次期中期計画重点領域の設定と評価であった。また、毎年実施されている独 法評価対応である。いずれも相互に関連するものであるため、戦略室、評価室が一体となって資料準備にあたった。 すでに次期計画作業は平成16年度から開始されており、平成17年3月までには、ほぼ提案課題が固まりつつあり、 平成17年4月から直ちに事前評価作業が始まった。5月に入り、約1ヶ月間にわたる学識者による事前ヒアリングと 評価とりまとめ、6月末には企業からの意見徴集によるNIMS懇話会、7月末にはNIMSアドバイザリーボードによる 評価を受けた。さらに重点領域テーマの内容がブラッシュアップされた後、総合科学技術会議へ提案された。次期計 画の重点領域テーマはナノテク活用による新物質創製と社会ニーズに応える材料高度化の2分野、6領域、20課題か らなる。テーマの取りまとめは総合戦略室、学識者による評価は、評価室、NIMS懇話会は知財室、アドバイザリーボ ードは戦略室と国際室、総合科学技術対応は戦略室と、ほぼ運営5室全部がかかわる作業であった。 一方、独法評価委員会による評価は平成15年度のフォローアップを含めた平成16年度の実績評価である。この評価 対応作業も4月より開始し、8月までに3回の評価を受けた。評価結果は独法評価委員会総会へ報告された。この結 果もまた総合科学技術会議による評価の参考とされている。 評価作業等の具体的内容については、各室の活動報告にゆだねるが、理事長以下各理事、担当課室のみならず、職 員全員が一丸となってあたった作業であった。10月に入り、ほぼ次期計画が見えつつあるようになったのも、各室の スムーズな連携のたまものであると考えられる。 一方、機構内の職員の評価に関して平成17年2月~3月に行われた平成16年度の試行評価を受けて、4月より平成 17年度の評価が実施されている。個人業績評価方法については、毎年試行がなされているが、エンジニア職、事務職 に関しても定量的な評価が難しいものの、それぞれ一定の共通的な客観的な指標が求められるであろう。 2.各ユニット、各委員会の活動について 各ユニットにおける運営はそれぞれにまかされており、研究活動等は、ほぼ順調に行われた。国際化推進委員会、 アウトルック検討委員会は、いずれも平成17年10月に立ち上がったばかりであるが、それぞれ、推進方策の具体化、 アウトルック第2号の発刊内容方針が決まりつつある。ペタフロップス委員会では、平成18年から開発開始予定のペ タプロップス計算機に関して、他機関との連携のもと、当機構としての積極的な利用、寄与について検討を行ってい る。 3.研究スペース関係 公平かつ効率的な研究スペース利用のための機構全体にわたる共通的なガイドライン設定とともに、その実行は長 年の課題である。特に競争的資金の拡大、民間との共同研究を進めるプラットフォームの充実のためにはさらに一層 の効率的な研究スペース利用が求められている。このため、平成17年度にはいり、まず課金制度導入を含めた研究ス ペースガイドラインを作成し、職員説明会、幹部会を通じてほぼその骨子が固まった。これをもとに平成17年10月に はスペース委員会が発足した。一方、研究スペースデータに関して、職員すべてが見ることができるように、イント ラネット上で検索、修正できるシステムを試作し、6月より公開している。研究スペースガイドラインの実行にあた っては、居室並びに大型、特殊、共用、一般等の実験スペースの使用者ならびに利用形態に応じた課金制度の詳細を つめていく必要があるが、平成18年度当初より、新研究スペース利用制度を実施する予定である。 すでにウェブ上で公開している設備管理データベースについても、研究スペースと深く連動しているため、キーワ ード検索ができるように改良を進めている。なるべく早急に、スペースと設備管理を一体化したデータベースシステ ムにしていく必要がある。 4.その他 独法評価委員会で、業務の一層の効率化が指摘されているが、勤務時間管理、個人業績評価システム、経理システ ム、研究設備、研究スペース等は相互に関係しており、研究者それぞれがイントラネット上で最新の状況を知ること ができるような統一的な管理システム構築が望まれる。 中核機関としての機能強化について 独立行政法人物質・材料研究機構 元理事広瀬研吉 私は、物質・材料研究機構の事業の基本方針として、最も重要な意義のあるものの一つは、岸理事長が平成16年9 月に示された「物質・材料研究機構の中核機関としての機能強化について」であると思います。 機構の第1期は、金属材料技術研究所と無機材質研究所とを一緒にすることと独立行政法人としてスタートするこ とを同時に行うという大事業を進めることでありました。このことは、岸理事長のリーダーシップの下に役職員が一 丸となって成し遂げてきました。そして、平成16年の後半の次第に第2期が視野に入ってきつつある頃、一つの組織 としての「物質・材料研究機構」の明確なあり方が岸理事長から示されたことは、機構が第1期の事業の総仕上げを 進めていくという意味においても、また、第1期から第2期に事業を連続的に発展させていくという意味からも重要 なものであったと言うことができます。 この基本方針の趣旨は、文中に、「物質・材料研究機構は、物質・材料研究を専門にする我が国唯一の独立行政法人 であることから、自らの研究活動の推進と相まって我が国の物質・材料研究活動の全体を底支えし、また、ひいては 国際的な物質・材料研究活動をも支える中核機関としての役割を果たさなければならない。」と的確に示されています。 この基本方針の趣旨に沿って、国際的取組み・情報発信の強化、知的基盤の強化、産独、学独の連携強化の各分野に おける具体的な行動計画が示されています。 私は、機構がこの基本方針において、国内外の物質・材料研究活動の推進と発展に寄与する、すなわち、社会によ り積極的に貢献する強い意志を示したことは、広く今後の独立行政法人のあり方の範になるものと信じています。 セットアップ 独立行政法人物質・材料研究機構 元理事渡辺 遵 前任者の辞職に伴い、平成17年1月1日より同年3月31日までの3ヶ月間、セットアッパーとして理事に着任した。 その間の主たる活動は①エンジニア職に関すること、②研究スペースの有効利用に関すること、③知財に関すること である。実施業務の概要を以下に記す。なお、それらは特命活動であり、その他に担当ユニットに関すること及び1 ~3月期に定例的に実施される当機構職員の各種評価などの経常的業務も含まれる。 1.エンジニア職制度に関する活動 当機構は研究の更なる高度な展開に向け、研究とは別の視点で技術支援業務を適正に評価し、その評価結果を担当 職員の処遇に適正に反映させることにより、技術支援の安定した確保と支援技術の持続的発展を促すことを期待して、 機構発足以来新たな職種としてエンジニア職の設置を構想してきた。当該職種は独法制度の浸透とともに平成16年4 月に日の目を見たが、職員の処遇に関わるため慎重を期し当該年度内に制度の修正、改定を行いつつ完全実施への移 行を図った。小職は丁度制度調整の時期に担当することになり、主要な業務として次年度へ向けたエンジニア職職員 の「評価実施要領」や「昇格基準及び暫定の昇格基準」等の修正や改定を行った。この他、エンジニア職の評価、異 議申し立て、職種切り替え等に関する定例業務を行った。 2.研究スペースの有効利用に向けた活動 研究スペースが十分に有効利用されていない状況は、機構の設立以前からの課題であるが、機構に固有の課題とい う訳でもない。ただ、機構における有効利用の促進に向けた活動が機構設立後これまで実質的に機能しなかった原因 は、機構の母体となった両機関の研究体制の違いに発する研究スペース管理方針の極端な違いにあることが統合当初 から指摘されてきた。この相違点は一朝一夕に調整し難いが、3年間近くの模索の後辿��り着いた結論は、有効利用の 障害の元凶、即ち異常に膨れ上がった利用スペースの実態にメスを入れることであった。その有力な解決策として、 研究者への配分スペースの基準とスペース課金制度の導入が期待された。小職は担当後筑波3地区の研究スペースの 実態を隈なく調査し、地区ごとの問題点の洗い出し、その調査をもとに機構本部によるスペースの一括管理に基づき、 基準配分スペースと課金制度を基本とした新たなスペース運用方針の原案を作成し、後任者に引き継いだ。また、担 当理事による一括管理のもと、スペースのモザイク状利用の改善や新施策材料研究プラットフォーム用居室スペース の確保などの定例業務を行った。 3.知的財産室に関する活動 この活動は最も広範に及び、中核機能強化の視点から、産独共同に資する材料研究プラットフォームに関する方針、 知的財産ポリシーと利益相反マネージメントポリシー、及び国際標準化に関する方針等の策定に関わる活動を行い、 材料研究プラットフォームに関する方針については成案の成就に資し、知的財産ポリシー、利益相反マネージメント ポリシー、及び国際標準化に関する方針については原案の作成に資し、後任者に引き継いだ。その他、特許審議、技 術展開など知的財産室の経常業務に関わる活動を行った。 機構での3年9ヶ月 独立行政法人物質・材料研究機構 元理事加茂睦和 早いもので物質・材料研究機構が発足して5年が経とうとしている。2001年4月1日機構の発足は、それぞれ35年 と45年の歴史、文化そして伝統をもつ二つの研究所、無機材質研究所と金属材料技術研究所の統合でもあった。当初 は何かにつけ軋轢が感じられたが、できるだけ是々非々の立場であたるように努めていた。比較的早いところで把握 しなければならなかったことは、昇任昇格の基礎となる研究業績と研究スペースであった。研究業績は2研究所で集 計の仕方が異なっていたが、その後評価室で一元化され基準の統一が進められた。また研究スペースに関しては、確 かはじめの2001年に40名程度の研究者が採用されたと記憶しているが、ところが新採用者用の研究スペースが十分に 確保できないおそれが出てきたため、研究スペースの調査を行うとともに、緊急避難的手段として、中期計画期間内 の定年退職者の装置を原則廃棄とし実験室を確保した。その後新しい建物も建ち研究スペース不足は解消していると 聞いている。研究スペースは長く在籍している人ほど、また早くできた組織ほど大きく、概して新規採用者には不利 となりがちである。どうしたら限られたスペースを有効に使えるか、頭の痛い課題であった。 約4年の任期中で最も気を使ったことは評価の対応であった。いい評価を得るためには研究者の協力は不可欠であ るが、評価が増えれば研究者の負担が多くなりがちで、できるだけ負担をかけないよう、評価委員の先生方の協力得 て努力したつもりである。しかしまた評価かという声を聞くたび身が縮む思いをしていた。機構評価の結果は年を追 うごとに着実に高くなっていると聞き、役職員を含め機構関係者の努力が報われているものと喜ばしい限りである。 NIMSフォーラムは、いわば機構の成果報告会である。また機構で開発された成果を企業に宣伝し、技術移転を促進 する場でもある。出来るだけ多くの人に足を運んでもらえるように、実行委員会、事務局共々努力をしたつもりであ る。技術移転は年を追うごとに増え、また収入も増加していることは、もちろん知的財産室の努力の賜物であるが、 NIMSフォーラムもその一助となっているのではないだろうか。このフォーラムの会場は、聴衆の都合を考慮すれば山 の手線の内側が望ましいと会場探しに努めたが、2002年第1回の芝パークホテルを除いて、第2、3回は東京ビッグ サイトで開催せざるを得なかった。第4回はその夢叶って有楽町の東京国際フォーラムで開催と聞き、今までにない 盛り上がりを期待している。 機構での3年9ヶ月は、過ぎてみればまたたく間であったが、新しい組織の立ち上げをお手伝いできたことは、私 なりに苦労はあったが、忘れられない思い出である。伝統を守ろうとすると統合組織では軋轢を生じる。「伝統は作る もの」を心に銘じて努力をしたつもりである。これから機構としてすばらしい伝統と歴史が積み上げられていくこと を望んでやまない。 NIMSの揺籃期を思い出しながら 独立行政法人物質・材料研究機構 元理事齋藤鐵哉 平成13年3月12日付けで独立行政法人通則法にある(独)物質・材料研究機構設立委員会委員の任命を受け、数回 の「プレ理事会」が開催されて新しい研究機構の助走が始まった。同年4月1日の正式な(独)物質・材料研究機構 の誕生とともに私の担当した課題は、将来計画の策定であった。新しい研究機構としてスタートは切ったが、ある意 味で見切り発車。進むべき方向は必ずしも明白とはいえない状況であった。「将来計画」は、何から手をつけたら良い のか戸惑うほどに大きな課題であった。検討委員会を発足させいただき、全委員の頑張りで少しずつ仕事をこなして いった。以下に、その中のいくつかについて振り返って記してみた。 1.研究組織 当研究機構は、研究組織としては物質研究所、ナノマテリアル研究所及び材料研究所の3研究所体制で発足した。 しかし、研究業務の効率的な推進のために、研究組織のフラット化を目指して研究組織再編の検討が行なわれること となった。そして、平成13年10月に3研究センターと1ステーションが発足した。さらに、平成14年4月には3研究 センターと1ステーションがそれに加わった。当機構に必要な人材があれば、国内各地から招聘することも併せて検 討したように記憶している。その後、平成16年5月には超高圧電子顕微鏡ステーションが発足して、最終的に研究組 織が整って現在に至っている。 2.情報の流れ 当研究機構は、2つの国立研究機関が合併して発足したため、東京都目黒区、名古屋市志段味地区及び西播磨の放 射光施設を含め全部で6箇所の研究サイトを擁しており、各種の情報がともすればうまく流れないという問題を抱え ていた。そのために情報の流れの道筋を検討、整理することを試みた。この件に関しては、その後も研究組織が増え るにつれて、その都度検討、改善が試みられてきた。 3.研究者評価システム 研究者評価に関する検討が開始されたのは、比較的早い段階であった。研究結果が客観的に評価できるような手法 を導入しようということで、新しい試みとしてインパクトファクターを用いた数値化の提案が行われた。研究者の評 価手法は、その研究機関の性格をも左右すると言われるほど重要な問題であり、将来計画委員会の提案は、将来計画 委員会の手を離れてからもさまざまな検討が加えられて、最終決定をみるまでには、試行を含めて長い時間を要する こととなった。 4 .研究施設等の外部開放 (独)物質・材料研究機構法の第14条に当機構の行うべき業務が述べられており、その1つに「機構の施設及び設 備の共用に供すること」が掲げられている。国立研究所時代には特定の民間企業の研究に施設や設備を開放し便宜を 図ることに対しては躊躇せざるを得ない状況があった。研究者の意識の変革が必要であり、施設や設備の外部開放に 関する基本的な考え方を議論、整理した。 平成13年の秋頃には機構内の組織も概ね整い、将来計画の企画、推進に関しても次第に総合戦略室に移行した。そ れにつれて私の担当する業務は「産学独連携」の方に比重を移すこととなった。「産学独連携室」についても、委員会 を発足させてもらって、さまざまな検討を行った。 5.大学との連携 従来の大学との連携交流の枠を越えて、人事交流を行うとの意図で話し合いを行い、東京大学及び東北大学と教授 あるいは助教授クラスの人材を期限付きで交換することが決まった。私立大学を含め他にもいくつかの大学から提案 をいただいたと記憶しているが、大学との人事交流は初めての例であり、まずは上記二大学との間で人事交流を開始 した。またこれと並行して、国立研究所時代から懸案となっていた筑波大学との緊密な協力関係の構築を目指して、 大学院後期課程物質材料工学専攻の機構内新設の提案があり、検討が開始された。 6.民間企業との意見交換 (独)物質・材料研究機構法の第14条にある「当機構の成果の普及とその活用の促進」を目的として、国内民間企 業の方々との情報交換を行うために、NIMS懇話会の開催を企画した。そして、平成14年12月初旬に第1回と第2回を 相次いで東京と大阪で開催し、それぞれの地区の企業人との意見交換を行った。また、外部との連携が拡大し深まる につれて、利益相反マネージメントに関して考え方をまとめておく必要を感じ、さまざまな議論を行ってきた。しか し、この件に関しては結論を得るには至らずに、後任の方に引き継ぐことになった。 独立行政法人物質・材料研究機構が設立されて既に第1期中期計画、5年が過ぎようとしている。この原稿を書き ながら設立当初のことを思い浮かべている。組織が変わり、運営形態が変わり、発足当初はいろいろと混乱はあった が、同時に熱気に満ちていたように思う。5年が過ぎて、混乱は去ったように見受けられる。しかし、当時の熱気は 何時までも残っていてほしいと思っている。 1 物 質 研 究 所 $e i EBA i 物質研究所の5年 室町英治 1.はじめに 平成13年度、国立研究所から独立行政法人への移 行にともなって旧金属材料技術研究所と旧無機材質 研究所の統合が断行された。物質研究所は物質・材 料研究機構の発足と同時に、平成13年4月5年間の 歩みを始めることとなった。 物質研究所のミッションは、平成13年度年報の渡 辺前所長の巻頭言から抜き出すと、「物質探索、機 能探索など新たな材料の創出に不可欠な物質に関わ る基礎・基盤的研究を先導的視点で押し進め、物 質・材料科学の発展に寄与するとともに、実用性の 高いものについては機能化、材料化を民間等と連携 して物質から材料への展開を加速し、産業界の発展 に貢献すること」とされている。さらに、この巻頭 言から、物質研究所の特徴を表す、「次世代のシー ズを育てる為の基礎研究」、 「個人の発想の尊重」、 「新材料・新機能、新プロセス、新手法」などのキ ーワードを見つけることができる。 物質研究所がどこよりも旧無機材質研究所から多 くを継承したことは否定しようがない。その中には 独法化の大きな流れの中で消えていったものもある し、今現在も研究所の支柱として働き続けているも のもある。後者にあたるものとして理念上重要なこ とをあえて二つあげるとすれば、「基礎研究の重視」 と「研究者個人の発想の尊重」であろう。この2点 において、物質研究所は無機材質研究所の正当な嫡 子であった。 本稿が今後の機構の発展に何らかの参考になるこ とを願いつつ、この間の物質研究所の歩みを、組織 や研究テーマの変遷、研究成果などを中心として振 り返ってみたい。 2.組織、研究テーマの変遷 物質研究所はグループ制というフラットな研究制 度を無機材質研究所から引き継ぎ、柔軟で競争的な 研究体制のもとで研究を実施して来た。グループ研 究課題(萌芽的研究課題)は審査委員会の審議を経 て決定され、各グループは5年間継続して目標の達 成を目指し、その後解散、再編成を行うというのが グループ制のアイデアである。他方、このようにし て形成されたグループはプロジェクト研究の実施主 体ともなる。独法化後の機構全体の大きな組織改革 や、中期計画5カ年間の制約等から、グループ制を 文字通りには実施できないこともあったが、基本的 な理念は生き続けて来た。 平成13年度から17年度までのグループ名と実施課 題を表1に記載する。また、平成17年11月現在の組 織の概要を図1に示す。 平成13年度の体制はほぼ旧無機材質研究所のそれ を引き継ぐとともに、数種類の独立研究テーマ(グ ループ研究とは異なり、個人の研究者が期間を定め て行う研究課題)発足させた。 13年度及び14年度における3研究所からの6セン ターと2ステーションの独立を受けて、14年度の組 織からは超伝導、生体、環境、計算のグループが姿 を消している。他方、14年度には、前年度に解散し た硫化物や構造材料グループに代わり、非酸化物焼 結体グループ、先端結晶解析グループを立ち上げ、 また、6課題の独立研究を発足させている。さらに、 新領域への挑戦として高分子材料の分野に着目し、 外部の専門家をグループ統括責任者として招聘し て、当所の既存研究資源との相乗効果による斬新な 展開を期待して、無機材料と高分子材料の境界領域 の研究を行う、高分子性酸化物グループを発足させ た。 14年度に光学単結晶、電子セラミックス、スーパ ーダイヤモンド、ホウ化物、酸化物焼結体、酸化物 環境材料、及びソフト化学の7グループの解散を決 め、新課題の提案を募った。その結果、15年度には 内部から6つの新たな課題を立ち上げ、さらに、新 領域の充実のため前年度に引き続き外部の専門家を グループ統括責任者に招聘して超分子研究に関する 新グループを組織した。 平成16年度にはマックス・プランク研究所からリ ーダーを招聘して、3番目の有機・高分子関連グル ープである機能モジュールグループを立ち上げた。 平成17年度は機構第Ⅰ期中期計画の最終年である ことを考慮して、16年度の組織をそのまま維持して いる。こうして見ると、無機材質研究所に端を発す るグループ研究制度は物質研究所においてかなり忠 実に継承されたことがわかる。また、そのことが研 究の活性化にかなりの貢献を果たしたと考えてい る。 図1 平成17年11月現在における物質研究所の組織概要 表1.平成13~17年度における研究グループと研究課題 平成13年度 ・硫化物グループ 銅族複合カルコゲナイトに関する研究 ・ケイ酸塩グループ 多孔質ケイ酸塩に関する研究 ・ホウ化物グループ ホウケイ化イットリウムの研究 ・焼結体グループ 蛍石型酸化物セラミックス ・環境材料グループ ルテニウム・チタン基化合物 ・ガラスグループ シリケートガラス表面パターン形成 ・超伝導体グループ 高圧安定超伝導体に関する研究 ・構造材料グループ サイアロン:Si-M-Al-O-N ・電子材料グループ 酸化亜鉛基化合物 ・ソフト化学グループ スズ・チタン酸塩 ・生体材料グループ 生体組織再生材料に関する研究 ・単結晶グループ 定比ヒオブリチウム・タンタル酸リチウム結晶 ・スーパーダイヤグループ ダイヤモンド、窒化ホウ素および関連物質 ・超高圧ステーション 超高圧発生システムの開発と利用に関する研究 ・超微細構造解析ステーション ・計算科学ステーション ・独立研究、特別主幹研究 平成14年度 ・ホウ化物グループ ホウケイ化イットリウム(YB41Si1.0) ・超高圧グループ 超高圧力発生システムの開発と利用 ・非酸化物焼結体グループ 高機能構造用セラミックス ・電子セラミックスグループ 酸化亜鉛基化合物 ・機能性ガラスグループ シリケートガラス表面パターン形成 ・ソフト化学グループ スズ・チタン酸塩 ・スーパーダイヤグループ ダイヤモンド、窒化ホウ素および関連物質 ・酸化物環境材料グループ (ルテニウム・チタン)基化合物 ・光学単結晶グループ 定比ニオブリチウム・タンタル酸リチウム ・酸化物焼結体グループ 蛍石型酸化物セラミックスの材料開発 ・先端結晶解析グループ 非周期結晶解析と粉末法、電子顕微鏡法の高 度化 ・超微細構造解析グループ 超微細構造解析技術の開発と利用 ・高分子性酸化物グループ 高分子性酸化物 ・独立研究グループ 平成15年度 ・ホウ化物グループ 高融点ホウ化物 ・超高圧グループ 超高圧力発生システムの開発と利用 ・非酸化物焼結体グループ 高機能構造用セラミックス ・電子セラミックスグループ ヘテロウルツァイト化合物 ・機能性ガラスグループ シリケートガラス表面パターン形成 ・ソフト化学グループ 酸化物ナノシート ・スーパーダイヤグループ ダイヤモンド、窒化ホウ素および関連物質 ・プラズマプロセスグループ プラズマプロセス酸化物微粒子合成 ・光学単結晶グループ 強誘電体ニオブ酸結晶 ・先端結晶解析グループ 非周期結晶解析と粉末法、電子顕微鏡法の高度化 ・超微細構造解析グループ 超微細構造解析技術の開発と利用 ・高分子性酸化物グループ 高分子性酸化物 ・超分子グループ 二次元分子パターンの作成と機能 ・独立研究グループ 平成16、17年度 ・ホウ化物グループ 高融点ホウ化物 ・超高圧グループ 超高圧力発生システムの開発と利用 ・非酸化物焼結体グループ 高機能構造用セラミックス ・電子セラミックスグループ ヘテロウルツァイト化合物 ・機能性ガラスグループ ガラスの機能発現 ・ソフト化学グループ 酸化物ナノシート ・スーパーダイヤグループ ダイヤモンド、窒化ホウ素および関連物質 ・プラズマプロセスグループ プラズマプロセス酸化物微粒子合成 ・光学単結晶グループ 強誘電体ニオブ酸結晶 ・先端結晶解析グループ 非周期結晶解析と粉末法、電子顕微鏡法の高度化 ・超微細構造解析グループ 超微細構造解析技術の開発と利用 ・高分子性酸化物グループ 高分子性酸化物 ・超分子グループ 二次元分子パターンの作成と機能 ・機能モジュールグループ 機能性モジュールに関する研究 ・独立研究グループ 3.プロジェクト研究 第Ⅰ期中期計画期間中に物質研究所が中心となっ て遂行したプロジェクト研究の概要は以下のとおり である。 (1)欠陥制御ダイナミックスによる光機能化に関す る研究 ニオブ酸リチウム、タンタル酸リチウムは、電気 光学効果、非線形光学効果等に優れていることから、 超高密度、超高速伝送技術あるいは超大容量記憶メ ディア等の光機能素子材料としてとしての応用が期 待されているが、結晶中の多量の欠陥が実効的な光 機能特性の発現を制限している。本研究では、ニオ ブ酸リチウム、タンタル酸リチウム等の単結晶育成 および後処理における欠陥導入のダイナミクスを研 究し、より高度に機能化された単結晶を作成すると ともに、光機能特性評価の標準化を通して、優れた 実用レベルの光機能材料の開発を目指した。 する評価の標準化を達成した。 (2)超常環境を利用した新半導性物質の創製・材料 化に関する研究 このプロジェクトでは、「超高圧」、「超高温」、 「超微細」の超常環境を連携して利用し、半導体ダ イヤモンドのような新半導性物質、新高密度物質な どの探索・創製および解析を行う。これにより、世 界最高水準の超常環境利用技術の開発を達成すると ともに、pn接合により紫外発光する高品質半導体ダ イヤモンド薄膜ダイオードの創製技術を確立するこ とを目的とした。 代表的な成果の一つとして、先のプロジェクトで 作製に成功したリンをドープしたn型ダイヤモンド を用いてpn接合素子を作製し、それが紫外線 (235nm)発光特性を示すことを発見した。また、 230nm以下の紫外線のみを検出する機能を持つこと も明らかにした。図3にダイヤモンドpn接合からの 紫外線発光を示す。 図3半導体ダイヤモンドpn接合からの紫外線発光 図2 クラック、双晶、インクルージョンがない4イ ンチMg添加定比タンタル酸リチウム結晶 この結果、種々の先導的な成果が得られた。例え ば、図2に示すように、二重るつぼ法により、実用 レベルである4インチ径タンタル酸リチウム単結晶 のほぼ無欠陥化を達成した。また、複屈折率ゼロの 中間組成単結晶の育成にも成功した。さらに、実際 に波長変換デバイス、光変調器を試作し、その評価 を行うことでデバイスにおける問題点を材料開発に フィードバックし、実用レベルの単結晶育成技術の 開発につなげるとともに、光機能の欠陥依存性に関 図4 高純度hBN単結晶とそのカソードルミネッセン ス(CL)発光スペクトル 一方、超高圧合成法を用いて極めて純度の高い六 方晶窒化ホウ素(hBN)単結晶の育成に成功した。 このhBN結晶は非常に強い紫外線発光(215nm)を 示す直接遷移型半導体であり(図4)、さらにレー ザー発振することを明らかにした。 (3)光機能粒子性結晶の創製に関する研究 このプロジェクトでは、高効率のレーザー素子や 超小型の波長選択素子等の光情報通信技術のための 新しい光素子の開発素材の研究の一環として、微粒 子を構成単位とした結晶である「粒子性結晶」の創 製に関する研究を行ない、一軸方向が1cmに達す るような単結晶の作製技術を開発することを目的と して研究を行った。 その結果、コロイド結晶状態をとるコロイド溶液 を、一定以上の強度で流動させ、大きなせん断流動 場を形成することで、平方センチメートルにわたる 大面積で単結晶化させることに成功した。手法は圧 縮空気駆動でコロイド溶液を平板状キャピラリー空 間で流動させるというもので、秒オーダーの短時間 で単結晶配向した組織が得られる。この手法は、工 業的な自動化にも適しており、大量生産技術へと展 開しうるものである。 (4)ナノスケール環境エネルギー物質に関する研究 の推進 本研究では環境の浄化や太陽エネルギーの効率的 な活用に適応した新材料を実現するため、酸化物や 非酸化物など無機系物質においてナノチューブ、ナ ノワイヤー、ナノ剥離シート、ナノ複合粒子など斬 新かつ多様な形態を持つナノスケール物質を創製す ることを目的とした。さらにそれらをナノレベルで 組織化させ、各々の素材の持つ機能の集積や混成効 果を利用した新素材を開発することを目指した。 本研究により多種多彩な新規ナノ物質・材料が開 発されたが、その一つがカーボンナノチューブを利 用したナノ温度計(図5)であり、世界最小の温度 計としてギネスブックにも認定されている。また、 BN、MgO、In2O3、 Si、GaN、AlN、Ga2O3等様々なカ ーボン以外のナノチューブの作成に成功した。ナノ シートの研究としてはソフト化学的手法を確立し て、マンガン酸化物系、チタン酸化物系など種々の 酸化物ナノシートを創製した。これらは厚さ約1 nmの2次元結晶であり(図6)、バルクでは得られ ない種々の特異な物性を示すばかりでなく、薄片状 酸化チタンなどの機能性材料への出発物質として極 めて有用であることを実証した。 (5)有害化学物質除去触媒の探索・創製 このプロジェクトでは、微量で有害なダイオキシ ン等を浄化する光触媒を開発し、飛来時の濃度の10 分の1以下にする浄化技術の開発及び応用を達成す るとともに、多様な有害物質に対応するため、従来 より100倍以上迅速に触媒探索ができる触媒合成・ 評価法を開発することを目的とした。 成果の一つとして、ホーランダイト化合物につい て光触媒機能を確認するとともに、ゾルーゲル法を 改良することでナノ球状粒子の合成に成功した。ま た、ナノ球状粒子化と表面の清浄化による活性の向 上を確認するとともに、ダイオキシン類似化合物の 光分解を実証した。 他方、ガラス表面へのアルミナナノ細孔配列多孔 図5 カーボンナノチューブ温度計 図6 酸化物ナノシートのAFMイメージ 図7 二酸化チタンナノ多孔質薄膜のアセトアルデヒ ド分解における光触媒効果 体作製法、および、ゾル・ゲル法による二酸化チタ ンの導入・固定法を開発した。さらに、ゾルディッ ピング・熱処理によりTiO2 (アナターゼ型)の細孔 壁上コーティングに成功し、図7に示すように、市 販チタニア微粒子触媒P25を13倍凌ぐアルデヒド分 解触媒能を達成した。 (6)放射光を用いた研究及び施設整備の総合的推進 高機能材料の創製にあたっては、解析・評価技術 をより精密かつ微細な方向へと発展させ、材料創出 の指針となりうる高度に良質な解析情報を取得・蓄 積することが肝要である。本研究では、第三世代光 源であるSPring-8に建設された共用ビームラインお よび専用ビームラインを用いて、新しい高度材料解 析技術の確立を目指した。 共用ビームラインを用いた研究は材料研究所を中 心に行われ、高輝度光源と独自のアイデアをもとに 開発した分光器技術を効果的に結びつけることによ り、微量分析の技術として知られていた全反射蛍光 X線分析法の能力を著しく向上させた。検出限界は pptレベルおよび10-16gオーダーに達し、それ以前の 世界記録を1桁近く更新することに成功した。 機構専用ビームラインに関する研究・開発は物質 研究所を中心に行われ、リボルバー型のアンジュレ ーターを採用した広波長帯域可変・高輝度・平行X 線の特性を有するビームラインの開発に成功した。 これにより、広いエネルギー領域(1~60kV)で 1019photons/sec/mrad2/mm2 at 0.1% bandwidth を 発生 する現時点で世界最高の能力を達成するとともに、 X線回折実験(図8)、光電子スペクトル実験等、 種々の材料研究への適用を進めた。 板は金属的な電気伝導を示すため電極としての機能 も持ち、図9に示すように素子構造が非常に簡単に なる。これらの利点を考慮して、ZrB2単結晶のGaN 用基板結晶としての用途開発を行った。 図9 ZrB2基板を用いた場合とサファイヤ基板の場合 のGaN半導体素子構造の比較 (2)酸窒化物サイアロン蛍光体の開発 酸窒化物サイアロンをホスト結晶として、種々の 発光中心イオンの導入と配位環境の制御により新規 蛍光体の物質探索を行い、様々な色の蛍光体を開発 した(図10)。これらのサイアロン蛍光体等を青色 LEDと組み合わせることにより自然光に近い光源と なる白色発光ダイオードを開発するなど応用研究で も大きな進展があった。本材料は今後照明器具や各 種ディスプレー等、広範な応用が期待される。 図10様々な発光特性を持つサイアロン蛍光体 図8 NIMS専用ビームラインに付設されている高精度 XRD装置 4.萌芽的研究(グループ研究) 萌芽的研究(グループ研究)として、極めて多彩 な研究が実施された。またそれらは、上記のプロジ ェクト研究と密接な関連を持って行われることも多 かった。以下では、紙面の制約もあり、膨大な研究 成果の中から代表的なもののみを記載する。詳細は 各年度の物質研究所年報などを参照していただきた い。 (1)高融点ホウ化物単結晶の育成と用途開発 ホウ素の骨格構造をもつ高融点ホウ化物を研究対 象として、3000℃付近における良質な単結晶の育成 技術を開発した。この技術によりZrB2等の大型単結 晶の育成に成功した。ZrB2はGaNに格子定数や熱膨 張がほぼ一致するため、良質なGaN単結晶膜を成長 させるための基板として適している。さらにZrB2基 (3)プラズマ反応による酸化亜鉛の紫外発光高効率 化 パルス変調高周波誘導プラズマを用いた半導体材 料への新しい水素ドーピング法を酸化亜鉛に応用 し、酸化亜鉛に極めて高い紫外発光効率を付与する ことに成功した。酸化亜鉛のような材料中への水素 の溶解には、温度上昇を抑えながら、高化学反応性 の水素ラジカルを高濃度に照射する必要がある。オ リジナルなプラズマ発生技術を用いたパルス変調高 周波誘導プラズマを照射することにより、従来技術 ではできなかった材料中への水素の高濃度ドーピン グが可能になった。 (4)二酸化チタン光触媒薄膜の無加熱作製 デュアルマグネトロンスパッタリング法と呼ばれ るパルス波形の電力で駆動されるスパッタリング装 置を用いて、大面積ガラス表面等へ光触媒によるセ ルフクリーニング機能を付与する技術を開発した。 これによりガラス等を加熱せず、また成膜後の熱処 理やプラズマ処理も一切必要とせず、極めて光触媒 活性が高い結晶構造を持つ二酸化チタン薄膜を形成 することに成功した。この技術は無加熱であるため、 プラスチック等の材料に対しても光触媒作用を付与 することが可能になる(図11)。 図11PET樹脂フィルム上に作製した光触媒二酸化チ タン薄膜 (5)可視光応答型光触媒の合成 有害物質除去に有効な光触媒を目指したプロセス 開発の一環として、従来材料より活性が高く、かつ 煩雑なプロセスを必要としない可視光応答型光触媒 合成法を開発した。酸化チタンは高い光触媒活性を 有するものの、可視光による触媒反応はほとんど起 こらないという難点があった。本研究では噴霧熱分 解法を適用することで、窒素添加プロセスの簡略化 に成功するとともに、酸点の形成に有効なフッ素添 加も同時に達成した。本法で作成した粉体は、従来 の標準的なチタニア粉体に比して遙かに大きな活性 を有することが判明した(図12)。 図12噴霧熱分解法により作成した窒素、フッ素同時 添加チタニア触媒のSEM像と開発した光触媒の可視光 応答性(青色LED照射、分解CO2を検出) (6)水和コバルト酸化物超伝導体の発見 α -NaFeO2型層状コバルト酸化物Na0.74CoO2に Br2/CH3CNを作用させた後、水洗することにより新 相であるNa0.35CoO2 ・1.3H2Oを合成し、これが約5K で超伝導を発現することを見いだした。このソフト 化学処理により層間のNaイオンの約半分が抽出さ れるとともに水分子が2分子層挿入され層間距離が 0.56 nmから0.98 nmに大きく増大することがリート ベルト解析の結果明らかになり、2次元性の高まり が超伝導性発現に寄与していることを強く示唆して いる(図13)。 図13酸化コバルト水和物の結晶構造 (7)無機ナノストランドの開発 希薄な硝酸カドミウムの水溶液のpHを調整する ことで、水酸化カドミウムの極めて細長いナノスト ランドが自発的に形成されることを見出した。この ナノストランドは、直径がDNAと同程度の1.9 nmで あるにも関わらず、その長さは数マイクロメートル に達する(図14)。高分解能の電子顕微鏡観から、 このナノストランドの構造を原子レベルで解明する ことに成功した。 図14水酸化カドミウムナノストランドの構造とDNA とのサイズの比較 (8)フラーレンのナノ超分子集合構造の作製 フラーレンに適当な官能基を導入し、自己集合過 程を誘発することによって、様々な低次元性のナノ 構造体を作製することに成功した。例えば図15はパ ラレルワイア型の集合体であるが、これ以外にも球 形、ファイバー型、チューブ型、ディスク型、ホー ン型、フラワー型のナノ構造が自在に作り出せる。 これらは、電子的な配線やキャパシタなどナノデバ イスの部品としての応用が期待される。 図15 フラーレンからなるパラレルナノワイア (9)エレクトロクロミック材料の開発 ターピリジル基を両末端に有するビス(ターピリ ジル)ベンゼンと酢酸鉄(Ⅱ)を混合することで、 濃青色の高分子錯体を得た(図16)。この高分子錯 体は、サイクリックボルタンメトリーにおいて、鉄 イオンのレドックスに基づく可逆な酸化還元波を示 した。さらに、この高分子錯体をITO基板上にスピ ンキャストし、有機溶媒中で電位を印可すると鉄イ オンの価数の変化に応じて膜の色が濃青色から無色 へと変化する、高速かつ可逆なエレクトロクロミッ ク変化が観測された(図16)。 図16ビス(ターピリジル)ベンゼン―酢酸鉄(Ⅱ) 高分子錯体と酸化還元に伴う色の変化 (10)準結晶の構造解析理論の開発 準結晶の構造は5、あるいは6次元の周期構造の 3次元空間の断面として与えられるが、 電子顕微 鏡像の解釈や、表面構造の考察には、3次元空間の 構造をさらに1次元あるいは2次元投影したものが 必要である。これまで、このような構造を計算する には、3次元構造を計算しさらに投影構造を計算し ていたが、本研究により、5、6次元の周期構造か ら直接2、1次元空間への投影構造を計算する理論 が開発された。これによって、正20面体対称i-Al-Pd- Mn準結晶には同一な組成・構造を持つ原子面は1 つも存在しないことが明らかになった。図17に構造 から計算された5回軸に垂直な1つの面の構造を示 す。 図17 正20面体対称準結晶(i-Al-Pd-Mn)の構造 (青 : Al,灰色:Pd、紫:Mn) (11)水の液体―液体臨界点仮説の実験的検証に関 する研究 高圧下で液体を急冷できるデバイスを開発して、 数ミクロンの水の微粒を油の中で数千気圧に加圧し た後、0.1秒以内に温度を200度下げてガラス化させ、 77K、1気圧に回収した。これにより氷結晶を圧力 で非晶質化させたもの(HAD)と構造が似ている高 密度ガラス(HDG)の創製に初めて成功した。これ はMayerらが1気圧の水の急冷で作った低密度ガラ ス(LDA)とは異なる。図18でC'は予想される水の 液体―液体臨界点、Fは予想される二つの水の間の 一次相転移境界線、TMは氷の融点である。THとTX の間の灰色の領域では水とガラスは結晶化しやすい 特徴を有する。 図18水の温度―圧力相図 5.国際協力、技術移転 物質研究所は種々の海外の研究機関と国際共同研 究協定を締結するなど、国際協力を推進してきた。 以下は協定締結機関である。 ・ Anna University, Faculty of Science and Humanities (インド) ・ National Environmental Engineering Research Institute (インド) ・ Alfred University, School of Ceramics Engineering and Materials Science (アメリカ) ・ University of Connecticut, Institute of Materials Science (アメリカ) ・ The University of Queensland, Centre of Microscopy and Microanalysis (オーストラリア) ・ Instituto de Ciencia de Materiales de Barcelona (ICMAB) (スペイン) ・ Inha University, College of Engineering (韓国) ・ Max Planck Institute of Colloids and Interfaces (ド イツ) 物質研究所は産業界への技術移転を積極的に推し 進めてきた。以下の3件の物質研究所発のベンチャ ー企業はその現れである。 ・有限会社SWING (「NIMSベンチャー企業支援制度」 の適用認定第1号) ・株式会社オキサイド(認定第2号) ・ NIMS Wave株式会社(認定題4号) 6.終わりに 独立行政法人物質・材料研究機構のもと物質研究 所が発足してすでに5年である。月並みながら時の 流れの早いことに驚く。物質・材料研究機構の研究 上のミッションは「物質・材料科学技術に関する基 礎研究及び基盤的研究開発」である。基礎・基盤と 一言で言い表される分野にも、川上から川下に向か ってかなりの幅があるが、物質研究所は大雑把に言 えば、最も川上にあたる分野を担当してきた。もち ろん物質研究所においても応用を念頭においた研究 が行われてきた。それは上で述べたように、物質研 究所発のベンチャー企業が3社を数えることからも 明らかである。しかし、たとえ応用研究であっても、 材料基礎研究にそのベースをおいている、という点 が物質研究所の特徴であったと考えている。 物質研究所の基礎重視の戦略はおおむねうまく機 能したのではないだろうか。長く続く経済的沈滞の 時代にあって、基礎研究への風当たりは決して弱く なかった。「3年後5年後に社会に還元できるよう な研究」が求められた時代であった。しかし、冷静 に考えれば、材料研究が3~5年後のことだけを念 頭において行われてよいはずがない。むしろ、20年 後のことを第一に考えるべきである。経済が明るい 兆しを見せ始めた今、再び基礎研究に光が当たりつ つあるように見える。このような情勢の下で、物質 研究所が培ってきた、「基礎研究の重視」と「研究 者個人の発想の尊重」という研究戦略の2本柱は今 後も十分に機能し続けるものと確信している。平成 18年度以降の機構においても、それが継承されてい くことを希求する。 ホウ化物グループ(高融点化合物)の3年 相澤俊、大谷茂樹、田中高穂(平成17年3月、定年退職)、速水渉、森孝雄、森泰道 1.研究の概要 本研究では、ホウ素―ホウ素の共有結合よりなる 骨格構造をもつ高融点ホウ化物(ホウ素/金属≧2) を研究対象として、高融点結晶の融液からの成長機 構を解明し、良質な大型結晶の育成技術を開発する。 さらに、良質な試料を用いる利点を活かしたホウ化 物の特性評価を行い、新しい特性や現象の発見およ び材料開発(Ⅲ族窒化物形成用基板など)を行う。 2.研究活動の経過 2千数百℃以上の融点をもつ大型結晶の育成は、 ここ20年近く、我々のグループのみが行っている。 最近、GaNに代表されるⅢ族窒化物半導体の形成用 基板としてZrB2単結晶の有望性を見出した。この基 板上には、転位密度が106/cm2オーダーの良質な窒化 物が成長する。現在広く用いられるサファイヤ基板 に比べ2桁以上少なく、大きな注目を集めている。 結晶育成では、3200℃における激しい熱輻射によ る急峻な温度勾配(150℃/mm)のもとZrB2単結晶 の良質化につとめ、発光素子の作製が可能なまでに なった。今後、結晶の大型化が基板の実用化に必要 である。 表面物性に関する研究では、ホウ化物表面の構造、 組成、特性などの解析をおこない、最近では窒化物 膜の作製が可能となり、窒化物成長の初期過程の解 析を行っている。 バルク特性に関する研究では、多ホウ化物の磁性 の解明を行い、二次元的なスピングラス的な挙動を 見出した。 計算科学においては、ホウ素やホウ化物の原子構 造、電子構造の理論的な解明に取り組み、実験結果 との合理的な解釈が可能になった。また、多原子を 含む構造の解析をより正確に行う新しい計算方法を 開発した。今後、より多くの原子を含む系への適用 が期待される。 3.研究成果 (結晶育成) 格子定数、熱膨張がほぼ一致するZrB2基板では、 基板の結晶性に対応しGaN膜が成長するため、ZrB2 単結晶の可能な限りの良質化や大型化が必要であ る。高周波加熱FZ法(浮遊帯域溶融法)は一連の 大型高融点単結晶の育成できる唯一の方法であるこ とから、この手法におけるZrB2結晶の高純度化、良 質化および大型化について検討した。 (高純度化)ZrB2結晶を真空中で加熱すると、表 面に炭素が析出することがある。これは、原料とし て用いた市販粉末が0.1wt%以上の炭素を含有する ためである。この炭素を除去する方法として、酸化 物とホウ素を添加し、真空中で加熱処理する方法を 見出した。反応式は、ZrB2(C)+ x (ZrO2 + 4B) → ZrB2 + BO↑ +(CO↑)である。その結果、10モル%以下の 酸化物とホウ素の添加(x<0.1)により、炭素が 100 ppm以下に減少する。この原料から育成した結 晶では、炭素が20 ppm以下に減少し、炭素の析出 問題は解決した。この手法は、NbB2, CrB2, LaB6, YB4 結晶においても同様に炭素が除去され、汎用性の広 いことを実証した。 (良質化)現在得られる結晶の品質は、転位密度 が5x106/cm2、ロッキングカーブにおける半値幅が 160 arcsecである。さらに良質化させるため、結晶 性を決める要因について調べた。その結果、六方晶 の二ホウ化物結晶の場合、高温での機械的強度(例 えば、ビッカース硬度)の他に、熱膨張の異方性が 結晶の品質(亜粒界やクラックの発生)に大きく影 響した。高温強度が高く、熱膨張の小さな異方性を もつZrB2が良質な結晶育成に有利な特性を有するこ とが判明した。転位密度は、4族5族6族二ホウ化 物単結晶(TiB2,ZrB2,HfB2,VB2,NbB2,TaB2,CrB2)の 相互比較から、育成温度200℃の低下により半減す るものと予測された。今後、育成温度を下げる融剤 の探索が重要なことを見出した。 (大型化)熱輻射が温度分布を決める3000℃以上 の育成温度域では、加熱電力は結晶径の1.6乗に比 例する。直径を2倍にすると電力が3倍になる。こ れより効率的な加熱法を探索した結果、融帯への原 料供給速度を大きくし大型結晶を育成することで、 加熱効率が30%以上増加した。直径2倍の結晶育成 を2倍の加熱電力で可能とした。今後、さらに加熱 法を効率化させ、結晶の大型化を試みる予定であ る。 図1.As-grown ZrB2単結晶 (表面物性) 近年、格子定数や熱膨張係数の近さからGaN, AlN などのⅢ族窒化物半導体薄膜成長用基板として注目 されている遷移金属二ホウ化物の表面の基礎的な性 質について調べた。 高分解能電子エネルギー損失分光法(HR-EELS) を用い、NbB2 (0001)およびZrB2 (0001)の表面フ ォノン分散を測定した。これらのホウ化物ではホウ 素の格子がグラファイトの格子と同型なので、グラ ファイトのときと同様に力定数模型を用いて解析し た。その結果、NbB2 (0001)は確かにホウ素層が表 面第1層目に出ており、ZrB2 (0001)ではZr面が表 面第1層目であることが確かめられた。ホウ素―金 属間の力定数はホウ素―ホウ素間の力定数に匹敵 し、かなり共有性が強いことが示唆された。 X線光電子分光法(XPS)を用いてNbB2 (0001) およびZrB2 (0001)表面の電子状態を調べた。その 結果、表面第1層目がホウ素であるNbB2 (0001)で 表面内殻準位シフトが観察された。この内殻準位シ フトは単純に電荷が移動すると考えたときの内殻準 位シフトの方向とは逆になり、第一原理計算により このような軌道混成の強い系においては原子内の電 荷再配分が大きく寄与していることが示され、XPS における内殻準位シフトが荷電状態の変化を直接は 示していないことを明らかにした。 ZrB2 (0001)表面は金属層で終端しており、反応 性が高いため触媒作用なども期待でき、格子定数が GaNと0.6%しか違わないことからGaN成長用基板と して特に有望視されている。この表面が酸素や水素 などの気体とどのように反応するかをHR-EELSを用 いて調べた。その結果、O2、H2、COなどは解離し て3回対称のホロウサイトに原子状吸着することが わかった。この表面は第一原理計算によってもフェ ルミ準位を横切る表面準位が存在し金属的性質が強 いことが示唆されるが、 実験的にも活性な金属と同 様の化学反応性を示すことが明らかになった。 窒化物膜の成長には、ZrB2をはじめとするホウ化 物単結晶上でGaNのプラズマMBE法によるエピタキ シャル成長実験を行った。その結果、金属層で終端 されているZrB2の(0001)面上ではGaNがエピタキ シャル成長したが、ホウ素層で終端されたNbB2, CrB2の(0001)面上には成長しないことがわかった。 後者にみられるRHEEDパターンはBNによるもので あることから、表面第1層目がホウ素終端の結晶で は成長中にBNが形成されてGaNの成長が阻害されて しまうことが明らかとなった。 (バルク特性) B12正二十面体化合物REB50において以前発見した 多ホウ化物における初めての磁気転移について更に 調べを進めた。こうした化合物における初めてのス ピングラス的な挙動をREB22C2Nにおいて発見し、ま た、一連の関連層状物質についても、類似の性質を 確認し、磁性がその2次元面内で制御されているこ とと示唆される結果を得たことを報告した。この現 象について更に解明し、動的性質を解析した結果 (図2に求められた緩和時間の分布、また、図3に 平均緩和時間の温度依存性を示す)、このスピング ラス的な挙動が類似な現象に起因するのでなく、真 のスピングラスに起因するものであり、更に、2次 元的なスピングラスであると考えられることを明ら かにした。 一方で、TbB50系化合物の磁性において、ドーピ ング実験を施行することで、その磁気転移が実はダ イマー的な転移であることが明らかになった。関連 する多ホウ化物においては、以前発見した2次元ス ピングラス的な振る舞いや、3次元的な長距離秩序 性の転移と合わせて、実に多彩な磁性が発現するこ とを明らかにしたことになる。 図2 HoB22C2Nの緩和関数分布 図3平均緩和時間の温度依存性 (計算科学) ホウ素及びホウ化物の原子構造、電子構造の理論 的解明に取り組んでいる。二ホウ化ハフニウム表面 の電子構造の解析により、実験結果の合理的な解釈 が可能となった。また、タイトバインディング分子 動力学法の新しい計算方法により、多原子を含む構 造の解析がより正確にできるものと期待できる。 1.二ホウ化ハフニウム(HfB2) (0001)-X (X=Li~ Ne)表面の電子構造の研究 二ホウ化ハフニウムHfB2単結晶の(0001)表面に、 周期表第一列の原子(Li~Ne)が吸着した場合の電 子状態について密度半関数法により理論的に解析し た。実験的に(0001)表面は、Hfの原子面で終端さ れた1×1の構造が安定であることがわかってい る。この表面に各種原子を吸着させて全エネルギー を計算したところ、Neを除いて、すべて3回対称サ イト(threefold site)がもっとも安定であることが 判明した。(図4)このことは我々の以前の酸素吸 着実験の結果とよく一致している。吸着エネルギー については酸素がもっとも高い値を取ること、振動 エネルギーについては、窒素がもっとも高い値をと るが、酸素、炭素との差が小さいことなどがわかっ た。振動エネルギーは以前のHREELS (high- resolution electron-energy-loss spectroscopy) の結果 を よく説明している。(図4) 図4 Li-Ne原子の吸着エネルギー。threefold siteが最 もエネルギーが低い(安定) 2.タイトバインディング分子動力学法のハミルト ニアンのサイト内行列要素の計算法 タイトバインディング分子動力学法(tight-binding molecular dynamic, TBMD)のハミルトニアンの新し い計算法を開発した。TBMDではハミルトニアンの 計算に各原子軌道を基底に用い、行列要素の計算は Slater-Koster法によって近似する方法を採用してい る。Slater-Koster法では異なる原子間の行列要素は 計算できたが、同一原子内の行列要素はうまく計算 できず、単独原子の値、もしくは近似した電子密度 のみの関数に置き換えていた。我々の方法では、周 囲の原子の影響をSlater-Koster法を改良した方法で 取り入れて、同一原子内の行列要素をかなり正確に 計算できるようになった。テスト計算として、シリ コンの行列要素をテスト計算したところ、広い範囲 で第一原理計算によく一致する結果を得た。(図5) 図5 4配位のSi原子におけるハミルトニアンの行列要 素。我々の方法(pr.)と第一原理計算(exact)の値は 原子間距離にかかわらずよく 一致している 1.千現地区正門 photograph : National Institute for Materials Science 超高圧グループの5年 赤石實、菅家康、小林敬道、関根利守、竹村謙一、谷口尚、中野智志、遊佐斉、吉本次一郎(2005.3退職) 1.超高圧装置開発の目的 無機材質研究所に超高圧力ステーションが20数年 に設置された。以来、新高密度物質等新物質の探索 と新高硬度材料の合成を研究するため、これらの目 的に適した超高圧力システムを開発してきた。また、 システムの一層の改良をはかるため、関連グループ と共同して、材料合成、解析研究を行っている。 2.合成装置開発と合成研究 大きな試料空間に超高圧を発生することが可能な ベルト型超高圧合成装置を合成装置として選択し、 同装置の発生圧力の拡大に取り組み、15GPa以上の 超高圧を発生可能にした。超高圧発生に加えて、超 高圧条件下での高温発生技術開発が、超高圧合成に は必要不可欠である。9GPaの超高圧条件下では、 ヒーター材料に用いていた黒鉛がダイヤモンドに直 接変換してしまうため、新たなヒーター材料を開発 しなければならなかった。TiC-ダイヤモンド複合体 ヒーターを開発し、10GPa領域での2000℃以上の高 温合成実験を可能とした。これらの装置開発の結果、 超高圧高温合成研究領域が13GPa領域に拡大され、 この領域での新物質探索研究へ新たな実験手段とし て期待される。 これらの装置開発と同時進行の形で、開発装置を 用いて、新規高硬度材料や新機能性材料の開発に取 り組んだ。ダイヤモンドの成因解明、ダイヤモンド 焼結体の製造法の開発、高純度立方晶窒化ホウ素単 結晶の育成、高純度六方晶窒化ホウ素の合成等興味 ある研究結果が得られた。励起子発光の観測される 高純度立方晶窒化ホウ素単結晶の合成に、Ba-BN系 溶媒を用いて成功した(図1)。この合成研究過程 で、準安定相として合成された六方晶窒化ホウ素単 結晶が、紫外領域で非常に強い発光を示すことが明 らかとなり、成果は、Nature-Materials誌に掲載され た。新たな発光材料となる可能性を秘めている研究 結果である。 一方、ベルト型装置よりも高い圧力領域における 物質合成に衝撃圧縮装置を用い、新規高硬度物質と して期待されるペロブスカイト型Si3N4の大量衝撃合 成に成功し、γSi3N4の化学的・物理的性質を明らか にした。 3.その場観察装置開発と物性研究 その場観察用装置として、ダイヤモンドアンビル セル(以下DACと略称)及び衝撃圧縮装置を開発し てきた。DACでは、発生圧力の拡大に尽力するとと もに、静水圧条件下での超高圧物性測定を目的に、 高圧ガス充填装置を整備し、圧力誘起の相転移に及 ぼす圧力の静水圧性について研究を進めた。He圧力 媒体採用による準静水圧的圧力場の発生によるヨウ 素の非整合変調構造相を発見した。ヨウ素の研究成 果は、Nature誌に掲載された。 その場観察可能な超高圧合成装置として、レー ザー加熱DACを整備し、多層型カーボンナノチュー ブから透光性ナノダイヤモンド焼結体の合成に成功 する等興味ある研究成果が得られた。また、衝撃圧 縮装置開発では、レーザー衝撃圧縮装置を導入・整 備し、利用技術開発を行った。 4.終わりに ベルト型超高圧合成装置、DAC、レーザー加熱 DAC、一段式火薬銃、二段式軽ガス銃及びレーザー 衝撃銃と合成装置からその場観察可能な装置迄��各種 超高圧装置を開発し、利用技術開発を行ってきた。 これらの装置を有効に活用するためにも、機構内外 の研究者との共同研究を一層推進することが必要で ある。この5年間の間に、以前開発した耐熱性ダイ ヤモンド焼結体の製造技術が、三菱マテリアルに技 術移転された。高価であるため切削工具分野への展 開は難しいようではあるが、オイルビット等への展 開を期待している。 図1高純度立方晶窒化ホウ素単結晶 2.千現地区 研究本館 photograph : National Institute for Materials Science 非酸化物焼結体グループの5年 田中英彦、廣崎尚登、小松正二郎、西村聡之、解栄軍、三友護、山本吉信、末廣隆之、Xu Xin、石原知、平井伸治、白谷正治、 尾方成信、上田恭太、小笠原一禎、Cenk Kocer、風見大介、田中洋測、中島一子、村上千代子、矢口千恵子、根本かおり、中川 真与、足達美恵子、岡室葉子 1.研究概要 セラミックス材料関連産業のニーズが低コスト・ 省エネルギー製造法と材料の高機能化であったこと をふまえ、ナノ ・ミクロンスケールの組織制御手法 を開発して、高強度で高靱性なSiCとSi3N4系構造用 セラミックスを開発し、機械的特性評価の研究を行 うことを課題とし、研究開発を開始した。 その後、産業ニーズが半導体関連機器やオプトエ レクトロニクスに推移した。対応して精密機器用キ ーマテリアルと機能性セラミックス材料の創製に研 究の重点を置くようになった。その結果、SiC粉末 の易焼結方法の開発、有機原料から高純度・微粉末 SiC粉末の合成、Si3N4の急速加熱焼結、ナノ組織 Si3N4焼結体の合成に成功した。 さらに、サイアロン蛍光体と高電子放射新型BN 材料の発見があり、白色LEDやプラズマディスプレ ー用材料の開発など産業にインパクトの大きい成果 が得られた。 2.工業化に向けたSiC粉末の易焼結方法 SiCと高温でも共存するAlB2、Al4C3、B4Cなどの相 関係を詳細に検討した。その結果、図1の相関係が 得られた。 図1SiC-Al4C3-B4Cの1800℃における相関係 Al8B4C7は新化合物で、1800℃でSiCと液相を発生 させた。そこでαおよびβ-SiC粉末をAl-B-C系化合 物の助剤で焼結すると、従来の焼結方法の温度 2150℃より低い1950―2000℃前後で焼結でき、焼結 温度の低温化に成功した。 これから、SiC粉末にAlB2とCを添加する低温焼結 技術を完成し、工業化した。また、この方法と高温 静水圧焼結(HIP)を組み合わせると、1850℃で気 孔のない材料が得られた。気孔のない緻密なSiC焼 結体は化学薬品やプラズマ雰囲気に耐性が強く、半 導体製造装置に応用されることが期待される。 3.有機原料から高純度SiC微粉末の合成 図2 AlB2とCを助剤として焼結したSiC粉末の密度、 赤字はα―、青字はβ―SiC粉末 半導体製造炉等の先端産業機器には高純度で微粉 の非酸化物セラミックス材料が必要とされている。 従来の鉱物原料から出発したのでは高純度化や微粉 化には限界がある。そこで、高純度化が容易な有機 液状原料を用いて、ゾル-ゲル反応を経て、プレカ ーサーを合成し、焼成してセラミックス粉末を製造 する方法を開発した(図3)。 図3有機原料を用いたプレカーサー粉末合成法 具体的には、原料にテトラエトキシシランとフェ ノールホルムアルデヒド重合体を用いる。溶媒下で 縮重合してゲル状プレカーサーを得て、高温で処理 をするとSiC粉末が得られる。粉末は微粉で未反応 物質(SiO2やC)を含まないので、不純物を取り込 む粉砕や精製処理が必要ない。得られた粉末はSiウ ェハーを処理する反応炉の材料として利用すること ができる。 4. Si3N4の急速加熱焼結 窒化ケイ素の急速加熱による焼結について検討し た。β型のサブミクロン粉末の粒成長速度は粒度分 布がほぼ同じα型の粉末よりも速いことがわかっ た。Si3N4ナノ粉末の急速加熱焼結を行った。ナノ粉 末では高密度化が狭い温度範囲で急速に進み、一般 に利用されているサブミクロン粉末より高密度の焼 結体が得られた(図4)。 図4サブミクロンとナノ Si3N4粉末の急速加熱焼結 5. Si3N4ナノセラミックスの作製 Si3N4のサブミクロン粉末と焼結助剤粉末を高エネ ルギー粉砕することにより得られたナノ混合粉末 を、放電プラズマ焼結法により焼成した。短時間焼 結により、粒成長を抑制しながら高密度化すること で、粒径が数十ナノメートルの窒化ケイ素ナノセラ ミックスを作製することができた(図5)。 図5 高エネルギー粉砕と粒成長を抑制しながら高密 度化したSi3N4ナノセラミックス 高エネルギー粉砕の際に、粉砕助剤として金属ア ルミニウムを用いたが、粉砕助剤添加の場合、無添 加の場合よりも穏やかな条件であっても窒化ケイ素 粒子のナノ微粉化が起こることを発見した。 6.酸窒化物サイアロン蛍光体の開発 酸窒化物サイアロンをホスト結晶として、種々の 発光中心イオンの導入によって蛍光体が得られるこ とを発見した。新規蛍光体の物質探索を行い、配位 環境を制御することにより様々な色の蛍光体を見い だした。その中では青色(Ce3+)、緑色(Yb2+)およ び黄色(Eu2+)サイアロン蛍光体が白色発光ダイオ ードへ応用が可能である。一方、サイアロンホスト の最適組成と合成プロセスを検討することにより、 サイアロン蛍光体の発光波長又は発光効率を制御す ることができた(図6)。 図6 多彩な発光をするサイアロン蛍光体 7.電界電子放出BN プラズマCVDに193nm紫外光を併用したプロセス を開発した。これにより、電界電子放出特性を最適 化させるエミッター形状を自己組織的に形成した sp3-結合5H-BN薄膜の合成に成功し、高い電子放射 性能を持つことがわかった(図7)。 コーン状のBNマイクロエミッターの分布がフラ クタル的になる条件が見出され、フラクタル次元が 高い精度で求められた。チューリング型の支配方程 式を直接解いた結果、これは、強制振動的光化学反 応により、チューリング構造におけるスケール不変 性をもつ自己相似性がノーダル・パターン形成され ることにより、フラクタルパターンが構成されたこ とが分かり、新しいタイプのフラクタル構造の起源 を見出すことが出来た。 図7電界電子放出特性を持つコーン状BN膜 電子セラミックスグループの5年 安達裕、大橋直樹、斉藤紀子、坂口勲、羽田肇、中村真佐樹、菱田俊一、三橋武文、和田芳樹、李迪、王玉光、NITINK. LABHASETWAR、 Venkatraj Selvaraj 1.はじめに 本グループは、物質・材料研究機構が発足する以 前、平成10年度より継続しているグループである。 電子セラミックスは、導体・半導体だけではなく強 誘電体、磁性体や光学材料をも含む広い分野である が、本グループは、主に格子欠陥とこれらの物性と の関係に着目して研究してきた。 無機材研時代を含む平成10年から平成14年度は、 「酸化亜鉛」に着目した研究を推進した。この時期 は、酸化亜鉛リバイバルとも言える現在の酸化亜鉛 研究状況と重なるが、これはバリスタに代表される 半導体としての酸化亜鉛の応用から、光学材料とし ての応用展開が計られた時期と一致している。その ため、我々も、主に光学的な性質と欠陥構造との関 係に着目し、研究を行った。 平成15年度からは、「酸化亜鉛」研究をベースに、 同じウルツァイト構造を持つ材料との複合化によ る、新現象・新物質の探索等の基盤研究を目指した 「ヘテロウルツァイト化合物研究」を推進した。当 初、5カ年の予定であったが、3年で研究を打ち切 り、新たな展開を目指す計画となっている。 先に述べたように、主にウルツァイト構造を有す る物質を主たる対象物質としてる点に特徴がある。 材料の形態としては粉体から薄膜、単結晶と多岐に わたっており、これらの結晶構造―欠陥構造―微構 造と階層化した構造の検討を基礎に、光学的性質か ら電気的性質に至る総合的な研究を展開した。 この間、基盤的な研究の他、原子力クロスオーバ ー研究、科学技術振興調整費「セラミックスインテ グレーション技術による新機能材料創製に関する研 究」等の外部競争的資金による応用を目指した研究 も展開した。また、ミレニアムプロジェクトの一環 である機構内プロジェクト「有害化学物質除去の探 索・創製」にも参画し、「複合機能触媒の開発」を 課題とした研究も行ってきた。 以上の予算的な裏付けを基に、発光現象に対する 水素の劇的な効果、水溶液からの酸化亜鉛直接パタ ーニングの実現、あるいは最高水準の可視光応答型 光触媒の開発等多くの成果を挙げることができた。 本稿では、紙面の都合上、これらのうち主要な研究 トピックスを紹介するとともに、論文、特許あるい は研究会等の成果発信についても触れたい。 2.グループの研究成果 (1)酸化亜鉛単結晶を用いた単粒界バリスタの形成 酸化亜鉛バリスタは、日本発のデバイスとしてつ とに有名であり、今日ではパソコンあるいは携帯電 話のサージ吸収素子として欠く事のできないものと なっている。一方、近年のアクティブデバイスの低 動作電圧化の傾向から、さらに低電圧で動作するバ リスタが求められている。通常の酸化亜鉛バリスタ は、多結晶粒界の機能を利用しており、一粒界当た りの降伏電圧は約3.5Vとなっている。従って、低圧 で動作させるためには作用する粒界数を減らす必要 があるが、多結晶体を使用している限りは十数ボル トが限界となっていた。そこで我々は、酸化亜鉛の バイクリスタルを利用し実用レベルの非線形性を有 する単粒界形成の開発を目指した。 バリスタ特性を得るためには粒界にビスマスある いはプラセオジムイオンを偏析させることが不可欠 である。バイクリスタルに単純な塗布法等によりこ の構造を実現しようとすると、界面が多結晶化し、 機械的に非常に弱いばかりでなく、所望の低電圧動 作のバリスタ特性が得られない。本研究では、粒界 相に上記のイオンを含むガラス層を形成し、バイク リスタル化することで、機械的な強度が十分な材料 を得ることが可能となった。バイクリスタルの接着 強度は、粒界相の有無、および、粒界相の材質に依 存し、最も強度が高かったのは粒界相として酸化ビ スマス系のガラス相を用いた場合であり、酸化ビス マス系の結晶相を粒界相とした場合、接着後のハン ドリングによって剥離することがあった。 形成された単粒界を含んだI-V特性を図1に示し た。単純なバイクリスタルの場合、I-V特性は線形 である。一方、ビスマスを含んだガラス層を介在さ せると、非線形性が現れ、ガラス層は非線形性を得 るためには有効であることが判明した。しかしなが ら単純なガラス層のみでは、非線形指数、αは4と 非常に小さい。一方、さらに単結晶にCoイオンを添 加した単結晶を用いたバイクリスタルではα=28と なり、実用材料に匹敵する値のものが得られた。 図1バイクリスタルのI-V特性 (2)酸化亜鉛およびウルツァイト構造窒化物薄膜の 成膜 酸化亜鉛は特に、透明であること、導電性を制御 しうることから、透明な薄膜電子デバイスへの応用 が期待されている。我々のグループでは、1)高い 結晶性を有するZnO薄膜を合成すること、2)高い 結晶性を損なわずに必要な機能を付与できるだけの ドーピングを施すこと、という2つの課題を解決す るための研究・開発を進めてきた。ここでは、高品 質でかつ高濃度ドープ酸化亜鉛基薄膜(ここではIn 添加)の作製法の開発と、この手法をさらに進化さ せウルツァイト構造窒化物薄膜に適用した例を述べ る。 ZnOを透明電子素子として利用する上では、高い 伝導度と透明性が必須要件である。また、工業的な 量産を考慮した場合、設備コストや大型基板への対 応という観点から、PLD法やMBE法に比べて、CVD 法やスパッタ法が有利と考えられる。そこで、本課 題では、高レベルのドーピングによって高い導電性 を付与したZnO薄膜をスパッタ法で合成することを 試みた。 本研究では、容易に入手可能なサファイヤ単結晶 基板を用いた高品質ZnO薄膜の合成を目指した。 ZnOの(0001)面とサファイヤの(0001)面で接合 した場合には、13%の格子不整合が生じる。そのた め、自己バッファー層(SBL)技術によって、格子 不整合基板への良質ZnO結晶の析出、という課題の 解決を目指した。SBLとは、成膜しようとする薄膜 と同組成の薄膜を基板上にSBLとして堆積した後 に、さらに、目的の薄膜を堆積させることで、高品 質の膜を得ようとする手法である。以下に、その概 要を示す。 図2酸化亜鉛基化合物薄膜の極点図 SBLの効果について検討するため、成膜課程を2 段階に分け、初期のSBL形成過程と、後期の薄膜形 成過程として行った。すなわち、前期課程は、基板 上に10nm程のZnO薄膜(無添加、アルミ添加、ある いは、In2O3 (ZnO) 5組成)を堆積させるプロセ スであり、その後、約15分間ほどの製膜休止時間を おいた後に、後期のIn2O3 (ZnO) 5薄膜の堆積を 開始した。この製膜休止の時間中、基板温度は、製 膜温度に保持した。 図4に得られたIn2O3 (ZnO) 5組成の薄膜のX線 極点図形を示す。SBLを用いない薄膜(左図)では、 配向性が低く、特に、酸素を供給しない場合、著し く配向性が劣化した。この配向性劣化は、高濃度に Inが添加されたことが原因であり、同条件で、純粋 なZnOを堆積した場合には、高い配向性が確認され ている。一方、In2O3 (ZnO) 5組成、あるいは、 ZnO組成の10nm厚のSBLを堆積した後に、In2O3 (ZnO) 5組成の薄膜を堆積した場合、As-depo.でも 高い配向性が得られた。As-depoの薄膜は、平均構 造としてウルツ鉱型ZnO固溶体と同定されており、 高濃度のInが加えられ、かつ、SBLを用いない場合、 配向性が乱れやすくなると考えられる。熱処理後で は、配向性という観点では、SBLの有無による極端 な差異は認められなかった。 as-depo.の状態では本系で特徴的である層状構造 は形成されず、アニール後は、不均質ながら層状構 造の形成が認められた。これに対して、SBLを用い た薄膜では、整然とした超格子構造の形成が認めら れた。先の極点図形では、SBLの有無に関わらずア ニール後には、高い配向性が認められたが、超格子 構造の完全性という視点からは、SBLの有無がアニ ール処理後であっても、大きな意味を持つことがわ かった。 以上のバッファレイヤに関わる界面構造の知見に 基づき、高品質な窒化物系ウルツァイト化合物薄膜 の合成についても手掛けた。窒化物ウルツァイト化 合物は、GaN系の高効率青色発光ダイオードが実用 化さたことで、注目されているが、この実現にはバ ッファ層技術がキーになったことは間違いない。こ こでは、ZnO基板上に比較的大きな格子不整合 (8.8%)を有するInN薄膜を成長させ、その結晶構 造、界面構造について検討した結果を紹介する。 InN薄膜はMBE法により成膜した。基板には市販 されている水熱合成法で育成されたZnO単結晶の (0001)面、(000-1)面を用いた。本研究では、通 常のⅢ族窒化物半導体成長の際に用いられる基板窒 化・低温バッファ層プロセスは適用せずに、ZnO基 板上に直接InNを550℃ ― 650℃で成長させた。 550℃で成長させたInN薄膜のXRDプロファイル は、ZnO基板とInN膜のピークのみ観察されたが、 650℃で成長させたInN薄膜は、In2O3のピークが見 られ、基板と薄膜が反応し、In2O3が形成されてい ることがわかった。XRDのロッキングカーブ評価に よれば、650℃で成長させた薄膜は、FWHMが 3600arcsecと大きく、結晶性は悪かったが、550℃で 成長させたInN薄膜のFWHMは160arcsecと極めて結 晶性の高い膜が得られることがわかった。この結晶 性は、これまで報告されているサファイア基板上に、 基板窒化・低温バッファ層を用いて成長させたInN 薄膜と比べても遜色はない。これらの結果から、酸 化亜鉛基板を用い、界面構造を十分制御すれば、基 板窒化・低温バッファ層プロセスを用いないシンプ ルなプロセスで高結晶性InN薄膜が得られることを 示している。 (3)酸化亜鉛のパターニング 酸化亜鉛は従来からのバリスタや蛍光体から、薄 膜として用いられる事の多い透明電極や薄膜発光素 子への展開が急ピッチでなされている。これらのデ バイスでは、旧来のバリスタを含めて、酸化亜鉛を パターン化して実装する事が不可欠になっている。 以上の状況を踏まえ、我々のグループにおいてもパ ターン化に関する研究を推進してきた。材料の微細 加工には大別して二つのプロセスが考えられる。一 つは、やや大きな材料にトップダウン的に加工を施 していく方向で、もう一方は、分子レベルからボト ムアップ的に、階層構造を構築していく方法である。 電子セラミックスグループにおいても、これら両方 向からのアプローチを展開してきた。トップダウン 的なアプローチでは電子線リソグラフィー等のシリ コン半導体プロセスを活用してきたが、シリコンと は全く異なるエッチッング手法等を開発する必要が あった。一方、ボトムアップ的なアプローチは、シ リコン分野においても発展途上の技術と言うことも あり、基礎的な研究を行ってきた。この際、将来の 経済的・環境負荷等を考慮し、加熱が不要な水溶液 からの酸化亜鉛直接パターニング手法の開発に注力 してきた。ここでは、本手法についてさらに詳しく 紹介する。 ボトムアップ的な酸化亜鉛パターニングの手法の フローを図3に示した。基板上にphenyl基終端自己 組織膜(Self-Assembled Monolayer, SAM)を形成、 フォトマスクを介してUV照射して部分的にOH基に 変性させることで、特定の官能基をパターン化させ た。この基板をパラジウム触媒液に浸すと、phenyl 基終端のみに触媒粒子が付着する。さらに、この基 板をジメチルボランと硝酸亜鉛水溶液中に浸すと、 触媒の作用で、硝酸イオンは亜硝酸イオンに変化し、 その結果、触媒近傍のみpHが上昇し、その結果、 水酸化亜鉛が析出する。温度がある程度高いと、水 酸化亜鉛は脱水反応を起こすため、水溶液中で直接 酸化亜鉛を析出させることが可能である。 図3 SAM膜を用いた酸化亜鉛のパターン析出 図4に作製した酸化亜鉛パターンのSEM写真を示 す。白く見える部分が析出した酸化亜鉛であり、 phenyl基上のみに析出する高い選択性が示されてい る。高倍率で見ると、粒径約0.2μmの酸化亜鉛粒子 より構成されていることが分かる。同図に見るよう に線幅では最小μmのラインパターンの描画に成功 し、パターンの解像度は粒径の数個分相当と見積も られた。 試料のSEMおよびTEM観察の結果、析出膜は単粒 子膜で構成されていることが判明した。また、シリ コン基板上のアモルファス層の上に直径4nm程度 の触媒粒子がついており、その上に酸化亜鉛が析出 した状態となっている。酸化亜鉛粒子は触媒基板に 面接触しており、基板への密着性も十分であった。 さらに、粒子同士も接触して析出していた。 得られた酸化亜鉛パターンの蛍光特性を、カソー ドルミネッセンス(CL)法により評価した。アニ ールなしの試料であるにもかかわらず、酸化亜鉛の 析出したフェニル基上で500~800nmの可視光発光 が観測された。通常の酸化亜鉛のグリーン発光 (530nm)よりも長波長の発光であったのは、今回 の試料が低温の水溶液中で作製されたため、なんら かの欠陥を含んでいるためと考えられる。 図4 パターン析出させたZnOのSEM写真 (4)水素ドープした酸化亜鉛 ZnOに水素を添加することによって、その欠陥を 不活性化し、欠陥によるキャリアーの再結合確率を 低減させることが可能であり、結果として、紫外線 発光効率の向上をもたらす。そこで、本研究では、 物質研究所/プラズマプロセスグループと連携し て、水素の酸化亜鉛発光に対する効果について検討 する事とした。ZnOへの水素ドープには、水素プラ ズマを用いた。この手法についてはプラズマプロセ スグループの項を参照されたい。 水素ドープ後の試料中の水素濃度は、2次イオン 量分析計(SIMS)によって定量した。定量分析に あたっては、測定の精度を上げるため、水素ガス (1H2)の代わりに重水素ガス(2D2)を用いてプラ ズマ処理した試料を用意し、定量分析を実施した。 ZnO結晶中に元来存在する欠陥と水素との間の相 互作用を知るため、①水熱育成ZnO単結晶、②無添 加のZnO焼結体、③気相成長ZnO単結晶、④市販の 緑色蛍光体粉末の4種類を試料として用いていた。 水熱結晶は、育成時に混入するアルカリ不純物で特 徴づけられ、また、気相成長ZnOは、陽イオン組成 として高い純度を持つことを特徴とする。また、市 販の緑色蛍光体は、Zn過剰のZnOとされ、高効率で 緑色の光を発する蛍光体として利用されているもの である。 水熱結晶についても、当初から可視発光強度が低 く、また、水素添加後に、紫外発光効率が約2倍に 向上していたことから、非発光の再結合中心が水素 によって不活性化され、バンド端の紫外発光が強調 されたものと理解される。一方、処理前から強い紫 外発光が観測され、また、可視発光が見られないこ とを特徴とした気相成長結晶では、水素化による顕 著な発光効率の変化は認められなかった。このこと は、高純度のZnOである場合、その結晶中に再結合 中心となる欠陥の濃度が低いため、水素による欠陥 改質の効果が顕著に見られないためと理解できる。 市販の緑色発光体では、水素化の前後で発光スペ クトルに変化が認められなかった。比較のために実 施した、銅を添加して得られる、CuZnxが原因とな った緑色発光を示す試料では、水素ドーピングによ って、そのCuZnx由来の発光が消失する様子が確か められた 以上実験結果に基づく考察から、ZnOへの水素添 加によって、水素からイオン化したドナー、あるい は、アクセプターへの電荷の移動が誘起され、これ によって、欠陥の状態に変化が起こり、キャリアー の再結合に対する可視発光、あるいは、非輻射再結 合の確率が減少し、その結果として、励起子発光効 率の向上がもたらされたと考えられる。また、これ までに解明されていない欠陥発光の機構を明らかに してゆく上で、水素ドープは欠陥構造を知る上での 有用なプローブとして勝つよう可能であることが示 唆された。 (5)高機能可視光応答型光触媒の開発 光触媒は、光だけをエネルギー源とした化学反応 が可能なことから環境調和を目指したグリーンケミ ストリーの象徴的な材料として、産学独の多くの研 究機関によって様々な研究が取り組まれている。し かしながら、万能とも思える光触媒も、暗所ではも ちろん作用しないし、低い可視光応答性、そもそも 熱触媒に比して遙かに低い効率といった欠点を有し ている。我々は、これらの欠点の克服を目指し、光 触媒と吸着剤との複合化技術を開発し、有害化学物 質除去に有効な光触媒の合成に取り組んできた。こ の目的のため、安価で製造でき、大規模化も可能な 噴霧熱分解法をベースとした方法を採用した(図 5)。噴霧発生器中には、原料となる溶液、あるい は複合化させる際には顕諾液があり、これを霧滴化 した液的を一挙に炉内に導入・分解し、所望の組成 を持つ光触媒粉体を得る方法である。一段のプロセ スで光触媒が得られるため、安価な製造法となって いることが特徴である。 得られた複合光触媒の光触媒活性評価した結果 を、図6に示した。NFTOが、 活性炭を伴わない単 図5噴霧熱分解法の概略図 独の可視光応答型であるが、活性炭と複合化させた NFTO-ACF、 NFTO-ACAともに活性が向上している。 図6可視光照射による各種VOCの分解 P25:比較標準試料。NFTO:窒素、フッ素同時添 加粉体。NFTO-ACF : メソポーラス共存活性 炭―NFTO複合体。NFTO-ACA :通常活性炭― NFTO複合体 反応条件:光触媒、0.50g ;キャリアガス、 N2/O2 = 79/21 (v/v)濃度:アセトアルデヒド― 930 ppm,トリクロロエチレン―943 ppm,トルエ ン―265 ppm (6)成果の発信 以上、成果の一部を紹介したが、これらの成果は 物質・材料研究機構発足後に限って、150報以上学 術論文誌に投稿されている。口頭発表については、 主に国際会議を中心として200報以上報告した。本 グループの特徴は、学術面だけでなく技術展開も重 視してきた点にあり、その基本となる特許も20件以 上を数える。これらの技術情報は、現在まで28回を 数える「電子セラミックス研究会」を通して産業界 に向け発信された。この結果、学・独のみならず産 業界とも深い連携をする事ができた。また、一部の 成果が、ベンチャービジネスとして発展したことも 付け加えておきたい。 3.今後の展望 以上紹介したように、比較的少ないメンバー数に もかかわらずある程度の成果を挙げることができ た。これは、ウルツァイト系物質が脚光を浴びてい る時期遭遇したという幸運な点もあるが、メンバー の努力の賜であることは間違いない。バンドボーイ ングをはじめとした固溶体に纏わる問題で未解決な 点も残っているが、それ以上に、我がグループでは オプトセラミックスあるいはセンサとしての研究展 開する機運が高まっている。従って、今後、この両 方向に基盤的な研究を発展させていくことで、社会 に大きく貢献しうるものと確信している。 機能性ガラスグループの5年 井上悟、岩野隆史、Olivier Noguera、勝田喜宣、小池長、小谷和夫、小西智也、小宮山蓉子、坂本知之、柴田修一、末原茂、武 島延仁、竹内太志、田中修平、轟眞市、鄭��益秀、福田盛正、藤本憲次郎、牧島亮男、三輪友紀、安盛敦雄、横尾俊信、吉門進三、 若桑睦夫、和田健二 1.グループの発足 無機材質研究所の第9研究グループから発展し、 平成13年の物質・材料研究機構の誕生時に物質研究 所の機能性ガラスグループとして発足した。物質研 究所は無機材質研究所時代のグループ制を継続して おり、「シリケートガラス表面パターン形成」を研 究するグループとして発足した。 2.グループの活動経緯 グループ研究テーマ「シリケートガラス表面パタ ーン形成」は、ガラス表面にレーザー光を短時間照 射して加熱し、照射部分のガラスの仮想温度を変化 させて屈折率を周囲より低下させて屈折率パターン を形成する方法である。原理的に全てのガラスに適 用でき、また、ガラス固有の現象であるガラス転移 を機能に結びつけた方法で、正にガラス固有の屈折 率パターン形成法である。テルライトガラスやケイ 酸塩系ガラスについてパターン形成に成功してい る。レーザー照射の条件を変えることで屈折率を段 階的に変えられることを利用して、光多重記録法と 光多重記録用ガラスとして特許登録している。 平成11年度に独立行政法人化を見据えた科学技術 庁先導プログラムとして出発した「コンビナトリア ルマテリアル科学技術の創製と先端産業への展開」 プロジェクトに「コンビナトリアルケミストリー手 法による新ガラス創製の研究」をテーマに参画し、 機能性ガラスグループ発足後も研究を続け平成16年 度からは第二期を迎え、ガラスに加えてセラミック スコンビナトリアル合成の研究をソフト化学グルー プより引き継いでいる。この7年間に世界初のコン ビナトリアルガラス研究システムを開発し、同シス テムを用いて数多くの新ガラスを発見している。ま た、セラミックスの分野では、コンビナトリアル湿 式セラミックス合成装置、コンビナトリアルX線回 折計測・解析装置等を開発し、特に合成装置は登録 商標“コンビック”、“コンビット”として発売し、 コンビナトリアル研究手法の普及に務めている。 平成12年度からは、ミレニアムプロジェクトの一 つ として 「有害化学物質除去触媒の探索・創製」プ ロジェクトに「透光性触媒坦体の開発」をテーマに 参画し、平成16年度まで高性能の光触媒を開発する 研究を実施した。独創的なアイデアに基づく透光性 坦体を開発し、更に二酸化チタンを坦持することで 高性能の光触媒モジュールを開発した。ダイオキシ ン類や環境ホルモン等の有害化学物質の分解に有効 であるとの結果を得ている。 平成14年度からは機構ナノテクノ ロジー研究プロ ジェクトの一つである「ナノ組織制御による次世代 高特性材料の創製に関する研究」プロジェクトに 「セラミックス新機能創製」をテーマに参画し、陽 極酸化技術をナノテクノロジー技術に発展させた独 創的技術の開発により、3次元ナノ構造薄膜作製法 を開発している。また、同方法により超高密度の磁 気記録媒体開発の可能性を示している。 グループメンバー個々も独自の研究を精力的に実 施している。通信ガラスファイバー網を光過剰入力 から守る光フューズの開発や分子軌道法に基づくガ ラス物性予測計算法等を開発している。 外部機関との事業として、企業や大学との共同研 究やフランスレンヌ大学ガラスセラミックス研究所 との国際共同研究(平成15年~平成17年)、フラン スよりのJSPSフェロー 3名の受け入れなどを実施し ている。 新材料の開発研究ばかりでなく、平成17年度から はNEDOの省エネルギープロジェクトの一つである 「直接ガラス化による革新的省エネルギーガラス溶 解技術の研究開発」プロジェクトに「原料調整法に 関する研究」をテーマに参画している。ガラス産業 の発展に大きく寄与するテーマとして産業界から注 目されている。 3. 5年間の成果および代表的トピックス 1)シリケートガラス表面パターン形成研究 ソーダ石灰シリカガラスにおいて、フェムト秒パ ルスレーザの照射により、アブレーションを起こす ことなく屈折率低下現象を発生させる条件を明らか とした。図―1に実験例の照射部分の光学顕微鏡写 真、触針計凹凸マッピング図、そして屈折率分布図 を示す。照射表面が滑らかな状態で約0.015程度の 屈折率低下が発生している。 図1 レーザー照射部分の状態および屈折率マップ 2)シリケートガラス表面パターン形成機構研究 有限要素法に基づく伝熱シミュレーションを用い て計算した、ソーダ石灰シリカガラス表面に 0.3J/mm2の照射エネルギー密度でレーザ光を照射し た時の照射部が最高温度に達した時の温度分布を図 2左に示す。また、これらの計算を様々な照射条件 で行い、それぞれの最高到達温度(近似的に仮想温 度と見なした)を推定した。図2右に、誘起された 屈折率変化を推定した仮想温度に対してプロットし た。仮想温度の上昇にともない屈折率が直線的に低 下しており、パルスレーザ照射加熱により照射部の ガラスの仮想温度を変化させて屈折率の低下量を制 御できることが明らかとなった。 図2有限要素法による屈折率変化の見積 3)陽極酸化法によるガラス表面への3次元ナノ構 造薄膜の作製研究 図3に形成法を示す。ガラス表面に導電膜を形成 し、更に、この上にアルミニウムの薄膜を蒸着法や スパッタリング法により形成する。NIMSが独自に 開発した機能性ガラス作製法である。アルミニウム 薄膜を陽極酸化してナノサイズの細孔がガラス面に 垂直に配列した非晶質アルミナ多孔体薄膜とする。 導電膜はアルミニウムの陽極酸化を最後まで進める ための電極である。また、一般のアルミニウムの陽 極酸化膜では不可能であるが、ガラス表面上の酸化 膜では、バリア層と呼ばれる細孔底部のアルミナ膜 が側面のアルミナ膜より薄いため、エッチングによ り完全に取り除ける。自己組織化過程であるため、 マスク等なしでナノメータオーダーの細孔組織が形 成できる。 図3 陽極酸化法によるガラス表面へのナノ構造 細孔中へは、ゾルディッピング、電析法により化 合物が導入できる。チタニアゾルを導入して熱処理 したものは高性能の光触媒として機能し、ハウスシ ック症候群の原因とされるホルムアルデヒドの光分 解による空気浄化に有効として、全国紙を含めた7 紙に報道された。電析法による導入においては、磁 性合金であるFe-Pt合金を導入しその磁化特性を評価 し超高密度の磁気記録媒体として応用可能であるこ とを明らかとし、新聞でも報道された。図4にFe-Pt 合金を導入した細孔組織のSEM写真を示す。約 50nmのFe-Ptナノロッドのアレイが形成されており、 磁化特性評価では、面に垂直のロッド配向方向に優 先的に磁化し易いとの結果が得られた。 図4 Fe-Ptナノ ロッドアレイの断面S EM写真 また、多孔質化が不可能とされてきたTiを多孔質 化する新規の陽極酸化手法に関して研究した。ガラ ス基板上のAl/Ti複合金属薄膜の陽極酸化により、 Al陽極酸化膜をスルーマスクとして使用し、世界で 初めてTi金属の陽極酸化に成功し種々の3次元ナノ 構造を作製した。図5は、リン酸、シュウ酸、硫酸 溶液中で定電位・定電流で二段階陽極酸化により作 製したチタニヤナノロッド(白い丸棒部分)配列構 造体のSEM写真である。アルミナ皮膜の細孔位置に 従って緻密型のチタン酸化物が成長した。作製した チタニヤナノ ロッドは高性能の光触媒として機能し た。 図5 Al/Ti複合金属薄膜陽極酸化による3次元 ナノ構造のSEM写真 4)ファイバヒューズに関する研究 光によって光ファイバが破壊される現象を利用し た光ファイバヒューズの開発およびその超高速連続 写真撮影を世界で初めて成功させた。(図6) 大64個までの試料を作製することができるロボット である。複数の出発原液の秤��量・混合から攪拌後の 盛り付け・乾燥に至るまでの全ての作業は、グラフ ィカル・ユーザー・インターフェースを備えたコン ピューター制御プログラムによって効率的に行われ る。また、COMBIT TMは、省スペース・ポータビリ ティに注目して設計されたため、本装置を用いれば、 わずかな実験スペースにコンビナトリアル技術を導 入し、研究効率をアップすることが可能である。図 8に装置全景写真を示した。 図6 光ファイバーヒューズ動作瞬間写真 1987年に発見されたこの現象は、近年のレーザー 光源の高出力化に伴い、光システムの深刻な脅威と なっている。数Wの光が伝搬している光ファイバ回 線を折り曲げると、図7写真に示すような発光体が 発生し、光ファイバの中を光源に向かって約1m/秒 の速度で移動する現象が観察された。写真内の輝点 列は、発光体の通過直後に空孔が生成していること を示しており、本現象の本質的解明の一助となる。 図8コンビナトアリル湿式自動試料作製装置 (COMBIT TM) 図7 ファイバヒューズ伝搬の連続写真。写真の横幅 は400nm。使用した光ファイバの外径とコア径は、そ れぞれ125nmと10nm 5)コンビナトアリル湿式自動試料作製装置 (COMBIT TM)の開発 コンビナトリアル湿式自動試料作製装置を新規に 開発した。本装置は、スラリーや溶液などを原液と して用い、35x35mm2のライブラリプレート上に最 6)高速新ガラス探索研究 ガラス組成を変化させて新規のガラスを探索する 方法として、コンビナトリアル手法を取り入れたガ ラス研究システムを世界に先駆けて開発した。従来 の100倍以上のスピードで新ガラス探索が可能であ る。図9にシステムの概念図を示す。試料合成や物 性測定を並列操作により高速処理することで研究を 高速化している。また、網羅的研究により、従来困 難であった偶発的な成分相互作用による新規の機能 性ガラスの発見に繋がる。 7)計算科学によるガラスの物性予測法研究 コンピューターシミュレーションや光電子分光法 などを使って化学結合からのガラス物性発現原理を 研究している。分子軌道法や分子動力学法等の計算 手法を主に用い、出来るだけ簡便な方法で精度良く 計算するための計算方法の開発と同方法を用いてガ ラスの光学物性を予測する研究を進めている。 5年間(平成17年度は10月まで)の査読発表論文 総数は48編、特許は出願・登録合わせて12件であ る。 図9コンビナトリアルガラス研究システム概念図 4.ガラス材料分野の研究動向 ガラス材料は、窓ガラス、ガラス瓶、食器などの 伝統的かつ生活密着型の製品から光学機器のレン ズ、コンピューターのハードディスク、ディスプレ ー用ガラス、光通信ファイバーなどの機能性ガラス 材料として広く使用されている。特に、現在精力的 に研究されている機能性ガラスがナノガラスと呼ば れる高度に組織制御を施すことにより新規の機能を 発揮させる機能性ガラスである。 図10にナノガラスに対する基本的な考え方を示し た。第1世代に示した状態は、ガラス中に原子やイ オン状の活性点がランダムに分散した状態で、いわ ゆる普通の機能性ガラスである。希土類イオンを分 散させたレーザ発振に使われる蛍光発光体などがこ のグループに属する。研究開発では、ガラス組成を 種々変えてガラス化する新組成を探索し、その中か ら役立つ物性を有するガラスを探し出す。第2世代 に示した状態は、原子やイオンが数個集まった微粒 子状活性点がランダムに分散した状態で、ガラスと しての性質が支配的なナノガラスである。非線形光 学材料として期待される半導体微粒子分散ガラスが このグループに属する。第3世代の状態は、活性点 のサイズが少し大きくなると共にガラスマトリック ス中に規則的に配列して分散している状態で、結晶 としての性質が現れてくるナノガラスであり、非線 形光学材料用のフォトニクス結晶としての機能を発 図10ナノガラス基本概念 現し得るガラスである。第3世代の状態のナノガラ スが現在世界で精力的に研究されている。第3世代 の状態は、化学的な相として見ればガラス状態であ るが、結晶に相当する物性が発現する状態である。 現在世界で精力的に研究されている代表的な機能 性ガラスやナノガラス作製技術を以下に列挙する。 ・気相合成法 原料ガスどうしを化学反応させてその反応物を基 板に堆積させる CVD (Chemical Vapor Deposition) 法や目的物質と同じ材料(ターゲット)にイオンを ぶつけて目的のイオンを叩き出して基板に再び堆積 するスパッタリング法などによる気相合成法であ る。 ・レーザー誘起構造法 フェムト秒レーザ光をレンズでガラス中に絞り込 み、照射部に構造変化を誘起して屈折率の高い部分 を形成する方法である。点だけでなく線、即ち光導 波路も形成できる。制御性・簡便性に優れる。 ・結晶化法・分相法 結晶化法は、ガラス中にナノサイズの結晶を析出 させる方法で、透明結晶化ガラスの製造法である。 分相法は、液相状態で2液に分離する液―液分相 (安定不混和現象)或いは液相線温度以下の潜在分 相現象を利用する方法である。分相析出相が液滴と なる、核形成・成長機構による分相領域を利用す る。 これらの方法の他に、本稿3にて既に取りあげて いる機能性ガラスグループの研究成果である、陽極 酸化法とコンビナトリアル研究手法もナノガラス研 究に不可欠の製造法と研究手法である。 ここで紹介した各種機能性ガラス作製法はそれぞ れに特長のある方法であり、どれが優れているとい うものではない。開発するガラスの種類に応じて使 い分けられる。気相合成法、レーザ誘起構造法、エ ッチング法は規則的な2次元、3次元分散を作製す るのに適しているが、生産性はあまり高くない。陽 極酸化法は規則構造を有する比較的大きなナノガラ スを生産性良く製造するのに適している。析出現象 を利用する結晶化法や分相法も生産性に優れた方法 であるが、規則的な結晶の分散は不得意である。今 後、ここに紹介した様々な方法による材料開発研究 が並行して進み、それぞれの方法の特長を活かした 実用機能性ガラスが生み出されてゆくであろう。 新ガラス材料の開発は、多様な合成技術とコンビ ナトリアル手法探索の組み合わせにより精力的に進 められると期待される。特に、環境・エネルギー ・ 情報分野におけるガラス材料への要求が強く、当該 分野の研究が進むであろう。また、ガラス産業はエ ネルギー多消費型の産業であり、CO2排出削減のた めの省エネルギー型生産技術開発も急務である。リ サイクル技術の高度化と共に新規のアイデアに基づ く工業的ガラス製造法の研究開発も求められるであ ろう。 ソフト化学グループの5年 佐々木高義(2001.4~)、Natalia Hajdukova (2005.9~)、糸瀬将之(2005.4~)、海老名保男(2001.4~)、太田鳴海(2002.4~)、 長田実(2003.7~)、坂井伸行(2002.4~)、高梨元気(2005.5~)、高田和典(2001.4~)、張聯斉(2003.4~)、中野智志(現超 高圧グループ2003.4)、中村聖(2004.4~)、馬仁志(2004.4~)、道上勇一(現先端結晶解析グループ2003.4)、楊暁晶(2004.1~)、 與口聡(2005.4~)、李 亮(2004.9~)、刘兆平(2004.9~)、渡辺明男(2003.4~)、渡辺遵(現(独)物質・材料研究機構 監 事)、和田弘昭(2003.4~) 1.グループの目的 「ソフト化学合成」とは穏和な条件下での材料合 成という意味である。通常のセラミックス合成が原 料を1000℃前後の高温で焼成することにより熱平衡 状態を経由して行われるのに対して、ソフト化学合 成は非平衡合成法の一つでインターカレーション、 イオン交換、剥離反応などの室温付近で進行するソ フト化学反応を活用して物質を多段的に誘導して合 成を行う。そのため通常のセラミックス合成法では 得られない特異な組成、構造、形態の無機材料の合 成が期待できる。我々は平成7年度より「ソフト化 学」をグループ名に採用し、このような趣旨に基づ いた研究を行ってきている。主な物質系としてチタ ン、スズ、コバルトなどの酸化物を対象として、電 極材料、光触媒、固体電解質などへの応用を期待し た様々な材料合成に関する研究を展開している。 2.活動経緯 平成13年のNIMS発足時はグループ研究課題とし てそれ以前より進めていた「スズ・チタン酸塩に関 する研究」を引きつぎ、渡辺リーダー(物質研究所 長と兼務)のもと職員5名の体制で研究を開始した。 その後グループの解散再編成を行い平成15年度より 「酸化物ナノシートに関する研究」を新研究課題と して取り上げた。 運営交付金プロジェクト研究としては独法化先導 プログラムとして平成11年度より開始された「コン ビナトリアル材料合成に関する研究」に電極材料開 発を行うサブグループとして参加し第一期終了時 (平成15年度)まで研究を行った。あわせて「ナノ スケール環境エネルギー物質に関する研究(平成13 年度―18年度)」のサブテーマである「光エネルギ ー材料に関する研究」を担当した。また外部資金プ ロジェクト研究では「光機能自己組織化ナノ構造材 料に関する研究(JST,CREST ;平成14年度―19年 度)」、「燃料電池自動車等用リチウム電池技術開発 (NEDO :平成14年度―18年度)」を推進している。 グループ構成員は新規正規職員の配属(高田、長 田、馬)、上記プロジェクト研究を通じた特別研究 員の参加、民間企業との共同研究による外来研究員 の受け入れ、連携大学院制度などによる大学院生の 受け入れなどで総数20名を超えるグループとなっ た。 以下ではソフト化学グループの活動により得られ た主要な成果をトピックス的に記述する。 3.研究トピックス (1)機能性ナノシートの創製 層状マンガン酸化物、層状複水酸化物にソフト化 学処理を施すことにより単層剥離させ酸化マンガン および水酸化物ナノシートを新たに合成した。前者 はMn3+/Mn4+のレドックス性を示すこと、後者はこ れまで合成されたナノシートとは異なり正電荷を帯 びていることが特徴である。また最近酸化チタンナ ノシートに磁性元素をドープすることなどで電子 的、磁気的性質を積極的に制御する試みも始めてお り、強磁性が発現するなどナノシートの新しい側面 が拡がってきている。 図1 酸化マンガン(上)と水酸化物ナノシート(下) (2)ナノシートを用いた材料合成 ナノシートは液媒体中に分散したコロイドとして 得られるため、これに様々なプロセッシングを適用 することが可能であり、ナノシートをビルディング ブロックとした多様なナノ構造材料を合成した。 ・フロキュレーション ナノシートゾルに適当な溶液を混合すると、ナノ シートの再凝集が起こり、図2のような微細組織を 特徴とするナノ複合体が簡便に合成できることを示 した。ナノシートと再凝集剤の組み合わせによって 様々な特徴を持つ光触媒(図2)、電極材料、蛍光 材料、細孔材料が得られた。 ・レイヤーバイレイヤー累積 静電的自己組織化法によりナノシートをレイヤー バイレイヤー累積することで、セルフクリーニング 機能やエレクトロクロミック機能を持つナノ薄膜が 形成できることを明らかにした。さらに水酸化物ポ リイオンや金属錯体、ナノチューブ、ナノ粒子など をナノシートと組み合わせて累積し、多彩なナノ高 図2 ルテニウム担持酸化ニオブナノシート再凝集体 光触媒による水の全分解 次構造を構築できることを示した。 ・ナノ形態制御 ナノシートが非常に柔軟であることに着目してポ リマービーズ上に累積したり、再凝集体を再剥離す ることによってナノ中空シェルやナノチューブを誘 導した(図3)。 図3 ナノシートを用いて合成した酸化マンガン中空 シェル(左)と酸化チタンナノチューブ(右) (3)層状コバルト酸化物超伝導体の発見 新規ナノシートを探索する目的で層状コバルト酸 化物にソフト化学処理を施した結果、層間に水分子 層が2層取り込まれることに伴ってCoO2層の間隔が 大きく拡大した相が生成し(図4)、4.7Kで超伝導 性を発現することを見いだした。本化合物はコバル ト酸化物系で初の超伝導体であり、大きな反響を呼 んでいる。 図4 層状コバルト酸化物超伝導体(右)とその出発 物質(左)の結晶構造 (4)全固体型リチウムの開発 リチウム電池の高エネルギー密度化に伴う危険性 回避のために求められている全固体化を2種類の硫 化物ガラス固体電解質を用いた構成(図5)により 実現した。これにより市販のリチウム電池に匹敵す るエネルギー密度を達成した。残された問題であっ た高速放電時の特性についても活物質と固体電解質 の界面接合をナノレベルで制御する最近の研究によ りほぼ解決しつつある。 図5 全固体型リチウム電池の構成 (5)ホーランダイト型光触媒の開発 ホーランダイト構造を持つスズ酸化物が光触媒作 用を示すことを明らかにした。有機塩素化合物であ るトリクロロエチレンの分解反応においてはC-Cl結 合が優先的に切断されるなど、酸化チタン光触媒上 とは異なるプロセスで反応が進むことなどを明らか にし、新しい環境浄化用光触媒としての可能性を指 摘した。 (6)分子動力学計算を用いた固体電解質内の可動イ オンのダイナミクスの解明 1次元トンネル構造を有する固体電解質内で伝導 イオンがどのように振る舞うかについて計算科学的 にアプローチし、実測のイオン伝導性、イオンの分 布をよく説明できることを明らかにした。 5年間の研究成果は原著論文、解説・総説、特許 などとして発表している。詳細はホームページ (http://www.nims.go.jp/softchem/index.html) を 参考 に していただきたい。 平成13年 論文23報、総説9編、特許出願16件 平成14年 論文32報、総説1編、特許出願3件 平成15年 論文23報、総説9編、特許出願3件 平成16年 論文31報、総説1編、特許出願 9件 平成17年論文31報、総説17編、特許出願 4件 (平成17年11月末現在) 4.研究の動向・展望 5年間を振り返ると層状ホスト化合物を舞台にし て機能性ナノシートの創製とその展開、コバルト酸 化物超伝導体の発見、全固体型リチウム電池の提案 など多くの先導的な成果を得ることができた。ソフ ト化学合成ではナノシートのレイヤーバイレイヤー 累積により材料を設計的に構築する、いわばウェッ トプロセス・ナノテクノロジーといった新技術に発 展しつつあり、さらなる展開が期待される。 http://www.nims.go.jp/softchem/index.html%25ef%25bc%2589 スーパーダイヤグループの5年 神田久生、安藤寿浩、石垣隆正(現プラズマプロセスグループ2003.4)、岩崎幸治、宇佐美達己、片桐雅之、小泉聡、小出康夫、 柴崎健、中川清晴、松本精一郎、三重野正寛、Liao Meiyong、渡邊賢司、 1.組織発足の経緯・目的 当グループは旧無機材質研究所時代の研究グルー プから続いているが、その源は1969年に発足した炭 素グループといえる。このグループは1974年にダイ ヤモンドグループとなり、その後、何度か再編成さ れて、当機構に引き継がれた。この間の1980年代初 め、当グループはダイヤモンドの気相合成法を確立 し、ダイヤモンドの合成研究の世界的な大ブームの さきがけとなった。これを機に、ダイヤモンドグル ープは、ダイヤモンド合成とプラズマ技術をキーワ ードとして研究を進めてきた。また、1993年に始ま った、科学技術庁のCOE育成プロジェクトに無機材 質研究所が選ばれた際には、本プロジェクトの一分 野としてダイヤモンドグループも参加し、研究は一 段と加速した。無機材質研究所独自予算でも、スー パーダイヤモンドというキャッチフレーズで、ダイ ヤモンド薄膜、BN薄膜の研究を進めた。宝石や工 具用途の従来のバルクダイヤモンドに限らず、電子 材料への応用をめざしてダイヤモンドの研究を展開 した。 2.グループの活動経緯 無機材質研究所時代のCOE化プロジェクト、スー パーダイヤ研究が進行中の2001年に、独法化という 組織改変が行なわれた関係で、スーパーダイヤグル ープは実質的にそのまま継続した。しかし、組織的 には2002年度でグループは一旦終了し、再編成され た。 研究内容としては、独法化直前の1997年に、n型 半導体ダイヤモンドの合成に世界に先駆けて成功し たことが旧ダイヤモンドグループの大きな成果であ ったことから、それをベースに独法化後の当グルー プのこの5年間は、半導体電子材料を強く指向する ものであった。しかし、グループのメンバー個々の 自主性を優先に研究を行なったことから、多岐にわ たるオリジナリティの高い成果が得られた。 3.成果 (1)半導体ダイヤモンド ダイヤモンドは5.5eVという大きなバンドギャッ プを持つ半導体であることから、そのギャップに近 い200nm付近の深紫外線発光素子が期待される。当 グループでは、リンドープによるn型ダイヤモンド とホウ素ドープによるp型ダイヤモンドを積層した pn接合膜を作製した。この膜が整流特性を示すこと を確認し、半導体技術にとって必須のpn接合の作製 を、ダイヤモンドにおいて初めて成功した。そして、 その接合膜に電流を流すとpn接合界面から発光が観 測された(図1)。この発光のスペクトルには、図 2に示すように、5.27eV ( 235 nm )に深紫外線の 発光がみられる。これは自由励起子の発光に相当す る。このような短波長の発光ダイオードはいままで に世界初のものである。また、このpn接合膜に光を 照射すると、230nm以下の短波長でのみ電流が流れ ることを見出し、このpn接合膜は深紫外線センサー の機能ももつことが確認できた。 図1 ダイヤモンド半導体pn接合界面からの発光(青 色リング状)。ここではpn接合膜は円柱状にメサ加工し てあるため、接合界面が露出した、円柱の側面から発 光が認められる。金色部分は金属電極 図2 ダイヤモンドLEDの発光スペクトル。5.27eV (235nm)に励起子によるシャープな発光が観察される。 しかし、500nmにブロードなピークの発光(バンドA) も見られる。このため図1では青白い発光がみえるわ けであるが、このような可視発光はダイヤモンドに含 まれる欠陥による。さらに強い紫外線発光を実現する には、ダイヤモンド薄膜の欠陥の抑制が必要である 半導体ダイヤモンドと金属電極との組み合わせを 工夫することで、高性能の深紫外線センサー機能を 発揮する技術も開発した。 図3は、ホウ素を添加したp型半導体ダイヤモン ド表面に炭化タングステンとチタンを電極として付 着させたものである。これが深紫外線(270nm以下) を選択的に検出できるすぐれた特性をもつことが見 出された。図4に示すように、深紫外線を照射した ときのみ電流が流れる。この電流を測定することで 紫外線光を検出できる。可視光の照射では電流が流 れないので可視光は検出されない。それで、ソーラ ーブラインドセンサーということができる。つまり、 太陽光のもとでも太陽光を感知せず紫外線のみを検 出する。この特性から、火災報知機としての利用が 期待されている。 図3 ダイヤモンド紫外線センサーの表面パターン。 円の内部にWC薄膜が蒸着されており、外側にTi薄膜が 蒸着されている。円の外周にWCとTi膜のギャップがあ る。WCとTi薄膜に配線して用いる 図4 ダイヤモンドの光伝導の波長依存性。横軸が照 射波長、縦軸が電流。270nm以下の波長の照射でのみ 電流が検出されることがわかる (2)カーボンナノチューブ 世界中で活発な研究が行われているカーボンナノ チューブ関連でも、興味深い合成法を開発した。 メチルアルコールなど有機化合物液体の中にシリ コン基板を入れて、それを通電加熱すると、その表 面で有機化合物液体が分解して炭素が析出する。そ の際、基板表面に鉄の微粒子を付着させておくと、 それが炭素化反応の触媒となり、カーボンナノチュ ーブが基板から垂直方向に高配向で成長し、絨毯の ようになる(図5)。この合成法は、ガラス製フラ スコを用いて行なうことができる極めて簡単な方法 であるところに特徴がある。生成するナノチューブ は6~100nm程度の直径で、その成長速度は1分間 で数μmである。 図5 アルコールの中で通電加熱した基板上に成長し た配向性カーボンナノチューブ また、別の方法で、図6、7に示すような、ユニ ークなナノカーボンの合成にも成功した。これは、 ナノチューブやナノフィラメントが、中心の微細核 から放射状に成長して球状になったものである。苔 のマリモと類似の形態であることからマリモカーボ ンとよぶことができる。 図6 マリモカーボンのSEM像 図7 マリモカーボンの拡大写真。ナノサイズの繊維 状であることがわかる このマリモカーボンは、ダイヤモンド微粒子にNi などの金属を付着させ、それを充填した電気炉 (400―600℃)にメタンガスを導入することで合成 される。マリモカーボンは、触媒担体や電気二重層 キャパシタなどとして優れた性能を示しており、航 空機、自動車用部材、太陽電池、燃料電池用電極な どの新しい炭素材料として用途への応用が期待され る。 この関連の研究で、表面を酸化したダイヤモンド 表面にⅧ族遷移金属や酸化バナジウム、酸化クロム、 酸化チタンなどの粉末を担時させると、これが有機 化合物ガスの化学反応触媒機能をもつことが発見さ れた。例えば、酸化クロムを担時させた表面酸化ダ イヤモンドに、エタンガスを炭酸ガスとともに導入 すると、エタンがエチレンに変わる脱水素反応が効 率的に起こる。 (3)立方晶窒化ホウ素(cBN)薄膜 立方晶窒化ホウ素(cBN)はダイヤモンド類似の 構造であることから、高硬度、ワイドバンドギャッ プなど特徴的な性質を持ち、ダイヤモンドよりも優 れた用途も期待されている。しかし、ダイヤモンド に比べて、気相合成は非常に困難で、はっきりした cBN薄膜の合成は、多くの研究者の挑戦にもかかわ らず成功しなかった。当グループにおいて、直流ア ークジェットプラズマ気相合成法により、初めて、 はっきりしたcBN薄膜の合成に成功した。原料にフ ッ化物を含むガスを用いる点が大きなポイントで、 混合ガス(BF3 + N2 + H2)を用いて合成した。合成 したcBN薄膜は、図8に示すように、20μm以上の 厚みをもち、90%以上がcBN成分である。このよう なcBNを主成分とする厚い膜の合成は世界初めての ことである。これはX線回折、赤外線吸収スペクト ルだけでなく、ラマン散乱法においても、cBNのシ グナルがはっきりと見られ、膜の厚さのみならず、 結晶性においてもすぐれている。ただ、基板との接 合強度に問題があり、工具など実用化に向けて、さ らに改善が必要である。 図8直流アークジェットプラズマ気相合成法によって 合成した立方晶窒化ホウ素(cBN)薄膜の断面(走査型電 子顕微鏡写真)。基板はシリコン (4)六方晶窒化ホウ素(hBN)からの紫外線レーザー 六方晶窒化ホウ素(hBN)は黒鉛類似の結晶構造 をもつ薄片状の結晶である。しかし、黒鉛と異なり 無色透明の絶縁体である。この物質は、潤滑剤など として古くからよく知られているが、2004年、この 物質から215nmという深紫外線が発光し、しかもレ ーザー発振することが見出された。 この結晶は、当機構の超高圧グループにおいて、 高圧高温条件で合成された。hBNをBaBNという高 温高圧下で溶媒となる物質の中で数ミリの単結晶に 成長させたものである。特に不純物の混入を抑え高 純度化に成功したという点がポイントである。 この結晶に、電子線を照射すると強い紫外線の発 光(カソードルミネッセンス)がみられる。そのス ペクトルをみると、215nmの励起子発光が強く、そ れ以外の不純物・欠陥に関係する発光はほとんど認 められない。高純度化の効果である。この高純度 hBN単結晶の劈開面を利用して、表裏両面を反射面 とするレーザー共振器構造を作製し電子線を入射し て試料を励起したところ、この波長215nmの発光が レーザー動作に特有のいくつかの現象を起こす事を 見いだし、室温レーザ発振を確認した(図9)。 現在、窒化ガリウムなどで紫外線発光の研究がさ かんであるが、ここで実現したhBNのレーザー発振 は、固体では最も短い波長である。 コンパクトで高効率な遠紫外発光素子には、多方 面の応用が考えられる。たとえば光触媒による環境 汚染物質の分解処理法用光源として、あるいは光記 録デバイスの高集積化、蛍光灯の励起光源としての 利用、病院や食品加工などに用いられる殺菌用水銀 ランプの半導体発光素子への置換など新しい用途展 開が期待される。 図9電子ビーム照射によるhBN単結晶からの215nm深 紫外線のレーザー発振 (5)宝石ダイヤモンド 図10は、茶色の低品位の天然ダイヤモンドを熱処 理によって、高品位のピンク色に改質したものであ る。数年前より、このような、低品位のダイヤモン ドを熱処理により宝石価値を向上させる技術が広ま ってきた。しかし、宝石ダイヤモンドにおいては、 人工的な処理を加えない天然結晶が最も珍重される ため、人工的な処理の有無を見分ける技術の向上の 要求が一段と高くなった。 当グループでは、ダイヤモンドの高圧高温 (HPHT)処理実験と分光学的な評価を行なうことで、 熱処理で生じる特徴的な変化を発見した。ひとつは、 茶色の天然ダイヤモンドにみられる紫外線の2BDと 呼ばれる発光が、熱処理によって減少するという点。 もうひとつは、合成ダイヤモンドを熱処理すると、 天然ダイヤモンドに特徴的な転位に関係する発光像 が生じるという点である。これらの情報は、天然ダ イヤモンドの人工的な熱処理の有無の鑑別に役立つ ことが期待される。 図10高圧高温処理により、茶色からピンクに変色し た天然ダイヤモンド プラズマプロセスグループの3年間の活動をふりかえって 石垣隆正、飯島志行、YE Rubin、池田征史、岩淵芳典、岡田勝行、鎌田啓嗣、亀井雅之、川上裕二、小井土由将、小林法夫、佐 藤仁俊、椎野修、鈴木廣良、鈴木了、Büchel Robert、村上貴章、守吉佑介、吉川雅人、吉田豊信、李継光、渡辺隆行、渡邊洋子 1.はじめに 平成15年4月に新しくスタートしたプラズマプロ セスグループは、材料合成プロセスの進行する化学 反応場をプラズマにより精密に制御して新材料を創 製することをめざしてきた。独自のプラズマ発生法 の開発を通してセラミックス材料の高機能化を進 め、欠陥構造、サイズ、構成相を制御した酸化チタ ン、ナノクリスタルダイヤモンド等ナノサイズ粒子 のプラズマ合成、パルス変調高周波熱プラズマ処理 による発光材料の開発、パルス化スパッタリング法 による酸化物薄膜合成に関する研究を行ってきた。 プラズマプロセスグループの研究アプローチを簡 単に記述すると、次のようになる。①プラズマ計測、 プラズマ過程の数値解析により、新しいプラズマプ ロセッシングの特性評価をする。②プラズマキャラ クタリゼーションを反応装置設計へのフィードバッ クにいかす。③最適化された反応装置、プロセスパ ラメーターを利用して、ナノ粒子、ナノクリスタル 合成、それらの機能化、高機能ナノ粒子の利用に不 可欠な粒子修飾技術の開発に資する。 プラズマプロセッシングの高度化においては、プ ラズマ発生周波数を切り口として、プラズマ温度、 電子密度、活性化学種濃度を精密に制御し、新しい 反応場を探索してきた。具体的な研究対象は、周波 数の高い方から、①従来利用されていなかったVHF 帯(30 ―300MHz)利用プロセッシング、②RF帯 (30k ―30MHz、特に1―4MHz)あるいは③MF帯 (30kHz以下)利用プラズマを出力変調した2種類の タイムドメイン制御プロセッシングの高度化である。 RF熱プラズマに関しては、もっぱら高温熱源と して利用されてきた熱プラズマからその超高温の陰 に隠れがちな“高化学反応性”を抽出する意図をも ってナノ粒子合成、ナノ組織制御に関する研究を進 めてきた。そのために、反応雰囲気制御、タイムド メイン発生制御、プラズマ流の均質化を行って、プ ラズマ中の気相励起状態を積極的に利用し、酸化チ タン等の酸化物セラミックス材料を、通常環境下で は合成困難な化学組成、形態をもったナノ構造制御 微粒子、ナノドメイン構造体を合成してきた。 MF帯の周波数を利用するプラズマ組成の時系列 制御では、MFパルス電力駆動およびリアルタイム フィードバック機構を融合させることにより、大面 積にナノ構造制御薄膜を形成させることが可能な次 世代スパッタリングマシンを提案し最近そのプロト タイプを作り上げた。この成膜装置はプラズマの化 学組成の時系列制御を実現するため、デジタル原子 層制御およびアナログ原子層制御をシームレスに融 合させること(ハイブリッド原子層制御)が可能に なる。 また、従来あまり使用されていなかったVHF帯の 利用法を開発した。プラズマ励起周波数としてよく 使われる13.56MHzのRF及び2.45GHzのマイク口波の 中間のVHF帯(30 ―300MHz)は、プラズマ発生に ほとんど利用されていなかった。最近のプラズマ計 測により、VHFプラズマはそのプラズマ特性として 低圧力かつ高密度化、低電子温度化が実現でき、薄 膜合成に有利な環境を作り出すことが可能であるこ とが示唆されたことをふまえ、低圧誘導結合VHFプ ラズマを用いたプラズマCVDの高度化を目指してき た。 2.グループの活動経緯 物質の材料化をすすめるために、プラズマプロセ スを利用したナノメートルオーダーの材料組織制御 の貢献をめざしてきた。プラズマを材料プロセスに 応用すると、形態、結晶構造、化学組成において従 来にない材料を合成することが可能である。プラズ マ利用プロセスは、他の方法にない材料プロセッシ ングに重要な特徴を有しているので、合成プロセス が進行する化学反応場の制御性を高めることによ り、ナノ構造が制御された材料創製が可能である。 プラズマプロセスグループではでは特に、ナノサイ ズの高結晶性粒子、ナノクリスタルの高機能化を推 進してきた。 パルス変調RF熱プラズマ(PM-ICP)は、本グル ープで世界に先駆けて初めて発生に成功したプラズ マ発生法であり、熱プラズマ中に内在する化学的側 面を、タイムドメイン制御により顕在化させること に成功したオリジナルなプラズマプロセスである (図1)。今までに、PM-ICPを高化学的反応性の水素 ラジカル源として利用し、水素ドーピングにより酸 化亜鉛の高効率紫外発光を実現した(プレス発表 「新しい水素ドーピング法により酸化亜鉛の紫外発 光高効率化に成功(平成14年)」)。 図1パルス変調RFプラズマ発生の概念図 発生法の高度化とともに、(1)熱プラズマ発生装 置・化学プロセスの高度化、(2)通常の電気炉と同 じような感覚で使用できることをキーワードとし て、熱プラズマプロセスの民間への普及、大学との 研究協力を行ってきた。特に、すでに実用化されて いる材料の研究では、民間企業との共同研究が重要 であり、本グループ発足前から企業と共同研究を行 ってきたプラズマ処理黒鉛粉末のリチウムイオン二 次電池負極材への応用では、充放電容量、充放電効 率の増加をもたらした。(プレス発表「プラズマ処 理によりリチウムイオン電池の充放電効率がアップ (平成15年)」)。この共同研究により、ごく最近、黒 鉛にリチウムがインターカレーションする充電反応 の理論値をこえる充電容量が得られた。 MF帯のパルスプラズマを利用するデュアルマグ ネトロンスパッタリングでは、プラズマの高密度化 技術により室温基板上への結晶化TiO2光触媒薄膜の 成長を実現した。(プレス発表「二酸化チタン光触 媒薄膜を無加熱で作製することに成功」(平成16年)。 これにより加熱不能な基板(建築用大型ガラス、プ ラスチック等)表面に光触媒活性を付与することが 可能になった。本件は一般紙を含む新聞に掲載され、 同年のNIMSフォーラムにおいても多数のサンプル 提供依頼、技術相談依頼、共同研究依頼を受けてい る。 3. 3年間の成果 本グループでは、萌芽的研究「プラズマプロセス 酸化物微粒子合成(平成15~17年)」を基盤として、 機構内プロジェクトである「周波数高度制御プラズ マプロセッシングによる光機能ナノクリスタルの合 成(平成16~17年)」、「熱プラズマ法による希土類 ドープ酸化チタンナノ粒子発光体の合成(平成16~ 17年)」、物質研究所奨励研究「低圧誘導結合VHFプ ラズマCVDによるナノクリスタルエンジニアリング の確立(平成15年)」、「超常環境を利用した新半導 性物質の創製・材料化」、「ナノ組織制御による次世 代高特性材料の創製に関する研究・ナノ組織新機能 材料」、「微量成分による高次構造制御技術の開発」、 外部資金による、科学研究費萌芽研究「パルス変調 ICPと固体の化学的相互作用を活用したセラミック ス材料の高機能化(平成14~15年)」、双葉電子記念 財団研究助成「パルス変調熱プラズマによる酸化亜 鉛発光体の高機能化に関する研究(平成15年)」、産 業技術研究助成事業(NEDO)「高効率エネルギー 変換のための光機能性酸化物の表面付活に関する研 究(平成15~17年)」に参画して研究をすすめてき た。 前項でも述べたように、材料化をめざして、民間 企業との連携を意識し、共同研究(「デュアルマグ ネトロンスパッタリング法によるTiO2、SiO2系多 層・混合光学薄膜の高速形成手法の確立(平成15~ 16年)」、「デュアルマグネトロンスパッタリング法 による新規硬質酸化物被膜の開発(平成15~16年)」、 「半導体薄膜を用いた色素増感太陽電池に関する研 究/無加熱結晶化に関する研究(平成15~17年)」、 「TiO2/SiO2多層光学薄膜の高精度パターニング形 成に関する研究(平成16年)」、「反応性熱プラズマ を利用した微粒子合成に関する研究(平成16年)」、 「熱プラズマを利用した炭素系材料の高機能化に関 する研究(平成16年)」、「プラズマ法による機能性 微粒子の合成と特性評価に関する研究(平成17 年)」)、研究協力、業務委託を行った。 さらに、外国機関との研究連携を行うため、物質 研究所と韓国およびカナダの大学とのMOU締結に 中心的に参加した(韓国・仁荷大学、“ Advanced Materials Processing through Controlling Chemical Reaction Fields”、平成15年10月17日;カナダ・ Sherbrooke大字、“Advanced Nanoceramics Plasma Processing”、平成17年 9 月26日)。 具体的な成果を以下にしめす。 平成15年 (オリジナル論文24件、解説等3件、特許出願8件) ①高結晶性黒鉛粉末の熱プラズマ処理により、10~ 20ミリ秒間という短い時間でプラズマ中を飛行する 間に、化学組成、構造が変化した新しい表面層が形 成された。このプラズマ処理黒鉛粉末をリチウムイ オン二次電池の負極に応用した。リチウムが炭素電 極に入ったり出たりする量(充放電容量)が10%近 く増加した。また、大気未開放条件で粉末を採取し て粒子表面への水蒸気吸着を抑制することにより、 図2に示したように充放電効率が大幅に向上した。 図2 プラズマ処理による充放電効率の変化 ②窒化チタン粉末の熱プラズマ酸化反応により、窒 素ドープ酸化チタンナノ粒子を合成した。このナノ 粒子は、可視光照射下で光触媒活性を示した。 ②三塩化チタン水溶液から、ブルッカイト単相、単 分散、球状酸化チタンナノ粒子を常温・常圧・ノン ドープ条件で合成した。(図3) 図3 ブルッカイト単相からなる酸化チタンナノ粒子 ③酸化チタン単結晶薄膜に関する安定したDLTS測 定法を確立し、DLTS法による深い準位測定ではル チルとアナターゼ薄膜で全く異なる準位を禁制帯中 に有していることを明らかにした。 ④ラングミュアプロ ーブ法により低圧誘導結合VHF プラズマの特性の詳細な診断・計測を行い、プラズ マの放電維持機構の周波数依存性を見いだした。 ⑤低圧誘導結合プラズマCVDにより合成したナノク リスタルダイヤモンドのsp2/sp3結合状態を電子エネ ルギー損失分光法(EELS)により評価し、サブグ レインの約1nmの粒界幅を観測した。 平成16年 (オリジナル論文29件、解説等2件、特許出願9件、 受賞:岡田勝行・第2回プラズマエレクトロニクス 賞[応用物理学会プラズマエレクトロニクス研究 会]) ①高周波熱プラズマによる酸化チタンナノ粒子の合 成;液体プリカーサーを酸素含有高周波熱プラズマ 中にミストとして噴霧し、蒸発、酸化反応をへて鉄 およびユーロピウム添加酸化チタンナノ粒子を合成 した。ミスト噴霧法の利点は原子レベルで均質なナ ノ粒子合成、凝縮時の気相過飽和度の制御性にある。 鉄ドープナノ粒子では、非平衡組成(従来法の4~ 5倍の鉄ドープ量)をもつ高結晶性均質ナノ粒子が 得られた。Fe3+によるTi4+の置換は酸素空孔形成を もたらしたが、高濃度ドープナノ粒子では酸素空孔 の規則化が起こり、一種のShear構造が見られた (図4)。 ユーロピウムドープTiO2では、TiO2母格子に吸収 されたエネルギーが、非輻射遷移をへてEu3+に効率 的にエネルギー移動し、明るくて、色純度の高い赤 色発光(617nm)が得られ、イオン半径がTi4+より かなり大きな(約145%) Eu3でも酸化チタン格子中 に固溶可能なことが示された。 ②無加熱基板上への光触媒二酸化チタン結晶薄膜の 成膜;デュアルマグネトロンスパッタリング法と呼 ばれるパルス波形の電力で駆動されるスパッタリン グ装置に独自の改良を加え、二酸化チタン薄膜が結 晶化に要するプロセス温度を著しく下げることに成 功した。この技術により無加熱の基板上に結晶化し た二酸化チタン薄膜を直接形成することが可能とな った。図5にPET樹脂フィルム上に形成した光触媒 二酸化チタン薄膜を示す。スパッタリング成膜であ るため密着性に優れ、PET樹脂フィルム上にも曲げ ても剥離せず摩擦に強い光触媒二酸化チタン薄膜を 形成できた。図6に無加熱基板上に本技術を用いて 作成した二酸化チタン薄膜の光触媒効果を利用して 浮き上がらせた物質・材料研究機構のロゴマークを 示す。これにより良好な光触媒活性を有しているこ とが確認できた。 図5 PET樹脂フィルム上に無加熱で作成した光触媒 二酸化チタン薄膜 図6 無加熱ガラス基板上に作成した二酸化チタン薄 膜の光触媒効果を利用して浮き上がらせた物質・材料 研究機構のロゴマーク 図4 酸素空孔の規則化による濃淡縞が見られる鉄ド ープ酸化チタンナノ粒子のTEM像 ③パルス変調高周波熱プラズマの非平衡性の解析; パルス変調高周波熱プラズマのミリ秒オーダーの投 入電力スイッチングにともなう過渡状態の非平衡性 を解析するため、二温度時間依存モデルを開発した。 純Arプラズマに関する解析は、プラズマ電力の高速 スイッチングにともない、重粒子温度と電子温度の 偏倚(熱的非平衡性)、およびイオン化率の非平衡 性があらわれることを示した。この非平衡性は、ス イッチング直後、1ミリ秒以下の時間範囲で顕著で あった。さらに、材料プロセッシングに有利なパル ス変調周期は2~10ミリ秒であることが示された。 ④ナノクリスタルダイヤモンド合成用低圧誘導結合 プラズマの数値解析;モンテカルロ直接法および電 子モンテカルロ法により、プラズマ特性として最も 重要な電子エネルギー分布関数についてのシミュレ ーションを行った。通常の解析で取り上げられる不 活性ガス(Ar)の計算のみならず、実際のプロセス ガス(CH4/H2)に関する計算においてもラングミュ アープローブによる実測値にほぼ一致する計算結果 を初めて示すことができた。 平成17年 (オリジナル論文18件、解説等2件、特許出願5件) ①ガスシュラウドによるナノ粒子径の制御;熱プラ ズマ流が反応容器上部に設置したガスシュラウドか らの旋回流により、反応容器内のガス流を均質化 (温度・流速分布の半径方向の平坦化)して、酸化 チタンナノ粒子の粒径制御が可能であることを示し た。 ②TiO2/SiO2多層光学薄膜の高精度パターニング形 成;TiO2/SiO2多層光学薄膜の高精度パターニン形 成に際してTiO2膜の光触媒活性等を用いる新しい高 精度パターン形成技術を確立した。 ③黒鉛粉末の熱プラズマ処理;塊状黒鉛粉末の熱プ ラズマ処理、これに引き続く大気未開放電極調製に よりリチウムイオン二次電池負極材として、黒鉛に リチウムがインターカレーションする充電反応の理 論値372 mAh/gをこえる充電容量をえた。 ④酸化チタンナノ粒子の相選択性制御;比較的マイ ルドな条件下の水熱反応により、三塩化チタン水溶 液から、純相のルチル、ブルッカイト、あるいはア ナターゼからなるナノ粒子を選択的に合成した。 4.グループがカバーしている研究分野の動向、展 望 物質の材料化をすすめるためのブレークスルーと して、その一つの形態がナノ粒子であるが、ナノ粒 子の特性が必ずしも有効に引き出されていないのが 現状である。本グループでは、酸化物ナノ粒子の特 性を引き出すために、高度制御プラズマプロセスを 用いて高結晶化、表面制御、非平衡組成導入、原子 オーダーでの均質性をめざす。セラミックス材料の ナノ粒子合成は、従来、主として溶液プロセスを中 心として進められてきた。発光特性を例にとると、 溶液合成酸化物ナノ粒子の機能化を妨げていた大き な理由として、低結晶性、表面に結合した水酸基に よる消光、不完全な組成制御(ドーピング濃度、表 面偏析)などがあげられる。 熱プラズマは、大気圧付近で発生し、1万度以上 の高温をもつ。また、プラズマ発生領域をはなれる とき、105-7K/sという超急冷プロセスを内包してい る。本グループでは、最近、ミスト噴霧熱分解法に よるナノ粒子合成を重点的に行っている。この方法 では、熱プラズマ中に、液体原料の大きさ約10μm のミスト(霧状液滴)を供給し、蒸発、酸化プロセ スを経て、高い過飽和度をもつ気相からナノ粒子が 生成する。熱プラズマのもつ1万度以上の高温、高 化学反応性、内在する急冷プロセスを材料プロセス に有効に利用すると、非平衡な形態、結晶構造、化 学組成をもつナノ粒子を合成することが可能であ る。均質な混合金属液体プリカーサーを用いるので、 表面偏析のない粒子内部への固溶が可能になり、原 子オーダーで均質な高結晶性ナノ粒子が、一段プロ セスで合成できる。したがって、機能性発現の賦活 剤(Activator)を平衡組成以上に高濃度ドーピング でき、その働きが顕在化するようになる。 さらに、ナノ粒子を材料科学的見地から評価する とともに、構造体化して多機能性の付与するところ まで一貫して行い、発展性の高い研究をめざしてい る。そのために、ナノ粒子の溶媒あるいは樹脂中へ の完全分散をキーワードとして展開する。 プラズマ合成ナノ粒子を構造体化するために、ま ず、ナノ粒子を高度分散した液滴を利用してインク ジェット法による機能性マイクロパターン形成を試 みる。この方法では、最近、金など貴金属ナノ粒子 を含む溶媒の噴射により100nmを切る太さでパター ン形成が行われ、LSI用電極に応用可能なレベルに 到達している。さらに表面特性のより複雑なセラミ ックスナノ粒子の分散は扱うことは、多くの開発要 素をクリアーする必要があるが、ナノ粒子分散構造 体の応用例を示すことが期待される。また、より高 濃度の粒子分散系であるスラリーへの応用も考慮に 入れながら展開をめざす。 また、ナノサイズの磁性粒子を樹脂に分散すると 電磁波吸収特性が大幅に向上し、電磁波吸収シート を薄くできる。したがって、磁性ナノ粒子を樹脂中 に高密度に分散させる技術を考案し、粒子濃度と特 性の関係を明らかにすることにより、ナノ粒子の応 用範囲拡大につながる画期的な成果となることが期 待される。 光学単結晶グループの5年 北村健二、竹川俊二、栗村直、中村優、島村清史、藤田武敏、太田正恒、Dongfeng Xue, Ramasamy Jayavel, Sarverswaran Ganesamoothy, Somu Kumaragurubaran, Oleg A. Louchev (独立研究)井伊伸夫、澤田勉、藤井和子 平成13年度~平成17年度 1.はじめに 本グループは、物質・材料研究機構が発足する以 前、平成10年度より旧無機材質研究所第13研究グル ープとして組織されており、平成13年4月物質・材 料研究機構へと改組されてからも光学単結晶グルー プとして継続してきた。 平成10年度から平成14年度までは、グループ研究 テーマとして、「定比ニオブ酸リチウム、タンタル 酸リチウム」に関する研究を推進してきた。 LiNbO3 (略称LN)およびLiTaO3(略称LT) LNは、 Li/Nb比またはLi/Ta比において幅広い不定比性を 示す材料としてよく知られている。両材料とも表面 弾性波による周波数選択機能素子としてビデオコー ダー、 携帯電話、コードレス電話、ポケットベル等 に広く使用されており、すでに単結晶育成における 大型化も進み、3~4インチ径のウエハーが手頃な 価格で市販されている。圧電材料としては、すでに 確立された材料に見られるが、光学用途としての利 用を目指すと依然多くの問題がある。それは、これ らの材料が単結晶育成における便宜上、一致溶融組 成を用いた回転引上げ法で育成されるため、育成さ れた単結晶が高い不定比欠陥密度を有しているから である。 本研究グループでは、この幅の広い不定比組成性 を有するLNおよびLTの定比組成単結晶を中心的な 対象物質とし、不定比組成を制御した光学用酸化物 単結晶育成技術の開発、不定比欠陥の構造解析と制 御、さらに光誘起屈折率特性(フォトリフラクティ ブ特性)等の評価を通して、不定比欠陥の光学的・ 電気的性質への影響を材料科学の基本的な現象とし て明らかにする事を目的としていた。さらに、当該 材料の基礎的な研究を基に、光機能、特にフォトリ フラクティブ効果を利用した光・光増幅素子、高速 転送・大容量ホログラフィック光メモリー等の素子 として優れた特性を有する材料の開発、逆に、フォ トリフラクティブ効果を抑制して光変調や波長変換 素子として優れた材料の開発等を目指した。 また、所内大型プロジェクトとして「欠陥制御ダ イナミックスによる光機能の高度化」もグループ研 究の発展型としてが光学単結晶グループが中心とな って行った。 平成15年度からは「定比ニオブ酸リチウム、タン タル酸リチウム」に関する研究成果を基に、「強誘 電体ニオブ酸単結晶」と題し、LNおよびLT単結晶 を光変調器、光周波数変換素子等のデバイスに加工 する際に直接関係する拡散、熱伝導、分極反転、電 気伝導という輸送現象における欠陥の役割を解明す るグループ研究を展開している。 この間、科学技術振興調整費の知的基盤整備制度、 産学官共同研究の効果的な推進制度に採択され、分 極反転技術の基礎基盤研究、企業との連携により欠 陥制御材料の実用開発に向けたプロジェクトを推進 した(表1参照)。 定比ニオブ酸リチウム、タンタル酸リチウムの研 究は、単結晶材料の不定比欠陥と特性の関係という 材料基礎科学としてスタートしたが、その研究成果 は実用化まで発展する形となった。平成12年10月に は、これらの材料を製造販売するベンチャー企業 「株式会社オキサイド」を設立した。ここでは、研 究成果の活用から国家公務員が休職して企業の代表 取締役に就く第一号となった。さらに、欠陥制御し た材料を用いたプロトタイプの波長変換素子を有償 配布する「有限会社SWING」を設立した。これは、 物質・材料研究機構における研究成果活用を目指し た企業として認定された第一号であり、機構内でイ ンキュベーションできる支援制度を活用している。 2.グループの研究成果 定比ニオブ酸リチウム、タンタル酸リチウムに関 する研究成果では、不定比欠陥が光学特性や素子の 加工特性へ強く影響している事が明らかになり、こ れらの欠陥構造や密度を制御することが光機能材料 への応用において重要な課題であることを世界に示 した。 LNおよびLTの不定比は主として陽イオンサイト におけるアンチサイト欠陥と空位欠陥からなり、一 致溶融組成ではそれらの密度は数%にもおよぶ。従 来、LN等の結晶特性はこれら高濃度の欠陥を含ん だ一致溶融組成結晶を用いて特性を計測しており、 本来の定比LNおよびLT結晶の特性とは異なる。 しかし、良質の定比組成結晶が育成困難であるこ とから、定比結晶の屈折率、電気光学係数、電気機 械結合係数といった基本的な材料特性すら正確には 求められていない状態であった。定比組成結晶は従 来の一致溶融組成結晶とは種々の特性において大き な差を示し、応用においても新材料とみなせる可能 性を示してきた。 〈光学特性の不定比組成依存性〉 例として表2ではLNの電気光学定数の不定比組 成依存性をしめしている。 同様に2次の光非線形性についてもSHG メイカー フリンジパターンから計測 して比較された。 表3か らわかるように、d31はLNにおいてもLTにおいても 表1 光学単結晶グループ年次表 年度 平成10 平成11 平成12 平成13 平成14 平成15 平成16 平成17 組織 無機材質研究所 第13研究グループ 物質・材料研究機構 物質研究所 光学単結晶グループ グループテーマ 定比ニオブ酸リチウム・タンタル酸リ チウム 強誘電体ニオブ酸 単結晶 所内/機構内 プロジェックト 欠陥制御ダイナミックスによる光機能 高出力 波長変 換材料 素子 外部資金 科学技術振興調 整費 知的基盤整備制度 量子標準体系の高度化に関する研究 「光周波数変換用デバイスの開発」 産学官共同研究の効果的な推進 「ITを支えるオプトメディア結 晶の実用開発」 研究成果活用 事業 機構認定ベンチャー 株式会社オキサイド設立 機構認定ベンチャー 株式会社SWING設立 表2 LNにおける電気光学定数の不定比組成依存性 (マッハツェンダー干渉法 波長:633nm) 試料 r33 (pm/V) r31(pm/V) 定比組成LN Tc :~1200℃ 38.3 ±1.4 10.4 ±0.8 一致溶融組成LN Tc :~1140 ℃ 31.5±1.4 10.0 ±0.8 ほとんど変化しない。これに対し、d33はLNで特に 強い不定比組成依存性を示している。約30%もSLN でd33が増大している。d33は、LNやLTの擬似位相整 合(QPM)波長変換において、もっとも重要な性能 指数でもあり、それが増加していることは波長変換 効率の増大が期待できる。 表3 LN、LTにおける2次非線形性の不定比組成依存 性(SHG Maker-Fringe法 基本波長:1064nm) 試料 d33 (pm/V) d31(pm/V) 定比組成LN (Tc :~1200℃) 44.3 ±3.6 6.3 ±0.6 一致溶融組成LN (Tc :~1140℃) 34.1 ±2.5 6.1 ±0.6 定比組成LT (Tc :~680℃) 30.4±3.2 2.5 ±0.2 一致溶融組成LT (Tc :~600℃) 26.2 ±2.2 2.3 ±0.3 〈分極反転特性の不定比組成依存〉 一方、分極反転特性においても大きな違いが発見 された。強誘電体分極を周期的に反転することによ り、擬似位相整合(QPM)から波長を変換する技術 は、原理上、材料の透明波長領域のすべての波長を 発振することができるため、実用化が高く期待され ている。特に前述したように、LNやLTでは異常光 を使うことにより、他の無機材料よりも大きな非線 形光学効果(d33)を使うことができ、高効率発振が 期待できる。ところが、CLNやCLTでは分極反転に 必要な印加電圧(抗電界)が非常に高い。 通常、22kV/mmという高い抗電界が必要であるた め、厚い試料で分極反転することができない。 これに対して、光学単結晶グループは、LNとLT における抗電界が不定比欠陥密度により、大きく変 わるという画期的なことを発見した。LTの場合、 CLTでは分極反転に20~22kV/mmという高い電圧が 必要であったのに、SLTでは、2kV/mm以下で分極 反転できることが判明した(表4)。LT同様、LNに おいてもストイキオメトリに近づくと反転電圧はか なり低下する。ただし、今までのところLTほど低 い抗電界値は得られていない。4kV/mm程度である が、それでもCLNの5分の1以下である。 従来、単結晶の抗電界などは、材料固有の値であ ると考えられていたが、分極反転メカニズムそのも のが欠陥密度に強く依存していることが分かった。 MgO添加で抗電界が下がることは知られていたが、 不定比欠陥制御で抗電界が1桁も下がることは予想 されていなかった。これにより、厚く、耐光損傷性 にすぐれた分極反転デバイスの作製が可能となっ た。 表4 LTにおける分極反転特性の不定比組成依存性 一致溶融組成 定比組成 キュリー温度(℃) 601±2 685±1 融液組成(Li20 mo1%) 48.5 60.0 分極反転電圧(kV/mm) 20 1.7 内部電圧(kV/mm) 4 0.1 自発分極(aC/cm2) 60±3 55±3 〈 LN/LT熱伝導度の測定〉 LNおよびLTにおける熱伝導特性の欠陥密度依存 性を計測する目的で、CLN、SLN、MgO添加SLN (Mg : SLN)、MgO添加CLN (Mg : CLN)さらにCLT、 SLT、MgO添加SLT (Mg : SLT)の7種類の試料を、 レーザーフラッシュ法により比熱容量および熱拡散 率計測、熱伝導度を算出した。その結果は表5に示 し、次のようにまとめることができる。 ①LN、LTどちらにおいても、不定比欠陥密度を低 減することにより、熱伝導率はかなり大きくなる。 すなわち不定比欠陥により熱伝導率は大幅に悪くな る。 ②SLN、SLTどちらにおいても1mol% MgOを添加 するだけで熱伝導率はわずかに低下する。 熱のフォノン伝播では、格子の非調和振動をおこ す欠陥による散乱から、平均自由行程が短かくなり、 熱伝導率が下がる。この傾向が、LN、LTの不定比 欠陥について顕著に現れている。不定比欠陥にはLi イオンサイトを占める過剰NbあるいはTaイオン (アンチサイト欠陥)、それに伴う空位欠陥がある。 通常、非常に重さの異なるイオンによる置換はフォ ノン散乱の原因となる。その意味では、Liイオンを 置換するNb-アンチサイト欠陥よりはTa-アンチサイ ト欠陥の方が、熱伝導率を大きく低下させてもよい が、そのような傾向は見られない。Mgを添加して、 LiイオンがMgイオンに置換されると、やはり空位 欠陥を伴わざるを得ない。そのために熱伝導率が Mg添加で下がっていることを考慮すると、空位欠 陥密度が熱伝導率低下に大きな役割を果たしている 可能性が強い。 表5 LN/LTにおける熱特性の不定比組成依存 密度 g/cm3 比熱 kJ/(kg ・ K) 熱拡散率 10-4 m2/s 熱伝導度 W/m ・ K CLN 4.64 0.628 0.0134 3.92 Mg:CLN 4.63 0.636 0.0147 4.63 SLN 4.62 0.651 0.0198 5.97 Mg:SLN 4.60 0.629 0.0192 5.62 CLT 7.47 0.397 0.0156 4.62 SLT 7.44 0.410 0.0288 8.78 Mg:SLT 7.43 0.408 0.0278 8.43 強誘電体の周期的分極反転構造による擬似位相整 合(QPM)波長変換では、高調波発振のように特定 波長への変換で、発振効率が温度に依存する。たと えば、MgO添加SLTを用いて、1550nm基本波長から 第二高調波(755nm波長)発振すると、21.0μm周期 では、64.5℃近辺で最大出力を示し、温度に対する 出力ビーク半値幅は約4℃である。また、光パラメ トリック発振では、アイドラ光の波長も温度に依存 している。MgO添加SLTを用いて30.0μm周期の分極 反転素子に、1064nmポンプ光から発振するアイド ラ光波長の温度依存をBrunerらの屈折率データから 計算すると、温度1℃の変化にともない、発振波長 は1.2nm変動する。このように、温度による変換波 長の可変性は、応用において魅力的ではあるが、素 子の温度制御が変換効率、変換光のスペクトル幅に 大きく影響すると思われる。今後、高出力用波長変 換素子や熱を発生する光機能デバイスでは、熱放出 に対する設計が極めて重要になり、欠陥制御材料の 高熱伝導度は大いに注目されると期待できる。 3.グループの研究成果活用について 〈実用化プログラムからベンチャー起業まで〉 不定比欠陥密度を制御すると従来よりも遥かに少 ない量のMgO添加で光損傷性を抑制できることも分 かった。しかし、これらの結果は、後から考えれば ごく自然な傾向とも考えられる。欠陥密度を制御す れば、分極反転のように分域壁移動というカイネテ ィックな現象に欠陥はピン留めの役を果たすであろ うし、また添加による効果も欠陥密度が低ければ少 ない量で顕著に現れることも当然である。熱伝導度 の増大もしかりである。しかし、これらの事は定比 単結晶を育成して始めて確認できた。 欠陥の少ない材料は必ず欠陥の多い材料にとって 代わるであろうという信念から、材料の実用化を早 急に進めるべく、平成11年春から実用化プログラム を企業数社に提案した。これは、原料供給システム を備えた2重るつぼ法の実用レベル開発を中心に、 研究機構所有の育成法および材料に関する特許実施 を前提とした2年計画のプログラムである。最終的 には、2年後の2001年春に国内5社と特許実施契約 を交わした。 〈株式会社オキサイドの設立〉 さらに本材料のデバイス化に向けて本格的に始動 するには、材料の供給体制に拍車をかける必要が生 じた。このことから、自らも会社を設立することに より、この実用化を促進すべきという判断をした。 幸い平成12年春に、国立大学教員および国立研究所 研究員が休職して自らの成果を活用する企業の代表 取締役となれる人事院制度の改正が行われた。この ような改正の最初の例として取り組む価値を、研究 所が認め、第13グループ古川保典主任研究官が研究 所を休職して代表取締役となり株式会社オキサイド を平成12年10月に設立した。ネットワークビジネス の異常な加熱がさめ、「ものづくり」に再び目が注 がれた事、付加価値の大きい光情報技術等に関連し た材料であること、また国立研究所の研究成果活用 として企業化され研究所と連携した開発が期待でき る事などから、起業として非常に高い評価を受けた。 このことから、評価基準の厳しい東京中小企業投資 育成株式会社から資金提供を受けることができ、山 梨中銀キャピタル等からもスムーズな資金調達がで きた。これにより資本金5,000万円でスタートした。 4.今後の展望について 下図は、年次別によるタンタル酸リチウムをタイ トルとした論文数の推移を示している。緑コラムは 全体。青は不定比欠陥に関する論文数。殆どは波長 変換に関する論文で、物質・材料研究機構が先導し ていることがわかる。また今後、この分野が発達す るであろう事も予想される。 株式会社オキサイドの社屋(山梨県北杜市) オキサイドはすでに、設立以来5年以上を経過し ている。その間、増資を繰り返し、現在資本金は約 1億5000万円にまで達し、年間売り上げも3億円を 越えるところまで成長した。また、中小企業長官賞、 日本結晶成長学会技術賞、つくばベンチャーチャレ ンジ賞などを受賞している。材料を製造販売すると いう利幅の少ない業種のベンチャー企業がここまで 到達できた事は大変価値のあることといえる。ベン チャーブームで多くのベンチャーが大学、国立研究 所からスピンオフしているが、製造販売で、ここま で到達できる例は稀である。 また、実用化では、先端研究と異なり、再現性、 信頼性が極めて重要な開発課題であり、これらの中 には基礎・基盤研究のシーズとなるべきテーマが多 く含まれている。今後は、ニーズに基づいた、基礎 研究での大幅な進歩を目指すべきと言える。 〈有限会社SWINGの設立〉 さらに、機構で開発した材料および素子の実用化 を目的として、平成15年5月には、光学単結晶グル ープが開発してきた欠陥制御単結晶を用いた、プロ トタイプ波長変換素子、ホログラム用単結晶などを 有償配布する有限会社SWINGを設立した。 SWINGは、光学単結晶グループのメンバーが出資 したベンチャー企業で、機構の第一号認定ベンチャ ーとしてスタートした。ここでは、機構所有特許が 優先的に独占実施できること、それらの再実施権を 与えられていること。また、施設、設備の有償貸与 を受けることができることなど、研究成果活用企業 に対する支援措置を受けている。 その後、増資を伴いながら、有限会社から株式会 社へ平成17年7月に組織変更を行っている。幸い、 経済産業省の補助事業、委託研究開発プロジェクト が採択され、インキュベーションから独立へとテー クオフの時期を迎えている。 左図物質・材料研究機構 で開発した光パラメトリッ ク発振用バルク周期分極反 転素子。SWINGで事業化 先端結晶解析グループの4年 山本昭二、泉富士夫、松井良夫、道上勇一、木本浩司、高倉洋礼(現北海道大学、2004年3月退職) 1.グループ設立の経緯 物質・材料研究機構発足の一年後に、物質研究所 内の研究グループとして発足した。 準結晶、変調結晶、複合結晶等の周期を持たない 結晶の構造解析法、粉末回折法、電子顕微法に於け る新手法の開発および高度化による、結晶構造解析 法の進展を目指して設立された。物質研究所の前身 である無機材質研究所では物質を中心にグループを 結成して研究を行ってきたが、当グループは解析手 法を中心として結成された初めてのグループであ る。 2.グループ活動の経緯 当グループは、主にX線回折を中心とした研究、 粉末中性子回折と結晶構造解析ソフトの開発を中心 とした研究、また電子顕微鏡の高度化による、結晶 構造解析を中心とした研究の3つの活動を平行して 行ってきた。 X線回折は、KEK,Spring-8のワイセンベルグカメ ラによる準結晶の回折実験を通して、準結晶の精密 構造解析に挑戦してきた。 粉末構造解析法の高度化では、コンピュータソフ トの開発を中心に活動し多くのソフトを開発した。 電子顕微法の高度化では新規の顕微鏡下での分析 プログラムの開発、電荷整列構造、磁気構造の解明 などを行った。 3. 4年間の成果 非周期結晶解析法の研究では、6次元空間の結晶 として記述される正20面体対称Al-Cu-Fe(A70Pd12Mn8) 準結晶の構造解析を初めて成功させた他、Al-Cu- Fe,Al-Pd-Re正20面体準結晶がこれと同型であること を明らかにした。また初めて発見された2元準結晶 であるCd-Yb準結晶の構造をフランスのESRFとの共 同研究で決定した。BaxBi2-xTi4-xO11-4x (x=0.275)に みられる、結晶学的せん断構造と呼ばれる非周期結 晶の構造解析を、独自に開発した低密度消去法を用 いた非周期結晶構造用の直接法プログラムの開発に よって、初めて成功させた。これはあらゆる非周期 結晶の構造解析に応用可能であるので、今後広い範 囲の非周期結晶に応用されることが期待される。そ の他、準結晶の表面構造や、その一軸方向からの投 影構造を6次元空間の周期モデルから計算する手法 を提唱した。これによって表面構造の解釈が容易に なった。さらに準結晶の構造解析用プログラムパッ ケージQUASIをWebで公開した。 粉末回折法の研究では、構造解析プログラムパッ ケージRIETAN2000を開発し、X線および中性子粉 末回折法による結晶構造解析の容易化を促進した。 解析後結晶中の原子の電子分布を精密に計算する、 最大エントロピー法プログラム、PRIMAの開発を行 ったほか、解析結果の3次元表示プログラムパッケ ージVENUSを開発した。これは3次元電子分布と 結晶構造を3次元グラフィックスで表示し、任意の 断面などを計算出来るものである。これはX線回折 による電子密度の他、中性子回折による核密度関数 や量子力学による波動関数の等高面も表示でき、汎 用性が高い。これらによって、構造解析が合成の容 易な粉末によって容易に行えるようになり、さらに その結果から精密な電子分布の決定、表示までが連 続的に行えるようになった。 電子顕微鏡による研究では、結晶構造解析、電子 エネルギー分光法(EELS)による電子状態解析、 ローレンツ電顕による磁気構造の解析等を行なっ た。主な成果は以下のとおりである。硝酸塩超伝 導体(Cu、C、N) Sr2Can-1CunOy (n=l-6)の、電荷 調節ブロックにおける炭酸基(一部硝酸基)と銅の 規則/不規則配列について、電子回折と高分解能 TEMにて詳細に解析した。磁性超伝導体として注目 される Ru系RuSr2Gd1.5Ce0.5Cu2O10-δ等について、RuO6 八面体のわずかな回転に起因する超構造と、ナノド メイン組織の観察を行なった。EELSの測定分解能 を向上させるための新しいソフトウェア技術を開発 し、またそれを用いて、Si上のAl2O3薄膜の構造と電 子状態の解析等を行なった。Nd1-xSr1+xMnO4を始め とする、Mn酸化物等の低温における特殊構造(電 荷・軌道整列構造)を低温電子回折と高分解能電顕 法により解析を行った。また各種磁性材料について、 ローレンツ電顕による磁区構造解析を行ない、特に 構造相転移に伴う磁区構造の変化をナノレベルで解 析した。 図1 BaxBi2-xTi4-xO11-4x (x=0.275)を 4 次元結晶とし て記述した時の、3次元断面の電子密度を低密度消去 法で求めたもの。水平な面での切り口が3次元空間で の原子の電子密度2次元断面を与える 3.並木地区正門 photograph : National Institute for Materials Science 超微細構造解析グループの5年 板東義雄、左右田龍太郎、福島整、Dmitri Golberg、吉川英樹、三留正則、Chengchun Tan、貫井昭彦(2005.3)、田村修蔵 (2005.3)、田中雅彦(2004.12~)、北村優(~2003.3)、二澤宏司(~2003.3)、Yihua Gao (2004.6~)、Junqing Hu (2004.8)、 Chunyi Zhi (2004.8~)、Jinhua Zhan (2003.2~)、Longwei Yin (2003.5~)、Sergey Tovstonog (2005.2)、Yubao Li (~2004.12)、 Yingchun Zhu (~2004.7)、Andrey Prokofev (2005.7~)、Fangfan Xu (~2001.8)、Zongwen Liu (~2004.7)、Baodan Liu (2004.3 ~)、荻野一信(2004.3)、紺藤倫生(~2004.3)、柴田貴史(~2004.3、寺尾剛(2004.3~) 1.グループの目的 「超微細構造解析グループ」は電子線、イオン、 放射光などのビーム技術を活用して装置開発や解析 手法の開発、さらにはビーム技術を用いた先端材料 の利用研究を行うことを目的としている。具体的に は、電子顕微鏡を用いた局所構造解析、イオン散乱 分光等を用いた表面構造解析、放射光を用いた薄 膜・バルク構造解析などがその主な研究対象領域で ある。また、ナノチューブやナノワイヤーなどの1 次元のナノスケール物質を探索・創製し、その微細 構造や特性評価の研究も推進している。特に、新規 なナノスケール物質の探索では、当該グループの有 する高度な電子顕微鏡観察技術が有効に利用されて いる。また、西播磨に稼働中のSpring-8の施設整備 と利用研究も行っている。 2.活動経緯 当該研究グループは前無機材質研究所時代の平成 8年度に発足し、その後NIMS設立後の今日まで継 続して一貫した研究が進められてきた。平成5年度 に発足した「COE育成研究;超常環境を利用した先 端材料開発」(科学技術振興調整費)において、超 高圧領域、超高温領域、超微細領域の中で、当該グ ループは超微細領域研究のサブテーマを担ってきた (第1期COEは平成5年度から9年度までの5カ年 間)。その後、本プロジェクトは平成13年度に、「超 常環境を利用した新半導性物質の創製・材料化に関 する研究」(運営交付金プロジェクト、平成13年度 から17年度)として引き継がれている(第2期COE プロジェクトは平成10年度から14年度までの5カ年 間で科学技術振興調整費により一部充当)。 また、運営交付金プロジェクトとして、平成13年 度から「ナノスケール環境エネルギー物質」が発足 し、当該グループは本プロジェクトの「ナノスケー ル物質」のサブテーマを担った(板東フェロー)。 さらに当該グループは、「SRを用いた研究及び施設 整備の総合的推進」(運営交付金プロジェクト)の 推進を図った(福島主席研究員)。また、「ナノテク ノロジー総合支援プロジェクト」に参画し、「原子 識別電子顕微鏡」と「Spring-8}の装置共用を行っ た。 グループ構成員(NIMS研究者)は、電子顕微鏡 やナノ物質合成を専門とする職員、イオン散乱の表 面分析を専門とする職員、SRを専門とする職員で 約10名弱であった。NIMS職員以外に、特別研究員 (ポストドク)、企業等の外来研究員、筑波大学連携 大学院生などが当該グループに参画し、全体で総数 25名を超えるグループとして、積極的な研究活動が 展開された。 以下に、超微細構造解析グループの活動により得 られた主要な研究成果をトピックス的に記述する。 3.研究トピックス (1)電子顕微鏡を用いた構造解析 世界最高のエネルギーフィルター像の分解能を持 つ原子識別電子顕微鏡(300kVのエネルギーフィル ターTEM)を用いて、B-C-Nナノチューブ等の組成 分布を高分解能で観察技術の開発に成功した。図1 はB-C-NのナノチューブのB、C、N元素のエネルギ ーフィルター像で、チューブ内部にBN層が、外部 にC層からなる複合ナノチューブであることが明ら かとなった。 図1B-C-Nナノチューブのエネルギーフィルター像と その構造モデル 図2は新規な構造を有するBNナノチューブの TEM写真とその構造モデルである。発見したBNナ ノチューブは従来のナノチューブと異なり、チュー ブ壁が互いに平行でなく、 コーン状にしかも螺旋状 に巻いた構造を有する。直径が数十nmで長さは数 百ミクロンと長繊維が特徴である。電子回折から上 下の原子面は対応格子の関係をもって規則的に配列 していることが明らかにされた。また、sp2構造を 有する六方晶BNに12Hや15Rといった多形が存在す ることを発見した。 図2 コーン状をしたBNナノチューブの発見 図3はCVDで合成したBNナノチューブの格子像 と電子回折である。カーボンナノチューブと異なり、 BNナノチューブがジグザグ型の原子配列を優先的 にとることが明らかとなった。 図3 CVDで合成したBNナノチューブの格子像とジグ ザグ構造モデル 電子顕微鏡を用いてBNナノチューブ以外の新規 ナノチューブを探索し、その構造を解明することに 成功した。図4は発見した新規なナノチューブの実 例を示す。 図4電子顕微鏡を利用して発見した新規ナノチューブ (2)イオン散乱を用いた表面構造解析 アモルファス氷のガラス転移や結晶化に関してい まだ議論が混沌としている。図5に、アモルファス 氷薄膜(H216O)にH218O分子を1モノレイヤー吸着 し、表面組成の変化を昇温TOF-SIMS法を用いて解 析した結果について示す。吸着したH218O分子は135- 140Kでアモルファス氷のバルクに取り込まれ、水 分子の自己拡散が起こり始めることがわかる。さら に昇温して165Kになるとアモルファス氷薄膜が突 然液滴を形成し、Ni (111)基板からのNi+イオンが 観測されるようになる。液滴は水の表面張力により 図5 TP-TOF-SIMSによるアモルファス氷の解析例 形成される。このように、165K以上ではアモルフ ァス氷は明らかに液体の水としての性質を示すこと がわかった。 (3)SRを用いた施設整備と利用研究 SPring-8専用ビームラインは、0.5keV~60keVの広 エネルギー帯域で高輝度放射光を実現すべく、リボ ルバー型アンジュレーターや計算結合型二結晶分光 器を新規開発した。これと並行して世界最高レベル の波長分解能を有する粉末回折計、表面汚染を気に せず10nm近い深層を解析可能にする高エネルギー 光電子分光装置(XPS)、絶縁物の光電子イメージ ングを始めて可能にする光電子顕微鏡(PEEM)、 二結晶蛍光分光装置の開発を行ってきた。実用デバ イスへの解析応用例として、磁気トンネリング素子 のFeCo合金/アルミナ界面におけるFeの選択酸化の XPS解析やPEEMによるDVDビットのアモルファ ス・結晶相の構造相転移時の伝導帯変化の解析例を 図6に示す。 図6 ビームライン及び各装置の写真と実用デバイス 解析への展開例 5年間の研究成果は原著論文、解説・総説、特許 などとして発表している。詳細はホームページ (http://www.nims.go.jp/abs /index.html) を参考にして いただきたい。 平成13年 論文51報、総説9編、特許出願3件 平成14年論文76報、総説14編、特許出願33件 平成15年 論文86報、総説5編、特許出願45件 平成16年 論文88報、総説5編、特許出願38件 平成17年 論文55報、総説3編、特許出願25件 (平成17年11月末現在) 4.研究の動向・展望 5年間を振り返ると、電子顕微鏡やイオン散乱な どNIMSがこれまでに蓄積してきた技術と経験を下 に、装置開発や解析研究で優れた研究成果を挙げる ことができた。特に、新ナノチューブ等の発見は高 度な電子顕微鏡観察技術の裏付けがあったからこそ 為し得たものである。電子線や放射光等のビーム技 術はナノマテリアル研究の重要性とともに、今後ま すますその技術の高度化が求められる。超高性能な 電子顕微鏡など世界に先駆けた新規な装置開発を今 後積極的に推進してゆくべきである。 http://www.nims.go.jp/abs 高分子性酸化物グループの活動をふりかえって 一ノ瀬泉、川端美穂、Jin Jian、Huang Jianguo、 Peng Xinsheng 1.はじめに 高分子性酸化物グループは、平成15年2月に発足 した。本グループは、無機材料と高分子材料の境界 領域における新物質を探索するために立ち上げら れ、理化学研究所から招聘された一ノ瀬アソシエー トディレクターが、総括責任者としてグループ運営 を担当した。同年2月13日に開催された新規グルー プ課題説明会では、本グループの研究課題として 「あたかも高分子のような特徴を有する新しい無機 材料の探索」が謳われている。タンパク質に匹敵す るような高度の分子機能を有する無機材料を発掘す ることが、本グループの重要なミッションであった。 分子ユニットが一定の規則で配列すると、個々の ユニットには見られない新しい特性が生まれる。こ のような高分子性は、液晶からタンパク質まで、有 機材料の優れた特性の源となっている。高分子性酸 化物とは、高分子性(Macromolecularity)を示す金 属酸化物であり、例えば、特異な形状やコンフォメ ーション特性、キラリティーなどの分子特性をもつ 無機材料などが想定された。本グループでは、この ような新しい無機材料を創製するために、界面化学 的な手法による無機クラスターの構造制御あるいは 新しい自己組織化手法の開発を目指した。 2.グループの活動経過 (1)酸化物ナノストランドの発見 遷移金属イオンの多くは、酸性水溶液中で水和イ オンとして存在し、アルカリ性にすると水酸化物と して沈殿する。この現象は、水酸化物イオン(OH-) の配位と、引き続くオーレーションにより化学量論 的に説明されてきた。本グループでは、金属イオン のオーレーションの初期過程を系統的に研究し、希 薄な水溶液中で様々なナノファイバーが自発的に形 成することを発見した(図1)。 図1水酸化カドミウムのナノストランドのTEM像 水酸化カドミウムのナノファイバーは、直径が 1.9nmであり、長さが数μmに達する。このナノフ ァイバーは、サイズが二本鎖DNA (double-stranded DNA)に匹敵することから、酸化物ナノストランド と命名された。その後の研究から、ナノストランド の表面が著しく正に荷電しており、負に荷電した有 図2 水酸化カドミウムのナノストランドによるDNA 鎖の捕捉(模式図) 機分子を強く吸着することが見出され、短いDNA鎖 の効率的な分離・濃縮技術へと展開した(図2)。 また、ナノストランドの結晶学的構造ならびに形成 メカニズムは、高分解能TEM観察により原子レベル で解明された。 その後、同様な酸化物ナノストランドが、水酸化 銅でも形成することが見出された。さらに、有機分 子や金属ナノ粒子との精密な複合化が検討され、ナ ノストランドを機能材料の構造要素として用いる多 くの実証的な研究が行われた。特に本グループでは、 酸化物ナノストランドをフィルター表面に固定化す る技術を開発し、均質な自己支持性ナノ薄膜を製造 する手法として、幅広く展開させた。 (2)セルロースのナノコーティング 本グループでは、平成15年度から3年間、萌芽研 究として、「高分子材料との戦略的ナノ融合」に関 する研究が実施された。本プロジェクトは、既存の 高分子材料のハイブリッド化、あるいは無機や金属 材料とのミクロな複合化により、高分子研究の新た なフロンティアの創成を目指すものである。高分子 性酸化物グループでは、特に、天然セルロースに着 目し、新しい特性を有するナノファイバーの製造を 検討した。 紙やコットンの主要な成分であるセルロースは、 グルコースの直鎖状高分子が集まってナノファイバ ーを形成し、さらにこのナノファイバーが集合して マイクロファイバーの3次元的なネットワークを形 成している。このような階層的構造は、セルロース の柔軟性と力学的な安定性に寄与しており、分離膜 などに活用されている。本グループでは、重合吸着 法と呼ばれる高分子薄膜の作製手法をセルロースに 適用し、コア/シェル構造を有するナノファイバー の開発を行った。図3には、ポリピロール(ドーピ ングにより導電性を示す)でコートされたセルロー スのSEM像を示す。また右上には、1本のセルロー ス鎖のTEM像を示す。本研究では、高分子の重合条 件を制御することで、幅約40nmのナノファイバー に一定厚みの高分子コーティングを行うことに成功 した。 図3 ポリピロールでコートされたセルロース繊維の SEM像(右上はTEM像) (3)乾燥泡膜の発見 本グループの大きな研究課題の一つとして、有機 や無機、金属やタンパク質などの様々なナノ物質を 組織化するための一般的な方法論の探求があった。 中でも、新しい自己支持性ナノ薄膜の作製は、本グ ループの重要な研究目標であった。我々は、その研 究の過程で、シャボン膜(泡膜)から得られる全く 新しい分子膜を発見した。 シャボン玉やセッケンの泡は、表面が界面活性分 子で覆われた薄い水の膜でできている。水の膜の厚 みが光の波長の4分の1より小さくなると、反射強 度が弱まって黒く見えるため、「Black Film」と呼ば れる。このような膜の存在は、1672年、ロバート・ フックによって確認されている。また、シャボン膜 の干渉光とその膜厚との関係は、1704年、アイザッ ク・ニュートンによって体系化された。以来、約 300年間、多くのシャボン膜に関する研究が行われ てきた。しかしながら、その全ては、構造安定化の ための水の存在を必要とし、乾燥すると消滅するよ うな膜であった。 我々は、数マイクロメートルの微細なフレームの 中で形成されるシャボン膜(泡膜)を系統的に研究 する過程で、特定の界面活性分子を用いた場合、乾 燥後に厚みが分子2個分に相当する極めて薄い膜が 得られることを見出した。この分子膜は、高真空下 でも安定に存在することができ、150℃以上の熱安 定性を示すものもあった。我々は、この新しいナノ 薄膜を「乾燥泡膜」(Dried Foam Film)と命名し、 その形態や化学的特性、熱安定性などの幅広い研究 を行った。 図4 乾燥泡膜の断面のSEM像 図4には、ドデシルトリメチルアンモニウムブロ ミド(DTAB)という界面活性分子を用いて調製さ れた乾燥泡膜の断面のSEM像を示す(膜の両面には 約2nmの白金が蒸着されている)。レースのカーテ ンのように透けて見えるのは、この膜が非常に薄く、 2次電子が透過してしまうためである。 DTABの乾燥泡膜は、150℃まで安定に存在する。 しかし、DTAC (DTABの臭化物イオンが塩化物イ オンになったもの)では、熱安定性が40℃も低下す る。このことから、乾燥泡膜の安定性には、親水部 の結晶性が重要であることが推定された。一方、フ ーリエ変換赤外スペクトル(FTIR)の測定では、 疎水部(アルキル鎖)が著しく乱れていることが確 認された。 (4)固体表面でのポリペプチド鎖の分子認識 生物の分子認識の中での最も重要な研究対象とし て、タンパク質間相互作用が挙げられる。本グルー プでは、酸化物ナノ薄膜を利用して固体表面にポリ ペプチド鎖を固定化し、生体分子との相互作用の新 しい評価手法を確立することを目指した。 我々は、高pH域でα ―ヘリックス構造を有する ポリリジンに着目し、これを表面ゾルゲル法により 作製した酸化チタン薄膜上に静電的に吸着させた。 ポリマー鎖のコンフォメーションをFTIRなどの手 法により評価した後、アニオン性の蛍光色素(SRB) を吸着させ、ポリリジン表面でのD-(or L-)グルタミ ン酸とのイオン交換の速度を蛍光スペクトルから評 価した(図5)。 我々は、このような実験の過程で、ポリリジン表 面でのアニオン交換が高度にエナンチオ選択的であ ることを発見した。即ち、D―グルタミン酸の吸着 は、L―グルタミン酸の吸着よりも速く、その速度 は、放出されるSRBの蛍光強度から比較することが 可能であった。この発見は、未知の生体分子間の相 互作用を相対的に評価するための手法へと展開しつ つある。 図5 ポリリジン表面でのアニオン色素(SRB)とD― グルタミン酸とのイオン交換 3.今後の展望 本グループでは、酸化物ナノストランドという新 しいナノ物質を見出し、有機・高分子材料との複合 化の手法、あるいは新しい自己支持性ナノ薄膜の製 造技術を開発した。特に、乾燥泡膜は、超高真空下 でも安定なことから、気相法の薄膜製造技術と組み 合わせることも可能であった。本グループの成果は、 ナノ分離膜やMEMSなどの新技術、あるいは次世代 の環境や安全、グリーンケミストリーを支えるため の重要な基盤技術となるであろう。 機能モジュールグループの歩み Dirk G. Kurth、赤坂夢、大塚雄紀、佐藤由美子、正村亮、林灯、樋口昌芳、万立平 1.組織発足の経緯・目的 本研究グループは、ドイツのマックスプランク研 究所コロイド界面部門グループリーダーのDr. Kurth をディレクターとする国際研究グループであり、物 質研はもとより国内の大学や研究機関を眺めても類 例のない極めてユニークな形態を有する研究グルー プである。独法化に伴ってNIMSが目指した2つの 目標(有機材料研究グループの創成と国際化の推進) を直接的に具体化したグループと言える。本グルー プでは、有機高分子化学を基盤として、金属ナノ複 合化による環境調和型機能材料(電子、光、磁気、 触媒、医薬)の創製を目標としている。 2003年4月にグループ発足、同年8月に実質的な グループ運営を行う若手研究者を慶應義塾大学から 招聘したときから実際の活動が開始したため、グル ープとしての歴史は長くないが、2005年のAngew. Chem. Int. Ed.誌の国際ニュースで紹介されるなどそ の研究動向は国内外で高い注目を集めている。現在、 特別研究員や研究補助員を含め8名のグループとし て、独創性の高い機能有機材料研究を行っている。 2.研究活動の特徴 本グループでは、外国人ディレクターの数週間程 度の日本滞在と、グループの日本人研究員の数週間 程度の訪独を頻繁に行うことで、ディレクターの所 属するドイツのマックスプランク研究所とより緊密 な共同研究を推進している点が大きな特徴である。 海外の優れた研究者をディレクターとして招聘する ことで、NIMSにおける有機材料研究を短期間で世 界水準の高いレベルに上げることが可能であったこ と、またNIMSの有機材料研究を海外において広く アピールできた点において、本研究グループの形態 は画期的であった。と同時に、この新しい試みは国 内的にも注目を集める結果も引き起こした。すなわ ち、研究環境の国際化の進展によって、近年、他の 研究機関や大学でも外国人をリーダーとする研究グ ループの創成が盛んになってきており、本研究グル ープは明らかにその先駆けとなった。 また一方で、国内では企業や大学との共同研究を 行い、新規有機/金属ハイブリッド物質に関する基 礎研究から応用・実用研究にいたる連続した研究を 行っている。 3.機能モジュール:有機材料の新しい形 生体内の光合成や呼吸反応では、有機高分子であ るタンパク質内部の微量の金属種が反応活性中心と して決定的な役割を果たしている。有機高分子がつ くる三次元空間内に精密に金属種を配置させた時、 高効率的電子移動やエネルギー変換が達成される。 生体に似たシステムを人工的に作れば類似の機能あ るいは生命を超える機能が得られるのではないか? と、多くの高分子錯体(有機高分子と鉄や銅などの 金属イオンとの複合物質)が合成されてきた。 機能モジュールグループでは、従来にない機能 (電子・光・磁気・触媒)を有する有機/金属ハイ ブリッドナノ材料の創製を目的として、有機ユニッ トと金属ユニットをナノサイズで複合化させた様々 な高分子錯体の開発を行っている。 構造要素として両親媒性化合物、機能要素として 金属を含んだ超分子ポリマーあるいは酸化物クラス ターを用い、機能モジュールの結合、配向や位置を 決め、階層構造のデザインのための原理や方法を研 究している。デバイス作製に自己組織化の原理を用 い、多段階の自己集合過程を経て、機能モジュール を組織化する。モジュール性を利用する物質設計の アプローチは、分子から巨視的なスケールにおける 構造や機能の制御を可能とし、ナノ構造や薄膜ある いは中間層における構造―機能相関の解明に役立つ と期待される。高分子内部に位置と個数を精密に制 御して金属イオンを導入することで、有機ユニット と金属ユニットの異なる物性の相乗作用が期待さ れ、有機EL素子、センサー、太陽電池、ドラッグ デリバリーなど、様々な機能材料への応用が可能で ある。有機/金属ハイブリッドナノ材料は、有機ユ ニットと金属イオンや金属クラスターをナノサイズ で精密に複合化させた材料であり、量子効果などに 基づいた従来にない電子・光・磁気・触媒機能の発 現や医薬などへの応用が期待される。また、従来の 共有結合のみからなる有機材料にはない、これらナ ノ複合物質を用いるメリットは、個々のユニット (機能モジュール)を単純に混ぜ合わせるのみで、 精密複合化や高次構造の形成が可能な点であり、材 料の回収や再利用も容易である。次の章では、研究 成果として、直鎖状、環状の2種類のハイブリッド ナノ材料のユニークな物性について紹介する。 図1有機/金属ハイブリッド高分子 4.研究成果 (1)マルチカラーエレクトロクロミック材料 π共役有機配位子を用いて高分子主鎖に金属イオ ンを導入すれば、電子移動性に優れた高分子が得ら れるだけでなく、電気や光によって金属や配位子の 電子状態を変化させることで電子・光物性や磁性を 制御できると期待される。ターピリジンと2価の鉄 イオンからなる錯体はMLCTに基づき青色を呈する ことが知られている。そこで、ターピリジル基を両 末端に有するビス(ターピリジル)ベンゼンと酢酸 鉄(Ⅱ)を混合することで、濃青色の高分子錯体を 得た(図1)。 この高分子錯体は、サイクリックボルタンメトリ ーにおいて、鉄イオンのレドックスに基づく可逆な 酸化還元波を示した。さらに、この高分子錯体を ITO基板上にスピンキャストし、有機溶媒中で電位 を印可すると鉄イオンの価数の変化に応じて膜の色 が濃青色から無色へと変化することを見いだした。 このエレクトロクロミック変化は高速かつ可逆であ った(図2、3 )。 一方、酢酸コバルトとビス(タ ーピリジル)ベンゼンからなる高分子錯体では、赤 色に呈色することを見出した。さらに、酢酸鉄と酢 酸コバルトを導入した高分子錯体を合成したとこ ろ、単独のポリマーでマルチカラーを表現できるエ レクトロクロミック材料となることを発見した。さ らに、有機配位子に電子吸引基を導入することで、 高分子錯体における金属イオンの酸化還元電位や呈 色の波長をコントロールできることに成功した。 図2 エレクトロクロミック (2)マルチイオンセンシング材料 有機/金属ハイブリッドナノ物質において、レド ックス活性を示すのは金属ユニットだけとは限らな い。ケトンとアミンの脱水縮合反応を用いて、新規 な環状ポリフェニルアゾメチンを合成した。この有 機物は電気化学的に不活性であり、サイクリックボ ルタンメトリーにおいてレドックス波は示さない。 ところが、この溶液に塩化スズなどの金属塩を添加 すると、有機ユニットの酸化還元に基づくレドック ス波が発現することを見いだした(図3)。さらに、 この系では金属イオンの添加量によって酸化還元電 位をコントロールすることが可能であった。さらに、 この環状化合物への金属集積が段階的に起きている ことを発見した。 図3イオンセンシング 発足した2004年度、2005年度ともグループで年間 20報以上学術論文を発表し、また特許も年間3件程 度出願、ISAMなどの国際会議の開催など、精力的 に研究活動を推進してきた。その他にも、企業や大 学との共同研究や、各種学会への積極的な参加を行 い、それまで有機材料分野ではほとんど無名であっ た「物質・材料研究機構」と「機能モジュール」の 名を、広く国内外に広めてきた。 5.研究の展望 有機物と金属種を精密に複合化することで、興味 深い電気化学的特性が発現することを見いだした。 有機/金属ハイブリッドナノ材料における機能モジ ュールの組み合わせは無限であり、今後、精密複合 化の手法を開発することで有用な機能の発現が期待 される。 6.組織運営上の提言 海外在住の外国人ディレクターを有するユニーク な研究グループとして、組織運営上の提言はしてお かなくてはなるまい。本グループが成功した主な要 因は (1)機知に富んだ優れたディレクターの招聘 (2)旅費や研究費などの経済的サポート がなされていた点にあった。また、本グループは旧 来型の事務処理で対応できないことも多く、合理的 かつ国際的な事務組織への移行と、NIMSの今後の 有機材料研究の目標設定における多少の参考になれ ば幸いである。 超分子グループのあゆみと研究成果 有賀克彦、大森修、中西尚志、道信剛志、宮原雅彦、Jan Labuta 1.超分子グループの発足とその使命 ご存知のように、物質・材料研究機構は、金属材 料技術研究所と無機材質研究所が統合されて2001 年4月に発足しました。この経緯からわかりますよ うに、無機物質と金属物質の研究分野に、特に高い アクティビティーを持つ組織が土台となっておりま す。しかしながら、“物質・材料”と銘打つからに は、幅広い物質を対象とした研究組織に発展する必 要があり、有機・高分子物質の分野の研究要素がか けていると懸念されていました。この分野の研究ア クティビティーの中核をになうものの一つとして、 2004年1月に「超分子グループ」は発足されました。 さて、超分子とは何でしょうか?また、有機・高 分子物質の中で特に超分子を研究ターゲットにする 意義はどこにあるのでしょうか?まず、はじめの質 問に対する答えとしては、「分子と分子が特異的な 相互作用をして会合するもので、個々の構成分子に はない機能を発揮する物が超分子」ということにな ります。とらえどころのない定義ですので、様々な 拡大解釈(?)がなされて様々な機能有機物質の開 発に超分子の概念が用いられているのが現状です。 端的にいうと、分子が集まってできた機能分子・物 質系であるが、ただ漠然と分子集めたものではなく、 ある設計や意図を持って集めたものということにな ります。 有機物質と無機物質の大きな違いは、分子という 単位があるかどうかということになります。有機分 子は、その構造や性質も多彩で、また、その集まり 方によって様々な機能物質・材料が生まれます。で すから、超分子の考え方で、デザインして、意図して、 思い通りに分子を集めて有機物質・材料を作製して いくのは、単なる構造材料から脱却した高機能有機 高分子物質を開発するための真髄となるのです。 また、超分子の概念は、物質・材料研究機構の必 須の研究ターゲットであるナノテクノロジーにも大 きく貢献します。これまで、ナノ構造を作製してい く手段として中心的役割を果たしてきたのは、大き な材料を削って精緻な構造体を作製してゆくという トップダウン型の技術でした。ただし、その手法に は加工精度の制限による限界が危惧されています。 それを、解決するために今注目されているのがボト ムアップによるナノ構造作製・開発です。これは、 小さいところから構造をくみ上げてゆく、つまり、 原子や分子などの単位となるものを思いのままに集 めてナノ構造を作ろうというものなのです。この発 想自体は、超分子のコンセプトにまさしく合致して います。超分子とは、デザインして、意図して、思 い通りに分子を集めて機能構造・物質を作製してい くものだからです。 以上のように、物質・材料研究機構に新たな有 機・高分子分野を創始する目的で発足された超分子 グループは、新時代の機能性有機物質・材料の開発 を進めるとともに、ナノテクノロジーの発展に欠く ことのできない寄与をなすことを使命として持って いるのです。 2.超分子グループの研究活動 上述のように、超分子グループが果たす役割は重 要なものではありますが、その研究活動の開始は必 ずしも容易ではありませんでした。なにしろ、有機 化学とは無縁の研究施設に、機能有機分子の合成開 発に必要なセットアップをしなければならなかった のですから・ ・ ・グループ創設以後数ヶ月は、与え られた小部屋に倉庫からテーブルやいすを持ち込 み、一つのストーブを数人で分かち合うような形で 研究意欲を高め、仮住まいの研究室でもくもくと研 究を始めていました。春に研究スペースと正式なオ フィスが決定し、研究員の献身的な努力により、有 機合成実験に必要な実験台やドラフト、有機化学に 特化した様々な機器・装置をそろえることができ、 夏には新しい環境での本格的な研究活動が始まりま した。幸いなことに、2005年には、有機化学の研究 に必要な大型機器の整備も始まり、研究環境は年々 整いつつあります。 さて、超分子グループは発足間もない小さなグル ープですので、研究を活発に行うためにはいろいろ な方との協調によって研究のスコープを広げていく ことが重要です。当グループでは、いろいろな方と の共同研究を積極的に進めています。共同研究相手 は、機構内外、国内外を問いませんが、物質・材料 研究機構には大変ユニークな研究を行っている方々 が多数おり、共同研究相手に困ることはありません。 特に、我々のグループと同時期に創始された若手国 際研究拠点(ICYS)の研究員と積極的に共同研究し ており、中でも Dr. Ajayan Vinu、Dr. Jonathan P. Hill は当グループの研究員と同じ実験室で研究し、数々 の成果を出しました。また、ナノマテリアル研究所、 エコマテリアル研究所、生体材料研究センター、強 磁場研究センターなどの独自の研究アクティビティ ーを持った方々とも広く共同研究を行っています。 我々は、物質・材料研究機構の中では少数派の異端 ですが、むしろその方がこれまで機構にないタイプ の研究を生み出せるのではないかと思います。海外 との共同研究も行っており、ドイツのマックスプラ ンク研究所への研究員の派遣などを積極的に進めて います。 3.研究成果 グループ発足以来、およそ一年半で得た研究成果 の一部を紹介します。 ユニークな光学的・電気的特性を示すナノカーボ ンの代表例“フラーレン”は、これまで、その溶液 物性が検討されているに過ぎず、材料化への大きな 進展はありません。フラーレンを実際に“使える材 料”にするためには、単量体として扱うのではなく ナノメートルからサブミクロンレベルの集合構造と する必要があります。当グループでは、フラーレン に適当な官能基を導入し、自己集合過程を誘発する ことによって、様々な低次元性のナノ構造体を作製 することに成功しました。図1の球形の集合体、ナ ノアレイ型の集合体の他、ファイバー型、チューブ 型、ディスク型、ホーン型、フラワー型のナノ構造 が自在に作り出せます。これらは、電子的な配線や キャパシタなどナノデバイスの部品としての応用が 期待されています。 図1フラーレンでできた(A)球形のスフィアと(B) ナノアレイ 水面上に展開した単分子膜は、ナノメートルオー ダーの構造精度を持つとともに、自由に圧縮・膨張 することのできるユニークな超分子です。当グルー プでは、ステロイドシクロファンという分子の単分 子膜を圧縮したり膨張したりすることによって、水 中に溶解しているゲスト分子を動的に捕捉できるこ とを見出しました(図2)。この技術は、選択性の 高いセンサーや、極微量有用物質の検知・抽出に応 用できます。 超分子の集合体を無機などの物質に転写してナノ 構造を作製する試みも行っています。たとえば、 ICYSのDr. Vinuとの共同研究として、ナノメート ルサイズで精緻に制御されたケージ型構造を持つカ ーボンナノケージという新物質を開発しました(図 3 )。この物質は、従来のいかなるメソポーラスカ ーボンに比べても(メソ細孔として有効な)比表面 積・孔体積を持っており、リゾチームなどの生体分 子に対する極めて高い吸着容量を示しました。これ は、各種有用物質あるいは環境汚染物質に対する吸 着材としての応用から、環境低負荷型のバイオリア クター、バイオナノデバイスの創成まで広い範囲の 応用が期待できます。 図2分子を捕まえる超分子 図3 カーボンナノケージの作製 上記に示したもの以外にも研究を活発に進め、オ リジナル論文や総説・解説を含め、2004年度に19報、 2005年度に54報(2005年11月9日現在で受理が確定 したもの)を発表するに至りました。 独立研究グループの4年間 赤羽隆史、大吉啓司、関田正實、野崎浩司、三島修、渡辺昭輝、*末次寧(*生体材料研究センターと兼務) 1.はじめに 独立研究グループは、平成14年4月に発足した。 従って、「機構5年のあゆみ」という表題の下ではあ るが、平成14年度からの4年間の活動を振り返って みたい。 独立行政法人化以前の無機材質研究所において は、研究グループ制が採用されてきた。研究グルー プ制とは、一つのテーマ、特に、特定の物質に関す るテーマを中心に、専門の異なる複数の研究者が集 まってグループを結成し、おおむね5年間研究を行 い、目標を達成すると当該グループは解散するとい う制度である。この方式は、専門分野に応じて縦割 り型の組織を構成し、組織に時限を設けないという 従来の国立研究機関のやり方とは、大きく異なるも のであり、それなりの成果をあげてきた。しかしな がら、すべての研究課題について、数人のグループ を形成しなければならないというのでは、課題の選 択に制約を課すことになって好ましくないというこ とで、無機材質研究所の時代に、独立研究という制 度が取り入れられた。これは、有望ではあるがグル ープを結成して取り組むには至っていない課題、外 部資金等との関係で推進する必要はあるが関係者が 少ない課題等、従来のグループ制になじまないもの について、個人の創意と努力に依拠した研究活動を 許容するという制度である。所内における事前評価 を経て、複数の課題が実施されてきた。独立研究グ ループは、平成14年度の組織改正において、これらの 独立研究担当者の一部を、主として事務的な理由で 統合してグループとしたものである。従って、グル ープ結成後も、独立研究という性格は変わっておら ず、以下に述べる研究課題についても、相互に連携し たものではなく、研究期間もそれぞれ異なっている。 2.研究課題 この4年間に進めてきた研究の概要は以下の通り である。 (1)酸素ポンプ用イオン導電性ビスマス複酸化物に 関する研究(担当:渡辺昭輝) 本研究の目的は500~600℃の中温領域で安定に作 動する酸素ポンプへの応用を期待して、新規なイオ ン導電性ビスマス複酸化物を開発することである。 Bi2O3の高温安定相(δ相)は、良好な酸化物イ オン伝導体であるが、安定温度領域が狭い・蒸気圧 が高い・相転移に際して体積変化が無視できない等 の欠点があるために、これまでに希土類酸化物を添 加してδ相を安定化する試みがなされた。その結果、 安定化は成功したように思われたが、得られた相は すべてδ相が急冷凍結された準安定な状態であり、 500~600℃の中温領域で相転移または分解してイオ ン伝導性は失われてしまうことが判明した。この原 因を解明し、この現象を避けるためにBi2O3-Er2O3系 を基本とした三成分系の相平衡を検討したところ、 Bi2O3-Er2O3-MO3 (M=Nb、Mo、W)系の限られた組 成領域で、δ相が安定化され、良好な酸化物イオン 伝導体(輸率>95%)が得られ、実用材料としても 有望でることが明らかになった。 (2)磁気ポーラロンを中心とした希薄磁性半導体中 のスピン物性探索(担当:梅原雅捷) Ⅱ―Ⅳ族、Ⅲ―Ⅴ族化合物半導体の陽イオンの一 部を磁性イオンで置換した希薄磁性半導体は、電荷 とスピンという二つの自由度をもち、物理的に非常 に興味深いだけでなく、二つの自由度を同時に制御 することによって、新しいデバイス材料となること が期待されている。本研究では、これらの希薄磁性 半導体における、電子及び正孔と磁性スピンとの sp-d交換相互作用によって生じる電気的・時期的・ 光学的物性の発現機構の理論的解明と物性探索を、 磁気ポーラロン現象を中心に進めてきた。 その結果、Cd1-xMnxTe等の希薄磁性半導体におい ては、局在した励起子磁気ポーラロンの形成に磁性 イオン濃度の局所的な揺らぎが本質的な役割を果た していること等を明らかにすることができた。 (3)水の液体―液体臨界点仮設の実験的検証に関す る研究(担当:三島修) 水の密度は4℃で最大になる。この水の奇妙な性 質はその単純な分子構造にもかかわらず、現在でも 充分に理解されていない。水の性質を理解するため、 ここ十数年間、理論計算や実験を通じて「水のポリ アモルフィズム」の考え方に基づく研究が進められ てきた。これらの研究の成果は、水が凍らなければ、 水には低温で密度が異なる2つの液体状態とそれら に対応した2つのガラスが存在することを示してい る。そうであれば、水が2つの状態に分かれ始める 臨界点が低温に存在し、その臨界点近傍で生じる揺 らぎの影響が水の特異な性質を引き起こすことにな ると言える。しかし、低温の水は凍りやすく、この ポリアモルフィズムを実験で直接証明することは困 難であった。この5年間、我々は水に対する低温高 圧実験を行ってきた。得られた結果は、間接的では あるが2つの水の不連続な転移が低温にあることを 示唆し、臨界点の存在を支持している。更に、水の ポリアモルフィズムの考え方が水溶液でも使えるこ とを指摘した。液体シリコンなどの物質でも水と同 様のポリアモルフィズムが報告され始め、ポリアモ ルフィズム研究は、液体やガラスの分野における一 つの大きな研究領域になりはじめている。 (4)結晶中の希土類イオンの光物性に関する研究 (担当:関田正實) 本研究では、希土類イオンの純色性に優れた性質 に注目し、省資源に寄与できる高輝度の発光材料や レーザー材料への応用を期待して、希土類イオンの 発光機構の解明や光学物性研究を進めてきた。 希土類酸化物のナノチューブの光物性研究におい ては、酸化イットリウム(Y2O3)にEuを添加すると、 ナノチューブ自体は特別強い発光は示さないもの の、1000℃で焼成するとナノ結晶化して発光強度が 約100倍に達することを見出した。 ネオジムを添加したガーネット(Nd:YAG)は 極めて効率の良いレーザー材料として知られている が、これに匹敵する、或いはそれを上回るレーザー 材料を開発するために、Ndを添加した酸化イット リウムの透明焼結体、Ndを添加したニオブ酸リチ ウム(LiNbO3)結晶等、いくつかの系について光学 的な研究を行い、それぞれの系について、克服すべ き問題点や、レーザー発振特性を明らかにした。 (5)鉄族硫化物のMBE合成(担当:野崎浩司) 超高真空中の清浄な単結晶表面で、金属原子と硫 黄分子を反応させ(MBE法)、遷移金属硫化物の膜 を合成する手法の開発を進めた。この方法は、反応 温度が低いこと、非平衡反応であること、基板表面 の化学結合、格子周期、表面形状を反映した膜を作 製できること等の特徴があり、通常の熱平衡反応で は作製困難な低温安定化合物、新物質、単結晶に近 い配向膜等を合成できるという特徴を有している。 MgO (001)基板を用いてMBE法により銀硫化物 超イオン伝導体、錫硫化物半導体、ニッケル硫化物 のエピタキシー膜を作製し、その結晶構造や膜組織 構造を調べた。これらを通じて、MgO基板を用いた MBE法が、従来の合成法では得られない硫化物に適 した合成方法であることを明らかにした。 (6)陽電子ビームを用いた分析・評価方法の開発 (担当:赤羽隆史) 陽電子は、電子の反粒子であり、固体中の空孔型 欠陥に対して高い親和性を持つこと、表面での仕事 関数が小さいことなどの特異な性質を有しており、 固体や表面に対するプローブとして高い可能性を持 っている。本研究では、磁場誘導型及び静電型のエ ネルギー可変陽電子ビームの生成・制御技術の高度 化を進めるとともに、陽電子ビームを利用した材料 の分析・評価手法の開発を進めた。 同時計数ドップラー幅測定法の確立、化学研磨を併 用することにより、固体内の空孔型欠陥の検出にあた って深さ方向の分解能を向上させる手法の開発等の 成果を得たが、特に、陽電子誘起イオン脱離現象を世 界で初めて観測することに成功した。陽電子は特異な 表面敏感性を有しており、陽電子によってイオン脱離 を引き起こすことができれば、表面吸着現象について の強力なプローブとなることが期待される。脱離イオ ンの観測が可能な静電型陽電子ビームを整備し、金表 面上に吸着したエタンチオール等が陽電子照射によ り脱離することを確認した。電子照射による実験との 比較により、このイオン脱離は陽電子が吸着に関与し ている電子と対消滅することにより引き起こされて いる可能性が高いことを明らかにした。 (7)イオン注入による非平衡な構造の形成と制御に 関する研究(担当:大吉啓司) イオン注入は加速した原子または分子イオンを固 体表層に打ち込む技術であり、固溶限や化学反応に 左右されない非化学平衡的な不純物の添加法であ る。それゆえ、イオン注入により形成された固体表 層の原子構造や化学結合状態は熱平衡状態から外れ ることが常である。本研究ではイオン注入に特有な 非平衡な現象を理解することを目的とした。一例を あげると、シリカガラスに鉄をイオン注入し、高温 で長時間熱処理を行うことで、注入した鉄が熱処理 時間の増加と共にガラスの表面方向に系統的に移動 するという現象を発見し、その挙動を解明した。 (8)放射性核種固定用セラミックスの開発に関する 研究(担当:末次寧) 原子力発電所や核燃料再処理施設で発生する放射 性廃棄物の一つヨウ素129は、半減期が1570万年と 非常に長く、長期安定固定化技術の開発が強く望ま れている。本研究では、物理・化学的に安定で水溶 性がきわめて低いアパタイトをヨウ素固定化に利用 する技術を開発することを目的とした。ヨウ素の担 持剤にはゼオライトを用いることとし、ゼオライト が分解しない低温・高圧条件を用いたアパタイトの 焼結技術の開発を行った。 (9)易焼結性酸化物セラミックス粉末の製造技術開 発(担当:池上隆康) イットリウム酸化物は、耐熱・耐食性の光学材料と して非常に重要である。本研究では、当機構で開発し た低温熟成法を利用して、添加物を用いることなく気 孔を完全に除去して透明性に優れたY2O3焼結体を製 造するための最適条件の探索と透明焼結体の製造技 術の開発を進めた。低温熟成法とは、アンモニア水を 約10℃という低温で硝酸イットリウム水溶液と混合 し水酸化イットリウムの沈殿を生成し、この沈殿に硫 酸アンモニウムを滴下して濾過・洗浄し、約1100℃で 仮焼する易焼結性のY2O3粉末の合成法である。 透明なY2O3焼結体を製造するのに不可欠とされた 硫酸アンモニウムの効果を詳細に調べ、焼結の機構 を解明した。 3.まとめ 独立研究という方式は、研究者個人の創意と努力 に全面的に依拠するという点で、国立研究機関とし ては、従来にない挑戦的な試みであった。独立研究 グループの4年間を含め、無機材質研究所時代から の独立研究を振り返ってみると、各研究担当者がの びのびと研究を進めてきたという実績はあるもの の、一方で、一人で研究を進めることの難しさを認 めざるを得ない。材料科学の急速な進展の中で、研 究者個人の発想を尊重することの重要性は、更に高 まってくると予想されるが、独立研究のような制度 を活かしていくためには、外部の研究者コミュニテ ィーへの積極的な参加や、機構内における有能なア ドバイザーの存在が不可欠であると思われる。 2 ナ ノ マ テ リ ア ル 研 究 所 ナノマテリアル研究所の5年をふりかえって 青野正和(所長)、秋津和美、雨倉宏、有沢俊一、飯島陽子、井口家成、石井明、井上純一(併任)、今中康貴、内橋隆、植村隆 文、宇佐美清章、宇治進也、梅澤直人、梅田直樹、浦山慎也、榎本健悟、海老名保男(併任)、海老原知子、大川祐司、大竹晃 浩、大西桂子、大毛利健治、沖明男、岡崎紀明、小川涼、奥澤恵子、岡田利之、押切光丈、落合哲行、鴻池貴子、小沼幸子、笠 原章(2002.4異動)、加藤誠一、金井俊光(併任)、北澤英明、北原昌代、北村健二(併任)、木村知子、金鮮美、川岸京子 (2001.10異動)、川辺光央、岸本直樹、木戸義勇(併任)、草野修治、久保理、熊倉つや子、倉上和久、栗村直(併任)、黒田圭 司、黒田隆、倉橋光紀、河野健一郎、小口信行、後藤真宏(2002.4異動)、小森和範(2001.10異動)、坂本謙二、鷺坂恵介、佐 久間芳樹、櫻井亮、迫田和彰、佐々本高義(併任)、佐々本洋征、佐竹紀子、佐藤康一、澤田勉(併任)、品川秀行(2005.1異動)、 清水順也、白木一郎、肖占文、徐明祥(2004.3異動)、新ヶ谷義隆、鈴木修、鈴木博之、鈴木正美(2005.2異動)、関口隆史、孫 霞、左右田龍太郎(併任)、高瀬雅美、高野義彦、高増正、高見誠一、武田良彦、竹口雅樹、竹端寛治、立木昌、田中潔(2004.4 異動)、田中雅代、田中美代子、田村拓郎、知京豊裕、陳君、張建武、塚本茂、塚本智子、辻��井直人、鶴岡徹、手島伸子、寺嶋 太一、寺部一弥、上佐正弘(2002.4異動)、徐永源、富本博之、豊玉彰子(併任)、中尾秀信、長尾雅則、長岡克己、長田貴弘、 中島清美、中谷功、中山知信、中山美穂、新倉ちさと、西村光佳、日塔光一、根城均、野田武司、橋岡真義、長谷川明、長谷正 司、長谷川剛、羽多野毅、原眞一、板東義雄(併任)、樋口誠司、広瀬由美、平石敬三、深田直樹、福富勝夫(2001.10異動)、 福本麻紀、藤田大介、古林孝夫、古屋一夫(併任)、堀池靖弘(NIMSフェロー)、真木郁子、町田真一、松重涼子、間野高明、 間宮広明、三木一司、三井圭太、三井正、三石和貴、三留正則(併任)、宮城茂彦、宮本麻矢、宮原美穂(2004.4異動)、室町洋 美、森井奈保子、矢ヶ部太郎、八木修平、八木拓真、柳生進二郎、柳沼晋、山内泰、山内康弘、山際正和、山口尚秀、山下努、 山下理恵、山田和佳子、吉武道子、姚永昭、袁暁利、尹炅成、梁長浩、李西軍、李万燕、劉文友、劉暁燕、若山裕、渡辺厚子、 渡辺みか(併任)、王華兵、Chang Chiahsien、Che Renchao、Dmitri Golberg (併任)、Dmitrity Kukuznyak、Esther Barrena、 Ivan Turkevych、Jong-Su Kim、Hai-Song Wang、 Zhi-Quan Liu、Ngu-Yen Nam、 Wei-Jie Song、 Oleg Plaksin、Rao Jianchu、Saminathapillai Madeswaran、Slavomir Nemsak、 William Nochol、 Yaroslava Lykhach、Zhang Wei 1.ナノマテリアル研究所の発足 ナノマテリアル研究所は、2つの旧国立研究所す なわち無機材質研究所と金属材料技術研究所が平成 13年度に合併し、独立行政法人物質・材料研究機構 National Institute for Materials Science (NIMS) として 再出発した際に設立された。その時NIMSは3つの 主要研究所と幾つかのセンターとして出発したが、 ナノマテリアル研究所は3つの主要研究所の一つと して設立された(他の2つは物質研究所と材料研究 所)。すなわち、ナノマテリアル研究所は、無機材 質研究所と金属材料技術研究所の研究者の中からナ ノテクノロジーやナノサイエンスに関係の深い研究 者を集めて設立されたのである(5年後の今日、ナ ノマテリアル研究所の研究者の半数はその後に新た に採用された人達であるが)。 ナノマテリアル研究所が平成13年すなわち21世紀 の最初の年(2001年)の春に発足したことは、時代 の流れの象徴であった。ナノテクノロジーは、21世 紀のキーテクノロジーであり、それを支える物質・ 材料の研究を強力に推進する中核的な機関が必要と されたのである。世界に眼を向けると、前年の末 (2000年12月)に、米国大統領が「国家ナノテクノ ロジー推進施策」(National Nanotechnology Initiative) を発表し、米国はもとより、その発表に触発された 世界の各国が、ナノテクノロジーの研究開発に国を あげて取り組み始めた。その結果、世界各国に、ナ ノテクノロジーやナノサイエンスに特化した研究機 関が数多く設立された。ナノマテリアル研究所は、 そのような状況の中で発足したのである。 ナノテクノロジーが21世紀のキーテクノロジーで あると言われる理由は、それが情報通信技術、バイ オテクノロジー、エネルギー工学、医療工学などの 実用工学から、物理学、化学、生物学、医学などの 基礎科学にわたる広範な分野に革新をもたらす普遍 的底流としての新技術だからであるが、ナノマテリ アル研究所は、このキーテクノロジーの発展に特色 のある役割を果たしたいと考え、我が国が国是とし ている高度情報化社会の実現を目指し、次世代の情 報通信技術のための新しいナノエレクトロニクスデ バイスに必要な新材料の開発に主眼を置くことにし た。 そして、NIMSの「使われてこそ材料」という理 念のもとに、新物質・新材料のような技術シーズを 実用化に向けて苗木に育て上げる研究が重要である と考えた。そのためには、企業との積極的な共同研 究が不可欠である。しかし、その前に、優れた技術 シーズを生み出すための挑戦的な基礎研究を勇気を もって進めることがナノマテリアル研究所に課せら れた真の使命であると判断した。それゆえ、既存技 術やその派生技術においてベストワンを目指すより は、むしろオンリーワンの新技術の開拓を推奨し、 運営の各場面においてその方向へ誘導する方策をと ることにした。 2.ナノマテリアル研究所の研究組織 ナノマテリアル研究所は吉原一紘所長のもとに出 発し、約1年半後の平成14年8月に所長が青野正和 に交代した。研究体制としては、現在、以下の16の グループが置かれている(【】で示した分野分類 は組織上の正式なものではなく便宜的なもの、() 内はグループの代表者であるディレクターまたはア ソシエートディレクター、各分野および各グループ の英文名については下図を参照): 【ナノ技術応用】分野 ナノデバイスグループ (小口信行) ナノ量子エレクトロニクスグループ (羽多野毅) 原子エレクトロニクスグループ (長谷川剛) ナノシンセシス&エンジニアリンググループ (北村健二(併任)) 【ナノ評価】分野 ナノ電子光学材料グループ (関口隆史) ナノ電気計測グループ (中山知信) ナノシンセシス&アナリシスグループ (Dmitri Golberg (併任)) ナノキャラクタリゼーショングループ (古屋一夫(併任)) 【ナノ加工】分野 ナノファブリケーショングループ (所長併任(青野正和)) ナノファンクショングループ (岸本直樹) ナノアーキテクチャーグループ (三木一司) ナノマテリアル立体配置グループ (知京豊裕) 【ナノ科学】分野 バイオナノマテリアルグループ (荒川秀雄) ナノ量子輸送グループ (宇治進也) 極限場ナノ計測グループ (藤田大介) ナノ物性グループ (木戸義勇(併任)) なお、これらのグループの中で代表者の名前に (併任)と付されているグループでは、構成員の一 部または全員がナノマテリアル研究所以外の研究ユ ニットと併任している。また、これらのグループと は別に、 NIMSフェロー :堀池靖浩 特別主席研究員:中谷功 が独自のグループとして研究を進めている。さらに、 各種の微細加工のための共用施設(NIMS全体に開 かれている)として、 ナノ量子ファウンドリー (代表エンジニア:清水進也) を置いている。 以上がナノマテリアル研究所の組織の骨格である が、グループ横断的な研究プロジェクトとして、 ―「ナノデバイス新材料の開発に関する研究」 ―「量子機能発現に関する研究」 ―「コンビナトリアル材料創製に関する研究」 ―「電子・光極微応答の解明と半導体機能の発現に 関する研究」 のプロジェクトが活発な研究を推進した。 3.ナノマテリアル研究所の運営 平成14年度の後半以降、それまでのグループの数 をほぼ倍増し(それによって現在の16となった)、 それらの代表者(ディレクターまたはアソシエート ディレクター)に若手研究者を登用し、その人達の リーダーシップに期待する組織改変を行った。これ は、研究所の活動を大いに活性化したと思う。ただ し、新体制が落ち着いて本当にその力を発揮するま でには約1年の過渡期が必要であった。 新グループの発足に関しては、バイオナノマテリ アルグループを発足したことを述べておくべきであ ろう。NIMSは歴史的に固いもの(無機物質)の研 究が中心になりがちであるが、バイオナノテクノロ ジーは今世紀の極めて重要な研究分野なので、 NIMSがこの分野においてNIMSの得意分野との融合 によって新展開を図るため、バイオナノマテリアル グループを新設した。 ナノマテリアル研究所は新しく発足した研究所で あるために、研究者相互の意思疎通を活発化して団 結を図る必要があった。そのため、毎月「研究交流 会」を開催し、各グループが持ち回りで研究の現状 を報告し、他のグループから率直な意見を聞く会を 催した。当初は他のグループの研究に意見を述べる ことに躊躇が見られたが、回を重ねるにつれ活発な 議論が起こるようになり、そこから共同研究のきっ かけが幾つか生れた。 ナノマテリアル研究所を外部と密接に協力し合う 研究所とするための一環として、国内、国外の優れ た研究者を積極的に招待してセミナーを開いてもら う“NMLセミナー”(NMLはナノマテリアル研究所の 英語名Nanomaterials Lboratoryの略)をシステムと して運営した。すなわち、申請、審査、採択の手続 きを経れば、専用予算から旅費や謝礼を支出できる システムである。このシステムが発足して以来、計 60回以上のNMLセミナーが開催された。 国際協力を密にする観点から、外国の研究機関と の人材交流、情報交換、共同研究を円滑にするため の覚書(M0U)を積極的に締結した。相手機関は、 スタンフォード大学(線型加速器センター)、ワシ ントン大学(工学部)、バージニア州立大学、ロシ ア物理・電力研究所、ハンヤン大学(量子フォトニ ック科学センター)、韓国基礎科学資源研究所、ケ ンブリッジ大学(ナノサイエンスセンター)、中国 科学院上海応用物理研究所、韓国地球科学鉱物資源 研究所、マックスプランク微細構造物理学研究所、 カレル大学(数学物理学部)、チャルマース大学 (応用物理学科)、テキサス大学(ダラス分校)(順 不同)の計13件である。国別件数は、米国4、韓国 3、英国、ドイツ、ロシア、中国、チェコ、スエー デン各1である。 国際化の一環として、NIMSとケンブリッジ大学 との間で、Nanotechnology Students' Summer Schoolを 開催した。これは、NIMSとケンブリッジ大学のそ れぞれからナノテクノロジー関連の大学院生(ポス ドクではなく大学院生に限る)が約20人ずつ集まり、 各人が自身の研究のプレゼンテーションを行って、 それに対する質疑応答を他の学生や聴衆との間で行 うものである。2004年に第1回目をつくばのNIMS において、2005年に第2回目をケンブリッジ大学に おいて開催した(毎年、つくばとケンブリッジで交 互に開催する予定)。毎回、ベストプレゼンテーシ ョン賞をNIMS側とケンブリッジ大学側からそれぞ れ1件ずつ出している。また、サッカーの試合が恒 例になりつつある。2004年は3対2でケンブリッジ 大学の勝ち、2005年は3対3で引き分けのあとPK 戦でNIMSの勝ちであった。勝利側は“岸カップ” (NIMSの岸理事長が与えるカップ)を獲得するが、 NIMSの大学院生達は、2004にケンブリッジに持ち 帰えられたカップを2005年にみごと奪い返してきた のである。さて、このSummer Schoolが参加した大 学院生に与えた大きい影響について記しておかなけ ればならない。どちら側の学生からも、「言葉では 表わせないほど良い経験になった」、「この経験は将 来に必ず役に立つと思う」、「このような機会を与え てもらったことに心から感謝する」という意味の言 葉を聞いた。少なくとも、日本の大学院生は、国際 性に関して一皮むけたと観察できる。それらの大学 院生はすぐにポスドクになり、すぐに第一線の研究 者になる。ナノマテリアル研究所は発展的に終結す るが、このイベントは困難があっても継続するのが 現所長としての責任と考えている。 ナノマテリアル研究所の5年の短い歴史において 一つの重要なできごとは、2004年の春に並木地区に 床面積13,000平米の新棟が完成し(前々頁の写真を 参照)、ナノ ・生体材料研究棟と命名され、ナノマ テリアル研究所の研究者の多くがそこに集結したこ とである。ただし、ナノマテリアル研究所が使用可 能な面積は諸般の事情で限られたため、実際には研 究者の1/3しかそこに入居できなかった(他の1/3は 千現地区に、残る1/3は桜地区に残った)。これはナ ノマテリアル研究所の研究者の相互協力にとって不 都合であったが、多くの研究者が新棟の瑞々しい雰 囲気の中で研究できたことは大いに幸せであった。 4.ナノマテリアル研究所の研究成果 ナノマテリアル研究所は、この5年間に幸いにし て多くの優れた研究成果を上げることができた。こ れによって、ナノマテリアル研究所が世界的によく 知られる存在となったことは喜ばしい。実際、2002 年頃は内外からの見学者はそれほど多くはなかった が、2006年の今日、特に外国からの見学者が急速に 増えている。 ナノマテリアル研究所の各グループの研究成果に ついては、各グループのディレクターまたはアソシ エートディレクターが個々のグループの成果を本書 の別の部分で述べている。それゆえ、ここではそれ らの簡単な抜粋を記すにとどめる(物質研究所との 併任であるナノシンセシス&アナリシスグループ、 ナノシンセシス&エンジニアリンググループに関し ては、同研究所の記載に譲る)。 ナノデバイスグループは、量子ドットの自己形成 法である液滴エピタキシー法を開発し、その利用展 開を図ってきた。最近、化合物半導体のピラミッド、 リング、2重リングなどの形状の量子ドットの創製 と配列制御に成功し、その応用展開を図りつつあ る。 ナノ量子エレクトロニクスグループは、酸化物高 温超電導体を用いて、その結晶構造に内在したジョ セフソン接合を利用したテラヘルツ帯の電磁波発振 デバイス、単結晶薄膜を用いたテラヘルツ帯の電磁 波検出デバイスを開発してきている。また、ホウ素 を添加したダイアモンドが超伝導体化することを見 出した。 原子エレクトロニクスグループは、原子の移動を 制御する新しいスイッチングデバイス「原子スイッ チ」を開発し、それを用いたキロビット級の不揮発 性ランダムアクセスメモリー、プログラマブル集積 回路用のスイッチング回路の試作に成功した(NEC と共同)。 ナノ電子光学材料グループは、高分解能電子顕微 鏡の開発を基礎にした高分解能カソードルミネッセ ンスの計測により、半導体中の微細構造や欠陥構造、 量子ドット、ナノ粒子などの分析評価に成果をあげ た。 ナノ電子計測グループは、世界で最初に多探針 STMを開発した実績と経験を基礎に、それを用いて ナノ構造の電気伝導の計測を進めてきた。最近、カ ーボンナノチューブの電気伝導が長さの減少ととも に拡散型からバリスティック型へ変ることを見事に 観測した。 ナノキャラクタリゼーショングループは、高分解 能透過型電子顕微鏡を観察だけでなくナノスケール での造形加工に用いる研究を進めてきた。最近、そ の方法によってナノ磁石を構築し、かつその電子線 ホログラフィーによる評価に成功した。 ナノファブリケーショングループは、強磁性体ナ ノ粒子の研究を進め、ナノ粒子における巨視的量子 現象、ナノ粒子の集合体における協同現象やスピン 偏極電子伝導と巨大磁気抵抗効果などを見出した。 ナノファンクショングループは、イオンや原子と 固体との相互作用の基礎および応用の研究を行なっ てきた。誘電体への金属イオン注入による非線形光 学特性材料の創製、準安定励起原子を用いた最表面 のスピン計測や微細加工などがその例である。 ナノアーキテクチャーグループは、新しい情報処 理デバイスの実現を目指して、ナノ構造をアーキテ クチャー化する研究を進めてきた。最近のトピック スとして、シリコン結晶中へのナノ細線の敷設、ポ リマーの光誘起傾斜配向などがある。 ナノマテリアル立体配置グループは、コンビナト リアル法による種々の電子材料の開発、各種の電子 分光法を駆使した絶縁膜/金属の界面の精緻な解析、 有機分子を用いた電子デバイスなどの研究を進めて きた。 バイオナノマテリアルグループは、発足して間も ないが、将来の準備を着実に進めた。生体物質をナ ノマシンとして捉え、その制御技術の開拓を目指し ている。 ナノ量子輸送グループは、有機超伝導体の研究を 進め、超伝導に関する従来の常識とは逆に強磁場中 でのみ超伝導体になる有機物質を発見した。そして その応用展開を図りつつある。 極限場ナノ計測グループは、極低温、強磁場、極 高真空の極限環境場で動作する走査トンネル顕微鏡 を開発するとともに、それを用いて未解決であった Si (001)表面の最安定構造を決定するなど、様々 な興味深い試料の観察評価に応用した。 ナノ物性グループは、広範な研究を展開してきた。 例えば、超伝導体MgB2の世界最大の単結晶の育成 とその利用、化合物半導体に添加したイットリウム の特異な発光、固体を用いた量子計算の可能性を示 す量子ドットに関する研究などを行なった。 5.さいごに NIMSの平成18年度からの再編にともなってナノ マテリアル研究所は発展的に終了するが、その成果 はNIMSの様々な場所で生かされるであろう。 ナノ物性グループの5年 木戸義勇、Ivan Turkevych、Jiri Prchal(現カレル大、2005.9帰国)、Zhanwen Xiao (退職)、Zsolt Szabo、新居周子(退職)、飯島隆 広(現京大、2005退職)、石川克彦(現JR東海、2004.3MC)、泉直宏(現タムロン、2005.3MC)、井上純一(ICYS併任)、今中康貴、 宇治進也(現QT、2002.1異動)、宇田川知生(2004.9DC)、榎本健悟(現QT、2002.1異動)、大井修一(現SCL、2001.4異動)、大 西桂子(現EX、2001.4異動)、岡田利之、奥澤恵子(現EX、異動)、押切光丈、落合哲行、小沼幸子、加藤京子(現筑波大、 2003.3退職)、加藤誠一、金山公子(退職)、北澤英明、北原昌代(現EX、異動)、熊倉つや子(現EX、異動)、倉上和久、黒田圭 司、黒田隆、小山弘(現静大、2005.3退職)、斎藤陽輔(退職)、鷺坂恵介(現ICYS、異動)、迫田和彰、佐藤康一、澤崎意久雄 (2004.6退職)、品川秀行(現TML、2005.1異動)、鈴木修、鈴木正美(現TML、2005.2異動)、清水禎(現TML、2002.4異動)、鈴 木博之(現QT、2002.1異動)、瀬山実穂(2004.3退職)、高木成和(現セイコーエプソン、2003.3MC)、高橋美香(退職、2003.2異 動)、高増正、竹端寛治、竹屋浩幸(現SCL、2001.4異動)、田中潔(現TML、2004.4異動)、塚本智子、辻��井直人、寺井慶和(現 阪大、2003.3退職)、寺倉千恵子(現産総研、2003.3退職)、寺嶋太一(現QT、2002.1異動)、豊島陽子(2003.9退職)、中村いずみ (2004.12退職)、永山和子(2005.10退職)、西村光佳(現QT、2002.1異動)、萩田香織(退職)、橋本すみえ、端健二郎(現TML、 2002.4異動)、長谷正司、平田和人(現SCL、2001.4異動)、平間隆(現東芝ライティング、2004.3MC)、藤田大介(現EX、2001.4 異動)、眞隅泰三(2004.3退職)、三井正、光原美和子(退職)、宮部亮(現古川電工、2003.3MC)、宮本麻矢、森井奈保子、八木 拓真、矢野聡(2003.11退職)、劉兵(退職)、後藤敦(現TML)、茂筑高士(現SCL、2001.4異動)、矢ケ部太郎 (現QT、 2002.1異動) 略号の説明、QTナノマテリアル研究所量子輸送グループ、EX:ナノマテリアル研究所極限場ナノ機能グループ、SCL:超伝導研 究センター、TML :強磁場研究センター、MC :修士課程修了、DC :博士課程修了 1.組織発足の経緯・目的・目指したもの等 旧金材研の機能特性研究部メンバーの全てと金材 研内で微視的な領域の物性研究を行っていたメンバ ーを合わせたかなりの大所帯で、ナノ領域、ナノ構 造および強磁場で誘起される量子現象の解明を目的 に発足しました。発足1年後に現ナノマテリアル研 究所量子輸送現象グループ、同極限場ナノ機能グル ープ、超伝導材料研究センター薄膜・単結晶グルー プが独立し、研究目的は量子計算機の実現に繋がる 量子物性を中心とした研究に目標を集約しました。 更に約1年後強磁場研究センター発足に伴いNMR研 究を行っていたメンバーが強磁場研究センター磁場 科学グループに異動した。ここでは現在ある3つの サブグループ毎の研究について述べます。 2.研究成果 第1サブグループ 当サブグループでは、各種結晶育成法や強磁場物 性計測法を生かして、物質中の微細な構造に基づく 新奇な量子現象を示す物質開発をめざしました。特 に、本期間では、次のテーマを中心に研究を展開し ました。 (1)鋭い発光スペクトルを示す磁性半導体結晶・ ナノ結晶の開発。 (2) NMR量子コンピューターの候補と考えられて いる1/2核スピン系列からなる物質の開発。 (3)強相関電子系物質開発と強磁場電子物性。 (4)希土類ナノコンポジット永久磁石材料開発と 強磁場特性。 2.1金属系高温超伝導体MgB2の単結晶開発 (13年度) 2001年の初頭に秋光らのグループによって発見さ れた新超伝導体MgB2は、超伝導転移温度が金属系 材料の中では高く、結晶構造が単純で、安価な元素 からなるため応用面からも期待を持って受け入ら れ、瞬く間に世界中の研究者を巻き込みました。 我々のグループでは、一早く Mo坩堝を用いた気相 成長法により、世界で初めて最大約0.5x0.5x0.02mm3 のMgB2単結晶育成に成功しました(図1)。電気抵 抗率及び、帯磁率の温度変化測定により、MgB2単 結晶試料の超伝導転移温度Tcを38.5Kと決定しまし た。また、c軸方向に比べてab面内に磁場を印加し た方が、超伝導を壊すのに2.6倍大きな磁場(上部 臨界磁場:Hc2)を必要とすることを明らかにしま した。APLに発表された本論文はその後多くの論文 に引用されることとなり、2005年12月現在で被引用 回数137回以上に達しています。 図1MgB2単結晶SEM写真 2. 2機能性新希土類金属間化合物開発(14年 度) 新規希土類化合物PrInNi4の合成に成功し、その特異 な磁場誘起強磁性転移を利用した低磁場で動作する 磁気冷凍材料を開発しました。また、幾何学的フラ ストレーションに起因した新たな巨大磁気抵抗 (GMR)効果材料として希土類化合物TbPd1-xNixAl 系を開発すると共に、希土類化合物PrPtBiの単結晶 育成に成功し、超音波測定により、低温で示す相転 移が四極子秩序に起因していることを明らかにしま した。 2. 3ナノ磁性体及び量子計算材料開発(13― 16年度) ナノ磁性体の磁気的性質を調べる目的で、Niナノ ワイヤーを多孔質アルミナをテンプレートとして電 気めっき法で作成することに成功しまた。作成され たNiナノワイヤーは、アスペクト比が高く、個々の サイズの非常に揃っています。直径15nmと50nmの Niナノワイヤーの磁化測定を行ったところ、ワイヤ ー方向に磁場を印加した時にのみ両者とも磁化曲線 にヒステリシスが観測されました。さらに抗磁力の 温度変化を測ったところ、直径15nmの場合は、抗 磁力が温度とともに増加するのですが、直径50nm のナノワイヤーの場合は、抗磁力は温度の減少とと もに減少する事が分かりました。 また、多キュビット化が可能な固体NMR量子計算 機の材料探索の一環として、黒リンの核スピン物性 を調査しました。NMR実験で得られた31P核のスピ ン格子緩和時間T1は、室温で数分にも達し、量子計 算に要求されている特性時間としては、十分な長さ であることが判明しました。 図2 多孔質アルミナ中に成長されたNiナノワイヤー (左上)のSEM写真 2 . 4量子スピン系及び強相関電子系材料開発 (15-16 年度) Rb2Cu2Mo3O12が第1近接と第2近接交換相互作用 を持つ1次元スピン系(S=1/2)のモデル物質であ ることを発見しました。帯磁率の温度依存性と磁化 の磁場依存性から、第1近接交換相互作用の値J1 は-138K (強磁性)、第2近接交換相互作用の値J2 は51K (反強磁性)であると評価しました。J2/J1 (=-0.37)の値から、基底状態は非磁性インコメ ンシュレイト状態と予想されます。実際にJ1とJ2の 値よりもずっと小さい2Kの温度まで、磁気相転移 はありません。一方、J1が強磁性である他のモデル 物質では反強磁性秩序が観測されました。従って、 Rb2Cu2Mo3O12は非磁性インコメンシュレイト基底状 態を研究するための最適なモデル物質であると考え られます。 また、いくつかの強相関系Yb化合物の低温にお ける比熱と電気抵抗の温度変化の系統的研究から、 従来のフェルミ液体論の証拠とされてきた経験則で あるKadowaki-Woods則から大きくずれることを見 出した。このずれは、これまで無視されてきたf電 子の縮重度を取り入れた補正項を考慮することで、 図3に示すようにこれまで謎とされてきた問題も一 挙に解決できることを明快に示すことに成功しまし た。 さらに、次世代炭素系新材料であるC60ナノウィ スカー結晶の構造や物性をNMRやX線や精密磁気計 測法によって評価しました。ポリマー化された表面 層と構造の乱れたコア部分の2種類からなるコア・ シェル構造モデルで実験結果を説明できることを示 しました。 図3 重い電子系の電気抵抗のT2係数Aと電子比熱係 数γの間のGrand-Kadowaki-Woods則の発見 2. 5量子スピン系材料開発(平成17年度) 量子スピン磁性体Cu2CdB2O6において、30Tまでの 強磁場磁化測定により2.9Kの温度で1/2磁化プラト ーを観測しました。帯磁率や比熱測定等の結果を総 合すると、図4に示すようにCu2CdB2O6内の2種類 のCuにおいてそれぞれ、非磁性(スピン1重項)状 態と反強磁性秩序状態の大きく異なる状態が共存し ており、磁場に対する応答も大きく異なることがわ かりました。 図4 量子スピン系磁性体Cu2CdB2O6の強磁場中のス ピン状態 また、量子スピン系ハルデン物質PbNi2V2O8にお いて、強磁場印加により非磁性から誘起された反強 磁性秩序を見いだし、マグノンのボース・アインシ ュタイン(BE)凝縮によって説明できることを明 らかにしました。ハルデン系でマグノンのBE凝縮 が見つかったのはこれが初めてです。また、量子多 体的一重項状態(ハルデンギャップ相)から、巨視 的量子凝縮状態(磁場誘起反強磁性相)への転移を 磁場によって制御できることが明らかとなり、量子 効果を利用する次世代技術において重要な知見とな りました。 第2サブグループ 半導体中、特にヘテロ構造界面に生成される低次 元電子系は、不純物散乱の影響を極限まで排除した 理想的な電子系と考えられています。こうした低次 元電子系は、電子間の様々な量子効果によって、低 温、磁場中で多くの興味深い現象を示します。こう した電子系の量子効果についての知見を得るため に、我々は以下の項目について研究を行いました。 1.高易動度GaAs/AlAs中2次元電子系試料および 希土類原子を含む超格子構造試料の作製。2.磁性 不純物、量子ドット構造を含む2次元電子系での電 子相関。3.電子状態の研究のための各種プローブ の開発 1.半導体界面中の電子の量子現象の解明には、高 品質の2次元電子系を有する半導体ヘテロ構造の成 長が必須です。我々は、成長時に液体窒素を用いな い水冷型分子線エピタキシー装置を用いた成長を行 い、高品質、高易動度のGaAs/AlGaAsヘテロ接合中 2次元電子系試料の作製に成功しました。また、半 導体バンド電子と孤立する不純物電子系の相関の研 究を目的として、GaAs/AlAs超格子中に希土類原子 Ybをドープした試料を分子線エピタキシーにより 作製しました。これらの試料における発光特性や輸 送特性を強磁場下で詳細に測定しました。 図4 水冷分子線エピタキシー装置の外観図 純粋な2次元電子系試料においては、量子ホール 効果、分数量子ホール効果に伴う電子相関による発 光エネルギーの変化を系統的研究し、2次元電子系 の電子状態の空間的な広がりにより、電子相関の大 きさが変化することを明らかにしました。 また、希土類原子YbをAlAs/GaAs結晶中に添加し た系では、Yb内核電子からの発光が、母結晶のエ ネルギーギャップによりその効率を飛躍的に変化さ せることを見出しました。超格子試料においては、 バンド内発光、光励起伝導度との同時測定から、バ ンド電子と4f電子との相関やエネルギー緩和機構に 関する情報が得られます。本研究でGaAs/AlAs : Yb 試料において、井戸内のみの励起を行うような励起 波長を用いることにより、永続的な電気伝導を示す ことを発見しました。同時にGaAsバンドギャップ 中からの幅広い発光バンドを発見しました。このバ ンドは磁場印加にともなって磁場の逆数に対して等 間隔の磁気振動を示し、電気伝導度も同期した振動 を示すことから、井戸内に励起された電子―正孔対 がYb不純物トラップにより一旦分離し、実空間間 接発光を行っていることがわかりました。また、こ の現象の解析より、電子の各過程における緩和時間 をみつもることに成功しています。 2.希薄磁性半導体中の2次元電子系においては、 電子スピンのゼーマンエネルギーを磁性不純物の濃 度によって自由に変化させられることが知られてい ます。こうした試料を用いて、ゼーマンエネルギー の異なる電子系における電子相関がスピン状態にも たらす影響をCdMnTe/CdMgTeヘテロ構造において 研究を行った。この結果、特異なスピン励起状態に 関係すると思われる新たな発光現象を見出しまし た。 図5 AlAs:Yb/GaAs超格子試料における磁気発光スペ クトルと同時測定した磁気抵抗振動 2次元電子―局在電子相関の研究では、GaAs/ AlGaAsヘテロ構造に、InAsドットを埋め込んだ系 に対して、2次元電子系の伝導特性に対する量子ド ットの影響を調べました。この系では、試料デバイ ス表面に透明電極を設けることにより、2次元電子 系に対する量子ドットの相対エネルギーを変化さ せ、同時に量子ドットの電荷状態を変化させること が出来ます。強磁場における量子ホール効果状態の ゲート電圧依存性を調べた結果、量子ドット内の電 子数が変化することにより、量子ドットと2次元電 子系の間にスピンフリップ型の散乱が生じている事 を見出しました。この現象は、スピン量子状態の選 択的な操作、ひいては量子計算素子へと繋がる現象 と考えられます。 3.電子状態の量子的効果は、その非局所性に大き な特徴を持ちます。このような特長を詳細に調べる ためには、低温、強磁場下における局所的な物性測 定の手段としての十分高分解能の局所プローブが必 要である。本研究では、この目的のため強磁場、低 温で用いることが可能な走査プロ ーブ顕微鏡の開発 を行いました。図6は、その1例である強磁場用自 己検知型MFMである。また、MFM型の検知におい ては、カンチレバーそのものの持つ磁性が試料の磁 気構造を破壊するため検知感度の向上が妨げられて いたが、新たな方式のスキャンを提案し、これを行 うことにより、強磁場においても十分小さな磁化に 対しても正しい検知が行えることを示した。 また、この走査型プローブ顕微鏡のカンチレバー をケルビン型、STM等に換装することにより、局所 的な容量、電気特性等の計測に用いることが可能と なりました。 第3サブグループ 半導体や誘電体のナノ構造による電子状態と輻射 場の制御、および、それらを利用した新しい量子現 象の開拓を目指して平成14年度に研究を開始した。 まず、フェムト秒レーザーとストリークカメラを利 用した超高速分光装置を立ち上げるとともに、単一 ドット分光のための顕微レーザー分光装置を自作し た。また、フォトニック結晶の解析のためにスーパ ーコンピューター用のソフトウェア開発を行って本 格的な研究の準備を進めました。 平成15年度には自作した顕微分光装置を用いて、 GaAs単一量子ドットの発光の検知が達成できた。 図7は、顕微分光装置と超高速分光装置を組み合わ せて測定した、単一量子ドットの時間分解発光スペ クトルである。励起光強度の増大に伴って量子ドッ ト内に複数の励起子が生成し、固有の緩和過程を通 して光エネルギーを放出する様子を明瞭に捉えるこ とに成功しました。 図7 GaAs単一量子ドットのピコ秒時間分解発光スペ クトル 図6 強磁場用走査型プロ ーブ顕微鏡の構造 図8はフォトニック結晶に固有の発光過程につい て、スーパーコンピューターを用いて行った理論解 析の一例である。屈折率を光の波長程度の周期で変 調したフォトニック結晶中では、光の固有モードの 存在しない周波数領域(フォトニックバンドギャッ プ)が生成する。ギャップ端近くに遷移周波数をも つ原子は電磁場と強く結合して、電子準位に大きな 分裂(真空ラビ分裂)を生じる。赤い矢印で示した ギャップ端が原子の本来の発光周波数に近づくと、 発光スペクトルが分裂する。これはフォトニック結 晶に固有の全く新しい量子電気力学(QED)効果で あり、実験検証が待ち望まれている。 平成15年度には、半導体量子ドットの励起子およ び励起子分子を利用した2量子ビット演算の実現が 科学技術振興事業団のさきがけ研究に採用されまし た。 平成16年度には顕微レーザー分光装置にマイケル ソン干渉計を導入することにより、単一量子ドット の高分解能測定を実現した。分光器を用いた従来の 測定と比べて分解能を2桁向上させることができ、 単一 GaAs量子ドットのデコヒーレンス時間の測定 に成功しました。 図8フォトニック結晶中の2準位原子の発光スペク トル これと平行して、ナノデバイスグループが新たに 開発した半導体2重量子リングの解析を進めた。顕 微レーザー分光装置で測定した2重量子リングの発 光スペクトルに現れた微細構造から電子励起エネル ギーを求めることができた。これを第1原理計算で 求めたエネルギー準位と比較することにより、半導 体2重量子リングの電子構造を解明できました。 また、大阪大学接合科学研究所宮本教授との共同 研究の中から、マイクロ波からテラヘルツ領域に大 きな共振のQ値を有するフォトニック結晶やフォト ニックフラクタルが見つかった。時間領域差分法 (FDTD法)を用いた数値計算を行って、共振モード の固有周波数、Q値、電場分布等を精度よく求める ことができた。さらに、90度光散乱スペクトルを計 算してフォトニックフラクタルの精巧な解析手法に なり得ることを提案し、実験観測と良い一致を見ま した。また、光学単結晶グループが作製したコロイ ド結晶についてコッセル線の理論解析を球面波展開 の方法で行い、実験観測と極めて良い一致を得まし た。 平成17年度には、超高速分光法を用いて量子ドッ トのコヒーレント制御に成功した。励起レーザーパ ルスの強度の増大に伴って発光強度が振動する現象 (励起子ラビ振動)を明瞭に観測できた。このこと は励起子準位を量子ビットとして用いた量子演算の 第一として大きな成果である。また、マイケルソン 干渉計を導入した顕微分光装置を用いて強励起時の 発光スペクトルを観測することにより、量子ドット の励起子分子準位のデコヒーレンス時間の観測にも 成功しました(図9)。 図9 単一光子相関における量子ビート 他方、テラヘルツ領域のフォトニック結晶の実験 解析を目的として、低温成長GaAs薄膜による光伝 導アンテナを用いたテラヘルツ時間領域分光計を自 作して、動作確認を行いました。これを用いて大阪 大学接合科学研究所で作製したフォトニック結晶の 特性評価を行い、共振器モードを見出しました。ま た、グリーン関数法を用いて非線形フォトニック結 晶による第2高調波発生を詳細に理論解析し、これ まで知られていなかった新しいタイプの位相整合条 件を見出しました。この位相整合条件の下では光の 低群速度効果が自動的に発現するので、比較的単純 な構造で大きな変換効率が期待できる。早急な実験 検証が望ましいと考えられます。 これらの研究に加えて、現在、超伝導マグネット による強磁場下での顕微レーザー分光装置を開発中 です。半導体ナノ構造の分光研究に適用することに より、各種の新しい量子効果の発見が期待できま す。 サブグループ間 この他、特定のサブグループに属さずに行われた 研究にDNAの磁場配向と配向技術を応用した 「DNA分子鎖の新しい配向法と機能化膜」の研究が あります。即ち、DNA自体の磁気異方性は数%と決 して大きくありませんが、DNA繊維が集まると磁場 に対して反応する様になります。本研究では水溶液 から水分が蒸発する過程に10Tに至る強磁場を加え ましたが、殆ど完全と言って良いほど完全に配向し たDNA膜を10Tの磁場中で作ることに成功しまし た。DNA配硬膜の利用では、「DNAとDNA結合体の 結合様式を光学的決定」があげられます。これは世 界に先駆けて提案、実証したことです。 図10 DNA膜のX線強度の角度依存性 3.成果の公表 研究成果につきましては誌上および口頭の論文発 表および著作に加えまして特許出願の形で行いまし た。一部は新聞でも大きく報道されました。本グル ープが中心となって行った量子機能発現に関する研 究は今後益々その重要性が高まると考えられます。 ナノファンクショングループの活動と成果 岸本直樹、雨倉宏、梅田直樹、大久保成彰(現原研機構、2004.2退職)、巨新(現南京大、2004.3退職)、倉橋光紀、河野健一郎、 鞏金竜(現上海応物研、2005.3退職)、須賀建夫(現キャノン(株)、2003.1退職)、鈴木拓、孫霞、武田良彦、張建武、札本安識 (2005.10退職)、O.A.Plaksin、山内泰、呂静(2005.12退職)、Haisong Wang 1.ナノファンクショングループの発足と経緯 ナノファンクショングループは、ナノ物質材料と 相互作用する場を極限化し、物質材料と場の量子的 相互作用を計測評価するとともに、ナノスケール構 造に起因する材料機能の発現を行うことを目的とし た研究グループです。 当グループは、物質材料と相互作用する「場」を極 限化し、物質材料と場の相互作用を、ナノスケール で、その場計測評価することにより、量子的相互作 用の基礎的機構を明らかにするとともに、その相互 作用を利用してナノ構造を創製し、ナノスケール独 特の新しい材料機能、すなわち、「ナノファンクショ ン」の発現を目指してきました。極限的な場として、 イオン、フォトン、中性原子等、及び極高真空場を用 い、新機能としては、ナノ粒子によるフォトニクス、 スピントロニクス、ナノコーティング、ナノ輸送現 象、ナノ メカトロニクス等を対象としました。 以上のコンセプトの下、当グループは2002年に主 に当時のナノファブリケーション研究グループから 分離し、発足しました。当初、4つのサブグループ (SG)により構成されていましたが、後に極高真空 場、ナノコーティング、ナノメカトロニクスなどを カバーする2つのSGはそれぞれ微小造形グループ、 ナノ立体配置グループの発足とともに当グループを 離れました。本文では中性原子ビームSG(第1SG) と重イオンビームSG (第2SG)の4年間の成果に ついて記述します。 2.ナノファンクショングループの活動経緯 当グループは、中性原子ビームと重イオンビーム による物質の励起制御や配置制御の技術を駆使し て、ナノファンクションの発現を目指した先進的な 材料の創製、計測の分野を開拓して来ました。 中性原子ビーム、特に低速・準安定原子ビームは、 表面敏感性が原理的に優れていると同時に、スピン制 御性を兼ね備え、ナノ表面計測・制御に高いポテンシ ャルを持っています。しかし、準安定原子線を生成す ることは困難であり、STMに匹敵するレベルの高い 表面敏感性が、逆に極めて高度な清浄を要求するた め、いまだに国内外で技術的蓄積のあるグループでし か取り組まれていません。スピン偏極に至っては、世 界で5指に満たないグループが携わっているだけで、 発展途上にあります。当グループは、独自の技術開発 を重ねつつ、ナノファンクション発現に向け、電子分 光以外の脱離分光や散乱分光、露光源へ独創的な展開 を図り、数々の成果を挙げました。 重イオンビームに関しては、大電流負イオン照射、 負イオンダイナミックミキシング、イオンビームと レーザーの複合照射、並びにイオン照射下のその場 光学計測等、国内外でも極めて独自性の高い照射技 術を確立・応用して、主に透明材料中のナノ粒子の創 製制御やナノ機能発現に数々の成果を挙げました。 3.成果 1)第1SG 機能素子の細密化、高速化は、ナノファンクショ ン発現の大きなテーマですが、情報の担体を従来の 電荷のみに頼るのには限界があり、スピンで情報を 伝達することが提唱されています。また、ナノファ ンクション素子の大量生産に適したリソグラフィー 技術については、従来の紫外光、X線や電子線が抱え る回折限界や透過性、後方散乱等の原理的限界のブ レークスルーも求められています。これらの課題に 対し、当グループでは、準安定原子線を開発・適用 しました。具体的には、He (23S)の電子スピンを偏極 させることによって、最表面の電子スピンを計測し、 表面磁性や誘起スピンの振る舞いを明らかにするこ と、また、準安定原子によって極薄レジスト膜を露 光しパターン転写を行う技術開発やその素過程であ る最表面の脱離現象の解明を通じて、ナノファンク ションの可能性を追求しました。以下、さまざまな 成果の中から4つのトピックについて述べます。 ナノ構造がスピン偏極に及ぼす影響を検討するた めに顕微観察の必要性が増しています。当グループ では6極磁子を用いて低速He*原子線を集束すると 同時にスピン偏極する技術やスピン反転器の開発を 行いました。その結果、図1―1に示すように、磁 性体最表面の磁区を反映したものと思われる、スピ ン偏極2次元走査像を撮ることができました。顕微 観察の基本機能を達成していて、視野内で厚みや被 覆率を傾斜させた薄膜や吸着系の精密なスピン偏極 分光へ応用することができます。今後、投射型拡大 系との組み合わせによって高分解能顕微観察が可能 です。 最表面電子のスピン偏極は薄膜成長や表面での化 図1―1MgO(100)劈開面に蒸着した鉄薄膜の磁化 していない表面のスピン偏極走査像(a)、と2次電子 像(b)。画素数64×64、画素寸法17×20 mm 学反応や吸着・脱離に係わる重要な意味を持ってい ます。当グループでは電子スピンを偏極させたHe* を用いて脱離現象が表面電子のスピン偏極に依存す ることを初めて明らかにしました。 He*の照射による脱離は、当グループが発見して 以来知られるようになった現象です。さらに電子ス ピンと脱離の関係を明らかにしました。図1―2 (a)はスピン偏極He*を試料表面に照射した際に試 料から放出される正イオンの飛行時間分布を示した ものです。試料は磁化したNa/Fe積層基板の上にOH 基を吸着させたものです。観測されている信号は He*照射によりOHが分解し、その結果脱離したH+で す。H+の脱離収率がHe*のスピンの向きによって異 なっています。脱離メカニズムを図1―2 (b)に 示します。表面にHe*を照射するとOHから電子が引 き抜かれ、表面は励起状態となりますが、寿命があ ります。励起状態の寿命は、電子空孔が同じスピン の電子(主にNa電子)によって埋められるまでの 時間です。この表面のNa電子の数はスピンにより 異なるため、励起状態の寿命はスピンに依存します。 この寿命の長い(短い)方が、脱離収率が大きく (小さく)なります。我々の発見は、脱離のような 物体表面で起こる化学反応とスピン偏極との関係を 直接的に初めて示したものです。 僅��かですが、He*が表面で脱励起せずに準安定状 態のまま散乱されることが知られています。脱励起 によって放出される電子強度にスピン差があるのと 同様に、この散乱He*原子の強度にもスピンによる 差を生じる可能性があります。つまり、脱励起確率 が高ければ生き残り確率が小さくなり、またその逆 の関係も成り立つことでスピン差が生ずるはずです が、脱励起確率が大きく異なっても、生き残り確率 に大きく影響しない報告もありました。また、反強 磁性体であるNiOの表面で散乱された無偏極He*原 子の回折強度の解析に生き残り確率のスピン依存性 が仮定された例はありましたが、 確かなデータが求 められていました。当グループは、この生き残り確 率のスピン依存性の直接観測に成功しました。図 図1―2 スピン偏極準安定ヘリウム原子線によって 脱離した水素イオンの飛行時間分布(a)と脱離メカニ ズム(b) 図1―3垂直磁化鉄薄膜の水蒸気露出量に対する(a) 散乱He*強度(上段)、(b)散乱強度のスピン非対称率 (下段) 1―3 (b)に示すとおり、散乱He*ピークの強度と スピン非対称率は、水蒸気への露出量に応じて大き く変化します。生き残り確率の増加は、鉄清浄表面 のFermi準位直上に位置する密度の大きな表面状態 が、水分子の吸着によって完全になくなるとともに 共鳴イオン化を抑えて生き残り確率が高くなったも のと考えられます。このことから、低露出量の段階 では、He*の共鳴イオン化確率のスピン依存性が主 にHe*の散乱非対称率に反映されると考えられます。 一方、水の曝露量が大きくなると、もう一つの脱励 起過程であるAuger脱励起が競合するようになり、 非対称率が水吸着面で負となると考えられます。 図1― 4 ドデカンチオールSAMレジストに原子線露 光を施した後、エッチングでパターンを現像したマイ カ上の金薄膜(20nm厚)のAFM像(a)とマスクに用 いたTEMグリッド(2000 mesh/inch)のSEM像 準安定原子線による自己組織化単分子膜(SAM) の露光によるパターン転写を実証しました。マイカ 上の金を蒸着してドデカンチオール2mMエタノ ー ル溶液に1昼夜浸漬し、基板表面にSAMを作成しま した。これに準安定He原子線を照射したのちアルカ リ溶液でエッチング処理することにより図1―4 (a)に示すような明瞭なグリッドパターンを得まし た。準安定原子線が照射されたホール部分が暗くな っており、照射部がエッチングされています。イオ ン脱離研究の成果をあわせると、パターン転写のメ カニズムは、SAM分子の先端のHまたはCH3が放出 され欠陥ができ、次いで、大気中の酸素あるいは水 によって欠陥部が部分酸化されて疎水性が失われ、 この領域の金薄膜が選択的にエッチングされたもの と考えられます。 2)第 2SG 第2SGは、重イオン領域で未踏の、エネルギー 数MeV ・ mA級の極限的な「イオン場」、及びレーザ による高密度「フォトン場」との複合化を達成して おり、その場計測系を整備しています。この極限 性・非平衡性を極めた場(極限粒子場)は、物質 流/光量子による複合効果等、物質工学の新しい道 具として期待されます。ビーム固体相互作用、及び 非平衡相の変遷過程等を、構造解析、高速時間分解 光学計測、磁気特性計測あるいは非線形光学の計測 等を行うことにより、非平衡過程の基礎的解明を行 い、それらを利用した金属ナノ粒子形成等のナノ構 造作製技術の開発、及び量子サイズ効果等極微構造 に起因する新機能、すなわちナノファンクションの 発現を目指しています。 具体的な成果として、絶縁体材料に対して表面帯 電を避けて精密に原子導入を行う、負イオン技術を 開発しナノ粒子形成制御に適用しました。多種にわ たる金属負イオン(Cu、Ag、Au、Er、W、Ta、Ni、 V、Fe、C、Si)のビームを発生させ、さまざまな無 機絶縁体材料(非晶質SiO2、結晶SiO2、MgAlスピネ ル、LiNbO3、SrTiO3、 TiO2、 ZnO、Si3N4、 Al2O3)に おいて、金属ナノ粒子の自発的形成に成功しました。 また、高分子ポリマーのポリカーボネート(PC)、 ポリスチレン(PS)、高密度ポリエチレン(HDPE) 基板に対しても負イオンビーム適用し、PC基板が 比較的高い耐照射性を有することを見出し、負イオ ン注入法によるAg、Cuナノ粒子の自発的形成にも 成功しました。 金属ナノ粒子分散材料は、表面プラズモン共鳴に より特徴的な光学特性、光学非線形性を示すことか ら光学材料としての応用が期待されきる材料です。 特に非線形応答は半導体材料を凌ぐピコ秒レベルで 動作するため、超高速の光スイッチング材料として の研究を進めました。金属ナノ粒子材料の光学特性 を支配する表面プラズモン共鳴は、ナノ粒子並びに 母相である絶縁体の誘電率に依存します。一方、イ オン注入法においては、非平衡に原子導入を行うた め金属元素種並びに基板種の選択の自由度が高いた 図2 ―1 各種誘電体中のCuナノ粒子材料の光吸収ス ペクトル 図2 ― 2 石英ガラス中の各種金属ナノ粒子材料の光 吸収スペクトル め、任意の材料選択による光学設計が可能となりま す。屈折率の異なる各種絶縁体基板中に作製したCu ナノ粒子材料の光吸収スペクトルを図2 ―1に示し ます。基板の屈折率が高くなるにつれて表面プラズ モン共鳴ピークは低フォトンエネルギー側へシフト し、光学設計が可能であることを示しました。また、 石英ガラス中に貴金属及び高融点金属ナノ粒子を形 成し、それぞれのナノ粒子を反映した表面プラズモ ン共鳴を示し(図2 ― 2)、共鳴エネルギーの制御を 実証しました。この成果は、本イオン注入法による ナノ粒子作製の非線形光学材料もしくはフォトニッ ク材料応用への優位性を示すものです。作製したこ れらナノ粒子分散材料に対して、フェムト秒レーザ ーによる非線形光学特性の評価を行い、超高速・非 線形光学応答の確認、エレクトロンーフォノン間の エネルギー遷移過程の評価、非線形光学特性に対す る基板材料種による影響等を明らかにしました。さ らに材料応用として光スイッチング素子化構造の検 討に関しては、光双安定性、非線形グレーティング、 導波路構造等の提案、動作実証等を行っています。 これまでに、空間制御性に優れたイオンビーム技 術において、2次元分布した金属ナノ粒子の自己形 成に成功していますが、さらなるナノ粒子形成制御 を目的として、高エネルギーイオンビームとパルス レーザーによるフォトン照射を同時に重畳するイオ ン・レーザー複合照射技術を、独自の技術として確 立しました。イオン照射下の過渡的電子状態にレー ザー照射によるフォトン吸収を付加し、電子励起を 独立に付与することで原子移動効果が増強され、低 濃度領域でのナノ結晶成長が促進されることを示し ました。イオン単独照射(無析出)、イオン・フォ トン順次照射(粒径2 ― 4 nm)に比べ、粒子径の 成長・増大(5―25nm)を確認しています(図 図2 ― 3 石英ガラス中のCu析出効果:(左)イオン 単独照射、(中)イオン・レーザー順次照射、(右)イ オン・レーザー同時照射 2―3)。さらに同時照射効果は、単独照射では生 じない表面の原子脱離効果、バルクの欠陥アニール 効果もしくは石英ガラス基板表面の形態変化に強く 影響することが認められ、同時照射による電子励起 が促進する動的な原子変位効果によるものです。さ らに低エネルギーイオンビームへの適用、レーザー 波長、エネルギー、パルス数依存性等の検討も行い、 ナノ粒子形成制御にも成功しています。 一方、イオン注入法によるナノ粒子形成技術の更 なる制御性の向上を達成するために、その物理的な 素過程に関する検討を多角的に進めました。特に重 要な役割を果たしたのがイオン照射下におけるその 場分光技術です。ナノファンクションGの発足以前 から我々は低エネルギーイオン照射誘起による発光 その場分光を波長走査型の分光器を用いて行ってい ましたが、それを発展させ多波長同時測定系を導入 し、イオン照射下での発光及び光吸収分光を、MeV 及びkeVイオンそれぞれに対して実施しました。ま たパルスイオン照射と組み合わせた時間分解測定も 成功しました。 特に注目すべき結果は、貴金属ナノ粒子に特徴的 な表面プラズモン共鳴(SPR)吸収と、媒質中に分 散された孤立貴金属イオンの発光をイオン注入下で 連続的にその場測定した例です。60keVのCuイオン をシリカにイオン注入した場合(図2 ―4)、孤立 Cuイオンからの発光強度は最初照射量とともに増加 しますが、0.5×1016ions/cm2程度で減少に転じ、 1.5×1016ions/cm2では照射量に依らない一定の値に 到達します。一方、貴金属ナノ粒子に特徴的なSPR 吸収は1.5×1016ions/cm2までは出現せず、それ以上 ではほぼ照射量に比例して増加します。発光強度は 媒質中に孤立Cuイオンとして存在するものの濃度、 SPR吸収は金属ナノ粒子の量と見なせますが、これ らの挙動はまさに核生成過程を捉えたものです。非 固溶性媒質に原子が強制導入されると最初は孤立原 子として存在し、導入量とともに孤立原子濃度は増 加します。しかしナノ粒子形成が始まると孤立原子 濃度は急激に下がり、その後は原子導入量が増えて も一定の値を示します。ナノ粒子量に比例するSPR 吸収に潜伏期間がある事実も以上から説明できま す。さらに図2―4の単純な核形成過程以上の結果 も含んでいます:孤立原子の平衡濃度が照射線量率 に依存し、大きな注入速度では高い平衡濃度が得ら れました。これらの結果から金属ナノ粒子形成過程 図2 ― 4 60keV Cuイオン照射したSiO2中のCu孤立原 子からの発光(2.25eV)の照射線量依存性。図中の数 字はμ A/cm2単位の照射線量率 に関する重要な知見が得られました。 また負イオン注入にナノ粒子の光学以外の特性発 現の可能性を探求するために、シリカ中への磁性イ オンであるNiのナノ粒子の形成を行い、その磁気的 性質を検討しました。低温及び室温での磁化ループ、 無磁場・磁場冷却での磁化の温度変化から、形成さ れたNiナノ粒子が超常磁性状態にあることを明かに しました。また光磁気Kerr効果によるCurie点近傍で の挙動からナノ粒子が有限個の原子からなることに 起因する特異な挙動が観測されました。 Niナノ粒子を酸素雰囲気中で熱処理したところ、 NiOの酸化物ナノ粒子が形成されることを偶然的に 発見しました。さらに本手法を応用するとCuOや ZnOなどの酸化物ナノ粒子が比較的容易に形成でき ることを示しました。ZnOナノ粒子は光学応用上重 要な材料であり現在精力的に研究を展開中です。ま た本手法を高度化し、低酸素分圧下でCuOナノ粒子 を還元し、Cu2Oナノ粒子を形成することにも成功し ました。 研究以外では、日本MRSの「イオンビーム革新材 料」セッションを2002年に発足させ、以後毎年、開 催のために貢献しております。 4.まとめと展望 第1SGは、準安定原子線の内部エネルギー及び 電子スピンを利用して、上記トピック以外にも有機 分子吸着面や垂直磁化超薄膜をはじめ各種吸着磁性 表面を系統的に調べてスピン素子に影響する諸因子 を検証し、脱離分光や散乱分光も行うことにより、 磁化した表面での電子遷移を伴う現象がスピンの影 響を受けることを突き止めました。また、原子線リ ソグラフィの原理的実証を完了しました。 今後、走査法だけでなく投射法も取り入れ、また スピン偏極He原子線に放出電子顕微鏡を組み合わせ て高空間分解能化を進めます。この他、磁場重畳下 での最表面スピン測定やスピン偏極イオン散乱分光 法さらに光放出等の新たな展開を目指します。また、 SAM等をレジストとした原子線露光リソグラフィ技 術の開発を進めます。 第2SGは、高エネルギーの正・負イオンを用い たイオン注入法、薄膜生成を組合わせた負イオンダ イナミックミキシング法、さらにはレーザーとイオ ンの複合照射技術等により、さまざまな無機及び有 機透明材料中に多様な金属や酸化物のナノ粒子を形 成・制御し、線形・非線形光学特性、磁性・光磁気 特性など多様な特性を評価し、次世代光情報通信用 の光スイッチング材料などへの有効性を確認しまし た。またその場発光・吸収分光法を用いてナノ粒子 の形成機構を明らかにするとともに、レーザー複合 照射によるナノ粒子析出の空間制御にも成功しまし た。今後更なるナノ粒子技術が期待されます。 その他にも多くの研究成果がありますが、両SG の成果は162編の論文発表、204件の国際会議発表、 169件の国内発表として公表されています。 ナノ電気計測グループの活動をふりかえって 中山知信、内橋隆、久保理、新ヶ谷義隆、肖占文、塚本茂、富本博之、中谷真人、長岡克己、長尾忠昭、樋口誠司、町田真一、 柳沼晋、李万燕、渡辺厚子(以上、2005.12現在の在籍者)、大川祐司、桜井亮、田村拓郎、長谷川剛(以上、現原子エレクトロ ニクスグループ、2003.1異動) 1.ナノ電気計測グループの沿革 当グループは、平成14年8月、ナノマテリアル研 究所内に発足しました。発足にあたり、独立行政法 人理化学研究所・表面界面工学研究室[青野正和主 任研究員(現ナノマテリアル研究所所長)]のメン バー(中山、長谷川、桜井、大川、新ヶ谷、久保) がグループの母体となりました。研究の目的は、 “ナノテクノロジーの発展に必要不可欠な「個々の ナノ構造特性を直接計測する新しいツールと手法」 の開発と、その応用計測によるナノ構造の特異な物 性と機能の抽出”でした。約3ヶ月をかけて、多く の設備を理化学研究所から物質・材料研究機構へと 移設し、新しいグループとしての研究活動を開始し ました。 平成15年1月には、新しい機能素子である「原子 スイッチ」に関する研究をさらに発展させるべく、 当グループから原子エレクトロニクスグループが発 足し、原子スイッチに関連する研究は原子エレクト ロニクスグループに移行しました。ナノ電気計測グ ループは、走査型マルチプローブ顕微鏡(*)をは じめとする走査型プロ ーブ顕微鏡関連技術の開発と それを用いた低次元ナノ構造やナノ材料の研究を、 引き続き推進することとなりました。この時期、材 料研究所から原子細線アレーの電気伝導特性を研究 していた内橋研究員を、カリフォルニア大学バーク レイ校からは極低温超高真空走査トンネル顕微鏡の 開発を行っていた長岡研究員を新メンバーとして迎 えました。なお、研究設備等は主として千現地区に 設置していましたが、平成16年2月に並木地区ナ ノ ・生体材料研究棟が竣工し、同年5月には、同棟 へ全ての研究設備と居室を移転しました。 ナノ ・生体材料研究棟への移転を機に、研究対象 とする物質・材料をエレクトロニクス関連材料のみ ならずバイオマテリアルまで拡大しました。平成16 年9月には、低次元ナノ構造におけるプラズモニク ス(電荷のダイナミクス)を研究していた東北大学 金属材料研究所の長尾助教授を第2サブグループリ ーダーとして迎えました。この時点から、走査型プ ローブ顕微鏡関連技術を中心とした第1サブグルー プ(サブグループリーダー:中山が兼務)と表面プ ラズモニクスの基礎ならびに応用研究を中心とする 第2サブグループ(サブグループリーダー:長尾) からなる体制に移行しました。第2サブグループで は、溶液中での高感度生体分子検出など、低次元表 面(例えば金属微粒子や金属ナノワイヤー表面)の 増強効果利用に関する研究を推進することとしまし た。 現在我々は、第1サブグループと第2サブグルー プの融合的な研究推進を通じて、エレクトロニクス 材料からバイオマテリアルに至る広汎な物質・材料 に対応する次世代ナノ計測技術の実現と新規ナノ構 造・ナノ物性の創出を目指しています。 なお、当グループは2004年4月より、筑波大学大 学院数理物質科学研究科物質・材料工学専攻のナノ 電気計測研究室として、学生の教育・指導も行って います。 (*)走査型マルチプローブ顕微鏡は、理化学研究 所・表面界面工学研究室において、青野・中山が平 成8年に開発を開始し、平成10年には世界に先駆け て第1号機を完成させました[OYO BUTSURI 67, 1361(1998)]。 2.研究活動の経緯 研究の基盤技術について 当グループの研究活動の原点と特徴は、個々のナ ノ構造特性を直接計測する新しいツール、走査型マ ルチプローブ顕微鏡にあります。図1は、我々が開 発した走査型マルチプロ ーブ顕微鏡の第1号機で す。走査型マルチプローブ顕微鏡は、一般的な走査 プロ ーブ顕微鏡のプロ ーブと同等の性能を発揮する プローブを複数備え、それらのプローブの独立駆動 と、1/100nm精度でのプローブ位置制御を両立して います。これらによって、計測したいナノ構造の観 察のみならず、狙ったナノ構造に対して必要な数の プローブを接触あるいは近接させて、その物性や機 能の直接計測が可能になりました。2本のプローブ を用いてナノ構造の電気抵抗を計測する場合は、 「ナノテスター」とも呼ばれています。 図1 超高真空走査型マルチプローブ顕微鏡 走査型マルチプローブ顕微鏡を用いて、シリコン 表面上に自己組織的に成長したErSi2ナノワイヤーの 電気抵抗を直接計測した例を図2に示します。幅3 ナノメートル、高さ1ナノメートル(長さは数百~ 1マイクロメートル程度)という微細なErSi2ナノワ イヤーについて「電気抵抗の長さ依存計測」を実現 したことで、この装置の性能と可能性を確認しまし た。従来不可能であった計測が可能になることから、 国内外の複数の有力グループが同様の装置開発に取 り組んでいますが、現在のところ図1に示した装置 を凌駕する性能は報告されていません。我々は、走 査型マルチプローブ顕微鏡が、その価値は認識され ながらも、利用しづらく利用範囲が限定される計測 ツールとなることを危惧しました。そこで、装置の 汎用化と高度化を進めながら、その応用計測例を示 していくことにしました。 図2 走査型マルチプローブ顕微鏡を用いたErSi2ナノ ワイヤー電気抵抗の長さ依存計測。異なる断面積を持 つErSi2ナノワイヤーから得られた結果を示す 基盤技術の汎用性拡張に向けたナノマテリアル研究 既に我々は、AFMとして動作する走査型マルチプ ロ ーブ顕微鏡を30K程度の低温環境に対応させてい ますが、さらに溶液中や極低温などの環境に対応す る装置を構築しています。極低温下でのマルチプロ ーブ計測では、空間的にもエネルギー的にも精密な 物性計測が可能なので、予備実験として極低温走査 トンネル顕微鏡によるナノ構造電子状態計測も行っ ています。プローブとプローブとの最近接距離を狭 めることは重要です。我々は極微細プローブ開発に 着手し、エピタキシャル成長技術を応用してナノ構 造に接触を繰り返しても特性に変化が無く安定な極 微細ナノプローブを開発しました。 図3 電子線重合C60薄膜の電気特性計測。4本のプロ ーブを一つのドメイン内に設置することによって、重 合薄膜の金属的特性が明らかとなった 特徴のあるナノ材料の計測例として、電子線や光 によって重合させたフラーレンC60ナノフィルムの 電気抵抗計測を行いました。この計測は東京工業大 学・尾上順助教授と共同で進め、電子線重合C60薄 膜に関する研究成果(図3)には、多くの問い合せ がありました。カーボンナノチューブの長さ依存電 気抵抗計測にも着手しました。この計測では、科学 技術振興機構の国際共同研究事業ICORPを通じた英 国ケンブリッジ大学との緊密な協力関係が大いに役 立ちました。 また、独自のナノ構造作成技術の開発も並行して 進めました。走査型マルチプローブ顕微鏡では、ナ ノコンタクトをナノ構造に対して一時的に形成しま すが、将来のナノデバイスではナノスケールの電極 を目的のナノ構造に恒久的に接続する必要がありま す。ナノコンタクトの物性制御は、今後のナノエレ クトロニクスの鍵を握るとも考えられる重要な課題 です。そこで、超高真空環境下でのナノ電極形成技 術開発に取り組んでいます(図4)。Si (111)4x1- In表面上には、一次元電気伝導性を示すIn原子列 (Inナノワイヤー)が整列していますが、このIn原 子列上にAg薄膜電極を低温形成すると、Ag電極表 面にも一次元構造が現れることが分かりました(図 5 )。これは、金属電極と原子ワイヤーとのナノコ ンタクトを精密に理解し制御する上で重要な手がか りを与えるものと期待しています。 図4 ErSi2ナノワイヤーへの微細電極接続例 電極間 隔は約300ナノ メートルである 図5 Si (111)4x1-In表面上に低温成長させたAg電極 表面のストライプ構造 計測対象となるナノ構造の作製技術に関連して、 C60分子間の化学結合を、走査トンネル顕微鏡のプ ローブ直下のナノスケール領域で自在に生成解消で きることを見出しました(図6)。この技術が、新 しい分子デバイスにも応用できることを試作レベル で確認しています。ところで、ナノ計測やナノ構造 形成技術の研究では、理論的な考察が非常に大きな 役割を果たします。当グループでは、理論計算を専 門とする特別研究員を採用し、実験研究者と理論研 究者が机を並べることで、実験と理論との連携を “物理的”に強くする工夫をしています。我々のC60 関連研究でも、実験家と理論家の緊密な連携が、実 に効果的に働きました。 提供することが最終目的であり、現在も、ソフトウ ェアと制御機能の高度化を中心に日夜開発を推進し ています。なお、実際の開発作業では、実機の駆動 が必要不可欠であり、そのために大気中走査型マル チプローブ顕微鏡(図8)による実際のナノ計測も 並行して行っています。 図6 C60分子間化学結合の形成と消去。分子間結合が 形成されると暗いコントラストで観察される。一旦形 成された分子間結合も自在に解消できる 走査型マルチプローブ計測の高度化に向けた走査型 マルチプローブ統合制御装置の開発 既に触れたように、走査型マルチプローブ顕微鏡 は、操作と運用の難しい装置です。このことが、 我々の技術をナノテクノロジー研究全般のレベルア ップに役立てる上で大きな障害となるであろうこと は容易に予測され、このことが我々を悩ませていま した。丁度その頃、文部科学省が推進するリーディ ングプロジェクトに、当グループが提案する「走査 型マルチプローブ統合制御装置の開発」が採択され (平成16~18年度)、京都大学、堀場製作所と共同で、 市販を前提とした制御装置の開発を進めることにな りました。 図8 走査型マルチプローブ統合制御装置の開発に利 用している走査型マルチプローブ顕微鏡。試作デバイ スの評価にも利用している(挿入図) マルチプローブによる新しい研究: バイオナノテクノロジック研究 平成14~15年度は、半導体表面や金属(シリサイ ド)ナノワイヤー、フラーレンやカーボンナノチュ ーブなど、現在から近い将来のナノエレクトロニク スを意識した物質・材料を主な研究対象としてきま した。しかし、ナノ ・生体材料研究棟への移転をき っかけに、本格的にバイオマテリアルを取り入れ、 従来からの研究と並行して“バイオナノテクノロジ ック”研究を開始しました。我々には、マルチプロ ーブ手法をバイオマテリアルや生体に適用すれば、 新しいナノバイオ研究を展開できるはずだと確信が ありました。しかし、バイオマテリアルに関する知 識や技術を持たずに研究を推進しても、オリジナリ ティのある研究の実行は難しいとも考えていまし た。そこで、東京都総合臨床医学研究所の原田慶恵 博士にお願いして、工学の立場からのバイオ研究に 必要な、最小限の基礎知識を実地で教えて頂きまし た。その知識を基に、バイオマテリアル専用の小規 模な研究設備を整備しました。 図7 開発中の走査型マルチプローブ統合制御装置。 3段構成を取っており、上段:デジタルプロセッサ、 中段:帰還制御回路、下段:高電圧増幅回路である 図7は、リーディングプロジェクトで開発中の走 査型マルチプローブ統合制御装置です。この装置に ディスプレイとキーボード、マウスを接続すれば、 4本のプローブ走査から最終的な電気特性計測に至 る計測プロセス全体を制御することが可能です。 我々が蓄積してきた実験ノウハウと将来を見越した 高度なプロ ーブ制御機能を誰にでも使いやすい形で 図9 (a) 38℃、(b) 30℃、(c) 23℃で自己組織化 したDNA薄膜のAFM像。平坦性の高い薄膜(b)を調整 するための条件は、DNA構造(長さ、塩基配列)に依 存する その小規模な研究設備を利用して作製したバイオ ナノ構造を二つ紹介します。図9は、固液界面で自 己組織化形成されるDNA薄膜の連続性(平坦性)が、 温度条件によって大きく変化することを示していま す。図10では、細胞分割蛋白質FtsZ分子の自己組織 的環状構造生成に成功しています。このような自己 組織化ナノ構造作製技術とマルチプロ ーブ計測を駆 使して、バイオマテリアルが発現するナノ機能の探 索と解明を目指しています。 図10細胞分割蛋白質FtsZ分子の自己組織化構造。マ イクロメートルスケール(左)およびナノメートルス ケール(右)の環状構造が形成される バイオナノテクノ ロジック研究の延長線上には、 「多種多様な分子から構成される複雑な構造体“細 胞”が生み出す機能を、ナノスケール信号伝達の視 点から解明する。」という大きな目標があります (図11)。平成17年度は、この目標に向けて、溶液環 境に耐えうる強固なカーボンナノチューブ探針の開 発や金属表面へのセンサー分子吸着に関する研究も 進めました。 図11 細胞内信号伝達ナノ計測の概念図 3.ナノ電気計測グループの成果 成果発表 誌上発表:原著論文 27篇 解説・総説・著作 26篇 プロシーディングス 15篇 口頭発表:(招待・一般、国内・国際を含む)180件 主な研究会開催(企画、実施): (1)The 1st International Symposium on the Functionality of Organized Nanostructures, 30 Nov. -2 Dec. 2004, Tsukuba, Japan. (2)1st UK-Japan Nanotechnology Student Summer School, 26-30 Jul. 2004, Tsukuba, Japan. (3) 2nd UK-Japan Nanotechnology Student Summer School, 11-15 Jul. 2005, Cambridge, UK. 受賞: (1) 2005年 7 月:13th International Conference on Scanning Tunneling Microsocpy/Spectroscopy and Related Techniques (札幌)、ポスター賞「Striped Ag Films Grown at Low Temperature on Si(111)-4x1 In Chains 」、大渕千種、内橋隆、中山知信. (2) 2005年 7 月 : 2nd UK-Japan Nanotechnology Student Summer School (Nanoscience Centre, University of Cambridge, UK), Best presentation award : Control of nanoscale reversible chemical reaction of C60 molecules, 中谷真人、塚本茂、中山知信、青野正和. 4.総括 “ナノテクノロジーの発展に必要不可欠な「個々 のナノ構造特性を直接計測する新しいツールと手 法」の開発と、その応用計測によるナノ構造の特異 な物性と機能の抽出”を目指して研究をスタートし、 3年4ヶ月が経過しました。千現からナノ ・生体材 料研究棟移転した後はノイズや振動などの点で研究 環境が改善しました。最近、一次元ナノワイヤーの 拡散伝導とバリスティック伝導に関する非常に興味 深い結果が得られ始めるなど、グループ内外での議 論も活発になってきました。この時期に、走査型マ ルチプローブ統合制御装置の開発を進められる機会 を得たことは、装置開発の意義を高めるためにもま た計測の精度や信頼性を高めて、ナノテクノロジー を牽引するナノ計測を確立するためにもプラスに働 くはずです。計測の幅を拡げるため、あるいは計測 の意味を深く掘り下げるために行ったナノマテリア ル研究も成果を生み出し始めました。バイオナノテ クノロジック研究では、半導体や金属にはないバイ オマテリアルの柔軟な自己組織化能力に驚くと共 に、我々の持つナノテクノロジー関連技術を活用し て、この魅力的な材料を有意義に活用したいという 決意と意欲が湧いてきました。次期中期計画におい ても、当グループの3年強の研究活動から得た成果 は必ずや活用できるものと信じています。 最後になりましたが、我々の研究活動は、多くの 人々との交流の上に成り立っています。青野正和ナ ノマテリアル研究所所長、走査トンネル顕微鏡の開 発者でありノ ーベル物理学賞を受賞されたHeinrich Rohrer博士、ケンブリッジ大学ナノサイエンスセン ターのMark E. Welland教授、ヒューレットパッカー ド研究所の R Stanley Williams博士、UCLAのJames K. Gimzewski教授、ソウル国立大学のYoung Kuk教授、 Purdue大学のAlexander Wei助教授、ワーウィック大 学のChristopher F. McConville教授、東京工業大学の 高柳邦夫教授、早稲田大学の塚田捷教授、前出の原 田慶恵博士や尾上順助教授をはじめとして多くの先 生方からの貴重なご意見、ご指導、叱咤激励を頂け たこと、また、当グループに在籍したポスドクや学 生、NIMSの多くの研究者からも様々なご意見を頂 けたこと、この紙面をお借りして、深く感謝の意を 表します。 ナノデバイスグループの5年 小口信行 メンバーリスト(2005年12月時点での物質・材料研究機構在籍者) 有沢俊一 現ナノマテリアル研究所 ナノ量子エレクトロニクスグループ2003.6異動 石井 明 現ナノマテリアル研究所 ナノ量子エレクトロニクスグループ2003.6異動 内橋 隆 現ナノマテリアル研究所 ナノ電気計測グループ2002.8異動 大竹晃浩 現ナノマテリアル研究所 ナノデバイス第1グループ2002.4異動 笠原 章 現材料研究所 微小造形グループ2002.4異動 川岸京子 現材料研究所 超耐熱材料グループ2001.10異動 川辺光央 現ナノマテリアル研究所 ナノデバイス第1グループ2002.4採用 後藤真宏 現材料研究所 微小造形グループ2002.4異動 小森和範 現超伝導材料研究センター SQUIDグループ2001.10異動 高野義彦 現ナノマテリアル研究所 ナノ量子エレクトロニクスグループ2003.6異動 知京豊裕 現ナノマテリアル研究所 ナノマテリアル立体配置グループ2003.1異動 土佐正弘 現材料研究所 微小造形グループ2002.4異動 根城 均 現ナノマテリアル研究所 ナノデバイス第2グループ2002.4異動 野田武司 現ナノマテリアル研究所 ナノデバイス第1グループ2003.4採用 羽多野毅 現ナノマテリアル研究所 ナノ量子エレクトロニクスグループ2003.6異動 福富勝夫 現超伝導材料研究センター 酸化物線材グループ2001.10異動 間野高明 現ナノマテリアル研究所 ナノデバイス第1グループ2004.1採用 宮原美穂 現生体材料研究センター 2003.4採用2004.4異動 柳生進二郎 現ナノマテリアル研究所 ナノマテリアル立体配置第2グループ2002.4異動 山内康弘 現ナノマテリアル研究所 ナノマテリアル立体配置第2グループ2002.4異動 山際正和 現ナノマテリアル研究所 ナノデバイス第1グループ2005.4採用 山田和佳子 現ナノマテリアル研究所 ナノデバイスグループ2002.4採用 吉武道子 現ナノマテリアル研究所 ナノマテリアル立体配置第2グループ2002.4異動 若山 裕 現ナノマテリアル研究所 ナノマテリアル立体配置第1グループ2003.1異動 Jong Su KIM 現ナノマテリアル研究所 ナノデバイス第1グループ2002.3採用 Zhangwen XIAO 現ナノマテリアル研究所 ナノ電気計測グループ2002.8異動 Kyung Sung YUN 現ナノマテリアル研究所 ナノ量子エレクトロニクスグループ2003.6異動 1.組織発足の経緯 ナノデバイスグループはナノマテリアル研究所の 発足と同時に、「金属、半導体、誘電体、有機物等 の良く制御された量子ナノ構造の創製技術を確立 し、新しいデバイス用材料としての可能性を追求す ること」を目的として、2001年4月に設立された。 設立当初は40名の常勤、非常勤研究者が在籍し、 6つのサブグループから構成されていた。これらの 各サブグループのリーダーおよび研究内容は次の通 りであった。 第1サブグループ サブグループリーダー:羽多野 毅 研究内容:高温超伝導薄膜・ウィスカーの合成 とデバイス応用基盤 第2サブグループ サブグループリーダー:福富勝夫 研究内容:大面積基板上の高温超伝導薄膜の配 向制御とマイクロ波応用 第3サブグループ サブグループリーダー:土佐正弘 研究内容:ナノトライボロジーとナノ相互作用 を制御する表面改質技術の開発 第4サブグループ サブグループリーダー:根城均 研究内容:分子・ハーモニック構造の構築と電 磁場制御デバイスの開発 第5サブグループ サブグループリーダー:吉武道子 研究内容:表面局所ポテンシャル制御によるナ ノ加工 第6サブグループ サブグループリーダー:知京豊裕 研究内容:コンビナトリアル機能材料界面研究 これらの6つのサブグループは、各研究内容の進 展にともない独立したグループへ発展的に分離さ れ、また新たな分野へも対応していくことを目的に 整理された。2005年12月時点で、当グループを構成 しているサブグループは2つであり、これらの各サ ブグループのリーダーおよび研究内容は次の通りで ある。 第1サブグループ サブグループリーダー:小口信行 研究内容:液滴エピタキシィ法による量子ナノ 構造の形成と論理演算デバイス材料技術の確 第2サブグループ サブグループリーダー:根城均 研究内容:単一サイズの電磁場制御デバイスの 開発に関する研究 2.組織再編の経緯 ナノデバイスグループの設立当初から現在に至るまの組織再編の経緯を下の表に示す。 第1サブグループ 高温超伝導薄膜・ウイスカーの合成とデバイス応用基盤 羽多野毅(サブグループリーダー) 石井明 有沢俊一 高野義彦 YUN. Kyung Sung 2003.6 現ナノマテリアル研究所ナノ量子エレクトロニクスグループ 現ナノマテリアル研究所ナノ量子エレクトロニクスグループ 現ナノマテリアル研究所ナノ量子エレクトロニクスグループ 現ナノマテリアル研究所ナノ量子エレクトロニクスグループ 現ナノマテリアル研究所ナノ量子エレクトロニクスグループ 第2サブグループ 大面積基板上の高温超伝導薄膜の配向制御とマイクロ波応用 福富勝夫(サブグループリーダー) 小森和範 川岸京子 2001.10 現超伝導材料研究センター酸化物線材グループ 現超伝導材料研究センター SQUIDグループ 現材料研究所超耐熱材料グループ 第3サブグループ ナノトライボロジーとナノ相互作用を制御する表面改質技術の開発 土佐正弘(サブグループリーダー) 笠原章 後藤真宏 2002.4 現材料研究所微小造形グループ 現材料研究所微小造形グループ 現材料研究所微小造形グループ 大竹晃浩 現ナノマテリアル研究所ナノデバイス第1グループ 2002.4 第4サブグループ 分子・ハーモニック構造の構築と電磁場制御デバイスの開発 2002.4 根城均(サブグループリーダー) 現ナノマテリアル研究所ナノデバイス第2グループ 若山裕 2003.1 現ナノマテリアル研究所ナノマテリアル立体配置第1グループ 内橋隆 肖占文 2002.8 現ナノマテリアル研究所ナノ電気計測グループ 現ナノマテリアル研究所ナノ電気計測グループ 第5サブグループ 表面局所ポテンシャル制御によるナノ加工 吉武道子(サブグループリーダー) 柳生進二郎 山内康弘 2002.4 現ナノマテリアル研究所ナノマテリアル立体配置第2グループ 現ナノマテリアル研究所ナノマテリアル立体配置第2グループ 現ナノマテリアル研究所ナノマテリアル立体配置第2グループ 第6サブグループ コンビナトリアル機能材料界面研究 知京豊裕(サブグループリーダー) 2003.1 現ナノマテリアル研究所ナノマテリアル立体配置グループ Jong Su KIM 2002.3 川辺光央 2002.4 野田武司 2003.4 間野高明 2004.1 山際正和 2005.4 第1サブグループ 山田和佳子ナノデバイスグループ2002.4 第2サブグループ 3.研究トピックス 上述した組織の再編、整理にともない分離独立し たグループの研究成果に関しては、それぞれの新し いグループごとに別途記述があるので、ここでは現 在のナノデバイスグループを構成している二つのサ ブグループの研究トピックスを紹介する。 3.1第1サブグループ 半導体で作られる0次元的な人工ナノ構造(いわ ゆる量子ドット)においては、量子サイズ効果が顕 在化するため、バルク状半導体では不可能な新しい 機能が発現する可能性がある。このような材料を利 用することにより、その高性能化にやや閉塞感のあ るシリコンを中心とした従来の半導体デバイスの性 能をはるかに凌駕するようなデバイスができるので はないだろうかという期待感から、量子ドットに関 して世界中で研究が活発に行われてきた。 第1サブグループでは、1990年に世界に先駆けて 半導体量子ドットの自己形成法である「液滴エピタ キシィ法」を提案し、その高い可能性を生かした次 世代論理演算デバイスのための材料技術の確立を目 指して研究を行ってきた。この手法を用いると、格 子不整合系の半導体材料のみではなく格子整合系半 導体材料においても量子ドットの形成が可能であ る。格子整合系であるGaAs/AlGaAsおよびひずみ系 であるInGaAs/GaAsを対象として、これらの量子ド ットの形成機構、ピラミッド状、単一リング状、同 心二重リング状などへの量子ドットの形状制御、量 子ドットの配置制御、およびこれらの試料の光学的 性質の解明に関する研究を進めてきた。 またこれと並行して、量子ドットなど半導体ナノ 構造形成の際の代表的な基板材料であるGaAs (001) 表面に関して、複数の表面分析手法を用いて、その 表面原子配列の評価と制御を行ってきた。 図2 単一のGaAs同心二重量子リングからの発光スペ クトルとその電子状態図 これらの研究で得られた代表的な結果として、図 1に液滴エピタキシィ法で自己形成により作製した GaAs同心二重量子リング構造のAFM像を、また図 2には単一のGaAs同心二重量子リングからの発光 スペクトルと計算により求めたその電子状態図を示 す。これらの量子ドット構造は、将来の量子情報処 理用デバイス材料として有望である。なおこれらの 結果は、ナノ物性グループ、ミラノ大学との共同研 究の成果である。 図3 位置制御InAs量子ドットの形成 (a) AFMによる酸化物ドッの形成 (b)原子状水素によるナノホールの形成 (c)液滴エピタキシー法による位置制御InA量子ドット (SCQD)の作製 (d) SCQDのPL特性 図1 滴エピタキシィ法により作製したGaAs同心二重 量子リング構造のAFM像 図3には配置制御InAs量子ドットの形成に関する 研究において得られた成果を示す。原子間力顕微鏡 (AFM)と原子状水素による基板表面清浄化手法お よび液滴エピタキシィ法を併用することにより、配 置の制御された良質の量子ドットが形成されている ことがわかる。 また図4にはGaAs (001)表面原子配列の評価と 制御に関する研究において得られた成果を示す。液 滴エピタキシィ法により量子ドットを作製する際の GaAs (001)基板表面の原子配列に関しては、実験、 理論両面で従来多くの研究はあったが、統一のとれ た解釈はなされていなかった。本研究によりこの表 面の原子配列に関して初めて明確な解釈が行なわ れ、この結果は今後のナノ構造の形成、表面物理の 進展という観点から注目される。 図5トンネル電子顕微鏡 図4 GaAs (001)表面原子配列の評価 (a)最もGaリッチなGaAs(001)-(4x6)表面のSTM像 (b)-Aと(c) -Aは明線部と暗線部の拡大像を、(b) -Bと (c)-BはGa (青丸)とAs (赤丸)の原子位置を示す(b)-C と(c)-Cはシミュレーション像 3. 2第2サブグループ 第2サブグループでは、単一サイズの電磁場制御 デバイスの開発を目指して研究を行ってきた。この ようなデバイスは現行のデバイスの機能を上回る機 能を持つのみならず、単一分子という量子力学的対 象がマクロの熱浴と接続されたときに、どのような エネルギー散逸が見られるかという新たな物理現象 解明のカギをも含んでいる。 図5には、第2サブグループにおいて開発された トンネル電子投影顕微鏡の外観を示す。この装置を 用いて、現在までカーボンナノチューブバンドルを 試料として、これに電子波を照射することにより電 子波の干渉縞(図6)を観測し、試料周辺の静電ポ テンシャルが電子の干渉縞に与える影響を検討し た。今後さらなる研究が必要である。 図6トンネル電子投影顕微鏡により観察したカーボ ンナノチューブ内の電荷の分布 4.今後の動向 「量子ドット」に代表される量子ナノ構造に関す る研究は、高性能化にやや閉塞感のあるシリコンを 中心とした従来の半導体デバイスの性能をはるかに 凌駕するようなデバイスの開発に繋がる可能性を秘 めている。 しかし、「量子ドット」の固体素子関連の応用と して現在まで実用化に近い状態に達しているもの は、量子ドット研究のきっかけにもなった量子ドッ トレーザ、あるいはポリシリコンを利用する室温動 作単一電子メモリィなどであり、これらはいずれも それぞれの最初の論文が発表されてから20年以上を 経過している。また半導体量子ドットに関しては生 体、分子標識への応用の分野で一部すでに実用化さ れているものもあるが、これは古くから行われてき た微粒子に関する多くの研究が土台になっていると 考えられる。量子ナノ構造を種々の実用的な応用に 結びつけるためには、多くの研究が必要である。今 後とも各分野で着実で継続的な多くの研究、特にナ ノ構造の創製、構造および特性評価に関する研究が 必要である。 ナノファブリケーショングループの5年 古林孝夫、間宮広明、青野正和、雨倉宏「現ナノマテリアル研究所、2002.4異動」、荒木弘「現材料研究所、2003.4異動」、岸本 直樹「現総合戦略室、ナノマテリアル研究所、2002.4異動」、倉橋光紀「現ナノマテリアル研究所、2002.4異動」、河野健一郎 「現ナノマテリアル研究所、2002.4異動」、後藤真宏「現材料研究所、2003.1着任-2003.4異動」、佐久間芳樹「現ナノマテリアル研 究所、2002.4着任-2003.1異動」、下田正彦「現材料研究所、2002.4異動」、鈴木拓「現ナノマテリアル研究所、2002.4異動」、鈴木 裕「現材料研究所、2003.4異動」、関口隆史「現ナノマテリアル研究所、2003.1異動」、竹口雅樹「現ナノマテリアル研究所、 2002.4異動」、武田良彦「現ナノマテリアル研究所、2002.4異動」、田中美代子「現ナノマテリアル研究所、2002.4異動」、土佐正 弘「現材料研究所、2003.1着任-2003.4異動」、中谷功「現ナノマテリアル研究所、2003.7異動」野田哲二「現理事、2003.4異動」、 古屋一夫「現ナノマテリアル研究所、2002.1着任-2002.4異動」、三井正「現ナノマテリアル研究所、2003.1異動」、三石和貴「現 ナノマテリアル研究所、2002.4異動」、山内泰「現ナノマテリアル研究所、2002.4異動」 1.ナノファブリケーショングループについて ナノファブリケーショングループは2000年4月、 6サブグループ、20名以上のメンバーで、ナノスケ ールでの微細加工を中心に据えたグループとして発 足したが、その後紆余曲折を経て現在3名(併任で ある所長を含む)を残すのみとなった。転出したメ ンバーの研究内容はそれぞれのグループに引き継が れているので、本稿では現在のメンバーが関与した 研究についてのべることとする。 2 .研究の概要 強磁性体を研究対象とし、試料サイズをナノメー ター程度にすることによって特異な磁性を引き出し 様々な応用に結びつけることを目的とし、ナノメー ターサイズの磁性体の作製技術、磁気物性及び応用 について研究を行って来た。主な研究成果は以下の 通りである。 2 ―1.磁性流体の相図―分散安定性と高機能化― ナノサイズの磁性体を界面活性剤で覆い液体中に 分散させた磁性流体は、ナノ複合材料の先駆けとし て40年近く研究され続けてきた。この間、その磁石 と液体の両者の機能を併せ持つ特徴から、様々な応 用の提案があったものの実用化に至った例は数少な い。この主な原因としては、これまで経験的に行わ れてきた材料開発では分散安定性と十分な磁気特性 を兼ね備えた磁性流体が得られなかったことが挙げ られる。一方、本来こうした材料開発を支えるべき 理論的な理解も、多体系の取り扱いの難しさからそ の進展は遅れ、dipolar hard sphere (DHS) fluid等の 理想系で相図(図)が予測されるようになったのは 大規模シミュレーションが可能となった最近のこと である。そこで本研究では、DHS fluidに近いと考え られる粒径の揃った窒化鉄磁性流体を用いてこの相 図を検証し、そこから磁性流体の分散安定性の改善 と磁気特性の向上を図る手段を探ることとする。 本研究では、粒径のばらつきによる影響を避ける ために、気相液相反応法を用いて均一な粒径を持っ た窒化鉄ナノ粒子からなる磁性流体を作成した。こ うして作成した磁性流体に対して小角X線散乱を測 定し、そのプロファイルからナノ粒子の空間構造を 推定した。また、磁気測定では、交流磁化率等を広 帯域に渡って測定し、そのコールコールプロット等 により静磁化率(f=0)を得ることで、相転移と磁 性ナノ粒子に一般的なブロッキング現象とを混同す ることを避けた。 まず、希薄な磁性流体において、低温で気相液相 転移に相当する密度の異なる2相への相分離が理論 的に議論されていることを考慮し、界面活性剤を含 めた粒子の体積分率が0.1の系の振舞を観測した。 その結果、静磁化率は降温に伴い増大した後、熱エ ネルギーが粒子間の磁気力の1/5程度に低下した温 度において急減する。この振舞にはヒステリシスが 存在するので、これは相分離のような一次転移に帰 せられる。この均一分散相が不安定となる温度は概 ね理論予測に一致し、磁性流体の分散安定性の原理 的限界が予測通りにこの付近にあることが確認でき た。 一方、比較的濃厚な磁性流体では、位置の自由度 を保った流体状態において磁性ナノ粒子の磁化ベク トルが一様に配向する強磁性液体の存在が予測され ている。そこで、界面活性剤を含めた粒子の体積分 率が0.3の系の振舞を観測したところ、静磁化率は やはり熱エネルギーが粒子間の磁気力の1/5程度に 低下した温度において発散的に増大することがわか った。これは強磁性的な揺らぎが急激に強くなって いることを示しており、これまでの理論予測と矛盾 しない。ここで得られた磁化率の著しい増進機構は、 今後磁性流体の透磁率の飛躍的向上を図る上で極め て興味深い。 図磁性流体に予測されている相図 2―2.鉄貯蔵タンパク質フェリチンに内包された 反強磁性体ナノ粒子の磁気緩和 近年の量子コンピュータへの期待の増大ととも に、鉄貯蔵タンパク質フェリチンに内包されたオキ シ水酸化鉄様反強磁性体ナノ粒子における磁化の巨 視的量子トンネル現象に大きな関心が寄せられつつ ある。そこでは、約2.3K以下の温度領域における温 度に依存しない緩和率から基底状態からのトンネル 現象が、また約2.3K以上の温度領域で観測された磁 場印加によるブロッキング温度の上昇から励起状態 間の共鳴トンネル現象が示唆されてきた。しかしな がら、これらの振舞はいずれも十分な証拠とはなら ないために、トンネル現象による緩和を巡って議論 が続いている。そこで、本研究では、これらのナノ 粒子の磁気緩和を詳細に再検討することで巨視的量 子トンネル現象の有無を明らかにすることを試み た。 まず、不均一なナノ粒子に対して緩和率の温度依 存性を測定した場合について検討すると、低温では 小さな粒子の磁気緩和を、また高温では大きな粒子 の磁気緩和を観測している可能性が考えられる。こ の場合、それぞれの緩和自身は温度に依存していて も粒径分布によっては見かけ上温度に依存しない緩 和率が観測される。そこで、ここでは同一粒子の磁 気緩和の温度依存性を明確にするために、緩和中に 一時的に温度を変化させる実験を行った。この結果、 2K近傍における磁気緩和は冷却すると減速し、加 熱すると加速する熱励起型の緩和過程に支配されて いることが明らかとなった。 一方、約2.3K以上の温度領域において注目された ブロッキング温度は、動的磁化率が減少し始める温 度から推定されていたため、動的磁化率の係数であ る平衡状態の磁化率の温度依存性からの非本質的影 響を受けているのではないかという疑問が残った。 そこで、ここではこの影響を取り除くために、同一 温度における同一の磁場の反転、消去並びに印加に よって誘起された磁気緩和の比較を行った。この結 果、2K以上の温度領域において磁気緩和は磁場印 加により古典的な理論の予測通りに加速されること が明らかとなった。このことから、この温度領域で は、磁気緩和は励起状態間の共鳴量子トンネルの影 響をほとんど受けていないことがわかった。 2―3.強磁性体―反強磁性体ナノグラニュラー薄 膜の磁性 強磁性体と非磁性絶縁体からなるナノグラニュラ ー薄膜は組成によって超常磁性からハード、ソフト に至る様々な磁性を示す。本研究は絶縁体として反 強磁性体を用いることの効果をネール点TNの上下で の磁性の比較によって調べた。ここでは強磁性体と して金属鉄を、反強磁性体として2フッ化マンガン (MnF2、TN=67 K)を組み合わせた。 試料は真空中(5 ×10-8 Torr以下)で金属鉄と MnF2を同時蒸着することにより作製した厚さ約300 nmの薄膜である。基板はカプトンまたはガラスを 用い、基板ホルダーは水冷した。磁化測定およびFe のメスバウワー効果の測定を行った。 Fe50vol%の試料は室温で強磁性であり、HC=15Oe 程度の軟磁性を示した。X線回折によって求めたFe の粒径は6nm程度であった。温度を下げるとHCは MnF2のTN近傍で増大し、5Kで100Oeとなった。 メスバウワーパラメ ータからFeはすべて金属の bcc Feの状態にあることが示され、酸化物等は検出 されなかった。77Kでは2番目と5番目の線の強度 が強く、磁化方向が面内にあることを示している。 これに対し4.2Kではこれらの線が弱まり、磁化方向 はほぼランダムとなることがわかった。 TN以上では通常の軟磁性グラニュラー膜と同様に Fe粒子同士は交換相互作用により強磁性的に結合し 軟磁性を示す。この時形状異方性のため磁化方向は 面内となる。これに対しTN以下では、MnF2が反強 磁性になることにより、Feとの界面での交換結合に より交換異方性を生じる。その結果、磁化容易方向 がそれぞれのFe粒子についてランダムになり、磁化 方向もランダムになると考えられる。 2―4.反応蒸着法によって作成したマグネタイト 薄膜の磁性と磁気抵抗 マグネタイトFe3O4はハーフメタルでありフェル ミ面での電子は100%偏極していると考えられ、ス ピンエレクトロニクス素子用材料として期待されて いる。多結晶や粉末を固めた試料では負の磁気抵抗 が観測され、結晶粒界でのスピン偏極電子の散乱に よるものと考えられている。本研究ではマグネタイ トの多結晶薄膜の作成法として、酸素雰囲気中で鉄 を蒸着させる反応蒸着法について検討した。特に、 室温基板上での作成を試み、メスバウワー効果によ るキャラクタリゼーション、磁化曲線及び磁気抵抗 効果の測定を行った。 真空槽に酸素を導入し、1×10-6~1×10-5 Torr の範囲で設定した一定の圧力を保つようにしながら 金属鉄を抵抗加熱によって蒸着した。製膜速度は約 0.5 Å/sec、膜厚は約3000Åとした。基板はガラス及 びカプトンを用い、基板ホルダーは水冷した。作成 した試料はX線回折により調べ、カプトン上に作成 したものについて透過メスバウワー効果を測定し た。更に磁化及び磁気抵抗の測定を行った。 X線回折及びメスバウワー効果の結果、室温基板 上では、酸素圧力が5 ×10-6 Torr前後の狭い範囲で 純粋なマグネタイトが得られた。これより低い圧力 ではα-Fe及びNaCl構造のFeOが混在した。また酸素 圧力を高めると、X線回折では純粋なスピネル相が 見られたが線幅が増大し構造の乱れが示唆される。 メスバウワー効果の結果、5 ×10-6 Torrの酸素圧力 で作成した試料については室温ではほぼ2 :1の割 合の2成分からなるマグネタイトのスペクトルが観 測された。これに対し1×10-5Torrの酸素圧力で作 成した試料は、アイソマーシフトの値から、同じス ピネル構造のγ-Fe2O3ではなく、構造の乱れたマグ ネタイトと考えられる。磁気抵抗の変化率は5 × 10-6 Torrの酸素圧力で作成したもの(純粋なマグネ タイト)が6Tで-5.3%と本研究で作成したものの中 では最大であった。 ナノキャラクタリゼーショングループの5年 石川信博、大澤朋子、小島直美、木村仁美、熊本麻利子、小林里栄、坂田陽子、下条雅幸、鷹巣めぐみ、竹口雅樹、田中美代子、 溜池あかね、豊島聖美、中山佳子、長谷川明、林香緒里、古屋一夫、三石和貴、G.Xie、J.C.Rao、Z.Liu、R.Che、W.Jiuba、 W.Lu、 W.Zhang 1.ナノキャラクタリゼーショングループ設置の目的 ナノマテリアル研究所・ナノキャラクタリゼーシ ョングループは、電子顕微鏡を用いナノデバイス材 料のナノレベルの構造・組成等のナノキャラクタリ ゼーションの研究を推し進めるとともに、ナノデバ イス新材料の創製自体を電子顕微鏡技術を積極的に 用いることで行っていくために設置された。 2.ナノキャラクタリゼーショングループの活動内容 主な研究テーマは、「電子波デバイス材料の創 製・評価技術の開発に関する研究」であり、ナノ メ ートルサイズの電子ビーム照射を用いたナノパター ン加工へ向けて最適な創製方法を探索し、現状の電 子線露光技術による限界の微細加工能力を凌ぐナノ メートルレベルの回路パターン加工する技術、及び それによって形成されたナノ回路を高い分解能で評 価する技術を開発することである。 主な研究成果は以下の通りである。 2.1 電子励起脱離によるナノ構造作製 電子励起脱離(ESD)分解と電子ビームスパッタ によるナノレベル加工を行った。前者はAl2O3やNiO などの金属酸化物をナノ メ ートルサイズ電子ビーム 照射による電子励起脱離(ESD)現象によって還元 できることが実験的に確かめられ、金属ナノ構造の 微細加工への可能性が見出された(図1)。 図2電子線誘起蒸着の模式図 いて行うことにより、これまでで最小のナノドット を位置を制御しつつ作成する技術の開発に成功し た。今回、使用する電子線の加速電圧を、従来広く 用いられていた20~30kVから200kVに大きく引き上 げ、かつ電界放射型電子銃を用い、非常に収束した 電子線を用いることで、これまでの限界を大きく下 回る5nm以下のサイズを実現した(図3)。シリコ ンの基板上に有機金属ガスの一つであるタングステ ンカルボニル(W(CO)6)を流し、200kVの電界放射 型電子銃から得られた電子線を収束し、基板の任意 の場所に照射する。電子線を走査することで基板上 に線幅10nm以下の任意の2次元的なパターンを描 図1 電子励起脱離(ESD)分解によって形成された Al2O3薄膜ナノホール 2. 2電子線誘起蒸着によるナノ構造作製 電子線誘起蒸着は、誘起金属などの原料ガスを試 料近傍に導入し、そこに収束した電子線を照射する ことによって照射された領域にのみ局所的な蒸着を 行いナノ構造を作製する手法である。我々は電子線 誘起蒸着法を加速電圧の高い透過型電子顕微鏡を用 図3 EBIDによって作製されたナノ構造の例 (a)ナノドット作製例(b)得られたナノドットの高分 解能電子顕微鏡像。(c) 2次元および(d) 3次元構造 の作成例 図4 超高真空電子顕微鏡中で作製された、ナノドッ トの高分解能電子顕微鏡像(a、b)と、大角度走査透 過暗視野法像(c) くことができるほか、空中に3次元的に成長させる ことも可能であり、微小デバイスの配線や、量子機 能素子などの研究への応用が期待される。 また、超高真空透過電子顕微鏡を用いて同様の実 験を行うことでより小さなサイズのナノ構造を作成 することができる。図4に得られたナノドットの高 分解能電子顕微鏡観察結果(a、b)と、大角度走査 透過暗視野法による観察結果(c)を示した。図中 の白い線が交差する位置に5sの照射時間でナノド ットを作製した。通常の高分解能電子顕微鏡像では もはや観察することが困難なサイズであるが、原子 番号の違いにより強いコントラストが得られる大角 度走査透過暗視野法では、はっきりと重い元素が存 在することが確認できる。この技術により、触媒粒 子を1nmレベルで配置するなど、多くの可能性が 期待できる。また、これら微細構造の評価には、や はり高いレベルの電子顕微鏡技術が必要であり、こ れら双方を発展させていくことでより大きな成果が 期待できる。 2. 3絶縁体基板上のナノ樹木状構造作製技術の 開発 絶縁体基板上に電子線誘起蒸着と同様に原料ガス となる誘起金属ガスを導入し電子線を照射すること により、照射した領域のみ選択的にナノ樹木状構造 を作製することが出来る技術を開発した。絶縁体基 板に電子を照射することによってチャージアップが 起こり、それが真空へディスチャージする際に原料 ガスを分解し蒸着が起こると考えられる。得られる 樹木状構造の枝のサイズは5nm程度であり、触媒な どの担持材料として期待される。 2. 4表面ナノ構造のその場観察技術の開発 表面ナノ構造創製を制御するため、ナノ構造形成 過程をその場観察する技術の開発を行った。計算機 を用いた結像条件の検討と基板の超薄膜化法の考案 により最適な観察条件を見出し、TEMによる表面吸 着原子・クラスターの原子分解能での実時間観察に 世界で初めて成功した。図5 (a)には、約300°Cの Si (111)清浄表面へPdを微量蒸着したときに形成 された1x1格子とPdクラスターの高分解能像である。 Si基板からの{220}反射より高周波の回折を対物絞 りでカットし、最適なビーム収束角とフォーカス条 件を選ぶことにより観察することができた。図5 (b、c)は観察の最適条件を得るために行った像の 計算結果とその構造モデル(厚さ23.5nm)である。 Pdクラスターがトリプレットとして表れており、実 際の観察像はこれとよい一致を見せていることが分 かる。 3.まとめ 当初の目的通り、電子顕微鏡によるキャラクタリ ゼーションと、電子顕微鏡をナノ構造作製の道具と して用いた研究を行ってきた。今後もこれらを車の 両輪として、精力的に研究を行っていきたい。 図5 Pd吸着したSi(111)-1x1上の、Pdクラスターの 高分解能電子顕微鏡観察像(a)と、Pdクラスター像の 計算結果(b)と用いた構造モデル(c) ナノシンセシスグループの5年 板東義雄(2001.4~)、佐々木高義(2001.4~)、左右田龍太郎(2001.4~)、Dmitri Golberg (2001.4~)、三留正則、(2001.4~)、 海老名保男(2001.4~)、Chengchun Tan (2003.4~)、馬仁志(2004.4~)、Yihua Gao (2004.6~)、Junqing Hu (2004.8)、Chunyi Zhi (2004.8~)、Jinhua Zhan (2003.2~)、Longwei Yin (2003.5~)、Yubao Li (~2004.12)、Yingchun Zhu (~2004.7)、Fangfan Xu (~2001.8)、Zongwen Liu (~2004.7)、Baodan Liu (2004.3~)、寺尾剛(2004.3~)楊暁晶(2004.1~)、李亮(2004.9~)、刘 兆平(2004.9~) 1.グループの目的 「ナノシンセシス・アナリシスグループ」とは、 ナノチューブやナノシートなどの一次元あるいは二 次元の形状を有するナノスケール物質を探索・創製 し、その構造・機能の解明や発現を目指す研究グル ープである。特に、一次元のナノスケール物質では BNナノチューブなどカーボン以外の新規なナノチ ューブの探索・創製とその原子構造や特性の評価・ 解明を行う。また、ナノシートでは、半導体特性や イオン導電性を有するセラミックス材料をナノ粒子 化あるいはナノシート化し、新機能の発現を研究す る。さらに、自己組織化反応を活用して、ナノスケ ール物質を基板上に累積・接合させ、機能の集積・ 混成化技術を確立し、光エネルギー貯蔵素子機能を 有する新デバイス等の開発を目指す。 2.活動経緯 当該研究グループは運営交付金プロジェクトであ る「ナノスケール環境エネルギー物質」の推進グル ープとして、NIMS発足後の平成13年年度に新たに 発足した新研究グループである。物質研究所の「超 微細構造解析研究グループ」と同研究所の「ソフト 化学研究グループ」が合体してできた研究グループ である(研究者は物質研究所の各グループと併任し ている)。「ナノスケール環境エネルギー物質」プロ ジェクトのサブテーマである「ナノスケール物質」 を超微細構造研究グループ(板東フェローとD. Golberg)が、同サブテーマ「光材料」をソフト化 学研究グループ(佐々木ディレクター)がそれぞれ を担当している。 グループ構成員は、電子顕微鏡やナノ物質合成、 ソフト化学を専門とするNIMS研究者の他に、特別 研究員(ポストドク)、企業等の外来研究員、筑波 大学連携大学院生などが当該グループに参画し、全 体で総数20名を超える研究グループとして、積極的 な研究活動を展開した。 以下に、当該グループの活動により得られた主要 な研究成果をトピックス的に記述する。 3.研究トピックス (1)ナノ温度計の発見 GaNナノチューブ探索の失敗の副産物として、ナ ノ温度計を偶然に発見した(Nature、2002) 。多層 カーボンナノチューブ(直径約80nm)の中に液体 金属Gaが包含され、温度変化によりチューブ内の 液体体積が膨張・収縮することから、その温度が計 測できる仕組みである。図1は電子顕微鏡を用いて 観察した結果である。約500℃までの高温変化に対 して、液体ガリウム柱の長さの増減は可逆的に変化 している様子がわかる。最近、-80℃までの低温で も同様の温度作用を示すことが見出され(PRL、 2004)、ナノ温度計が低温から高温までの広い温度 範囲で局所温度センサーとして利用できることを明 らかにした。 図1 ナノ温度計とその温度作用の測定結果 また、MgO、In2O3、SiO2などの酸化物ナノチュー ブを創製し、そのチューブ内にGaやInの液体金属を 注入することにより、カーボンナノチューブよりも 耐熱性に優れた酸化物ナノチューブを用いたナノ温 度計として利用できることを明らかにした。 図2 単結晶MgOナノチューブの形状とナノ温度計 (2)新規半導体ナノチューブの創製 これまでにその存在が知られていない新規な半導 体ナノチューブの探索を行い、Si、GaN、ZnSなど の新規なナノチューブの合成に成功した。 図3はSiナノチューブの合成方法と生成したSiナ ノチューブのTEM写真である。ZnSの一次元ナノワ イヤーをテンプレートした合成方法で、ZnS/Siの2 層からなるナノワイヤーを作製する(ナノワイヤー はともに単結晶)。その後、塩酸でZnS層を選択的に 溶解させることにより、直径50-100nmのSiナノチュ ーブができた。電子回折や格子像観察からナノチュ ーブは単結晶であることが確認された。 図3 Siナノチューブの合成方法とそのTEM写真 (3)新規なBNナノチューブの合成法の開発 板東らはBNナノチューブの新規な合成法として 置換反応法(APL、1998)に開発してきたが、この 方法はカーボンの不純物を含む問題点があった。今 回、開発したCVD法は置換反応と異なり、出発原料 にカーボンを全く含まない合成系を用いることによ り、高純度なBNナノチューブの合成を行う方法で ある(図4)。本法の成功により、BNナノチューブ の高純度大量合成の道を開くことが可能となった。 図4高純度BNナノチューブの合成方法 (4)新規ナノシートの創製 層状化合物に嵩高いゲストをインターカレーショ ンすることにより大きく膨潤させ、単層剥離させる というプロセス(図5)によって、酸化マンガンなど 様々な機能性ナノシートの合成に成功した。得られ たナノシートは厚み方向には原子面数枚より構成さ れるのに対して、横方向にはその千倍以上の拡がり を有する2次元単結晶であることを明らかにした。 このような特異な構造を反映して、ナノシートは バルク状態とは大きく異なる特性、挙動を示すこと を明らかにした。酸化マンガンナノシートは波長 500nm以下の可視光に応答して光電流を生成するこ とを見いだした。遷移金属酸化物では通常d-d遷移 が強く局在化しているため電荷分離が効率的に起こ らず光電流の生成もほとんど報告されていないが、 ナノシートは分子レベルで薄いため生成した電子、 正孔が再結合する前に界面に移動し光電流として取 り出すことができたと考えられる。また酸化チタン ナノシートの超薄膜の加熱挙動を調べたところ、通 常のアナターゼへの転移温度(400℃前後)を大き く上回る800℃にならないとアナターゼが結晶化し ないこと、さらに生成したアナターゼナノ結晶がc 軸配向することなどを見いだした。この現象は極薄 2次元結晶であるナノシートからアナターゼ核が容 易に生成せず、原子の拡散が熱的に大きく活性化さ れる必要であるためであると解釈される。 図5 層状物質の剥離ナノシート化の概念図(上)と 合成した機能性酸化物ナノシート(下) 5年間の研究成果は原著論文、解説・総説、特許 などとして発表している。 平成13年論文72報、総説13編、特許出願18件 平成14年論文94報、総説10編、特許出願36件 平成15年論文98報、総説13編、特許出願48件 平成16年論文109報、総説6編、特許出願46件 平成17年論文79報、総説20編、特許出願18件 (平成17年11月末現在) 4 .研究の動向・展望 5年間を振り返ると、新規なナノチューブやナノ シートの創製において、数多くの新物質を発見する ことができ、この分野で世界をリードする地位を NIMSが獲得することができた点は特筆に値する。 特に、本プロジェクトで発見した2つの研究成果、 即ちナノ温度計の発見とコバルト酸化物超伝導体の 発見は世界的な反響を得た。ナノチューブやナノシ ートはナノスケール物質の中で最も実用的に重要で あるだけなく、新物質探索の宝の山でもあり、基礎 研究においても重要である。今後も新規な合成法を 開発しながら、新ナノスケール物質の創製と機能発 現を解明し、その実用化を展開してゆくことが必要 である。 ナノ電子光学材料グループ 関口隆史、佐久間芳樹、深田直樹、袁暁利、陳君、高瀬雅美、姚永昭、平石敬三、福本麻紀(2005.12現在の在籍者)、三井正 (2004.4異動)、及川英俊(2005.4異動)、新妻潤一(2005.10異動)、小野寺恒信(2005.4異動)、謝栄国(2005.9異動)、新井保江 (2005.10異動) 1.ナノ電子光学材料グループのあゆみ 当グループは、平成15年1月、ナノファブリケー ショングループから独立して、 ナノマテリアル研究 所内に発足しました。主として従事するプロジェク トは、「電子・光極微応答の解明と半導体機能の発 現に関する研究(電子光極微応答)」であり、(1) ナノスケールの空間分解能を持つ光学機能評価法を 高度化し、(2)これらを用いて半導体ナノ構造の機 能評価を行い、材料の新機能を探索するというもの です。 当初のプロジェクトメンバーは関口、三井であり、 カソードルミネッセンス(CL)近接場顕微鏡 (SNOM)の空間分解能と検出感度の向上と、評価 法の開発に取り組みました。平成14年に富士通から 佐久間研究員、東北大多元研より及川助教授(3年 間の人材交流プログラム)が加わり、半導体量子ド ットや有機・無機ハイブリッドナノ材料の作製を開 始しました。平成17年には筑波大より深田研究員が 加わり、Siナノワイヤーの作製と物性評価を行って います。 居室と実験室は、千現地区の研究本館と精密計測 棟でしたが、ナノ ・生体材料棟の竣工に伴い、平成 16年4月に並木地区に移りました。 平成14年秋から中国浙江大学の博士学生を受け入 れていましたが、平成16年より、筑波大学数理物質 科学研究科物質・材料工学専攻の研究室として、大 学院生を受け入れ、教育・研究指導を行っていま す。 2.研究活動の経緯 ナノスケールでの半導体発光機能評価 電子光極微応答プロジェクトでは、励起を極微小 領域に絞ることで、ナノスケールで材料の光機能を 評価する手法の開発に取り組みました。電子線励起 のカソードルミネッセンス(CL)では、空間分解 能を向上させるために、低加速電圧での観察、光学 系の最適化、検出系の感度向上に取り組みました。 また、CLの生体材料への応用(地域新生コンソー シアム)簡易型CL検出装置の開発(マッチングフ ァンド)も行いました。さらに、CLの普及を目指 して、測定データの公開を始めました。 近接場顕微鏡(SNOM)では、低温観察と偏光検 出に取り組みました。さらに、電子励起と光励起の 相違を検討しました。 この研究から派生したものとして、超高真空低エ ネルギー電子顕微鏡を立ち上げ、低加速電子を用い た新しいナノ材料観察手法の開発にも取り組んでい ます。 図1カソードルミネッセンス観察装置 CLを用いた半導体材料・ナノ材料の光学機能評価 CLによる光学機能材料の評価を推し進めました。 半導体、セラミックスなどの、バルク結晶からナノ 粒子まで、広範囲な材料の発光評価を行いました。 発光波長も、紫外から可視、赤外領域を網羅してい ます。 [機構内]ZnO系材料では、物質研電子材料グル ープと共同で、バルク結晶中の欠陥の物性から、ナ ノ粒子の発光特性評価まで、多岐にわたる研究を行 いました。半導体量子ドット構造では、ナノデバイ スグループと共同で、GaAs/AlGaAs系の量子ドット からの発光の空間分解評価を行いました。さらに、 超微細グループと共同で、様々な半導体ナノワイヤ ーの発光機能の評価を行いました。 [機構外]東北大、北大など国内の大学、独立行 政法人、企業の研究所から多くの試料を受け入れて、 ナノ材料からデバイスまでのCL評価を行いました。 海外でも中国、イタリア、ドイツの大学と共同研究 を行っています。 図2に示すように、CL分光像から、材料の発光 分布がわかり、これを解析することで、結晶の完全 性や発光をもたらす不純物や欠陥の制御に関する指 針が得られます。 図2 ZnO六角ナノチューブのCLスペクトルとSE像、 CL分光像(室温)[理研張博士との共同研究] Si系材料の欠陥評価 Si系材料では、これまで行ってきた拡張欠陥の研 究成果を基に、次世代の材料と期待されていた歪 Si/SiGe基板、貼り合せSiウエハ、さらには太陽電池 用多結晶Si材料の電気的光学的特性評価を行いまし た。歪Si/SiGeでは、電子線誘起電流(EBIC)法を使 って、非破壊で表面下数十nmにあるのミスフィッ ト転位の観察に成功しました。また、多結晶Siの結 晶粒界の電気特性を粒界性格や不純物汚染などと関 連付けて系統的に整理しました。 図4 ペリレンナノ結晶のAFM、TEM、NSOM像およ び発光スペクトルのサイズ依存性 量子暗号通信に向けた半導体量子ドットの作製 量子暗号通信の核となる単一光子発生源を目指し て、高品質の半導体量子ドットの開発を行いました。 MOCVD技術を使って、光通信で重要な1.3~1.55μm 帯で極めて強い発光を示すInAs/InP量子ドットの成 長に成功しました。図3左上は、2段階キャップ法 によって形成した、量子ドット1個の断面の透過型 電子顕微鏡(TEM)写真です。InPとInAsの上下の ヘテロ接合界面が原子レベルで極めて平坦にできて います。また、右に示す発光(PL)ピークも、半 値幅が250μeV以下で、理想的な量子ドットです。こ の材料を使って、富士通・東大グループが通信波長 帯での単一光子の発生を世界で初めて確認しまし た。 図3 InAs/InP量子ドットのTEM像、SEM像、および 顕微PLスペクトル 有機ナノ結晶の光学特性 有機物のナノサイズ効果を明らかにするために、 ペリレン微結晶を合成し、その発光特性をNSOMに よって調べました。この微結晶では、図4に示すよ うに、結晶サイズが小さくなるにつれて、波長 550nm近傍に現れる自己束縛励起子の発光が短波長 側にシフトしていきます。この現象は、量子サイズ 効果では説明できません。我々は、有機微結晶特有 の格子緩和を考えて、この現象を説明しました。 さらに、非線形光学素子を目指して、有機無機コ アシェル型ナノ結晶を作製し、プラズモン増強によ る非線形光学効果の向上に取り組みました。 3.ナノ電子光学材料グループの成果 成果発表 原著論文(他機関との共同研究を含む)95篇 解説・総説・著作 11篇 プロシーディングス 34篇 受賞: (1)2005年6月:日本顕微鏡学会論文賞「Striped Ag Films Grown at Low Temperature on Si (111) -4x1 In Chains 」、関口隆史、佐久間芳樹、武部敏彦。 4.総括 この5年を振り返ると、前半では、CL、NSONと いったナノスケールでの材料の機能評価法の高度化 に取り組み、これを用いて、機構内外の多くの研究 者との共同研究を推進しました。論文の過半数は、 このような共同研究の賜物であります。また、後半 は、我々自身で、半導体ナノ構造作製のための結晶 成長装置の立ち上げを行いました。こちらは、これ からの5年間でじっくりと成果を出していきたいと 思っております。共同研究でお世話になった多くの 方々に感謝するとともに、いろいろご支援していた だき、また有益な助言をくださった先生方に御礼申 し上げます。 研究を推進してくださったポスドクや学生諸子に 感謝します。 電子光極微応答プロジェクトでは、励起を極微小 領域に絞ることで、ナノスケールで材料の光機能を 評価する手法の開発に取り組みました。電子線励起 のカソードルミネッセンス(CL)では、加速電圧 を下げることでプローブサイズを小さくし、光学系 の最適化と検出器の感度向上で、ナノ材料の発光評 価を可能にしました。また、近接場顕微鏡(SNOM) では、試料冷却系を整備し、半導体材料の発光スペ クトル評価ができる装置を立ち上げました。さらに 偏光観察装置を製作しました。 ナノマテリアル立体配置グループの活動の輝石 梅澤直人、大毛利健治、岡崎紀明、佐々木洋征、高見誠一、知京豊裕、長田貴弘、中島清美、中山美穂、広瀬由美、新倉ちさと、 若山裕、柳生進一郎、山内康弘、吉武道子、Esther BARRENA、 Dmitrity KUKUZNYAK、 Yaroslava Lykhach、 Saminathapillai Madeswaran、 Slavomir Nemsak、 Williaam Thomas Nochole、Nam Nguyen、 Weijie Song 1.ナノマテリアル立体配置グループの誕生 平成13年の年末、物質・材料研究機構のナノマテ リアル研究所の誕生と同時にこのグループは誕生し た。それぞれのグループは特徴ある材料研究を行っ ているが共通するコンビナトリアル手法による材料 開発、計測技術、有機分子を使ったデバイス作製な どでお互いに連携を進めている。例えば、半導体材 料開発では材料探索と同時に仕事関数計測などの情 報が必要であるが、この連携もこのチーム内で可能 である。また、有機材料を開発する手法としてもコ ンビナトリアル手法は有効であることが示されてい る。それぞれの研究の背景が異なることがこのチー ム内での研究領域の融合を生み、新しい材料研究を 可能にしている。 2.コンビナトリアル材料科学と先端産業への応用 コンビナトリアル薄膜材料合成手法を用いて各種 電子材料の開発を進めている。コンビナトリアル合 成は有機材料や生体材料分野での研究を加速するた めに考えられた方法であるが、物質・材料研究機構 ではこれを無機材料、例えば酸化物材料や金属材料 開発に応用している。この研究プロジェクトは1999 年から旧無機材質研究所と金属材料技術研究所、そ れに東京工業大学応用セラミックス研究所との先導 研究、「コンビナトリアル材料科学の創製と先端産 業への展開(COMET):研究代表 鯉沼秀臣教授 (現:物質・材料研究機構理事)」としてスタートし た。その後、このプロジェクト研究は2年間、延長 され現在に至っている。物質・材料研究機構の薄膜 系コンビナトリアル合成装置と特徴は移動マスクと 基板回転機構を組み合わせて、すべての組成を含む 3元化合物を1回で自動合成する点にある。また、 この合成では2元領域と1元で膜厚を変化させた領 域を同時に作製することができ、材料開発を飛躍的 に向上させている。この手法を用いて当グループで はこれまでゲート酸化膜、金属ゲート材料探索、酸 化物系熱電材料探索などで実績をあげている。 ・ゲート酸化膜膜材料探索 図1は平成13年~15年にかけて開発したHfO2系ゲ ート絶縁膜の探索例である。次世代集積回路に求め られるゲート酸化膜は高誘電率の非晶質材料が求め られている。そのために材料としてHfO2HfO2-Al2O3 にわずかにY2O3を入れることで良好な特性をもつゲ ート絶縁膜を開発することに成功している。また、 high-k材料中の炭素が負の電荷をもつことを系統的 にしめすことにも成功した。 図1 コンビナトリアル作製装置概観、コンビナトリ アル試料写真とゲート絶縁膜特性(誘電率と構造)。丸 印が良好な特性を示した組成 また、平成16年からは、コンビナトリアル手法を メタルゲート材料探索に適用し、Pt~Wの合金をつ かった仕事関数制御とメタルゲート/HfO2などの high-k材料界面の制御を行っている。 3.極薄エピタキシャルアルミナ膜の成長制御 ―MIM電子放出源・MIMセンサー、環境用モデル 触媒をめざして― MIM構造を持つ電子放出源やセンサーへの応用、 環境用触媒のモデル系として、我々独自の極薄エピ タキシャルアルミナ膜成長法を用いて、極薄金属 膜―極薄アルミナ膜―Al合金構造の作製や金属ナノ クラスター―極薄アルミナ膜の研究を行っている。 超高真空中、X線光電子分光法(XPS)、オージェ電 子分光法(AES)、紫外線光電子分光法(UPS)、低 速電子線回折(LEED)、反射高速電子線回折 (RHEED)、ケルビンプロ ーブ法(KP)、走査型トン ネル電子顕微鏡法(STM)を用いて、in-situキャラ 図2 多くの試料作製及び分析機能をもつin-situ表面分 析装置と低速電子回折像 クタリゼーションを行いながら単結晶アルミナ膜の 成長制御をめざしている。 4 .仕事関数のナノ計測・制御と分子吸着サイトの 制御 ナノ メーターサイズの構造の仕事関数を走査型ト ンネル顕微鏡を用いて定量的に計測する手順を確立 しまた。イオンスパッタと自己組織化を組み合わせ て作製したナノ構造の再構成表面やナノピット表面 で、局所的仕事関数の関係を調べ、分子の吸着制御 をつかった新しいデバイスの開発を目指していま す。また、この計測手法は次世代集積回路のための メタルゲート材料探索と仕事関数制御でも使われて います。 ナノ メーターサイズの構造の仕事関数を走査型ト ンネル顕微鏡を用いて定量的に計測する手順を確立 しました。 イオンスパッタと自己組織化を組み合わせて作製 したナノ構造の再構成表面やナノピット表面で、局 所的仕事関数の関係を調べ、分子の吸着制御をつか った新しいデバイスの開発を目指しています。 図3 ナノスケールの仕事関数計測を可能にする複合 装置 5.有機分子デバイスの開発 有機分子は単一分子・ナノ結晶・単一分子膜・分 子ワイヤ・薄膜など様々なナノ構造を形成し、さら にそれらに対応した多様な機能を発現する。ここで は単一分子を最小の構成ユニットとして用い、それ を自在に組立てるための技術開発と機能性探索に取 り組んでいる。特に分子 構造の設計技術と超高真 空技術を駆使して単一分 子の機能発現からナノ結 晶の成長機構解明、有機 デバイスへの応用展開な どを目指している。 また、さまざまな製膜機能を複合化させることに より分子・金属・絶縁体などの異種材料を自在に積 層させるためにナトリアル合成法をつかってと信頼 性を兼ね備えた材料開発を進めている。 図4有機分子合成装置とC60を埋め込んだ機能性絶縁 膜 この装置を使って有機分子を使った光メモリーな どの新デバイスを提案しています。 6.有機分子の組織化と機能探索 有機分子は単一分子・ナノ結晶・単一分子膜・分 子ワイヤ・薄膜など様々なナノ構造を形成し、さら にそれらに対応した多様な機能を発現する。ここで は単一分子を最小の構成ユニットとして用い、それ を自在に組立てるための技術開発と機能性探索に取 り組んでいる。特に分子構造の設計技術と超高真空 技術を駆使して単一分子の機能発現からナノ結晶の 成長機構解明、有機デバイスへの応用展開などを目 指している。 図5 超高真空走査トンネル顕微鏡装置とその装置で 観察されたCu (111)面上の銅フタロシアニン結晶。 自己組織的に配列していることがわかる 7.今後の抱負 いま、電子材料は大きな転換点にあります。これ まで電子材料では使われなった材料がこれからの電 子デバイスに求められており、ますます、材料研究 での重要性が高まっている。当グループはこれらの 時代の要請に応えるべく、多様な材料開発をチーム で進めている。 ナノアーキテクチャーグループの3年 三木一司、宇佐美清章、大橋勝文「現鹿児島大学助教授」、郭新立「現東北大学ポスドク」、草野修治、坂本謙二、白木一郎、田 中雅代、寺田康彦「現筑波大学ポスドク」、董振超「現中国科学技術大学教授」、中尾秀信、成島哲也「現トリニティカレッジポ スドク」、日塔光一、八木修平、矢代航「現東京大学助手」 1.グループ発足の目的・目指したもの ナノスケールの構造(ナノ構造)作製技術は確立 しつつありますが、その多くは単独構造に留まって おり、複数のナノ構造を組み合わせるまでには至っ てない。また、ナノ構造は極限的な寸法(10億分の 1メートル程度)のため、ナノ構造への信号の入出 力も困難である。当グループでは、ナノスケール独 特の科学技術を探索しながらナノ構造の機能階層化 (アーキテクチャー化)の研究を行っている。ナノ スケール科学は物理・化学・生物の融合分野である ため、それぞれの利点を活かしてクロスオーバさせ ながら新しい物質技術へと展開している。 本グループでは、二つの異なるナノマテリアル研 究によって、微細化を指向するエレクトニクス分野 での貢献を考えている。一方向として、主としてナ ノサイエンス推進の立場から、(1)ナノスケール構 造の機能化とナノ構造へのアクセス手法の開発を目 指すこと。もう一つの研究方向として、(2)化学反 応に注目した微細加工技術の研究を推進することで す。以下、このコンセプトが分かる代表的な研究を 紹介する。 2.グループの代表的な研究 2―1.完全原子細線の研究:原子レベルの配線を 目指して ナノメートル・スケールの構造体はナノ構造と一 般的に呼ばれるが、それらはその構造形態によって、 0次元の超微粒子、ドット、1次元のワイヤ、チュ ーブ、2次元のナノ薄膜、3次元のナノバルクと分 類できる。そのうち、ナノ微粒子は触媒や化粧品に 既に実用化されているが、現状では、ナノ構造体の 多くは応用に向けた探索的な研究開発の途上であ る。特に、1次元のナノ構造は、そのサイズ効果に 起因する優れた電気的特性(例えば、バリスティッ ク伝導、半導体的性質や金属的性質の発現など)の ため、ナノ ・エレクトロニクス素子(論理演算素子、 記憶素子など)への応用が期待されている。 ナノ ・エレクトロニクス素子を作製するには、複 数のナノ構造を組み合わせた機能階層化(アーキテ クチャー化)が必須である。これまで作製されたナ ノ構造は、単独構造のものが多かったが、単独では 素子構造は実現できない。原子レベルの配線機能、 演算機能を付与するには、複数の構造を組み合わせ ていく事になる。原子細線の埋め込み技術は、その 実現のキー ・テクノロジーである。埋め込み技術を 用いると、細線構造を複雑に組み合わせたクロス構 造(配線構造)などを形成できたり、配線構造上に 他の微細構造を配置したりすることが可能になる。 だが、埋め込みプロセスの加熱処理によって、蒸発 や拡散が起こり、その構造が失われる問題がある。 ナノ構造の場合には、構造を形成している原子の数 が少ないため、構造から僅��かな原子が失われるだけ で、構造の破壊や消滅が容易に生じてしまう。つま り、構造を残した状態で埋め込む方が遥かに難しい。 こういった構造形成には新しい作製手法や概念が必 要である。 ナノアーキテクチャーグループは、基板シリコン (001)表面上に自己組織化により成長したビスマス 原子細線の作製に成功している。走査型プローブ顕 微鏡像(図1)によると、原子レベルにおいて完全 性の高い、長さ0.4μm、幅1.5nmのビスマス原子細 線が存在している。 図1 ビスマス原子細線の走査型トンネル顕微鏡像 この上にシリコンをエピタキシャル成長させて、 ビスマス原子細線を埋め込む(敷設する)技術を開 発した。ビスマス原子のサイズはシリコン原子より 大きいため、ビスマス原子細線がシリコン結晶中に 埋め込まれると大きな歪を生じる。この歪によって、 シリコンのエピタキシャル成長中に、ビスマス原子 細線のビスマスが、成長中のシリコンと入れ替わる (表面偏析現象)。この現象のため、ビスマス原子細 線は破壊され、シリコン中に埋め込むことができな い。この問題を解決するために、一時的にサーファ クタントと呼ばれる第3のプロセス材料を利用し た。成長中だけ、原子細線とは違う構造のビスマス 原子層(サーファクタント)で表面を覆う。成長中、 この層が常に表面に存在することで、表面偏析を回 避することができ、ビスマス原子細線構造をシリコ ン中に埋め込むことが可能となる。最終的に表面に 残留したサーファクタント材料は、埋め込みプロセ ス終了後、エッチング薬品により除去することがで きる。 図2 原子細線の構造評価方法。(a)実験の配置図。 (b)入射X線が原子細線と直交した場合のX線回折図形。 図中に示した直線的な回折図形が細線構造を示す 結晶中に埋め込まれた構造の観察は、表面のよう に直接観察できないため、一般的に難しい。構造を 破壊して電子顕微鏡で観察するなどの手法が良く用 いられるが、試料作製時に微細な構造が破壊される 可能性も高く、非破壊法でその構造を解明されるこ とが理想的である。非破壊法の代表である、これま でに確立されたX線技術と高輝度シンクロトロン放 射光とを組み合わせても、今回対象としているよう なナノ構造の構造評価は至難の業である。今迄��の手 法では、1モノレイヤー(原子層1枚分)の約1/ 10とビスマス原子細線の体積が微量であり、信号強 度が微弱すぎて構造を評価できない。評価は、(財) 高輝度光科学研究センターの坂田修身主幹研究員ら が、逆格子イメージング法と呼ばれるX線回折の方 法を開発して初めて可能となった。シリコン内部に 埋め込まれたビスマス原子は非常に微量であるた め、ビスマス細線からの回折X線は微弱である。そ れにもかかわらず構造の解析を行うには広い立体角 にわたって回折データの収集が必要となる。これら の要求を満たすべく、強力な放射光利用と組み合わ せて、迅速かつ検出感度の高い回折データの収集が 可能である2次元検出器(イメージングプレート) を利用した測定手法(逆格子イメージング法)が開 発された。これにより、ビスマス原子細線の原子数 は、原子層1枚分の約1/10程度と極めて微量である にもかかわらず十分な回折信号を得ることができ た。図2は高エネルギー単色X線を試料表面にすれ すれの角度で入射(図2 (a);測定配置)し、2 次元検出器によって記録されたビスマス原子細線構 造からの回折X線イメージ(図2 (b);イメージ の結果の例)を示す。図2 (b)の左図は、右図の 四角の枠内の拡大図を表している。左図の1/2、k=0、 -1/2と数字で示された下にある縦線(回折図形)を 観察できたことが、ビスマス原子が細線構造を保持 したまま埋め込まれている証となる。これらの(回 折)線は、埋め込まれたビスマス原子細線中のビス マス原子のペア構造(図3において後述)から生じ る特徴的な回折図形である。これらの(回折)線を 観察できたことから、予想通りに原子細線の埋め込 みに成功していることが明らかになった。 ナノ構造の作製には、作製手法の開拓と適切なナ ノ計測の採用に加えて、計算機科学を駆使したナノ シミュレーション技術の利用が必要である。構造作 製中に起きている現象は複雑である。ナノ計測で判 明した構造情報を基にして、実際に得られているナ ノ構造をモデル化することにより、一貫した研究・ 材料開発が遂行できる。若手国際研究拠点フェロー のDavid Bowler博士(現所属はロンドン大学)が、 X線回折法で得られた構造情報を基にして、最適な 原子構造モデルを求めた。構造をモデル化する計算 機科学手法(ナノシミュレーション)として、密度 汎関数法と呼ばれる方法を用いた結果、明らかにな った埋め込み前と埋め込み後の構造モデルを図3の 上下に示す。実験的に得られた重要な構造知見は、 ビスマス原子細線の一次元構造が維持されているこ と、ビスマス原子がペア構造を維持していることで ある。ナノシミュレーションによると、ビスマス原 子は原子一個でシリコン結晶中に構造をつくること 図3シリコン結晶上に形成されたビスマス細線構造 (a)とシリコン内部に敷設されたビスマス細線構造(b) ができるが、ビスマスペア構造を壊すと、ビスマス 原子をペア構造から引き抜くエネルギー損失に加え て、引き抜かれたビスマス原子をシリコン中に置換 配置するエネルギー損失も負う。この2重の損失は 非常に大きいため、ペア構造は保持されるべきであ る。単独ビスマス原子構造とペアビスマス原子構造 の存在比率をナノシミュレーションによって求める と、ビスマス原子細線を埋め込むプロセスの温度 (400度)では1:40,000になる。これは、実験的に 観測されたペア原子構造が理論的にも安定であるこ とを示している。 この研究成果は、ナノ構造のエレクトロニクスへ の実用化に欠かせない、機能階層化(アーキテクチ ャー化)ナノ構造の実現を大きく前進させるものと 期待される。原子細線を結晶中に埋め込む技術が実 証できたことで、結晶内にクロス構造(配線構造) を実現する夢が近づいた。ビスマス原子細線によう に自己組織的に形成される材料を使って、より高次 の構造を指向する研究が、今後盛んになると予想さ れる。 2―2.有機分子の配向制御:アゾベンゼンの光異 性化反応に注目した微細加工技術 機能性有機分子を配向させるために用いる光配向 膜の研究を行った。本研究で注目した光配向膜材料 はアゾベンゼンを骨格構造に含むポリアミック酸 (Azo-PAA)である。アゾベンゼンは紫外・可視光 照射下でシスートランス光異性化反応を繰り返し、 電界強度最小の方向に向かってその分子軸を回転す る。Azo-PAAはフレキシブルな骨格構造を有するた め、アゾベンゼンの光誘起配向変化を利用してAzo- PAA骨格構造の配向を制御することができる。Azo- PAA骨格構造の配向を光制御したあと熱イミド化す ることにより、その後の光照射に対して応答しない ポリイミド(Azo-PI)配向膜が得られる。これはイ ミド化により骨格構造のフレキシビリティーがなく なることに起因する。ポリイミドは本来、化学的、 熱的に安定な高分子であるから、上述した方法によ り極めて安定な配向膜が得られる。 はじめに光照射によるAzo-PAAおよびAzo-PI骨格 構造の配向制御性について調べた。厚さ22nmの Azo-PAA膜に波長365-400nmの直線偏光を照射し、 誘起された膜の面内異方性を測定した。その結果を 図4に示す。Azo-PAA膜の面内異方性が光の照射量 とともに徐々に増加することがわかる。しかし、光 照射だけで誘起される面内分子配向秩序度は315 J/cm2で0.14 (二色比1.32に対応)と、決して大きい ものではない。ところが、 その膜を熱イミド化して 図4 直線偏光照射によって誘起された(a) Azo-PAA 膜と(b) Azo-PI膜の面内分子配向秩序度 得られたAzo-PI膜の異方性は非常に大きいことがわ かる。熱イミド化過程で分子配向秩序の増大が起こ り、その結果として大きな分子配向の異方性を有す るAzo-PI光配向膜が得られることがわかった。 液晶ディスプレイの配向膜として、現在ラビング されたポリイミド膜が広く用いられている。しかし、 機械的な接触工程に由来する様々な欠点が指摘され ており、非接触な配向膜作製技術の開発が望まれて いる。Azo-PI光配向膜は、ラビングされたポリイミ ド膜に代わる液晶ディスプレイ用配向膜として有望 である。そこで、Azo-PI光配向膜上の液晶(低)分 子の配向特性を調べた。その結果、Azo-PI光配向膜 を用いることによって、液晶ディスプレイのコント ラスト比が向上することを見いだした。また、斜め から無偏光の光を照射することにより、基板面に対 する液晶分子の平均傾斜角(プレチルト角)を制御 することに成功した。 ポリイミド膜上の液晶分子の配向機構を明らかに するためにAzo-PI光配向膜上の液晶単分子層の分子 配向を調べた。その結果、液晶分子の長軸の配向が Azo-PI骨格構造の配向と等しいことがわかった。こ れは液晶単分子層の分子配向がポリイミド分子との 短距離相互作用によって決定されていることを示し ている。また、液晶性を示さない分子の場合でも、 Azo-PI光配向膜によって異方的な単分子層の分子配 向を誘起できることを明らかにした。 ポリフルオレン系の高分子は一次元π共役高分子 であり、有機エレクトロルミネッセンス素子の発光 材料、有機電界効果トランジスタ素子の半導体層材 料として注目されている。ポリフルオレンは液晶性 を示すため、その性質を利用して高配向のポリフル オレン薄膜を作製することができる。我々はAzo-PI 光配向膜をポリフルオレン系高分子材料の配向膜と して用いた。その結果、フォトルミネッセンス (PL)の偏光比で30を示すポリフルオレン結晶層、 PL偏光比11を示すポリフルオレンガラス状層を実 現した(図5)。 現在、これらの配向有機膜を用いた電界効果トラ ンジスタの研究に着手している。 図5 Azo-PI光配向膜上に作製した高配向ポリフルオ レン層の偏光PLスペクトル:(a)結晶層、(b)ガラス 状層。⊥、∥はそれぞれ配向処理に用いた光の偏光方向 に対して垂直、平行を意味する 3.装置開発:アトムテスターの高度化 ナノアーキテクチャー構築の要素技術として行っ ているナノ計測装置の研究開発について述べる。ナ ノスケールの素子の電気的特性の測定には、絶縁基 板を用いる必要がある。これは基板中を流れるリー ク電流を殆ど皆無にしないと、ナノ構造である原子 配線網中に流れる極微小電流の検出は不可能だから である。このため、原子間力顕微鏡を基盤技術に用 いた電気特性測定用のプローバー装置の開発が必要 になる。ナノスケールでの機能性部品、言い換える ならば、わずかな数の原子(アトム)から構成され る機能性部品やその配線網の信号の入出力評価装置 (テスター)として、我々は、「アトムテスター」の 開発(特許取得済み)に取り組んできた。 アトムテスターは、4つの大きな特徴を持つ。(1) 液体ヘリウム温度で稼動する、(2) 2プローブAFM 装置であること、(3)光学系を用いない力検出機構 「ピエゾ抵抗効果型AFM」を採用していること(既 に特許化済)、(4) 2プローブの相対位置補正機能 (特許申請中)を持つこと、である。 我々のピエゾ抵抗効果型AFMは、既に原子分解能 を達成している。グラファイト表面の観察例を図6 に示す。従来のAFMの変位検出(力検出)機構に広 く採用されている光てこ方式などでは、レーザーが 一般的に用いられている。光源であるレーザー光が 測定対象に照射されると、電気伝導測定における光 起電力の影響など、物性に影響を与える。こういっ た問題点が我々の装置には無い。 ピエゾ抵抗効果型AFMでは、カンチレバー上に組 み込まれたピエゾ抵抗の抵抗値が、カンチレバーの 変位に応じて変化する。このときの抵抗変化率Δ R/Rをホイーストンブリッジ回路などで検出し、そ の値に比例した量として実際の変位が分かる。なお、 このときの比例定数は、ピエゾ抵抗効果型カンチレ バーでの感度((ΔR/R) /nm)と呼ばれる。我々は、高 感度化のためにプリアンプの開発を行い、実際に本 プリアンプを用いながら、液体ヘリウム温度(5K) にて、接触モードによるAFM動作確認を行った。さ らには、非接触モードにて、同じく 5Kにて原子分 解能AFM観察を行った。ピエゾ抵抗効果型AFMを 用いた極低温での原子分解能観察に成功したのは、 我々の知る限り、本成果が世界で初めてである。 試作したプリアンプの感度は、抵抗変化dR/R = 1x10-5に対して、4Vバイアス電圧、ゲイン ×11,000、 図6 原子分解能AFM像の例 カットオフ1kHz程度で、110mVの出力(ノイズレ ベル±5mV未満)である。±5mVのノイズレベルは 元信号にして±0.5μV未満であり、ノイズレベルが 極めて低いことが分かる。 4.将来的なナノアーキテクチャーに向けて:バイ オインターフェースの研究 バイオ、ケミストリー、シリコンテクノロジーの 融合は、ナノスケール領域で始めて可能となり、テ クノロジーの成功の可否を決定する大きな鍵であ る。未踏の一つはバイオ・ナノエレクトロニクスで、 21世紀の重要な科学技術分野の一つとみなされてい るが、高度に発達した半導体集積回路技術と生体化 学反応系との融合(集積化)は殆ど実現していない。 本グループでは、将来的なナノアーキテクチャーの ために、バイオインターフェースの研究を開始して いる。特に、バイオ機能構造による信号変換系を利 用したバイオリソグラフィの実現や細胞内観察用の 計測・操作装置を開発しようとしている。将来的に は、本手法を利用したデバイスの作製、さらにはバ イオ演算型コンピュータ作製手法へとつなげること を夢見ている。 バイオリソグラフィの1手法として、基板上に伸 張固定化されたDNAを用いる手法を試みている。 DNAはそれ自身がナノスケールの配線として魅力的 な材料であるが、機能性ナノ材料(微粒子、たんぱ く質、有機機能材料)を固定化するためのテンプレ ートとしても有効である。DNAと適当な強さで相互 作用する高分子でコートされた基板上にDNA水溶液 を滴下後、吸い取るという簡便な方法で、DNAを気 液界面移動方向に伸張固定することができる。現在、 基板として用いる高分子膜の分子配向を光で制御、 パターン化することによって、伸張固定されるDNA の密度制御、パターン化を試みている。 バイオインターフェースの研究を推進するにあた り、平成16年度には、バイオテクノロジーの専門家 と共に、組織的な「生命分子基盤計算機に関する企 画調査」の研究会を行った。両会議とも、科研費基 盤研究C企画調査(三木一司代表)の予算による開 催である。 開催会合名 「第一回生命分子基盤計算機研究会」:オープンワー クショップ「バイオとナノテクノロジーの融合研究」 と称して平成16年度10月7 ― 8日に京都で開催。 「第二回生命分子基盤計算機研究会」:「有機・バ イオ超分子研究意見交換会議」と称して平成17年度 1月28―29日に強羅で開催。 上記研究会の討議等を基にして、次期中期計画で は、超分子を基盤技術に用いてバイオインターフェ ースを構築する研究を推進していく。 ナノ量子輸送グループの研究活動 宇治進也、寺嶋太一、鈴木博之、矢ヶ部太郎、山口尚秀、榎本健悟、鴻池貴子、西村光佳、室町洋美 1.グループの設立、目的 ナノ量子輸送グループは、ナノメートルレベルで 発現する量子輸送現象に関する研究を行うことを目 的として、平成15年2月に設立されました。 試料のサイズが、その「物性を決めている特徴的 な長さ」と同程度になると、試料の形状に起因する 新規の量子輸送現象が発現することが期待されます (サイズ効果)。我々のグループでは、超伝導体や磁 性体試料を微細加工し、量子現象が顕著に現れやす い低温、磁場中で試料の電気的、磁気的特性を測定 し、サイズ効果に起因する新規の量子現象発見を目 指してきました。さらに有機物や、CeやU等を含む 強相関電子系においても、新規量子現象を発見して きました。 2.研究装置 サイズ効果が発現するような微細な加工を行うた めには、多くの方法がありますが、当グループでは 収束イオンビーム装置や電子線リソグラフィー装置 を導入しました(図1)。 図1 収束イオンビーム装置(上)とや電子線リソグ ラフィー装置(下) この装置を駆使することで、サブミクロンサイズ での試料の微細加工を行ってきました(図2)。ま た、量子現象は、温度の揺らぎが十分に抑制される 極低温環境で顕著となるため、量子輸送現象の観測 には、希釈冷凍機等の極低温発生装置が必要になり ます。さらに量子状態を制御するために、磁場を試 料に印加する必要があります。そこで強磁場研究セ ンター内に、低温物性マグネットを設置し、極低温 強磁場中での精密測定を可能としました。 図2 収束イオンビーム装置によるNbSe3細線試料の微 細加工の例(左)と電子線リソグラフィー装置を用い て作製されたアルミニウムの超伝導量子ディスク(右) 3.主な活動と研究トピックス 1)メゾスコピック超伝導 試料が超伝導体であれば、その特徴的な長さは超 伝導コヒーレンス長や磁場侵入長です。典型的な金 属超伝導体であるアルミニウムの場合には、超伝導 コヒーレンス長や磁場侵入長は300nm程度になるの で、試料サイズをそのサイズ程度まで小さくするこ とで、バルク試料では決して現れない量子現象が発 現します。 図3 Al量子ディスクの抵抗Rの様々な温度での磁場 (H)変化 図2 (右)に示すように、シリコン基板上のアル ミニウムの微細構造体(量子ディスクと細い電極4 本)では、発現する超伝導は試料サイズに大きく依 存して、ディスク部分と電極部分で臨界磁場や臨界 電流が大きく異なってしまいます。したがって磁場 や電流を調節することで、超伝導状態をディスク部 分と細線部分でほぼ別々に制御することができま す。これを利用して、異種金属を用いず、単体で常 伝導―超伝導―常伝導(N/S/N)接合を作ることに 成功しました。図3にはAl量子ディスクの抵抗の磁 場変化を様々な温度で測定したものです。低磁場で 最初に超伝導状態が磁場で壊された後に、特徴的な 抵抗の極大を示します。さらに0.045Kの極低温では、 440G付近で超伝導状態が再び発現する様子(再起 超伝導現象)が出現することを初めて明らかにしま した。抵抗の極大は、電極とディスク結合界面で温 度の揺らぎにより不安定なS/N界面が生じ、そこで 準粒子の散乱が激しくなることで説明できます。電 極の超伝導が壊れる時に、その超伝導干渉長が発散 します。その時にS/N/S結合での近接効果が増大し、 再帰超伝導が発現すると考えられます。この発見は 単一金属量子デバイスへの提案に繋がりました。 2)磁場誘起超伝導現象 最近の有機合成技術の発展により、通常の金属・ 合金なみの高い電気伝導性を有し、さまざまな構造 や組成を持つ有機物(有機伝導体)が合成されてき ています。有機伝導体には通常の金属・合金では見 られない興味ある電気的、磁気的性質を示すものが 多く、その性質を利用した新規材料としての実用化 への道が模索されています。これらの性質は有機伝 導体の特異な電子状態に起因するものと考えられて おり、そのメカニズムの解明が期待されています。 我々のグループでは、結晶中に大きな磁気モーメン トをもつ有機伝導体に注目し、その電気的、磁気的 性質を調べてきました。一般的に「超伝導状態」は、 磁場を印加することでエネルギー的に不安定にな り、通常の「金属状態」に戻ってしまいます。とこ ろが特殊な有機伝導体において、通常では考えられ ない現象、「磁場によって絶縁体から超伝導体へと 転移する現象」が起こることを発見しました。 図4 λ-(BETS)2FexGa1-xCl4(x=0.45)の抵抗の磁場変化。 磁場により、絶縁体が超伝導体に転移する この特異な現象は、λ-(BETS)2FexGa1-xCl4という有 機物でx=0.45の組成で出現します。この有機物は、 2次元BETS (ビスエチレンジチオテトラセレナフ ルバレン)有機分子配列とFeCl4分子配列が交互に積 み重なった層状構造を持っています。伝導電子は BETS分子層にあり、この面内で電気が非常に流れ やすく、この面に垂直な方向では電気は流れにくい 構造となっています。図4に示すように、1.6Kとい う低温では、4T以下の低磁場中では抵抗は非常に 大きく、絶縁体状態ですが、約4Tの磁場で抵抗が 急激にゼロまで減少するという現象が発見されまし た。これが磁場によって誘起される「絶縁体―超伝 導転移」です。このメカニズムを利用して、非常に 強い磁場中でも超伝導状態が安定に存在するような 材料の開発や、外部磁場によって精密に制御できる デバイスの新規動作原理への提案を行うことができ ました。 3)高圧化の量子振動測定 当機構で開発したNiCrAl合金を使用した高圧容器 を開発し、世界的にも例のなかった約2GPaの高圧 下でのドハース・ファンアルフェン(dHvA)効果 測定に成功しました。dHvA効果とは、超低温、強 磁場中で金属の磁化が磁場の逆数に対し周期的に振 動する現象で、この振動を解析することにより電子 状態の微視的な情報を知ることができます。dHvA 効果を測定した物質は、強相関電子系のひとつであ るUGe2で、大気圧から1.6GPaの臨界圧力までは強磁 性体であり、これより高圧では常磁性となります。 興味深いことに、依然強磁性である約1~1.6GPaの 圧力範囲で超伝導が発現します。 一般的に超伝導と強磁性は相容れないものです。 強磁性体の作る磁場が超伝導の妨げとなるからで す。なぜ、強磁性と超伝導とが共存するのかという 問題に答えるため、臨界圧力を越える高圧まで dHvA効果を測定しました。 図5が結果です。挿入図に示したのが、大気圧 (0.1MPa)と臨界圧力以上の高圧(1.76GPa)での dHvA振動です。それぞれの振動に含まれる周波数 成分を知るためにフーリエ変換を行った結果がメイ ンパネルです。一つ一つのピークが異なる性質の電 子に対応します。臨界圧力を前後で電子の性質が大 きく変わることがわかります。さらに、電子の見か けの重さ(有効質量)が超伝導の発現する圧力域で 大きく変わることもわかりました。この研究により、 磁性超伝導体研究に大きな貢献ができました。 図5強相関系UGe2での量子振動現象(挿入図)とフ ーリエ変換スペクトル 原子エレクトロニクスグループの活動 長谷川剛、飯島陽子、植村隆文、海老原知子、大川祐司、桑原皓二、櫻井亮、清水順也、高城大輔、田村克己、 田村拓郎、鶴岡徹、寺部一弥、根岸良太、原眞一、細木茂行、松重涼子、松嶋精一、マニシャクンドゥ、三澤豊、梁長浩 1.グループの概要 原子エレクトロニクスグループは、原子や分子の ダイナミクスに関連した基礎物理現象の解明とその デバイス応用を目指して、平成15年1月に、ナノマ テリアル研究所のナノ電気計測グループより分離独 立して設立された。当グループでは、特に、固体電 気化学反応を利用した原子スイッチの研究、原子領 域からの発光現象の解明とその応用に関する研究、 有機分子の重合反応を利用した機能素子開発などに 力を入れてきた。また、これらの研究を推進するた めに必要な装置の開発も併せて行ってきた。 一方、平成15年度末より整備を開始した機構の共 通設備施設であるナノ量子ファウンドリーの運営に ついても、当該施設を運営する正式な組織が設立さ れるまでの間、原子エレクトロニクスグループにて、 その運営を行ってきた。以下では、主な研究内容並 びに業務内容に付き、その概略を紹介する。 2 .主な研究成果 固体電気化学反応を利用した原子スイッチの研究 では、実用化に不可欠な集積化技術の開発と、単一 原子(イオン)の輸送制御を目指した新たなデバイ ス開発に関する基礎研究を進めてきた。その結果、 原子スイッチの特徴である電子・イオン混合伝導体 電極と金属電極間の1ナノメートルのギャップの作 製技術を確立し、集積化を実現した。この成果は、 英国科学雑誌「ネイチャー」(平成17年1月6日発 行)に掲載されたほか、朝日、読売、毎日、産経、 日経などの新聞でも紹介された。図1に、集積化さ れた原子スイッチの電子顕微鏡写真と原子スイッチ の模式図を示す。原子スイッチには、単にサイズが 小さく低消費電力化が可能というだけでなく、不揮 発性や低オン抵抗、学習機能などの特徴がある。 図1 原子スイッチの模式図とその電子顕微鏡写真 これらの特徴を利用すると、半導体トランジスタ を使ってでは実現不可能な、新しい領域の製品開発 も可能になる。その実現を目指した企業との共同研 究にも着手した。同共同研究は、文科省の産官学連 携プロジェクト(「原子スイッチを用いた次世代プ ログラマブル論理演算デバイスの開発」(代表者: 青野正和ナノマテリアル研究所所長))としても採 択され、実用化に成功したナノデバイスの代表例の ひとつとすべく研究を進めているところである。 単一原子(イオン)輸送の制御を目指した研究で は、電子・イオン混合伝導体ナノワイヤーやナノア イランドの形成とその集積化技術の開発を進めてき た。その結果、直径20ナノメートルの電子・イオン 混合伝導体ナノワイヤーの形成に初めて成功するな ど、様々な要素技術の開発に成功した。その一例と して、図2に作製したナノワイヤーの電子顕微鏡写 真を示す。作製したナノワイヤーによるスイッチン 図2 硫化銀と銀のヘテロ接合を持つナノワイヤー グ現象の観測にも成功しており、 これらは、新しい 概念で動作するナノデバイス開発に繋がることが期 待される成果である。 原子領域からの発光現象の解明とその応用に関す る研究では、独自に開発を進めてきたSTM誘起発光 法を用いて、電子軌道対称性の検出に成功した(図 3)。これにより、双極子遷移によって光が生成さ れること、トンネルギャップでの光生成過程におい て光学選択則が成立していることを実証することが できた。この他、スピン分布やスピンダイナミクス をナノスケールの空間分解能で検出することなどに 成功した。 図3 光生成過程における光学選択則(a)、(b)とそ れを実証した実験結果(c)、(d) 有機分子の重合反応を利用した機能素子開発に関 する研究では、独自に開発したSTMによる連鎖重合 反応を局所的に誘起する方法を用いて、金属ナノア イランドに複数の導電性ナノワイヤーを接続するこ とに成功した。図4に、その模式図と実際に作製し たナノ構造のSTM像を示す。この構造は、単一電子 トランジスタとして機能することが期待できること から、多探針プローブ顕微鏡などを用いて、その特 性評価を行うべく、研究を進めている。この他、多 層分子膜の各層内に制御して導電性ナノワイヤーを 形成する技術の開発などを進めている。 図4 単一電子トランジスタとしての動作が期待でき るナノ構造 独創性の高い研究を進めるためには、オリジナル な装置の開発も欠かせない。例えば、開発した材料 やナノ構造の機能評価、それらをデバイス構造化し た際の動作特性を評価は、市販の装置では行えない 場合が多い。このため、走査型プローブ顕微鏡技術 をベースにした独自の装置開発を進めてきた。 図5に、ナノ電気計測グループの協力を得ながら 開発した4探針原子間力顕微鏡の写真を示す。本装 置は、原子スイッチのスイッチング現象の実時間観 察に用いられるなど、当グループの研究を進める上 で、不可欠、かつ強力なツールとなっている。この 他、近接場光による表面ナノ構造の形態と光学特性 の制御を行うための走査型近接場プローブ顕微鏡の 開発などを進めてきた。 図5 4探針原子間力顕微鏡 3.ナノ量子ファウンドリー 機構外の従来型ファウンドリーは持ち込める材料 に制限が多いことから、機構内で研究開発されてい る多種・多様な材料については、微細加工や集積化 が思うように出来ないという問題があった。ナノ量 子ファウンドリーは、この状況を打開するため、平 成15年度末より、ナノマテリアル研究所が中心とな り整備を開始したものである。広さ約100平方メー トル、クラス1000のクリーンルーム内に、電子線描 画装置、フォトリソグラフィー関連装置などのパタ ーン形成装置、製膜やエッチング装置などを備え他 結果、一連の微細加工プロセスがオンサイトで行え るようになった。現在では、毎月の延べ利用者数が 200名に達するなど、機構内の研究者に広く使われ る共通施設となっている。正式な運営組織ができる までの間、原子エレクトロニクスグループにてその 運営を代行してきたが、平成18年度より、その運営 は正式な組織に引き継がれる。 4.次期中期計画に向けて 原子エレクトロニクスグループでは、新しい概念 で動作するデバイスやコンピューターの開発を目指 して研究を進めてきた。そのために、従来の半導体 デバイスとは動作原理の異なるデバイス開発を目指 して、基礎物理現象の探索から研究を進めてきた。 その結果、原子スイッチの実用化に目途を付けるな どの成果を上げることができた。今後も、基礎研究 と応用研究のバランスを取りながら精力的に研究を 進めて行く所存である。これにより、半導体エレク トロニクスにも匹敵しうる原子エレクトロニクスの 世界を確立し、次世代高度情報化社会の実現に寄与 していきたい。関係各位のご理解とご支援をお願い する次第である。 ナノ量子エレクトロニクスグループの5年 羽多野毅、有沢俊一、石井明、高野義彦、王華兵「ICYS」、金相宰「現国立済州大学、2002.11退職」、井口家成、池田省三 「2003.3退職」、猪股邦宏「現理化学研究所、2005.3退職」、浦山慎也、大森昌「現NECソフトウェア、2003.3退職」、川江健「現金 沢大学、2005.3退職」、河上真一「現凸版印刷、2004.3退職」、金鮮美、宿彦京「現北京科学技術大学、2003.3退職」、周思海「現 Wollongong大学、2005.8退職」、徐永源「ICYS」、立木昌、長尾雅則、福代明広「現NTTソフトウェア、2002.3退職」、宮城茂彦、 山下努、尹炅成 1.新原理超伝導エレクトロニクスの開発を目指して 高温超伝導体の結晶構造に1.5ナノ メ ートル周期 で内在する超伝導体層/絶縁体層/超伝導体層のジ ョセフソン素子構造(固有ジョセフソン接合)を利 用したテラヘルツ周波数帯域の超高周波素子開発を 行う。当機構の薄膜・単結晶合成技術と微細加工技 術を原資として、現行の超伝導デバイス技術を Quality-jumpさせうるポテンシャルをもつ固有ジョ セフソン効果のテラヘルツ応用を戦略目標として選 択した。テラヘルツ帯発振素子開発という明確な出 口目標を設定し、基礎から応用に渡る総合的な研究 開発を集中して行う。固有ジョセフソン接合は、単 に接合列の方向だけでなく、 3次元にデバイス構造 が集積しており、さらにその構造が単結晶の並進対 称性により保証されている理想的なナノ集積デバイ スである。さらに、超伝導の超高速性と超低消費電 力性を備えていることから(それぞれ半導体に較べ て3桁)、ポストシリコンの有力候補として育成し ていく必要がある。 超伝導現象一般は巨視的量子現象として、さらに 長期的な視点でナノ・量子サイエンスの主役に成長 していく重要研究領域である。新超伝導体物質の高 品質な単結晶・薄膜合成技術の開発を行うととも に、基礎物性を解き明かす中で、新現象・新機能探 索を行う。 2.グループの活動経緯 2.1.テラヘツル発振素子 ビスマス系高温超伝導体(Bi-2212)単結晶ウイ スカーを用いて、収束イオンビーム法による微細加 工により固有ジョセフソン接合の加工・低温高磁場 測定・高周波測定環境を整備し研究を開始した。 図1 収束イオンビーム法によりBi-2212単結晶ウイス カーに微細加工を施した固有ジョセフソン接合 当初は、図2のように結晶に内在する接合層に平 行に磁場を印加し、量子化されたジョセフソン磁束 が接合間を流れる電流によるローレンツ力で接合面 を運動(フロー)し、ジョセフソンプラズマを励起 するという理論的予測に基づいて、テラヘルツ発振 の条件を探った。 図2 量子化された磁束が接合間を流れる電流による ローレンツ力で接合面を運動(フロー)し、ジョセフ ソンプラズマを励起する概念図 実験データからの仮説として、各接合の発振の位 相を一致させるために、磁束の格子配列を三角格子 から四角格子へ転換するために接合両端のつくる箱 形ポテンシャルを利用するデバイス設計を考案し試 みたところ、幅1.8μmの接合において、理論の示す 処とは異なり、磁束フロー電圧による交流ジョセフ ソン効果の交流周波数と素子の幅で定在波発振 (Fiske共鳴)現象を発見した。図3に示した電流― 電圧曲線における電流ステップがそれである。この 試料における発振周波数は、ジョセフソンの周波 数―電圧関係式から、 と表される。電流ステップの現れる電圧から、ƒ=70 GHzであった。ここで、eは素電荷、hはPlanck定数、 Vは一接合あたりの磁束フロー電圧である。定在波 発振の周波数は、この物質中での電磁波の速度を一 定と仮定すると素子幅に反比例することから、素子 幅をさらにサブミクロン領域にまで変化させたとこ ろ、図4に示すように発振周波数は0.5 THzに到達 した。2次の高調波では、1.0THzに到達した。 図3 素子幅1.8 μmの固有ジョセフソン接合素子の電 流―電圧特性において見出されたFiske共鳴発振現象。 1st-4thと矢印で表された電圧で、共鳴による電流ステ ップが観測された。図中の数字は規格化された磁場の 値で、Hp=0.765T 図4 素子幅に反比例して発振周波数が増加し、基本 振動数で発振周波数は0.5 THzに到達した。2次の高調 波では、1.0THzを超えた 発振パワーは、「電流ステップ高さ×ステップの 現れる電圧」に比例するが、電流は素子の面積に比 例するが、幅はサブミクロンの制約があるので、奥 行きを長くとるか、素子を並列に集積する必要があ る。また、ジョセフソン電流は、温度依存性がある ので、低温程有利である。さらに低温ではジョセフ ソン磁束フローの散逸も減少するため、より高速の フローが実現できることから、フロー電圧が高くな り、発振パワー ・発振周波数の両面で有利である。 収束イオンビーム法により固有ジョセフソン接合 を作製する手法では、奥行きを長くとるにも、素子 を並列に集積するにも限界がある。そこで単結晶を 両面から、電子ビームリソグラフィーとアルゴンイ オンビームエッチングにより、浮遊帯移動法で作製 した単結晶の両面に施すことにより、大面積化・集 積化を実現した(両面加工法)。図5に集積された 並列素子の顕微鏡写真を示す。 図5素子幅1.0 μm、奥行き30 μmの固有ジョセフソン 接合素子を単結晶に40スタック集積した素子の顕微鏡 写真 このように、集積化された素子の電流―電圧特性 を図6に示す。固有ジョセフソン素子幅サブミクロ ン領域では、各接合がそれぞれFiske共鳴状態に遷 移することが見出され、共鳴状態になった接合は、 互いに打ち消し合うことなく、接合数の増加に伴い 発振パワーが増大することが明らかになった。 図6 集積化された素子の電流―電圧特性に見出され た各接合のFiske共鳴遷移による電流ステップ 以上のように、理論的及び遠赤外吸収実験のデー タからその存在が予測されていたジョセフソン・プ ラズマに該当するテラヘルツ帯において、明確に発 振現象を引き起こす、デバイス設計と発振条件を実 現した。現在40接合を集積することにより、発振パ ワー10μW超を達成しているが、集積度のアップに よりさらに1― 2桁は容易に出力を増加させること が出来るので、1mW級までの目途はついた。 2. 2.テラヘツル受信素子 テラヘルツ(THz)帯の電磁波検出器を単結晶レ ベルの高品質な酸化物超伝導体薄膜で実現した。 Tri-Phase-Epitaxy法による希土類123系超伝導体単結 晶薄膜を、方位の異なる単結晶を接合した酸化マグ ネシウムバイクリスタル基板上に成長させ、基板の 接合部に粒界接合を作製し、さらに電子線リソグラ フィー加工および集束イオンビーム加工を施した。 これにより幅数百ナノから数ミクロンの高品質なブ リッジ状粒界ジョセフソン接合素子の作製に成功し た(図7)。高周波印加による電流―電圧特性に現 れる階段状のマイクロ波応答ステップ(シャピロ ・ ステップ)が明瞭に観測さた(図8)。4.4mVまで ステップが観測されていることから、2THz以上の 高周波に対しても応答可能である。この高い特性は 極めて高品質の超伝導薄膜を用いることにより実現 された。 これらの結果から、素子の再現性・信頼性・耐久 性に優れた粒界ジョセフソン接合素子が再現性良く 作製可能であることが実証された。高周波検出器以 外にも、液体窒素温度以上で動作可能な発振器、電 圧標準、SQUID、論理デバイス等、さまざまな応用 が考えられ、これまで進んでいなかった高温超伝導 体のデバイス実用化が一気に進展することが期待さ れる。 図7 ブリッジ状粒界ジョセフソン接合素子 図8 高周波印加による電流―電圧特性に現れる階段 状のマイクロ波応答シャピロ ・ステップ 2. 3.ウイスカー十字接合 高温超伝導体のオーダーパラメターがdx2-y2の対 称を示すことに着目して、二本の単結晶ウイスカー をc面でツイストして重ね、ウイスカー成長温度の 800℃台で加熱することで、微細加工を行うことな くジョセフソン接合が作製できる手法を発明をし た。ツイスト角度により、dx2-y2対称性に起因して 接合特性を制御することが可能になり、応答周波数 可変高周波受信素子の作製が可能となった。このジ ョセフソン接合を用いて、SQUID動作も評価され た。 図9 dx2-y2対称性に起因したウイスカー十字接合の臨 界電流密度のツイスト角度依存性 2. 4.希土類123系高温超伝導体ウイスカーの成 長 従来ビスマス系高温超伝導 体(Bi-2212)でのみウイス カーの合成が可能であった。 ウイスカー成長の前駆体にテ ルル、テルルとカルシウム、 及びアンチモンを添加するこ とで、希土類123系高温超伝 導体ウイスカーを成長させる 方法を発明した。 図10イットリウム123系単結 晶ウイスカー 2. 5.希土類123系固有ジョセフソン接合 ビスマス系と並ぶ高温超伝導の典型物質である希 土類123系ウイスカーの成長に成功したことで、固 有ジョセフソン効果の研究が大きな拡がりを見せ始 めている。2.1.で述べたジョセフソン・プラズ マ周波数はジョセフソン接合の臨界電流密度ととも に増加することから、より高い周波数領域のデバイ ス技術に繋がるポテンシャルを有している。図11に 示したのはテルル添加法で作製したイットリウム 123系ウイスカーに加工した固有ジョセフソン接合 の電流―電圧特性である。多重接合に典型的な多重 ブランチ構造が明瞭に観測され、今後、この物質系 も固有ジョセフソン効果のもう一つの主役として研 究が進展することが期待される。 図11イットリウム123系単結晶ウイスカーに加工した 固有ジョセフソン接合の電流―電圧特性 2. 6.高濃度ボロン添加ダイヤモンド超伝導薄膜 2004年にロシアで超高圧合成された高濃度ボロン 添加ダイヤモンドが超伝導になることが発見され た。これに対して、早稲田大学川原田研究室と共同 で、化学気相蒸着法(CVD)により超伝導ダイヤモ ンドの薄膜化に成功した。超高圧合成に較べ、試料 の形状が薄膜であるため扱い易く、またボロン濃度 の制御が容易であるなどの優位性から、最近ではこ の新超伝導体の研究の中心はCVDダイヤモンドに完 全に移行している。現在は基礎物性の研究を行って いる段階であるが、ダイヤモンド超伝導体は超伝導 を担うキャリアの濃度が極端に低い新しいタイプの 超伝導物質であり、基礎物性の解明に続く新現象発 掘に期待がかかる。 図12 CVDダイヤモンド超伝導薄膜の二次電子顕微鏡 写真 2. 7.集積ステップ構造を有する酸化マグネシウ ム単結晶基板 潮解性などで劣化が起きやすい酸化マグネシウム 単結晶基板の(001)表面を酸素中高温処理するこ とで、集積ステップ構造(bunching step)の形成が 行われることを発見した。今後、量子細線やナノド ットなどのナノ構造作製の基板材料としての多彩な 応用が期待される。 3.この5年間の組織の成果 研究トピックス:「新しい超伝導体MgB2、MgB2 図13酸化マグネシウム単結晶基板の表面に作製した 集積ステップ構造 の高圧合成と超伝導特性」(20016)、「超高周波デ バイス材料、固有ジョセフソン接合―結晶構造その ものが素子構造」(2001.10.)、「自然の結晶構造を利 用したテラヘルツ発振素子の研究」(2004.3.)「高品 質粒界接合接合を用いた超高周波検出素子の開発」 (2005.1.)、「気相成長ダイヤモンドの超伝導」 (2005.5.)、「固有ジョセフソン接合集積テラヘルツ 発振素子」(2005.7.) 。 論文執筆件数、及び特許申請件数。 平成13年度:論文17報、特許申請2件 平成14年度:論文7報、特許申請1件 平成15年度:論文13報、特許申請3件 平成16年度:論文15報、特許申請0件 平成17年度:論文4報、特許申請2件 研究集会開催:第4回高温超伝導体の固有ジョセ フソン効果とプラズマ振動シンポジウム(2004.11.) を主催、ダイヤモンド及び関連物質の超伝導国際ワ ークショップ主催(2005.12.) 。 4.グループがカバーしている研究分野の動向・展 望 固有ジョセフソン効果に、選択と集中することに より、立ち上げから4年で当該分野の世界的研究拠 点として認知されるに至り、2004年度に国際シンポ ジウムを開催するに至った。特に、素子幅をサブミ クロンにして、定在波発振させる手法の発見により、 テラヘルツ発振が初めて現実のものとなった。次回 2006年の会議にも当グループから3名の委員を輩出 している。 2004年にロシアで発見された高圧合成ダイヤモン ド超伝導体は、薄膜ダイヤモンドに研究の主流が完 全に移行し、2005年度に当グループで国際ワークシ ョップを開催するに至るなど、世界的研究拠点とし て活動している。 5.組織運営上の問題点、反省点、提言等 独立行政法人化により、ポスドク等非常勤職員雇 用の自由度が高くなったことから、テラヘルツ研究 に選択と集中するための柔軟で機動的な研究態勢の 構築が可能となり、急速に当該分野をゼロからピー クまで駆け上がることが可能となった。 バイオナノマテリアルグループの発足 荒川 秀雄、三井圭太、Dmitry Bulgarevich 1.発足の経緯・目的・目指すもの バイオナノマテリアルグループは、2004年6月よ りナノマテリアル研究所に発足した。多くの生体分 子が複雑な構造を持ちつつ高度な機能を実現してい ることを考えれば、ナノマテリアル研究の1分野と して生体分子を対象とする研究をすることは、世の 中のニーズに応えたものであるのは明らかであろ う。 発足時はディレクター(アソシエイト)の荒川の みであったが、2005年1月より研究員の三井が加わ り、2005年10月より特別研究員としてBulgarevichが 加わって現在に至る。 本グループでは、生体分子個々の特性に着目し、 その仕組みを人間が利用できるまでに解明すること を目的としている。例えば、遺伝子の配列を調べる 技術は大きく発達しておりそこから産物の蛋白質の アミノ酸配列はわかるが、その折り畳まれ方やその 機能について予言することは難しい。その為、相似 性や相同性からそれらを予想しているのが現状であ る。生体分子を原理から理解し技術としてより完璧 に使えるようになる為には、実体としての分子を精 査する必要がある。ナノテクノロジーの発展によっ て、個々の分子をあたかも機械を分解組立するよう に操作して研究することができるようになれば、こ の分野が大きく進歩することは間違いなく、そのよ うな基盤技術を作ることが目的である。 この技術の目指すところは、生体機能分子のデバ イス化である。生体分子やその複合体には、光、電 気、化学的、力学的な信号を相互に変換する機能を 持つと考えられるものがある。これらをデバイスと して使えるように仕立てていく。ナノデバイス化し た生体分子が汎用的で万能なものとなるのは難しい であろうが、その特異な特性から、多様なナノエレ クトロニクスデバイス群の中にあって、柔らかい計 算アルゴリズムのための最重要要素となる役割が期 待できる。 以上はバイオナノマテリアルのボトムアップ的な 研究であるが、逆にトップダウン的手法も目指して いる。則ち「生体反応の現場検証」と名付けた技術 である。生体の反応が起こっているとき、そこには 他種類の生体分子がごく少数参加している。現在の 技術では、核酸以外の生体分子、蛋白質、脂質、糖 質などはフェムトモル近くの量を精製してこないと その解析をできないのが普通である。これに対して、 生体反応の現場を高解像度イメージングすること で、その反応に関わっている生体分子を同定しよう というのが「生体反応の現場検証」である。 しかし、単に高解像度イメージングをしても、多 くの球状蛋白質の外形は区別が難しい。そこで、本 物の現場検証でも時に司法解剖が必要であるよう に、「生体反応の現場検証」でも「分子解剖」が必 要であると考える。つまり、反応現場の分子を部分 的に解きほぐすことで各分子の特徴をより引き出す 必要があると考える(図2)。この為には、原子間 力顕微鏡の仕組みを利用して、個々の分子に制御さ れた力を加えてナノ操作をできるようにする必要が ある。 こうした「生体反応の現場検証」とその為の「分 子解剖」が可能になれば、病気の診断や解明のため にも画期的な方法として使われるようになるであろ う。例えば現代の難病には、蛋白質の立体構造や分 子間の相互作用の変化が重要な役割を果たしている ことがわかってきたものが多い。狂牛病に代表され るプリオン病はまさにこの類であり、アルツハイマ ー病に見られるようなアミロイド繊維の形成も正常 な蛋白質の立体構造が転位することにより発症す る。こうした病気の研究には、蛋白質分子そのもの を相手にする技術が必要となることは言うまでもな い。薬の開発にしても、生体分子との相互作用が薬 の作用の第一段階であり、それを分子レベルで直接 観測するのが生体反応の現場検証であるから、この 手法を使うことで大きく改善されるであろう。 2.グループメンバーの活動経緯 当グループが物質・材料研究機構にできてからの 活動は、まだ立ち上げ段階を抜けておらず、既に世 の中でできる各種の高度な技術をここでもできる状 態に持ってきているのが現状である。そこで、ここ ではメンバーのこれまでの活動経緯に簡単に触れた い。 ディレクター(アソシエート)の荒川は、生化 学・生物物理学をバックグランドに持ち、1988年か ら走査プロ ーブ顕微鏡の生体分子試料への適用にも 挑戦を始め、この分野に最も初期から参画した研究 者の一人であり、特に生体分子の力学測定に成果を 上げている。例えば、蛋白質のコンフォメーション の違いが分子力学特性に反映されることの発見やシ ャペロニン(他の蛋白質の折り畳みを助ける蛋白質) の機能の力学的解釈モデルの構築に関わってきた。 また、全反射型蛍光顕微鏡と原子間力顕微鏡の複合 装置によって非常に高感度な蛋白質検出システムの 制作をしている。 研究員の三井は、大学院時代に荒川が助手を務め る研究室で、蛋白質1分子の力学特性を世界で初め て原子間力顕微鏡で測定したのを始め、世界で初め て蛋白質が折り畳まるときに縮まる力の力学的検出 に成功している。その後、ドイツ・マックスプラン ク高分子研究所においては、表面プラズモン分光な どの光学的測定と原子間力顕微鏡による力測定を同 時に解析できる装置の構築を行った。帰国してから は、光ファイバーと金ナノ粒子を使い、局在プラズ モンを使って蛋白質などの物質の高感度検出装置の 創作などを行っていた。 このように、当グループは原子間力顕微鏡による 力測定について世界最高レベルの技術と経験を持つ 上に、光学的な高感度測定法とそれを原子間力顕微 鏡と組み合わせる装置に精通している。 3.組織の成果 残念ながら、まだ当グループが発足してからの独 自の成果を報告できる段階には至っていないが、新 しい技術として、生体分子・有機分子の力学的性質 の新測定法の開発と、プローブ技術の新しい利用法 の考案という2つのトピックスを中心に当面の活動 をしている。 また、日本顕微鏡学会の下、SPMで生命現象を捉 える手法の開発研究部会を2004年度、2005年度と主 催し、2005年2月27日、28日に静岡県伊豆・熱川ハ イツにおいて、また2005年12月11日、12日につくば 市筑波温泉にて開催した。この研究会では、全国の 生物系の走査プローブ顕微鏡研究者が集まり、合宿 形式で日夜を問わず深い議論が行われた。 4.グループがカバーしている研究分野の動向、展 生体分子研究について、現在の最も大きな流れは、 ゲノム解析からプロテオーム解析に至る展開であ る。これらの研究の中で様々な生物の全ゲノム解析 が既に行われ、今後もデーターが蓄積されていくの は間違いない。また、プロテオーム解析が分子生物 学と蛋白質立体構造解析、分子間相互作用検出技術 などの融合によって成功裡に進められている。これ らのデーターの蓄積により、生体反応においては、 そこに存在する可能性のある生体分子のリスト、そ れらの分子の立体構造のリスト、さらにはそれらの 分子のどれとどれが相互作用をするかのリストがど んどん充実していくだろうと考えられる。 そうした未来予測に立てば、「生体反応の現場検 証」こそが次に必要な基盤技術であり、また情報の 蓄積がその為にも必要であるとも言える。 5.組織運営上の問題点、反省点、提言等 本グループは発足間もないとも言えるが、十分な スタートダッシュができなかった面を反省してい る。場所、人、金がスタート時点で一気に一定レベ ルに達して、何年も研究を続けているグループ同様 に研究室が稼働するのが理想だが、現実には難し い。 しかし見方を変えれば、第2期中期計画の始まる 前に我々のグループは設立でき、準備期間を持つこ とができたので、第2期中期計画期間の活動の為に は理想的(に近い)体制を築けたものと思う。これ までの5年間の物質・材料研究機構のあゆみの中で は、その最後の方でバイオナノマテリアルグループ は現れただけだが、次の5年間のあゆみに期待して いただきたく、また我々としては大きな発展を期す るところである。 図1溶液中観測用原子間力顕微鏡 中央部に水滴を保持して液中動作させる。 図2 プローブにより、蛋白質分子を部分的に解きほ ぐした状態の概念図 極限場ナノ機能グループの活動をふりかえって 藤田大介、大西桂子、鷺坂恵介、大木泰造、迫坪行宏、肖占文(現ナノ電子計測グループ、2004.4異動)、徐明祥(現超伝導セン ター、2004.3異動)、奥澤恵子、佐竹紀子、熊倉つや子、北原昌代、新居周子(2004.9退職)、石川好洋(2003.3退職) 1.組織発足の経緯・目指したもの 極限場ナノ機能グループの前身は、金属材料技術 研究所時代の極高真空場ステーション清浄表面機能 発現ユニットである。2001年4月の物質・材料研究 機構発足時にナノマテリアル研究所ナノ物性研究グ ループ第6サブグループとして新たな位置付けがさ れた。その後、機構内における組織改編によりナノ マテリアル研究所ナノデバイスグループを経て、 2004年8月にナノマテリアル研究所の新しい研究グ ループとして極限場ナノ機能グループが設置され た。 ところで、高度先進科学技術の基盤となるナノテ クノ ロジーの効率的な推進には、ナノ構造の創製技 術と解析技術の高度化が必要不可欠である。この観 点から、当グループは前身の金属材料技術研究所時 代より一貫してナノスケールの創製・計測技術を駆 使して、新規極微構造の創製やナノ機能探索の研究 を推進してきた。新規なナノ構造体を創製し、極微 性に起因する新規機能と物性を探索するためには、 ナノ構造創製環境や機能・物性発現環境を計測空間 に実現しながら、多元的な物性情報(電子状態・力 学的状態・光学特性・スピン状態など)を超高分解 能で計測する技術を確立すること、即ちナノ計測と ナノ創製の融合技術が重要である(図1)。 図1 ナノ評価技術とナノ創製技術の融合 このような観点から、機構としての5年間(2001 ~2005年度)における当グループの第一目標は、複 合極限物理場環境と融合した先端ナノ計測・創製シ ステムを開発することにより、ナノ構造体を創製し ながら、極微性に起因する新規量子機能を探索する ことである。具体的には、極低温場・強磁場・極高 真空場・応力歪場・高温場などの極限物理場環境を ナノスペースに実現しながら、原子分解能の多元的 機能探索を可能とする技術を開発している(図2)。 様々な機能を有する独自の走査型プロ ーブ顕微鏡群 を試作することにより、ナノ機能計測技術とナノ創 製加工技術の開発を推進している。それにより、分 子・クラスター ・ナノカーボン・ナノワイヤ・表面 2次元電子系などにおける様々な新規物性と機能の 解明が進展している。 図2 興味ある機能が発現する環境を実現しながらナ ノ機能発現メカニズムを解析 2.グループの活動経緯 当グループでは2001年度より運営費交付金 (NIMS内競争的資金)、文部科学省振興調整費研究 先導的研究「アクティブ・ナノ計測基盤技術の確立」 (2001~2003年度)等により高度ナノ計測技術の開 発並びにナノ構造の創製、新規ナノ機能の探索に関 する研究を推進してきた。ここでは振興調整費研究 並びに運営費交付金による研究について活動の経緯 を報告する。 振興調整費研究ではアクティブ・ナノ計測技術の 開発と知的基盤の整備を目標とした。アクティブ・ ナ ノ 計測(Active Nano-Characterization)とは“アク ティブ操作を付与したナノ計測”の意味で、我々の 造語である。“Active”という単語の語義は、“活動 的な、積極的な”という意味であり、“積極的”に “活きている”場を創製し、その場でナノ計測を行 うという主旨である。具体的には、アクティブ・ナ ノ計測とは、図3に示すように、多次元パラメータ ー化されたアクティブ操作(応力場、電場、磁場、 高温場、極低温場、極高真空場、分子線照射場等) を与えながら高精度ナノ計測を行い、材料の多元的 情報(電子状態・原子位置・化学状態・スピン状態 等)を時間分解で収集する手法である。従来のナノ 計測手法においては、静的環境での計測もしくは1 個程度の環境パラメーターを変化させる、いわゆる “その場計測”であり、1次元的な計測であった。 一方、アクティブ・ナノ計測とは、基本的に環境パ ラメ ーターを多次元に付与しながらナノレベルの計 測をおこなう点が本質的に異なる。 図3アクティブ・ナノ計測技術の定義 このプロジェクトにおいて当グループが担当した テーマは、走査型トンネル顕微鏡(STM)によるア クティブ・ナノ計測技術の開発であった。複合極限 物理場環境(極低温場、強磁場、極高真空場)にお ける原子分解能STM、応力歪場環境UHV-2探針走査 型プローブ顕微鏡(SPM)、等の装置開発、探針パ ルス電場によるメタルナノ構造の創製技術、トンネ ル電子エネルギー制御による表面超構造制御、STM 探針による原子操作、等のアクティブ・ナノ計測技 術の開発を行った。 NIMS内競争的資金(萌芽的研究)としては、 2001年度から2005年度までに以下の3つを行った。 ①「極限場における極微量子効果発現に関する研 究」(2001~2003年度) ②「ノベルナノカーボンプロジェクト」 (2004 ~2005年度) ③「極限物理場環境ナノエクスプローラ」 (2004 ~2005年度) ①では極低温・極高真空環境における極微構造の 量子効果の探索を目指した研究である。トンネル電 子誘起フォトン検出のための低温極高真空STM、ナ ノ構造の電子状態・原子構造を解明するための高分 解能低温極高真空STMの開発を行うと共に、多様な 極微構造の量子効果の探索を行った。 ②では新しい機能性ナノカーボン構造体(ノベル ナノカーボン)の合成方法および機能探索に関する 研究をエコマテリアル研究センター、ナノマテリア ル研究所、物質研究所の3ユニットにより、横断的 に行うものである。当グループでは、カーボンナノ ドット・ナノワイヤ・ナノベルトを包含するカーボ ン・ナノスプラウトの発見に基づいて、さらに構 造・機能・創製メカニズムに関する研究を、原子分 解能STMなどを用いて行った。 ③ではナノ構造創製・制御とナノ量子物性計測を システムとして一体化した強力なナノ物性探索シス テム(ナノエクスプローラ)の開発を行った。ナノ エクスプローラの開発により、極限物理場環境にお けるナノ構造制御のメカニズム、ナノクラスター ・ ナノワイヤ・表面2次元系等のナノ構造体における 量子力学的な新規機能探索を行った。 3. 5年間の組織の成果 当グループでは、極限物理場環境STMやトンネル 誘起フォトン解析STM、応力場SPMなどのアクティ ブ・ナノ計測技術開発、極限環境における新規機能 探索、新規ナノ構造創製技術、新規ナノカーボン合 成技術、等の成果を挙げている。以下に特に顕著な 業績を示す。 ①Si (100)表面の極低温安定相とナノ周期構造操作 Si (100)は半導体産業を支える最重要材料であ り、構造に関して多くの研究が行われてきたが、表 面の極低温最安定構造は2003年に至るまで確定して いなかった。このような基礎的表面構造が未解決で あることはエレクトロニクスや計算科学の発展に影 響するため、早急に解決しなければならない。 基底状態として提案されている構造のなかで、対 称ダイマー相と呼ばれる(2×1)構造は室温におい て観測されてきた。これは静的な構造ではなく、非 対称ダイマーが高速でフリップフロップすることに よる“見かけの対称ダイマー構造”である。フリッ プフロップは熱的に励起されるため、低温では停止 し、非対称ダイマーとなる。その際、下地格子ひず みを緩和するためにダイマーはバックリング方向を 交互に変えながら整列する(ジグザグ構造)。さら に隣り合うダイマー列間でジグザグ構造の位相が等 しいものと異なるものの2種類の周期構造が存在 し、それぞれp (2×2)構造とc (4×2)構造と呼ば れる。ところが、2000年に複数のグループから低温 で対称ダイマー相が安定に存在することが報告さ れ、世界的な議論を誘起した。 当グループは極低温・原子分解能STM技術を用い てSi (100)表面の基底状態の決定を試みた。正し い答は極限物理場環境STMにより与えられた。0.7 Kにおいて計測されたSi (100)表面の原子分解能 STMでは、従来報告されたような静的もしくは動的 な対称ダイマーに起因する構造は観測されていな い。また、非対称ダイマー構造のなかでも、c (4× 2)相が優勢に存在している。当グループの実験結 果は、80 Kから0.7 Kにいたる範囲においてc (4×2) 構造が基底状態であることを示しており、第一原理 計算による構造予測と一致する。 極低温相の原子分解能イメージングを追求する過 程において、我々はSTM探針から注入するエネルギ ーを制御することにより、Si (100)表面原子の周 期構造の操作に成功した。我々は準安定相であるp (2×2)構造が出現する条件を発見し、さらにSTM 探針と表面間の電圧を制御することによってc (4× 2)構造とp (2×2)構造間の可逆的な操作に成功し た(図4)。このような周期構造の操作は、ナノデ バイス構造を作り分けるテンプレートを作製する要 素技術として役立つ可能性がある。また、周期構造 操作技術の発見は、Si (100)表面の基底状態を決 定する上でも、重要な知見を与えている。さらに計 算材料科学センターと共同で、第一原理計算により、 周期構造がトンネル電子の注入により変化するメカ ニズムを解明しつつある。 図4 極低温STMによるSi (100)表面の周期配列の操 作。c(4×2)⇨周期構造変化⇨p (2×2)構造 ②トンネル誘起フオトンの近接場高分解能計測 当グループはトンネル電子により誘起されるフオ トンを近接場にて高感度単一光子計測する技術を確 立し、蛍光性分子からの微弱なSTM発光を観測する ことに成功した。STMイメージングと同時に単一光 子計数による高感度フォトン像の計測、並びに任意 の位置における高感度分光計測が可能である。近接 場光子マッピングにおいて原子ステップ分解能を Ag (111)表面(局所プラズモン発光)において達 成した。 さらに、表面層のドーパント1個からのフォトン 計測に成功したが、その例を以下に示す。図5 (a) に、超高真空劈開により得られたp-GaAs (110)表 面のトポグラフィーーフォトン同時マッピングを示 す。発光原理は、注入された電子とホールとの再結 合発光である。表面から数層以内に位置するドーパ ント(Zn)がSTM像では凸部として観測される。こ れは負の電荷を帯びたZnドーパントの近傍において 局所的なバンドベンディングが生じ、トンネル電流 のパスが伝導帯のみならず価電子帯へも発生するこ とに起因する。一方、フォトン像ではドーパント近 傍において光子強度が大幅に減少している。このメ カニズムは図5 (b) (c)に示すように、バンド構 造の局所的な変化に起因している。Znドーパント近 傍では価電子帯にトンネル電子が注入されることか ら、発光に寄与する電子数が減少すると共に、発光 を伴わずにホールと再結合する。その結果、発光効 率が大幅に減少したといえる。STMと光子像の同時 計測は、これまでのSTM計測では得ることが困難で あった光学的な情報をナノレベルで提供することに なり、原子レベルでの化学状態やバンド構造のイメ ージングに道を拓くものである。 図5 (a) GaAs(110)表面のSTM像とトンネル誘起発 光像(80K)。ドーパントのないテラス上(b)及びZn ドーパント近傍(c)からのトンネル発光メカニズム ③低温STMによるナノクラスターの単一電子効果計 測 極微クラスター構造に起因する量子効果の一つと して、単一電子トンネル効果(Single Electron Tunneling : SET)がある。トンネル障壁により電気 的に外部回路につながったメタリックなナノクラス ターでは、1個の電子注入による静電エネルギー変 化が~100meVオーダーになるため、電子の輸送に おいて有限のエネルギーが必要になる。ナノクラス ターの電荷を電子1個レベルで制御できるため、極 微なトランジスターやメモリーを創製することがで きる。当グループでは、Au (111)基板上に作製し たジチオール分子の自己組織化単分子膜(SAM)上 にサイズ(直径~1nm)の揃ったAuナノクラスタ ーを均一に分散することに成功した。このような基 板と絶縁されたAuナノクラスターを、金STM探針 により超高真空中において低温STS計測することに より、SET効果によるクーロン階段(電子が一個ず つAuナノクラスターに収容・抽出されていく過程) を明瞭に計測することに成功した。このようなAu ナノクラスターは、STM探針により操作(除去)可 能であり、STMによるナノ回路の創製も期待できる。 低温環境におけるSTM/STS計測により、ナノクラス ターの有する自己静電容量のサイズ依存性を求めた が、モデルシミュレーション結果と良い一致を示し た。また、メタルナノクラスターの有する化学ポテ ンシャルの揺らぎなど様々な極微構造特有の現象も 明らかになってきた。 ④STMによるメタリックナノ構造の創製 STM探針にパルス電圧を印加するアクティブ操作 によりナノ構造を創製することができる。このアク ティブ操作は、探針―表面間に電圧パルスを印加す ることにより、表面の任意位置に探針物質を移送・ 付着させる技術である。この手法の開発により、当 グループでは図6に示すように原子レベルで清浄な Si(111) -(7×7)表面にAgのメタリックナノ構造を Ag被覆W探針・ Ag探針からの物質移送を用いて創 製することに成功した。1996年に開発したAu探針 の場合(創製確率~50%)と比較して、格段に優れ た創製確率(~100%)が得られている。探針物質 移送のメカニズムとしては、従来の電場蒸発(Field Evaporation)ではなく、新たに、電場誘起拡散によ り伸張したAg探針先端がSi (111)表面と点接触す るモデルを提案している。Agの高いエレクトロマ イグレーション性及び点接触後に生ずべきSi原子と の比較的強い結合により、点接触したAgがSi基板上 に高確率で移送される。このようなアクティブ操作 により、ナノデバイスをボトムアップにより創製す ることが可能となる。 図6 Ag被覆探針を用いたパルス電場誘起点接触によ りSi(111)-(7×7)表面に形成したAgナノ構造 4.極限場STM計測分野の動向、展望 STMは構造や状態を原子分解能で解析可能な表面 計測手法であるが、近年、極限環境における量子効 果を探索する強力な解析法として急速に進化してい る。 ナノデバイスやナノマテリアルの新規機能は量子 力学的な効果に起因することが多い。大概、それら は極低温(LT) ・強磁場(HM) ・超高真空(UHV) などの複合された極限環境において明瞭に観測可能 になる。また、超伝導状態の物理的起源を明らかに するためには、LT (1K以下)・可変磁場(0~数テ スラ以上)における高エネルギー分解能(1meV以 下)の走査型トンネル分光(STS)計測が必要であ る。このため、LT-HM-UHV複合極限環境でのSTM 開発が米・独・日を中心に活発に進められている。 この分野では米国コーネル大学のDavis教授グル ープが先導している。1999年に3He冷却によりLT (250mK) HM (7T) UHV環境における高分解能 STMを開発したが、更に、その後、希釈冷凍機によ る LT (~20mK) ・ HM (9T)のUHV-STMの開発に も成功した。Davisグループのミリケルビン-STMは 主に酸化物超伝導物質の物性解明に大きな威力を発 揮しており、最近、理研グループと共同で、低濃度 正孔をドープしたCa2-xNaxCuO2Cl2における「チェッ カーボード」様の電子結晶状態を擬ギャップ領域に おいて発見した。一方、ハンブルグ大学の Wiesendanger教授グループが3He方式によりLT (300mK) ・ HM (14T)のUHV-STM を 2004年に完成 させた。スピン状態やランダウ量子化の機構解明に 用いるものと思われる。現時点ではWiesendangerグ ループの達成した磁場強度はLT-UHV環境では世界 最高である。 国内における極限環境STMの開発は、東京大学の 福山教授グループが1990年代から取り組んでおり、 最近、希釈冷凍によるLT (20mK) ・ HM (6T)の UHV-STMの開発に成功した。東大グループは超低 温領域の物性探索が専門であり、グラファイトのラ ンダウ量子化などの低次元物性の探索に適用してい る。NIMSにおける極限環境SPMの開発は1990年代 に極低温原子分解能UHV-STMとして着手した。さ らに2001年より複合極限場環境における原子分解能 STMの開発が推進され、極低温(400mK) ・強磁場 (11T) ・極高真空の原子分解能STMの開発に成功 した。NIMSでは極高真空創製技術という固有技術 を有しており、清浄表面創製技術と組み合わせるこ とにより、他のグループでは観測できない表面の原 子分解能計測に成功している。特に、Si (100)表 面やAu (111)再構成表面の1K以下の極低温におけ る原子分解能STM計測に初めて成功している。 今後の課題としては、さらなる低温、強磁場、極 高真空、高分解能(~100μ eV)が挙げられる。特 に、より強い磁場は本質的な新規物性の探索を可能 にすることから、強磁場開発競争は活発化すると思 われる。このような世界最高水準の計測技術は、ナ ノ構造の発現する機能や物性のメカニズムを解明す るうえで強力なツールとなり、全く新しいナノ機能 や量子効果の発見をもたらす可能性が大きい。 5.今後への提言 第3期科学技術基本計画においては、新しい原 理・現象の発見や解明を目指す基礎研究を中心とし た知識の蓄積の上に、原子・分子レベルで急展開す る生命科学や材料科学等において探求されているよ うな非連続的な技術革新の源泉となる知識への飛躍 が期待されている。また、科学技術の限界へ挑戦す ることも追求すべき目標とされている。人類が見る ことや知ることができずにいる領域の情報を得るこ と、極限的な環境でのみ出現する現象を発見するこ とにおいて、世界をリードすることが求められる。 このような要請は、当グループがこれまで推進して きた、極限場環境における原子レベルでの高度ナノ 計測技術開発の目指す方向性と良く 一致している。 一方、当機構は、極限的な環境における高度表面 ナノ計測技術の開発において主導的な役割を果たし てきた。特に1990年代には、極限場研究センターを 設置し、強磁場、極低温、極高真空環境などの極限 場における極微構造創製と量子機能発現の研究を先 導してきた蓄積がある。このようなNIMSが保有す る“極限的な環境での高度ナノ計測技術”は、物 質・材料研究分野における“飛躍知の発見”や“科 学技術の限界突破”を実現するための重要なキーテ クノ ロジーであり、さらに整備充実、重点化の戦略 が必要である。 3 材 料 研 究 所 材料研究所の5年 小野寺秀博、佐藤彰(所長、平成2001年4月―2002年3月)、吉原一紘(所長、平成2002年4月―2003年9月)、野田哲二(所長、 平成2003年10月―2005年3月、現理事)、青木画奈、青木智史、浅香由美子、阿部英司、阿部信雄、阿部英樹、天野史、新井智 子、荒木弘、飯島清一、飯塚早苗、葉安州(YEH Anchou)、五十嵐慎一、砂金宏明、石岡邦江、石川泰成、石田章、板倉(中村) 明子、市坪哲、伊津野仁史、伊藤マリ子、稲葉良徳、今井基晴、今須淳子、岩渕祥子、武穎娜(WU Yingna)、魚津良雄、宇田雅 広、打越哲郎、江頭満、江場宏美、江村聡、大石敬一郎、大久保忠勝、大崎智、大沢真人、大塚和弘、大沼正人、大畠宏文、小 口英雄、小熊英隆、奥村務、奥山絵美子、奥山秀男、小澤清、尾高聡子、加賀屋豊、香川豊、掛谷信和、笠原章、笠谷岳士、片 山英樹、加藤尚子、川岸(端)京子、川喜多仁、川崎昌彦、菊池武丕児、岸本哲、北澤宏美、北嶋具教、北島正弘、金炳男 (KIM Byung Nam)、木村秀夫、木本高義、京野純郎、谷月峰(GU Yuefeng)、郭洪波(GUO Hongbo)、郭樹啓(GUO Shuqi)、黒 田聖治、栗生佳世子、小泉裕、後藤真宏、小林敏治、小林幹彦、小松誠幸、小山由香、今野武志、蔡安邦(TSAI An Pang)、崔 傳勇(CUI Chuanyong)、齋藤祥、酒井隆、坂内英典、坂本正雄、崎間公久、櫻井健次、佐々木泰祐、目義雄、佐藤彰洋、佐藤敦 史、佐藤守夫、澤口孝宏、志田宣義、柴田光寛、島村清史、下田正彦、張建新(ZHANG Jianxin)、張立学(ZHANG Lixue)、張慶 新(ZHANG Qingxin)、朱新文(ZHU Xinwen)、周玉美(ZHOU Yumei)、庄司雅彦、沙江波(SHA Jiangbo)、白幡直人、許亜(XU Ya)、新谷紀雄、新野仁、杉本武、鈴木達、鈴木崇宣、鈴木裕、関智孔、関澤由美子、関野雅人、高木昌子、高梨基宏、高橋和 也、高橋邦夫、高橋秀和、高橋弘光、高橋康夫、高橋有紀子、武井厚、武江智子、武川哲、多田節子、田中克志、田中義久、種 池正樹、田宮匡子、田村正和、田村至、唐捷(TANG Jie)、丹治亮、千田哲也、千東鉉(QIAN Dongxuan)、筒井裕美、出村雅彦、 土佐正弘、戸田雅也、内藤公喜、名嘉節、中泉富子、永川城正、中澤静夫、中島道子、中田聖士、長沼環、長濱大輔、中村恵吉、 中村玄徳、中村博昭、中山浩美、西田貴司、二瓶正俊、野口和子、野口順子、野口祐二、野田和彦、野村美智子、萩原益夫、長 谷宗明、原田広史、平出貞夫、平賀啓二郎、平野敏幸、平徳海(PING De-hai)、藤井克彦、藤岡順三、布施綾子、不動寺浩、古 川隆一、古海誓一、古屋泰文、寳野和博、堀越久美子、馬雁(MA Yan)、眞岩幸治、毛勇(MAO Yong)、真木紘一、増田千利、 升田博之、増田安次、松井満代、松下明行、松本一秀、三浦佳子、三上容平、三木理子、水沢多鶴子、御手洗容子、宮崎昭光、 宮崎英樹、宮嵜博司、宮代寛、宮本綾子、村上恵子、村上秀之、村雲岳郎、村瀬義治、籾��山大、森田孝治、森藤文雄、森弘元人、 森脇三千代、屋代如月、矢田雅規、山口晃宏、山本徳和、山脇寿、楊森(YANG Sen)、楊文(YANG Wen)、横川忠晴、横山賢 介、吉田慶子、吉田知枝子、吉田英弘、吉田祥典、米澤徹、李世勳(LEE Seahoon)、任暁兵(REN Xiaobing)、劉文鳳(LIU Wenfeng)、劉楊(LIU Yang)、劉麗麗(LIU Lili)、呂芳一、渡辺健二、渡邊誠、王宇(WANG Yu)、Alok SINGH、Rajani Kanth AMMANABROLU、 Andreas HAKANSON、 Andreas KUNDIG、 Anjana ASTHNA、 Benjamin DHATTON、 Carlos Quioshi HIRAMATU、 Zuyong FENG、 Golden KUMAR、 Hem Raj SHARMA、 Hrvoje PETEK、 Isabelle MARTIN、 Jestine ANG、 Kallol MONDAL、 Maje Jacob PHASHA、 Mohammad Kamal HOSSAIN、 Oleg MISOCHKO、 Philipp LUCAS、 Lu-Chang QIN、 Ramasamy SIVAKUMAR、 Rong LU、 Vijay Karthik SANKAR、 Srinivasa Rao BONTA、 Stefan VORVERG、 Tatiana BOLOTOVA、 Yuriy PIHOSH、 Zsolt GERCSI 1.組織発足の経緯・目的 材料研究所は、2001年4月に旧金属材料技術研究 所のメンバーを中心として発足した(佐藤彰所長)。 材料基盤研究センター(戸叶一正センター長)の中 に、物性解析研究グループ(中村森彦)、計算材料 研究グループ(松本武彦)、エネルギー変換材料研 究グループ(井上廉)、インテリジェント材料研究 グループ(新谷紀雄)、強磁場研究グループ(和田 仁)、非周期系物質・材料研究グループ(蔡安邦)、 生体材料研究グループ(塙隆夫)、燃焼合成研究チ ーム(海江田義也)の7グループ、1チーム、構造 材料研究センター(高橋稔彦センター長)の中に、 材料創製研究グループ(福沢章)、構造体化研究グ ループ(入江宏定)、評価研究グループ(萩原行人)、 耐食材料研究グループ(小玉俊明)、耐熱材料研究 グループ(原田広史)、力学特性研究グループ(八 木晃一)の6グループ、さらに、材料試験事務所、 エコマテリアル研究チーム(原田幸明)、材料研究 所業務室からなる組織であった。()内はグループ リーダー。 その後、2001年10月に、機構全体の改組が行われ、 高比強度材料(平野敏幸)、高融点微結晶材料(平 賀啓二郎)、超耐熱材料(原田広史)、溶射工学(黒 田聖治)、信頼性評価(萩原行人)、寿命予測(篠原 正)、非周期系材料(蔡安邦)、基礎物性(松下明行) 機能融合材料(新谷紀雄)、機能基礎(吉原一紘所 長併任)、ナノ組織解析(寶野和博)反応・励起の ダイナミクス(北島正弘)、腐食解析(升田博之)、 高輝度解析(櫻井健次)、微粒子プロセス(目義雄)、 燃焼合成プロセス(海江田義也)、微小造形(野田 哲二)の17研究グループと千現業務室(渡辺健二室 長、2004年4月より野口和子室長)からなる、ほぼ 現在の体制に近い組織となり、材料研究所(吉原一 紘所長)としての出発はこの時点といえる。()内 はディレクター。 2003年4月には、新たに複合材料グループ(香川 豊)、が発足し、2003年10月からは野田哲二所長に よる新体制となった。2004年4月には、機能基礎グ ループが圧電体単結晶(木村秀夫)に、信頼性評価 グループが耐照射材料グループ(永川城正)に改組 され、寿命予測グループはエコマテリアルセンター へ移動し、新たに設計試作グループ(増田安次)が 加わった。2005年4月時点で、燃焼合成、非周期系 材料の2グループは大きな成果をあげて研究を終了 し、16研究グループ、1業務室の現体制(小野寺秀 博所長)となった。 材料研究所の目的は、中期計画に定められた、ナ ノ物質・材料、環境エネルギー材料、安全材料、研 究基盤・知的基盤の各分野におけるプロジェクト研 究及びプロジェクト研究の芽となる萌芽研究の推進 にある。 そのため、主として構造材料に関する研究グルー プ群、機能材料に関する研究グループ群、及び材料 基盤技術に関する研究グループ群から構成されてい る。 材料研究所では、「国民の生活の向上に関わる材 料開発に関し、企業との共同開発が可能となるよう な基盤的研究の推進」を大きな目標として設定し、 企業との共同研究を積極的に行い、産業界との密接 な連携を保ちつつ、社会のニーズに対応できるよう な研究開発を目指した。但し、通常、企業では直接 製品化につながる応用研究に重点があるので、材料 研究所では材料の実用化に不可欠な基盤研究に重点 を置いている。 2.ユニットの活動経緯 2.1重点プロジェクト研究 材料研究所のメンバーが中心となって推進した中 期計画における重点プロジェクト研究は以下であ る。 ・新世紀耐熱材料プロジェクト (原田広史、1999―2007) 超合金では中期計画の目標である耐用温度(137MPa、 1000h)1100℃を達成し、1150℃で使用可能な材料 の提案を行っている。高融点材料のIr合金では1750℃ まで到達している。また、企業と発電用、コジェネ 用タービンの実用化も実施した。 ・加工性に優れた先進構造材料の開発に関する研究 (平賀啓二郎、2001―2005) ZrO2系セラミックス材料で1300℃高速超塑性 (10-2/s)を実現した。また、耐熱性に優れるが脆性 材料であるNi3Alの長尺箔(23μm)の作製に成功す るとともに、水素製造反応における触媒機能を発見 した。 また、加工性の優れたTi2lNb合金のTiB分散によ る耐熱強度改善の目標を達成した。 ・素機能融合化技術による安全材料の開発に関する 研究 (岸本哲、2001―2005) 構造系材料では、金属コーティング粒子の金属同 士を焼結することにより、衝撃安全性に優れた超軽 量なクローズドセル構造金属材料創製技術を開発し た。また、ナノ領域での組織を制御することにより、 締結部材や強化材として用いる安価な鉄系形状記憶 合金や高温損傷を自己修復する自己修復耐熱鋼を開 発した。 機能材料では、粒子アセンブル技術等により、電 子機器に用いる多機能保護素子材料やフレキシブル かつ自らが温度調節をする自己調温ヒーターシート 及び光を高度に制御できるフォトニック結晶および 精密操作技術を用いたフォトニック結晶の製造技術 を開発した。また薄膜化技術により応答速度の速い 微小機械用Ti-Ni系形状記憶合金薄膜を開発した。 ・ナノ組織制御による次世代高特性材料の創製に関 する研究 (寶野和博、2001―2005) ナノ組織磁性材料では、Sm(Co,Fe,Cu,Zr)x, Nd-Fe-B 系ナノコンポジット磁石材料で磁気特性向上のメカ ニズムをナノ組織解析に基づいて解明し、高周波特 性の優れたナノ結晶軟磁性材料を開発した。また、 SmCo5/Fe多層膜でSmCo5の理論限界を超えるエネル ギー積の実現に成功した。FePt粒子の規則化のサイ ズ依存性の検証と理論的解明により、次世代超高密 度磁気記録媒体の設計条件を提示した。また、大き なGMRを示すCCP-CCP-GMRにおけるGMR増大のメ カニズムを解明した。 ナノ組織高強度金属では、種々の強歪加工プロセ スにおける2相ナノ組織形成過程を解明した。また、 Al,Mg合金におけるナノクラスター、ナノ析出物の 解析を行い、ナノ組織形成メカニズムを解明した。 また、メカニカルミリングしたパーライト粉末で形 成されるナノフェライト組織は、炭素原子の粒界偏 析によりナノ組織安定化が生じていることを明らか にした。さらに、Fe-C鋼のメカニカルミリング、ス パークプラズマ焼結により、降伏応力1900Mpa、最 大応力3500MPa、伸び40%の超高強度ナノスチール の製造に成功した。 2. 2 NIMS内指定研究 ・非鉄金属材料構造材料の展開に関する調査研究 (平野敏幸、2003―2005) 環境・エネルギー分野における非鉄金属材料の有 望な研究開発シーズを探索するための調査研究を実 施した。自動車、航空機用軽量構造材料として、チ タン、マグネシウム、アルミニウム、複合材料の製 造技術、機械的特性の調査を実施した。同時に、航 空機エンジン用耐熱チタン合金及び生体用高強度、 低弾性チタン合金、高温マイクロリアクター用材料 としてのNi3Al箔材料の適用可能性、形状記憶合金 薄膜のマイクロアクチュエータへの応用、MEMS作 製に不可欠なSiナノワイヤーの作製及び可視光レー ザー光硬化プロセスを用いた有機系構造材料の微小 造形法等の開発及び調査を実施した。 これらの調査を進め、非鉄金属材料の研究を次期 プロジェクト候補課題として抽出した。 2. 3 NIMS内競争的個人研究、チーム型研究、 中期計画推進プログラム 中期計画の目標達成を加速、促進することを目指 して設定された下記の一連の研究を推進した。 [NIMS内競争的個人研究] ・ Ni3Al単結晶箔作製のための材料科学的指針の確 立 (出村雅彦、2002) ・ダイヤモンド型半導体3次元フォトニック結晶の 構造探索と創製 (宮崎英樹、2002―2003) ・点欠陥のナノ秩序による特異なマルチスケール現 象と新奇物性 (任 暁兵、2003―2005) ・機能性有機分子の微小構造体創製とナノパターニ ング (後藤真宏、2003―2004) ・角度分解環状暗視野電子顕微鏡法による原子極小 変位分布の直接観察 (阿部英司、2003―2004) [NIMS内競争的チーム型研究] ・超短パルス光励起による相転移ダイナミクス (北島正弘、2003―2004) [中期計画促進プログラム] ・環境に応じて構造色が変化する視認型化学センサ ー材料 (不動寺 浩、2004―2005) ・単分散コロイド微粒子の磁性及び光触媒特性 (小澤 清、2004―2005) ・カーボンナノチューブプローブ及びナノチューブ 連結の作製・制御・応用に関する研究 (唐捷、2004―2005) ・ナノ組織を有する酸化物セラミックス複合材料の 創製に関する基盤研究(森田孝治、2004―2005) ・形状記憶合金薄膜アクチュエータの研究開発 (石田 章、2004―2005) ・ γ/εマルテンサイト変態に伴う疑弾性を利用した制 震ダンパー用高減衰能材料の開発 (澤口孝宏、2004―2005) ・環境及び腐食センシングによる構造物の腐食安全 性モニタリング (片山英樹、2004―2005) ・レーザ超音波利用簡易超音波CT法の実証 (山脇 寿、2004―2005) ・新しいX線技術を用いた複酸化物ナノ材料の効率 的探索法 (江場宏美、2004―2005) ・表面応力による表面反応ダイナミクスの制御 (矢田雅規、2004―2005) ・清浄準結晶表面および清浄準結晶表面上の金属ク ラスターとガス分子の反応 (下田正彦、2004―2005) ・誘電及び磁気材料の不均一構造の発現と応力によ る機能制御 (名嘉 節、2004―2005) ・分解溶融型層状バルク強誘電体単結晶 (木村秀夫、2004―2005) ・機能性Siネットワーク化合物の探索 (今井基晴、2004―2005) ・金属ガラスの組成・構造ゆらぎの解明 (大沼正人、2004―2005) ・外場制御コロイドプロセスによるセラミック高次 構造制御体の作製 (目 義雄、2004―2005) ・金属化合物微小コンポーネント作製に関する研究 (野田哲二、2004―2005) ・フォトニック構造物操作技術の高度化 (宮崎英樹、2004―2005) ・粒子アセンブル技術の電子産業への展開 (小林幹彦、2004―2005) ・高性能耐環境コーティングに関する総合的研究 (黒田聖治、2004―2005) ・高輝度光による埋もれたナノ構造解析法 (櫻井健次、2004―2005) ・非鉄金属系構造材料の研究 (平野敏幸、2004―2005) 2. 4外部資金研究 外部資金研究にも積極的に応募し研究資金の獲得 を図り、以下の研究を行った。 [科学研究費補助金] ・準周期表面における薄膜の成長 (下田正彦、2002―2005) ・新規機能性金属錯体マテリアルの創出とキノリ ン、インドールライブラリー構築への展開 (下田正彦、2002―2004) ・光電効果を利用した新しい電子線源の高輝度化に 関する研究 (木本高義、2002―2004) ・金属間化合物Ni3Al冷間圧延箔の単結晶化に関す る研究 (出村雅彦、2003―2004) ・プラズモン共鳴構造物研究のための金属ナノパタ ーンのマニピュレーション技術の確立 (宮崎英樹、2003―2004) ・金属における光励起電子及びコヒーレントフォノ ンのフェムト秒超高速分光 (長谷宗明、2003―2004) ・粒界ナノ量子構造制御による新機能セラミックス 開発プロセスの創出 (吉田英弘、2003―2005) ・シリコンの酸窒化処理による表面応力の動的挙動 と電気特性 (板倉明子、2003―2005) ・ TEM―3DAPによるナノコンポジット合金のナノ 組織解析 (大久保忠勝、2003 ―2005) ・水系電気泳動プロセスによる粒子堆積機構の解明 とセラミックス高次構造体の評価 (打越哲郎、2003―2005) ・水素により微粉末化される金属材料の探索 (奥山秀男、2003―2005) ・金属ガラスの材料科学(寶野和博、2003―2007) ・超高温白金族金属基形状記憶合金の相変態と機械 的特性 (御手洗容子、2004―2005) ・高密度レーザー光子場におけるフォノン制御 (北島正弘、2004―2005) ・抗原抗体反応を利用したナノ磁気微粒子によるア トモル微量化学分析の研究 (川岸京子、2004―2005) ・高密度レーザー光子場におけるフォノンダイナミ クスとその制御 (北島正弘、2004―2005) ・構造物の腐食安全性モニタリングを目指したセン シング技術に関する研究 (片山英樹、2004―2005) ・軽量耐熱O相基チタン合金の金属組織制御による 室温特性及び高温特性の両立 (萩原益夫、2004―2006) ・三元系C32型シリサイドの超伝導 (今井基晴、2004―2006) ・カーボンナノチューブストリングの作成・制御に 関する研究 (唐 捷、2004―2006) ・セラミックスを内包するマイクロクローズドセル 構造金属材料創製技術の開発 (岸本 哲、2004―2006) ・その場計測が可能な硫黄及びSOxセンサー用固体 電解質に関する研究 (中村博昭、2004―2006) ・コロイドプロセスの高度化による高次構造セラミ ックスの創製 (目 義雄、2004―2006) ・磁場と電場を用いた配向積層構造制御による新規 セラミックスの創製 (鈴木 達、2004―2006) [原子力試験研究費] ・先進的原子力材料の照射劣化抑制に関する研究 (永川城正、1998―2002) ・表面及び界面の反応と欠陥生成過程の高分解能解 析 (北島正弘、1999―2003) ・高熱伝導性同位体材料に関する研究 (野田哲二、2002―2006) ・核融合炉構造材料の力学特性に及ぼす核変換ヘリ ウムの効果 (山本徳和、2001―2005) ・高エネルギー放射光励起X線スペクトロスコピに よるランタノイド金属のケミカルスペシェーショ ンに関する研究 (櫻井健次、2001―2005) ・ 3次元アトムプローブによる構造材料中における 溶質原子クラスター形成と材質変化の研究 (寶野和博、2001―2005) ・複合的微細組織材料における動的照射効果の研究 (永川城正、2003―2007) ・材料劣化のその場多次元モニターに関する研究 (升田博之、2003―2007) ・コロイドプロセスの高度化による高次構造耐環境 セラミックスの作製に関する研究 (目 義雄、2003―2007) [戦略的創造研究推進事業] ・光波アンテナによる輻射場の制御と発光特性 (宮崎英樹、2000―2003) ・自己集合膜を利用したストレス制御とパターニン グ (板倉明子、2002―2004) ・点欠陥秩序の対称性と特異なmultiscale現象 (任 暁兵、2002―2004) [原子力安全基盤調査研究費] ・ X線顕微鏡による迅速材料診断技術の開発 (櫻井健次、2004―2006) [科学技術振興調整費] ・ナノヘテロ金属材料の機能発現メカニズムの解明 に基づく新金属材料創製に関する研究 (寶野和博、2000―2004) ・ナノ メータX線アクティブ計測技術に関する研究 (櫻井健次、2001―2003) ・軽量耐熱Ti2AlNb合金の疲労破壊機構 (荒岡 礼、2001―2002) [基礎的研究発展推進事業] ・準周期構造を利用した新物質の創成 (蔡 安邦、2002―2004) [NEDO産業技術研究助成事業] ・スペースプレーン用高融点超合金の開発 (御手洗容子、2000―2002) ・超高効率ガスタービン用遮熱コーティング材の設 計及び開発 (村上秀之、2000―2002) ・排ガス浄化触媒担体用金属間化合物箔の開発 (岸田恭輔、2000―2002) ・コンビナトリアルコーティングを利用したタービ ンシステム材料の開発(後藤真宏、2002―2004) [21世紀未研究分野研究開発プログラム] ・構造材料の力学特性を支配するナノ組織の原子レ ベル評価 (寶野和博、2003 ―2004) [産・学・官共同研究事業(茨城中小企業公社)] ・超軽量クローズドセル構造金属/セラミックス系 複合材の開発 (岸本 哲、2003―2005) [新井科学技術振興財団] ・電気化学的手法による溶融塩からの超伝導体 MgB2にの合成 (阿部英樹、2002) [材料財団研究助成] ・Ir基超高温材料の固溶強化に関する研究 (御手洗容子、2004―2006) [池谷科学技術振興財団研究助成] ・強誘電体メモリー用難合成バルク層状単結晶の合 成と評価 (木村秀夫、2004) [日産科学技術財団若手研究者育成助成] ・二酸化炭素発生の抑制に寄与する複酸化物ナノ粒 子の合成 (江場宏美、2004) [資生堂サイエンス研究ファンド] ・環境センサー等に寄与する複合酸化物ナノ粒子の 作成方法に関する研究 (江場宏美、2004) [信越化学工業(株)研究助成] ・希土類磁石と軟磁性材の保磁力機構解明に関する 研究 (寶野和博、2004) [三菱化学研究奨励基金] ・超塑性を利用した格子欠陥制御による固体電解質 の開発 (吉田英弘、2004―2005) [三菱財団自然科学研究助成] ・超微細粒子分散高速超塑性セラミックスの創製 (森田孝治、2003―2004) [第6回宇宙場利用に関する地上研究] ・包晶系における核生成と成長の速度論的研究 (眞岩幸治、2002―2003) 2. 5 国際共同研究覚書締結 材料研究所では、国際的な研究協力を積極的に推 進するとともに、更なる連携の発展を図るため共同 研究覚書の締結を推進し、現在までに下記の10機関 と研究を行っている。 ・ Korea Advanced Institute of Science and Technology (Korea)(新耐熱材料用金属間化合物NiAl/Ni3Al箔 の開発に関する研究、平野敏幸、2002―2007) ・ Research Institute of Industrial Science & Technology (Korea)(スマート材料・ヘルスモニタリングシ ステムの開発、新谷紀雄、2003―3008) ・ The University of Pittsburgh (US)(半導体シリコ ンにおけるコヒートレントフォノン・電子励起の 超高速ダイナミクス、北島正弘、2003―2008) ・ The University of North Carolina (US)(一次元ナノ “糸”の作製及び新性質・新応用の探索、唐 捷、 2003―2008) ・ Max Planck Institute for Polymer Research (Germany) (自己修復単層及びポリマー物質によるストレス コントロール、北島正弘、2003―2008) ・ Politecnico di Torino (Italy)(ナノ構造材料、プロ セス及び評価、吉原一紘、2003―2008) ・ Council for Scientific and Industrial Research, MINTEC (South Africa)(超耐熱材料の研究、特 に白金族元素を有効活用した新合金の基礎から応 用に関する研究、原田広史、2004―2009) ・ Thailand Institute of Scientific and Technological Research (Thailand)(セラミックス及び耐火金属 のプロセス技術及び環境腐食評価、野田哲二、目 義雄、升田博之、平賀啓二、土佐正弘、2004― 2009) ・ Xi'an Jiotong University (China)(形状記憶合金、 強誘電材料、磁性材料等の機能材料及び材料評価 に関する協力、野田哲二、任暁兵、2004― 2009) ・ Institute for Problems of Materials Science (Ukraine) (ナノ構造物質等に適した先進プロセス開発、目 義雄、2004―2009) 以上の各機関の所在地を世界地図で表したのが図 1である。 図1MOU締結機関の所在地 2 . 6 萌芽的研究 ・金属ナノ組織の発現機構の解明とナノ組織材料の 特性向上に関する研究(寶野和博、2001―2003) ・凝縮系における反応および励起のダイナミクス (北島正弘、2001―2003) ・ミクロ・ナノ構造制御と機能特性に関する研究 (目 義雄、2001―2003) ・ Ni基非磁性高強度合金の高性能化と用途開発に関 する研究 (松本武彦、2001―2002) ・ Ni3Al冷間圧延箔に関する研究 (平野敏幸、2000―2002) ・異材接合による複合部材の創製に関する研究 (城田 透、2001―2002) ・高融点金属の高性能化のための組織制御に関する 研究 (藤井忠行、2001―2002) ・構造材料と照射環境との相互作用に関する研究 (永川城正、2001―2002) ・先進高融点材料の高度化に関する研究 (森藤文雄、2002) ・近赤外領域に光吸収・発光を示す新規な有機色素 の合成と物性 (砂金宏明、2002) ・機能を持つSi化合物の探索 (今井基晴、2001―2002) ・強弾性物質における特異なmultiscale現象 (任暁兵、2001―2003) ・希土類原子の高エネルギー状態に関する基礎的研 究 (小川洋一、2001―2002) ・プラズマイオン注入による超硬物質被覆に関する 研究 (新野仁、2001―2002) ・微小領域における各種エネルギー変換誘電体結晶 材料の開発 (木村秀夫、2001―2002) ・固体の混合伝導挙動に関する研究 (中村博昭、2002) ・金属間化合物スパッタリング・ターゲット材料の 燃焼合成に関する研究 (海江田義也、2001―2002) ・大気腐食の寿命予測に関する研究 (篠原正、2002) ・燃焼合成プロセスで製造した金属間化合物の諸性 質に関する研究 (海江田義也、2003) ・未知の磁気ネットワークを持つ量子スピン系の磁 性の研究 (長谷正司、2003) ・微小造形のための微小コンポーネントの特性評価 に関する研究 (野田哲二、2003) ・ Ni3Al基金属間化合物の圧延異方性制御 (岸田恭輔、2004) ・白金族金属基形状記憶合金の探索 (御手洗容子、2003―2005) ・原子炉炉内材料に及ぼす照射の影響 (永川城正、2003―2005) ・先端的プロセッシングによる高融点材料中の微量 元素の役割解明に関する研究 (森藤文雄、2003―2005) ・準結晶の構造と物性に関する研究 (蔡 安邦、2004―2005) ・非石油型エネルギー利用のための材料開発 (松下明行、2002―2004) ・光電効果を利用した新しい高輝度電子線源に関す る研究 (木本高義、2002―2005) ・低原子価典型金属元素の超原子価化を利用した新 規近赤外色素の合成 (砂金宏明、2003―2005) ・アルカリ/アルカリ土類元素を含む機能物質に関 する研究 (今井基晴、2003―2005) ・不均一構造をもつ磁気・誘電材料の機能発現と制 御 (名嘉 節、2003―2004) ・点欠陥のナノ秩序による巨大圧電効果の探索 (任 暁兵、2003―2005) ・ナノ制御によるニチノールを超える高性能鉄系形 状記憶合金 (小林幹彦、2003 ― 2004) ・弾性波フィルター用圧電体薄膜結晶の開発 (木村秀夫、2003―2005) ・プラズマイオン注入によるアンカー接合超硬質被 膜の研究 (新野仁、2003―2004) ・弾性波フィルターの分極特性に関する研究 (中村博昭、2004―2005) ・シリコン酸窒化中の応力検出 (板倉明子、2004―2005) ・多次元・多階層損傷計測による新材料開発に関す る研究 (升田博之、2004―2005) ・化学溶液法によるコロイド結晶の作製とそれらの 表面ナノ構造制御に関する研究 (小澤清、2004―2005) ・水素による省エネ的合金微粉末の作製 (奥山秀男、2004―2005) ・微小コンポーネントのその場計測に関する研究 (土佐正弘、2004―2005) ・スペーストライボロジー材料の開発に関する研究 (笠原 章、2004―2005) ・長尺シリコンナノワイヤーの作製技術と特性評価 (鈴木 裕、2004―2005) 3. 5年間の組織の成果 3.1研究トピックス 材料研究所における特筆すべき主要な研究トピッ クスを年度別に下記に示す。 [2001年] ・金属やゴムのように加工し易いセラミックスを開 発(Nature誌掲載) ・金属強弾性合金AuCd形状記憶合金に点欠陥によ る特異なmultiscale現象を発見 ・In-Ag-Ca及びIn-Ag-Ybの安定な準結晶を発見 [2002年] ・ Ni3Alの長尺箔(23μm)の作製に成功 ・ Ti2AlNbでW添加とTiB粒子分散により機械的特性 の大幅向上 ・耐用温度(137MPa,1000 h)1100℃を達成し、 1150℃で使用可能な材料を提案。 ・高融点材料のIr合金で耐用温度1750℃を達成。 ・セラミックスで10-2s-1以上での高速変形を実現 ・耐熱高活性準結晶触媒の開発(銅系触媒のシンタ リングの問題を解決) ・電場、強磁界印加コロイドプロセスを開発し、配 向制御構造体の作製に成功 [2003年] ・Ni3Al箔を用いたハニカム構造体の作製に成功し、 水素形成反応における優れた触媒特性を発見 ・ ZrO2-スピネル-Al2O3で、歪速度10-2s-1以上で最高 2500%の引張延性、1300 ―1350℃の加工温度を達 成 ・粒子アセンブル技術により微小球ダイヤモンド型 フォトニクス結晶を作製 ・半導体シリコンにおける電子と格子振動との量子 干渉のフェムト秒観測に成功(Nature誌掲載) ・ Fe-BaTiO3等で巨大電歪効果を発見(Nature Material誌掲載) ・フォトカソード電子源の電子線束測定装置を開発 ・鉄系形状記憶合金で初期歪4 %で90%以上の形状 回復を達成 ・放射光を用いて100万画素0.1秒の高速X線顕微鏡 を開発 ・スーパーケルビンフォース顕微鏡により腐食初期 過程を解明 ・燃焼合成技術によるMgB2の高性能材料作製技術 を開発 [2004年] ・圧縮で降伏応力1.9GPa、破壊応力3.5GPa、伸び 40%を示す、超高強度バルクナノスチールを創製 ・異方性Sm(Co,Cu)5/FeCoナノコンポジット多層膜 で、SmCo5単相の理論限界を超えるエネルギー積 を実現 ・ ZrO2系で1300℃/0.01s-1の低温化・高速超塑性を達 成し、高速深絞り型成形性を実証 ・開発単結晶超合金TMS-138を経済産業省ジェット エンジンプロジェクトのIHIにおける超音速エン ジン試験にて、ガス温度1650℃で評価、成功裏に 終了 (2004.3) ・鉄系形状記憶合金で4 %の回復歪、300MPa以上 の回復応力達成 ・ Warm Spray法によって緻密で低酸素含有量 (1mass%以下)のチタン膜を大気中で形成。 ・電気メッキ法によるMgB2超伝導線材開発 ・ CNTAFM探針の作製に成功 ・高品質六ホウ化物単結晶ナノワイヤの作製に成功 ・ CuO二重鎖の高温超伝導の発見 ・電池材料、磁性材料、強誘電体、超伝導体につい て化学溶液法による低温合成方法を開発 ・スマート光学材料(構造色を呈するゴムシートで 弾性変形によって構造色が変色)を開発 3. 2産業界との連携 材料研究所では、「国民の生活の向上に関わる材 料開発に関し、企業との共同開発が可能となるよう な基盤的研究の推進」を大きな目標として設定し、 企業との共同研究を積極的に行ってきた。3. 3に 示す特許件数、企業との共同研究数、及びその推移 がこれを裏付けている。代表的な内容を以下に示す。 中でも「巨大電歪み効果」は基礎的な萌芽的研究か ら生まれた成果であり、大きなインパクトがあるこ とから、企業6社との共同研究プロジェクト推進に つながった例である。各研究の詳細については担当 グループの内容を参照していただきたい。 ・従来の電歪効果の40倍という桁違いに大き巨大電 歪み効果の発見(民間6社と共同研究開始) ・鉄系形状記憶合金によるパイプ接合法等の実用化 共同研究及び建築構造物の制振技術の開発 ・開発した超耐熱合金を用いた、企業との共同研究 によるコジェネ用小型ガスタービンの実用化研究 ・開発単結晶超合金TMS-138を経済産業省ジェット エンジンプロジェクトの参加企業における超音速 エンジン試験にて、ガス温度1650℃で評価 ・腐食の損傷モニター装置開発と大気腐食試験装置 の製品化 ・ガスシュラウド付きHVOF (High Velocity Oxygen Fuel Thermal Spray)の特許許諾 ・ポータブル海塩粒子測定装置の製品化 ・強磁場コロイドプロセスによるセラミックス配向 作製技術に関する共同研究実施 ・準結晶粒子強化Mg合金の実用化のための共同研 究 ・開発したNi基単結晶合金を合金メ ーカーにライセ ンス ・開発したNi基単結晶合金の評価試験を国外企業と 実施 3. 3 5年間の論文数、特許数、研究会開催等 材料研究所の年毎の発表論分数、特許、共同研究 等のリストを表1に示す。発表論分数は、2年めで 減少しているが、これは新規研究ユニットの立ち上 げにより材料研究所の研究者数が減少したためで、 研究者一人当たりでは年々増加し、中期計画目標で ある2.0報/人を達成している。 論分数が増加しているとともに、トピックス等で も紹介したようにNature誌などのインパクトファク ターの高い雑誌での掲載が増加している。これらは、 独立行政法人化に伴い、新たに導入された個人業績 評価制度の影響によるところが大きい。 特許出願数は大きな変動はないが、一人当たりで は、2年目に急増して、その後は維持している状況 である。 成果の普及を図る上で、国際会議やワークショッ プの開催も重要である。材料研究所のメンバーが主 催もしくは共催した主な国際会議を下記に示す。 ・第11回日独化学情報ワークショップ 11th German-Japanese Workshop on Chemical Information 2003.6 ・第1回MINS-RISTスマート材料ワークショップ 1st NIMS-RIST Workshop on Smart Materials 2003.7 ・ X線・中性子による薄膜ナノ構造および埋もれた 界面の先端解析技術に関するワークショップ New opportunities for nano-structure of thin films and buried interfaces : Advanced characterization using X-rays and neutrons 2003.7 ・ナノ粒子研究会第21回講演会 21st Symposium of Nano-particles Forum 2003.7 ・金属材料研究者のための小角散乱セミナー 「ナノ メタルの定量解析を目指して」 Small Angle Scattering Seminar “Towards quantitative analysis of nanometals” 2003.9 ・第5回PACRIMセラミックス国際会議 「ナノマテリアルズとナノテクノロジー」 5th International Meeting of Pacific Rim Ceramic Society “Nano Materials and Nano Technology” 2003.9 ・第10回 準結晶研究会 10th Workshop on Quasicrystals 2003.10 ・ IUMRS-ICAM 2003,シンポジウム 「化学反応場制御による革新的材料合成」 IUMRS-ICAM 2003, Symposium “Innovative Materials Processing by Controlling Chemical Reaction Fields” 2003.10 ・ナノ構造材料に関する日伊協力 Japan-Italy collaboration on nanostructured materials 2003.10 ・第2回MINS-RISTスマート材料ワークショップ 2nd NIMS-RIST Workshop on Smart Materials 2003.12 ・粉体工学関東談話会講演会および見学会 Symposium of Powder Technology of Kanto division 2004.1 ・第3回スマート材料国際会議 3rd International Symposium on Smart Materials 2004.3 ・第1回つくば国際(日独)コーティングシンポジ ウム 1st Tsukuba International (Japanese-German) Coatings Symposium 2004.5 ・ PF ・ KENS合同研究会「ナノサイエンス・テク ノロジーと放射光/中性子反射率法」 Synchrotron radiation and neutron reflectometry for nano sciences and technologies 2004.7 ・ IUMRSのセッションとして“協奏反応場を利用し た新規材料プロセスに関するシンポジウム” “Symposium of Innovative Materials Processing by Controlling Chemical Reaction Fields” as a session of IUMRS 2004.10 ・第10回極限場研究に関する国際シンポジウム The 10th International Symposium on Advanced Physical Fields (APF-10) 2005.3 表1発表論分数、特許出願数等の年次変化 2001年 2002年 2003年 2004年 論文数 349 155 208 172 プロシー ディング 160 87 75 84 特許出願 95 89 97 87 登録 17 14 34 許諾 2 1 1 企業との 共同研究 23 38 29 国際共同 研究 13 8 27 (MOU締結) 1 8 11 職員数 206 91 89 84 研究会開催 12 4 4.ユニットがカバーしている研究分野の動向 材料研究所内の各分野における研究動向の詳細は 各担当のグループの項を参照して頂きたい。また、 当機構の情報誌「NIMSアウトルック」でも、物 質・材料研究の今後の展望としてまとめた記事が掲 載されている。 材料研究所の活動としては、「非鉄金属材料構造 材料の展開に関する調査研究(平野敏幸、2003― 2005) 」を実施し、環境・エネルギー分野における 非鉄金属材料の有望な研究開発シーズの探索を行っ た。その結果、Ni3Al箔体のマイクロリアクターへ の応用、航空機エンジン用の高強度耐熱チタン合金 や生体関連用低弾性チタン合金の開発、マイクロセ ル構造を有する金属材料、形状記憶合金薄膜のマイ クロアクチュエータへの応用、MEMS作製用Si系ナ ノワイヤー等の微細加工技術、可視光レーザー光硬 化プロセスによる微小造形法、マイクロマテリアル の信頼性確保に必要な微小領域での腐食機構解明、 等を重要課題として抽出した。これらの調査の結果 は、次期中期計画におけるプロジェクト課題の提案 に生かされている。 また、複合材料に関しては軽量高機能構造材料と しての期待が高く、今後の重要な研究分野と考えら れることから、材料研究所では2003年度に新たに複 合材料研究グループを立ち上げ、FRP, CMC, MMC及 びナノ複合材料を対象として、優れた機械的特性と 高信頼性を兼ね備えた複合材料の実現を目指してい る。 高比強度材料グループの5年 平野敏幸、荒岡礼「2003.3退職」、江村聡、岸田恭輔「現京都大学、2005.3退職」、北澤宏美、岸田恭輔「現京都大学、2005.3退 職」、S.H. Kim「現サムスン電子、2004.2」、小林覚「現Max-Planck Inst. Eisenforschung、2002.10」、許亜、G. Cao「現浙江大学S.H. Song「現KAIST、2005.2」、S.Zaefferer「現Max-Planck Inst. Eisenforschung、2002.3」、高梨基宏、F. Tang「現UCDavis 校、2002.8」、 D.H.Chun、C.Y Cui「現超耐熱材料グループ、2004.6」、出村雅彦、中村玄徳、萩原益夫、G.He「現上海交通大学、2005.4」、Y. Mao、松本武彦「現エコマテリアル研究センター、2003.3退職」、Y.Ma、S.J. Yang「現サムスン電子、2004.2」、D.Q. Li「現Alfred 大学、2003.1」 1.目的 本グループは、軽量で高強度(高比強度という) の構造材料の開発を目的としている。宇宙航空、エ ネルギー、生体などの分野では優れた構造用高比強 度金属材料の要求は不断にあるが、成熟したといわ れるこの分野では、斬新な材料開発が難しく、ブレ ークスルーが望まれている。本グループでは、この 要求に答えるべく、Ni基およびTi基金属間化合物を として取り上げ、製造技術と特性向上など新しい構 造用材料の開発を目指している。また、ジェットエ ンジン、自動車エンジン、燃料改質器、人工骨、高 圧発生装置など、新たな用途開拓を目指している。 2.活動の経緯 グループ発足時は、Ni基非磁性高強度合金(松本 武彦担当)、Ni3Al冷間圧延箔(平野敏幸担当)、Ti 基金属間化合物(萩原益夫担当)の3材料の研究で 開始した。2002年からは、Ni3Al冷間圧延箔とTi基 金属間化合物の研究を継続している。 主な研究成果は、(1)世界で初めてNi3Alの冷間 圧延箔を製造し、ハニカム構造体の組立に成功した こと、Ni3Alの触媒特性を発見したこと、(2)クリ ープ特性に優れた新しい3種のTi基金属間化合物 (Ti-22Al-20Nb-2W, Ti-22Al-12.5Nb-2Cr-2W, Ti- 22Al-11Nb-1Fe-2Mo)を開発したことである。5 年間の主な研究プロジェクトは、次のとおりである ・ NEDO産業技術研究助成事業「排ガス浄化触媒担 体用金属間化合物箔の開発」(2000.4-2002.3) ・ NIMSプロジェクト研究「加工性に優れた高効率 先進構造材料の開発に関する研究」(2001.4- 2006.3) ・ NIMS萌芽的研究「Ni基非磁性高強度合金の高性 能化と用途開発に関する研究」(2001.4-2002.3) ・ NIMS重点研究「非鉄金属系構造材料の研究」 (2004.4-2006.3) この間、中国、韓国、ドイツの研究グループと共 同研究を進めるとともに、客員研究員、ポストドク ター、大学院生を多く受け入れ、活発に研究を進め た。 3. Ni3Al冷間圧延箔の研究成果 本グループでは、1990年、Ni3Alの欠点である脆 さを一方向凝固によって改善する方法を開発した。 微量のボロン添加によらないこの方法は、ボロン添 加法よりもはるかに大きな延性改善効果がある。こ の延性のあるNi3Alを冷間圧延し、図1に示すよう に世界で初めて厚さ23μmの薄い箔を製造すること に成功した。金属間化合物は脆く、冷間圧延が困難 な場合が多いが、箔製造は画期的成果である。 図123μmの薄いNi3Al冷間圧延箔 本研究では、箔製造から成型・組立、用途開発に わたる分野における重要な技術の基礎研究を展開し た。箔製造については、冷間圧延箔の微細組織・集 合組織の解析し、それに基づいて冷間圧延変形機構 を解明した。また、Ni3Al/Ni2相合金の冷間圧延箔 の製造に成功した。箔の組織と機械的性質の制御に ついては、熱処理による調質技術を確立した。成 型・組立については、コルゲート加工、レーザー溶 接法を研究し、図2に示すように、Ni3Alハニカム 構造体の試作に成功した。用途開発については、メ タノール分解による水素製造反応に対する触媒特性 を発見し、燃料電池改質器への応用の可能性を見出 図2 Ni3Alハニカム構造体 した。以下に、熱処理による機械的性質の制御技術 と触媒特性のトピックスを述べる。 3 .1 熱処理によるNi3Al箔の機械的性質の制御 強加工したNi3Al冷間圧延箔は歪が多量に蓄積さ れているので、破断強度は非常に高く、ほとんど延 性がない。また、曲げ変形に対しては大きな異方性 があり、そのままでは製品への2次成型加工が困難 である。冷間圧延箔の機械的性質を調質する必要が あり、本研究では熱処理時の再結晶・粒成長を利用 する方法を確立した。 Ni3Al冷間圧延箔は、600℃以上の温度で再結晶し、 次いで粒成長する。特徴は、図3に示すように、強 い(110)冷間圧延集合組織が、再結晶後では複雑 な集合組織に変わり、次の粒成長段階で再び冷間圧 箔と同じ(110)集合組織に戻ることである。この 集合組織の回帰現象は、他の金属でも報告がない珍 しい現象である。粒成長した箔の結晶粒界は、結合 力の高いΣ1、Σ3が大部分を占めるため、大きな室 温延性を示す。また延性の異方性もなく、2次成型 加工が可能になった。図2のハニカム構造体のコア は、粒成長まで熱処理したものをコルゲート加工し たものである。 図3熱処理した箔の結晶方位と室温引張性質 3 . 2 Ni3Al箔の触媒特性 Ni3Alの触媒特性はこれまで報告がない。本研究 では、Ni3Alが粉末、箔のいずれの形態でも、メタ ノールを分解し、水素を生成する反応を促進する触 媒特性を示すことを発見した。図4に示すように、 箔の場合、440℃以上で触媒活性が現れ、水素が生 成する。触媒活性、転換率、選択率の温度依存性、 安定性などの反応特性を明らかにした。特筆すべき ことは、カーボンナノファイバーに数10nmオーダ ーのNi超微粒子が担持した構造が触媒反応中、 Ni3Al箔表面に自発的に生成することを見出したこ とで、これが触媒活性発現の原因である。 メタノール、メタンから高効率、低価格で水素を 製造する改質器の開発は、燃料電池の実用化にとっ て重要な課題である。図2に示したハニカム構造体 は、さらにセルを高密度、微細化すれば水素製造装 置として利用できる。マイクロチャンネルからなる 積層型のマイクロリアクターも試作しており、この 分野への発展が期待できる。 図4 Ni3Al箔のメタノ ール分解反応に対する触媒特性 3.3今後の研究展開 Ni3Al箔は、本グループで初めて製造に成功した 素材であり、耐熱性に加えて触媒特性が明らかにな った。触媒と耐熱構造特性の2つの特性を持つ Ni3Alは、他に例を見ない材料である。次期中期計 画では、燃料電池のマイクロリアクター型改質器へ の実用化を目指して、触媒特性のさらなる向上、容 器材としての適正化を図る計画である。 4. Ti基金属間化合物の研究成果 軽くて強いチタンは、今後更に、耐熱構造部材の 分野で必要性が高まると期待されている。またチタ ンは生体親和性にも優れていることから、高齢化社 会の出現に対応して、生体関連の分野でも大きな需 要が見込めると予想されている。しかしながら、既 存のチタン合金は稠密六方相(hcp相)を主体とし ているため加工性能に劣り、製造コストは著しく高 い。このため、これら二つの分野への応用は限られ、 関連業界全体の発展も妨げられるのではないかと危 惧されている。 近年、加工性能に優れた結晶相(具体的には、体 心立方相(bcc相)、体心立方規則相(B2相)あるい は斜方相(O相))を主要な構成相とするチタン合 金が、高加工性軽量材料として有望視され始めてい る。しかしながら、これらの高加工性チタン合金は、 従来、室温用の高強度構造材料に分類されていたた め、高温用途あるいは生体用途に適合した最適組成、 最適組織、最適製造プロセスなどを明確にする研究 は極めて不十分である。 このような状況を鑑みてこの5年間のチタン研究 では、高温用途及び生体用途にターゲットを絞り、 これらの二つの用途分野に適合した新しいタイプの 高加工性の先進高強度チタン合金の開発を試みた。 即ち、高温用途のチタン合金に関しては、Ti2AlNb (O相)基合金を対象として、組成制御、金属組織 制御及びナノ寸法TiB粒子の複合化の研究を行い、 高加工性の高強度軽量耐熱チタン合金の開発を試み た。また生体用途のチタン合金に関しては、Ti- (Ta,Nb) -Cu-Ni-Siナノ構造金属ガラス合金を対象に、 人体に為害作用のあるNiをFe、CoあるいはCrで置換 する、などの組成制御を行い、高強度、低弾性率チ タン合金の開発を試みた。このようにこの5年間で は二種類の研究を同時並行的に進めたが、研究努力 の大部分はTi2AlNb (O相)基合金の開発に向けられ たので、本報告では本合金の開発に関する研究の概 略を記すことにする。 4.1 軽量耐熱Ti2AlNb (O相)基合金の開発 チタン合金は軽量かつ高強度であるが、高温特性 がニッケル合金と比較して大幅に劣るという欠点を 持つ(チタン合金の使用上限温度:600℃、ニッケ ル合金の使用上限温度:l,100℃)。一方γ-TiAl金属 間化合物は、850℃までの使用に耐え得るとされて いるものの室温延性が極めて乏しく、また破壊靱性 値が低い、などの致命的な欠点を持つ。このように 600℃以上の使用に耐える軽量耐熱材料は不在であ り、このような状況から、例えばジェットエンジン 部材のように軽量であることが要求される部材にお いても、600℃以上の温度域では重たいニッケル合 金を使わざるを得ないのが現状である。従ってこの 温度域で使用可能な新しいタイプの軽量耐熱材料の 開発は必要不可欠であり、かつ緊急な課題である。 今から15年ほど前に、Ti-Al-Nb 3元系において Ti2AlNb化合物相が存在することが見出された。斜 方晶の結晶構造を持つことからO相と名づけられ た。本化合物相の特性を調べたところ、γ -TiAl、 α2-Ti3Alなどの既存のチタン系合金よりも加工性、 破壊靱性に優れているが判明し、これより本化合物 相は信頼性の高い新しいタイプの軽量耐熱材料とし て注目されるに至った。とは云えTi-6Al-4Vなどの通 常のチタン合金と比較して靱性、延性は低いので実 用材の開発に際しては、高温相であるB2相(CsCl型 構造)を金属組織中に組入れ、これらの特性値の改 善を図っている。今までに開発された代表的な (O+B2)型の合金として、Ti-22Al-27Nbが挙げられ る。しかしながら現状ではO相基合金は、γ-TiAlや ニッケル合金と比較して、650℃以上の温度域で軟 化が始まる、一次クリープ歪みが1%にも達し極め て大きい、などの欠点が指摘されており、従って、 650 ℃以上の温度域での高温特性の改善が必須の検 討事項である。また本合金のより一層の信頼性確保 の観点からは、優れた高温特性と優れた室温特性と が両立可能な金属組織法を確立することが重要であ る。 本研究はO相基合金のこのような欠点を克服し、 高信頼性の新しいタイプの軽量耐熱材料を開発する ことを目的としたものである。この目的を達成する ために、組成制御、金属組織制御及び粒子複合化に 関する三つの研究を同時に遂行してきた。 4.1.1組成制御 組成制御は、より高温強度特性が優れたO相基合 金の開発を意図したものである。代表的なO相基合 金であるTi-22Al-27Nb (Reference)のNbの一部を他の bcc元素で置き換えたTi-22Al-20Nb-2W, Ti-22Al- 12.5Nb-2Cr-2W及びTi-22Al-11Nb-1Fe-2Mo合金では、 クリープ特性は著しく向上することを見出した(後 者の二合金の例は図5参照)。W添加によるクリー プ特性の向上の機構を透過電子顕微鏡(TEM)観察 などから検討した。Ti-22 Al-27Nbにおいて、700℃ 以上の温度域においてクリープ特性が劣化するの は、クリープ試験中にB2相からO相への変態が生じ るためであると判明した。即ち変態時にO-B2界面 において柱面(プリズマチック)転位が発生し、柱 面上でのすべりが活発化するからである。一方Wを 添加した場合にはB2相が安定化されるためにB2相 からO相への変態は抑制されていた。従って、B2/O 界面での転位の発生及びすべり活動は抑制されクリ ープ特性の向上に結びついていた。このような実験 事実とは別に、別な要因として、Wの添加によりB2 相が固溶強化され、O相基合金の室温及び高温での 特性向上に寄与したことが考えられる。またB2相中 での規則格子ペア転位から通常の一本の転位への転 移が高温側にシフトし、高温特性の向上をもたらし たことも考える。これらの二つの可能性は今後の検 討課題である。 図5各種実験合金のクリープ特性 4.1.2 金属組織制御 O相基合金の用途によっては、信頼性確保の観点 から、素材は十分な室温延性を有していることが必 須の条件である場合も考えられる。室温延性を付与 するためには結晶粒径を細かくすることが効果的で ある。しかしながらチタン系合金においては、加工 熱処理により結晶粒径を数十ミクロン程度にまで微 細化することはほぼ不可能である。材料中のTiの拡 散が極めて早いために、圧延材あるいは鍛造材を高 温の単相域に僅��かな時間保持しただけで粒径は数百 μmにまで急激に粗大化してしまうからである。 本研究では(α2+B2)二相域圧延材を再度(α 2+ B2)域に過熱した際に形成される等軸相を粒界 ピン止め効果に利用するという結晶粒径制御法を考 案し、その結果、B2結晶粒径を8μm~200μ mの範 囲に制御することに成功した。B2結晶粒径が細かく なるにつれて引張り強さ、延性は大幅に向上した。 粒径が8μ mの時には16%の室温伸びが得られた (図 6)。 図6 Ti-22Al-27Nbの室温延性に及ぼす粒径の効果 4.1.3ナノ寸法TiB粒子の複合化 本研究では、“耐熱性のセラミック粒子を分散さ せることも耐熱性の向上に有効ではないか!”との 視点に基づいて、TiB粒子強化型のO相基合金を製 造した。粒子の分散による特性の向上は、分散粒子 が微細であればあるほど顕著となることから、本研 究では超急冷凝固法の一手法であるガスアトマイズ 法を用いて粒子の複合化を試みた。分散粒子は、熱 的に安定であること、ヤング率が高いことなどを考 慮してTiBを選択した。また分散粒子の体積分率は、 従来の粒子強化型複合材料のデータを参照して 6.5%とした。 Ti-22Al-27Nb/6.5TiB複合材では、Ti-22Al-27Nb基 質材と比較して、引張り強さ、高サイクル疲労、ク リープ、ヤング率など、多くの特性は向上すること を確認した。 4 . 2今後の展望 本研究により、Ti2AlNb (O相)基合金の高温特 性、室温延性などは、組成制御、金属組織制御及び 粒子複合化により向上することを確認した。新しい O相基合金としてTi-22Al-20Nb-2W、Ti-22Al-12.5Nb- 2Cr-2W及びTi-22Al-11Nb-1Fe-2Mo合金を見出したの は本研究の大きな成果である。平成18年度から始ま る中期計画期間中にはこれらの組成合金を中心に据 えて組成制御、組織制御をよりきめ細かく行い、特 性のより一層の高度化を試みたい。また、高温圧縮 変形シミュレーション試験、恒温鍛造試験などによ り、部材の製造を想定した材料学的評価を行い、実 際の部品の製造に結びつけたい。 5.研究成果のまとめ 2001年 2002年 2003年 2004年 2005年 論文 19 12 21 17 15 特許 2 1 3 2 2 MOU 0 1 0 0 0 共同研究 3 2 2 1 1 研究会 0 0 3 0 0 高融点微結晶材料グループの5年 平賀啓二郎、上平一茂(現材料情報基盤ST、2003.4移動)、金炳男、吉田英弘(2005.4~)、森田孝治、定年退職者一名(2003.3) 1.発足の経緯と目的 多結晶体の高温変形・破壊機構に基づいて、高温 で金属のように高速で自在に塑性加工できるセラミ ックス(高速超塑性セラミックス)の創製を主課題 とするグループとして発足した。母体は独法化前の 力学特性研究グループ(当初は強力材料研究部)第 3研究室であり、約25年の間、歴代メンバーが金属 や金属間化合物の加工集合組織、動的再結晶、相変 態、水素脆性、さらにセラミックスの疲労破壊、超 塑性、損傷発生成長、結晶粒成長等の基盤的研究で 内外第一線の成果を上げてきた経緯を持つ。これに、 再結晶を用いて高融点金属(Mo)の巨大結晶を作 製する手法を創出したグループが加わり、現グルー プとなった。 本グループでは材料創製には新たな基盤的知見の 獲得と統合が不可欠との立場をとってきた。上記の 目的の達成を図るために、粒界・粒内の構造と組成、 超塑性変形との関係、変形に関わる粒界移動・結晶 粒成長・高温粒界すべり挙動、粒界損傷の発生・成 長挙動についても実験と理論解析による解明を目指 してきた。粒界結合とイオン伝導や拡散との関係に ついても研究を着手した。微粒子プロセスグループ とも連携して下記プロジェクトと萌芽的研究3件と を実施した。 ○高加工性セラミックスの創製(2001.4~2006.3) ○ナノ組織酸化物セラミックス(2004.4~2006.3) ○酸化物セラミックスの塑性加工技術の開拓 (2004.4 ~2006.3) 2.主要成果 2.1 高速超塑性セラミックスの創製 Al2O3、 ZrO2(3Y)、 MgO ・ nAl2O3の 3 相から構成さ れる系で高速化の可能性を見出した(Acta Mater., 49 (2001)887)。検討の結果、これらの相がほぼ等 量の微結晶材料で、最大の変形速度が1s-1(従来の 約104倍)に達する超塑性を世界で始めて実現した (図1(a))。従来の速度限界を大きく越えるもので あり、Natureに掲載された(Nature 413(2001)288)。 またこの材料は、約10-1s-1の速度で2500%にも達す る巨大な引張延性を示すことが明らかになった (Scr. Mater., 48(2002) 775) 。さらに本研究を通じて、 以下の新たな知見を得た。 ・変形曲線にyield dropが現れる(図1(c))。 ・超塑性変形中に、結晶粒(セラミックスでは一般 に剛体と見なされる)が粒内転位の活動によって ある程度変形する(図1(d))。 ・粒界損傷が強く抑制される。 これらの現象はZrO2(3Y)-30%MgAl2O4でも見出され (J. Am. Ceram. Soc., 85 (2002)1900, Philos. Mag. Lett., 83 (2003) 533)、いずれも10-1~100s-1域での高速変形 が実現したことと深く関係すると結論された。今後、 より低い温度で高速超塑性を示す材料を開発する上 でも、極めて重要な知見である。 図1Al2O3-ZrO2(3Y)-MgO・nAl2O3系で達成した高速超 塑性(Natureに掲載):(a)引張試験片、(b) SEM組織、 (c)変形曲線、(d)変形後の粒内(ZrO2) TEM組織 2. 2 超塑性セラミックスのネットシェイプ成形 高速超塑性材料の創製とともに、その応用に必要 な基盤研究として、塑性成形について研究を実施し た。図2に示すように、表面亀裂などを発生させず に半球状にまで深絞り成形することが可能であった。 図2 ZrO2基材料の超塑性成形 2 . 3 極微細粒化による高強度ジルコニアの開発 高速超塑性を示すZrO2(3Y)-30%MgAl2O4を対象と して、高エネルギーボールミル粉砕と混合による粉 体粒子のナノ化(粒子径約10nm)と放電プラズマ 焼結による緻密化を行い、焼結後の粒径を約90nm にまで微細化できた。その結果、超塑性発現温度の 低下に加えて、破壊強度を2.5GPa域にまで大きく向 上させることに成功した(図3 : Scr. Mater., 53 (2005)1007)。 2 . 4多結晶体における高温変形の理論解析 多結晶体の高温変形や結晶粒成長の理論解析とシ ミュレーション(図4)を行い、基礎的事象の解明 を図った。粒成長については寸法分布と成長速度の 理論的関係(Mater. Trans 44 (2003) 2239)を明らか にした。変形については、拡散機構とエネルギーバ ランス法に基づいた解析により、粒界すべりおよび 粒の回転、拡散による調整機構、巨視的なひずみ速 度の間の相互関係(Acta Mater 53 (2005)1791)、結 晶粒の形状(Philos. Mag.. 83 (2003)1675)や寸法分 図3 ZrO2(3Y)-30%MgAl2O4系高速超塑性材料のナノ 組織化と高強度化) 図4 動的粒成長を伴う拡散クリープ:粒の成長、消 滅、伸張、衝突や位置変化が同時に生じる 布(Philos. Mag.. 85 (2005) 2281)との関係を明らか にした。これより、通常は無視されている粒界の粘 性抵抗の占める割合が結晶粒の微細化と共に大きく なり、ひずみ速度が低くなる(変形しにくくなる) ことが明らかとなった。実際に、このような実験結 果が最近報告されている。本解析結果はその原因を 説明するとともに、極微細粒化と高温特性の関係の 設計に不可欠の情報を与える。 2. 5超塑性変形挙動の解析 応力―ひずみ速度関係の精密計測、変形時の結晶 粒・粒界・粒内における構造・組成・組織変化の解 析、高温変形の基礎理論に基づいて、ZrO2(3Y)や新材 料の変形機構を明らかにした。精密計測、動的粒成 長を考慮したデータ解析(図5 (a))、粒内構造変化 の検討(図5b))から、ZrO2(3Y)超塑性における粒内 転位活動の関与(Acta Mater.,50 (2002)1075、Philos. Mag. Lett., 81(2001)311、閾応力の存在確認と起源 の考察(Philos. Mag. Lett., 83 (2003) 97)、Si4+ ドープ の影響(Acta Mater., 52 (2004) 3355)について新た な知見と理解が得られ、高速化の指針となった。 図5 微細粒ZrO2(3Y)の変形挙動解析:(a)変形応力- ひずみ速度関係、(b)変形後の粒内構造(TEM像) 2. 6粒界損傷挙動の解析 超塑性変形で不可避的に生じる粒界損傷の寸法- 数密度分布 (図6)の解析から、損傷発生・成長の 過程、速度、関与するプロセシング因子(J.Am. Ceram. Soc., 85 (2002) 2763)や超塑性破断の条件 (Z.Metallkude., 95 (2004) 559)を明らかにした。また、 損傷核の連続発生・塑性成長・合体を組み込んだモ デルの構築とシミュレーションによって損傷蓄積の 諸相を明らかにした(Metall. Mater. Trans. 33A (2002) 3449)。 2.1~2. 6節の知見の統合から、粒界損傷を 抑制して高速化を実現するための組織・組成の設計 指針を導いた(J. Ceram. Soc.Jpn.,113 (2005),191)。 以上の研究成果の公表状況を表1に示す。 表1研究成果の発表 H13 H14 H15 H16 H17 論文件数 8 6 11 9 7 プロシーディングス5件、解説・総説9件、特許2 図6粒界損傷の寸法分布解析(ZrO2-分散Al2O3) 3.今後の研究方向 材料創製と基本事象の実験・理論解析を通じて培 った基盤を発展させ、次世代材料の創製に取り組む。 とくに、図7に示すような粒界の局所構造・組成と 輸送現象・粒界移動・高温塑性・強度・熱物性との 関係を重視し、基本特性(耐熱高強度)に導電性、 高温可塑性、耐化学浸食性あるいは光学特性を洗練 して重畳させた多機能性バルク材料の創製を目指す 予定である。 図7 今後の方向:粒界のナノ構造・元素分布・結合 状態と輸送現象や物理特性との関係の解明と設計によ る新機能材料の創製 5年の歩み:超耐熱材料グループ 原田広史、新井智子、ANG,Jestine、葉安洲、伊津野仁史、呉豊「現三菱伸銅株式会社、2003.12退職」、Rudder WU「現Imperial College (英国)(学生)、2005.8退職」、Markus WENDEROTH「現 University of Bayreuth (ドイツ)(学生)、2005.3退職」、大沢真人、 大畠宏文、小熊英隆「三菱重工業株式会社、2005.11~」、尾高聡子、川岸京子、北嶋具教、谷月峰、CORNISH, Lesley「MIMTEK、 2005.10」、郭洪波「現溶射G、2004.4異動」、小泉裕、河野朱美「現日立ハイテクノロジーズ株式会社、2005.3退職」、小口英雄、 小林敏治、佐藤彰洋、佐藤敦史、佐藤昌弘「現川崎重工業株式会社、2003.3復職」、沙江波、白石春樹「2005.3退職」、酒井高行 「電力中央研究所、~2004.3」、柴崎倫男「芝浦工業大学、~2003.3」、杉本武、鈴木彩「芝浦工業大学、~2004.3」、鈴木崇宣「芝 浦工業大学、2005.4~」、DOUGLAS, Alistair「MIMTEK、2005.10」、種池正樹「三菱重工業株式会社、2005.10~」、田村至、崔傳 勇、周浩「現 Queensland University of Technology (オーストラリア)、2003.11退職」、張建新、中澤静夫、PHASHA, Maje Jacob 「University of Limpopo (南アフリカ)、2005.8 ~2005.12」、PARASURAMAN, Kuppusami「Indira Gandhi Centre for Atomic Research、 2002.2 ~2003.8」、坂内英典、平徳海、V_LKL, Rainer「University of Bayreuth (ドイツ)、2003.10~2004.10」、VORBERG, Stefan 「University of Applied Sciences Jena (ドイツ)、2005.3 ~2005.12」、黄晨「現 China Institute of Atomic Energy (中国)、2005.7退職」、 福本倫久「2001.9退職」、藤岡順三、VOLOTOVA, Tatiana、松本一秀、Kyle MARTE「現 University of British Columbia (カナダ) (学生)、2005.8退職」、御手洗容子、宮本伸樹、村上秀之「現溶射G、2005.4異動」、村雲岳郎、横川忠晴、WRIGHT,Paul 「2002.10退職」、LUCAS,Philipp、 REED,Roger 「Imperial College (英国)、2005.4」、呂芳一、脇真宏「現株式会社キグチテクニ クス、2004.9復職」、王錦程「現Northwestern Polytechnical University (中国)、2004.9復職」 1.研究の目標 CO2削減、地球温暖化防止などを目的として、新 世紀耐熱材料プロジェクト(第一期:平成11―17年 度)を推進した。 プロジェクトでは、以下に述べるように、材料設 計、組織解析などを基礎に、137MPa、1000時間で のクリープ耐用温度にて1100℃のNi基超合金、 1500℃のSi3N4系セラミックス(物質研担当)、 1800°Cの高融点超合金の開発に取り組んだ。また、 民間企業や宇宙航空研究開発機構(JAXA)などと 協力して、超高温仮想タービンの開発とそれを用い た開発材料の評価や、実機ガスタービンでの実証試 験を行い、ガスタービンやジェットエンジンの高温 化・高効率化への効果を実証した。 2.材料設計解析 新耐熱材料開発に必要な材料設計法の開発と組織 解析を行った。これまでに、 ①貴金属元素(Ir、Ruなど)を添加した第4、第5 世代Ni基超合金に関して、任意の組成、温度、応 力条件に対してミクロ組織因子とクリープ強度な ど高温特性を予測する合金設計プログラムを開発 した。 ②熱力学および統計熱力学計算をベースとしたフェ イズフィールド法計算により、超合金のミクロ組 織形成過程を組成、温度、外部負荷応力条件から 予測するシミュレーション法の基本プログラムを 開発した。 ③超合金の構成相であるγ、γ'相の弾性定数、格 子定数ミスフィットなどの物性値を高温で測定す るとともに、これらを用いてミクロ組織変化の3 次元有限要素法計算プログラムを作成し、高温で 安定なミクロ組織形状の予測を可能にした。 ④1150℃までの高温でのミクロ組織変化と900℃ま での高温のクリープ変形挙動を、400kV電子顕微 鏡内でのその場観察を行って直接解析し設計に反 映した。 3.材料開発 材料設計指針に基づき、次世代ジェットエンジン や超高効率ガスタービンの実現に必要な新耐熱材料 の開発を行った。これまでに、 ①Ni基超合金については、γ/γ '界面転位網の微 細化設計により、図1に示すように、開発目標を 超える耐用温度1105℃の第5世代Ni基単結晶超合 金(世界最高)など一連の単結晶を開発した (IHI、東芝などと協力)。また第3、第4世代一 方向凝固超合金を開発した(一部川崎重工と協 力)。 ②高融点超合金については、貴金属元素Ir (イリジ ウム)などをベースに用いてγ/γ'析出組織を 制御することによって、図2に示すように耐用温 度1750℃の新合金(世界最高)を開発した。 図1開発単結晶超合金の耐用温度 ③Ni基超合金に適合し、高温で長時間使用しても拡 散層を生じないEQ (Equilibrium :平衡)コーテ ィングを世界で始めて提案した。また、EB-PVD セラミックコーティング装置を設計開発し実験を 図2イリジウム基高融点超合金のクリープ耐用温度 開始した。 ④クロムをベースとしたBCC系新耐熱合金の可能性 を検討し、Ag (銀)添加により室温で20%の破 断延性を示すCr基合金などを開発した。 ⑤16年度より新たにタービンディスク用合金開発を 開始し、既存合金の耐用温度700℃に比べて約 50℃以上高いNi-Co基鍛造超合金の可能性を示し た。 4.実証試験 既存ガスタービン等を利用して、開発材料をター ビン翼として用いた実証試験を行った。また、仮想 ガスタービンを開発するとともに、これを用いて出 力・熱効率向上効果の評価を行った。これまでに、 ①開発した第2、第3世代Ni基単結晶超合金を 1300℃級発電ガスタービン(東芝京浜工場内)の タービン翼として400時間の発電試験に用い、既 存合金と比較して開発材の実用性を示した。 ②経済産業省/NEDO「超音速エンジンESPRプロジ ェクト」の空冷翼用に、開発第4世代Ni基単結晶 超合金TMS-138を提供し、短時間(15分間)では あるがタービン入り口ガス温度1650℃の地上エン ジン試験によりその実用性が示された。 ③材料設計プログラムとシステム設計プログラムを 統合化した1700℃対応の仮想ガスタービンシステ ムを開発した(東芝、JAXAと協力)。 ④仮想ガスタービンシステムにより、開発Ni基超合 金を用いた場合、天然ガスコンバインドサイクル 発電にて熱効率56%以上(既存天然ガスコンバイ ンド最高52%、全火力発電平均約40%)が可能で あることなどを示した。また、仮想ジェットエン ジンへの展開を開始した(JAXA、東芝と協力)。 図3第4世代単結晶超合金動翼と、コアエンジン試験 の様子(NEDO/IHI提供) 5.技術移転 15年度までの成果をもとに、他省庁や民間企業と の連携により次世代ガスタービン、ジェットエンジ ンへの適用化研究を16年度拡充予算により開始した (図 3)。 5.1高効率発電への開発材料の適用 ①1700℃コンバインドサイクル発電用大型ガスター ビンの開発に必要な要素研究として、大型タービ ン翼の開発を資源エネ庁/三菱重工と協力して行 い、開発合金の熱疲れ特性向上のための合金改良 や、大型単結晶タービン翼への鋳造性評価を行っ た。 ②高効率コジェネレーション用小型ガスタービンへ の適用を目的に、川崎重工と協力し、第3世代一 方向凝固合金TMD-103のタービン翼への鋳造性評 価、実機試験に必要な材料データ取得などを行っ た。 5. 2国産ジェットエンジンへの適用 ①50席ジェット機用の環境適合小型エンジンプロジ ェクト(経済産業省/NEDO/重工各社)に参画 (第2期:16 ―18年度)、石川島播磨重工と協力し て開発Ni基単結晶超合金の適用化研究を行った。 組成変動の際の高温強度特性変化、イットリウム 添加による耐酸化特性向上など、実用化に必要な 材料組成スペックの確立のための基礎データを取 得した。 6.新しい研究の萌芽 新世紀耐熱材料プロジェクトのほかにも、新しい 研究テーマが生まれ、グループメンバーにより研究 開発が進捗��している。 6 .1超高温固溶強化合金の開発 スペースプレーンのエンジンなどに用いるための 高温鍛造が可能な貴金属基耐熱合金を、イリジウム をベースとした固溶強化型合金として開発してい る。 6. 2超高温形状記憶合金 白金族金属をベースに、従来に比べて遙かに高温 で使用可能な形状記憶合金の開発が進んでいる。 6. 3構造用高強度アルミ合金の設計開発 Ni基超合金の合金設計の考え方をアルミ合金に適 用し、2000系、7000系などの合金の改良が試みられ ている。 7.新世紀耐熱材料プロジェクト第二期の展開 次期中期計画での新世紀耐熱材料プロジェクト (第二期:5年間)では、引続き、設計解析、新材 料探索等の基礎研究を重視しつつ、現在行っている 国内企業との協力に加えて、海外ジェットエンジン メーカーでの実用化も視野に入れ超耐熱材料開発を 進めて行く計画である。(新世紀耐熱材料プロジェ クト:http://sakimori.nims.go.jp/) %25e3%2582%25af%25e3%2583%2588:http://sakimori.nims.go.jp/%25ef%25bc%2589 溶射工学グループの5年間の歩み 黒田聖治、村上秀之、川喜多仁、渡邊誠、石川泰成、H.B.Guo、K.Cai、Y.N.Wu、横山賢介、酒井隆、柴田光寛、山口晃宏、小 松誠幸、掛谷信和、吉田慶子、武江智子 1.溶射工学クループ発足の経緯 溶射工学グループはNIMS誕生の翌2002年4月に 表面コーティングを専門に扱う研究グループとして 発足した。遡��れば、NIMSにおける溶射研究は、金 材技研の溶接研究部の中で1960年代にプラズマ熱源 を利用した特殊接合技術の一つとしてスタートした 長い歴史がある。2002年の時点では、黒田聖治、川 喜多仁の2名の研究者であったが、2004年に力学や 非破壊評価を専門とする渡邊誠が、2005年には耐熱 材料や熱プラズマプロセスを専門とする村上秀之が グループに加わり、さらにポスドク研究員4名、大 学院生3名、学部生1名、技術補助、事務補助各2 名のバランスのとれた布陣となってきた。海外の有 力なコーティング研究の拠点では、専門の異なる複 数の研究者、技術者が集結して研究開発を遂行する 体制をとっており、ようやく我々もそれに近づきつ つある。現在、東京理科大学、芝浦工業大学、千葉 工業大学から連携大学院制度で学生を受け入れてい る。海外の大学や研究機関との交流も活発で、2005 年にはドイツのHelmut-Schmidt UniversityとMOUを 締結し、中国の大学とも予定している。最近はポス ドクだけでなくドイツやカナダから学生を数ヶ月受 け入れたり、当方から派遣を行ったりもしている。 2.活動 当グループは構造材料を過酷な使用環境から保護 し使用寿命を長期化する為の耐環境性コーティング を主なテーマとし、原料、プロセス、評価までを一 貫して研究開発することを目指している。使用環境 やコーティング材料は多岐に渡るが、特に産業界の 需要が大きいもの、チャレンジ度の高いもの、材料 科学的に興味深いものを選択して研究している。 1)耐食コーティング 大気中で緻密な金属やサーメットの厚膜を形成で きるプロセスとして、高速フレーム(High Velocity Oxy-Fuel:HVOF)溶射法に注目し、ガスシュラウ ドを付加することによって溶射粒子速度の増大と酸 化抑制を行い、大気中で緻密な100ミクロンオーダ の厚膜を大面積に形成する技術を確立した。超鉄鋼 材料プロジェクトの中で、海洋環境でも最も腐食の 厳しい飛沫帯などへの適用を目指して研究を進め た。耐環境性の必要条件である皮膜の緻密性を実験 室で確認するだけでなく、実際の海洋環境に試験片 を浸漬し、1年間以上の耐食性能を確認した。 最近は、チタンの優れた耐食性や生体適合性に注 目し、チタンの溶射に適した二段式HVOF溶射装置 (Warm Spray)を開発した。このプロセスによれば チタンの酸化を抑制しつつ、粉末を高速度に加速し 図1 開発したWarm Spray装置の原理図と形成された チタン皮膜の断面組織(緻密組織とポーラス組織の例) て非常に緻密な皮膜からポーラス皮膜まで構造を大 きく変化させられる。図1にWarm Spray装置の概 略と得られたチタン皮膜の断面組織の例を示す。燃 焼炎に混入する不活性ガスの流量を変化させること によって、基材投射時のチタン粉末の温度を広範囲 に制御できる点が特長である。今後、本プロセスは 他の活性材料への、チタン皮膜は生体関連分野への 応用が期待される。 2)耐摩耗コーティング 製鉄、製紙、印刷などの分野で大面積上に硬質の 耐摩耗コーティングに強い需要がある。従来広く使 われていた硬質クロムメッキが規制されることもあ って、溶射によるクロムメッキ代替コーティングが 注目されている。材料としては炭化物粒子と金属バ インダー相を混合したサーメットが最も広く使われ ているが、未だに大きな性能向上の余地が残されて 図2 WC-Coサー メットHVOF溶射皮膜の基材との界 面靭性値とWC一次粒子径の関係 いる。上記のガスシュラウド付HVOFプロセスは炭 化物の劣化を抑制し、皮膜の緻密化も期待できる。 WC-CrC-Ni系のサーメットに適用して、皮膜の硬度、 耐摩耗性や耐食性に顕著な改善効果が認められた。 また、HVOF溶射したサーメット皮膜は鋼基材に非 常に高い密着性を示すが、その密着メカニズムを研 究し、炭化物の一次粒子サイズが重要な役割を果た していることを明らかにした。図2は皮膜にノッチ をいれた四点曲げ試験によって測定したWC-12%Co サーメット皮膜の炭素鋼上の界面破壊靭性値であ る。サーメットを構成するWC炭化物の一次粒径が 0.2から6 μmと増加するにつれ、密着の強さを示す 界面靭性値は約三倍も増加した。この原因は、硬質 WC粒子が高速で衝突する時に基材に食い込んで破 壊を妨げる杭の働きをすること、一次粒子が大きい ほど成膜時にロスが多く、金属の割合が多い皮膜組 織になる傾向があることなどが考えられる。このよ うなデータを蓄積していくことによって、要求性能 に応じたサーメットの設計・成膜技術を構築してい く可能性が見えてきた。 3)耐熱コーティング ジェットエンジンや発電用タービンの高温部で は、燃焼ガス温度が金属部材の融点を上回る状況と なっており、冷却と遮熱コーティング(Thermal Barrier Coating : TBC)が必須技術となっている。 TBCは遮熱性の高い多孔質セラミックのトップコー トと基材とトップコートをつなぎ酸化を抑制する役 割のボンドコートの二層構造をしている場合が多 い。TBCの耐熱温度上昇や使用寿命の延長が、機器 のエネルギー効率向上やメンテナンスコスト低減の ために重要な技術課題となっている。我々は、イリ ジウムの持つ優れた特性(ニッケル基合金に拡散す ると融点が上昇、耐食性、機械的特性がプラチナよ り良好で価格が低い等)に着目し、ボンドコート材 としての適用性を研究している。図はAl拡散処理を 図3 Al拡散処理したPt-Ir合金膜のサイクル酸化試験結 果(1サイクルは1150℃、1時間保持後に室温まで冷 却)。Pt-30Ir, 50Ir合金は重量変化が少なく優れた耐酸化 性能を示した 行ったIr-Pt合金の繰り返し酸化試験結果で、30% Ir ―Pt合金が耐酸化性に優れており、従来から用い られているPt-Al合金を凌ぐボンドコート材料として 有望であると考えている。 また、トップコートとして最近注目されている縦 割れジルコニアコーティングの組織制御や、火力発 電プラントの主蒸気管内面用の水蒸気酸化を抑制す るコーティングについても研究を行ってきた。 3.成果 2001 2002 2003 2004 2005 論文 1 5 7 5 12 解説・著書 1 2 2 1 4 特許 2 1 1 2 1 プレス発表2002年3月 日刊工業新聞「海中でも 錆��びない鉄鋼」等6誌 独日コーティングシンポジウム 2004年5月、 NIMS 防錆��溶射技術に関する調査報告書200、防錆��技術 協会 海外研究者受け入れ:米国、ドイツ、フィンランド、 インド、中国、ポーランド 4.世界の研究動向 溶射関係のプロセス開発動向は、ほぼ10年ごとに 革新的なプロセスが登場しており、最近ではCold Sprayと呼ばれる原料の粉末粒子をまったく溶融さ せずに高速度で基材に衝突させるプロセスが注目さ れている。また、用いる粉末粒子サイズのナノ化や、 ナノ構造を有するコーティングの開発も活発に進め られている。サイエンスとしては成膜現象の基礎と なる粒子衝突のシミュレーションや皮膜のマルチス ケールでの組織・特性評価等が興味深い展開を見せ ている。 コーティングの応用分野としてはTBCの研究が非 常に活発な状態が続いている。エネルギー ・環境問 題に密接に関係するキーテクノロジーであり、目的 や使用環境は明らかであるが、実機での皮膜の劣化 機構やコーティングプロセスなどに未解明の問題が 残されている。今後、トップコート、ボンドコート の材料開発、コーティングプロセスの開発、損傷評 価と余寿命予測などが重要な研究テーマと考えられ る。今後もエネルギーや環境に関連したコーティン グの研究がこの分野の動向をリードすることが予想 される。 5.今後の展開 物質や材料をテーマとするNIMSにおいて溶射と いうプロセスを看板に掲げて進んできたが、今やグ ループの活動は特定のプロセスには納まらなくなっ てきた。次年度からはより大きな視点から他分野と の連携をさらに進めつつ研究を展開する予定であ る。 耐照射材料グループの5年 永川城正、内尾彰吾、崎間公久、古川隆一、村瀬義治、森藤文雄、山本徳和、山脇寿 1.耐照射材料グループの目指すもの 耐照射材料グループは、原子力材料など高エネル ギー粒子による照射にさらされる材料中で生じる 種々の現象、特に照射中にのみ発生するダイナミッ クな挙動や核反応によって材料中に生成される元素 の効果を評価・解明するとともに、照射による材料 の劣化を生じ難くする新しい原理の探求を目的とし て、平成16年度に発足した。 2.耐照射材料グループの活動経緯 旧金属材料技術研究所時代より、小型サイクロト ロン加速器による軽イオン照射が有する長時間の制 御された照射が可能という特徴を利用して、世界的 にも数少ない(現在、他にはEUの一、二の機関の み)照射下における「その場」変形・疲労破壊特性 を研究する技術を確立させてきた。この様な高エネ ルギー粒子による照射下においては、次々と発生す る点欠陥が応力の影響下に動き回るというダイナミ ックな状況にあり、原子力材料の照射特性評価とし て一般的に行われている照射後における実験で得ら れる材料の変形・破壊特性とは大きく異なる挙動が 誘発される。原子炉の運転中は材料が正にこの様な 照射下の状況にさらされるため、照射下特性の評 価・解明は原子力材料の信頼性評価・耐照射特性向 上のためには必須の研究である。 平成16年度より、このような研究をさらに最先端 の原子力材料に活用すべく新たに「耐照射材料グル ープ」を設け、上記のサイクロトロン加速器をもち いた研究を軸に、原子炉照射をもちいた先進高融点 材料の研究、ならびに超音波計測・計算機シミュレ ーションによる先進的構造材料の材質・信頼性評価 向上の研究を推進してきた。なお、これらの研究は 平成15年度までは旧信頼性評価グループの中におい て行われた。また、平成10年度より現在まで、九州 大学大学院総合理工学府先端エネルギー理工学専攻 の連携講座(先端エネルギーシステム学講座)とし て多くの大学院生の教育にも携わってきた。 本グループの研究によって、我が国の原子力エネ ルギー開発に幾つかの重要な貢献を行うことが出来 た。主なものとしては、軽水炉高経年化による炉心 部シュラウド構造物等の割れ発生を予防するための 炉中その場ピーニング処理(衝撃波により表面に圧 縮応力を形成する)後の炉運転に伴う照射誘起応力 緩和の評価に成果を活用し、割れ抑制技術の確立に 貢献した。ITERの次の段階である核融合原型炉の 炉心構造物用候補材料に関する核反応生成ヘリウム による脆化挙動評価・解明ならびに照射下及び照射 後の疲労挙動評価・解明は、今後の核融合実用化に 大きく貢献することが期待される。先進高融点材料 の疲労を含めた機械的特性の耐照射性向上に及ぼす 微量元素の効果解明は今後の新型原子炉開発に役立 つことが期待される。また、レーザー超音波による 非破壊評価研究は原子力のみでなく、広い分野での 活用が期待できる。 3.耐照射材料グループの研究成果 5年間の主な研究プロジェクトは以下の通り。 ・原子力研究「先進的原子力材料の照射劣化抑制に 関する研究」(1998.4~2003.3) ・原子力研究「核融合炉構造材料の力学特性に及ぼ す核変換ヘリウムの効果」(2001.4~2006.3) ・原子力研究「複合的微細組織材料における動的照 射効果の研究」(2003.4~2008.3) ・萌芽研究「純金属の疲労挙動と組織変化に関する 研究」(1998.4~2002.3) ・萌芽研究「構造材料と照射環境との相互作用に関 する研究」(2001.4~2003.3) ・萌芽研究「先進高融点材料の高度化に関する研究」 (2002.4 ~2003.3) ・萌芽研究「原子炉炉内材料に及ぼす照射の影響」 (2003.4 ~2006.3) ・萌芽研究「先端的プロセッシングによる高融点材 料中の微量元素の役割解明に関する研究」 (2003.4 ~2006.3) ・理事長特別ファンド競争的資金「レーザ超音波利 用簡易超音波CT法の実証」(2004.4~2006.3) また、これらのプロジェクトで取り扱った主な研 究トピックスは以下の通り。 ○ステンレス鋼冷間加工材の照射誘起変形挙動解明 ○照射誘起変形の計算機シミュレーションによる予 測の基盤確立 ○ステンレス鋼の疲労破壊に及ぼす照射効果の解明 ○核融合低放射化フェライト鋼の照射下疲労 ○微細な分散第2相を含む材料における疲労破壊と 照射効果の解明 ○核融合低放射化バナジウム合金におけるヘリウム 脆化特性挙動評価・解明 ○核融合低放射化マルテンサイト鋼におけるヘリウ ム脆化特性挙動評価・解明 ○ヘリウム脆化現象の機構論的検討 ○粒内ヘリウム保持に及ぼす析出組織の影響解明と 脆化抑制のための最適化条件の提案 ○モリブデンならびに先進高融点材料の疲労特性と 微細組織構造の相関性の解明 ○先進高融点材料の照射特性向上に及ぼす微量元素 の効果解明 ○超微細粒鋼の強度・組織異方性のレーザー超音波 による評価 ○超音波シミュレーションの材料評価への適用 ○レーザー超音波による簡易超音波CTの実証 以下、年度別に主な研究成果の概要を示す。 (1)平成13年度の成果 核融合原型炉の候補材であるF82H低放射化フェラ イト鋼について、照射下における荷重制御疲労試験 を60℃の温度にて行った。図1に示す結果より、原 子弾き出し速度と付与される疲労変形の強さ(上下 ピーク荷重の比:R値)のバランスが疲労寿命に対す る動的照射効果に強い影響を与えることを明らかに した。これは、核融合炉などの実機での照射下疲労 を実験室で評価する上で非常に重要な知見である。 真空を利用した負荷機構を有する新しい照射下ク リープ試験機開発し、実炉中での水中レーザーピー ニング表面制御による再生高経年劣化材料に対応さ せたSUS 316L鋼冷間加工材の照射誘起変形データを 得た。図2はクリープ変形速度の応力依存性を測定 した結果で、応力下での点欠陥カイネティックスを 基にしたの計算機シミュレーションとかなり良い一 致を示している。高応力域での強い応力依存性は、 非照射時の熱活性化による通常のクリープ変形が照 射によって促進されたものと考えられる。 図1F82H鋼の60℃での照射下疲労試験結果 図2 316鋼の照射下クリープ速度:計算と実験 低放射化マルテンサイト鋼溶解材の中で、最も耐 熱性に優れるもののひとつである9Cr3WVTaB鋼を用 いて、同鋼の最高使用温度(873K)でHe注入 (100appm)後クリープ試験を行った。図3にHe注入 材と非注入材のクリープ破断線図を示す。両者の間 に有意な差はなく、Heによる悪影響は認められなか った。同様のことは他のクリープ特性についても言 図3 9Cr3WVTaB鋼のクリープ破断線図 え、低放射化マルテンサイト鋼が873Kでの使用に耐 えうる可能性があることを示唆する結果を得た。 微細組織の典型である転位密度が異なる材料にお ける照射誘起変形の違いについて、計算機シミュレ ーションをもちいて応力下での点欠陥の動的な活動 と転位ダイナミックスを結びつけることにより、照 射下クリープ変形や照射誘起応力緩和などへの影響 が詳細に調べられた。また、この計算結果を検証す るためにサイクロトロン加速器をもちいたプロトン 照射下でのその場実験を実施し、両結果の良好な一 致が得られた。 図4照射誘起変形機構別の転位密度依存性 Moの疲労試験を室温、4Hzで軸荷重制御、引張― 圧縮(R=-1)あるいは引張―引張(R=0.1)で実施 した。試験片は圧延材および再結晶材(真空中1573 K,1.8ks)であった。主要な結果:(1)圧延材の疲 労限度は、再結晶材より高い。R=0.1での疲労限度 はR=-1より高い。これは通常の純粋な金属と同様。 (2)強加工材のR=0.1の場合には、疲労硬化は観察 されなかった。最終処理が温間加工による比較的低 い加工度のため、粒内および結晶粒界の近くの転位 密度は疲労変形によって増加し、セルの形成および サブ粒の微細化が生じた。したがって、Moの疲労 硬化がR=0.1条件においてさらに進展したと考えら れた。(3)強加工材のR=-1の場合には、疲労軟化 が生じた。温間圧延されたMoの加工度はやや低い が、小さな疲労軟化がR=-1で認められた。サブ粒 の中の転位は少数であり、転位密度はむしろ低い。 (4)再結晶材では、R=0.1およびR=-1のいずれの疲 労条件下でも疲労硬化が生じた。再結晶材のR=0.1 条件でも著しい疲労硬化が確認された。粒内の転位 密度は増加し、セルの形成およびサブ粒の微細化が 明らかに認められた。(5)再結晶材のR=-1の場合 には小さな疲労軟化を示した。低い転位密度の絡み 合った転位束が多くのサブ粒内で観察された。 平成13年度の論文数:13報、共同研究数:5件 (2)平成14年度の成果 最近、軽水炉シュラウドのき裂が問題となってい るが、その防止のために開発された水中レーザーピ ーニングによる表面残留圧縮応力を活用したき裂抑 制法の照射環境下における耐性を評価するため、冷 間加工されたSUS 316鋼における照射誘起応力緩和 を計算機シミュレーションにより求めた。図5に一 例を示すように、緩和挙動は転位密度(冷間加工度) に依存するが、その依存性は単純ではないことが示 された。また、これまでに得られた照射下クリープ 変形の転位密度依存性の実験結果は、計算で得られ た挙動と良い対応を示している。 図5 SUS 316鋼の照射照射誘起応力緩和 核融合原型炉の候補材であるF82H低放射化フェ ライト鋼について、予想使用温度である500℃にお ける照射下荷重制御疲労挙動の評価を実施した。図 6に示すように、照射後には疲労寿命が非照射時と 比べてかなり長くなるのに対し、照射下ではほぼ同 じかむしろ短くなった。この結果は、照射下で非常 に大きな寿命の伸長が現れた60℃における挙動と対 照的であり、点欠陥(格子間原子や原子空孔)なら びにそれらの集合体の形成・移動・消滅及び転位運 動との相互作用の両温度(高温と低温)における違 いが疲労挙動に影響するためと考えられる。 使用温度の向上を目指して開発された改良型低放 射化マルテンサイト鋼9Cr3WVTaBの耐He脆化特性 図6 F82H鋼の500℃での照射下疲労試験結果 を調べるために、He注入(300appm)材のクリープ 試験を行った。図7に示すHeを含まないコントロー ル材との破断時間比を含めて、Heによるクリープ特 性の劣化は他の低放射化マルテンサイト鋼と同様に 小さく、またHeよる粒界破壊の誘発も観察されなか った。これらの結果は低放射化マルテンサイト鋼が、 より高温での使用に耐えうる可能性を示唆するもの である。 図7 低放射化マルテンサイト鋼におけるHe注入材と コントロール材のクリープ破断時間比 ロシア国立原子炉研究所(RIAR)との共同研究 により、室温から160℃までのMo-Re合金の照射特性 を明らかにした。主な結果は、Re量の比較的高い Mo-Re合金溶接材では照射脆化を生じ難い傾向が認 められた。Re量の増加につれて転位ループの密度は 減少し、破壊の形式は粒界破壊から粒内破壊へと変 化した。また、照射によって誘起される第2相の形 成はいずれの試料にも認められなかったなどであ る。文科省の招聘制度によって、RIAR側の研究責 任者であるDr. Chakinを日本に招待して、今後の研 究計画の議論を詳細に行った。 将来の鉄鋼材料のオンライン計測・評価の可能性 をふまえ、ピコ秒パルスレーザと光位相共役干渉計 を用いて、音速異方性の非接触計測を可能にした。 微細粒鋼試料の縦波超音波の音速計測の結果、超微 細粒鋼の引張り強度と音速の間に比例関係があり、 強度・加工組織異方性を含めて非破壊的に推定可能 なことを明らかにした。溝ロール圧延材では、微細 化して引張り強度が増加すると音速も大きくなり、 引張り強度異方性が音速異方性と対応関係にあるこ とが確認された。平ロール圧延材では、引張り強 度・組織異方性の軽減を目的とした圧延中の圧延面 回転の効果が音速異方性の軽減という形で評価でき ることも確認された。 平成14年度の論文数:11報、共同研究数:6件 (3)平成15年度の成果 疲労破壊挙動への動的照射効果に及ぼす複合的微 細組織の影響を明らかにするため、均一組織を有す るSUS 316鋼についてサイクロトロン加速器を用い た照射下ならびに照射後、非照射における疲労試験 を行った。さらに、き裂面ならびにその近傍の精密 な解析を行い、照射下疲労した試料と非照射及び照 射後に疲労させた試料との破壊挙動の相互比較を実 施して、それぞれの場合でき裂発生及び伝播の過程 が異なることを明らかにした。一例として、図8に 破断面のストライエーション(サイクル毎のき裂進 展に対応した縞模様)幅の変動の違いを示す。 図8 SUS316鋼の疲労破面ストライエーション ヘリウム脆化を受けて破壊したFe-Ni-Cr合金の微 細組織観察で得られた結果を基に、理論的検討を行 い、脆化軽減化に対するヘリウムの粒内保持の効果 を定量的に評価した。その結果、図9に示すように、 ヘリウムの粒内捕獲率が上昇するほど脆化は低減さ れる傾向にあるが、場合によっては効果は限られた ものであることが分かった。このため、十分な脆化 抑制を達成するためには、粒界気泡の微細化や成長 抑制を実現することが重要であることが明らかとな った。 軽水炉シュラウドの割れの主要原因として、製作 段階での材料表面層への冷間加工が指摘されてい る。NIMSサイクロトロン加速器をもちい、初期製 作軽水炉の主要材料であるSUS 304鋼のBWR炉内温 度288℃における照射下クリープ変形と冷間加工の 影響を調べた。図10に示すように、問題となる比較 的に低い応力領域では変形速度が応力の2乗に比例 し、現在の主要材料であるSUS 316鋼(1乗に比例) と異なることが明らかにされた。また、SUS316鋼 に比べて冷間加工による変形抑制の効果が大きいこ とも明らかになった。 第9図 破断材における破断時間比と粒内捕獲率 図10 304鋼の照射下クリープ速度の応力依存性 立教大学原子炉および日本原子力研究所(JRR-4) において、約43.2ks (12時間)熱中性子照射を行っ た後、α線トラックエッチング(ATE)法を用いて、 Mo-B合金中の微量添加Bの可視化を試みた。また、 トリチウムオートラジオグラフ(TA)法によって、 水素の集積サイトとしてのBの効果を調べ、以下に 示すような結果を得ることができた。 1)Mo-B合金の鋳造材では、ATE法の解析によると 結晶粒界と粒内にBに富む相、硼化物の生成が観察 され、さらに結晶粒界三重線または母相中に偏析し たBの分布を可視化することに成功した。 2) Mo-B合金の溶体化処理材でも同様に、結晶粒界 三重線または母相中に偏析したBの分布を可視化で きた。1273K~1773Kと溶体化処理温度を変えた場 合も同様にATE法による定量的な解析を行い、粒界 三重線近傍のB量について統計的な頻度分布を測定 した。1373K以下の溶体化温度では再結晶が起こら ず、Bの粒界偏析は認められなかった。再結晶組織 となるが、1473Kのように溶体化温度が比較的低い 場合、Bの粒界偏析は不均等分布を示した。1773K のように溶体化温度が高くなると結晶粒界三重線上 に沿ってBの分布は均等であることを明らかにした。 3) TA法によると、Mo-B合金中の水素は主に結晶粒 界に沿って観察され、粒内では認められなかった。 これはB濃度の相違によって水素のトラップ効果が 異なるためであることを明らかにした。このように Bを含む析出物や転位は水素のトラッピングサイト として機能しているおり、TA法は材料中の水素の 挙動を調べる手法として非常に有効であることが確 認された。 平成15年度の論文数:12報、共同研究数:5件 (4)平成16年度の成果 異種結晶を含有した複合的微細構造を持つSUS 304鋼15%冷間加工材(CW材)と均一なオーステナ イト相を持つSUS 304鋼焼鈍材(SA材)について 300℃で非照射、照射下、照射後疲労試験を行い、 これらの結果ならびにその解析をもとに微細なマル テンサイト相の存在が照射下及び照射後疲労挙動に 及ぼす影響について検討した。図11にSUS 304鋼 15%CW材における疲労破断試験結果を示す。照射 下では疲労寿命にバラつきがあるものの非照射に比 べてやや伸長傾向を示し、照射後では逆にやや短縮 傾向にあるが、先に報告した均一なオーステナイト 相を持つSUS 316鋼CW材の結果に比べると著しく小 さい。図12にCW材でのストライエーション間隔を ノッチ先端からの距離でプロットした結果を示す。 照射下、照射後ともに非照射に比べて幅に大きな違 いは見られない。疲労サイクル毎に1本のストライ エーションが形成されることより、クラック発生か ら破断に至るまでの伝播過程で照射の影響はほとん ど現れていない。 図11SUS 304鋼冷間加工材の疲労寿命 図12冷間加工材のストライエーション間隔 均一なオーステナイト相を持つ焼鈍材におけるノ ッチ先端近傍での塑性変形領域発達を評価するため に、二次元硬さ分布測定を計測した結果を図13に示 す。黒から白になるにつれて硬度が上昇しているこ とを表す。照射下では顕著な硬度変化は見られず、 また、照射後試料(予照射量0.0086 dpa)ではノッ チ先端近くに塑性変形域が限定されている。よって、 図13は照射下及び照射後では非照射に比べてノッチ 先端近傍での塑性変形の発達が抑制されることを示 している。この結果より、冷間加工による(相を含 まない焼鈍材では316鋼冷間加工材と本質的に同様 な照射下および照射後における疲労抑制現象を示す と結論できる)。 図13 SUS 304鋼焼鈍材での2次元硬度分布 400Kで5 x 1021n/cm2 (E>0.1 MeV)中性子照射し た15%~41%Reを含むMo合金電子ビーム溶接材の 破面組織について調べた。Re量の増加につれて破面 は粒界破壊から粒内破壊へと変化した。溶接後 1173Kで1時間焼鈍したMo-30%Re合金および溶接 後1673Kで1時間焼鈍し、中性子照射したMo-41% Re合金において、σ相と考えられる第2相を溶融部 に見出した。773K~1273Kの照射後焼鈍によって、 Mo-41%Re合金の硬さは回復し、粒内破面の増加と よい対応が認められた。Mo-50%Re合金の電子ビー ム溶接材は温間圧延加工ができることを確かめた。 さらに、適当な熱処理を施すことによってσ相の形 成を促進するとともに、σ相の大きさ、分布を調整 し、溶接材の機械的性質を向上させることができた。 σ相の析出は高転位密度の場所、サブ粒界、粒界な どの領域に優先的に生じており、しかもバンド状に 連なって成長していた。このような材料は機械的性 質がさらに向上する可能性を示しており、Mo-50% Re合金は溶接性に優れていることを明らかにした。 ニーズの高まっている材料表層や被膜の非破壊的 材質評価法に関連して、超音波を用いた方法の検討 を進め、差分法を基にした超音波伝播の計算機シミ ュレーションを用いて検討した。ピーニング処理で は表層の塑性加工による組織変化により、音速の増 加が見込まれる。シミュレーションでは、表層部の 弾性率変化分布・厚さをモデル化し、表面波の音速 変化との関連を再現した。誤差の原因としてあげら れている表面粗さをモデル化したシミュレーション 計算により、粗さと音速低下に比例関係があること が明らかになった。また、表面境界の影響を受けな いとされるSH波においても、粗さにより音速低下と 強度低下が生じることが新しい知見として得られた。 溶射被膜などでは機械的測定が難しく、また弾性異 方性を有しているため、超音波音速による弾性率計 測が検討されている。シミュレーションによって、 実際の試料の計測結果の有効性の確認、SH波を発生 させる最適条件の確認、被膜内でのSH波の伝播の可 否の検討などに役立て、有用性を実証した。 平成16年度の論文数:12報、共同研究数:4件 (5)平成17年度の成果 初期の軽水炉における主要炉心部構造材料である SUS 304鋼は、冷間加工を受けることによりオース テナイト母相中に微細なマルテンサイト相を形成す る。この様な複合的微細組織が照射誘起変形に及ぼ す影響を調べるため、NIMSサイクロトロン加速器 をもちいた照射下実験を行い、照射誘起変形速度の 応力依存性が求められた。さらに、得られた依存性 より照射誘起応力緩和挙動を評価した。一例として 5 %冷間加工材の評価結果を図14に示す。これより、 均一なオーステナイト組織を持つSUS 316鋼と比較 して、応力緩和がかなり抑制されることが分る。 図14 304と316鋼冷間加工材の照射誘起応力緩和 He脆化を低減する一手段として、粒内にHe気泡 の生成場所となる析出物を導入してHeの粒界への移 動を阻止する方法が考えられている。本研究では、 この手法の有効性を吟味するために、サイクロトロ ンでα線を照射することによって原子炉におけるHe の核変換生成を模擬したFe-Ni-Cr合金のクリープ破 断試験片に対して、微細組織の定量解析を実施した。 図15及び16には、粒内に存在する個々の気泡に含ま れるHe原子数を計算して求めた粒内He捕獲量と析 出組織の相関が示してある。析出物の数密度や界面 面積が数桁にわたって増加しても、Heの粒内保持量 の変化は2倍程度にとどまっており、粒内析出物の 単純な高密度分散が必ずしも脆化の軽減に効率的に 寄与しない可能性があることが示唆された。より高 度な脆化抑制には、粒界気泡分布の微細化等の対策 との併用が必要と考えられる。 図15粒内He原子密度と析出物数密度の相関 図16粒内He原子密度と析出物界面面積の相関 以前の超鉄鋼プロジェクトにおいて、鋼材溶接部 の健全性評価法として、水浸式超音波計測で、溶接 部の3方向からの超音波スキャンによる欠陥形状・ 位置の簡易的CT画像化を実現し、さらに溶接部金 属の凝固部の形状の画像化に適用できることを明ら かにした。この簡易超音波CTを発展させ、レーザ ー超音波技術を取り入れて、気中での溶接部欠陥・ 凝固金属の非接触画像化の実現を進めてきた。まず、 レーザー超音波の高度化として、粗面への適応性の 高い光位相共役干渉計の光学系の基礎的改良を進め てきた。現在、簡易CT画像化装置としての装置構 築を進めており、試料走査や、波形収集、画像化計 算処理などのプログラムや機構製作をすすめてい る。 平成17年度の論文数:6報、共同研究数:4件 (平成17年11月現在) 基礎物性グループの5年 Feng Zuyong、Liu Lili、Liu Wenfeng、Liu Yang、Wang Yu、 Yang Sen、Zhang Lixue、 Zhou Yumei、 阿部英樹、砂金宏明、今井基晴、 大塚和弘、加賀屋豊、木本高義、高木昌子、唐捷、中山浩美、任暁兵、松下明行、名嘉節(現東北大学、2005年5月退職) 1.研究を振り返って 本グループは、元々は松本武彦前計算材料部長が 旧金属材料技術研究所において始めた高圧物性研究 の流れを汲む。NIMS発足を機に、葉金花氏が光触 媒グループとして独立し、木本高義氏他が新しく加 わることとなった。これにより、“高圧”色は薄れ、 面白いことなら何でもやるスペクトルの広い研究グ ループとなった。 NIMSが発足した2001年は金属系高温超電導体 MgB2が青学大秋光グループによって発見された年 にあたる。高圧物性研究者は、新しい超伝導体発見 の数時間後にはそのTcの圧力効果を測っていると言 われる位、新超伝導体の研究を好む。MgB2が発見 されると、秋光グループ出身で本グループの前客員 研究官(現産総研)の鬼頭聖氏が、早速自ら高圧合 成した良質のMgB2を提供してくれた。MgB2は良質 試料を作るのは容易でなかったので、この試料提供 は大きなアドバンテージとなり、この試料について、 本グループの高圧屋である唐捷氏が電気抵抗と格子 定数の圧力効果を、キュービックアンビルとKEKで それぞれ大急ぎで測定して、BCSの範囲内で測定結 果が良く説明できるという結論で論文にした。案の 定、前後して何報かの圧力効果の論文が提出される という徒競走的研究であった。我々はこの後、ナノ 研北澤氏のグループがフラックス法により作製した MgB2単結晶を用いた超伝導異方性の研究や、東京 大学の光電子分光による超伝導ギャップの研究など にも関係した。また、島根大との共同研究で、多元 同時スパッタ法によるプラスチックの上のMgB2薄 膜作製にも成功している。この他、本グループの今 井基晴氏はMgB2と同じ結晶構造を持ったSr(Ga,Si)2の 超伝導を発見し、注目を集めた。 MgB2の膜作りでは、阿部英樹氏がユニークな研 究成果を上げている。同氏は、所内各所から廃棄装 置や廃棄部品を集めてきては再利用するのが得手な 研究者であるが、この5年間は、溶融塩に電極を差 し込み、電析によって様々な新物質を合成すること に心血を注いだ。その中で最も注目を集めた研究成 果は電析による金属系高温超伝導体MgB2膜の合成 であった。図1は、電析により作製されたMgB2膜 の写真である。MgB2はMgとBの融点等が著しく異 なるため合成や膜作りが難しい。この手法では、良 質のMgB2膜が容易にできるため、MgB2の発見者で ある秋光教授に注目され、同教授に請われて同グル ープへの技術移転を行っている。 超伝導分野では、この他にもCuO二重鎖の高温超 伝導発見に本グループは携わった。高温超伝導の大 半は、よく知られているように、いわゆるCuO2面と いう構造単位で生じているので、CuO2面とは異なる 新しい構造単位であるCuO二重鎖の高温超伝導発見 は高温超伝導研究の歴史において大発見とは言わな くても少なくとも中発見位の部類には入る。この CuO二重鎖の高温超伝導は、Pr2Ba4Cu7O15という物質 で発見された。このPrなにがしという物質は、結晶 構造的には高温超電導体と同じなのだが、なぜか超 伝導を示さないので、誰も目を向けなくなった物質 である。さて、山形大松川氏は、この物質に強い還 元処理を施して、超伝導を示さないと考えられてい たこの物質が、高温超伝導を示すことを発見した (本グループは測定を担当)。従来の高温超伝導体で はホールが電気を運ぶので、酸化してホール密度を 上げ、超伝導を発現させるのが常識であった。つま り、松川氏は、(実は別の目的だったのだが)常識 とは逆のことを行ったのである。この事例はセレン ディピティとはどういう風に起こるかを示していて 面白い。つまり、新発見とは、誰も振り返らないよ うな物質について、さらに常識とは逆のことをやっ て初めて生れるわけである。さて、すわ大発見だと いうので、まずNatureに投稿した。が、 ダメ。次々 と雑誌のレベルを落としていくが、すべてリジェク トされた。ついには、日本物理学会誌(JPSJ)に投 稿したが、あろうことかリジェクトされ、「某有名 研究者が以前に出した(別の物質についての)新超 伝導体発見の論文は、ワシらよりひどいデータなの に掲載されとる。」と、ぼやきながら弱小研究者の 図1 電析によって作製したMgB2膜SEM写真 図2 光電効果型電子線源を用いた陰極ユニット 悲哀を味わった。 さて、新しい分野を生むには、このように新しい 物質を発見するか、あるいは他に無い新規な装置の 開発が通常必要であろう。木本高義氏は、透過電子 顕微鏡(TEM)の専門家で、Cs3Sbが示す量子効率 の高い光電効果に着目し、これを用いた全く新しい タイプのTEM電子線源の開発にこの5年間取り組ん だ。通常の研究提案では副産物としての研究成果が 安全装置として用意されているが、本研究のような 装置開発では副産物として出てくるのはノウハウが 大半で、論文とか特許は途中の段階ではほとんど期 待できない。所内の大きい予算も取りにくいため、 科研費と萌芽研究で開発を進めた。現在試作にまで 漕ぎつけ関連登録特許が3件出ている。図2に試作 した陰極ユニットの写真を示す。 名嘉節氏(現東北大)は、本グループにおけるも う一人の高圧研究者で、高圧下の磁性研究の専門家 である。高圧下の磁性測定では、高圧下の電気抵抗 のように試料のみの信号をとることができず、圧力 容器の分を差し引かなくてはいけないので、大変精 度の高い測定が要求される。同氏は、磁気天秤��を用 いた測定方法に取り組み、世界的にも有数の測定技 術を構築し、この5年間で非フェルミ流体や量子臨 界点の研究で重要な成果を上げている。 砂金宏明氏はフタロシアニン色素合成の専門家 で、この分野では若手(というほど若くないが)の 第一人者である。フタロシアニンは様々な金属元素 と結合して錯体を作るので、極めて多様性に富む。 工業的にも重要であり、膨大な研究がなされている 中で、本グループの加賀屋豊氏と組んで、SbとBiの 新しいフタロシアニン錯体の合成に初めて成功して いる。フタロシアニン錯体には色素以外にも面白い 応用がありそうであるが、この5年間思うように新 しい境界領域分野の取り組みが進まなかったのはリ ーダーの力不足であった。 さて、前出の唐捷氏は松本武彦氏の超高圧研究を 引き継ぐ研究者であるが、同氏の夫で現ノースウェ スタン大助教授の秦氏は、カーボンナノチューブ (CNT)で有名な飯島澄男氏と一緒にCNTの発見を した人物で、その影響を強く受けた唐氏自身もCNT 図3 電気泳動法によるCNT繊維の作製 の高圧による圧縮挙動の研究から始まる一連のCNT 研究に打ち込むことになる。これにより唐氏は純水 中に分散させたCNTを、電気泳動法により繊維のよ うにつなぐ技術を開発した。図3に、電気泳動法で W電極の先にCNT繊維が成長していく様子を示す。 CNT一本は人間がハンドリングすることは不可能だ が、このように繊維状の束にすると一気に扱いやす くなり、様々なことができる。たとえばこの技術で AFMチップの先端にCNTを容易にとりつけることに 成功し、分解能が良くなることを実証している。 任暁兵氏はマルテンサイト変態の専門家だが、本 グループにやってきて、この5年間物性への応用を 模索してきた。彼が本グループに来たとき見せてく れたのが金属のゴム弾性である。マルテンサイト変 態した材料(ただし、何でもよいというわけではな いらしい)に外力を加えると材料内の結晶(ドメイ ン)の方位が変わることによって変形するが、外力 をはずすと“なぜか”変形が元にもどる、これがゴ ム弾性である。このメカニズムについて同氏は、原 子空孔の分布に変形前の対称性が残っており、これ が駆動力となるという点欠陥の対称性原理の仮説を 提案し、Nature誌に掲載されている。しかし、同氏 の真骨頂はここからで、彼はマルテンサイト変態す る誘電体に対して外力のかわりに電場が使えること を着想し、実際に電場で巨大電歪効果が出現するこ とを示した。図4にBaTiO3単結晶が示す巨大電歪効 果の結果を示す。この効果は従来のPZT材料の電歪 効果よりも一桁以上大きいだけでなく、環境上大変 問題になっている鉛を含まないという画期的なもの であった。 2.論文数等 論文108報特許8件 図4新概念による巨大電歪効果 機能融合材料グループの5年 岸本哲、小野寺秀博、石田章、江頭満、笠谷岳士、菊池武丕児、京野純郎、小林幹彦、今野武志、佐藤守夫、 澤口孝宏、新谷紀雄、不動寺浩、宮崎英樹、浅香由美子、今須淳子、松井満代、森脇三千代、野田哲二(現理事)、黒川要一 (現ICYS,2004.8移動)、佐々木敏雄(現ICYS,2003.11移動)、長谷正司(現ナノマテリアル研究所) 1.組織発足の経緯・目的・目指したもの 2001年4月に旧金属材料技術研究所・インテリジ ェント材料グループを中心に機能融合材料グループ が発足した。当時インテリジェント材料グループは 「機能要素のアセンブル化による多機能材料の創製 に関する研究」と「適応性構造材料の開発に関する 研究」という機能性材料系と構造材料系の2つのプ ロジェクトを有しており、この2つを統合し、材料 の作製手法を“一つの素機能を有する材料を組み合 わせて融合させる”ことに着目して中期計画プロジ ェクト「素機能融合化技術による安全材料の創製に 関する研究」を立ち上げ、機能材料の高度化と融合 化技術による安全材料の創製を目指すグループを結 成した。 2.活動の経緯 機能融合材料グループでは、材料の持つ多種の機 能を引き出し、それらを組み合わせる事により、材 料をインテリジェント化し、安全に使用できる材料 の実現を目指している。2001年のグループ発足当初、 クローズドセル構造材料、自己修復耐熱鋼、鉄系形 状記憶合金等の構造材料系、粒子アセンブル技術と 形状記憶合金薄膜等の機能材料系で始まった研究 は、それぞれ大きな成果をあげつつあり、国内の企 業等との共同研究、さらには海外の研究機関との協 力にまで発展している。 セル構造材料、光学インテリジェント膜、フォト ニック結晶、形状記憶合金などは世界的にも高い評 価を受けており、また、マイクロピックアップシス テム、トレーニングレスFe-Mn-Si形状記憶合金、マ イクロアクチュエータ用Ti-Ni合金膜などは事業化に 近い段階まで来ている。 5年間で行った、研究プロジェクト、企業や国内 外の研究機関との共同研究課題を以下に示す。 2.15年間の研究プロジェクト ・中期計画プロジェクト「素機能融合化技術による 安全材料の創製に関する研究」(2001.4-2006.3) 本プロジェクトにおいては、安全性・信頼性に関 わる基本多岐な機能を材料本来の各種機能に融合化 させた多機能な安全材料を開発した。構造系材料で は、金属コーティング粒子の金属同士を焼結するこ とにより、衝撃安全性に優れた超軽量なクローズド セル構造金属材料創製技術を開発した。また、ナノ 領域での組織を制御することにより、締結部材や強 化材として用いる安価な鉄系形状記憶合金や高温損 傷を自己修復する自己修復耐熱鋼を開発した。機能 材料では、粒子アセンブル技術等により、電子機器 に用いる多機能保護素子材料やフレキシブルかつ自 らが温度調節をする自己調温ヒーターシート及び光 を高度に制御できるフォトニック結晶および精密操 作技術を用いたフォトニック結晶の製造技術を開発 した。また薄膜化技術により応答速度の速い微小機 械用Ti-Ni系形状記憶合金薄膜を開発した。 ・萌芽研究「ナノ制御によるニチノールを超える高 性能鉄系形状記憶合金」(2002.4-2004.3) ・文部科学省宇宙開発関係在外研究員派遣制度 「単分散コロイド粒子の自己組織化に関連する研 究」(2002.1-2003.1) ・ホソカワ粉体工学振興財団研究助成「マイクロ 鋳型によるナノ粒子のマイクロパターニング」 (2004.1-2004.12) ・中期計画推進プログラム「環境に応じて構造色が 変化する視認型化学センサー材料」 (2004.4-2006.3) ・ NIMS内競争的個人研究 「ダイヤモンド型半導体3次元フォトニック結晶 の構造探索と創製」(2002.4-2004.3) ・中期計画推進プログラム 「フォトニック構造物操作技術の高度化」 (2004.4-2006.3) ・科学技術振興事業団さきがけ研究21 「光波アンテナによる輻射場の制御と発光特性」 (2000.10-2003.9) ・科学研究費補助金 「位相制御領域を有するフォトニック結晶の作製 とその光デバイスへの応用」(2000.4-2002.3) ・科学研究費補助金 「プラズモン共鳴構造物研究のための金属ナノパ ターンのマニピュレーション技術の確立」 (2003.4-2005.3) ・材料研究所萌芽研究費「未知の磁気ネットワーク を持つ量子スピン系の磁性の研究」 (2003.4-2004.3) ・材料研究所萌芽的研究「ナノ制御によるニチノー ルを超える高性能鉄系形状記憶合金」 (2003.4-2005.3) ・中期プロジェクト「粒子アセンブル技術の電子産 業への展開(2004.4-2006.3) ・科研費「大気圧下での高電圧マイクロ放電を利用 した局所還元に関する研究」(2005.4-2007.3) ・科学研究費「セラミックスを内包するマイクロク ローズドセル構造金属材料創製技術の開発」 (2004.4-2007.3) ・池谷財団「セル壁とは異なる材料を内包するマイ クロクローズドセル構造金属材料の変形過程」 (2005.4-2006.3) ・茨城県産・学・官共同研究事業「超軽量クローズ ドセル構造金属/セラミックス系複合材料の開 発」(2003.4-2005.3) 2. 2企業及び国内外の研究機関との共同研究 ・走査電子顕微鏡下微粒子アセンブル法による光機 能材料の創製に関する研究 (東京大学、2001―2003年) ・位相制御領域を有するフォトニック結晶の作製と その光デバイスへの応用 (理化学研究所、2002 年) ・鉄基形状記憶合金の建築分野における応用に関す る研究(企業、2002―2005年) ・半導体3次元フォトニック結晶の創製に関する研 究(東京大学、2003―2005年) ・ 3次元超微細構造光学素子の開発 (企業、2004―2006年) ・ Development of new technologies for smart materials and health monitoring (スマート材料およびヘルス モニタリングシステムの開発)(Research Institute of Industrial Science and Technology, Pophang, Korea,(財)浦項産業科學研究院、2004) ・ NbC添加Fe-Mn-Si基形状記憶合金の細線化、高機 能化及び用途展開に関する研究 (企業、2004 ―2005年) ・スマート型検査プローブの作製技術に関する研究 (企業、2004 ―2005年) ・走査電顕下マイクロマニピュレーション法による 光機能材料の創製に関する研究 (東京大学、2004―2005年) ・韓国,Research Institute of Industrial Science and Technology (RIST)と MOU締結(2003年) 関連ワークショップ ・第1回 RIST (韓国)―NIMSワークショップ開催 (2003年) ・第2回 RIST-NIMSワークショップ開催(2003年) ・第3回 RIST-NIMSワークショップ開催(2003年) ・第4回 RIST-NIMSワークショップ開催(2005年) ・第3回 NIMSコンファレンス開催(2004年) 3. 5年間の研究トピックス ・帯電パターンによるマイクロ粒子のパターニング 及び精密配列プロセス ・静電場によるアルコキシド分子の選択堆積現象の 発見とそのパターニングプロセス (日本特許及び米国特許の取得) ・世界初のダイヤモンド型フォトニック結晶の作製 に成功 微小球でフォトニック結晶を作製する場合、ダイ ヤモンド型に積層すれば優れた光学特性が得られる と予測されていた。我々はマドリード材料科学研究 所と共同で、走査電子顕微鏡観察下で微小球を1個 1個積層することにより、世界初のダイヤモンド型 フォトニック結晶の実現に成功した。 ・世界最多層の半導体3次元フォトニック結晶の組 立に成功 理化学研究所・横浜国立大学と共同で、半導体プ ロセスによって作った2次元プレートを走査電子顕 微鏡で観察しながら積み重ねることにより、最大20 層の3次元フォトニック結晶を作製することに成功 した。 ・等方分布円柱群におけるフォトニックギャップの 発見 ・プローブマニピュレーション技術の開発 タングステンプロ ーブに数十Vの電圧を印加し、 通常の針状プロ ーブではピックアップできないサイ ズの金属粒子に適用した。 ・柔軟性のあるPTC薄膜の開発 PTC材料である半導体化チタン酸バリウムを粒子 状にし、その周囲に金属粒子を分散して被覆する複 合化技術を開発した。さらに、この複合化したPTC 粒子を、真空パックの袋に薄膜状に充填することに より、セラミックであるのに可撓性のあるPTC薄膜 となった。 ・マイクロクローズドセル構造金属材料創製技術の 開発 ・形状記憶合金薄膜アクチュエータの開発 ・電子線モアレ法を用いた複合材のファイバー周辺 の残留応力測定技術開発 ・低コスト・高性能なNbC添加Fe-Mn-Si基形状記憶 合金の開発 ・鉄系形状記憶合金の新しい加工熱処理方法の開発 鉄系形状記憶合金強化型プレストレスト・コンク リートの提案 ・鉄系形状記憶合金を用いた新鉄骨締結技術の開発 ・ fcc/hcpマルテンサイト変態を利用した制振合金の 提案 4. 5年間の論文数、特許関係、研究会開催等 2001 年度 2002 年度 2003 年度 2004 年度 2005 年度 論文数 25 34 41 23 (6) 特許数 6 12 18 18 (6) MOU締結 1 1 (1) 協働研究 件数 2 4 4 7 (6) 研究会開 催 4 1 (1) 5.代表的な研究トピックスの詳細説明 5.1 マイクロクローズドセル構造金属材料創製 技術の開発 岸本哲 はじめに 軽量・高強度である上に、制振性やエネルギー吸 収性など、多数の機能を有する構造材料を開発する ために、3次元的なハニカム構造を有するセル構造 材料に着目し、セル壁とは異なる物質をセル壁内に 閉じこめ、金属をセル壁とするクローズドセル構造 金属材料作製技術を開発した。 マイクロクローズドセル構造金属材料の作製 本研究で用いたクローズドセル構造金属材料作製 法を図1に示す。作製の手順は以下のとおりであ る。 1)ミクロンサイズの内包させる物質の粒子に無電 解メッキや蒸着等により金属をコーティングする。 2)これを成形容器に充填し、等方静水圧加圧によ り成型し、グリーン体を作製する。3)このグリー ン体を真空中で加熱・焼結によりセル壁同士を接合 すると有機物を内包するクローズドセル構造金属材 料が完成する。また、1)のコーティング終了後、 このコーティングした粒子をグラファイト製のダ イ・パンチの内部に充填し、放電プラズマ焼結法を 用いて焼結する方法も用いた。(図2) さらに、グリーン体の側面にセラミックスの粒子 を充填して焼結時に荷重を負荷し、セラミックス粒 子がグリーン体を押して、一軸荷重の放電プラズマ 焼結法を用いながらあたかも等方的に荷重が負荷さ れている状態で焼結する手法も開発した。(図3) マイクロクローズドセル構造金属材料 作製したマイクロクローズドセル構造金属材料の 走査型電子顕微鏡写真を図4に示す。Ni-P合金をコ ーティングした粒子を、成形後、真空中850℃にお いて1時間加熱・焼結し、直径約10mm高さ約10mm の円柱状のクローズドセル構造金属材料を作製した 試料の断面である。セル壁同士は良く接合し、また その内部にはセル壁とは異なる物質が内包されてい る。またこの材料は、純アルミニウムと同程度の減 衰率や高いエネルギー吸収率を有することが明らか となった。 また、発泡ポリスチレン粒子にNi-P合金をコーテ ィングして焼結し、比重が0.78g/cm3と非常に軽い材 料も作製できた。 まとめ 金属をセル壁とするマイクロクローズドセル構造 材料作製法を開発した。本手法は、軽量な構造材料 を開発するばかりでなく、機能材料作製にも応用が 考えられ、今後、本手法を用いて多くの機能を有す る材料を開発する。 図1 マイクロクローズドセル構造材料作製法 図2 放電プラズマ焼結法を用いたマイクロクローズ ドセル構造材料作製法 図3 放電プラズマ焼結法を用いた擬似等法静水圧負 荷法によるマイクロクローズドセル構造材料作製法 図4 マイクロクローズドセル構造金属材料の断面の 走査型電子顕微鏡写真 5. 2 形状記憶合金薄膜アクチュエータの開発 石田章 機器の小型化や携帯化により利便性の増大と高機 能化が進んでいる近年の技術分野において、微小な 部品を動かすためのアクチュエータの開発は新たな 製品を生み出すためのキーテクノロジーとして重要 性を増している。本研究所で開発を行っている形状 記憶合金薄膜は、従来の圧電素子に比べて発生力で 15倍以上、変位量で50倍以上の性能を示すことから、 大変位強力マイクロアクチュエータとしての応用が 期待されている。本研究では、スパッタリング法に よりTi-Ni二元系形状記憶合金薄膜をSi基板上に成膜 してバイモルフ型アクチュエータを試作し、アクチ ュエータ特性を評価した(図5)。薄膜単体では、 高温の形状しか覚えていないためにアクチュエータ に必要な可逆的な変化は得られないが、基板からの 熱応力を低温での変形に利用する(バイアス力)こ とによって、加熱・冷却により形状が完全に可逆的 に変化するアクチュエータを作れることがわかっ た。このアクチュエータの評価結果を踏まえて、京 都大学田畑研究室の協力により、マイクロデバイス の作製を行った。図6は図5のバイモルフ型アクチ ュエータを用いて作製したマイクログリッパと歩行 ロボットの例である。いずれも数V程度の電圧で繰 返し作動し、マイクロアクチュエータとしての性能 を実証することができた。また、本研究では、同時 に、二元系形状記憶合金薄膜の結果を三元系に展開 させるために、三元系合金薄膜の成膜技術と組成制 御技術の開発を行った。バルク材においても、形状 記憶特性の向上に第三元素の添加が有効なことが知 られているが、三元系合金になると急に脆くなるこ とから、添加量が低く抑えられており、またTiNi単 相領域の非常に狭い組成範囲に限られている。例え ば、図7に示すようなTi-Ni-Zr系合金では、脆くて 形状記憶効果は調べられていなかった。ところが薄 膜では、バルク材では脆くて形状記憶効果が調べら れないような広い組成範囲においても組織の微細化 によって優れた機械的特性を示し、従来のバルク材 よりも逆に優れた形状記憶効果が得られることが明 らかになった。Ti-Ni-Zr合金薄膜の結果は一例に過 ぎず、今後、種々の三元系合金に本研究で得られた 成膜技術を適用することによって、従来に報告され ていないようなナノメーターオーダーの組織が見出 され、その結果、さらに形状記憶特性が優れた新し い材料が得られることが十分に期待できる。Ti-Ni二 元系合金薄膜を用いたデバイスの作製によって形状 記憶合金薄膜が実用的な材料であることを実証でき たことと、またさらに三元系合金薄膜に展開するこ とによって形状記憶合金薄膜の特性の一層の向上が 示唆されたことにより、形状記憶合金薄膜アクチュ エータの実用化に向けて期待できる成果が得られ た。 図5 バイモルフ型マイクロアクチュエータの動作特性 微小物体を掴むマイクログリッパ コンデンサを運ぶ歩行ロボット (形状記憶合金薄膜でできた2 2 0本の 足を使ってむかでのようにして歩く) 図6 試作したマイクロマシン 図7 Ti35.0Ni49.7Zr15.4薄膜の微細組織と形状記憶特性 (左下の鋳造材の組織に比べて結晶粒径は2桁小さくな っている。) 5. 3 新しいトレーニングレス鉄系形状記憶合金 の開発とその応用化技術 菊池武丕児、澤口孝宏 5. 3.1 新しいトレーニングレス鉄系形状記憶 合金の開発 Fe-Mn-Si基形状記憶合金(SMA)は安価で機械的 特性や溶接性・耐食性が良く、一方向形状記憶効果 を利用したパイプ締結部材などへの実用化が期待さ れている。この合金の性能向上には変形と加熱を複 数回繰り返すトレーニングと呼ばれる加工熱処理が 有効であることが知られている。当グループでは、 トレーニング処理を施した合金の内部微細組織や変 形組織を、光学顕微鏡(OM)、原子間力顕微鏡 (AFM)、透過型電子顕微鏡(TEM)および高分解 能透過電子顕微鏡(HREM)を用いてミクロからナ ノにわたる様々なスケールで観察した。その結果、 変形組織中のマルテンサイトが特定の晶壁面と特定 シアー方位で記述される単一バリアントに属し(図 8)、かつ、微細であることが、良好な形状記憶効 果を得るための必要条件であることを見出した。ま た、この仮定の下、ナノサイズのNbC炭化物を均一 に析出させたFe-Mn-Si基SMAを開発し、トレーニン グ処理を施すことなく形状記憶特性の改善に成功し た。さらに、NbC炭化物の時効析出処理の前に所定 の塑性加工により実用レベルの形状記憶特性が得ら れることも判明した。開発合金は、トレーニングレ スであるため製造コスト低減が可能であり、部材形 状の自由度も高い。また、前加工により形状回復力 を従来よりも高くできることも特徴である。 図8 マルテンサイトが単一バリアントからなること を示すAFM象 5. 3. 2 NbC添加Fe-Mn-Si基合金の形状記憶 特性と内部組織 NbC炭化物は母相とキューブ・キューブの方位関 係を有し、母相(111)f面5層ごとにミスフィット転 位を生じながら半整合に析出する(図9)。NbC炭 化物の粒径は時効熱処理のみ施した試料で数十nm 程度、前加工後時効した試料では数nm程度と微細 になる。NbCの微細化に対応して、変形により誘起 されるマルテンサイト・プレートの板厚もナノ ・レ ベルまで微細化される。これは、NbC炭化物がマル テンサイトの核生成サイトとして作用するためと考 えられる。マルテンサイトの微細化は単一バリアン ト(図8)生成に有利であり、その結果変形―加熱 による正逆マルテンサイト変態の結晶学的可逆性が 増すことによって、形状記憶特性が改善されると考 えられる。 図9 NbC炭化物の高分解能電子顕微鏡像 5. 3. 3 NbC添加Fe-Mn-Si基合金の応用化技 術開発 NbC添加Fe-Mn-Si基SMAの用途は、①締結材、② 強化繊維、③制振材料に大別することが出来る。① の代表例はパイプ締結材である。すでに、従来タイ プのFe-Mn-Si基合金(NbC無添加トレーニング材) が地下大型配管の締結などで実用化されている。 NbC添加の新合金は締結力が大きいことと低コスト が特徴であり、今後の実用化が期待される。また、 当グループではロッド状SMAを用いた新しい鉄骨締 結技術も開発した。H型鋼やボックス柱をスプライ ス・プレートと呼ばれる部材を介して連結する技術 で、圧縮変形させたロッド状SMAを鉄骨とスプライ ス・プレートを貫く穴に設置後、加熱することによ り接合が完了する。また、②のタイプの応用技術と してSMAを強化繊維として用いたプレストレスト・ コンクリートを提案している。コンクリート系材料 中に弾性引張変形させた高張力鋼を設置して母材に 圧縮力を加え、引張・曲げ強度を改善した材料であ り、SMAの形状回復力を利用することにより、特有 の施工技術や利用形態が期待される。近年、低降伏 点鋼を用いた鋼材ダンパーが急速に普及している。 地震の際、構造物が本体よりも早期に降伏変形して、 弾塑性ひずみヒステリシスにより振動エネルギーを 吸収する仕組みである。SMAを用いれば、これとは 異なる変形メカニズムにより、メンテナンスフリー の制振ダンパーを開発する事も期待される。Fe-Mn- Si基SMAは、Ni-Ti系合金やCu系合金等熱弾性型 SMAとは異なり、変態擬弾性は示さないと考えられ てきたが、当グループでは、NbC添加Fe-Mn-Si基 SMAが繰り返し引張・圧縮変形下で、マルテンサイ ト/オーステナイト界面の可逆的な運動に起因する と考えられる制振挙動を示すこと確認した。近年社 会的要請が高い激甚災害対策に資する新しい制振材 料が開発出来る可能性があり、今後注力していくべ き課題である。 図10 SMAプレストレスト・コンクリート 5.4 プローブマニピュレーション技術の開発 今野武志、江頭満、齋藤恭子、 小林幹彦、新谷紀雄 概要:プローブマニピュレーションは、先鋭なプロ ーブの針を操作し、微小物を針の先端で任意の位置 に運搬、配置する技術である。このような技術は AFMによる原子操作に代表されるように、非常に微 細なものを対象としており、「大きく」て「重い」直径 が十μm以上の金属粒子には適用できなかった。 我々は、タングステンのプローブに電圧を印加し、 静電気力を作用させることにより、このような対象 物にも適用できるようにし、さらに高電圧放電を利 用し、これらの金属粒子を溶接する技術を開発した。 技術の詳細:図11は試作した装置の全景で、実験中 の写真である。タングステンのプローブを使い、金 基板上で作業を行うが、この際にプローブと基板間 に電圧を印加できるようにした。 金属粒子を基板上に散布し、プローブを固定した まま基板をステージでX、Y、Zの各方向に移動させ て、プローブと粒子との相対的な位置を制御する。 焦点をプロ ーブ先端に合わせた2台の光学顕微鏡を 設置し、光学顕微鏡に取り付けたCCDカメラの画像 をモニターしながら、作業を行った。 粒子を吸着する際には、プローブ先端を粒子上面 に接触した状態で、60V程度の電圧を印加するとよ いことがわかった。電圧を印加しなければ吸着しな い数十μmの金属粒子が、電圧を印加することによ り、プローブ先端に吸着した。 次いで吸着した金属粒子を、所定の位置に運搬し て接合するために、それぞれ接触接合、非接触接合 と呼んでいる2種類の微小物接合法を開発した。 接触接合は、プローブを粒子に接触した状態で 4kV以上の高電圧を印加する方法で、基板と粒子の 接触部で火花放電が生じて粒子が接合される。接合 力は弱いが、粒子と基板の表面に変化はない。さら にプローブを数十μm引き上げてから2kV以上を印 加して、接合部が放電炎で包まれるようにすると、 表面に放電痕が生じるが、接合力は強くなる。これ が非接触接合である。 図12の(a)および(b)はそれぞれ接触接合、 非接触接合時の放電の様子を捉えた写真である。 接触接合、非接触接合はいずれも、コッククロフ ト回路を搭載した低電流・高電圧(定格1mA、 10kV)の直流高電圧電源を使うことにより、可能 であることがわかった。 図13に約40μmの金粒子で作った、金基板上に立 っている文字を示す。 応用:本研究は、もともと多機能材料創製を目的と した技術開発であったが、電子部品や機械部品等の 微小化の流れの中で、微小物の新しい取り扱い技術 として注目されるようになってきた。 実験室での使用のための特注品であるが、本技術 を利用したマイクロピックアップ装置が、企業によ り製作・販売され、分析操作の支援品として使われ ている。 また、接合型プローブの作製、およびMEMSプロ ー ブ中の不良品の交換への応用研究が、微小物の溶接技 術に注目した企業からの提案という形で行われた。 図11 プローブマニピュレーション装置 図12微小接合時の放電の様子 図13 プローブマニピュレーション装置により作製さ れた立体文字 5. 5 マイクロ組立技術による3次元フォトニッ ク結晶の作製 宮崎英樹 フォトニック結晶とは フォトニック結晶とは、光の波長程度(数100nm ~数μm)の周期を持った2~3次元的な構造物で、 超微小光回路や高性能レーザなど、次世代の情報通 信技術を支える光学材料として注目されている。2 次元的なフォトニック結晶は半導体加工技術を利用 して数多く試作されており、実際に光集積回路に応 用される日もそう遠くないと思われる。それに対し て、3次元フォトニック結晶は、レーザの性能を抜 本的に改善できる唯一の材料として実用化が望まれ ているものの、今なお作製手法が確立していない。 半導体加工技術は本来平面的な構造を作る手法であ るため、3次元構造物の作製は苦手としている。簡 便な手法として微小球の自己組織化が注目されてい るが、設計通りの構造物を実現することは容易では ない。 マイクロ組立技術 本研究では、東京大学と共同で、走査電子顕微鏡 の画面を観察しながらマイクロロボットを操縦し、 微細な部品を1個1個積み上げることにより3次元 フォトニック結晶を組み立てる技術を開発した。取 り扱える物体の大きさは70nm~100μmで、材質の 制限は特にない。これほど微小な物体は、針の先に 付着させて容易に持ち運ぶことができる。それは、 物体が小さくなると重力はサイズの3乗に比例して 急激に小さくなり、静電力や分子間力のような付着 力の方が優勢になるからである。図14に微小な球を 並べている時の電子顕微鏡映像を示す。右上にプロ ーブと、その先端に付着している球が写っている。 画面には作りたい構造のCADデータを表示してお き、輪郭がそれにぴったりと合うように精度良く配 置していく。 次元フォトニック結晶の作製例 本手法では、並べる微小球の数を少しずつ増やし たり、上に積み重ねていきながら、光学特性がどの ように変化していくかを調べることができる。その 過程で、層数が2層の場合にだけ、特異的に強い光 回折現象が起こることを発見した。これは我々の手 法ならではの成果である。 図15は球でできたダイヤモンド型フォトニック結 晶である。微小球の自己組織化でできる面心立方型 の結晶では大きな発光制御機能が現れない。微小球 をダイヤモンド型に積み上げるとよいことが理論的 に予測されていたが、我々はマドリード材料科学研 究所と共同で、シリカ粒子を積み上げる方法により、 世界で初めてその実現に成功した。 また、理化学研究所・横浜国立大学と共同で、半 導体加工技術によって作ったインジウムリン製の平 板部品をプラモデルのように枠から切り離しては積 層し、最大20層の3次元フォトニック結晶を作るこ とにも成功した(図16)。従来の技術ではこれほど 多くの層を積み上げることはできなかった。1つの 半導体チップ上への数種類の結晶の集積化や、発光 制御に必要な欠陥層を中間に挿入し、その共鳴モー ドを観測することにも成功した。 図13微小球を配列中の様子 図14シリカ球のダイヤモンド型フォ トニック結晶 図15半導体3次元フォトニック 5. 6 光学インテリジェント膜の創製と応用 不動寺浩 5. 6.1粒子アセンブルによるスマート材料創 製 サブミクロンサイズの単分散コロイド粒子を最密 パッキングすることで人工オパールを形成した。こ の微粒子集積体は屈折率の周期構造を有しており、 光をブラッグ回折によって選択反射を起こす(図 16A)。可視光領域の光は構造色として肉眼で認識 することができる。 図16構造色が変化する仕組み さらに立方最密充填した微粒子集積体の隙間をエ ラストマーで充填することでコンポジットを創製し た(図16B)。この新材料は外部から配列周期Dを変 化させることでブラッグ回折光の波長をシフトする ことができる(図16C)。すなわち外部環境の変化に より構造色を可逆的に変化することが可能である。 5. 6. 2膨潤による構造色変化 図17視認型溶媒センシング材料 エラストマーを溶媒に浸けると膨潤する。体積膨 張により配列周期が拡大し、構造色は長波長側へ変 色する。図17Aの試験片はイソプロパノールに浸け ると緑 (ⅰ) から赤色(ⅱ)へ変色した。図17Bは微 細構造のSEM像であり、最密充填した配列コロイド 粒子が観察できる。この配列周期が拡大することで 変色する。図17Cは分光スペクトルであり反射ピー クはⅰとⅱの間を可逆的に変化する。 5. 6. 3 歪みによる構造色変化 新材料を応力で変形させると配列周期の間隔が変 化するため構造色も変色する。これはコロイド粒子 とエラストマーの異なる弾性率に起因する。初期状 態が赤色であった試料が応力歪みが加わると緑色に 変色する(図18A)。この変化は可逆的であった。 一方、この新材料を塑性材料に薄膜として形成した (図18B)。イラストのようにコート層は基板の変形 に追随する。右の写真では赤色であった構造色が歪 みにより青緑まで変色する。 図18変形歪みによる構造色が変色する材料 現在、以下の応用例を検討している。 ・弾性変形による構造色変化(特願2004-20410) ゴムなどの弾性体シート上にコンポジット材料をコ ーティングした。このシートを水平方向に引張ると 垂直方向は圧縮する。構造色はオリジナルの赤色か ら緑色へと変色した。この構造色変化は配列周期が 縮小するためで、ブラッグ回折波長も低波長側へ移 動した。この配列周期の変化は10nmレベルで変化 する。 ・歪み分布の可視化(特願2005-060454) 塑性変形材料の基板表面にコロイド結晶薄膜層を形 成する。構造色は基板の塑性変形により変色する。 ブラッグ回折の波長変化は歪み量に対応する。初期 状態では全体が赤色の構造色である。基板を加熱状 態で引き延ばし、そのまま室温に冷却すると変形し た状態で固定される。ノッチ近傍が緑色に変色し、 応力による歪み分布を構造色変化として視認でき る。 圧電体単結晶グループをめぐる5年 木村秀夫、新野仁、中村博昭、眞岩幸治、宮崎昭光、小川洋一(現客員研究員2003331定年退職)、貝瀬正次(現分析ステーシ ョン2002.4.1移動)、鯨井脩(現評価室2002.8.1移動)、NIMSポスドク(2003.6.6~2005.6.5)、JSPSフェロー (2003.10.11~2005.10.1)、 他:外来研究員1名、客員研究員3名 1.圧電体単結晶グループとは 圧電体単結晶グループは金属材料技術研究所に由 来し、物質・材料研究機構の発足時から幾多の変遷 を経て現在に至っている。簡単にまとめると次のよ うになる。 2001年度: 材料研究所材料基盤研究センターエネルギー変換 材料研究グループ(木村、貝瀬、新野、宮崎) 材料研究所材料基盤研究センターインテリジェン ト材料研究グループ(小川、鯨井、中村、眞岩) 2002、2003年度: 材料研究所機能基礎グループ(小川、木村、新野、 中村、眞岩、宮崎) 2004、2005年度: 材料研究所圧電体単結晶グループ (木村、新野、中村、眞岩、宮崎) 2001年度においては、金属材料技術研究所時代の 組織のまま活動した。2002年度には、材料研究所材 料基盤研究センターエネルギー変換材料研究グルー プから3名、材料研究所材料基盤研究センターイン テリジェント材料研究グループから4名が集まり、 光、電子材料等の機能性材料における基盤研究の実 施を目的に材料研究所機能基礎グループがスタート した。その後、2004年度に材料研究所機能基礎グル ープを引き継ぐ形で材料研究所圧電体単結晶グルー プが発足し、現在に至っている。 圧電体単結晶グループでは、主として以下のこと を目標としている。 圧電体の中の強誘電体では、強誘電体メモリーが 次世代メモリーとして注目され、近年盛んに研究さ れ、実用化が進められているが、今後の小型化、高 集積化、高機能化のためには詳細な物性の理解が重 要である。材料としてはBi4Ti3O12が注目されている が、層状化合物で、かつ分解溶融型(包晶型)化合 物であるため、バルク単結晶の育成は困難で、バル ク単結晶の物性理解の前に、ヘテロエピタキシャル 薄膜を育成し、その特性評価が進められている。そ れ故に材料特性の本質的理解が十分でなく、材料改 良、特性向上の障害となっている。そこで、従来困 難とされているバルク単結晶の育成を我々独自の育 成法で試み、バルク単結晶特性を評価することで材 料本来の物性を明らかにするとともに、バルク結晶 を基板として低欠陥の薄膜結晶、厚膜結晶を育成し、 その強誘電性、圧電性を評価、さらなる強誘電体メ モリー、圧電体素子の特性向上を目指す。 2.グループの活動経緯 【運営費交付金による研究】 2.1萌芽的研究の概要 グループの主たる研究テーマは萌芽的研究であ り、以下に年次毎の概要を示す。 1998年度~2001年度 「加圧によるイオン伝導体の創製に関する研究」 酸化物セラミックスのイオン伝導物質を利用し た固体電解質に関する研究は多くの研究者により 行われており、酸素センサー用の固体電解質とし て実用化されている。固体電解質を用いて特定す る化学種をリアルタイムで測定するためには、化 学種に関連した化合物を固溶した高イオン伝導物 質を合成することが必要である。しかし、大気汚 染物質に関連する化学種の多くは高温で分解しや すいことから、イオン伝導性を示す複合化合物を 合成する試みは皆無であった。本研究では加圧し た状態での焼成により、分解しやすい化合物の分 解を抑制して合成することを目的とした。これに よってイオン伝導性を示す複合化合物からなる固 体電解質の種類を拡大することができ、比較的低 温度で導電率が高く、腐食性ガス等を選択的に識 別し、しかも定量が可能な固体電解質の創製を行 うことが可能となった。 「包晶系における結晶の成長・溶解機構に関する 研究」 包晶化合物結晶の成長、溶解は一般に包晶反応 (α+L→β、分解反応(β→α+L)によって説明さ れる。このような物質の例として鉄鋼材料、金属 間化合物、超電導酸化物がある。しかしこの過程 を直接観察した例はなく、その機構は不明である。 本研究では、室温に包晶点(29.3℃)を持つ Sr(NO3)2-H2O系を例に、包晶化合物結晶の成長、 溶解のその場観察を通して、その機構を実験的に 検証した。 2001年度~2002年度 「微小領域における各種エネルギー変換誘電体結 晶材料の開発」 化学量論組成ではなく、結晶を置換型固溶体と することで置換元素周囲の構造をミクロに制御 し、エネルギー変換機能を利用することで、非線 形光学結晶、圧電結晶などの結晶に新しい機能を 付加させるための基盤研究を実施した。さらに、 ガラスを用いた3次の非線形光学材料に関する研 究を実施した。 「希土類原子の高エネルギー状態に関する基礎的 研究」 希土類原子の特異な性質を利用したプロセス開 発には、希土類原子やイオンの制御が重要である。 しかし、希土類原子の制御に必要な、固相での励 起・イオン化による高エネルギー状態に関する基 礎的研究は少ない。ここでは、二波長二段階レー ザー共鳴イオン化分光法-オプトガルバノ分光法 あるいは原子ビーム法を用いることにより、希土 類原子の自動イオン化状態(イオン化限界以上で 存在する原子状態)およびリュードベリ状態(イ オン化限界以下の高エネルギー原子)の探索を行 った。 「プラズマイオン注入による超硬物質被膜に関す る研究」 プラズマイオン注入法は、室温で3次元複雑形 状物の全表面に同時にイオン注入表面処理が可能 である。この方法で金属材料表面に炭素系超硬物 質被膜を作製し、密着性を向上させる手法を開発 した。さらに、炭素膜への窒素イオン注入により 超硬質膜を作製した。 2002年度~2003年度 「固体の混合伝導挙動に関する研究」 固体電解質における電極材料には電子伝導とイ オン伝導の混合伝導を示す固体化合物が使われて おり、これらの材料の高性能化を図るためには伝 導挙動を解明する必要がある。混合伝導挙動を解 明するためには従来の概念とは異なる新しい方法 が重要である。ここでは、制御された雰囲気中お よび高真空中で定電位における分極により可動イ オンを電極近傍に固定すること、および可動イオ ンを高真空中に放出させてイオン伝導を防止する ことでV-I特性を求め、電子伝導性を明らかにし た。さらに、混合伝導挙動の基盤を確立するため に結晶構造が明らかにされている高純度結晶が必 要なため、包晶系における結晶の生成・溶解挙動 を明らかにした。 2003年度~2004年度 「プラズマイオン注入によるアンカー接合超硬質 被覆の研究」 DLC (ダイヤモンド状炭素)膜は超低摩擦係数、 超硬質で耐摩耗性に優れているため家庭用ロボッ トのような省電力が求められる複雑な小型精密機 械の摺��動部品への利用に適している。プラズマイ オン注入では室温で複雑形状立体物に超硬質低摩 擦のDLC膜を被覆できるが、膜の密着性が不十分 である。特に、長寿命化のため膜厚を厚くすると 膜の内部応力が高くなり界面で剥離しやすくな る。本研究では膜の密着力の強化のため、Al酸化 膜の高密度微細孔をマスクとして基材表面にアン カー孔加工を行いプラズマイオン注入によりDLC 膜を注入被覆した基材中に高密度に微小な根を張 ったDLC膜を作製し、その特性を評価した。 2003年度~2005年度 「弾性波フィルター用圧電体薄膜結晶の開発」 本研究では表面弾性波フィルターや強誘電体メ モリー用として期待される酸化物圧電体・強誘電 体単結晶を研究対象とした。具体的には、バルク 単結晶、ファイバー単結晶の育成研究を引き上げ 法、引き下げ法で行うとともに、薄膜・厚膜結晶 の育成研究をゾルゲル法、PLD法により行った。 育成したバルク単結晶、ファイバー単結晶、薄 膜・厚膜結晶について結晶性を評価するととも に、誘電特性、強誘電特性を評価し、バルク結晶、 ファイバー結晶と薄膜との特性の相違を明らかに するとともに、実用化を目指した。 2004年度~2005年度 「弾性波フィルターの分極特性に関する研究」 圧電性は情報通信技術の中で広く使用されてい るが、特に強誘電体メモー用材料、弾性波フィル ター用圧電体材料等の開発が望まれている。圧電 性は結晶の歪みのためにイオンの相対的な位置が 変化したことにより起きるが、弾性波フィルター の高周波側では不可避的に混入した微量不純物に よって起こる微小欠陥構造が大きな影響を与えて いる。微小欠陥は電気特性に影響を及ぼすことか ら、高機能化を図るには詳細な電気的特性の評価 を行い、得られた知見を材料の製造過程にフィー ドバックさせることが重要である。本研究では、 結晶に電場をかけてわずかな変形を生じさせたと きの電位と電流の経時変化から電気特性(電価胆 体)を解明する方法の確立を目標とした。これに よって結晶質のイオン種と混合伝導体の伝導挙動 を明らかにすることが可能となるので、高機能性 を持った材料の開発を行うための基礎データを得 ることができた。 2. 2中期計画推進プログラム研究の概要 2004年度に中期計画推進プログラム制度がスター トし、1テーマが区分「B」で採用されたので、以 下に概要を示す。 2004年度~2005年度 「分解溶融型層状バルク強誘電体単結晶の育成と ホモエピタキシャル膜育成による誘電特性の向 上」 強誘電体メモリーは、低消費電力、高速、不揮 発性であることから、次世代メモリーとして注目 され、近年盛んに研究されている。強誘電体メモ リーは、分極疲労の問題が解決されてきたことか ら、近年実用化されてきているが、今後の小型化、 高集積化、高機能化のためには詳細な物性の理解 が重要である。材料としてはBi4Ti3O12が注目され ているが、層状化合物で、かつ分解溶融型(包晶 型)化合物であるため、バルク単結晶の育成は困 難で、バルク単結晶の物性理解の前に、基板を用 いてヘテロエピタキシャル薄膜を育成し、その特 性評価が進められている。それ故に材料特性の本 質的理解が十分でなく、材料改良、特性向上の障 害となっている。本研究では、従来困難とされて いるバルク単結晶の育成を我々独自の引き下げ 法、引き上げ法で試み、結晶本来の特性であるバ ルク単結晶特性を評価するとともに、それを基板 として薄膜結晶、厚膜結晶を育成し、その誘電性 を評価、さらなる強誘電体メモリーの特性向上を 目指した。 3. 5年間の成果 3.1成果概要 5年間は長く、多くのことを実施したが、以下に は主だった成果について示す。 2001年度 研究トピックス: *イオン伝導体の創製 *包晶反応、分解溶融のその場観察 *プラズマイオン注入の計算機シミュレーショ ン―1 *超硬質CN化合物の合成 *自動イオン化プロセスの探索 *リュードベリ状態の探索 *紫外光まで透明な非線形光学ガラスの開発―1 *レーザー波長変換用非線形光学結晶の開発 *光導波路用ガーネット結晶の開発 論文数:3報(査読国際誌のみ) 他に解説等1件 知財関係:特になし 研究会開催:0件 2002年度 研究トピックス: *混合伝導挙動の解明―1 *包晶化合物の生成・溶解挙動の解明―1 *パルス電圧によるグロー放電を用いたプラズマ イオン注入実験 *プラズマイオン注入の計算機シミュレーショ ン― 2 *Smの自動イオン化状態の検討 *誘電体単結晶材料の探索 *分解溶融結晶合成法の開発 *紫外光まで透明な非線形光学ガラスの開発―2 外部資金獲得:1件 日本宇宙フォーラム宇宙環境利用地上公募研究萌 芽研究 「包晶系における核形成と成長の速度論的研究」 (2002-2003) 2成分系の液相と固相の相平衡関係の基本的なも のの一つに包晶系がある。相平衡関係から、包晶系 での結晶生成、分解は包晶反応、分解溶融で説明さ れることが多いが、実験的に検証された例は無い。 一方で、過冷された液相からは高温相及び低温相の 2つの固相が同時に核形成、成長することも可能で もある。2つの固相がどのような条件で生成するか を知るためには、結晶の核形成及び成長のカイネテ ィクスを、それぞれの固相について明らかにする必 要がある。本研究はSr(NO3)2-H2O系でモデル実験を 行い、結晶生成過程のその場観察を通して、包晶系 における個々の固相の成長を、速度論的に明らかに することを目的とした。結晶の核形成、成長実験で は、微小重力環境は対流および不均一核形成抑制の 点で理想的な環境である。その対照実験として、地 上実験では溶液流のもとで実験を行い、その影響を 調べた。 論文数:3報(査読国際誌のみ) 他に解説等2件、招待・依頼講演2件 知財関係:特になし 研究会開催:1件(日本電子材料技術協会金属材料 研究会に協賛) 2003年度 研究トピックス: *混合伝導挙動の解明―1 *包晶化合物の生成・溶解挙動の解明―1 *微細孔作製法の検討 * KNbO3単結晶作製技術の開発 * Pb2KNb5O15単結晶作製技術の開発と電気特性評 価 *強誘電体Bi4Ti3O12バルク単結晶の開発と電気特 性評価 *ゾルゲル法によるKNbO3薄膜結晶合成技術の開 発 外部資金獲得:1件 日本学術振興会外国人特別研究員試験研究費、科 学研究費補助金(特別研究員奨励費) 「ペロブスカイト型ニオブ酸薄膜の創成、ミクロ 組織制御および強誘電性の応用」(2003-2005) ペロブスカイト型ニオブ酸の一つであるニオブ 酸カリウム結晶において、近年バルク結晶で大き な圧電特性が報告され、次世代圧電結晶として注 目されているが、分解溶融結晶で、固相転移が二 つもあるためにバルク結晶の育成は困難で、応用 には薄膜の利用が不可欠である。しかし、薄膜結 晶に関する研究はほとんど無い。本研究では、新 しい化学溶液法、PLD法により固相転移が影響し にくい低温で薄膜結晶の成膜を試み、電気特性評 価を行った。さらに、FeRAM用強誘電体薄膜と して注目されるチタン酸ビスマスバルク結晶も対 象とし、薄膜成膜を試みた。特に、ドーピングの 効果、電極の影響評価に重点をおいた。 論文数:5報(査読国際誌のみ) 他に解説等1件、招待・依頼講演1件 知財関係:特になし 研究会開催:2件(日本電子材料技術協会金属材料 研究会に協賛) 2004年度 研究トピックス: *固体電解質における定電位分極測定方法の検討 * Sr(NO3)2-H2O系における溶解度曲線の決定 *微細孔作製技術の開発 *他元素ドープKNbO3、Bi4Ti3O12バルク単結晶・ 薄膜の合成と評価 外部資金獲得:2件 池谷科学技術振興財団研究助成 「強誘電体メモリー用難合成バルク層状単結晶の 合成と評価」(2004) バルク単結晶の合成が困難な強誘電体メモリー 用層状酸化物について、独自特許を用いた溶融引 き下げ法、チューブ引き上げ法によりバルク単結 晶育成を試み、異方性を考慮した結晶本来の特性 であるバルク単結晶の誘電特性、非線形光学特性 を評価し、今後の強誘電体メモリー用結晶材料開 発のためのデータ取得を目的とした。 科学研究費基盤研究C 「その場計測が可能な硫黄及びSOxセンサー用固 体電解質に関する研究」(2004-2006) 大気汚染物質である硫黄とSOxは酸性霧や酸性 雨の生成を促し、森林及び植物生体系や人間の生 活環境に深刻な影響を与えている。現在の硫黄と SOxの分析法では試料採取をしてから分析を行う ため、発生源での瞬時分析ができない。本研究で は、金属製錬、化石燃料の燃焼工程等において硫 黄とSOxの変化量を安価で、in-situに連続分析を 行うことができる固体電解質センサーの開発を目 的とし、発生源での計測技術の開発と、それによ るSOx抑制技術の向上を目指す。 受賞:JSPSフェロ ー優秀発表賞(日本電子材料技術 協会第41回秋期講演大会、2004.11.2) 論文数:8報(査読国際誌のみ) 他に招待・依頼講演2件 知財関係:国内特許出願1件、国内特許登録1件、 企業からの受託研究1件 研究会開催:2件(日本電子材料技術協会金属材料 研究会に協賛) 2005年度 研究トピックス: *電場分極による固体電解質の電化胆体の解明 * Sr(NO3)2-H2O系における包晶反応機構の解明 *微細孔作製過程における電気化学反応機構の解 明 *他元素ドープKNbO3、Bi4Ti3O12バルク単結晶・ 薄膜の電気特性評価 外部資金獲得:2件 科学研究費基盤研究C 「ゾルゲル法により生成したアモルファス薄膜へ の外部磁界印加による結晶配向性の制御」(2005- 2006) ユビキタス社会の到来には、機器の小型化が重 要である。電子回路部分の小型化は比較的容易だ が、アクチュエーター、振動子部分の小型化は、 機械的駆動部が必要なため容易ではない。形状記 憶合金の利用もあるが、有望なのは圧電体の電 気-機械結合の利用である。小型化のためには圧 電体薄膜の利用が重要だが、圧電体はバルク結晶 としての使用が多く、特性の良い圧電体薄膜の生 成は困難である。圧電体薄膜の効率的生成にはゾ ルゲル法が有効である。本研究は、ゾルゲル法に より生成したアモルファス薄膜の結晶化の際に磁 界を印加することで結晶配向性を制御して圧電・ 強誘電特性を向上させ、小型高性能アクチュエー ター、振動子の実現を目指す。 日本宇宙フォーラム宇宙環境利用地上公募研究宇 宙利用先駆研究 「光触媒を用いた宇宙環境における汚染防止技術 の開発」(2005-2006) 人類の宇宙空間での活動が活発化するにつれ宇 宙環境の汚染が問題となってきた。本研究の目的 は、地上で広く利用されている光触媒技術を宇宙 環境での汚染防止技術として利用するための基盤 技術の開発にあり、主なターゲットはLEOにおけ るスラスタープルームに起因する炭化水素の分解 である。光触媒としては酸化チタンを想定し、酸 化チタンの汚染防止対象物への光触媒の表面コー ティングには、我々が開発した新しいゾルゲル法 を主として採用する。この方法はバインダーを使 用しない方法のため、バインダーによる光触媒効 率低下を抑制することができる。なお、比較のた めPLD法による試料についても検討する。具体的 には宇宙真空環境における光触媒の有効性を検討 するとともに、地上模擬環境での曝露実験、 JAXAスペースチャンバーを利用した曝露実験に より、紫外線環境、熱サイクル環境、真空環境等 の宇宙環境で光触媒を使用する場合の問題点を抽 出する。 論文数:8報(査読国際誌のみ) 他に解説等6件、招待・依頼講演2件、雑誌編集 2件 知財関係:特になし 研究会開催:1件(日本電子材料技術協会金属材料 研究会に協賛) 3.2成果の詳細 ここでは、3.1.成果概要に示した外部資金に よる研究2例につき、成果の詳細を簡単に示す。 日本宇宙フォーラム宇宙環境利用地上公募研究萌芽 研究「包晶系における核形成と成長の速度論敵研究」 (2002-2003) 包晶系では、包晶温度Tpの上下で液相と平衡な 固相が異なり、低温相(β)および高温相(α) は、包晶反応(α+L→ β)および分解溶融(β →α+L)により成長する。溶液が両相に対し過 飽和ならば、二相が同時に成長する。本研究では Sr(NO3)2-H2O包晶系(図1)でこれらの過程のそ の場観察を試みた。 図1の点A-Dの溶液中での結晶の溶解および成 長の結果を図2a-dに示す。点Aの溶液中で溶解す るβ相(Sr(NO3)2)の周りにα相が晶出し(図2a)、 点Bで溶解するα相(Sr(NO3)2・4H2O)の周りにβ 相が晶出する(図1b)。両者の温度はTpから大き く離れている。二相に対し過飽和な溶液C, Dでは 両相が同時成長する(図2c, d)。しかし二相が接 近すると準安定相は溶解し、安定相は成長する。 成長もしくく、安定相の飽和濃度は準安定相の飽 和濃度より小さい。Tpから離れるに従い二相の飽 和濃度差は大きくなり、ある温度Tgで準安定相が 溶解すると、その周りには安定相に対して過飽和 な溶液が生じ、過飽和度が十分大きいと安定相が 晶出することになる。これが分解溶融と包晶反応 のメカニズムである。二相がある温度で同時成長 する場合、安定相周りの溶液濃度は準安定相に対 して不飽和であり、二相が接近すると準安定相は 溶解する。また、図2のいずれのケースでも、 Tg>Tpでは安定相の成長面は準安定相の溶解面に 追いつかないのに対し、Tg440nm)におけるアセトア ルデヒドの光触媒酸化分解による二酸化炭素への転化 率の経時変化 図5に一例として最近開発したCaBi2O4光触媒に よるシックハウス症候群の原因物質であるアセトア ルデヒドの酸化分解データを示す。比較としてTiO2 を用いた実験も行った。図から分かるように可視光 照射下(λ>440nm)においてはTiO2を用いた場合、 アセトアルデヒドの分解によって発生する二酸化炭 素が微量にとどまった。しかし、CaBi2O4を用いた 場合は僅か20分の可視光照射で65%ものアセトアル デヒドが完全分解し、最終生成物の二酸化炭素へと 転化した。照射時間を延ばすと、転化率がさらに上 がり、約2時間後には80%の転化率を実現した。一 方、アセトアルデヒドの濃度は初期値の837ppmか ら0に減少した。 また、図6にCaBi2O4の吸収スペクトル並びにア セトアルデヒド分解活性の波長依存性を示す。入射 した光の波長が長くなると共に、吸収率の低下と同 調して、アセトアルデヒドの転化率も徐々に下がる が、540nmのカットオフフィルターを使用した場合 でも明らかな活性が確認できた。 さらに、CaBi2O4は工業的廃水の主成分であるメ チレンブルーの分解にも効果的である。図7に示す ように、TiO2では、可視光照射によるメチレンブル ーの分解速度は非常に緩慢で、自然減衰と大差がな かったが、CaBi2O4光触媒が存在する場合には、可 図6 CaBi2O4光触媒によるアセトアルデヒドの二酸化 炭素への転化率の波長依存性及びCaBi2O4光触媒の吸収 スペクトル 視光のみの照射条件においても比較的早いレートで メチレンブルーを分解・脱色することができる。こ のように、開発したCaBi2O4は、室外のみならず紫 外線が少ない室内での応用に可能性を秘めた光触媒 特性を持っている。その上、気相のみならず液相に も応用することも可能など多用途な特性を持ち、今 後の実用化が期待される。 図7 可視光照射(波長>420nm)におけるメチレン ブルー濃度の経時変化 表面ナノ構造制御による高効率化 光触媒反応において、光励起した電子と正孔の表 面への素早い移動、再結合の抑制、電荷分離などが 極めて重要である。我々は開発した材料の高効率化 を図るため、溶液法合成による微粒子化、及びナノ スケールでの金属酸化物の複合化を行うことによっ て、光触媒材料の高効率化に成功した。 図8に一例として固相反応法(1230℃で48時間焼 結)とゾルゲル法(最終焼結温度:750℃)で作製 したBaCo1/3Nb2/3O3光触媒の水素発生速度を比較し た。固相反応法で作製した試料は焼成温度が高いた め、粒径が数百ナノメートルに成長し、比表面積は 僅かに2.2m2 ・ g-1であった。一方、ゾルゲル法で作 製した試料の粒径は30nm程度で、比表面積は固相 反応法で得られたそれの約9倍の19.7m2 ・ g-1にもな った。これら粒子サイズ、比表面積の差が光励起し た電子や正孔の表面まで移動する確率及び反応活性 点に影響を及ぼし、両者間の光触媒としての活性で は8倍ほどの差が得られた。 図8 BaCo1/3Nb2/3O3光触媒材料の作製法の違いによる メタノール水溶液からの水素発生量の照射時間依存性。 実験条件:300W Xeランプ、照射光波長:>420nm、 0.1mass%Pt担持、メタノール:15vol% また、光照射により生成した電子とホールの有効 分離が光触媒の活性に支配的であることから、異種 材料をナノスケールで複合化させることによって、 新しいタイプの光触媒材料の開発を試みた。その結 果、新規ナノ構造複合酸化物光触媒Ba2In2O5/In2O3を 開発した。この複合系を構成するそれぞれの酸化物 は単独では低い光触媒活性しか示さないが、高温で 焼結することにより、紫外線及び可視光照射下にお いても水から水素と酸素を生成できるようになっ た。高分解透過電子顕微鏡を用いて調べた結果、複 合酸化物はオーミックな接合状態にあるナノ微粒子 構造をしていることが分かった。このような接合状 態にある酸化物は、個々の酸化物の伝導帯及び価電 子帯のポテンシャルの間に適切な差があれば、光励 起した電子とホールが別々な酸化物微粒子上に移動 しやすいと考えられる。その結果、電荷の空間的な 分離を促進し、再結合を押さえることによって、光 触媒活性の発現に繋がったと推測できる。 光触媒のメカニズム解明 新規材料の探索と平行し、より高効率な光触媒開 発に有効な指針を与えるため、物性解析的実験手法 と第一原理計算理論を駆使することにより、光触媒 反応における活性制御因子の究明を行ってきた。 図9に最近開発した新規光触媒系RVO4 (R=Y、 La-Lu)による水素発生活性を示す。これらの化合 物は同じ結晶構造を有しながらも、図に見られるよ うに大変強い希土類元素依存性を示した。Y、Gd、 Luを含む化合物は他の希土類化合物に比べ、光触媒 活性が極端に高いことが判明した。これら3種類の 希土類元素の外殻電子の配置は、それぞれY: 4d15s2、Gd : 4f75d16s2、Lu : 4f145d16s2である。つま りYにはf電子がなく、Gdはf軌道が半分充満され、 またLuではf軌道が完全に充満されている状態であ 図9 RVO4 (R=希土類)複合酸化物によるメタノール 水溶液からの水素発生速度の希土類依存性。実験条 件:400WHgランプ、0.2mass%Pt担持、メタノール: 15vol% る。第一原理に基づく理論計算から、RVO4 (R=Y、 Gd、Lu)のバンド構造はいずれも伝導帯が主にV3d、 価電子帯がO2pによって構成されることが分かっ た。またR=Gdにおいては、空のGd 4 f軌道が伝導帯 の下端付近に位置し、充満したGd 4fは価電子帯を 構成するO2p軌道と混成する模様である。さらにLu 系では完全に充満した4f軌道が価電子帯の下端付近 に下がってくる。他のf軌道が中途半端に埋まって いる希土類系の場合について、現段階では精度の高 い計算が困難であるが、上記3種類の化合物のバン ド構造の計算結果から、Rの未充満4f準位がV3dと O2pの間に位置し、充満4f準位は価電子帯の近傍に あると推測できる。また、4f電子数の増加と共にこ れら4f準位が次第に低下し、特に充満4f準位はO2p 準位の下端までに下がると考えられる。このことか ら、R = Y、Gd、Lu以外の希土類化合物の場合、4f 準位が光励起キャリアのトラップセンターとなりや すいため、これら化合物の低活性を招いた要因と解 釈される。電子構造が光触媒活性に強い影響を及ぼ していることが明白である。 ほかにはラマン分光法を用いて光触媒化合物にお けるフォノンの振動モードを調べ、キャリアの移動 度と光触媒活性との関連を明らかにした。 以上のように、この5年間の研究を通じて、新規 可視光応答型光触媒材料の可能性と多様性を示した と共に、より高効率材料の実現に重要な設計指針が 得られた。今後は本研究で得られた知見を生かし、 変換効率のブレークスルーを目指して新たな材料開 発に挑むと共に、環境とエネルギーの両方の視点か ら、開発した材料の高機能化・実用化を図っていく 予定である。 軽量環境材料グループの2年 井島清「旧環境循環材料グループ2005.5異動」、宇都宮裕「現大阪大学大学院2004.10異動」、大野浩美、島田正典「旧環境循環材 料2005.5異動」、染川英俊、中島謙一「旧環境循環材料グループ2005.5異動」、原田幸明「現センター長兼軽量環境材料グループ」、 向井敏司、山田勝利「旧環境循環材料グループ2005.5異動」、芳須弘「旧環境循環材料グループ2005.5異動」、V.Gartnevoa「現 Charles University in Prague 2004.9~2005.9在籍」、A. Jager「現Charles University in Prague 2004.9~2005.9在籍」、H.-S. Kim「旧冶金グ ループ2005.10異動」、F. Fereshtehsaniee「現Bu-Ali Sina University 2005.2~8在籍」 1.軽量環境材料グループの目標 地球環境にやさしい構造材料を開発するために、 構造材料の精製から廃棄までのライフサイクルを評 価しました。例えば、飛行機、列車、自動車等の輸 送機に使用されている構造材料のライフサイクル で、エネルギー消費は稼働中が最も大きな割合を占 めています。そこで、(ⅰ)構造物の軽量化により、 稼働用エネルギーの節約とCO2やNOx等の排出ガス の低減を実現すること、および、(ⅱ)リサイクルに 要するエネルギーの低い材料を主として開発するこ とにより、省資源に貢献すること、の2本の柱を基 礎として構造材料開発に取り組みました。また、軽 量化を推進するための高強度化のみならず、延性な らびに靱性を同時に付与することにより、持続性に 優れた安全な軽量素材開発を目指しました。 2.軽量環境材料グループの活動経緯 マグネシウムは密度にして鉄鋼材料の約1/4と構 造用金属材料中で最軽量であることから、環境負荷 低減の社会的要請を背景に構造用途への気運が高ま っています。また、マグネシウム合金は、素材を開 発する上で学術的に解決するべき課題が山積してお り、新規の合金開発も十分に可能であるため、世界 的規模で研究開発に拍車がかかっています。そこで、 構造用マグネシウム合金素材の開発に取り組みまし た。本研究では、溶質原子分布が強度と延性に及ぼ す影響についての研究からスタートしました。溶質 原子を用いた原子レベル欠陥によるマグネシウムの 高強度―高延性化に関する研究は、「第3回トヨタ 自動車先端技術研究公募」に採択されました。他方、 溶質原子のみならず、ナノ析出粒子の生成と分散状 態制御に関する研究にも着手し、強度―延性バラン スに優れた素材開発研究プロジェクトとして、「ナ ノボール状化技術による超軽量・高強度構造材料の 開発」にも取り組んでいます。ここでは、ナノ構造 解析グループとの共同研究を行い、原子レベルでの 材料構造解析を通じて、従来にない高性能材料の開 発に取り組みました。また、大阪大学との学独連携 を通じて、圧延プロセスを応用した高強度マグネシ ウム合金の共同研究にも取り組みました。 3. 2年間の軽量環境材料グループの研究成果トピ ックス ○平成16年度(2004) グループ発足年度は、素材開発研究対象を合金構 成の基礎的単位である結晶粒組織に置き、マグネシ ウムの結晶粒サイズおよび結晶面方位分布の改良に 注力した。プロセスは直接押出ならびに側方押出 (ECAE)を素材に施すことにより、結晶粒径を数百 μmから1 μm以下まで微細化するとともに、結晶 方位を比較的ランダム化することができた。その結 果、0.3at.%以下の低濃度合金であっても、溶質原 子の種類によっては降伏応力が300Mpa以上で、引 張伸び値が15%以上の合金創製が可能であることを 明らかにした。ここでは、溶質原子の分布を変化さ せるために温間で加工熱処理を施した。得られた材 料は図1に示すように、サブミクロン・オーダーの 均一微細結晶粒組織が形成されている。また、ナノ EDSを用いて濃度解析を行った結果、結晶粒界近傍 の溶質原子濃度が結晶粒内のものに対して約3倍の 値で高濃度配置されており、粒界近傍にネットワー クを形成していることがわかった。その結果、粒界 を強化することによる強度の増加とともに粒内変形 能が維持されることにより、従来のマグネシウム展 伸材にはない高比強度と延性が得られた。 図1微細結晶粒マグネシウム合金のミクロ組織例 マグネシウム合金の効果的な高強度化を実現する ために、ナノ構造解析グループとの共同研究を通じ て、Mg-Ca-Zn合金を例として時効析出物の形態制御 に取り組んだ。その結果、合金成分の適切な濃度の 存在を見出すとともに、その特異な原子分布形態 (図2)を確認した。 図2 強化粒子の構成原子マッピング例(Mg-0.3Zn- 0.3Ca (at.%)、473K、60Ks時効材) ○平成17年度(2005) 長岡都市エリア産学官連携促進事業の一環として 「難加工性金属材料の低環境負荷製造技術の開発と そのLCA評価」(2004 ― 2006)を実行している。現 時点までで、マグネシウムの製錬のシステムフロー データを得てTMR分析を用いてマグネシウムの資源 生産性を検討した。その結果が下図であり、Mg1 kgあたりほぼ120―140kgの関与物質が必要とされて いる。 図3 マグネシウム精錬のフローとTMR また、実操業と経験的理論計算から、Mgの溶解、 一次圧延の基準とすべきエネルギー消費量を算定し た。その結果、約3MJ/kgが一次圧延に必要なエネ ルギーと推算された。 一般構造材料と比較して非常に低い靭性を有する マグネシウムの高靭化に取り組んだ。結晶粒微細化 の効果は、純マグネシウムならびにAZ31合金の結 晶粒を1μm程度まで微細化することで、3割程度 の増加が可能であることを見出した。また、靭性増 加の一因として、変形組織観察から結晶粒微細化に 伴う非底面すべりの寄与が大きくなっていることを 確認している。 さらに、加工ひずみ負荷による結晶粒内析出物の 球状化に取り組み、図4に示すような数十nmオー ダー析出物の均一分散化を実現した。その結果、図 5に示すような高強度化と同時に破壊靭性値の増加 が可能となった。図中に示す開発目標である、高強 度アルミニウム合金に匹敵する高強度―高靭性バラ ンスを実現するための材料組織の実現に着手してい る。 図4ナノ球状析出物強化マグネシウム合金(Mg-Ca- Zn)のミクロ組織例 図5マグネシウム合金の高強度―高靭性化の取り組 み 大阪大学との学独連携研究では、マグネシウム合 金の重ね板圧延(ARB)を用いた結晶組織微細化に 取り組み、Mg-Li系合金の室温延性を維持しながら、 約3割の高強度化が実現可能であることを見出し た。 4.軽量環境材料グループの研究分野の動向 携帯用電子機器の軽量化のみならず、最近では自 動車等の軽量化を目的として、マグネシウム合金の 研究開発が世界的規模で推進されてきている。その 具体的対象は耐熱用鋳造合金創製、安価な板材製造 プロセス開発、既存のアルミニウム合金に匹敵する 強度-延性バランスを有する合金創製である。海外 では、独・米・中・韓など主要国における国家主導 プロジェクトが遂行されており、国内でも多数の地 域研究コンソーシアムなどが立ち上がっている。素 材およびプロセス開発をバックアップする系統的基 礎研究が重要である。 5.組織運営上の問題点 特になし 9 強 磁 場 研 究 セ ン タ ー 強磁場研究センターに関する5年 木戸義勇、浅野稔久、阿部晴雄、荒川隆之、池田龍一、伊藤喜久男、宇田雅寛、大木忍、大塚秀幸、岡田秀彦、小原健司(現金 沢工業大学教授2004年3月31日辞職)、神谷宏治、北島厚夫、北濱康孝、木村恒久、木村史子、木村恭之、木吉司、小菅通雄、 後藤敦、佐藤明男、品川秀行、清水禎、関川重芳、高澤健、田村守孝、丹所正孝、段塚知志、常程康、出口健三、藤部康弘、永 井秀雄、中原康晴、新岡十三男、二森茂樹、沼澤健則、Hao Xinijang、端健二郎、朴光哲、樋口明年、廣田憲之、藤戸輝昭、前 田実、松本真治、松本文明、村上美和、山本裕輔、湯山道也、吉成明、若山信子 和田仁(現東京大学・大学院新領域創成科学研究科教授2004年3月31日辞職)、吉原一紘(2004年4月1日から31日までセンター 長) 機構内の異動 竹内孝夫、伴野信哉(現超伝導材料研究センター金属線材グループ2002年異動) 1.はじめに 強磁場を用いた物理現象の研究は欧米を中心に行 われてきましたが、日本の定常強磁場施設は主に超 伝導線材の評価に特化して整備され、線材開発を推 し進めてきました。一方、最近になり、中国と韓国 ではそれぞれ30~40T級の水冷マグネットとハイブ リッドマグネットを導入し、有機物、半導体、磁性 体などの物理学的な基礎研究を行う計画が現実もの となってきました。ところで、強磁場を用いてNMR 等の物性研究を行うには、磁場変動が極めて低いな ど磁場の質の面で極めて高いものが要求されます。 今回、センターでは使用している電源の大改造を行 う事が出来ましたので、今後は超伝導線材の評価と 開発研究のみならず、ナノ領域の構造解析、ナノ物 質の物性解明など幅広い応用展開が大いに期待出来 ます。 次に強磁場研究センターの機構内の位置づけと研 究内容などについて述べます。本センターの元とな った材料研究所材料基盤研究センター強磁場研究グ ループは2000年4月1日に旧金材研の極限場センタ ー強磁場ステーションを元に発足しました。特徴は 世界で第2位にあたる40T級のハイブリッドマグネ ットを有して超伝導線材の開発に行ってきた事で す。代表的成果としては、これまでに、世界1位と 2位の強磁場NMRマグネットを完成した事で、それ を用いた蛋白質構造解析や材料の微細構造評価研究 をおこなっています。その他、本センターには2台 の20T超精密マグネットをはじめ、最大発生磁場が 10Tから13Tの無冷媒超伝導マグネットを多数有し ていてハイブリッドマグネット同様、広く外部共同 利用に供しています。また、本センターでは極低温 発止技術の開発並びに幅広い強磁場の利用方法につ いても研究しています。 2.磁場発生技術グループ 強磁場研究センターでは、1976年の17.5T超伝導 マグネットに遡るマグネット開発の技術を継承し、 発展させてきました。この5年間も、世界最先端の 強磁場発生施設を陳腐化させることなく 一層の高度 化を進めるとともに、さらに一歩進んでユーザーの 目的に沿ったテーラーメイド磁場の発生にも取り組 みました。 5年間で自主開発したマグネットは下記の通りで す。何れも特徴のあるマグネットであり、高く評価 されています。 強磁場での臨界電流密度および強度をそれぞれ向 上したNbsSn線材を使用して、920MHz (発生磁場 21.6T)および930MHz (発生磁場21.9T)の高分解 能NMRマグネットを開発しました。何れも、開発時 点でのNMRマグネットの世界最高磁場を更新してい ます。920MHz高分解能NMRマグネットは2001年に 竣工した第1NMR実験棟でタンパク質の構造・機能 解明に、930MHz高分解能NMRマグネットは2003年 に竣工した第2NMR実験棟で固体の高分解能計測に 使用されています。 またハイブリッドマグネット用水冷銅マグネット として、室温ボア径32mmで定常磁場の国内最高記 録を更新する37.9Tを発生する水冷銅マグネットお よび32mmを超えるボア径では世界で最も強い定常 磁場35.5Tを発生する水冷銅マグネット(室温ボア 径52mm)を開発しました。 さらに強磁場研究センターの所有する磁場発生技 術を活用して、均一磁気力場発生マグネット、異方 性導電シート製造用スプリットマグネット、 Workbench超伝導マグネットと、個々の磁場応用に 特化した特徴あるマグネットを開発しました。磁場 の発生技術は新材料の開発、評価と密接に結びつい ています。その意味でも磁場発生技術の高度化は今 後一層重要になってきます。今後も、当センターで 蓄積してきた技術をより高度化し、様々なニーズに 応えていきたいと考えています。 2.低温発生技術グループ 低温発生技術グループは、大型マグネットや各種 小型マグネットの運転・維持を担当しています。設 立以来、電源・冷却設備・制御監視システムなどマ グネットの運転環境を整えてきました。また、外部 の研究者が利用するための仕組みづくりに取り組ん できました。利用者の研究成果は、年報の発行とと データベースの構築の形で外部に広報しています。 冷凍機とマグネットの運転では、この5年間でメ ーカー依存体質から脱却し、自分達の技術で運転で きるように体制を立て直しました。さらに冷凍機と マグネットの双方の運転要員の技術交流をはかり、 一つの部隊で冷凍機と大型マグネットの両方の運転 をみられる新しい体制を構築した。これらの施策に より大幅な経費削減を実現しました。 920/930MHz NMRの開発では、冷却システムの設 計に携わりました。当グループの開発した温度差制 御方式を導入し、無人運転が可能な安定した冷却シ ステムを実現しました。NMRの設置後は、当グルー プの保守によりこれまで無事故で運転を継続してい ます。また、超伝導マグネットの性能を極限まで引 き出すための超流動ヘリウム冷却は強磁場施設にと って不可欠です。920/930MHz NMRでは無人運転で きるようにはなりましたが、それでも定期的な液体 ヘリウムの補給が不可欠です。 当グループでは、1.8Kで冷凍能力が1W以上ある 小型冷凍機を開発しました。また、この冷凍機を用 いて伝導冷却の小型のマグネットを開発し、17.3T の高磁場発生に成功しました。さらに長期運転性能 の検証に取り組んでいます。 3.磁場科学グループ 磁場科学グループでは、磁場発生グループや関連 企業等と協力して、920MHz (溶液NMR用磁石で世 界最高磁場)および930MHz (固体高分解能NMRで 世界最高磁場)など、世界最先端の装置の開発を推 進してきました。開発した装置は、タンパク3000プ ロジェクトや新機能材料開発プロジェクトなどに活 発に利用され初めています。 また、気体分子の電子構造やダイナミクスに対す る強磁場の効果を、様々なレーザー分光技術を駆使 して研究しています。これまでに、水冷銅マグネッ トが発生する25Tの強磁場中でレーザー誘起蛍光励 起スペクトルが測定可能な装置を開発し、励起分子 に対する強磁場効果を詳細な観測に成功しました。 さらに、強磁場中に発生した分子線をレーザー多重 共鳴法によりイオン化し、飛行時間型質量分析法に より質量分析して検出する装置も開発しました。こ れにより、強磁場中における質量分析分子線分光が 可能になりました。 4.材料プロセスグループ 当グループは磁場利用の立場から、磁場配向、磁 気マイクロパターニングを中心に、フィラー/高分 子複合材料系の、磁場配向、磁気プロセッシングの 基礎・応用研究を発展させることを目指しました。 また、変動磁場を印加することにより、二軸結晶の 三次元配向化ができることを発見しまた。 熱と磁性との関わりの研究では、強磁場中で磁性 材料が示す発熱・吸磁現象(磁気熱量効果)や熱輸 用特性を応用した実用材料やシステム機器への応用 を進めました。これれは、我々の開発したガーネッ ト系セラミックス磁性材料が性能の要となっていま す。また、新規に開発した酸化物磁性体Gd2O2Sは、 超伝導機器の冷却に不可欠な4K冷凍機の性能を飛 躍的に高めることを実証しました。 その他、磁気アルキメデス浮上法を利用して多成 分の精密分離、弱磁性物質間の双極子間相互作用に よる自己組織化を見出しました。また、弱磁性物質 に作用する磁気力の利用について研究しています。 高勾配磁気分離技術による環境ホルモン、ダイオキ シン等の除去による環境水浄化技術、使用済み核燃 料の再処理に関する技術開発、条件最適化のための シミュレーションコードの開発を行ないました。 磁場発生技術グループの5年 木吉司、浅野稔久、伊藤喜久男、松本真治 1.磁場発生技術グループの沿革 磁場発生技術グループの形成は金属材料技術研究 所極限場研究センター強磁場ステーション変動磁場 ユニットに遡ります。物質・材料研究機構設立時に は材料研究所材料基盤研究センター強磁場研究グル ープ第2サブグループとなり、2002年4月1月に強 磁場研究センターが発足したのを機に磁場発生技術 グループとなりました。特別研究員、特定分野業務 員や非常勤職員については多くの出入りがありまし たが、職員4名の変更はありませんでした。 2.磁場発生技術グループの役割 当グループの役割は1976年の17.5T超伝導マグネ ットに遡るマグネット開発の技術を継承し、発展さ せることにあります。この役割は1988年に開始され た超伝導材料研究マルチコアプロジェクトの一環と して、ハイブリッドマグネット等の大型マグネット が整備されたことに伴い、さらに重要となりまし た。 現在は、世界最先端の強磁場発生施設を陳腐化さ せることなく一層の高度化を進めるとともに、さら に一歩進んでユーザーの目的に沿ったテーラーメイ ド磁場の発生にも取り組んでいます。 3. 5年間に開発したマグネット 3.1.強磁場NMRマグネット 強磁場での臨界電流密度および強度をそれぞれ向 上したNb3Sn線材を開発することで、920MHz (発生 磁場21.6T)および930MHz (発生磁場21.9T)の高 分解能NMRマグネットを開発しました。NMRマグ ネットは試料空間の磁場の空間的均一度と時間的安 定度が極めて優れていることが特徴です。開発した マグネットは何れも、開発時点でのNMRマグネット の世界最高磁場を更新しています。 920MHz高分解能NMRマグネットは理化学研究所 ゲノム科学総合研究センターとの共同研究でタンパ ク質の構造・機能解明に、930MHz高分解能NMRマ グネットは固体の高分解能計測に、主として使用さ れています。 3. 2.水冷銅マグネット ハイブリッドマグネットは超伝導マグネットの内 側に水冷銅マグネットが組み込まれた構造となって います。水冷銅マグネットは銅合金のコイルに大電 流を通電し、コイルの発熱を大量の純水で冷却する ことで強磁場を発生しています。過酷な環境で使用 されるため、1年程度で交換が必要となります。こ のため水冷銅マグネットを定期的に製作していま す。 当グループでは単に同じものを製作するのではな く、より効率的に磁場を発生するために改良を続け ています。その結果として、室温ボア径32mmで定 常磁場の国内最高記録を更新する37.9Tを発生する 図1920MHz高分解能NMRマグネットおよび 930MHz高分解能NMRマグネット 図2 室温ボア径32mm用水冷銅マグネットに 使用したビッター板 図3 室温ボア径52mm用水冷銅マグネットに 使用したビッター板 水冷銅マグネットおよび32mmを超えるボア径では 世界で最も強い定常磁場35.5Tを発生する水冷銅マ グネット(室温ボア径52mm)を開発しました。 3. 3.テーラーメイド磁場の開発 当グループの持つ磁場発生技術を使用して、個々 の磁場応用に特化したマグネットを開発しました。 (a)均一磁気力場発生マグネット 科学技術振興事業団・戦略的基礎研究推進事業 「磁気力を利用した仮想的可変重力場におけるタン パク質の結晶成長」(1997~2002年)のために、試 料空間内に均一に制御された磁気力場を発生する冷 凍機伝導冷却型超伝導マグネットを開発しました。 直径10mm、高さ10mmの試料空間での磁気力場の軸 方向、径方向誤差成分をそれぞれ1%および2 %以 下に制御し、401.5T2/m (中心磁場11.5T)を発生し ました。さらに強磁性体のリングと円盤で構成され る磁気力ブースターを組み込むことで、代表的な反 磁性である水を浮上できる1400T2/m以上の磁気力場 (1546T2/m)を発生することに成功しました。 (b)異方性導電シート製造用スプリットマグネット 文部科学省・科学技術振興調整費「強磁場を利用 した高機能導電デバイスの開発」(2002~2004年) のために、室温口径400mm、横方向水平ボア(幅 321mm、高さ73mm)を有し、中心磁場3Tを発生 する冷凍機伝導冷却型超伝導マグネットを開発しま した。ポリマテック(株)と共同で、本マグネット を組み込んだ異方性導電シート製造装置を組み立 て、直径0.15mmの電極が0.25mmのピッチで78,400 極整列した異方性導電シートの試作に成功しまし た。 (c) Workbench超伝導マグネット 従来の超伝導マグネットは円筒形状の中心部を使 用するため、試料の観察、処理に様々な苦労が伴い ました。そこで平面上に磁場を発生することのでき る冷凍機伝導冷却型超伝導マグネットを開発しまし た。図6のように完全にオープンなスペースを片側 に確保した状態で、永久磁石で得られる磁場の2倍 以上である3.4Tを発生しました。磁気分離を当面の 応用としていますが、磁場中でのX線回折や各種磁 場プロセスへの適用が期待できます。 4.今後の展望 物質・材料研究機構では異質と見られやすい研究 分野ですが、磁場の発生技術は新材料の開発、評価 と密接に結びついています。その意味でも磁場発生 技術の高度化は今後一層重要になると考えていま す。 NMRスペクトロメータの分野では1GHz (磁場 23.5T)を発生するマグネットが切望されています し、ハイブリッドマグネットを使用した、超伝導マ グネットでは発生困難な磁場でのNMR計測の試みも 開始されています。磁場応用の分野でも冷凍機伝導 冷却型超伝導マグネットの進歩に伴い、強磁場の産 業応用への適用が次第に増加しています。 今後も、当グループでこれまで蓄積してきた技術 をより高度化し、これらのニーズに応えていきたい と考えています。 図4均一磁気力場発生マグネット(2号機) 図5 スプリットマグネットを組み込んだ 異方性導電シート製造装置 図6 Workbench超伝導マグネット 低温発生技術グループの5年間の活動 佐藤明男、荒川隆之、北島厚夫、小菅通雄、関川重芳、段塚知志、永井秀雄、中原康晴、新岡十三男、二森茂樹、樋口明年、前 田実、松本文明、湯山道也、吉成敏明 1.組織発足の経緯・目的 強磁場研究センターは1994年日本における強磁場 研究の中核施設として発足した。40T級ハイブリッ ドマグネットを中核に世界最高級クラスの大型マグ ネットを揃え、共同利用磁場施設として広い分野の 研究者に利用されている。 2.グループの活動経緯 低温発生技術グループは、大型マグネットや各種 小型マグネットの運転・維持を担当している。設立 以来、電源・冷却設備・制御監視システムなどマグ ネットの運転環境を整えてきた。この施設で数々の 磁場の世界記録を打ち立てる一方、外部の研究者が 利用するための仕組みづくりに取り組んできた。 この施設の一番の問題は運営経費である。当初は 冷凍機の運転もマグネットの運転もメーカーに委託 していたため多額の費用を要していたが、この5年 間でメーカー依存体質から脱却し、自分達の技術で 運転できるように体制を立て直した。さらに冷凍機 とマグネットの双方の運転要員の技術交流をはか り、一つの部隊で冷凍機と大型マグネットの両方の 運転をみられる新しい体制を構築した。これらの施 策により休日と予冷時の深夜運転にも柔軟に対応で きるようになり、かつ大幅な経費削減を実現した。 2002年には920MHz NMRが稼動を開始し、続いて 2004年には930MHzが設置された。当グループはこ の冷却系の開発・設計に関わり、1.5Kまで安定して 冷却できる装置を開発した。この装置の大きな特徴 は無人で自動運転できることである。当グループの 保守によりこれまで重大なトラブルもなく運転を継 続している。 表1共同研究所属別割合 大学 公的研究機関 企業 計 2001年 47 12 9 68 2002年 55 14 13 82 2003年 56 13 17 86 2004年 54 13 17 84 2005年 60 8 23 91 図1共同研究契約数の推移 3.利用者の推移 施設の利用は、一部有料のものもあるが、そのほ とんどは共同研究によるものである。利用者は、表 1と図1の共同研究件数からも分かるようにこの5 年間で確実に増加している。920/930MHz NMRの線 材評価もこの施設で行われた。 4.世界の強磁場施設の動向と将来展望 ナイメーヘンでは施設・設備が更新され、中国で も40Tクラスの強磁場施設の建設計画が持ち上がっ ている。このように世界中で強磁場研究施設の重要 性は認識される中で我々の施設は運営費の削減を強 いられ、設備の更新もままならず、第一線の設備と しては次第に陳腐化しているのが実情である。 このような状況を打開すべく、将来の施設改造を 視野に入れた冷凍システムの研究を行っている。超 伝導マグネットの性能を極限まで引き出すための超 流動ヘリウム冷却は強磁場施設にとって不可欠であ る。しかし、既存の21T超流動ヘリウム冷却システ ムは運転経費がかさむ。920/930MHz NMRでは無人 運転できるようになったが、それでも定期的な液体 ヘリウムの補給が不可欠である。当グループは、 1.8Kで冷凍能力が1W以上ある小型冷凍機を開発し た。また、この冷凍機を用いて実際に小型のマグネ ットで17.3Tの高磁場発生に成功した。さらに長期 運転性能の検証に取り組んでいる。これが完成すれ ば液体ヘリウムの補充を必要としない真の無人運転 システムが実現する。 6.桜地区第2NMR実験棟 photograph : National Institute for Materials Science 磁場科学グループの5年 木戸義勇、阿部晴雄、飯島隆広、池田龍一、大木忍、北濱康孝、木村恭之、後藤敦、品川秀行、清水禎、高澤健、丹所正孝、出 口健三、藤戸輝昭、端健二郎、宮部亮、村上美和、山本裕輔、若山信子 磁場科学グループでは、磁場発生グループや関連 企業等と協力して、920MHz (溶液NMR用磁石で世 界最高磁場)および930MHz (固体高分解能NMRで 世界最高磁場)など、世界最先端の装置の開発を推 進してきました。開発した装置は、タンパク3000プ ロジェクトや新機能材料開発プロジェクトなどに活 発に利用され初めています。また、気体分子の電子 構造やダイナミクスに対する強磁場の効果を、様々 なレーザー分光技術を駆使して研究しています。こ れまでに、水冷銅マグネットが発生する25Tの強磁 場中でレーザー誘起蛍光励起スペクトルが測定可能 な装置を開発し、励起分子に対する強磁場効果を詳 細な観測に成功しました。さらに、強磁場中に発生 した分子線をレーザー多重共鳴法によりイオン化 し、飛行時間型質量分析法により質量分析して検出 する装置も開発しました。これにより、強磁場中に おける質量分析分子線分光が可能になりました。 1.強磁場NMRとタンパク質構造解析 NMRは高分子の構造を知るための最も強力な技術 です。そのため、医薬品の開発にはNMRが不可欠の 装置となっています。高性能な医薬品を開発するた めに、タンパク質の構造と機能との関係を解明する ことが世界的な重要課題です。それを実現するため に最も重要な技術要素はNMRの強磁場化です。磁場 科学グループでは、磁場発生グループ等と協力して、 図1920MHz-NMR装置で測定したエチルベンゼンの 水素核NMRスペクトルが表紙に掲載されたJMR誌156 巻(2002年) 溶液NMR用磁石としては世界最高磁場となる 920MHzにおいてNMR分析(図1)を実現させまし た。これは独法化する以前から13年間に渡って継続 してきた国家プロジェクトの成果であり、開発した 技術は、その後、タンパク3000プロジェクトとの共 同研究としてタンパク質構造解析に活発に利用され ています。 2.強磁場固体NMRと固体材料の分析 本来、NMRは周期律表の約90%の元素に対して分 析可能(図2)ですが、従来は磁場が低かったため に、水素や炭素など主に3元素しか分析対象にでき ませんでした。他の元素が分析できない理由は、四 極子核であるために、20T以上の強磁場を用いない 限り実用的な分解能が得られなかったからです。 20T以上の磁場ならば、高分解能測定が可能になる 四極子核は、磁場が高ければ高いほど(図3)徐々 図2 90%の元素がNMR分析可能(図中の青、赤、黄)、 しかし従来技術では主要3核種(H、C、N)だけでし た。NMR可能な核種のうち75%は四極子核(図中の赤)。 四極子核は強磁場によってのみ分析可能です 図3四極子核における感度(縦軸)と分解能(横軸) の関係。等高線から、磁場が高くなるほど分析可能な 核種が増えます に増えていきます。非晶質物質や非周期構造など、 NMRでなければ分析できない構造を持った材料は無 数にあり、それを実現させるために、20T以上の強 磁場固体NMRの実用化が急務です。 磁場科学グループでは、固体用NMR磁石としては 世界最高磁場となる930MHz分光計(図4)を開発 し、これまでに、酸素、アルミ、ホウ素、カルシウ ム、窒素、重水素などの四極子核において高分解能 測定を実現させました。図4と図5は分光計マグネ ットの写真と、得られた実験結果です。 更に高い磁場を目指して、NIMSが保有する40Tハ イブリッド磁石を用いたNMR分析を実現させるため の基礎研究も継続的に実施しています。40T級の強 磁場は、ガラスなど非常に複雑な分子構造を持つ物 質の構造を解明するためには不可欠です。この40T ハイブリッド磁石もまた、独法化以前に実施してい 図4 930MHz-固体NMR用装置。21.9Tの磁場を発生し ている 図5 ポーラスアルミナの粉末試料の27A1MASNMRス ペクトルと、決定された構造 た国家プロジェクトで構築した資産であり、ハイブ リッド磁石の新しい用途として期待されています。 現在、電源を改造中で、大幅な性能向上が期待され ています。 3.強磁場NMRと量子コンピュータ 量子コンピュータは電子商取引等に常用されてい る電子暗号システムを根底から変更してしまう革新 的技術として世界の科学者から注目されていま。今 日までのところ、量子コンピュータは、7ビットと いう非実用的段階とは言え、NMRによってのみ実現 されています。磁場科学グループでは、実用的な量 子コンピュータへ向けて克服すべき課題の基礎研究 を行ってきました。 最も優先順位の高い課題は、レジスターの初期化 技術を開発することです。当グループでは、大阪大 学の北川勝浩教授のグループ等と協力して、核スピ ンの超偏極技術を半導体InPに応用(図5)した初 期化技術を開発しました。これによって、従来の初 期化率よりも約600倍の改善を実現することが出来 ました。 同じく重要な課題として量子相関の構築技術を開 発するために核スピン間の相互作用を利用する方法 が有力です。しかし、この相互作用はほとんど調べ られていませんので、当グループでは半導体InPの InとPの間の核スピン間相互作用を実験的に調べる 方法(図6)を開発しました。その結果、核スピン 双極子相互作用よりも大きい間接相互作用が働いて いることが分かり、良好な量子相関を構築できる可 能性があることが分かりました。 図6 光ポンピング法による超偏極技術を化合物半導 体InPに応用して初期化率を約600倍改善しました 図7 In-P間の交差分極NMRスペクトル。この測定か ら1kHz以上の間接相互作用が働いていることを明らか にしました 4.強磁場分子分光 ゼーマン効果に代表される分子に対する磁場効果 は、古くから詳しく研究されてきました。しかし、 これまでは2T程度の弱磁場を用いた研究がほとん どであり、より強い磁場が引き起こす磁場効果につ いては、ほとんど研究されていませんでした。我々 は、これまで分子科学の領域で利用されることのな かった10Tを越える強磁場と、最先端のレーザー分 光技術を組み合わせて、分子の電子構造やダイナミ クスに対する新しい磁場効果の発見を目指して研究 を行いました。 4.1 強磁場中高励起分子の分光研究 分子内の電子は原子核に強く束縛されています。 このため、強磁場マグネットが発生する10T以上の 強磁場下でも、磁場による電子のエネルギー変化は、 電子の束縛エネルギーに比較すると1%にも達しま せん。ところが、高励起状態の分子では、電子に対 する原子核からの束縛が弱まり、10T程度の磁場で もその電子状態を大きく変化させることができる可 能性があります。強磁場中の励起分子の観測手段と して、25T (水冷銅マグネット)および10T (無冷 媒超伝導マグネット)の強磁場中で、気体分子のレ ーザー誘起蛍光励起スペクトルの測定が可能な装置 を開発しました。これらの装置を用いて、気体分子 の励起状態を強磁場中で観測し、強磁場による電子 構造変化を詳細に観測しました。さらに、マグネッ ト(10T)のボア内で二波長二重共鳴イオン化検出 分光法を可能とする装置を開発し、NO分子のイオ ン化極限直下の高励起状態を強磁場中で観測しまし た。その結果、高エネルギー軌道に励起された電子 が、強磁場により分子の周りをサイクロトロン運動 することにより生じたエネルギー準位(擬ランダウ 準位)を分子では初めて観測することに成功しまし た。 図8強磁場中(6T)のNO分子の二波長二重共鳴スペ クトル 4. 2強磁場中質量分析分子線分光装置の開発 近年の分子科学の進歩には、分子線と質量分析法 を組み合わせた、質量分析分子線分光法の発展が大 きく寄与しています。この分光法を用いると、測定 対象のスペクトルと質量数の情報が同時に得られる ため、分子の解離ダイナミクスや原子・分子クラス ターの強力な研究手段となります。したがって、質 量分析分子線分光法を強磁場中で行うことができれ ば、分子のダイナミクスに対する強磁場効果の研究 や、クラスターに対する強磁場効果など、新規な研 究領域の開拓が可能になります。しかし、強磁場下 での分子線発生や質量分析は未踏の技術であり、実 現は困難であると考えられてきました。我々は、超 伝導マグネット(10T)のボア内にパルス分子線を 発生し、レーザー多光子イオン化した分子を、飛行 時間型質量分析法により質量分析して検出する装置 の開発に世界で初めて成功しました(図9)。これ により、ゼロ磁場下で行われてきた分子のダイナミ クス研究やクラスターの分光研究をそのまま強磁場 下に拡張することが出来ました。 図9強磁場中質量分析分子線分光装置の概念図 図10強磁場中質量分析分子線分光装置の写真 5.強磁場中の顕微分光測定 従来の分子分光測定は光に対する多数の分子の応 答の平均値(アンサンブル)を測定していますが、 測定空間を狭めるとともに計測感度を向上させる と、たった一つの分子(あるいは分子会合体)の応 答を計測することが可能になります。これは単一分 子分光と呼ばれます。我々は、平均化を排除して、 強磁場が個々の分子に与える影響を観測するため に、超伝導マグネット(10T)のボア内に光学系を 組み込み、強磁場中顕微分光装置を開発しました。 この装置を用いて、単一有機色素分子や単一色素会 合体に対する強磁場効果の測定を行い、顕著な成果 を得ることに成功しました。 材料・プロセスグループの2年半 木村恒久、宇田雅広、大塚秀幸、岡田秀彦、神谷宏治、木村史子、田村守孝、常程康、沼澤健則、廣田憲之、朴光哲、Hao Xinjiang 安藤努 現東京大学大学院2005.6退職、小原健司 現金沢工業大学2004.3退職、盛岡弘幸 現大日本インキ2004.9退職、横 山和哉現足利工業大学2005.11退職、若山信子磁気科学グループ2004.4異動 1.組織発足の経緯・目的・目指したもの 強磁場発生技術の進歩に伴い、強磁場利用の重要 性が認識されるようになり、強磁場研究センターの 磁気セラミックスグループ、相変態グループ、磁気 分離グループ、新磁気科学グループに、新たに外部 より高分子グループが加わり、2003年9月に材料・ プロセスグループとして発足した。 磁場発生と磁場利用は車輪の両輪であり、本グル ープでは、磁場利用の側から、材料プロセスの基 礎・応用研究を発展させることを目指した。 日本を中心とする最近の「磁気科学」の急展開に より、強磁場が非磁性体全般のプロセッシングに有 効であることが明らかになってきているが、実際の 応用はまだ緒についたばかりである。共同利用の手 助けを通じて、あるいはグループ独自の先端的研究 を呼び水として、潜在的利用者を積極的発掘するよ う心がける。 強磁場施設を有する当研究センターは、日本の磁 場応用をリードすべきとの立場から、シンポジウム の開催等を通じて、磁場利用の普及を図ることを目 指した。 2.グループの活動経緯 セラミックス磁性材料研究 熱と磁性との関わりを調べ、強磁場中で磁性材料 が示す発熱・吸磁現象(磁気熱量効果)や熱輸用特 性を利用した実用材料およびシステム機器への応用 を進めている。 磁気熱量効果を利用した磁気冷凍機は、極めて高 い効率をもつ次世代の冷凍方式である。NEDO水素 革新技術プロジェクトにおいて、水素液化磁気冷凍 の提案が採択され、磁気冷凍として初めての水素液 化実証試験が進行 中である(2003 ― 2005年)。また、 超低温磁気冷凍装 置の開発が2005年 度よりJAXA宇宙 環境利用公募研究 に採択され、現在、 NASAと共同で宇 宙用冷却システム の開発を行ってい る。いずれにおい ても、新開発され たセラミックス磁 性材料が性能の要 図1水素磁気冷凍装置 となっている。 また、磁性に起因する巨大な比熱を応用した磁性 蓄冷材料の開発に成功している。開発された酸化物 磁性体Gd2O2Sは、超伝導機器の冷却に不可欠な4K 冷凍機の性能を飛躍的に高めることが実証されてお り、すでに日本及び米国で実用機に使用されている (2003―2005) 。 相変態研究 主として鉄系合金における種々の固相/固相変態 に及ぼす強磁場の影響について研究することにより 核生成・成長などの相変態のメカニズムを明らかに するとともに材料の組織制御に磁場がどのように利 用できるのかを解明する。これにより、材料の機能 を改善したり新たな材料を開発することを目的とす る。 過去2年ほどは拡散変態に対象を絞って研究して きた。キュリー点以上においても磁場印加により変 態温度が上昇すること、変態kineticsが促進されるこ と、さらに変態組織が条件によっては磁場印加方向 に平行に伸長した配向組織になること、などを明ら かにしてきた。 また、日本鉄鋼協会における研究会を組織し、全 国の磁場を利用する研究者30名弱とともにシンポジ ウム開催、論文特集号の発行、研究会開催などを行 った。当該分野は近年、フランス、韓国、アメリカ など海外における研究も盛んになっており、特に中 国における研究の進展が著しい。 磁気分離研究 磁気分離は磁場により分離対象物質を分離・除去 する技術であり、通常の膜フィルタ等と異なりフィ ルタ材自体が廃棄物にならない等の環境に優しい特 徴を持っている。我々はこの特徴を生かして、有害 物質の除去や廃棄物中の有用物質のリサイクル技術 の研究開発を行っている。その成果として、地熱発 電所から出る地熱水中のヒ素を、排水基準以下まで 取り除く、大量処理が可能な超電導マグネットを使 った地熱水を有効利用する経済的なシステムを開発 した。また、工場などからの排水に含まれる環境ホ ルモンやダイオキシン等の有害有機物質を効率よく 除去する磁気分離技術を開発した。現在は、更にガ ス中の有害な微小物質の分離除去や、使用済み核燃 料の再処理に応用可能な磁気分離技術の開発を行っ ている。 新磁気科学研究 空間的に変化する磁場の下で弱磁性物質に作用す る磁気力の利用について多角的に検討した。物質の 周囲媒体を制御して増強した磁気力により弱磁性物 質を浮上させる磁気アルキメデス浮上では、物質の 持つ性質に依存して浮上位置が決定されるため、物 質の空間的な分離が実現する。これを利用して、血 液製剤やタンパク質などの生体関連物質が、わずか な構造の違いなどにより分離できることを実証し た。また、強磁場下では弱磁性物質間に磁気的な相 互作用が存在することを確認し、これを利用して、 多粒子系の構造制御が可能であることを実験と分子 動力学法によるシミュレーションにより示した (図2)。さらに、水の磁化率がわずかながら温度に 依存して変化することに着目し、磁気力を利用して 熱対流の制御が可能なことを見出した。これらの知 見は、今後、材料作製プロセスへ利用可能であると 期待される。このほか、磁場中での現象を微視的に その場観察するため、共焦点レーザースキャン顕微 鏡用ペリスコープを開発した。既に、磁場下での銀 の無電解析出時に 観測される特異な 形態形成のメカニ ズム解明に成功 し、今後、更なる 磁場影響の機構解 明に向け、有力な ツールとなると期 待される。 高分子材料研究 磁場モジュレーターを用い、局所的な磁場分布を 作ると、分布に応じて非磁性微粒子がパターニング される。この磁気マイクロパターニング法は、他の 方法に比べて、基板の化学的、物理的前処理が不要 であること、どの様な粒子(細胞からセラミックス に至るまで)に対しても適用できるという長所を持 つ。強い磁場を用いると、ナノ粒子もパターニング することができる。パターンのサイズは現在100 μm 程度であるが、リソグラフィーを用いたモジュレー ター作製を行えば、サブミクロンのピッチも可能と 考えている。 有機結晶や高分子繊維は磁化率の異方性を持つの で、磁場中で配向する。この現象を利用すると、高 図2多粒子系の構造制御 分子マトリクス/ フィラー系の磁場 配向が行える。磁 場配向と上記マイ クロパターニング を組み合わせる と、微粒子の配向 パターニングが可 能になる。図3に は、カーボンナノ チュープの配向・ パターニングの結 図3 カーボンナノチューブの配 向・パターニング化。ラインのピ ッチは600μm 果を示す。モジュレーターの形状、磁場印加の方法 を工夫することにより、FED用の電子放出源などへ の応用が可能である。 セルロースミク ロファイバーはリ オトロピック液晶 を形成することが 知られている。こ の液晶を強磁場下 におくことにより モノドメイン化す ることができた (図4)。さらに、 溶媒を蒸発させて 図4 磁場によりモノドメイン化 したセルロースミクロファイバー 液晶 フィルム化すると、均一な光学異方性フィルムを作 製することができた。 磁場配向では新たな進展があった。特殊な時間変 動磁場を印加することにより、2軸結晶の2軸配向 化が可能であることが理論的に明らかにされ、現在 実証研究が進行中である。結晶微粉末の擬単結晶化 が可能となる。 民間、大学との共同研究を積極的に受け入れ、そ れらのいくつかは特許出願をしている。 3. 2年半の成果 研究トピックス:セラミックス磁性材料、超低温磁 気冷凍装置、水素液化磁気冷凍、磁性蓄冷材料、磁 気分離、磁気アルキメデス浮上、磁場配向、磁気ト ラッピング、、固相/固相変態に及ぼす強磁場の影響 論文数:2003年9報;2004年12報;2005年29報 特許:2003国内(1件);2004国内(2件)、外国 (1件);2005国内(2件)、外国(1件) 研究会開催: 2003研究会a)1回 シンポジウムa,b)2回 2004 研究会a,b)5回 シンポジウムa,b)2回 2005研究会a,b)5回 シンポジウムa)1回、ISMS (国際シンポジウム)b)1回高分子討論会 の特定テーマ1回 PACIFICHEM2005中のシ ンポジウム1回 a)日本鉄鋼協会、b)文科省特定領域「強磁場新機 能の開発」 新聞掲載:2005年1月21日、日経新聞 4 .研究分野の動向、展望 「磁気科学」という新しい分野をベースに、磁気 プロセッシング分野が大きく展開しようとしてい る。科学的にチャレンジングなテーマが多く、又同 時に応用の裾野も広いので、産業に与えるインパク トも大である。日本発の分野で、各国の強磁場セン ターから日本の動向が注目されている。国内外にお いてNIMSの果たす役割は大きい。今後の一層の発 展が期待される。 1 0 材 料 基 盤 情 報 ス テ ー シ ョ ン 材料基盤情報ステーションの活動 八木晃一 浅田雄司、阿部孝行、荒井良和、飯室茂、衣川純一、稲葉和男、内田亜希、宇都木栄子、遠藤恭子、大場敏夫、緒形俊夫、小野 嘉則、上平一茂、金丸修、木村一弘、木村恵、九島秀昭、久保清、桑島功、小林一夫、近藤正人、嵯峨修治、澤田浩太、篠原正、 柴田浩司、清水精子、下平益夫、進藤雄介、住吉英志、関谷紀子、高野香里、竹内悦男、田中秀雄、田中亘、谷口祥子、田原晃、 田淵正明、徐一斌、寺嶋由香里、長島伸夫、中野恵司、馬場晴雄、早川正夫、蛭川寿、深尾康秀、福澤安光、藤田充苗、藤塚正 和、藤本恵理、古谷佳之、細谷順子、細矢雄司、本郷宏通、前田芳夫、間下健太郎、松尾宗次、松岡三郎、宮崎秀子、宮原健介、 村田正治、山口弘二、山崎政義、山本耕助、横川賢二、吉野正崇、由利哲美、渡部隆、王海涛 1.ステーション発足の経緯 平成13年4月に機構が発足し、その年の10月に機 構のユニットの一つとして材料基盤情報ステーショ ンが発足した。発足時、ステーションには、ステー ション長と副ステーション長のみが配属され、その 後半年をかけてステーションの研究および業務内容 の検討、組織・体制の整備等がされ、関係職員が張 り付いた組織としてスタートしたのは翌年の平成14 年4月であった。 当ステーションは、発足時、7つの研究グループ で構成されたが、平成15年10月に金属基複合材料グ ループが材料研究所複合材料グループに吸収される ことにより、6つの研究グループと目黒業務室で構 成される組織として運営されてきた。図1は材料基 盤情報ステーションの組織を示す。当ステーション は、クリープ、疲労、腐食、極限環境強度などの時 間に依存する材料特性評価を担う研究者および技術 者、また材料情報の研究者などから構成される専門 家集団である。当ステーションは、以下に示すよう な業務を主業務とする組織であるため、研究のみを 業務とする組織と比べて正規職員の割合が高く、流 動性を持った研究員や職員の割合は低い。これは成 果物の信頼性を確保するために、キーとなる業務を 正規職員が担っているためである。 なお、本報告は、ステーションが出版した年報 [1~3]を参考にして執筆した。 2 .ステーションのミッション 当ステーションのミッションは、機構の中期計画 で示されている知的基盤の充実を実施することであ る。具体的には、構造材料データシートの作成、材 料試験法・評価法の国際標準化のための研究、物 質・材料データベースの整備と公開である(図2)。 そして、さらに、材料情報や標準化の国際関係の強 化、また材料情報や標準化に関わる産学独のコーデ ィネート機能を図ることも目標とされている。 当ステーションでは、上記のように構造材料デー タシート、国際標準化研究、物質・材料データベー スを主業務の軸として実施するとともに、業務に関 連する課題のプロジェクト研究としての材料リスク 情報プラットフォーム開発研究、ステーション独自 に実施する将来の研究課題探索を目的とした萌芽研 究、外部機関からの委託研究(原子力試験研究、科 学技術振興調整費研究など)を実施した。そして、 これらの業務および研究を実施することにより、材 材 料 基 盤 情 報 ス テ ー シ ョ ン クリープ研究グループ 疲労研究グループ 腐食研究グループ 極低温材料グループ 高温材料グループ 材料データベース研究グループ 目黒業務室 図1 材料基盤情報ステーションの組織 料の適切な活用、最適な材料の選択、新材料の開発 など、社会が材料に関して求める問いに対して、的 確な解を獲得するために役立つ総合的で、信頼性の 高い情報を提供することを目指してきた。 ・材料データの取得とデータシートの作成⇒構造材料データシート ・スタンダード化研究⇒国際標準化研究 ・材料データベースの整備と公開⇒物質・材料データベース ・国際的な材料情報関係や標準化関係の強化 ・材料情報・標準化に関わる産学独のコーディネート機能 図2 材料基盤情報ステーションのミッション 3.ステーションの活動と成果 3.1構造材料データシート 構造材料データシートは、クリープ、疲労、腐食、 宇宙関連材料強度の4つからなり、当ステーション では各種データを自ら取得し、それらのデータをデ ータシートとして発刊している(図3)。 クリープおよび疲労データシートは約40年前に開 始したもので、これまでに蓄積されてきた実績があ り、世界的に高く評価されている。腐食および宇宙 関連材料強度データシートの活動は平成14年度から 開始した。腐食データシートは機構における超鉄鋼 研究が契機となって開始されたもので、新しい耐候 性鋼開発の基盤となるFe-X系2元合金等の長時間大 気暴露試験を、筑波、銚子、宮古島の3つのサイト で実施している。宇宙関連材料強度データシートは 図3構造材料データシート HⅡ ロケット8号機の打ち上げ失敗を契機に、材料 強度データ整備の強い要望のもとに開始されたもの である。図4は、東京目黒地区のクリープ試験設備 であり、10万時間を含む長時間クリープ試験データ は1966年の開始以来、止ることもなく、目黒地区で 取得され続けている。図5は、筑波地区の大気曝露 試験場を示す。 図4クリープ試験設備(目黒地区) 図5 大気曝露試験場(つくば) 表1は平成14~16年度に出版された各種のデータ シートを示す。この表の中で、クリープの金属組織 写真集は長時間クリープ試験材の微視組織を光学顕 微鏡や透過電子顕微鏡等で観察した写真集で、高経 年プラントの余寿命評価などに威力を発揮できると 期待される。図6は、オーステナイト鋼の10万時間 を含む長時間の光学顕微鏡による金属組織写真の例 を示す。構造材料データシートは印刷物として公開 するとともに、平成15年4月から物質・材料データ ベースの一つとしてインターネットを通じても公開 している[4]。なお、クリープの金属組織写真集の インターネット公開は平成18年春からになる予定で ある。 表1構造材料データシートの出版 データシート 出版数 平成14年度 平成15年度 平成16年度 クリープ 2; No.48, No.49 2; No.36B, No.50 2; No.45A, No.46A クリープ金属組織写真集 1;No.M-2 1;No.M-3 1;No.M-4 疲労 2; No.91, No.92 4; No.93, No.94, No.95, No.96 2; No.97, No.98 腐食 2; No.0, No.1 ― 1;No.2 宇宙関連材料強度 3; No.0, No.1, No.2 2; No.3, No.4 2; No.5, No.6 図6オーステナイト鋼の金属組織写真 構造材料データシート作成を実施するに当たっ て、計画の方向性、実施する内容などを審議するた めに、産学独の有識者で構成される構造材料データ シート懇談会、また企業の第一線の研究者・技術者 で構成された検討会(クリープ、基準疲労、溶接継 手疲労、腐食、宇宙関連材料強度、なお、平成16年 度から基準疲労と溶接継手疲労を統合して疲労デー タシート検討会とした)を設け、専門家の意見を聞 いて進めている。また、平成15年度から日本機械学 会に委託し、企業の専門家からなる委員会を組織し、 構造材料データシートに関する国内外のユーザーの 利用状況、要望、NIMS構造材料データシートの果 たすべき役割、地域公設機関との連携などを調査し、 業務に反映している[5,6]。 3. 2 ISO9001活動 当ステーションは、平成14年5月20日にISO9001 品質管理システムを政府系研究機関の研究部門とし て始めて取得した(図7)。この取得は、NIMS構造 材料データシートが世界で標準参照データとして活 用されていることから、ISOのシステムを取得して 品質管理システムを確実にしておくべきであるとの 企業から要望に応えたもので、1年以上をかけて指 導を受けながらマニュアル整備やPDCAシステムの 構築などを行って導入した。このシステム認証は、 構造材料データシート、それと密接に関連するクリ ープ受託試験および事故調査を対象としている。 図7 ISO9001の取得 これにより、これまでに実施してきた信頼性の高 いデータ取得の技術に加え、顧客要求に配慮したデ ータシート作成を進めるシステムを整えることがで きた。表2は平成14年5月に取得以降の主な ISO9001活動を示す。計画・品質管理委員会は1ヶ 月に2回のペースで開催しており、さらにグループ 毎の連絡会は適宜開催されている。 表2 ISO9001品質管理活動 平成14年度 平成15年度 平成16年度 内部品質監査 2回 1回 1回 トップマネージメントレビュー 1回 1回 1回 計画・品質管理委員会 17回 17回 17回 教育プログラム 1回 0回 1回 定期審査 0回 1回 1回 3. 3国際標準化研究 新材料の応用や実用化のために材料試験法や評価 法などの国際標準化が必要である。この研究では VAMAS活動を通じて、試験法や評価法のISOやIEC 化を目指している。VAMAS活動は1982年のベルサ イユ・サミットでの国際研究協力により1987年に開 始したもので、わが国では、当初から15年間、研究 資金が科学技術振興調整費から手当てされたが、平 成14年度からは機構の運営費交付金でまかなわれて いる。 VAMAS活動全体では、現在、約20の作業部会 (TWA)が活動しているが、機構が関わっている作 業部会を表3に示す。機構はTWAの議長や要職を 担当しており、VAMASを通じて国際標準化活動に 大きく貢献している。また、表3には1987年に VAMAS活動が開始して以降に成立した国際規格の 成果を示している。国際標準化活動では、国際標準 を作るターゲットを明確にし、その活動のために国 際的な組織を作り、共通試験を行い、試験結果を解 析し、規格案を作成し、それを協議しながら手直し し、ISOの委員会に上げて国際的な了解を取ってい く 。地道で、粘り強い、しかもリーダーシップにあ ふれる活動が必要である。この数字は機構、国の更 なる支援が必要であることを訴えている。 表3 VAMAS活動成果の規格への反映(1987年の VAMAS発生からの成果) 課題と作業グループ NIMSの役割 規格化等の成果 X線測定;TWA2 新規 表面分析;TWA2 副議長 ISO:14件,ASTM: 2件 材料データベース;TWA10 議長 金属基複合材料;TWA15 議長 平成15年終了 超伝導材料;TWA16 議長 IEC: 8件,JIS: 6件 極低温構造材料;TWA17 議長 ISO:1件 高温材料;TWA25 国内幹事 BSI: 2件,ASTM:1件 ナノマテリアル;TWA29 新規 組織工学;TWA30 議長 新規 薄膜・コーティング;TWA22 ISO: 3件,CEN:1件 VAMAS活動では、国際的な全体計画の討議のた めに1年に1回、運営委員会会議が開催される(表 4)。平成14年(2002年)5月の運営委員会会議 (写真1)では、この会議に併設して国内のVAMAS 研究の成果報告シンポジウムを開催した。このため、 海外の関係者からわが国のVAMAS活動が理解でき たと好評であった。 写真1 第27回VAMAS運営委員会会議(日本・つくば、 物質・材料研究機構) 表4 VAMAS運営委員会会議の開催 開催年月日 回 開催地,開催機関 2002年5月14-16 日 No.27 日本・つくば;物質・材料研究機構 2003年5月12-14 日 No.28 オランダ・ペッテン;JRCエネルギー研究所 2004年5月17-18 日 No.29 イタリア・トリエステ;理論物理学国際センターICTP 2005年5月 23-24 日 No.30 イギリス・テディントン;NPL 表5は平成14年度以降にVAMAS活動を通じて成 立した国際規格の件数を示す[1-3]。表3にも示し たようにVAMAS活動を開始してから国際規格成立 数は多くはないが、表5に示すように最近では1年 に4~5件の国際規格が成立している。これは、こ れまでの長期間にわたる国際的な研究協力、国際共 同試験などの蓄積の効果がでてきたものと考えられ る。 表5 VAMAS活動を通じて成立した国際規格 平成14年度 平成15年度 平成16年度 成立した国際規格の件数 4件 5件 5件 先に述べたように、科学技術振興調整費研究が終 了した後、国内のVAMAS活動は個別の機関が対応 するようになり、全体としての情報共有が不十分に なった。また、わが国における国際標準化活動の対 応の遅れも指摘された[7]こともあり、国内の VAMAS活動を取りまとめ、日本からの新たな課題 提案を検討するために平成16年度にVAMAS国内対 応委員会を発足させた。この委員会のメンバーは VAMAS運営委員会日本代表(文部科学省材料開発 推進室長、物質・材料研究機構材料基盤情報ステー ション長、産総研産学官連携コーディネーター)、 経済産業省産業基盤標準化推進室長、各TWAのキ ーパーソンからなっている。 また、VAMAS活動についての国内外の認知度、 VAMAS活動に対する期待、要望などを調査し、 VAMAS活動の今後の進め方を検討している[8,9]。 さらに、VAMAS活動を一般の方々に知ってもらう ために、平成16年9月に開催された2004分析展に VAMAS活動を紹介するブースを出展するとともに、 セミナーを実施した。この活動は、平成17年9月の 2005分析展でも行った。 3. 4物質・材料データベース 基礎から応用までを含む材料に関するデータや情 報をもとに、新材料の開発、最適な材料の選択など に役立つ情報を提供するためにデータベースを開発 し、インターネットを通じて発信している。平成14 年度は、科学技術振興事業団(JST)から移管する 材料データベースの調整、受け入れ体制の整備、シ ステムの構築などを行い、平成15年4月1日に、 JSTから移管したデータベースも含めて11種類のデ ータベースを公開した[4]。図8はNIMS物質・材 料データベースのホームページであり、表6には公 開している11種類のデータベースの概要を示す。 現在(平成17年11月)の登録ユーザー数は約2万 人(国内;約1万5千人、海外;約5千人)であり、 ユーザーの約6割から7割が企業の研究者や技術者 である。このことから、「使われるデータベース」 作りを目指している。 「使われるデータベース」のためには、専門的な 知識や情報が多数蓄積されたものであることが必要 図8 物質・材料データベースのホームページ 表6 NIMS物質・材料データベースの概要 データベース 主な内容 高分子 (PoLyInfo) モノマーからポリマーまでの名称や構造情報およびそれら の各種物性 強磁場工学 強磁場研究センターが発信 超伝導材料 超伝導特性,その他の関連特性 基盤原子力用材料 原子力用材料 結晶基礎 金属・無機化合物・金属管化合物におけるミクロな現象 および挙動を解析するための情報 計算物性 原子・分子レベルにおける材料挙動を予測・解明するため の情報 拡散 金属・合金・金属間化合物および半導体の拡散情報 三次元状態図 合金の三次元状態図 圧力容器材料 圧力容器用Cr-Mo鋼の強度特性 構造材料 クリープ,疲労,腐食,宇宙関連材料強度データシート 鉄鋼材料熱履歴 溶接時の熱履歴の予測 であるが、材料の特性を決める因子は無数に存在し、 一つのデータベースであらゆる材料および材料特性 をカバーすることは不可能である。このために、世 界のユニークな各種のデータベースとリンクを張 り、ユーザーが最適な情報を得られるようにするこ とが必要である[10]。そこで、世界の主要な材料 データベースがリンクを張っているMaterial Data Networkを管理している英国のグランタ・デザイン 社と研究協力の覚書を交わし、Material Data Networkとのリンクを張り、キーワード検索により ユーザーがNIMS物質・材料データベースを含む世 界の有力なデータベースから情報を得られるように した。表7はMaterial Data Networkにリンクを張っ ている材料データベースから得られる情報量を示 す。このデータネットワークには、総計で約15万件 の材料に関する情報が存在する。NIMS物質・材料 表7 Material Data Networkにリンクされているデータベースと材料毎のデータ数 データベース Ceramic Composite Form Metal Natural Polymer 合計 ASM Handbook 1670 1933 5793 8052 1126 1052 19626 ASM Alloy Center 1679 453 4744 7749 240 237 15102 ASM Micrograph Center - - 3556 1057 40 None 4653 ASM Failure Analysis Center 96 718 1244 1301 484 127 3970 MatWeb 3540 916 80 11404 966 37190 54096 MIL-HDBK-5H 20 107 3895 322 6 672 5022 NIMS Materials Database 16563 None 1968 12043 2 15014 45590 NPL MIDS 263 153 152 351 147 1900 2966 The PGM Database None None 2 12 1 None 15 Steel Spec Ⅱ None 1 16 5 5 1 20 TWI Join IT 500 500 500 500 308 449 2767 合 計 23390 6312 781 39864 2774 58524 153827 (2005年11月8日現在) データベースは、世界の有力な材料データベースに 関する機関との連携を他にも取りつつあるので、近 い将来その成果を公表し、ユーザーにとってより有 効な情報源となるであろう。 データをより有効に使うためには、優れたソフト ウエアの開発が必要である。ユーザーの意見を参考 にしつつ、開発を進めているが、高分子データベー スに関連して原子団寄与法による物性推算機能を開 発し、公開するとともに、各種の材料データベース を活用して複合材料の熱特性を予測する複合材料熱 物性予測システムを開発し、インターネットで公開 した。さらに、ユーザーにとっての利便性を向上さ せるために、平成16年度にユーザー登録システムを 統合し、1回の登録で全てのデータベースが利用で きるようにした。 NIMS物質・材料ベータベースの事業を進めるに 際して、事業の方向性や計画の内容を審議するため の物質・材料データベース懇談会および検討会(高 分子と金属・基礎物性)を設けている。懇談会およ び検討会は大学、企業等の研究者および技術者から なる。特に、高分子データベース検討会は、機構に 高分子研究者がほとんどいないことから、高分子学 会の協力を得て、検討会の委員を委嘱している。 NIMS物質・材料データベースについて多くの 方々に知ってもらうこと、また有効に使ってもらう ことなどのために、国内外での講演会やシンポジウ ムの際に展示コーナーを設けて説明している。この ような地道な活動によって登録ユーザーは増えてお り、この種の直接的にユーザーに触れ合う活動は今 後も継続して実施していく。 3. 5国際会議等の開催 当ステーションでは、ユニットの活動を外部の 方々に知っていただくこと、また海外などの研究 表8材料基盤情報ステーションが主催する国際シンポジウム 開催年度 総称会議名 開催年月日/開催場所 内容 平成15年度 MITS2004 2004年3月15-17 日 つくば;物質・材料研究機構 ・NIMS―RIMAPリスクベース工学ワークショップ ・NIMSクリープデータシート国際シンポジウム ・高Crフェライト耐クリープ鋼の長時間強度と信頼性に関するNIMS―MPAワークショップ 平成16年度 MITS2005 2005年3月15-18 日 東京;都市センターホテル ・材料データベース国際シンポジウム ・疲労データシートシンポジウム ・高温用構造材料の寿命予測セミナー ・材料データベースの教育への活用シンポジウム 平成17年度 MITS2006 (計画中) 2006年1月18-20 日 東京;都市センターホテル ・XMLワークショップ ・腐食国際会議 ・材料データベースによる知識発見国際会議 表9 MPA Stuttgart, IFW Darmstadtとの国際ワークショップの開催 開催年月日 開催場所 テーマ 2002年10月10-11日 ドイツ:シュツットガルト大学 材料試験研究所 発電プラント用先進9-12%Cr鋼 2004年3月17日 日本:物質・材料研究機構 高Crフェラ仆耐クリープ鋼の長時間強度と信頼性 2005年9月6-7日 ドイツ:ダルムシュタット工学大学 材料試験所 先進高効率発電プラント用構造材料の特性と必要条件 表10海外機関との研究協力等に関する覚書(MOU) 調印年月 相手先機関名 協力等の主な内容 2004年10月 (1999年3月に調印した旧覚書の改定) ドイツ:シュツットガルト大学 材料試験研究所 材料強度評価等の情報交流 2003年10月 イギリス:グランタデザイン社 マテリアル・データ・ネットワークへのNIMS物質・材料データベースへ の接続 2004年9月 ドイツ:ダルムシュタット工科大学 材料試験所 材料強度評価等の情報交流 2005年3月 アメリカ:オートメーションクリエーションズ社 MatWebデータベースとNIMS物質・材料データベースとの接続 者・技術者と活動の連携を図っていくことを目的と して、平成15年度から材料基盤情報ステーションが 主催するシンポジウムを開始した。表8は、平成15 年度から始めたMITSシンポジウムの概要を示す。 また、研究協力の覚書(MOU)に基づき、2000 年3月からシュツットガルト大学材料試験研究所と ダルムシュタット工科大学材料試験所との国際ワー クショップを実施している。 このワークショップは ドイツと日本とで交互に開催しており、2005年9月 にダルムシュタットで開催したワークショップから ダルムシュタット工科大学が加わった。表9は2002 年以降のワークショップの概要を示す。これまで開 催されたワークショップの主要なテーマは高Crフェ ライト耐熱鋼などの発電プラント用耐熱鋼の強度特 性評価や材料開発であり、クリープ研究グループと ともに、超鉄鋼研究センターの耐熱グループと協力 して実施した。 3. 6外部との連携 当ステーションは材料情報や標準化に関する国際 連携の強化、また産学独のコーディネート機能の発 揮もミッションとしている。上記のステーションが 主催する国際会議はそのミッションの実行の一つで あるが、ここではそれ以外の活動について記す。当 ステーションでは国内外との研究交流等を積極的に 進めてきた。 表10は当ステーションが海外の研究機関等と締結 した研究協力に関する覚書(MOU)である。シュ ツットガルト大学材料試験研究所およびダルムシュ タット工科大学材料試験所とのMOUは超鉄鋼研究 センターと共同して交わしたものである。 表11および表12は研究交流の実績で、表11は国際 会議への出席等による海外との情報・人材交流、表 12は国内における人材および研究交流の年度毎の実 表11国際的な人材交流の実績 平成14年度 平成15年度 平成16年度 国際会議等への出席 (延べ人数) 18名 29名 30名 在外研究員 1名 0名 0名 表12国内における人材および研究交流等の実績 平成14年度 平成15年度 平成16年度 連携大学院制度による学生の指導 1件/3名 1件/2名 1件/2名 共同研究 9件 5件 1件 受託研究 0件 1件 2件 績を示す。 4 .研究および業務活動 当ステーションでは、ステーションのミッション である構造材料データシート、国際標準化研究、物 質・材料データベースを主要な活動の軸に、それと 関連するプロジェクト研究(材料リスク情報プラッ トフォーム開発に関する研究)、ステーション独自 に実施する将来の課題探索を見据えた萌芽研究、外 部機関からの委託研究(原子力試験研究、科学振興 調整費研究、科学研究費補助金など)、また機構内 研究などを実施してきた。表13は当ステーションが 実施している研究課題の一覧である。これらの研究 を実施することにより得られた成果(研究発表、特 許)を表14に示す。当ステーションが担当している 業務は、クリープや疲労、腐食のように時間に依存 する材料特性データを取得することが必要であり、 そのために試験研究データを得るのに長期間を要す るとともに、大規模でしかも組織的な体制で研究活 動を実施しなければならない。このことから、研究 表13研究活動の実施 研究課題 平成14年度 平成15年度 平成16年度 平成17年度 萌芽研究 ・軽量高比構造用複合材料の開発のための基礎的研究 ・高強度のギガサイクル疲労特性向上指針の確立 ・タングステン系高融点合金の高温特性に関する研究 ・マルチスケール統合解析による損傷評価の調査研究 ・耐熱材料の高温破壊特性データベースの構築 ・局部腐食の発生機構に関する基礎研究 ・原子力用低炭素ステンレス鋼のナノ組織・強度解析 原子力試験研究委託費 ・微細組織を考慮した材料特性の計算機シミュレーション ・原子力材料用分散型知識ベースの創成に関する研究 ・高速炉の異材接合部の高温長時間信頼性評価に関する研 究 ・地層処分環境における金属の腐食寿命評価に関する研究 ・照射下での材料の損傷・破壊に関するマルチスケールシ ミュレーション ・先進原子力用複合材料の構造最適化シュミレーションシス テム開発に関する研究 科学技術振興調整費 ・鋼材の動的挙動及び靱性評価法の研究 科学研究費補助金 ・ギガサイクル疲労破壊機構に及ぼす水素の影響の解明と 疲労強度信頼性向上方法の確立 NEDO産業技術研究助成事業 ・高強度鋼のギガサイクル疲労特性評価法に関する研究 JST成果育成プログラム ・ナノインデンテーション用・超微小硬さ基準片の試作 共同研究 ・フルマルチスケール損傷・破壊モデルによるナノコーティン グ界面の信頼性解析の開発研究 委託研究 ・極低温ガス環境下での材料特性に関する研究 ・次世代高温原子力プラント溶接構造に対する損傷防止技術 の開発 ・照射による燃料材料組織変化のモデリング研究 ・超微小硬さ試験機を用いたSCCき裂先端の強度解析等に 関する研究 中期計画推進プログラム ・材料信頼性向上と構造材料DSの高度化 ・ナノインデンテーションの実用化に関する研究 発表のような個人的な成果の出し方になじまない面 もあるが、表14の成果はこのような条件の中で関係 者が精一杯の努力をしてきたことを示している。 クリープ受託試験については、昭和42年にクリー プデータシート作成プロジェクトが開始した時点か ら、企業等からの要望を受けて、クリープ試験の依 頼を受けてきた。表15は平成14年度からの年度毎の 受託件数と昭和42年に開始以来の実績を示す。約 8000本の試験片についてクリープ試験を請け負って きており、わが国の高温材料開発および高温材料強 度評価の下支えの役割を果たしてきている。 当ステーションでは、国土交通省航空・鉄道事故 調査委員会等から材料に関わる事故解析の依頼を受 けている。表16はその実績である。事故解析依頼は、 当ステーションにおける構造材料データシートの膨 大なデータおよび知識の蓄積とそれに基づく材料強 度評価研究の実績に依存している。今後も、研究活 動の社会への活用として、この種の社会的な貢献は 継続すべきである。 表14研究活動の成果 平成14年度 平成15年度 平成16年度 誌上(論文)発表 62 49 88 口頭発表 243 214 186 特許 出願 6 8 4 登録 1 3 0 表15クリープ受託試験の実績 区分 平成14年度 平成15年度 平成16年度 計(昭和42年以降) クリープ試験 受理件数(件) 2 1 1 250 温度別試験片数(本) 300 ~600℃ 14 3 3 1562 601~800℃ 4 0 0 240 801~1000℃ 0 0 0 241 小計 18 0 3 2043 クリープ破断試験 受理件数(件) 2 0 0 486 温度別試験片数(本) 300 ~600℃ 0 0 0 3603 601~800℃ 6 0 0 1388 801~1000℃ 3 0 0 908 小計 9 0 0 5809 合計 受理件数(件) 4 1 1 736 試験片数 27 3 3 7942 表16事故解析の実績 平成16年度 事故解析件数 2件 報告書件数 2件 5.材料リスク情報プラットフォーム開発研究 材料の特性に影響を及ぼす各種の因子の効果につ いて全てが明らかになっているわけではない。この ため、材料の特性は不確かさを持っており、特性値 はばらついているため、材料を製品に使用する場合 には安全のための余裕がとられる。材料は使用中に 特性が変化し、性能が劣化する。この劣化の度合い も材料のさまざまな因子の影響を受ける。しかも、 劣化の予測は容易ではなく、不確かさを含む。すな わち、製品に使われる材料はさまざまな要因により 性能がばらつき、特性の評価を確率論的に扱うこと が必要である。そこで、製品のさまざまな部品につ いて破壊確率が求められるが、同じ破壊確率であっ たとき、設計や運転、保守でどのように優先順位を 与えるべきであろうか(図9)。この判断を行う場 合に、「破壊確率」×「破壊による被害の大きさ」 で評価されるリスクに基づく考え方を導入すること が重要である。そこで、材料の視点から今後のリス ク的考え方に対して何が必要かを検討した結果、製 品のリスク評価のために必要な材料に関わるデータ や情報を収集、整理し、公開するための基礎を構築 することが必要であると考えられた。ここで、製品 としては機構のクリープデータシートおよび高温強 度研究の実績や蓄積が活かせる火力発電プラント用 ボイラを対象とすることとし、材料リスク情報プラ ットフォームの開発を平成13年度からの5年計画と して行うことになった。図7は本研究における主要 な研究課題を示す。本研究は機構を中核として研究 機関、企業、学協会、大学の参加を得て実施した。 図11は、完成した材料リスク情報プラットフォー ムのイメージで、 図12に示すデータや情報が提供さ 図9材料の経年劣化により、破損の可能性 図10材料リスク情報プラットフォーム開発研究の主 要研究 れるとともに、指示に従ってリスク評価の手順を進 めることにより図13に示すようなリスクマトリック スを作成することができ、リスク評価がどのような ものかを知ることができる。この材料リスク情報プ ラットフォームは平成18年3月にインターネットを 介してNIMS物質・材料データベースのデータベー スの一つとして公開の予定である。 図11材料リスク情報プラットフォームのイメージ 図12材料リスク情報プラットフォームが提供する情 報 図13リスク評価結果の提示画面 表17は、材料リスク情報プラットフォーム開発研 究に関わって発表された研究論文等の実績を示す。 本研究は、データベースの開発という実務であり、 外部機関の研究者・技術者の参加によって実施した こともあり、いわゆる学会活動はあまりなされてい ない。このために、研究発表等の件数は多くはない。 本研究を実施するとともに、社会にリスクの考え方 を普及し、啓蒙するため、リスク研究会を設立し、 定期的な活動を行った。また、日本金属学会の講演 会に関連のセッションを設けて成果報告等を行っ た。さらに、リスクベース工学国際ワークショップ を開催し、国内外の研究者・技術者との情報交流を 図り、リスクベース工学の創成のための基盤構築を 図った。 表17材料リスク開発研究に係わる研究発表等の実績 平成13年度 平成14年度 平成15年度 平成16年度 論文 8件 20件 9件 2件 プロシーディング 18件 30件 5件 6件 解説等 4件 3件 2件 1件 特許出願 0件 2件 2件 0件 6.組織運営における課題と今後の展望 当ステーションの業務である構造材料データシー ト、国際標準化研究、材料データベースは地味な仕 事であり、時間をかけた根気のいる仕事である。こ の業務に、常勤の研究者、エンジニアはもとより、 非常勤の職員も熱心に取り組んでいただき、予定通 りの実績を上げることができたとともに、想定外の 成果も得ることができ、予想を超えた社会への貢献 を果たすことができた。これは、関係者が熱心に進 めたISO9001活動を通じての組織内の情報の共有化 や問題解決のための協力体制の整備、組織として取 り組みの目標や関係者の役割分担を明確にしたこと によると思われる。このように、組織的な業務推進 においては、目的の明確化、役割の明確化を図るこ とが重要であると思う。また、業務活動の目標設定 においてもISO9001の考え方、システムを導入し、 顧客要求と満足度とは何かを常に問い、それらを検 討しつつ進めた。このために、社会のニーズを捉え た業務目標そして活動、またアウトプットすること ができたと考えている。 当ステーションの業務を進めていく中で、諸先輩 の努力によりクリープや疲労データシート活動を約 40年間にわたって実施し続けてきたという実績が評 価されて、またそのことから信用されて、社会から の支援・協力を受けた部分が随所にあるように感じ ている。今後、機構は予算獲得が難しくなるであろ うが、当ステーションの進めてきた業務は国民が安 全・安心な生活を確保するために必要な活動であ り、あらゆる手段を尽くしてこの種の業務を継続す べきと考える。 参考文献 1.(独)物質・材料研究機構 材料基盤情報ステ ーション年報、平成14年度、平成15年6月 2.(独)物質・材料研究機構 材料基盤情報ステ ーション年報、平成15年度、平成16年6月 3 .(独)物質・材料研究機構 材料基盤情報ステ ーション年報、平成16年度、平成17年6月 4 . http://mits.nims.go.jp/ 5.日本機械学会・技術開発支援センター:NIMS 材料データシート活動に関する調査(NIMS材 料データシートの有効活用促進と高付加価値化 に関する提言)、平成16年3月 http://mits.nims.go.jp/ 6.日本機械学会・技術開発支援センター:NIMS 構造材料データシートの公的機関における利用 状況と今後の連携に関する調査、平成17年3月 7.緒形俊夫、玉生良孝:材料の国際標準化からみ た国際戦略の現状と課題、科学技術動向、 No.28、(2003年 7 月号)、19-26 8.物質・材料研究機構材料基盤情報ステーショ ン:VAMASの普及と展開に関する調査、2004 年3月 9 .三菱総合研究所:平成16年物質・材料研究機構 委託、VAMASの普及と展開に関する調査、 2005年2月 10.八木晃一:材料データベースの課題と将来展望 ―世界で使われる材料データベースを目指して ―、科学技術動向、No.42、(2004年9月号)、 22-33 11・八木晃一:材料を安全に使用するための情報と 指針の整備―材料リスク情報プラットフォーム の開発―、日本金属学会誌、66 (2002)、1264- 1270 クリープ研究グループの5年 木村一弘、大場敏夫、金丸修、九島秀昭、久保清、澤田浩太、谷口祥子、中野恵司、福澤安光、藤塚正和、宮崎秀子、山本耕助、 横川賢二、吉野正崇 1.グループ概要 火力・原子力発電所や石油化学プラント等の高温 構造用部材として使用される国産耐熱金属材料につ いて、10年を超える長時間クリープ試験を系統的に 実施している。得られた実験データはクリープデー タシートとして世界中の研究、教育機関及び学協会、 民間企業等に発信するとともに、長期使用に伴う耐 熱材料の材質劣化機構や新材料開発のための材料設 計指針等に関する研究を行っている。また、受託試 験業務として、クリープ試験及びクリープ破断試験 の実施を担当している。クリープ研究グループが 2005年度までの5年間で実施した主な研究テーマは 以下の通りである。 1)クリープデータシートの作成(Ⅵ)(知的基盤構 築) 2)実機使用環境再現による材料劣化・損傷研究 (材料リスクプラットフォーム開発) 3)材料信頼性向上と構造材料データシートの高度 化に関する研究(中期計画推進プログラム) 4)タングステン系高融点合金(萌芽研究) 2.クリープデータシートの作成 21世紀において快適で安全な社会を構築するため に必要とされる耐熱金属材料の長時間クリープ試験 及びクリープひずみデータ取得を継続実施し、クリ ープ破断データを掲載したクリープデータシートを 発行するとともに、長時間クリープ試験材の金属組 織写真集を出版している。2005年度までの5年間 (2005年11月現在)に出版したクリープデータシー トは8冊、金属組織写真集は3冊である。 【クリープデータシート】 ・ボイラ・熱交換器用クロムモリブデン鋼管 STBA23 (1.25Cr-0.5Mo-Si)のクリープデータシ ート、No.2B (2001) ・ボイラ及び圧力容器用クロムモリブデン鋼鋼板 SCMV2 NT (1Cr-0.5Mo)のクリープデータシート、 No.35B (2002) ・発電ボイラー用合金鋼鋼管ASME SA-213/SA-213M Grade T92 (9Cr-0.5Mo-1.8W-V-Nb)及び発電配管 用合金鋼鋼管ASME SA-335/SA-335M Grade P92 (9Cr-0.5Mo-1.8W-V-Nb)のクリープデータシート、 No.48 (2002) ・ガスタービン用ニッケル基耐熱合金Nickel base 16Cr-8.5Co-3.5Al-3.5Ti-2.6W-1.8Mo-0.9Nbのクリー プデータシート、No.49 (2003) ・圧力容器用焼入れ焼戻しクロムモリブデン鋼鋼板 ASTM A542 (2.25Cr-1Mo)のクリープデータシー ト、No.36B (2003) ・クリープデータシート最終版発行後に取得した長 時間クリープ破断データ、No.50 (2004) ・熱間圧延ステンレス鋼板SUS 316-HP (18Cr-12Ni- Mo- middle N-low C)母材、溶接金属及び溶接継手 のクリープデータシート、No.45A (2005) ・発電ボイラー用合金鋼鋼管 火STBA27 (9Cr-2Mo) のクリープデータシート、No.46A (2005) 【金属組織写真集】 ・ボイラ・熱交換器用ステンレス鋼管SUS 316H TB (18Cr-12Ni-Mo)クリープ試験材の微細組織、 No.M-2 (2003) ・ボイラ・熱交換器用ステンレス鋼管SUS321HTB (18Cr-10Ni-Ti)クリープ試験材の微細組織、 No.M-3 (2004) ・ボイラ・熱交換器用合金鋼管JISSTBA24 (2.25Cr- 1Mo)、ボイラ及び圧力容器用クロムモリブデン 鋼鋼板JIS SCMV 4NT (2.25Cr-1Mo)及び圧力容器 用焼入焼戻しクロムモリブデン鋼鋼板ASTM A542 (2.25Cr-1Mo)クリープ試験材の微細組織、 No.M-4 (2005) さらに、2005年度中に以下のクリープデータシー ト2冊と金属組織写真集1冊の出版を予定(2006年 3月出版予定)している。 【クリープデータシート】 ・発電用ステンレス鋼板 火SUS410J3 (11Cr-2W- 0.4Mo-1Cu-Nb-V)、発電配管用ステンレス鋼管火 SUS410J3TP (11Cr-2W-0.4Mo-1Cu-Nb-V)及び発電 ボイラ用ステンレス鋼管 火SUS410J3TB (11Cr- 2W-0.4Mo-1Cu-Nb-V)のクリープデータシート ・発電ボイラ用ステンレス鋼管 火SUS410J3DTB (12Cr-2W-0.4Mo-1Cu-Nb-V)のクリープデータシ ート 【金属組織写真集】 ・ボイラ・熱交換器用ステンレス鋼管SUS 347H TB (18Cr-12Ni-Nb)クリープ試験材の微細組織 クリープデータシートとして出版した長時間クリ ープ試験データの例を、図1に示す。 図1 9Cr-0.5Mo-1.8W-V-Nb鋼の クリープ破断データ (クリープデータシート、No.48 (2002)) 3.研究トピックス 3.130万時間クリープ変形データの取得 高温構造物の安全性・信頼性を向上させるために は、クリープ破断強度に基づくクリープ強度評価だ けではなく、超長時間のクリープ変形特性に基づく 非弾性構造解析が適用される。その際、最も重要な ことが、超長時間のクリープ変形挙動に関する材料 特性データの信頼性である。クリープデータシート プロジェクトではクリープ破断データを取得するだ けでなく、超長時間のクリープ変形特性データも併 せて取得している。 1969年に開始したボイラ及び圧力容器用炭素鋼鋼 鈑(JIS SB480)から採取した0.3%炭素鋼のクリー プ試験について、2003年12月に試験時間が試験開始 から30万時間(約34年2ヶ月に相当)に到達した。 クリープ試験条件は試験温度が400℃、応力は 294MPaである。試験機の改造に伴う1回の中断を 除き、事故などによる中断のない連続試験により、 30万時間を超えるクリープ変形データを我が国で初 めて取得した。30万時間を超える連続クリープ試験 データは、世界中でこれまでに数例しか得られてい ない。得られたクリープ曲線(ひずみと時間との関 係)とクリープ速度-時間曲線を図2及び図3に示 す。荷重を負荷したクリープ試験開始時に約1.8% のひずみが生じ、その後、試験時間の増加に伴い 図2 ボイラ・圧力容器用炭素鋼(JIS SB480)の30万 時間クリープ曲線(30万時間は34.2年に相当) 図3 ボイラ・圧力容器用炭素鋼(JIS SB480)のクリ ープ速度-時間曲線 徐々に試験片のひずみが増大し、30万時間を経過し た時点で約19.4%のひずみに到達した。また、試験 時間の増加に伴いクリープ速度が減少する遷移クリ ープ域では、クリープ速度の対数と時間の対数との 間に大変良い直線関係が認められる。しかし、クリ ープ変形挙動を表すために広く用いられている Brackburnの式では、この実験結果を適切に表現で きないことがわかった。今後はこれらの超長時間ク リープ変形データを活用し、クリープ変形特性解析 精度の向上に役立てる計画である。 3. 2 フルアニール強化 耐熱金属材料の高温強度は析出・分散強化や加工 硬化、固溶強化等、種々の強化因子の効果により向 上させることができる。しかし、クリープ変形が問 題となる高温では金属組織が変化するため、組織変 化に起因した強度低下が生じ、高温での超長時間使 用後には組織形態に依存した強化因子の効果は消滅 し、母相強度のみに対応した基底クリープ強度が強 度特性を支配する。そのような超長時間クリープ強 度に及ぼす初期組織の影響を調べた結果、マルテン サイトやベイナイト組織よりも、フルアニール(完 全焼なまし)熱処理によるフェライト・パーライト 組織が最も優れたクリープ強度を有することを明ら かにした(図4)。 図4 マルテンサイト、焼戻しマルテンサイト、ベイ ナイト及びフルアニール熱処理によりフェライト・パ ーライト組織を有する0.5Cr-0.5Mo鋼の575℃における 応力-破断時間曲線 析出強化や加工硬化等、通常の強化機構は塑性変 形速度を支配する転位の易動度を低下させるのに対 して、転位の易動度の違いが消滅する超長時間域で は、塑性変形を担う可動転位密度がフルアニール熱 処理により減少するためであると考えられる。低合 金Cr-Mo鋼の溶接継手に溶接後熱処理(PWHT)と してフルアニール熱処理を施し、長時間クリープ強 度に及ぼすPWHT条件の影響を調べた結果を図5に 示す。青いシンボルで示したフルアニールPWHT試 験材は未破断であり、試験継続中であるが、5万時 間(約6年)を超えても、変態温度(ACl)以下の 通常の条件でのPWHT試験材よりも小さなクリープ 図5 2.25Cr-1Mo鋼溶接継手の母材、溶接金属及び2 種類の溶接後熱処理(PWHT)を施した溶接継手の 550℃ - 69MPaにおけるクリープ速度-時間曲線 速度を示す。一般に溶接継手は母材よりもクリープ 強度が低下するが、フルアニール熱処理の施されて いない母材よりもクリープ速度が小さく、クリープ 寿命延長の効果が予想される。実機高温プラントで は、基底クリープ強度がクリープ寿命を支配する温 度・応力条件で長期間使用される耐熱金属材料が多 いことから、高温構造部材の長寿命化を図るために 有効な強化手法である。 3. 3クリープ強度の領域分割解析法 1980年頃に米国で開発された改良9Cr1Mo鋼はク リープ強度特性に優れているため、各種高温機器に 広く使用されている。火力発電プラントでは管寄せ や主蒸気管等の大型高温構造部材に改良9Cr-1Mo鋼 を採用することにより、蒸気温度を従来の566℃程 度から約600℃に上昇させることが可能となり、エ ネルギー効率の大幅な向上に貢献した。その後、さ らにクリープ強度を高めた高強度フェライト耐熱鋼 が多数研究・開発され、すでに実用化されている。 しかし、図6に示すように、従来の手法で高強度フ ェライト耐熱鋼のクリープ強度を解析・評価する と、長時間クリープ強度を過大評価してしまう危険 性が認められた。その原因は、高応力・短時間域と 低応力・長時間域では強度低下を引き起こす組織変 化の様相が異なるためであり、低応力・長時間域で は図7に示すように、結晶粒界近傍で組織の回復・ 軟化が優先的かつ不均一に生じるためであることを 明らかにした。 強度低下を引き起こす材質劣化機構の違いに基づ いて、高応力・短時間域と低応力・長時間域のクリ ープ破断強度を別々に解析・評価する領域分割解析 法(図8)を提唱した。領域分割のための境界条件 としては、簡便な指標として0.2%耐力の1/2を採用 した。0.2%耐力の1/2は、その温度における弾性限 にほぼ相当することから、この条件を境にして材質 劣化機構が変化すると推察される。図9に示すよう に、火SUS410J3系鋼のクリープ強度評価でも領域分 図6 改良9Cr-1Mo鋼の応力-破断時間曲線と20,000h 以下の短時間データから予測したクリープ破断寿命 図7クリープ破断した改良9Cr-1 Mo鋼の透過電顕組織 (試験温度:600℃、試験応力:100MPa、破断時間: 34,141h) 図8 改良9Cr-1Mo鋼の応力-破断時間曲線と従来法及 び領域分割解析法により予測した長時間クリープ破断 寿命 割解析法の有効性が確認され、「発電用火力設備の 技術基準の解釈(平成16年度版)」の許容引張応力 改訂に貢献した。 図 9 火SUS410J3系鋼(11 Cr-2W-0.4Mo-1 Cu-Nb-V鋼) の応力―破断時間曲線と従来法及び領域分割解析法に より解析したクリープ破断寿命 3. 4弾性係数と組織 3. 4.1 高温長時間使用に伴う弾性係数変化 耐熱鋼を高温長時間使用すると、種々の組織変化 が生じ、材質が劣化し、耐力やクリープ強度が低下 する。プラント設計時に必要とされる許容応力は、 長時間域でのクリープ強度低下を考慮した長時間ク リープ強度に基づいて決定される。ところで、弾性 係数は構造物の設計時に使用される材料定数の一つ であるが、材料を高温長時間使用しても変化しない との前提で使用されている。弾性係数は一般に金属 組織にあまり敏感でない。しかし、材料を高温長時 間使用すると、使用前に比べて顕著な組織変化が起 きるため、これが弾性係数の変化を引き起こす可能 性がある。弾性係数が高温長時間使用に伴ってどの 程度変化するかを実験的に解明することはプラント 部材の設計などに対しても重要な知見を与えると考 えられる。そこで、各種耐熱鋼を長時間時効あるい はクリープ変形させた後の弾性係数を試験前のそれ と比較した。図10に超音波パルス法にて室温で評価 した弾性係数変化を示す。弾性係数が210~220GPa の範囲にあるフェライト系耐熱鋼では、時効あるい はクリープ変形後の弾性係数は、試験前のそれとほ とんど変わらない。長時間クリープ後には、 STBA24ではパーライトが崩壊し、火SUS410J3では 固溶強化元素であるタングステンが析出物に移行 し、固溶量が減少し、SUS403では、動的再結晶が 起きる。しかし、図10のとおり、これらの組織変化 は弾性係数に影響しない。一方、弾性係数が190~ 205GPaの範囲にあるオーステナイト系耐熱鋼では、 クリープ変形後には弾性係数が減少するが(図の白 抜き記号)、時効後には弾性係数が増加する。(図の 黒抜き記号)SUS304およびSUS316では、時効中 にM23C6炭化物、Laves相、σ相が析出する。図11に 示すとおりSUS316の長時間時効後には多量のσ相 が認められる。ナノインデンテーションにより、σ 図10長時間時効およびクリープ変形後の弾性係数変 化 図11SUS316鋼の700℃、39,331.5時間時効後の組織 (矢印はσ相) 相自身の弾性係数は約240GPaと見積もられた。 したがって、図10に示す弾性係数の増加は、弾性 係数の高い析出物が多量に析出したことによるもの と考えられる。クリープ試験後に弾性係数が低下し た理由として、クリープボイドが結晶粒界に生成し、 密度が低下したことと、クリープボイドにより音速 が低下したことが考えられる。 以上から、フェライト系耐熱鋼を高温プラントで 使用する場合には、高温長時間使用による弾性係数 変化を考慮する必要はないが、オーステナイト系耐 熱鋼を使用する場合には、長時間時効中の組織変化 が弾性係数を増加させる傾向にあることを考慮して おく必要がある。 3. 4. 2組織形態を考慮した高温弾性係数評価法 高温構造物の設計で必要となる高温弾性係数の評 価法には、超音波パルスなどを使う動的方法と、引 張試験などによる静的方法がある。高温引張試験で 弾性係数を評価する場合、試験中の微小クリープ変 形、粒界すべり、擬弾性などが弾性係数の過小評価 の原因とされる。これに対して、動的方法では、高 温でも比較的精度良く弾性係数が評価できる。しか し、実際の構造物設計では、応力―ひずみ関係を必 要とし、さらにJISZ 2280では、静的方法による高 温弾性係数評価が規定されているため、上記に示す 引張試験による高温弾性係数の過小評価の原因を明 らかにしておくことは重要である。クリープ、粒界 すべり、擬弾性は、金属組織に敏感である。そこで、 様々な組織形態を持つフェライト系耐熱鋼について 高温弾性係数評価法を検討した。 図12に各種耐熱鋼の引張試験で評価した弾性係数 と温度の関係を示す。フェライト―パーライト組織 を持つSTBA24の弾性係数は、線で示す超音波パル ス法による文献値と実験温度範囲において変わらな い。一方、マルテンサイト組織を持つASTM A542 では、高温において弾性係数が急激に低下し、超音 波パルス法による文献値から大きくはずれる。 STBA24とASTM A542において、高温で応力を瞬間 負荷すると、マルテンサイト組織を持つASTM A542において瞬間ひずみ発生の直後に擬弾性が認 められた。擬弾性は高温引張試験中の弾性範囲内に おいても起こり得ると考えられ、同鋼の弾性係数が 過小評価されたものと推定される。擬弾性の原因と しては、マルテンサイトラス組織のラス境界の弾性 的湾曲が考えられる。ASTM A542において、高温 で種々の応力を瞬間負荷した場合の擬弾性変形が生 じる前の瞬間ひずみと負荷応力の関係を図13に示 す。両者は直線関係にあり、勾配から弾性係数を評 価した結果、超音波パルス法による評価値とほぼ一 致した。したがって、マルテンサイト組織を持つ耐 熱鋼の高温弾性係数を精度よく評価するためには、 図12引張試験により評価した弾性係数の温度依存性 できるだけ高ひずみ速度で引張試験を行い、引張試 験中に生じる擬弾性の影響を排除する必要がある。 図13応力瞬間負荷に伴う瞬間ひずみと負荷応力の関 係 4.活動の成果 クリープ研究グループの5年間(2005年11月現在) の活動の成果および外部活動実績等を整理して以下 に示す。 論文: 21件 プロシーディングス: 55件 解説等: 24件 口頭発表: 220件 (依頼・招待講演:27件) 特許出願: 8件 (国内4件、海外4件) 特許登録: 5件 (国内1件、海外4件) 【外部活動】 ・東京工業大学大学院連携助教授 ・日本鉄鋼協会育成委員会技術講座WG委員 ・同上 育成委員会技術育成企画グループ委員、リ ーダー ・同上 安全率・許容応力設定調査委員会委員 ・同上 耐熱鋼および耐熱合金の組織安定性と寿命 推定フォーラム委員 ・同上育成委員会ヤングサイエンティストフォー ラムWG主査 ・日本圧力容器研究会議高温強度基準値検討委員会 幹事 ・日本機械学会発電用設備規格委員会火力専門委員 会委員 ・同上 火力専門委員会材料分科会主査 ・同上標準事業部会委員 ・日本高圧力技術協会圧力容器規格委員会圧力容器 材料規格分科会委員 ・発電設備技術検査協会電気施設技術基準国際化調 査(発電設備)委員会材料分科会委員 ・同上 高クロム鋼材の長時間クリープ強度低下に 関する技術基準適合性調査委員会委員 ・同上材料強度ワーキンググループ主査 ・同上 溶接継手強度ワーキンググループ委員 ・未踏科学技術協会エネルギー動向と耐熱鋼高温化 ニーズに関する調査委員会委員 ・エンジニアリング振興協会高度金属材料のプラン ト・機器における最適設計指針に関する調査研究 委員会委員 ・日本保全学会 材質劣化診断技術に関する調査研 究分科会委員 疲労研究グループの5年 山口弘二、阿部孝行、木村恵、小林一夫、下平益夫、竹内悦男、蛭川寿、早川正夫、古谷佳之、長島伸夫、前田芳夫、松岡三郎、 宮原健介 1.高強度鋼、およびチタン合金のギガサイクル疲 労 ギガサイクル疲労とは、例えば108から1010回とい うような非常に繰返し数の大きい回数で疲労破損す る現象で、NIMSで命名した。これまではせいぜい 107回程度で疲労強度を決めていたが、高強度鋼な ど多くの鋼や金属材料で107回以降に疲労強度が極 端に減少し、対応してその破壊は材料内部の介在物 や小さな組織欠陥を起点とすることが明らかとなっ た。そのため、各種高強度鋼やチタン合金について、 図1に示す超音波疲労試験機(周波数20kHz)を用 いて1010回までの疲労強度を求め、ギガサイクル疲 労データシートとして公開することにした。 図2は、ばね鋼の109回程度で疲労破壊した破面 で、アルミナ介在物を起点に内部破壊している。図 3は、チタン合金のギガサイクル疲労強度を示して おり、疲労強度は繰返し数とともに低下し、組織起 点の内部破壊であった。 図2 ばね鋼の内部破壊する破面 図3 チタン合金のギガサイクル疲労強度 2.高温疲労 高温疲労では、日本で開発されたフェライト系耐 熱鋼12Cr-2Wや9Cr-2W鋼等についてひずみ制御によ る疲労データを室温から高温まで系統的に取得し た。さらに、1000Hzの高速油圧サーボ型疲労試験機 で取得した109回までの高サイクルデータと合わせ て、広範囲な疲労寿命曲線を示した。図4は、 12Cr-2W鋼の疲労データを引張強度σBで基準化した 応力振幅σa/σBで表わしたもので、室温、400℃の 疲労限はσa/σBの値で0.5程度に対して650℃では介 在物起点で内部破壊し、その値が0.4まで低下して いた。 フェライト系耐熱鋼の微細組織や組織変化等に対 して新しい組織観察法で検討し、組織の定量化に成 功した。図5は、12Cr-2W鋼が旧γ粒界、パケット 境界、ブロック境界から成り立っていることを明ら かにしている。 図4フェライト系耐熱鋼12Cr-2W鋼の疲労寿命曲線 (図中の/マークは内部破壊と認められたもの) 図512Cr-2W鋼のマルチ構造組織 3.溶接継手疲労 溶接施工すると、溶接部には冷却中に引張の残留 応力が生じる。さらに溶接形状や余盛によって溶接 部が応力集中箇所となって強度、特に疲労強度が著 しく低下する。 溶接疲労データシートでは、これまで様々な溶接 施工法で溶接された継手の疲労強度を明らかにして きた。この5年では図5に示すような試験片板厚を 変えたリブ十字継手試験片を用いて、系統的な疲労 試験を実施している。その結果、図6のような結果 が得られ、残留応力と応力集中係数の両方の観点か ら溶接継手疲労強度の低下を定量的に検討できるデ ータが整備されてきている。 図5板厚を変えたリブ十字溶接継手試験片(t :板厚) 図6応力比R=0の疲労試験の結果(t :板厚、W :板幅) 4.ナノ硬さとナノスケール組織解析 図7に示すようなナノ硬さ計を開発した。原子間 力顕微鏡AFMとトンネル顕微鏡STMを複合させた ことによって、図8のような押し込み力をカンチレ バーのばね定数としなりから求めることが出来るよ うになった。通常のカンチレバーは、片持ちである が、安定にそして強く押し当てるため、両持ちレバ ーに改良した。 図9は焼もどしマルテンサイト組織のSCM440合 金鋼のナノ硬さ計測の結果である。金属組織因子と して、λ :炭化物間隔、Wblock :ブロック境界幅、 dγ:旧オーステナイト粒径も同時に図9に示した。 その結果、焼きもどしマルテンサイト組織の硬さは、 炭化物間隔、及びブロック境界幅の1倍から10倍程 度の範囲で増加していると考えられ、焼きもどしマ ルテンサイト組織は、析出物強化とブロック境界強 化が主な強化メカニズムであることが示唆された。 図7 AFM/STM複合ナノ硬さ試験装置 図8 ナノ硬さ試験で得られる押し込み力-深さ曲線 図9 SCM440鋼のナノ硬さと微細組織の関係 腐食研究グループの5年 篠原正 嵯峨修治、高野香里、田原晃、馬場晴雄、細矢雄司 1.研究グループの概要 腐食研究グループは、2001年に材料基盤情報ステ ーションが設立されると同時に発足した。当研究グ ループでは、「材料の大気腐食特性の評価と情報の 公開」という目標のもと、低合金鋼の大気腐食デー タの取得と腐食データシートの作成、ACM (Atmospheric Corrosion Monitor)型腐食センサによ る環境腐食性評価と腐食速度の推定、さらには酸化 物半導体(TiO2)の光電極反応を利用した防食被覆 等の研究を実施している。 2.活動内容 2.1 低合金鋼の大気腐食データの取得と腐食デ ータシートの作成 プロジェクト研究「材料データシートの整備」に おける「腐食データシートの作成」及びその補完研 究が現在の主な研究テーマとなっている。「腐食デ ータシートの作成」では、2000年より開始された低 合金鋼の国内3箇所(つくば、銚子、宮古島)での 暴露試験を2001年より当研究グループが引き継ぎ、 それらの大気腐食特性を評価し、腐食データシート としてまとめ、データを公開している。 大気腐食は文字通り、材料と材料が置かれた大気 環境との間の薄水膜を介した腐食現象であり、材料 因子、環境因子(気象因子と大気汚染物質因子)、 構造因子の3つの因子が複雑に関与した腐食現象で ある。腐食特性に大きく関与する因子として、材料 側の因子が重要であることは言うまでもないが、環 境因子の中の気温、降雨・結露によるぬれ時間、お よび飛来海塩粒子量等の環境汚染因子があげられ る。これら諸因子が複雑に影響し合う関数系の結果 として腐食量あるいは腐食速度という材料の特性値 が決まる。このような多変量の関数系を有する腐食 量から個々の変数の影響を分離・解析し、よりシン プルな関数系へと変換させるため、我々は国内数カ 所で環境因子の測定を行うと同時に暴露試験を実施 し、大気腐食データの取得を行っている。 NIMS大気暴露試験施設の概観を写真1に示す。 暴露試験はJIS Z 2381「大気暴露試験方法通則」に 記載されている直接暴露試験(南面45度)と遮へい 暴露試験の二種類を実施している。写真右下の4架 台が直接暴露試験用の架台である。また、遮へい暴 露試験は通常の直接暴露架台を水平に設置し、その 上に屋根を取り付けた構造となっており(写真2参 照)、左の4架台が相当する。遮へい暴露試験は例 えば鋼橋の桁内面の環境或いは構造物の軒下のよう な環境条件を模擬した試験と考えられる。従って、 直接暴露試験は、降雨による試験片表面の洗浄効果、 日照による試験片の温度上昇等の効果があるが、遮 へい暴露試験にはそれらの効果はない。特に、飛来 海塩粒子の多い環境(宮古島)では、降雨による海 塩粒子の洗い流し効果の有無によって金属材料の腐 食速度は大きく異なり、通常、遮へい暴露試験は直 接暴露試験に比べて極めて大きな腐食速度が観測さ れることが知られている。Fe-Ni系合金のつくば及 び宮古島での直接暴露試験、遮へい暴露試験の結果 をまとめ、図1に示した。飛来海塩粒子量がつくば の10倍以上という宮古島では、海浜環境に強いFe- Ni 系合金の場合でも、 その腐食度は直接暴露試験結 果の1.5~2倍という大きな値を示した。一方、つ くばでは、直接暴露試験と遮へい暴露試験結果の間 には明瞭な優劣は観察されなかった。これらの傾向 は他の合金系或いは市販鋼でも同様に観察された。 海浜地域での遮へい暴露試験は、ある意味、「自然 環境下での促進腐食試験」という意味合いをも持っ ていると考えられる。 写真1NIMS大気暴露試験場概観 写真2遮へい暴露試験架台 (JWTC銚子試験場にて) 図1 直接暴露試験と遮へい暴露試験の腐食量の相 違:Fe-Ni系二元系合金の場合 宮古島にて直接暴露試験を実施したFe基二元系合 金の腐食度と合金添加量の関係を図2に示す。合金 添加量0%にプロットした○印が電解鉄の結果を示 す。電解鉄は極めて大きな腐食度を示すが、種々の 合金元素の添加により腐食度が大きく低下すること が判った。特に、Cu、Ni及びCrは少量の添加で顕著 な耐食性の向上が観察された。またこれらの合金の 試験片表面に生成するさびは、電解鉄表面に生成す るさびと比べ、極めて細かいものへと変化している ことが外観観察、窒素吸着法を利用した細孔解析等 により明かとなっている。一方、Al及びSiの場合に は、3 %添加で炭素鋼と同程度の腐食度まで向上す るが、外観観察等の結果、表面に生成するさびが非 常に脆く、剥離しやすいため、耐候性鋼で期待され るような保護性を有するさび層の形成はAl或いはSi 単独添加では困難であると予想される。炭素鋼をベ ースにAl或いはSiを添加した材料の場合にはさび構 造の改善が見られる。 図1あるいは図2に示したデータは、我々が実施 した暴露試験のデータをまとめたものであるが、腐 食データシートには各鋼材の腐食量が暴露期間とと もに数値データとして掲載されている。例えば、 2003年に発刊した腐食データシートNo.1Aには、Fe- Cr系及びFe-Ni系合金を中心とした上記3カ所におけ る3年間の曝露後の腐食量を、典型的な試験後の試 験片外観写真とともにまとめている。2005年度中に は、3年暴露までのものについてのさびの分析、写 真集などをデータシート資料NO.1にまとめ、発刊予 定である。現在も種々のFe基合金で曝露試験を継続 実施しており、長期の曝露試験結果に対する腐食量 図2種々のFe基二元系合金の腐食度 をまとめ、腐食データシートとして今後も発刊する 予定である。 2. 2 ACM型腐食センサによる環境腐食性評価 と腐食速度の推定 当グループでは、図3に示したFe/Ag-対からなる ACM (Atmospheric Corrosion Monitor)型腐食セン サを環境腐食性の異なる各地に設置して、環境因子 の定量化および環境腐食性評価を行っている。同時 に、炭素鋼、溶融亜鉛めっき鋼板の暴露試験を実施 し、材料の寿命予測に寄与する腐食速度等の基礎デ ータを取得している。本ACM型腐食センサは、当グ ループが中心になって、特性評価あるいは環境腐食 図3 Ag/Fe-対ACM型腐食センサの構成 性の評価法開発を行っているもので、すでに腐食防 食協会腐食センターによって認定され、市販され ている。また、以下に示す実績により、当グループ が作成した「ACMセンサ出力解析ソフト」は、同じ く腐食防食協会 腐食センターによって認定され、 2005年より市販されるようになり、ACMセンサと伴 に橋梁や住宅などの構造物に適用されるようになっ た。 ACMセンサ出力の大きさと経時変化は降雨時と結 露時とで異なるため、結露・乾燥および降雨の各期 間を検出し、各々の期間の時間を求めることができ る)。を測定した結果を、これまでの測定結果と併 せて図4に示す。 図4各暴露地で結露時間(Tdew) ・乾燥時間(Tdry) および降雨時間(Train) ISOによると、ぬれ時間(TOW)は「気温0℃以 上、湿度80%以上の継続時間」と規定されており、 温度と湿度という気象条件だけでTOWが決まると している。しかし、ACMセンサによる測定から、湿 度の継続時間がぬれ時間(TOW)と等しくなるよ うな臨界の湿度の値(RHc)は、例えば清水で RHc=78%、隼人でRHc=58%、宮古島でRHc=60%で あった。このように、実試験片上でのぬれ時間は、 ISO方式に依る気象因子にのみによって決定される ものではなく、環境汚染因子として定義される付着 海塩量にも大きく依存する。 ACM型腐食センサは、ぬれ期間におけるセンサ出 力と相対湿度(RH)、及び予め所定の量の海塩を付 着させて求めておいた両者の関係(較正曲線)から、 センサ表面に付着した海塩量を実時間的に測定する こともできる。通常の屋外暴露条件では、海塩はい ったん雨で洗い流されても数日で回復する。種々の 条件での海塩付着量(Ws)を表1にまとめた。直 接雨がかかる条件下(屋根上)でのWsは、『海塩に よって腐食が加速される海洋性大気環境』である沖 縄県内で0.1~3g/m2、『比較的穏やかな海洋性大気環 境』である清水で0.01~0.1g/m2『田園地域』にあ るつくばで0.003~0.03g/m2、である。清水において も、洗浄作用が生じないよう、内海の海面上50cm の高さに下向き(海面向き)におくと、沖縄での屋 根下に匹敵する10g/m2以上にもなることがある。 このように、我々は国内数箇所でACM型腐食セン サを設置して環境の腐食性を評価すると同時に、金 属試験片(テストクーポン)を暴露して腐食量の測 定を定期的に実施している。環境データに裏打ちさ れた比較的短期間の大気腐食データを取得し、これ らのデータから例えば50年後或いは100年後の長期 の腐食量或いは余寿命の推定を行おうとしている。 このようなアプローチをさらに進めることにより、 日本全国での材料の腐食量の推定が可能になると考 えている。 2.3TiO2の光電極反応を利用した防食被覆の研 究 TiO2はn型半導体としての性質を持ち、光照射時 には非照射時と比較してかなり卑な電極電位を示 す。しかも、その表面でのアノード反応は本多・藤 嶋効果とよばれる水の酸化であって、それ自身の溶 解あるいは劣化を伴わない。したがって、浸漬電位 がそれより貴な金属をカソード防食し、かつこの防 食効果が半永久的に持続する、非犠牲アノードとし て使用できる可能性(非犠牲・光カソード防食、以 下では単に光カソード防食という)がある。こうし たTiO2の化学的安定性(劣化や溶解をしない)を利 用して、水溶液中あるいは大気環境中における金属 材料に対する非犠牲カソード防食の可能性について 調査している。とくに大型構造物へ適用するために、 工業的製造が実用化されているゾル(工業的ゾル) による本防食法の実用化をめざしている。 基板金属の上に直接TiO2を被覆しただけでは、基 板とTiO2界面の導電性が悪く、電子が基板に達する 前にホールと再結合してしまい、十分に卑な光電位 が見られない。そこで、良好な導電性を持つ金属酸 表1 種々の環境での「海塩」付着量 「海塩」付着量の対数、logWs[g/m2] -4 -3 -2 -1 0 1 2 静岡県静岡市清水 百葉箱屋根上 海面上50cm下向き 沖縄県西原町 屋根上 南面90° (屋根下) 沖縄本島東海岸 屋根上 沖縄本島西海岸 屋根上 沖縄県宮古島 屋根上 鹿児島県隼人町 屋根上 茨城県つくば市 屋根上 栃木県野木町 (~1998) 屋内屋外(軒下) (1999~) 屋内屋外(軒下) 海水散布 10-3海水 10-2海水 海水 5% NaCl水溶液 図5 SnO2-TiO2複合皮膜の光電位と光電流に およぼすSnO2モル比の影響 化物としてスズ酸化物に着目した。2002年には、ス ズのシュウ酸塩を熱処理することによりSnO2の微粉 末をあることに成功した。これをTiO2ゾル液に添加 したものをITO (Indium Tin Oxide)被覆ガラス (ITOガラス)に噴霧させてSnO,TiO2複合皮膜を作 成し、TiO2とSnO2のモル比が1:1のときに光電位 が低く、かつ光電流が大きくなって、最適な防食能 を発揮することを見いだした(図5)。2003年から は、本手法のNaCl水溶液中におけるCuの防食への適 用を検討している。CuにSnO2-TiO2複合皮膜を被覆 しただけでは、基板と被覆界面の導電性が不十分で、 光電位が十分に卑化しないため、あらかじめCuにSb ドープSnO2膜を被覆した―Cu/Sb-SnO2/ (SnO2+TiO2) ―。脱気環境であるが、-700mV vs. SCEというかな り卑な光電位を達成できた(図6)。また、一度光 照射によって電位が卑化した後は、光照射停止後も 電位は比較的卑に保たれるという電位貴化遅延効果 を示し、光照射下(昼間)のみならず夜間を含めた 本防食法の可能性が示された。このような挙動は、 皮膜が多孔質であるので、H+やLi+などがその内部 にまで移動でき、 図6 Cu/Sb-SnO2/(SnO2+TiO2)系での光電位およ び暗電位の経時変化 という反応によってSn(Ⅱ)/Sn(Ⅲ)あるいはSn(Ⅲ)/ Sn(Ⅳ)の酸化還元が進むためと考えられる。 非脱気環境下では十分に卑な光電位が得られてい ないが、これは、Sb-SnO2上での溶存酸素還元電流 (O2+2H2O+4e-→ 4OH-)が大きいためであり、現在、 導電性が十分で、溶存酸素還元電流が小さく、かつ 電位貴化遅延効果を有する最適な金属酸化物および その作製法の探査を進めている。 3.最後に 「腐食」という言葉から、世間一般の方々はマイ ナスイメージを連想するが、腐食研究を推進するこ とにより、腐食による損失を未然に防ごうというプ ラス思考をイメージした、我々の考え方や研究成果 を広く知ってもらうため、論文、特許出願、学会発 表等を行うとともに、国内外の研究機関や企業とも 研究交流や共同研究にも力を注いでいる。 腐食データシートの発刊後、数多くの研究機関か ら問い合わせがきており、大気腐食だけでなくいろ いろな環境での腐食データをデータシートという形 で公表してもらいたいという要望が寄せられてお り、腐食データの重要性・必要性を再認識している 所である。今後も研究成果を精力的に発信しつつ、 外部との連携をより強化し、日本における腐食研究 の拠点となれるよう努力していきたいと考えてい る。 極低温材料グループの5年 緒形俊夫、荒井良和、宇都木栄子、小野嘉則、柴田浩司、進藤雄介、住吉英志、星野健太、由利哲美 1.極低温材料クループの経緯と目的 本グループの起源は、昭和54年に遡り、以来、核 融合炉等の超伝導利用機器に極低温下で使われる構 造材料の開発と特性評価に関する研究を推進し、平 成14年4月に極低温材料グループとして発足した。 本グループでは、宇宙ロケット、水素エネルギーや 超伝導応用機器などに用いられる構造材料の、極低 温から高温までの極限環境における特性及びその信 頼性評価を実施するとともに宇宙関連材料強度特性 データシートを出版している。また評価法の開発と 極低温における材料評価の国内外のリーディング機 関として、国際規格への提案を行うプレスタンダー ド研究を推進している。 2.活動経緯 本グループの特徴は、液体ヘリウム中(4K)で の長時間疲労試験が実施可能な世界で唯一のヘリウ ム再凝縮型疲労試験機を有し、オーステナイト系ス テンレス鋼、チタン合金や超合金等の各種構造材料 の疲労特性データを取得・蓄積していることと、極 低温における構造材料評価の中核機関として認識さ れ、その役目を果たしていることである。1999年11 月の国産宇宙ロケットH―Ⅱ 8号機の打ち上げ失敗 の事故調査においても、これらのデータが参照され るとともに、原因究明の議論の中で専門家としての 意見が求められた。さらに、国産ロケットに用いら れる材料の強度特性データを緊急に取得するにあた り、極低温長時間疲労試験機を用いて、チタン合金 等のデータ評価に実績のある当機構にデータ整備が 依頼され、得たデータをデータシートとして公表す る方が多くの人に材料が認知され役立つとともに、 材料自体の信頼性が向上することになる、という従 来のデータシートの実績を踏まえて、データの整備 とデータシートの準備が始まった。この依頼を受け ることは、公的機関としての当機構の任務であり、 破面観察や応力解析を伴う事故調査の的確さは、当 機構の実績を裏付けている。 3.主な成果 3.1データシート 宇宙関連材料強度特性データシートの材料試験は 当機構と宇宙航空研究開発機構との連携の下で、当 機構を中心に引張、シャルピー衝撃、破壊靭性、疲 労、疲労き裂進展等の各強度特性データについて実 施している。取得されたデータは、詳細に検討され、 破面写真データとともにデータシートとして公開さ れている。表1に示すように、まずH―Ⅱのコスト と性能を改良したH―Ⅱ Aロケットの液体水素燃料 ターボポンプ(FTP)およびエンジン材料から始ま り、チタン合金、Alloy718、超合金を対象に、毎年 2冊以上出版し、2005年度までに10冊出版され、今 後銅合金等のデータシートおよび破面写真集・資料 集の出版を予定している。 既に得られたデータは、従来参照されていた類似 の材料と異なることを示すとともに、H―ⅡAロケ ットの第1段エンジンLE-7Aと第2段LE-5Bの設計 評価やエンジンの動作条件の確認に使用され、平成 13年(2001年)8月の1号機の打ち上げ成功以来、 H-ⅡAロケットの打ち上げ成功に大きく寄与してい る。 図1Ti-5Al-2.5Sn ELI合金大型鍛造材の疲労特性 表1 宇宙関連材料強度特性データシートの出版計画 No 材料 発行時期 1 Ti-5Al-2.5Sn ELI大型鍛造材 2003/3 2 Alloy718 EB-溶接材(955℃ ST 材)、 低サイクル疲労 2003/3 3 Ti-5Al-2.5Sn ELI小型鍛造材 2004/3 4 Alloy718 EB-溶接材(1045℃ ST 材)、 高サイクル疲労 2004/3 5 Alloy 718鍛造材 2005/3 6 A286鍛造材 2005/3 7 SUS304L鍛造材 2006/3 8 Alloy 718溶接材(955℃ ST材)高サイ クル疲労、切欠き 2006/3 9 Alloy 718溶接材(1045℃ ST材)高サ イクル疲労、切欠き 2006/3 10 Alloy 718溶接材き裂進展特性 2006/3 Ti材の資料集/破面写真集 2007/7 Alloy 718鋳造材 2008/3 図 2 H-ⅡA1号 機の打ち上げ 3.2国際標準化 極低温構造材料の実用環境である極低温・強磁場 下における強度特性や破壊特性の評価技術につい て、既存材料試験法の適用範囲の拡大および未確立 の試験法標準化のための国際的共通知的基盤の確立 を図るため、極低温における効率的かつ高度な試験 技術の開発を目指すとともに、国際的標準化試験活 動であるVAMASとの強い連携のもとに国際ラウン ドロビンテスト等を実施し、ISOにおける試験法標 準化の提案を行った。主なプロジェクトの概要は以 下の通り。 3. 2.1 極低温・強磁場中の試験法の確立 これまでに実施した極低温・強磁場中引張試験の ラウンドロビンテストから得られた成果をとりまと め、V AM ASからISOに提出するTECHNICAL TRENDS ASSESSMENT (TTA)文書を改訂した。 3. 2. 2円周切欠付き小型丸棒試験片による極 低温破壊靱性評価法の確立 円周切欠付小型丸棒引張試験片による極低温下の 破壊靭性評価法のラウンドロビンテスト結果のとり まとめと解析を行い、ISOへのVAMASからの技術を 移行する国際標準法案のTTA文書を作成した。 3. 2. 3複合材料の特性評価法の確立 極低温用ガラス繊維強化樹脂のG ―10CRの極低温 下での層間せん断試験法に関し、最適試験片形状に よる国際ラウンドロビンテストの結果を、最大せん 断応力を求める手法で解析した結果をもとにTTA文 書を作成した。 3. 2. 4 ISOへ極低温材料試験法提案 NIMSの成果から発展したVAMASの活動成果をも とに、ISO/TC164/SClにVAMASとしてISOに提案し た「液体ヘリウム中の引張試験法」は、2004年8月 にIS (International Standards)として出版された。 3. 2. 5 液体ヘリウム中での引張試験における ヤング率測定法 新しいプロジェクトとして、液体ヘリウム中での 引張試験におけるヤング率測定法が始まり、各参加 機関に合わせた試験片を加工し配布した。 図3 極低温ヤング率測定の第1回ラウンドロビンテ スト結果 3. 3極限環境材料リスク回避技術の開発 極低温疲労強度に及ぼす表面加工傷や表面粗さの 影響を評価し、ヒューマンエラーを見積もる研究を 行った。 3. 4極低温ガス環境下での材料特性に関する研 究 水素貯蔵用の液体水素容器あるいは高圧容器に用 いられるSUS304LやSUS316L等のオーステナイト系 ステンレス鋼は、低温で加工誘起マルテンサイト変 態を生じるとともに、磁気変態点を有することから、 低温から極低温にかけて強度特性が変化することが 知られている。このような材料を実際の水素環境下 で用いるにあたっては、これらの低温での強度の変 化のみならず、靭性や組織中のフェライト量の変化 を十分に把握しておくことは、極めて重要なことで ある。そこで77K以下の極低温領域を主に、4~ 77Kまでの任意の温度に制御したガス中での候補材 の引張特性と塑性変形に伴うフェライト量の変化を 測定し、SUS304LやSUS316Lの各温度において、4K から77Kの間でフェライト量については塑性変形量 とともに増加し温度による変化は見られない、等の 塑性変形量とマルテンサイト変態量の関係を明らか にした。 図4 SUS304Lの4Kから77Kにおける塑性歪みとγ、 α、ε相の変化 4.今後の動向 データシートは産業界・ユーザー(顧客)の意向 を反映して国内外に配布し、国際標準化活動は VAMASと経産省、産総研及び産業界・大学と連携 しての国際協力、国際貢献である。今後、独立行政 法人として、新物質や材料の開発または特性改善/ 評価法開発し発表・報告するにとどまらず、国民・ 産業界が役に立つ、使える形、例えば技術指導・共 同開発・知的基盤等の手段、で提供することが必須 なことから、この分野の重要性の認識を高めること が必要である。 高温材料グループの5年 田淵正明、本郷宏通、渡部隆、久保清(併任) 1.発足の経緯と目的 耐熱構造部材の損傷や破壊に関する研究を行うグ ループとして発足した。金属材料技術研究所クリー プ試験部の頃から、耐熱鋼溶接部の高温強度に関す る研究を行ってきたメンバーと、高温破壊力学の研 究を行ってきたメンバーとで発足した。火力発電プ ラントや原子力発電プラントで長期間使用される高 温構造部材における材質劣化や損傷の発生・成長を 予測することは、機器の安全性・信頼性の上から重 要な研究課題である。当グループでは、耐熱鋼溶接 部の損傷・破壊機構の解明と長寿命化、高温破壊の 計算機シミュレーション等の研究、および高温破壊 特性試験法の国際標準化(VAMAS)を他の研究グ ループや国内外の研究機関と共同で推進した。また、 クリープデータシート業務の一部を担当した。 当グループで実施した主な研究課題を以下に示 す。 〈運営費交付金研究〉 ・材料評価の国際標準化研究(H14~H17) ・ CO2削減火力発電用フェライト系耐熱鋼構造部材 の高性能化に関する研究(H14~H15) 〈外部資金研究〉 ・微細組織を考慮した材料特性の計算機シミュレー ション(H11~H15) ・照射下での材料の損傷・破壊に関するマルチスケ ールシミュレーション(H16~) ・次世代高温原子力プラント溶接構造に対する損傷 防止技術の開発(H16~) ・高速炉の異材接合部の高温長時間信頼性評価に関 する研究(H13~H17) 2.主要成果 2 .1耐熱鋼溶接部のType Ⅳ損傷に関する研究 温室効果ガスの削減や省エネルギーの観点から、 火力発電のボイラ蒸気温度・圧力を向上させる目的 で、高Crフェライト系耐熱鋼の開発と実用化が進め られてきた。しかし、高Crフェライト系耐熱鋼を 600℃以上で使用した火力発電プラントにおいて、 溶接構造部材の熱影響部(HAZ)にType Ⅳと呼ば れるクリープ損傷が見つかる事例が多く、問題とな っている。 当グループでは、9%Crおよび12%Crフェライト 系耐熱鋼の溶接継手やHAZ再現材の長時間クリープ 試験を継続的に行い、Type Ⅳ損傷のメカニズムの 研究を行った。HAZ細粒域での粒界炭化物の成長や、 マルテンサイト組織の回復がType Ⅳ損傷の主要因 であることを明らかにした。また、多軸応力下では ボイド発生・成長が加速されるために、溶接施工に よってHAZ幅を狭くしてもType Ⅳ破壊が防止でき ないことを示した。(Materials Science Research International 9 (2003) p.23 ほか)。 そこで、ボロンの粒界強化機構を利用して、HAZ 細粒域を強化し高Cr耐熱鋼溶接継手のクリープ寿命 を改善することを検討した。この研究の過程で、ボ ロンを添加し、窒素を低く抑えた材料では、溶接熱 サイクル中にHAZ細粒組織を生じないことを発見し た。既存の高Crフェライト系耐熱鋼では、溶接中に AC3温度付近に加熱・冷却された組織は粒径10μm以 下の細粒組織となる(図1(a))。これに対し、開 発鋼(9Cr-3W-3Co-VNb-90ppmB-20ppmN)では、AC3 温度付近に加熱・冷却しても母材とあまり変わらな い粒径とラスマルテンサイト組織が保持されること を見出した(図1(b))。このメカニズムは現在の ところ明らかではないが、ボロンによる粒界エネル ギーの低下や、残留γによるAustenite memory effect などが、変態のメカニズムを変えた可能性があると 考えている。 ボロン添加・低窒素とした開発鋼の溶接継手で は、細粒HAZ組織が生じないこと、炭化物が微細分 散することにより、溶接継手のクリープ強度が大き く改善された(図2)。これまで、Type Ⅳ損傷を防 止することは困難とされていたが、ボロン添加・低 窒素化によりType Ⅳ損傷を抑制できる可能性があ ることを初めて見出した。(Metallurgical and Materials Transactions A, 36A (2005) p.333ほか) 図1 ボロン添加による溶接HAZ組織の改良 図2 Type Ⅳ損傷抑制による溶接継手の長寿命化 2 . 2 高温破壊の計算シミュレーションコードの 開発 高温クリープ下でのボイドやき裂の発生・成長の 特性や破壊様式は、多軸応力状態の影響を受ける。 これまでに、大型試験片や溶接継手試験片を用いた クリープき裂成長試験を実施し、破壊特性に及ぼす 多軸応力状態や破壊様式の影響について明らかにし てきた。これらの実験結果をふまえて、多軸応力の 影響を考慮して高温破壊のシミュレーションを行う ための計算コードの開発を行った。 開発した計算コードでは、弾塑性クリープ、き裂 進展解析、破壊力学解析、応力勾配下での空孔拡散 解析(図3)、損傷成長解析を3次元で行うことが できる。これにより、空孔が切欠先端に凝集し、損 傷の生成によって破壊が加速される現象をシミュレ ートすることができた。また、溶接部でのType Ⅳ 破壊の問題に応用し、実験と合うき裂発生・成長の 予測可が能となった。(Metallurgical and Materials Transactions A, 35A (2004) p.1757ほか) 図3クリープ中のき裂先端における空孔濃度変化 2. 3 高温破壊試験法の国際標準化研究 高温で長期間使用される機器部材(発電用のボイ ラやタービンなど)においては、クリープき裂の発 生時間や成長速度を予測し、部材の補修や交換を行 うことが、機器の安全性・信頼性の面から重要であ る。クリープき裂成長をモニタリングし、破壊寿命 を予測する方法を標準化するための国際共同研究を V AMAS活動の一つのテーマとして行ってきた。こ れまでに、各種耐熱合金を対象としたラウンドロビ ン試験を行った結果に基づき、ASTME-1457-00規格 「金属材料のクリープき裂成長速度の測定方法標準」 を作成した。 延性な耐熱鋼でも、厚肉で複雑な形状をした構造 部材になると、多軸応力の影響により脆性的なクリ ープ破壊を起こす場合がある。そこで、構造部材を 模擬した種々の試験片を用いた高温破壊特性試験法 の国際共同研究(VAMASTWA25 :構造部材におけ るクリープ/疲労き裂成長)を、日英米独でH12年か らH16年まで実施した。当グループでは、東北大学、 石川島播磨重工、Imperial大学とラウンドロビン試 験を行い、環状切欠試験片を用いた高温き裂成長試 験法と、多軸応力下でのき裂成長特性評価法を確立 した(Int. J. of Pressure Vessels & Piping 80 (2003) p.417ほか)。TWA25での活動成果を試験法のTTA 文書 (Code of Practice for Creep/Fatigue Testing of Cracked Components)をとりまとめ、現在ISOでの規 格化を目指している。 H17年には、溶接部における損傷の発生・成長の 試験評価法の標準化を目的とした、新たな国際共同 研究VAMAS TWA31(残留応力を含む溶接構造物に おけるき裂成長)を日・英が中心となって立ち上げ た。 2. 4 溶接継手のクリープ特性データシート 高温構造部材の溶接部に損傷が発生する事例が多 くあり、損傷力学や破壊力学等による寿命評価が、 重要な研究課題となっている。これらの解析の基礎 となる溶接継手やHAZの長時間クリープ特性、き裂 成長特性等のデータベースの充実が求められてい る。当グループでは、2Cr, 9Cr, 12Crフェライト系耐 熱鋼およびオーステナイト系耐熱鋼の溶接部のクリ ープ強度(図4)や破壊に関するデータを構築して きた。更に長時間のデータを充実させ、クリープデ ータシートとして公表する計画である。 また、Type Ⅳ破壊による蒸気漏れ事例を受けて 行われた、「高クロム鋼の長時間クリープ強度低下 に関する技術基準適合性調査委員会」において、中 立機関の立場から、9%Crおよび12%Cr鋼溶接継手 のクリープ破断データを収集・解析し、溶接部の10 万時間破断寿命の推定を行った(H16~17年)。 図4 P91鋼溶接継手の長時間クリープ特性 表1研究成果の発表 H13 H14 H15 H16 H17 誌上論文 3 2 7 1 0 7 材料データベース研究グループの活動 山崎政義 浅田雄司、飯室茂、衣川純一、上平一茂、桑島功、徐一斌、清水精子、田中秀雄、田中亘、寺島香織、深尾康秀、藤田充苗、細 谷順子、間下健太郎、松尾宗次、村田正治、王海涛 1.はじめに 材料データベース研究グループは平成13年10月に 目黒地区を拠点として発足した。当グループのミッ ションは当機構の研究室毎に開発してきたデータフ リーウェイ、構造材料データベースおよび超伝導材 料データベースに加え科学技術振興事業団(現独立 行政法人科学技術振興機構、以後JSTと呼ぶ) が 高機能物質データベースとして開発中の材料系デー タベースを移管して開発を継続するとともにこれら の材料データベースを統合して運用・管理を行うこ とである。 さらに、外部資金による原子力研究を2テーマ継 続して行った。 2.物質・材料に関する知的基盤の構築 第2期科学技術基本計画の重点課題の一つである “知的基盤の充実”を目標に“物質・材料に関する 知的基盤の構築”として長期的展望のもと機構から 固定経費として予算が認められた。各データベース の開発経緯と収録データの概要について報告する。 2.1データベースの移管 当グループ発足と同時にJSTからの高機能物質デ ータベース移管のための打ち合わせを開始し、平成 15年2月までに15回開催した。移管の具体的な検討 は担当者レベルで密接に行われ、6種類のデータベ ースが移管されて平成15年4月1日にNIMS物質・ 材料データベースとして公開された。移管のための 主な合意事項は (1)移管するデータベースは、高分子データベース (PoLyInfo)、拡散データベース、計算物性データベ ース、三次元状態図、基礎物性データベース (Pauling file) 、圧力容器材料データベースの6種類 とし、材料強度データベースはNIMSの構造材料デ ータベースに置き換える。 (2) NIMSはデータベースのインターネット公開の ためのインフラおよびサーバ機器を目黒地区に整備 する。データベースシステムの移管はソフトウェア など最新のものとしてJSTが行う。 (3)各データベースの著作権などはNIMSに委譲す るがそのための覚え書きを交わす。なお、結晶基礎 データベース(Pauling file)に関してNIMSはJSTか ら利用を許諾する契約となっている。 (4)高分子データベースは開発段階のため担当技術 者はシステムの移管前の平成14年4月からNIMSで データ採取作業を行う。 平成14年度に目黒地区材料データベース棟204室 および304室を改修し、ネットワークの増設を行い、 12月にサーバ機器を設置した。平成15年1月から3 月にかけて各データベースシステムの移植作業が行 われ、平成15年4月1日にNIMS物質・材料データ ベースとして11種類の材料データベースがインター ネット(http://mits.nims.go.jp)で公開された。 図 1にNIMS物質・材料データベースの表紙ページを 示す。 図1NIMS物質・材料データベース(平成17年12月) (http://mits.nims.go.jp) 2. 2 高分子データベース(PoLyInfo) JSTの高機能物質データベースの一つとしてH7年 から開発が始まり、プロトタイプがH10年1月に公 開された。PoLyInfoはポリマーの原料となるモノマ ーからポリマーまで名称(IUPAC名、慣用名)、構 造などの基本情報のほか、各種物性、重合情報を網 羅的に収集したデータベースであり、拡張機能とし てNMRスペクトルデータベースおよび物性推算機能 がある。最も利用ユーザの多いデータベースであ る。 (1)PoLyInfoの高分子辞書の拡張 PoLyInfoのプロジェクトは元々「対象とする範囲 におけるデータの体系性、網羅性」を要件の一つと して発足した。有機低分子の集合体であるポリマー には、その形状だけからみても線状・グラフト・星 型・スピロ型・櫛型・梯子型・網目状などが、最近 ではデンドリマー ・ポリロタキサンなどが高分子の 範疇で議論され、さらには「高分子トポロジー」な どの新しい概念に基づく研究も広がりつつある。ま た主として単一の原料からなるホモポリマーや複数 の原料の組み合わせであるコポリマーが存在し、そ の組み合わせは無限といえる。こうした中で PoLyInfoの「高分子辞書」システムは実際には線状 http://mits.nims.go.jp)%25e3%2581%25a7%25e5%2585%25ac%25e9%2596%258b%25e3%2581%2595%25e3%2582%258c%25e3%2581%259f%25e3%2580%2582 http://mits.nims.go.jp の規則性ポリマー(いわゆるホモポリマー)のみを 対象として構築されたため、文献から採取したデー タのうちホモポリ マーのみが登録・公開されてい た。採取した約30,000件のサンプルデータのうち 8,000件程度の未公開データと4,500件の未登録ポリ マーデータを抱えたままPoLyInfoはNIMSに移管され た。 NIMS移管後は、当グループに設けた高分子学会 の各研究会から委員をお願いしている高分子データ ベース検討会のご意見を反映して公開樹脂種の拡大 を最優先にして取り組み、主としてデータ構造の見 直し・再編と実装システムを見直し、線状不規則性 (コポリマー)(2002.08)、コンパウンド・コンポジ ット(2003.05)、ブロック・グラフトコポリマー (2005.01)、ポリマーブレンド(2005.06)等の公開 を既存システムに殆ど手を加えることなしに、実現 した。 これにより文献単位のデータ公開率(公開文献数 /データ採択文献数)は、移管時の54% (4192/7770) から90% (9400/10500)にまで向上した。 (2)インターフェイス データベースでの高分子構造の表示と記録には、 フレンドリーなユーザーインターフェイス、正確に 構造情報を伝えるための文書(名称)インターフェ イス、コンピュータに分子構造データを蓄積するた めのマシンインターフェイスが必要である。 PoLyInfoではこれらをテキスト構造式(TXS)、 IUPAC規則による命名、「高分子辞書」のPoLyInfo書 式の開発で解決してきた。 最近の検討から、複雑に見えるポリマーも成長単 位と境界単位(末端と分岐)、接合単位の組み合わ せと階層化で殆ど表示できることが明らかとなって きた。現在手つかずのイオン、イオン性ポリマーの 表示と記録方式を開発すれば、最初に述べた「体系 性、網羅性」を兼ね備えたデータベースにかなり近 づいたものになる。 (3)データの信頼性確保と標準化 PoLyInfoが扱っている物性値データは文献から採 取している。公開データはすべて(孫引きでなく) 文献から直接採取し、出典を明示している。また原 データ・採取データのミスを根絶するため、独自の チェックツールを開発し、作成したデータベース用 データの書式・データ範囲・(相関データの)デー タ構造をチェックしている。一方、ポリマーの表示 構造と名称のデータは、NIMSで独自に付与してい る。構造基礎名称は、2002年12月に出されたIUPAC 勧告に基づく書き換えをほぼ完了した。ポリマーデ ータの分類・用語・名称をIUPAC勧告に合致させる とともに、高分子学会命名法委員会に参画し、こう したものの制定にも積極的に貢献している。 (4)物性推算システムの概要 PoLyInfoの高分子辞書には05年11月現在で約 15,000のポリマーが登録されている。採択している 物性数は約100あるので、全ポリマーの物性値のエ ントリーは150万にもなるが、実際に集められてい るのは約15万データポイントしかないので単純に見 て1/10しか埋まっていない計算になる。実際には 特定のポリマーの特定の物性(例えばポリエチレン のTg)が多数集められているので、空白は9/10よ りも多くなる。CASのようなどんなに大きなデータ ベースでもこれと大同小異で、ポリマーの特徴とし て製造や使用の条件により一つのポリマーが一つの 物性に対して多様な値を示すのと、コポリマーやブ レンドのような2つ以上のポリマーの組み合わせが あるので、採択されるポリマーの数に比べて空白の データエントリーは幾何級数的に増大していく。こ のデータの空白を補う手段の一つが、2005年2月か ら公開している「物性推算」である。 PoLyInfoの物性推算システムの特徴は、既登録の ポリマーに関しては、可能な限り文献の実験データ と比較できる形で提供していることである。またパ ラメ ータのある限りにおいて、ユーザーは未知・未 登録のポリマーの物性を探索することができる。 現状では5物性10種類の推算が可能であるが、今 後順次他物性にも拡張していく。 図2 高分子データベースの検索機能の利用例 2. 3 結晶基礎データベース(Pauling File) 結晶基礎データベース(Pauling file)はJSTと Materials Phases Data System (MPDS)とのデータベ ース構築・提供の共同プロジェクトとしてH7年度 ~H14年度に開発したものである。結晶構造データ 約27,000件、X線回折データ約27,000件、状態図約 8,000件および物性データ42,000件が収録されてお り、材料の構成元素、結晶構造、物性および相図か ら検索できる。さらに、データマイニング機能とし て構造マップ機能(Pettifor type、QSDtype、QFD type)、統計機能、回折計算機能が利用できる。な お、現在はデータの拡充は行われていない。 2. 4 拡散データベース 本データベースは、拡散現象は材料における動的 挙動を理解する基本的な事象であり、拡散データは プロセス設計や材料設計・選択・利用において実用 面でも重要な指針を与える情報であるとの認識にも とづき、日本金属学会旧拡散研究会および日本鉄鋼 協会計算機支援材料設計分科会の支援を受けて、 JSTにおいて開発が開始されたものである。また旧 金属材料技術研究所において開発されていた原子力 データフリーウェイの中に藤田充苗により収録され た拡散データを継承している。 内容は公刊された科学技術文献情報から選択採取 された拡散定数あるいは拡散係数の数値データと拡 散関連文献書誌データから構成されている。開発の 初期は原子力用材料、鉄鋼材料を中心にデータ収集 がなされ、NIMSへの移設時点で数値データは約 2000件、文献データは約1500件であった。 NIMS移設以降、データ収集対象の拡大、提供情 報内容の質量充実、検索システムの使用便宜性向上 を進めて世界的にも独自のデータベースとしての情 報発信と利用者の便宜向上を目指している。 創設当時には、主として金属材料を対象としてい たことなどの理由から、多様な物質・材料に関わる 網羅的かつ系統的な拡散データの構造や記述方法に 十分な配慮を欠いていた。一方移設後NIMSの独自 性を示せるように、各種物質・材料を包含するべく、 収録対象を金属間化合物、セラミックス、半導体、 高分子へと展開、それらの構造・相などの状態につ いても結晶体から非晶質そして液体に拡張、また拡 散モードも自己・不純物拡散から、短回路・相互拡 散などのデータも取り入れつつある。そのような背 景から、NIMSへの移管を機に2004年度拡散データ ベース・システムの更新と拡張をおこなった。 NIMS拡散データベース ①検索 データベースにアクセスすると、図3に示す画面 が開き、先ず数値データおよび文献書誌データの検 索ができる。物質や材料の名称や記述には様々な方 法が用いられており、調べようとする物質・材料は 構成元素の組み合わせとしての化学成分、実用材料 としての名称など様々に表現されるので、求めるデ ータの探索の糸口に困難があった。そこで改造シス テムでは、たとえばステンレス鋼について検索する 際には、研究的あるいは実用的な使い方としてbasic (例Fe-Cr)、scientific (例Fe-alloy)、technological(例 ステンレス鋼)など目的別の検索ルートを備えて、 利用者の便宜をはかった。さらに物質・材料の状態、 拡散原子を指定するルートでの検索が可能であるよ うにしている。 文献データは著者と所属、論文タイトル、掲載誌 などの一般書誌事項に加え、タイトル中の全文検索 が可能になっており、これによって所求の物質・材 料を探すことも可能としている。 図3 拡散データベースのトップページ ②検索結果の表示 検索項目に合致した拡散数値データは表および下 のようなArrheniusプロット図として表示される。 図4 データベースに収録されている純銅中における 自己拡散および不純物拡散の拡散係数温度依存性を示 すArrheniusプロット図 このグラフ上に、利用者自身の測定データなどを プロットできる機能が備えて、文献データとの対比 が可能としており、新しい形のデータベースの使い 方を目指している。 図5ユーザの拡散データ入力画面 ③その他新機能 従来は年度毎にデータの追補がなされていたが、 新システムではオンライン入力により随時データの 増補や内容の更新がおこなえるようになっている。 そのため作業効率も増大し、2005年9月末現在拡散 数値データ4223、文献データ3061件のデータに拡充 できている。 2. 5計算材料データベース JSTの高機能物質データベースの一つとして開発 されたものである。第一原理バンド計算プログラム (FLAW、STATE)による計算結果を取り込んだ電 子構造データベースに元素特性、結晶構造および参 考情報データベースが利用できる。電子構造データ はアルカリ金属元素、遷移金属元素(3d、4d)およ びそれらの二元系金属間化合物を対象に計算・蓄積 されており、160件の電子構造データが公開されて いる。なお、現在はデータの拡充は行われていな い。 2. 6 三次元状態図 JSTの高機能物質データベースの一つとして開発 されたものである。熱力学計算ツール Termo-Calc の計算結果をもとに等温断面の三元系状態図を二次 元および三次元で表示できる。Fe-Cr-C、 Fe-Cr-Mo、 Fe-Cr-Ni、 Fe-Mn-C、 Li-Al-Mgが参照できる。なお、 現在はデータの拡充は行われていない。 2. 7 圧力容器材料データベース 日本鉄鋼協会の日本圧力容器研究会議がデータ収 集して開発したデータベースをJSTがWeb版として 再構築し公開したものである。Cr-Mo系鋼の引張特 性、衝撃特性、クリープ破断特性およびクリープ特 性が収録されており、熱処理別に226材種および 4,800件のデータポイントが公開されている。現在 はデータの拡充は行われていない。 2. 8鉄鋼熱履歴データベース 本データベースはJSTの研究情報データベース化 事業の一つとしてJSTと旧金属材料技術研究所との 共同研究として開発されたものである。溶接時の熱 履歴によって溶接部の特性を評価するための溶接用 CCT図データベースと溶接時の熱履歴を予測するシ ミュレータからなっている。現在はデータの拡充は 行っていない。 2. 9構造材料データベース 旧金属材料技術研究所で1966年に開始した国産材 料のクリープデータシート作成業務およびその後に 開始した疲労データシート、腐食データシートおよ び宇宙材料強度データシートをPDFにしてWebで公 開しているものである。PDFはデータシートが発刊 された直後に公開している。クリープおよび疲労デ ータシートについては数値データベースも構築し公 開している。当データベースはユーザからの構造材 料に関する技術的質問やデータの解釈などにたいし てデータシート作成担当グループと密接に連携し対 応している。 2.10基盤原子力材料データベース 原子力試験研究予算により旧金属材料技術研究 所、旧原子力研究所、旧核燃料サイクル機構および JSTの共同研究で分散型データベース(データフリ ーウェイ)として開発されたものである。原子力材 料高温特性、中性子照射特性および核変換データが 収録されている。現在、上記の機関の統廃合や組織 の移行などがあり、システムの見直しが検討されて いる 2.11 超伝導材料データベース 1986年の高温超伝導体の発見を契機に設立された 「マルチコアプロジェクト」の中でシステム設計、 データ収録が行われ、Web公開されたものでプロジ ェクト終了後、現在も引き続きデータの更新が行わ れている。 当データベースは超伝導の材料研究に携わる研究 者を支援する目的で、一般に公開されている雑誌か ら関係論文を抽出し、超伝導材料の超伝導特性およ びその関連特性の数値データを収録し、データベー ス化したものである。 H17年度にシステムを更新 した。主な変更点は 1)金属・合金系METALLICと酸化物高Tc超伝導体 OXIDEとを合体し、ひとつのデータベース OXIDE&METALLICとした。これにより検索漏れや、 検索の不便を改良した。 2)有機物超伝導体ORGANIC、知識データINFO-DB の検索では検索条件順位を入れ、すべてメニュー選 択で検索できるようにした。 3)試料番号をクリックすることでその試料の全デ ータが表示される機能を追加した。 4)管理者が容易にデータの追加、修正が出来るよ うに改良した。 収録データ件数は O&M 25,000件 ORGANIC 240件 JOURNAL 19,500件 FIG 900件 図6 超伝導材料データベースの表紙ページ 図7 酸化物および金属超伝導材料の検索結果の例 2.12 Web版クリープ破断材の金属組織集 クリープデータシート作成プロジェクトの一つと して長時間クリープ破断材の金属組織集を発刊して いる。今までに発刊されたオーステナイト系4鋼種、 SUS304-HTB、 SUS316-HTB、 SUS321-HTBおよび SUS347-HTBについて画像データベースを構築し、 当機構内研究者に評価版を公開している。今後イン ターネットによる一般公開の方法を検討する。 2.13ユーザ登録システムの統合 上述のように各データベースの開発予算、経緯お よび担当者が異なっていたためH15年4月にインタ ーネットで公開した時点では各データベースを利用 するためには別々のユーザIDおよびパスワードが必 要であった。H16年度に各システムのユーザ登録シ ステムを統合するとともに個人情報保護法に対応す るためのシステム改造を行った。すなわち、ユーザ 登録時の通信を暗号化すとともに、一つのIDとパス ワードですべてのシステムが利用できるようにし た。 図8~図14に登録ユーザ数の推移とユーザの所属 機関・職種を示す。 図8ユーザ登録数の推移(H17年11月末現在) 図9 データベースの利用状況(11種類のデータベー ス の総計) 図10国内登録ユーザの所属機関 図11 外国登録ユーザの所属機関 図12国内登録ユーザの職種 図13外国登録ユーザの職種 図14外国登録ユーザの国別登録人数 図8に示すようにH17年11月末時点で74ヶ国、 6,800機関から19,486人(内 外国4,719人)がユーザ 登録している。毎月約400人増加している。登録ユ ーザのうち毎月約1,500人が利用し、5,000~6,000回 ログインしている(図9)。 利用ユーザのリピタ ー率も増加傾向にある。 図10に国内および図11に外国の登録ユーザの所属 機関の集計をそれぞれ示す。国内は企業ユーザの割 合が多く、外国は教育機関の割合が多くなっている。 また、図12および図13に登録ユーザの職種を示す。 図14は外国ユーザの地域別の登録人数を示す。米国 が最も多く1,354人で中国550人、英国260人と続く。 最近はアジア諸国からの登録が増加傾向にある。 2.14横断検索システムMatNaviの開発 当グループではユーザーがNIMS物質・材料デー タベースを使って、材料開発、材料の最適な活用、 最適な材料の選択などに役立つような使えるデータ ベースを構築していきたいと考えている。研究者や 技術者にとっては必要としている材料情報やデータ がどこにあるかの所在情報を最初に調べる必要があ る。このことからNIMS物質・材料データベースの うち高分子DB、結晶基礎DB、拡散DB、構造材料 DB、基盤原子力材料DB、圧力容器材料DB、鉄鋼熱 履歴DBおよび超伝導材料DBについてそれぞれのデ ータベースに収録されているデータのキーワードに よるインデックスファイルを作成し、それを横断検 索してそれぞれのデータベースに収録されているデ ータ数を表示する検索システムMatNaviを開発した。 図15にMatNaviの検索例を示す。検索結果から直接 それぞれのデータベースへリンクすることができ る。 図15 MatNaviの検索結果の例 2.15国際連携 (1)Matdata.netとの連携 H15年10月に英国のGranta Design社と材料データ ベースの横断検索システムの共同開発のための MOUを結んだ。そして、H16年5月にシステムが完 成し、NIMS物質・材料データベース内に、Granta Design社が運営する Materials Database Network (Matdata.net)を接続させることに成功し、横断検 索システムが完成した。この横断検索システムは、 材料別のカテゴリー検索とキーワード入力による曖 昧検索が行え、日英米の11種類の材料データベース から必要となる情報を検索することが可能である。 NIMS物質・材料データベースがMatdata.netと接 続されたことにより、物質・材料の基礎的な特性か ら実用材料の特性までを横断的に、かつ膨大なデー タ や情報の 中から 一元的に検索できる ことから、 材 料研究者・技術者ばかりではなく、材料を利用する 機器設計・保守管理技術者にとっても利便性が向上 したと考えられる。また、海外の材料データベース と接続した横断検索システムを構築したことで、知 的基盤情報の発信という観点からも、当機構が提供 する物質・材料データベースの社会への波及効果は 大きいものと期待される。図16にMatdata.netの検索 例を示す。 図16 Matdata.net (http://matdata.net/index.jsp)の検 索結果の例 (2)MatWebとの連携 米国のAutomation Creations, Inc. (ACI)は欧米の 素材メーカのカタログをデジタル化して材料カタロ グデータベースMatWebを発信している。MatWebは 実用材料のデータ数および利用アクセス数で世界最 大の材料データベースである。しかし、収録データ はカタログ値であり、データの信頼性を保証してい るものではない。NIMS物質・材料データベースは 学術的なデータを基にしておりACIとNIMSのデータ がリンクすることにより、材料研究者および機器設 計者の利便性が向上する。ACIとNIMSはH17年3月 にMOUを結び相互リンクについて検討を進めてい る。 (3) Springer Linkとの連携 NIMSの構造材料データベースは実験値が大半で データを評価した値は少ない。一方、ドイツの Springer Verlag GmbH の Landolt-Börnstein は材料系の 各種ハンドブックで材料評価したデータのオンライ ン版を公開している。ユーザの利便性を向上させる ためにSpringer Verlag GmbHとNIMSはH18年1月に MOUを結び、システムの検討を進めている。 2.16普及活動とユーザからの意見の反映 物質・材料データベースは対象とする分野におい て体系的で網羅性のあるデータを収録しなければな らない。しかし、限られた資金およびマンパワーで はデータ採取の優先順位を決めてデータベースを構 築しなければならない。そのために機構外の材料系 研究者およびデータベース技術研究者との意見交換 を活発に行った。 (1)材料データベース懇談会 材料基盤情報ステーションに材料データベース懇 談会(座長 東京大学 岩田修一教授)を設け材料 データベース開発の基本方針についてご検討頂いて いる。懇談会の下に高分子データベース検討会(主 査 三菱化学(株) 岡崎慶二)および金属・基礎 物性データベース検討会(主査 東工大 竹山雅夫 助教授)を設けて各データベースのシステム評価お よびデータ採取方針など具体的な提言を頂いてい る。 (2)掲示板の設置と問い合わせ窓口 実際にデータベースを利用しているユーザがシス テムに対する意見を投稿できる掲示板をトップペー ジに設けている。また、ユーザからのメールによる データベース利用に関するトラブル(パスワード忘 れなど)の問い合わせばかりではなく技術的な質問 も月に2~3件ある。これらについては各データベ ース担当者および運用・管理支援のSEが対応して いる。 (3) MITS meeting 材料基盤情報ステーション主催のMITS meetingで 材料データベースの技術動向に関する国際シンポジ ウムを開催した。 MITS meeting 2005、2005年3月15―17 日 Matdata.net http://matdata.net/index.jsp)%25e3%2581%25ae%25e6%25a4%259c ① International Symposium on Materials Databases ② Seminar on Life Prediction for Structural Materials at Elevated Temperature ③ Training Cource of CES EduPack New Approaches in Materials Education. ④ Symposium on Application of Materials Database for Education. MITS meeting 2006、 2006年1月18―20 日 ① Workshop of Scientific Markup Languages ② Knowledge Discovery from Materials Databases ③ Business Model of Material Databases いずれの会議も約50―60名の参加があり好評であ った。 (4)研究および普及活動 材料データベースの研究発表の場およびNIMS物 質・材料データベースの普及のための講演・展示の 場としては日本金属学会、日本鉄鋼協会、日本材料 学会、高分子学会、熱物性学会、化学分析学会、情 報知識学会および関連の国際会議がある。 これらの学協会および国際会議の講演、ポスター 発表および展示に参加してパンフレット配付および デモンストレーションを3年間で約50回行った。 GoogleおよびYahooの検索で材料データベースあ るいはmaterials databaseで検索したときに表示が上 位にランクされるようにWebページを工夫した。こ れらの活動により、NIMS物質・材料データベース を知ったきっかけとしてsearchエンジン、同僚・知 人に聞いておよび他のサイトからのリンクが当初よ り多くなった。 3.原子力試験研究委託費の成果 当グループは原子力試験研究費で「原子力材料用 分散型知識ベースの創成に関する研究」(H12-H16) および「高速炉の異材接合部の高温長時間信頼性評 価に関する研究」(H13-H17) を行った。 3.1 複合材料の熱物性予測システム(Compo Therm)の開発と公開 これまでの材料研究と産業活動で蓄積されてきた 大量の材料データおよび経験・理論は、材料科学に おいて貴重な知識であり、研究開発およびエンジニ アリング設計の重要な基盤である。そのためそれら を取り扱う材料知識の管理・提供システムは、材料 の選択・使用や、新材料の設計・開発をサポートす る等、社会生活と科学研究において重要な情報源と なる。最近の数年間で、材料特性などの数値データ を管理・提供する材料データベースの開発は行われ つつあるが、材料理論知識を対象とする知識ベース 開発の報告は殆どされていない。本研究では、知識 の収録・保管・表示機能を備えた複合材料の熱物性 知識ベースを開発し、NIMS物質・材料データベー スと連携した複合材熱物性予測システムの創成と公 開を進めている。 本システムは、複合材料熱物性知識ベース、材料 熱物性データベース、熱物性予測システムから構成 されている。複合材料熱物性知識ベースは、複合材 料とその熱物性に関する基本概念、方程式及び概念 間の関連性を収録していて、複合材料熱物性予測の ための基礎知識を提供する(図1)。材料熱物性デ ータベースは、NIMS物質・材料データベースや文 献等から各種材料の熱物性データを抽出することに よって、複合材料の熱物性計算を行うために必要な 材料特性を格納しているデータベースである。熱物 性予測システムは、解析法と数値法(有限要素法) の二つのサブシステムを持ち、解析法は計算速度が 早いことから、複合材料設計での初期段階において、 その物性と材料構造との依存性を調べるのに有効で ある。また、数値法は特定の材料構造での熱伝導に ついて、材料の異方性や温度依存性を考慮して、厳 密に計算するのに有効である(図2)。 本システムは、材料基盤情報ステーションのサー バによりH17年4月1日からWebサービスを開始し た。実際の材料研究開発や、材料教育などにおいて 応用されることにより大きな社会貢献を図ることが 期待できる。 図17複合材料熱物性知識ベースのコンセプトマット と概念説明画面 図18 FEM複合材料熱伝導率予測システムの材料設計 及び計算結果画面 3.2高速炉の異材接合部の高温長時間信頼性評 価に関する研究 高速炉機器の健全性評価技術の高度化、保守定期 点検の合理化・高度化とともに、ライフサイクル全 体を通して寿命を管理し、その結果をより安全性が 保持される設計体系へ組み込めるようなシステムを 作る必要がある。本研究は主要構造材であるオース テナイト鋼およびフェライト鋼の異材溶接部の高温 荷重下での材質劣化、損傷機構を十分に把握し、定 量化して、それらと寿命との関連を明らかにし、高 速炉維持基準や将来の設計へ反映させるための基盤 を材料面から整備することを目的とする。 高速炉構造材料異材溶接部の長時間クリープ強度 特性を調べるためにガスタングステンアーク溶接法 (GTAW)でSUS304とMod.9Cr-1Mo鋼の異材溶接継 手を製作した。図19に製作した異材溶接継手のマク ロ組織を示す。また、図20に異材溶接継手のクリー プ試験片の形状を示す。この試験片を用いて823K、 873Kおよび923Kでクリープ試験を行い、異材溶接 継手の破断位置に着目して破壊形態を調べた。 得 られた結果を図21に示す。すなわち、 1)異材溶接継手のクリープ破断強度はいずれの温 度においても、Mod.9Cr-1Mo鋼の母材および同材溶 接継手の間に位置していることがわかった。 2)クリープ破断材の破壊形態は温度により違い、 823K : Type Ⅵ から Type Ⅶ の破壊 873K : TypeⅤ、Type Ⅳ から Type Ⅲ or Ⅳ の混合破壊 923K : Type Ⅳ の破壊 となる。 図19製作した異材溶接継手(GTAW) 図20クリープ試験片 図21 異材溶接継手の温度・応力による破壊形態の違 い 4.今後の課題と展望 物質・材料のデータは次の2つのカテゴリーに分 類できる。①普遍性が高く高品質な基礎データ(物 理定数、スペクトル情報、核データ、構造鈍感な特 性、結晶構造および状態図など)。 ②基盤的工学 データ(設計や安全評価の基盤となる実用材料の諸 特性)。なお、 高品質な基礎データも工学データ とリンクすることにより有用なものとなる。 NIMSの物質・材料データベースのうち基盤原子 力材料データベースに核データが、 また、結晶基 礎データベース(Pauling file)、計算物性データベー スに結晶構造情報および状態図が含まれている。こ のような基礎データ分野のデータ活動については同 様の作業の重複を避けて、国際連携による効率的な データベース構築を行い、世界中で使われる公共財 として整備することが大事である。 基盤的工学データおよび情報は材料開発に携わる 研究者・技術者ばかりではなく機器の設計者にとっ ても必要不可欠である。基盤的工学データは材料設 計および各種シミュレーションを行う際のデータと して用いられる。また、機器設計のための材料選択 および材料の最適利用のためにも利用される。基盤 的工学データは素材メーカのカタログを収集し、デ ータベース化して発信しているものと、試験研究機 関で材料試験した測定データあるいは学術文献から 採取したデータを蓄積してデータベースを構築した ものがある。そのため、基盤的工学データは特性値 ばかりではなく材料の製造プロセス、測定機器、試 験試料の形状・寸法、試験条件および試験機関など の情報を含むデータベースを構築しないと産業界で 利用できるものとはならない。しかし、このように 系統的で計画的にデータを取得し、データベースを 構築して公開している例は世界的にもなく、当機構 の構造材料データベースのクリープ、疲労、腐食お よび宇宙関連材料強度データだけである。このよう に基盤的工学データベースについては国(機関)の 戦略的開発投資が必要である。 産業界における材料調達および製造工場のグロ ー バル化はEUのように、アジアにおいてもさけられ ないと思われる。製品の品質を維持するための材料 に関するデータおよび基盤情報を収集し、蓄積して 発信することはますます重要となる。一方、研究機 関や企業において知的財産を保護するための活動が 活発となってきた。物質・材料データベースの構築 にはデータ収集のために莫大な経費が必要である が、データベースはデータの収集活動を止めてしま うとすぐに陳腐化して価値を失ってしまう。データ の収集のためのコストの低減はデータベースを維 持・管理していくうえで大きな課題である。 研究機関や大学・企業の材料研究者や技術者の OBは経験豊富な知的財産といえる。データベース も「温故知新」のために非常に有用である。シニア 研究者や技術者の技術や知識を若手に継承するため にもシニアの方達の協力を得ることは欠かせない。 基礎的なデータベースのユーザは比較的大学の学 生・院生および研究機関の研究者の利用が多い。こ のことから有償による公開はできればさけるべきで あろう。 一方、基盤的工学データベースは企業の研究者お よび技術者の利用が多い。有償による公開の方法を 検討する必要がある。 物質・材料データベースはデータの信頼性(質) が最も大事であるが、データの網羅性(量)も必要 である。さらに、データベースはデータの蓄積ばか りではなく、利用者が必要とするデータや情報をで きるだけ速やかに表示する検索機能をかねそなえて いなければならない。材料の専門家とIT技術者が協 力して快適なシステムを構築しなければならない。 参考文献 1)八木晃一、材料データベースの課題と将来展望、 科学技術動向、No.42, p22-p33 (2004). 2)松尾宗次、拡散データベース、日本金属学会会 報「まてりあ」、Vol.43, No.6,p.542, (2004). 3)徐 一斌 ら、Development of Materials Knowledge Base with Structured Data Format、 情報 知識学会誌、Vol.15,No.3, p.3 (2005). 4)山崎政義ら、インターネットを活用した材料 情報の提供及び検索システムの構築、情報知識 学会誌、Vol.15, No.3, p.9 (2005). 5)飯室 茂、規則性単条有機ポリマーの命名法、 高分子、Vol.54, No.12, P.901(2005). 6)山崎政義、NIMS物質・材料データベースの構築 と活用、日本金属学会会報「まてりあ」、Vol.45, No.1,(2006). 11 分 析 ス テ ー シ ョ ン REN iIK— AN Mm ™~ 分析ステーションの4年 五十嵐淑郎、石川信博(現超高圧電子顕微鏡ステーション,2004.4移動)、井出邦和、伊藤真二、小川一行、小黒信高、貝瀬正 次、河合潤、木村隆、倉嶋敬次、小須田幸助、小林剛、佐藤晃、佐藤正秀、鈴木昇、鈴木峰晴、竹之内智、田沼繁夫、堤正幸、 永富隆清、中村森彦(2003.3退職)、橋本健紀、橋本哲、長谷川信一、浜野勲、福島整、元山宗之、矢島祥行、山口仁志、山田 圭、和田壽璋 1.はじめに 物質・材料の分析技術、分析情報は物質・材料の 開発・改良を行うための研究基盤として必要不可欠 なものであり、それらのキャラクタリゼーションを 行う際の中核技術である。こうした状況に対応して、 研究基盤の整備に向けた研究やNIMSのすべての研 究ユニットに対する物理・化学分析支援業務を行う ために、平成14年4月1日、分析ステーションが設 立された。 分析ステーションはNIMSのすべての研究所、セ ンター、ステーションと密接に連携して幅広い材料 に対応した分析情報の提供、分析技術に関する指導、 分析機器の維持・管理を行なっている。また、より 信頼性の高い、正確で精密な分析法の開発・整備を 目指し、当ステーションの成果を基に分析技術の国 際標準化へ向けた取り組みを積極的に進めている。 2.分析ステーションの活動経緯 分析ステーションは材料開発の支援的な役割とそ の評価技術の研究的な要素の2面性を持つために、 組織は支援分析用の組織と研究グループに分かれて いる。ただし大部分のメンバーは支援と研究の両方 の業務を行っており、これが当ステーションの特色 となっている。現場における分析支援と現場で使え る実用的な分析法(技術・理論)の開発を進めてい る。同時に、これらを基礎とした分析技術の標準化 を進めている。 カバーする分野は広い意味での「化学分析」全般 を目指している。しかし、実際には装置的・人的な 制約もあり、具体的には、伝統的な湿式化学分析、 無機化学分析(原子吸光法AAS、ICP発光法、ガス 分析等)、表面化学分析(オージェ電子分光法AES、 X線光電子分光法XPS、超軟X線分析法)、微小領域 分析(波長分散型電子線マイクロアナライザWD- EPMA、走査型電子顕微鏡等SEM)、X線回折法 XRDである。 さらに、国内の分析に関連したJIS (日本工業規 格)の活動や、ISO (International Organization for Standards)やVAMAS (The Versailles Project on Advanced Materials and Standards) といった分析法 の国際標準化活動についても積極的に参画してい る。 3.組織の変遷 分析ステーションは平成14年4月1日 以下の組 織で発足した。 ステーション長 中村森彦 副ステーション長田沼繁夫 ・無機化学分析グループ(GL :小林剛) ・微小領域解析グループ(GL :石川信博) ・表面分析グループ(GL :田沼繁夫) ・X線回折グループ(GL:田沼繁夫) さらに、平成16年12月1日に、並木地区の分析業 務を統合し、以下の3グループに再編成した。 ステーション長田沼繁夫 ・分析基盤グループ(GL :田沼繁夫) ・金属系分析グループ(GL:伊藤真二) ・セラミックス分析グループ(GL:和田壽璋) 各グループの活動領域は以下である。 1)分析基盤グループ 材料評価・開発に重要なバルク、表面・界面、微 小領域における化学分析情報を提供するとともに、 その基盤となる分析・計測法の改良・開発および標 準化を行なっている。 2)金属系分析グループ 金属系材料に関するバルク、表面・界面、微小領 域分析の支援を行なっている。 3)セラミックス分析グループ 主にセラミックスの分析に対する化学分析および 物理分析の技術支援を行っている。 すべてのグループで濃淡はあるが支援分析とその 基礎となる研究の両方を行っている。千現地区の分 析基盤グループと金属系分析グループは支援分析を 効率的に行うために、化学分析系と物理分析系に分 かれて支援分析を行っている。 4.支援分析 ここでは千現地区の化学分析系および物理分析系 で行った支援分析の概要について述べる。セラミッ クス系が行ったものについてはグループ別のセクシ ョンで述べる。 4.1化学分析支援 物質・材料研究機構の発足当初は旧金属材料技術 研究所時代からの構造用材料や各種機能材料に関す る製造プロセス等の開発研究が多く、その対応に従 事した。その後、「中期計画」に関連した研究が多 くなるに伴い、製造プロセス開発に関連する分析依 頼は減少傾向にあった。他方、新たな機能性材料や 物質の分析依頼が増加傾向を示した。この様に機構 内の研究の変遷に伴い、化学分析に対する要請もま すます多岐にわたり、より正確な成分分析や迅速性 が要求された。以下に代表的な事例を示す。 1)金属元素分析 各種の構造用材料や機能性材料及び物質等の構成 成分から微量不純物の分析を行った。これらの元素 分析は主に湿式化学分析法を主体とした誘導結合プ ラズマ(ICP)発光分析法、原子吸光分析法、ICP質 量分析法及び吸光光度法で行った。鉄鋼分析では長 時間組織安定化フェライト系耐熱鋼(9Cr鋼)関連 やマルテンサイト鋼の分析。更に、高純度鉄中の ppmオーダーの微量ほう素について酸可溶性・酸不 溶性の形態別分析を行った。試料を塩酸と硝酸で分 解後し、硫酸及びリン酸を加え、加熱して硫酸の白 煙を発生させる。メタノールを加え、ほう素をほう 酸メチルとして蒸留し、直ちにICP質量分析法で定 量する迅速法で行った。生体材料関係ではチタン合 金やNiフリー高窒素鋼等の分析を行った。チタンは 生体との親和性が良く、歯科や人工関節等への応用 を目的に疑似体液中でのフレッテング試験が行わ れ、その体液中に溶出した金属量を測定した。また、 NiフリーステンレスやNiフリー Co-Cr合金の製造プロ セスに関連した分析を行った。特に、酸難溶性の 各種単結晶やCe-O,Mg-O,Sr-Ti-O基板等の不純物分析 にはテフロン製密閉容器を用いたマイクロウェーブ 加圧酸分解法によって酸溶液で分解し、ICP質量分 析法またはICP発光分析法によって分析した。尚、 本法は難酸溶性のニッケル基耐熱合金、イリジウム 合金(Ir-Nb-Zr, Ir-Nb-Pt-Al, Ir-Nb-Ni-Al)やタングス テン合金(W-Re-HfC)等の酸難溶性試料の分解に も適用した。さらに、微少量分析法ではmgオーダ ーの薄膜試料の高精度分析を行った。試料と少量の 酸溶液を密閉容器に入れマイクロウェーブ加圧酸分 解法で分解、冷却する方法で試料と検量線作成用溶 液の酸濃度を厳密にしてICP発光分析法(又はICP 質量分析法)で行った。また、単結晶分析ではタン グステン、モリブデン単結晶やエネルギー変換誘電 単結晶材料(Ba-Al-B-O, Ba-Ga-B-O)等の分析を行 った。 他方、固体試料分析法では酸に超難溶性なYSZ (イットリア安定化ジルコニア)試料中の微量不純 物元素分析において非電導性試料を高純度金属ガリ ウム(Ga)中に埋め込み、グロー放電質量分析法 を適用し、ジルコニウムを主マトリックスとした相 対感度係数(RSF)を用いる補正により数十元素の 不純物元素を分析した。また、薄膜分析ではファン ダメンタル・パラメータ(FP)補正法を用いた新 ソフトウェア/蛍光X線分析法によりニッケル基耐 熱合金基板上にコーティングしたイリジウム合金の 成分分析等を行った。更に、蛍光X線分析法では難 酸溶性イリジウム合金等についてファンダメンタ ル・パラメ ータ補正法を用いて組成分析を行った。 2 )ガス形成元素分析(水素、炭素、窒素、酸素及 び硫黄分析) 不活性ガス搬送融解法による酸素、窒素分析では 鉄鋼試料を主体に行った。特に、耐候性材料として 高濃度窒素鋼の研究開発が行われ、その製造プロセ スや材料評価に関連した分析を行った。この場合、 現行の標準試料の適用外の濃度で検量線の外挿とな る場合があり、その確認に標準化学物質を用いて確 認して分析した。尚、このような事例は酸素鋼にお ける高濃度酸素にも適用した。また、各種金属材料 の溶射工学等の研究進展に伴い、高濃度から極微量 まで分析濃度が拡大した。また、燃焼―赤外線吸収 法による炭素、硫黄分析では鉄鋼材料及びチタン合 金やニッケル基耐熱合金のppmオーダーの微量硫黄 分析を行った。更に、極微量硫黄分析では還元蒸留 メチレンブルー吸光光度法による湿式分析も併用し た。また、Cr-Mo鋼中の水素分析は不活性ガス融解 ―熱伝導度法により行った。このように製造プロセ スや材料評価に関連した分析を行った。 3 )分析件数 *1ガス形成元素を除く対象元素はすべての元素 *2 H,C,N,O,Sが対象。ガス分析計で測定 *3平成17年10月まで 年度 元素数*1 ガス形成元素*2 14 3,312 755 15 3,460 499 16 2,967 499 17*3 1,035 183 4 . 2物理分析支援 物理分析ではSEM, TEM, XRDおよびEPMAによる 支援業務と分析手法の開発・向上に務めてきた。最 近の微細結晶粒を有する構造材料や各種機能性材料 の開発を支援するために、特に表面分析関係の支援 業務の拡大を図ってきた。新たに導入した装置とし て、2000年にはAESを、2004年には多機能XPSと微 細結晶評価のためのEBSBを、2005年には200万倍で の観察が可能なインレンズSEMがあり、機構内の研 究者に高精度な分析技術を提供している。以下に代 表的な事例を示す。 1)SEM-EDS SEM-EDSは材料組織観察と組成分析装置として日 常最も多くの研究者に利用されている装置である。 しかし、エネルギー分解能がWDS (波長分散型分光 器)よりも低いため、Ni基超耐熱合金などのように 多くの遷移金属が含まれる材料の組成分析は困難で あると言われてきた。標準試料のスペクトルを詳細 に観察し、分析条件を最適値に設定することで、迅 速な定量分析が可能なことを示し日常分析に取り入 れている。 2) EPMA、FE-EPMA EPMA面分析データの解析に散布図分析を応用し た高精度な材料組織評価法を開発し、従来はTEM等 で評価していたステンレス鋼のラーベス相や微量な 粒界偏析などを高分解能で観察することに成功して いる。この手法は、Bi系やMgB2超伝導材料の微細 組織から広域における材料組織の評価に用いられ、 材料開発の重要な指針となっている。 3) XRD 新材料の開発では開発した材料の物性(硬さ、ヤ ング率、延性、格子常数、融点など)を正確に評価 する必要がある。なかでも延性の評価には試験片の 加工に多大な時間を必要としていた。通常、格子常 数を精密に測定するためのX線回折用粉末に残留す るひずみ量と材料の延性に正の相関があることを見 いだした。この手法を応用することで材料の延性を 迅速に評価することが可能になり、L12型(AlX)3Ti 高温材料の延性評価に応用し新材料開発の迅速化に 貢献した。 4) TEM TEMによる電子線回折からマルテンサイト変態の 機構を明らかにし、安価なFe基のマルテンサイト材 料の開発に多大な貢献をしてきた。 5)分析件数 主な装置の依頼分析および装置使用指導件数を以 下に示す。 平成14年度 ・依頼分析 :オージェ電子分光(AES) 44件 :電子線マイクロプローブ(EPMA)111件 :透過電子顕微鏡(TEM) 79件 :走査電子顕微鏡(SEM) 86件 ・装置使用支援および指導 :X線回折 使用時間4,996時間、使用者数1,384人 平成15年度 ・依頼分析 :オージェ電子分光(AES) 54件 :電子線マイクロプローブ(EPMA)105件 :透過電子顕微鏡(TEM) 63件 :走査電子顕微鏡(SEM)186件 ・装置使用支援および指導 :X線回折 使用時間9,110時間(2200件) 平成16年度 ・依頼分析 :オージェ電子分光(AES) 43件 :電子線マイクロプローブ(EPMA) 57件 :透過電子顕微鏡(TEM)1件 :走査電子顕微鏡(SEM) 9件 ・装置使用支援および指導 :X線回折 使用時間10,931時間(2,185件) :オージェ電子分光(AES) 5件 :走査電子顕微鏡(SEM) 257件 :透過電子顕微鏡(TEM)148件 :収束イオンビーム(FIB) 26件 平成17年度(10月31日まで) ・依頼分析 :オージェ電子分光(AES)12件 :電子線マイクロプローブ(EPMA) 31件 :走査電子顕微鏡(SEM) 7件 :X線光電子分光法(XPS) 5件 :収束イオンビーム(FIB)18件 ・装置使用支援および指導 :X線回折使用時間3,970時間(1,139件) :走査電子顕微鏡(SEM) 247件 :収束イオンビーム(FIB)17件 5 .研究の概要 ステーションで行った研究のテーマ、および実施 した研究項目を以下に示す。 5.1研究テーマとその概要 5.1.1萌芽研究 1)物質・材料の分析・解析技術の高度化に関する 研究(平成14年度) 概要:物質・材料の分析技術の高度化を計るため、 機器分析法における各種ノイズの低減化を図り、高 感度な高精度分析・解析技法を確立する。また、化 学分析においては各種の効率的な分離濃縮法の機器 分析法への併用を検討し、スキルフリー化の開発を 行い、既存の材料及び新物質・新材料の元素分析に おける適用範囲の拡大と分析値の正確さの向上を図 る。なお、確立した分析法は他の機器分析法により 評価し、分析法の信頼性の確認をする。 研究項目 ・固体試料直接分析法の高度化 ・多機能分析法の開発 2)異種材料の接合界面の構造解析に関する研究 (平成14年度) 概要:電子顕微鏡は微細組織のナノメートルオーダ ーでの構造解析と成分分析が同時にできる数少ない 計測手段であるが、試料作製が困難なためその適用 範囲が著しく限られている。また特に接合材料や複 合材料などの異種材料を組み合わせた材料には解析 のための試料作製が不可能なものが多く存在する。 このため不正確な分析データしか得られていない材 料の微細構造解析手段の確立を目指す、具体的には 透過電子顕微鏡(TEM)においては薄膜界面構造の 3次元解析を可能にする方法として斜め研磨法の TEM試料作製への応用、また走査電子顕微鏡(SEM) においては表面に付着したサブミクロンオーダーの 介在物を分離解析することを目的として斜出射 EPMA法の開発を行った。 研究項目: ・斜め研磨法を適用した鉛フリーはんだの接合界面 の解析 ・斜出射EPMA法によるステンレス鋼中の介在物の 分析 ・高分解能電子顕微鏡によるTi-Ni-Cu形状記憶合金 薄膜の微細析出物の解析 3)表面定量分析における物理パラメータの高精度 化に関する研究(平成14年度) 概要:表面電子分光法による材料表面の評価は非常 に重要であるが、現状ではSI (国際単位系)にトレ ーサブルな表面分析法は確立されておらず、半定量 的な議論にとどまっている。この主要な原因は表面 定量分析に用いる各種物理パラメータの不備やその 不正確さにある。そこで、定量分析において重要な 電子の非弾性平均自由行程(IMFP)や表面励起に 関する物理量の広いエネルギー範囲にわたるデータ ベース化をはかる。さらに、オージェピーク強度の 絶対測定を行い、SIトレーサブルな表面分析法の可 能性を探る。 研究項目 ・固体中における電子のIMFPの実験的な決定 ・表面電子分光における表面電子励起効果の実験的 な解明 ・ FE電子銃を搭載した波長分散型EPMAの開発 4 )多機能分析法による物質・材料の高感度分析・ 評価技術の高度化に関する研究(平成15年度~17 年度) 概要:物質・材料の分析技術の高度化を計るため、 機器分析法における各種ノイズの低減化を図り、高 感度な高精度分析・解析技法を確立する。また、化 学分析においては各種の効率的な分離濃縮法の機器 分析法への併用を検討し、スキルフリー化の開発を 行い、既存の材料及び新物質・新材料の元素分析に おける適用範囲の拡大と分析値の正確さの向上を図 る。なお、確立した分析法は他の機器分析法により 評価し、分析法の信頼性の確認をする。 研究項目: ・多機能分析法の高精度化に関する研究 ・誘導結合プラズマ質量分析法による高純度鉄中の 微量高融点金属元素の定量 ・ EDTAをマスキング剤とするイオン交換分離法に よる銅中の微量元素定量 ・ ICP発光分光分析法による鉄鋼中不純物元素定量 のためのマスキング剤を用いたイオン交換分離 ・固相抽出/誘導結合プラズマ質量分析法による高 純度アルミニウム中の微量元素の定量 ・化学結合型シリカゲルを固相抽出/剤に用いた固 相抽出/ICP-MSによる高純度鉄、モリブデン中の 微量元素の定量 ・誘導結合プラズマ質量分析法による基準分析法の 開発に関する研究 ・金属-1,10-フェナントロリンキレートの弱酸性領 域での均一液液抽出法 ・固相抽出分離・分離技術の高度化に関する研究 5 )固体試料直接分析法の迅速・高精度化に関する 研究(平成15年度~17年度) 研究の概要:物質・材料の分析技術の高度化を計る ため、機器分析法における各種ノイズの低減化を図 り、高感度な高精度分析・解析技法を確立する。な お、確立した分析法は他の機器分析法により評価し、 分析法の信頼性の確認をする。 6)低エネルギー粒子線を用いた表面定量解析法の 高精度化(平成15年度~17年度) 概要:各種材料・物質の機能や性質はその表面の組 成・構造によって大きく左右されることが知られて いる。したがって、固体材料の表面分析は材料開発 に非常に重要であるが、その定量的な解析の正確 さ・精度は依然として不十分である。そこで、低エ ネルギー電子を用いた分光法により、表面近傍の正 確な定量的解析法を開発する。同時に表面近傍の分 析では重要な表面清浄化方法についても検討する。 さらに、SIトレーサブルな分析や標準化等に必要不 可欠な基礎データとなる固体と電子の相互作用を記 述する各種物理定数のデータベースの充実をはか る。 研究項目: ・ FE-EPMAにおける微細組織評価のための最適分 析条件 ・急冷リボンCo-Ni-Ga合金薄膜の内部構造の高分解 能電顕による解析 ・銅合金中のサブミクロン析出物の斜出射EPMA分 析 ・ AESによるSiO2/Si試料表面の電子線照射損傷の定 量的評価 ・弾性散乱分光法による13元素固体中の50-5000eV における電子の非弾性平均自由行程の測定 ・100eVから30keVにおける10種類の固体元素にお ける電子阻止能の計算 ・電子線マイクロアナライザによる混合微細組織評 価方法の開発 ・超急冷凝固TiNiCu合金リボンの内部構造の電顕観 察 ・斜出射EPMA法に於ける分析X線の吸収体のFIB法 による除去 5.1.2科学技術振興調整費、NEDOなど 1)TiAl金属間化合物の水素環境脆化とミクロ組織 因子の関係の解明(平成14年度) 概要:TiAl基金属間化合物は自動車用、航空宇宙用 エンジン部材への適用がなされつつある。本金属間 化合物がこうした苛酷なガス環境に曝されることに よってどの様な影響を受けるか、特に将来の航空宇 宙用推進システムとして水素エンジンが想定される から水素ガス環境中に曝される材料がどの様な損傷 を受けるかを知り、その抑制をはかる必要がある。 これは同時に本化合物の問題点の一つである大気環 境脆化低減に寄与する。そこで本研究では、室温か ら高温までの広い温度範囲で水素ガス環境に曝され るTiAl基金属間化合物において、水素侵入による変 形破壊特性の劣化に及ぼすミクロ組織の効果を明ら かにして、水素環境脆化軽減の指針を示す。 2)還元に及ぼす第3分添加効果のナノ機構(平成 14年度) 概要:高炉製鉄法は鉱石から鉄を作るもっとも合理 的な手段として広く用いられているが、同時に鉄鉱 石の還元剤として石炭を使用することから大量の炭 酸ガスを発生する。地球温暖化の問題が深刻化する 中でこの炭酸ガス排出を極力抑える方法として、高 炉の小型化、反応の低温化が提案されている。しか し、鉄に至るまでの還元反応はナノスケールでは解 明されていないため直接原子分子オーダーでの反応 をコントロールする手がかりを求めることを目的と して本研究を遂行している。 3) L線を用いた定量分析技術開発(平成17年度 ~) 概要:10keV以下の低エネルギー領域では低速電子 と固体との相互作用が解明されていないため、定量 分析を行うことができない。本項目では、以下の研 究開発項目により、数多くの物質の光学的エネルギ ー損失関数から求めた阻止能、非弾性散乱断面積の データベース化を行い、これを基にした低速電子線 励起超低エネルギーX線分析シミュレータを開発 し、低ネルギーL線を用いた定量分析法を開発する。 5.1.3 プロジェクト関連研究: 表面化学分析(VAMAS:材料評価の国際標準化) 概要:電子線照射による試料損傷の標準試料および 正確な評価法の開発を開発する。 6.標準化活動 分析技術の標準化は当ステーションの最大のミッ ションである。ステーションにおける機構内標準化 の現状およびVAMS、ISO、JIS等の標準化活動の概 要を以下に示す。 6 .1 VAMAS 国際プロジェクトA7, A9を当ステーションメンバ ーが提案し、共同研究活動を行った。また、参画し た国際共同研究項目は3)に示す。 1)プロジェクトA7 :オージェ分析時に生成する 電子ビーム照射試料損傷の評価法の開発 概要:近年、半導体薄膜などの高集積化が進むにつ れて、極微小領域の表面組成や構造をいかに把握す るかが重要な課題となっている。これに伴い、分析 領域へのプローブの集中にともなう試料損傷が大き な問題となっている。そこで、電子線やX線の照射 により生じる還元反応や成分元素の脱離反応などの 試料表面の変質現象を定量的に評価する方法の確立 を目指すと同時に、これらの変質現象を回避する方 法を提唱することを試みる。これらの成果は広範囲 の材料評価に適用可能であり、表面分析の国際標準 化に大きく寄与するものである。 2)プロジェクトA9: XPSスペクトルの自動ピー ク検出方法の評価 概要:ISOTC201(表面化学分析)で提案されてい るピーク自動検出法のアルゴリズムおよび関連した ソフトウェアの有効性の評価を行う。同時に、XPS 分析において日常的に使われているソフトウェアの 有効性についても評価を行う。 3)他国提案(共同研究として参画): このほか以下の4件のプロジェクトに参画し、共 同実験を行った。 ・ Project 13 : Tests of Algorithms for Data Processing in AES - Factor Analysis ・ Project 14d : Tests of Algorithms for Angle-Resolved XPS ・ Project A6 : Evaluation of Uncertainties in XPS Peak Intensities Associated with Different Techniques and Procedures for Background Subtraction ・ Project A8 : New Procedure for the Determination of Lateral Resolution of Instruments for Surface Analysis in the Nanometer Range 6. 2 ISO 表面化学分析TC201関連の技術委員会の主査、専 門家として活動を行い、13件の国際規格制定に寄与 した。 ・オージェ電子分光法関連 3件 ・ X線光電子分光法関連 6件 ・データ処理 3件 ・用語 1件 6. 3 JIS日本工業規格 表面化学分析に関して技術専門員等として活動を行 い、3件のJIS規格制定に寄与した。 ・ X線光電子分光法関連 1件 ・深さ方向分析関連 1件 ・用語 1件 6. 4 NIMS内における分析技術の標準化 ステーションが保有する化学分析技術を発展・標 準化するために「物質及び材料―化学分析方法 NIMS-MAS標準法」の制定を行った。 概要:旧金属材料技術研究所時代から、金属材料を 主体とした物質・材料の研究開発の進展に伴い、分 析・解析技術に対する要求は極限的材質の追求等に より、ますます多岐にわたり、あらゆる意味で厳密 さを増している。それらの物質・材料の製造プロセ スの開発や製造された物質・材料の組成評価には、 より正確な成分分析及び迅速化が要求されている。 新しく開発される物質・材料は所定の試料サイズに とらわれない、あらゆる形状であり、高純度であっ たり、多成分系で複雑に構成されたりする場合があ る。これらの試料の化学分析は従来法の適用が困難 な場合が多い。それらの問題解決のために、あらた な化学分析法の開発や従来法を改良することにより 対応してきた。これら多くの化学分析法を物質・材 料機構内標準法「物質及び材料―化学分析方法 NIMS-MAS」として制定することにより機構内外で 広く活用し、分析技術の学術的基盤の強化に資する 目的で編集した。 現在までに以下の合計80方法が制定されている。 ・原子吸光分析法 MAS-1001~1020 ・ICP 発光分析法 MAS-2001~2010 ・ICP質量分析法MAS-3001~3007 ・吸光光度法 MAS-4001~4007 ・蛍光X線分析法 MAS-5001~5010 ・グロー放電質量分析法 MAS-6001~6013 ・ガス形成元素分析法 MAS-7001~7013 7.論文数 分析ステーション職員が著者となった発表件数の 推移を表1に示す。 表1.分析ステーションの発表件数。 平成17年度は10月31日まで 14年度 15年度 16年度 17年度 論文,プロシー ディングス 67 79 49 43 解説・総説 5 10 8 2 口頭・ポスター 98 97 116 74 8.共同研究および技術交流 分析技術を発展させるために共同研究および講演 会(分析技術交流会)を行った。 ・共同研究(機構外)6件 ・分析技術交流会 25回(33件) 9.おわりに 最初に述べたように、機構内における物質・材料 研究におけるキャラクタリゼーションに必要不可欠 な分析情報を提供するとともに、材料分析法・評価 法の開発や標準化を積極的に行い、機構外(国内外) に対しても分析技術情報を幅広く提供することを分 析ステーションは目的としている。 当初は材料のキャラクタリゼーションに必要な分 析情報として、 ・物質・材料を構成する主成分元素その種類と組 成、およびその3次元的な分布 ・共存する微量・超微量成分の定性・定量分析、お よびその存在状態と分布 ・表面・界面における原子や分子の状態(元素分布、 化学状態、電子状態など) を提供することを意図した。FE-EPMA,超軟X線分光 装置やHe-GDMS等の新規装置開発や分析法の開発・ 改良(多機能分析法による物質・材料の高感度分析、 評価技術の高度化に関する研究等)で完全ではない が目的を果たしたと考える。しかし、物質・材料開 発の高度化に伴い、さらなる分析法の高感度化、高 精度化、高速化が必要である。さらに高位標準物質 作製・評価およびその普及に関連して分析値の信頼 性やSIトレーサビリティーがますます重要になると 予想される。その意味では未だ不十分であり、知的 基盤としての化学分析法・計測法に関する継続的な 研究や標準化が必要である。 分析基盤グループの活動をふりかえって 五十嵐淑郎、井出邦和、小川一行、河合潤、木村隆、佐藤正秀、鈴木昇、鈴木峰晴、田沼繁夫、永富隆清、橋本哲、橋本健紀、 長谷川信一、福島整、元山宗之、山口仁志 1.沿革と活動概要 分析基盤グループは、それまで分析ステーション の中で化学分析・物理分析・微小領域分析・表面分 析等に細分化されていた組織を再編成し、2005年度 に設置されたグループである。ステーションの二大 ミッションは研究と支援(依頼分析)であるが、業 務において研究の比重の高い常勤職員メンバー 7名 を統合してグループとした。リーダーは、田沼繁夫 ステーション長が兼務している。分析基盤技術の研 究がカバーする領域は幅広く、外部の多くの方々に よる直接・間接的な協力無しに研究業務を遂行する ことは困難である。そのため、特に直接ご協力頂き たい方々9名に客員をお願いし、さら外来研究員2 名を加えた総勢18名の体制で活動を行ってきた。 主な研究領域は、表面・微小領域分析を主眼とし た新規装置開発研究と標準化を意識した分析技術の 研究、および湿式化学分析手法を中心とした分析要 素技術の研究の2つに分けられる。前者は、主に大 型設備の開発もしくは利用研究が多い。あわせて、 そのもたらす結果の実用性の基盤をなす様々な物理 パラメータの高度化および標準化、データ処理法の 研究も重要な位置を占めており、実質的に我が国の みならず国際的に指導的な立場にある。後者は、す でに技術者の払底が強く危惧されている湿式化学分 析に対して、特に分析の基礎である試料前処理技術 を中心とした新規技術の研究を進めてきた。あわせ て、金属材料技術研究所時代からの研究成果をも継 承発展させ、もっとも重要な基盤技術である湿式分 析技術の我が国の拠点としての役割を果たしてき た。 2.高機能新規汎用分析装置の開発研究 2.1FE-WD-EPMAの開発と実用化 従来型の波長分散型電子線マイクロアナライザ (WD-EPMA)の空間分解能は数μm以上であり、最 近の新材料開発で要求されるサブミクロン領域の分 析は不可能である。このニーズに応えるには、電子 ビーム径を小さくする、信号の発生領域を浅くする などの技術が必要である。すなわち、ビーム径を絞 ったり加速電圧を下げた場合でもビーム電流密度の 低下が無い電界放射(FE)型電子銃の利用が鍵と なる。しかし、FE銃の確実な動作には超高真空環 境が必要であることなどから、その搭載はそれまで 非現実的であり不可能と言われてきた。これに対し て、FE銃(~10-8Pa)と分析室(10-2Pa~10-4Pa) の 間に中間室による差動排気システムを挿入すること で、FE銃の効果的な動作を保証することに成功し た。さらに、FE銃にショットキータイプを採用す ることで、EPMA分析に必要な電流値と安定度を得 ることができた。こうした様々な工夫と挑戦により、 低加速電圧で十分な輝度をもつ励起ビームを有した EPMAの実用化に世界で初めて成功した。この装置 は、従来の装置に比べて空間分解能が約1/3以下、 分析時間は約1/4以下であり、2002年に発表された この装置の高い汎用能力はすぐに産業界の認めると ころとなった。現在、市販モデルが、広く普及しつ っある。 この装置と散布図分析との組み合わせはたいへん 強力な材料解析の手法となっており、定説を覆す分 析結果も得られるまでになった。たとえば、重要な ステンレス材料の一つであるSUS316Lの粒界観察か ら、アニールにより粒界にCrMo炭化物やMoSiが析 出しているばかりでなく、たかだか650℃100時間の アニールでもCrやMoの欠乏した粒界が存在するこ とを初めて明確に示した(図1)。これは、高温下 で強度を保てる材料としてのSUS316Lに対する重要 な知見であり、本装置の威力を示す好例である。 2. 2汎用超軟X線分光分析装置の実現 分析機器の高度化に伴い、表面あるいは表面近傍 の様々な元素の定性・定量のみならず化学状態の解 析が確実に行えるようになってきた。しかし、Li, Beに代表される超軽元素や、Al, Siの様な基盤とな る重要な元素の化学結合の直接測定に対しては、非 破壊かつ汎用的に用いることができる装置系が存在 しなかった。これらの情報は、軟X線でもきわめて 波長の長い100eV以下の超軟X線領域でしか観測す ることができないため、この領域の高分解能分光が 可能な複合汎用分析装置の開発を行うことになり、 2003年度に着手した。この領域の特性X線の励起は 電子線励起でなければならないが、汎用的に用いる ためには低加速高輝度な電子線が必要である。また、 電子線を用いた装置であるから、空間分解能もでき るだけ高くすることが望ましい。 これらの要求を満たすのは電界放射(FE)型電 図1650℃- 100hr熱処理材のEPMA分析結果 子銃による電子ビームであるが、すでにFE-WD- EPMAの開発に成功した成果をふまえ、最低加速電 圧を200Vとして連続的に加速電圧を制御できる電 子銃を用いた。これにより、X線の発生深さを調整 することが可能となるため、表面近傍領域の非破壊 3次元分析に途を拓くことも期待できる。また、通 常のX線領域に比べて信号強度がきわめて弱いこと から、分光系と試料の間にマルチキャピラリを集光 系として導入し3桁程度の集光を行った。分光系は、 不等間隔回折格子と分散面に設置した2次元CCD検 出器から構成され、スリットや回折格子の駆動系等 の可動部分は一切無い。これらより、望みうる最大 限の透過効率を有する高分解能分光系を完成するこ とができた。これらの工夫が、汎用装置では分析の 不可能であったLiの特性X線をはじめとして30~ 120eV領域の様々なスペクトルを確実にとらえるこ とができる、世界初の実用分析装置を完成すること につながったと言える。 図2に、Li特性X線の例や、金属Al,金属Mgの価 電子帯から直接発生するスペクトルの例を示す。す でにその特異的な性能を応用すべく、様々なSi系物 質の価電子帯解析などの共同研究も展開されつつあ る。また、この装置は走査型オージェ電子分光装置、 あるいはX線光電子分光装置としても用いることが 可能な複合装置であるため、材料解析のみならず分 光分析や原子構造論等の基礎研究にも大きく寄与す ることが期待できる。 3 .高感度分析・評価技術の高度化に関する研究 物質・材料の分析技術の高度化を計るため、分析 機器を高度化しなければならないことは言うまでも ない。特に定量分析を行う場合、湿式化学分析によ る結果が無ければ装置を用いても定量数値を得るこ とは不可能である。また、特に超微量定量分析を行 う場合、湿式化学分析技術を用いた分離・抽出等の 前処理が不可欠である。さらに、スキルフリー化を も視野に入れることで、既存の材料及び新物質・新 材料に対する定量分析における適用範囲の拡大と分 析値の正確さの向上を図ることができる。これらを ミッションの目標とし、様々な分析技術あるいは前 処理技術を確立してきた。以下に、その代表的な例 を示す。 a.モリブデン青吸光光度法による炭酸セリウム中 の形態別ケイ素定量法 炭酸セリウムをシリコン基板等の半導体材料の研 磨剤として用いる場合、不純物粒子を含まないこと が重要となってくる。不純物粒子は主としてケイ素 からなり、酸可溶性、二酸化ケイ素及び炭化ケイ素 の状態で存在することから状態別の分離定量法を確 立した。酸可溶性ケイ素は、希硝酸を加えて温浴中 に浸し分解しメンブレンフィルターにて濾過後モリ ブデン青吸光光度法にて定量する。メンブレンフィ ルターで分離された酸不溶性である二酸化ケイ素及 び炭化ケイ素は、フィルターごと白金るつぼに入れ 図2 超軟X線スペクトルの例 上:様々なLi化合物のLKα 下:金属Alおよび金属MgのL2,3スペクトル て灰化、炭酸ナトリウムで溶融後、硝酸で溶解して モリブデン青吸光光度法にて定量する。また、メン ブレンフィルター捕集時にフッ化水素酸処理を行う ことで炭化ケイ素の分別定量が可能である。添加回 収実験では、いずれも良好な回収率が得られた。 b.固相抽出分離/ICP-MSによる高純度タングステ ン中微量元素の定量 タングステンの高純度化に伴い、含まれる微量不 純物元素の分析法の確立が強く望まれている。ICP- MSをこの分析に用いる場合、試料溶液を直接用い た場合、マトリックス干渉等の悪影響が避けられな い。そのため、化学結合型シリカゲルを固相抽出剤 に用いる固相抽出法の適用を検討した。その結果、 固相抽出剤としてベンゼンスルホニルプロピルを官 能基に持つ陽イオン交換型化学結合型シリカゲルを 用い抽出操作を工夫することで、Mg, Al, Cr, Mn, Ni, Cu, Fe, Ga, Cd, In, PbおよびBiに対する、きわめて迅 速かつ簡便な方法を確立した。 c.誘導結合プラズマ質量分析法による基準分析法 の開発に関する研究 標準物質の組成評価に必要な分析法として、誘導 結合プラズマ質量分析(ICP-MS)法や同位体希釈質 量分析(ID-MS)法がトレーサブルな基準分析法と して用いられるようになってきた。基準となりうる 水準での正確な定量の実現には、試料前処理がもっ とも重要である。グループでは、微量高融点金属元 素の分析に焦点を絞り、鉄マトリックス錯体分離法 を応用・改良し、微量元素定量プロセスを確立した。 金属系分析グループの活動を顧みて 伊藤真二、粟根徹、太田悟志、小黒信高、貝瀬正次、小林剛、浜野勲、山田圭、 活動の概要 金属系分析グループでは物質・材料の分析支援の 高度化のために、分析機器の開発・改良並びに各種 分析法の開発・改良を行なっている。化学分析関係 では完全依頼分析を行なうとともに、機器の保守・ 管理を行なっている。また、物理分析関係では装置 使用者へのトレーニングや機器の保守・管理、また 共同実験に参画している。固体試料直接分析法であ るグロー放電質量分析法(GD-MS)では分析信号で あるイオン強度比(IBR)を材料中の元素濃度に変 換するために相対感度係数(RSF)が不可欠である。 このRSFの正確さが定量分析結果に反映されるの で、鉄鋼をはじめとして、ニッケル基合金、チタン 合金、銅合金、ジルコニウム合金など様々なマトリ ックスについて、正確な実験的RSFを求めてきた。 鉄鋼については日本鉄鋼連盟などで製作している認 証物質の入手が容易であるが、チタン合金、ニッケ ル基合金など、新たに開発される合金系では標準試 料の入手が困難である。そこで、ニッケル基合金で は母合金を用いるアルゴンアーク溶解炉で、チタン 合金ではプラズマ電子ビーム溶解炉で、銀合金では 実験室で簡便に作製できる高周波溶解法により、自 家製標準試料を作製し、分析精度の向上に資した。 また、エレクトロニクス分野で利用されているイッ トリウム安定化ジルコニア(YSZ)などの非導電性 試料分析、あるいは同位体濃縮した粉体ホウ素の同 位体比分析などに最適な試料調整法として、高純度 ガリウム埋め込み法を適用し、安定な分析条件を確 立した。更に高効率イオン化法を目指し、放電ガス としてヘリウムが使用できる、マルチガス/グロー 放電質量分析システムを開発した。また、微小領域 の分析法の要素技術としてレーザーアブレーション 法の基礎的検討を行い、誘導結合プラズマ質量分析 法(ICP-MS)への試料導入システムの検討を行なっ た。電気加熱気化導入(ETV)/ICP-MSにより、黒 鉛炉原子吸光法(GF-AAS)の加熱条件の最適化を 確認した。物理分析関係ではバックグラウンド信号 を極力抑えた、高感度な斜出射/走査型電子顕微鏡 を開発し、材料腐食面上のサブミクロンサイズの介 在物・析出物の分析に世界で初めて応用した。これ らの基本性能および分析事例について述べる。 ①グロー放電質量分析法(GD-MS) 表1He/GD-MSおよび化学分析法による分析結果の比較 * N=5、**不活性ガス搬送融解/赤外線吸収法 元素 定量値,w (質量ppm) He/GD-MS* 化学分析値** 2.70 ±0.09 2.3, 2.9 2.73 ±0.22 2.7, 2.4 ○ 2.77 ±0.12 2.6, 2.6 2.49 ±0.20 2.5, 2.5 平均値: 平均値: 2.672 ±0.108 2.56 ±0.18 精錬プロセスの進歩により、C,N,Oなどガス形成 元素を含む不純物元素の低減化が進められている が、酸素分析に関して、従来の炭素還元による抽出 を原理とする不活性ガス搬送融解-赤外線吸収法で はシングルppm以下の分析は困難である。また、Ar を放電ガスとするGD-MSでは、C、N、Oなどは第1 イオン化電圧(Ipl)が高いので、他の元素と比較 して励起効率が悪く、定量分析で用いるRSFは、例 えばFeマトリックスでは~数10と報告されている。 そこで、安定なグロー放電を維持できるように放電 ガス導入システムおよび真空排気系を設計・試作し た、新しいHeグロー放電質量分析装置を開発し、ガ ス形成元素の高効率イオン化を検討した。その結果、 5時間程度安定した放電を持続し、かつマトリック スイオン電流値もArグロー放電に匹敵する、7~8× 10-10A (ピーク高さ値)が得られた。表1に微量酸素 分析用鉄試料のHe/GD-MS定量値および化学分析値 を示した。GD-MS定量値 は5回繰り返し測定(日 内変動)を、日を替えて 4回(日間変動)行なっ た。日内、日間変動はそ れぞれRSD (%)で表し て、約10%以内と良好な 分析精度であった。また、 それぞれの平均値は認証 値及び化学分析値とよく 図1ガリウム埋め込み用 モールドと放電後の試料 一致した。 また、非導電性試料の試料調整法として、図1に ガリウム埋め込み用PTFEモールドと放電後のYSZ 試料の写真を示した。この方法により作製した3試 料の放電面に存在するYSZおよびGaの面積はそれぞ れ異なる値であるが、マトリックスであるZrに対す るYおよびHfのIBRは相対的な誤差2%で、3個とも 一致した値であり、それぞれの変動もRSDで2%程 度であった。また、微量不純物であるTiやCeなど各 元素の相対誤差およびそれぞれの変動も10%以内で あり、良好な測定条件を確立した。 また、銅合金分析における試料調整法とIBRの関 図2 FeのIBRに及ぼす試料前処理法と放電時間の関係 係の一例としてFeの結果を図2に示した。硝酸によ るエッチングおよび鏡面研磨では放電開始後20分以 内で表面汚染が除去されるが、簡便な調整法である アランダム研磨布による乾式ベルト研磨では60分以 上を必要とすることが分かった。 ②誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)および 黒鉛炉原子吸光法(GF-AAS) 鉄鋼に含有する6種類のトランプエレメント(As、 Bi、Pb、Sb、SnおよびZn)について、試料溶液直 接法の利点を生かし、より高感度な定量法の確立を 図った。感度の向上は目的元素の灰化時の損失や原 子化時に難蒸発性物質を形成し残留する、メモリー 効果の低減および原子化効率の改善により達成でき 図3 As, SbおよびSnの信号プロファイル るものと考え、これらの問題解決の一手段として原 子吸光法で使用したものと同型の黒鉛炉を用いた ETV/ICP-MSにより、各分析元素の加熱過程の蒸発 状態を観測した。その結果の一例として、図3にAs、 SbおよびSnの場合を示す。いずれの元素も原子化ス テップのみでの蒸発が観測され、加熱条件の最適性 を確認した。 表2トランプ元素の定量結果の比較 *検量線試料:JSS微量元素シリーズB、N=10 試料 分析方法 定量値,w (質量ppm) As Sn Sn 本法* TR-B2 平均値 99.7 110.5 104.1 ディスク RSD(%) 0.94 1.21 1.10 GD-MS 102 112 104 TR-B1 チップ ICP-MS 102 107 98 レーザーアブレーション法はレーザー光を固体試 料に照射すると、レーザー光のエネルギーを吸収し て試料の一部は融解し、微粒子を飛散する。発生し た微粒子をICPプラズマ中に搬送・導入してイオン 化し、生成したイオンを質量分離し、そのイオン強 度を測定する分析法である。この分析法については 多くの利点や欠点が指摘されており、表面処理法と イオン強度の関係など基礎的条件について検討し た。更に、実用化を目的に市販鉄鋼標準物質の適用 を検討した結果、表2に示すように、本法と比較分 析法による分析値とによい一致が見られた。 ③斜出射/走査型電子顕微鏡 斜出射EPMA法は電子線により励起されたX線を 検出する際、0°近傍の非常に小さなX線取り出し 角度にすることで、表面近傍からのみ、放出される X線を検出し、測定する方法である。EDS-SEMに斜 出射EPMA法を簡便に導入することができる「試料 のZ軸上の位置調整によるX線取り出し角度調整法 (特許3673825号)」を考案した。そして斜出射 EPMAを材料腐食面上のサブミクロンサイズの介在 物や析出物の分析に世界で初めて応用した。その結 果、従来のEPMA法では除去が困難であったマトリ ックスの成分から発生したX線を除去し、介在物、 析出物の成分から発生するX線のみを高いピーク/バ ックグラウンド(P/B)比で検出することに成功した。 材料中の介在物や 析出物は材料の特性 に大きな影響を及ぼ すため、その成分分 析は極めて重要であ り、要求は非常に多 い。斜出射EPMA法 によって分析した銅 合金中のサブミクロ ンのニッケルシリサ イド析出物の走査型 図4 銅合金腐食面上のニッ ケルシリサイド(長径600nm、 短径400nm) 電子顕微鏡像を図4に示す。析出物を囲むマトリッ クスを含む領域中(図中□)で電子線を走査し、X 線を発生させた。図5に斜出射条件で得られたX線 スペクトルを示す。マトリックスの主成分である銅 図5斜出射条件下で得られたX線スペクトル から発生したX線(Cu-Kα)をほとんど検出せずに ニッケルシリサイドから発生したX線、Si-KαとNi- Kαを検出できていることが見てとれる。この時、 マトリックス内部から発生する連続X線が検出され ないため、バックグラウンドが低下し、P/B比が向 上した。斜出射EPMA法は普及型EDS-SEMを用いる ことができ、個別の介在物や析出物の成分の分析と 同時に形態観察が可能で今後重要性が増すものと期 待される。 セラミックス系分析グループのあゆみ 和田壽璋、倉嶋敬次、小須田幸助、佐藤晃、竹之内智、堤正幸、矢島祥行 1.組織発足の経緯 セラミックス系分析グループのスタッフは、旧無 機材質研究所において事務部門の管理部研究支援室 に所属し、依頼業務、操作指導、装置管理などを通 して技術的に研究活動を支えてきた。平成13年4月 に物質・材料研究機構発足後、平成16年12月に事務 部門では異色業務の元研究支援室スタッフの一部が セラミックス系分析グループとして分析ステーショ ンへ併合された。この間の経緯は次のとおりである。 機構発足時に旧無機材質研究所の研究支援室と旧 金属材料技術研究所の研究支援課が統合し、研究活 動の技術的サポート部門として新たに研究業務部技 術支援課が発足。技術支援課の一グループであった 分析技術支援グループは並木地区において物理分 析・化学分析の技術を駆使し、基礎研究及び基盤的 研究開発等の推進に技術的に貢献してきた。組織と しての技術支援課は平成14年4月から平成16年11月 まで研究業務部長が課長を併任する状況となった。 職制については職種と業務の不一致性を改善する観 点から、平成16年4月に目標・成果評価によるエン ジニア職が創設された。主に研究支援的な業務を行 う人材が希望によりエンジニア職へ移行でき、技術 支援課のスタッフの一部を除きエンジニア職に移行 した。以降、個人が技術的研究支援を前提にした業 務目標をたて、業務にあたることになった。平成16 年12月1日の研究業務部の廃止に伴い、研究業務部 技術支援課は解散解体された。この時点で、元分析 技術支援グループは分析ステーションに併合され、 セラミックス系分析グループとして新たに発足し た。グループ名の通りセラミックス系物質・材料の 物理分析・化学分析の新たな技術的なサポートを行 うこととなった。 セラミックス系分析グループが保有する機器は、 物理分析機器として透過型電子顕微鏡、走査型電子 顕微鏡、電子線マイクロアナライザー(EPMA)、X 線回折装置の共用機器であり、化学分析機器として 機器分析用機器類がある。支援体制として、国立研 究所時代から定員の増加が出来ず、少数で技術的研 究支援を行ってきた。少数でも良質な研究支援を供 給するために、各機器部門等の担当者は専門性を持 ち、各担当分野の技術に特化する体制で臨んできた。 支援対象は主にセラミックス系の研究が多い並木地 区の研究員からの依頼分析、依頼測定及び担当機器 の機器管理・機器操作指導等をしてきた。 2.グループの活動 化学分析部門は、物質研究所、エコマテリアル研 究センター、ICYS、生体材料研究センター、ナノマ テリアル研究センター等からの化学分析依頼試料に 対して二人の担当者が化学分析を行った。化学分析 手法は湿式分析と機器分析による定量分析及び定性 分析である。これらの研究ユニットからの依頼試料 の多くは、難分解性物質及び新規化合物で構成され ているため、常に分析技術の改良が求められる。こ れらの困難な分析業務を遂行するには、旧無機材質 研究所時代から現在に到るまでに手掛けた分析によ る多くのノウハウを生かし、化学的手法で主成分分 析、不純物分析を行った。ここで外注に対する機構 内化学分析のメリットを挙げると、外注先にたいし て相談する時間と費用を考慮しながら交渉する様な 手間がかからないことは重要であり、的確な分析結 果を得るまでの時間のロスと研究者が払う対価は最 小で済む。分析担当者に時間的余裕があれば、研究 者とのより綿密な意見交換が可能であり、研究者の 要望に沿った分析方法を適用できる。また、試料ご とに十分な検討実験を行う事も可能で、正確さ、精 度をより高めることが出来ること等が挙げられる。 少人数での実施のために、萌芽的研究のように研究 活動の方向性を決定づける試験研究では重要な役割 を果たすと思われる。これらは他の支援機器部門に も言えることである。 物理分析部門については、透過型電子顕微鏡、走 査型電子顕微鏡、電子線マイクロアナライザーにた いして装置毎に担当者が就いており、X線回折装置 は二人の担当者が就いている。透過型電子顕微鏡の 担当者は、研究者からの依頼観察及び操作指導、機 器管理を担当しており、依頼観察において、試料観 察点への的確なポジショニング技術と試料観察手法 において評定がある。ここで、機構内の施設予約に 使用している統合ソフトの一週間表示や一日表示の 時間予約は、自由予約の場合は非常に有用であるが、 透過電子顕微鏡は依頼予約であるために装置のスケ ジュールの公開において使用上の不便があった。そ のため、透過型電子顕微鏡の担当者は、インターネ ットホームページで独自に予約カレンダーを立上 げ、月ごとの予約が一目で分かるようにし、透過型 電子顕微鏡関連の調整・故障情報等も関係者に開示 出来るようにした。電子線マイクロアナライザーの 担当者は、薄膜試料を含めた依頼観察を主にし、以 前に使用していた電子線マイクロアナライザーの標 準試料や80mm角の大きな試料までが搭載できる多 形状搭載試料ホルダーの設計作製を新たに手がけた (末尾の章に多形状搭載試料ホルダーの写真を掲 載)。また、走査型電子顕微鏡の担当であった非常 勤職員及び派遣社員等の指導にあたり、それら担当 者によって走査型電子顕微鏡での研究者からの依頼 観察、操作指導及び操作アドバイスをこなせるよう にした。X線回折装置担当の一人は、単結晶X線回 折装置による依頼測定を始め、粉末X線回折装置を 含めた機器操作指導及び機器管理を行っている。他 の一人は主に粉末X線回折装置の機器操作指導及び 機器管理を行い、粉末X線回折装置の試料保持板関 連の改良にも貢献した。どちらの担当者も、X線回 折装置使用者が登録しておけば、自由に使用できる 共通機器の機器管理において、X線回折装置のトラ ブル時には、研究にできるだけ支障のないように迅 速に対応する体制で臨んできた。 3. 5年間のグループの成果(受賞) A.創意工夫功労者賞受賞 平成13年 「電界放射型電子顕微鏡の微細領域分析 手法の確立」 平成15年 「EPMAによる超軽元素の定量測定の改 善」 平成17年 「試料マガジンに関する改良」 文部科学省 B.プラズマエレクトロニクス分科会論文賞 プ ラズマエレクトロニクス賞の受賞 平成16年 「Highly crystalline 5H-polytype of sp3- bonded boron nitride prepared by plasma-packets- assisted pulsed-laser deposition : An ultraviolet light emitter at 224nm」 応用物理学会 C.「物質系応用研究部門」技術功労賞受賞 平成17年 「ナノ物質の分析電子顕微鏡観察技術」 日本顕微鏡学会 4.グループ内で更新した共通機器 平成13年度CCD型単結晶X線回折装置 特徴:X線受光部にCCDを使用し、単結晶からの回 折斑点を一度に取ることができ、解析までの時間が 短縮出来る。 平成15年度粉末X線回折装置 特徴:試料水平型であり、水平に置かれた試料ホル ダーから粉末試料がこぼれ落ちない。 平成15年度 電子線マイクロアナライザー 特徴:電子銃がフィールドエッミションタイプで分 解能が高く、サブミクロンオーダーの試料にたいし て元素の定量分析ができる。 平成17年度粉末X線回折装置 特徴:検出器アームを二つ備えた試料水平型であ り、自動試料交換機と共に迅速測定検出器により、 多くの粉末試料を迅速に測定できる。 5.平成17年度依頼処理件数等 (平成17年4月1日~10月31日) 試料件数 延べ分析元素数 化学分析 314 1824 依頼試料数 操作指導数 透過型電子顕微鏡 31 20 依頼件数 訓練指導件数 走査型電子顕微鏡 4 30 依頼件数 依頼試料数 電子線マイクロ アナライザー 22 56 6.グループの活動成果写真 依頼件数 操作指導件数 単結晶X線回折装置 25 ― 粉末X線回折装置 ― 25 図1 新たに作製した試料ホルダーA 図2 新たに作製した試料ホルダーB 図3 従来のEPMA付属試料ホルダー EPMA付属試料ホルダー(図3)は小さな試料の 保持のみであった。多形状搭載試料ホルダー(図1、 図2)を作製し、測定の試料形状に自由度を持たせ た。 12 超 高 圧 電 子 顕 微 鏡 ス テ ー シ ョ ン 超高圧電子顕微鏡ステーションの1.9年 浅香透、石川信博、大澤朋子、大和田めぐみ、小島直美、木村仁美、木本浩司、熊本麻利子、小林里栄、坂田陽子、下条雅幸、 鷹巣めぐみ、竹口雅樹、田中美代子、田村のり子、溜池あかね、鶴田忠正、豊島聖美、中山佳子、長井拓郎、長谷川明、林香緒 里、古屋一夫、松井良夫、三石和貴、G.Xie (現東北大学2005.9退職)、J.C.Rao,Z.Liu,R.Che,W.Jiuba,W.Lu,W.Zhang 1.超高圧電子顕微鏡ステーション(HVEMS)設 置の目的 超高圧電子顕微鏡ステーションは、「ナノテクノ ロジーと21世紀のための電子顕微鏡」をめざし、一 般の研究機関では導入が難しい各種の透過型電子顕 微鏡の先端的技術開発とそれらを用いた先導的材料 研究、ナノテクノロジー研究者への装置の解放・共 同利用を主なミッションとして研究活動を行ってき た。 2. HVEMSの活動経緯 平成13年度の機構の創立において、「ナノ物質・ 材料の研究」は中核的研究分野の1つであった。そ の中では、「原子・分子を高精度・高速に観察・分 析する技術」として、透過型電子顕微鏡の重要性は ますます増大していた。特に高分解能観察画像から 得られる原子レベルのデータは、直観的に原子配列 を表すばかりか、同時に測定される分光学的データ を取り入れて総合的に解釈することで、ナノ構造の 状態をも解析できるものである。また、この手法は 本来、電子顕微鏡関係の研究者のみが恩恵を独占す るのではなく、広くナノテクノロジー研究者全体が 利用し、研究の発展に活用すべきものある。以上の 状況を踏まえ、本ステーションは平成16年5月に設 置された。機構の設立から4年目での設置であり、 実質1.9年間の活動である。 3. HVEMS全体の活動内容 図1にはHVEMS全体の活動内容の項目を示した。 超高圧電子顕微鏡ステーションのミッション 先端技術開発 ①種々の環境条件での動的オンライン観察技術開発 ②収差補正電子レンズによる、分解能と電子ビーム強度の 向上 ③エネルギーフィルター電顕による電子状態の可視化技術 ④インターネット電子顕微鏡の開発 先導的材料研究 ①収束電子線による1nmオーダーの微細加工 ②表面帯電を利用したナノ樹木金属構造の作製 ③酸化物超伝導体や強相関電子系材料の結晶構造の解析 ④ローレンツ電顕による強磁性体の磁気構造観察 共同利用 文部科学省「ナノテクノロジー総合支援プロジェクト・超高圧 電子顕微鏡による解析支援」の中で、特徴ある透過型電子 顕微鏡群を外部開放 図1 超高圧電子顕微鏡ステーションの役割 全体は先端技術開発、先導的材料研究、電子顕微鏡 の共同利用の3つに分かれる。それぞれについては 以下の通りである。 1)先端技術開発 ①電子線・イオンの照射下、種々の環境条件での 動的オンライン観察技術開発、②電子レンズの収差 (ボケ)を補正することで、より高い分解能と高強 度・高品位電子ビームを得るための技術開発、③エ ネルギーフィルター電顕による電子状態の可視化技 術、④インターネット技術を利用することで電子顕 微鏡を遠隔操作し、多くの研究者や学生が共同実 験・教育活動に有効に利用するためのシステム開発 を行った。 特に②の収差補正技術は先端性の高い開発であ る。図2には電子レンズの収差補正装置を取り付け た高性能の電子顕微鏡の写真を示した。電子顕微鏡 で用いられている磁界レンズは凸レンズであるため 球面収差が常に問題となるが、近年、多重極子を用 いこれを補正する技術が実用となりつつある。我々 はこれを照射系に用い、電子ビームを1オングスト ローム以下に収束することで、空間分解能を向上さ せ、かつビーム強度を大幅に増大させることを試み、 成功した。ナノ材料の構造や物性の測定、ビーム励 起による任意形状のナノ構造作製等に活用すること ができ、今後の新ナノデバイス材料の開発に大きく 貢献すると考えている。 図2オングストローム透過型電子顕微鏡の外観写真 図3 陽極酸化アルミナ基板の多孔質構造に埋め込ま れたWナノ粒子の2次元配列 2)先導的材料研究 ①収束した高強度の電子ビームを用いた1nmオ ーダーの金属・半導体の任意ナノ構造の微細加工と 特性評価、②表面帯電を利用したナノ樹木金属構造 の作製と表面効果材料への応用、③酸化物超伝導体 や強相関電子系材料の結晶構造や局所欠陥構造の解 析、④ローレンツ電顕による強磁性体の磁気構造観 察を行った。先端技術開発で培ったノウハウを十分 に発揮する研究として主にナノ物質・材料に着目し て研究を行った。 図3は②の表面効果材料に関係するものである。 アルミナ基板を陽極酸化し2次元の規則的な多孔質 構造を作製し、そこに表面帯電を利用してWを析出 させたものである。電子ビームで励起領域を制限し、 さらに多孔中の薄膜のみに析出させることができ る。これらは大きな表面活性を持つと予測され、今 後の応用が期待できる。さらに超伝導・機能性材料 の分野でも原子レベル解析の分野で研究を展開し、 成果を上げることができた。発表論文数は49件、特 許は9件である。 3)電子顕微鏡の共同利用 平成14年度から始まった文部科学省の「ナノテク ノロジー総合支援プロジェクト・超高圧電子顕微鏡 による解析支援」の中で、幹事機関として、2台の 超高圧電子顕微鏡をはじめとする特徴ある透過型電 子顕微鏡群を外部開放し、一般のナノテクノロジー 研究者に利用の機会を提供してきた。図4は「電子 顕微鏡によるナノ支援」の全体のスキームである。 観察に際して必要となる電顕試料の作製、および観 察結果を解析するための画像解析等、実験のそれぞ れの段階において総合的な技術支援を行っている。 採択課題数は年58件、電子顕微鏡共同料日数は約 670延日であり、活発に共同利用が行われている。 今後もユーザ各位、ナノテクノロジー関連研究者各 位より広くご意見をいただきつつ、より多くの研究 者の方々が電子顕微鏡技術を利用して、ナノテクノ ロジー分野で大きな成果を上げられるよう、尽力し ていく所存である。 4.電子顕微鏡分野の動向と提言 21世紀は、「科学技術が社会と調和をとりつつ」 発展していく世紀であり、電子顕微鏡技術は単にツ ールとして科学技術に貢献するのではなく、成果の 普及や教育の場での活用を通じて、社会全体に広く 貢献できると考えている。HVEMSでは学会活動を その一環と考え、2006年9月に札幌で開催される 「第16回国際顕微鏡学会議」を、事務局として強力 にサポートしている。将来ともに技術開発・材料研 究・共同利用を3本柱として活動を行うつもりであ る。 図4 電子顕微鏡によるナノ支援プロジェクトの全体スキーム 高分解能解析グループの5年 松井良夫、木本浩司、浅香透、アラム・シャー、アンジャナ・アスタナ、于秀珍、内田正哉、大和田めぐみ、田村のり子、鶴田 忠正、長井拓郎、長尾全寛、馬場裕二、平山広美、真家信 1.発足の経緯 本グループが正式に発足したのは2004年度で、ま だ2年にも満たないが、旧無機材質研究所にて1988 年にスタートした超伝導研究プロジェクト(マルチ コアプロジェクト)の構造解析コア・局所構造ユニ ットがその母体となっている。同プロジェクトで 1989年度に導入された、超高分解能超高圧電子顕微 鏡(分解能1A)を始め、4台の先端的電子顕微鏡 を順次整備して、透過型電子顕微鏡(TEM)の高度 化と、主として酸化物超伝導体に代表される「強相 関電子系」材料のナノレベル構造評価、電子状態評 価、磁気構造評価等を精力的に展開してきた。また 2002度に始まった文部科学省ナノテク総合支援プロ ジェクトに積極的に参画して、超高圧電子顕微鏡に よる外部支援も強力に展開している。 2.活動経緯 本グループは前身の超伝導研究プロジェクト時代 から一貫して、世界最高性能の原子レベル観察機能 を有する超高分解能電子顕微鏡の開発と、これを酸 化物超伝導体や関連する先端機能材料の構造評価に 適用する試みを行なってきた。1989年度導入の超高 圧電子顕微鏡に続き、1997年度には、冷陰極型電界 放出型電子銃を搭載した、300kV分析電子顕微鏡 (ポストカラム型電子分光装置付き)、及び、極低温 ローレンツ型電子顕微鏡を導入した。これによって、 当グループでは「高分解能法(HRTEM)による原 子配列の直接観察」、「電子エネルギー損失分光法 (EELS)による電子状態解析」、「ローレンツ法によ る磁区構造の観察」という、強相関系先端材料をナ ノレベルで解析するためのシステムが基本的に完成 した。また同時に電子顕微鏡観察をナノレベルの位 置精度をもって行なうために不可欠な「集束イオン ビーム加工装置(FIB)」を導入して、従来のイオン 研磨装置と合わせて、あらゆる試料形態やニーズに 対応しうる体制を整えることが出来た。こうした状 況で、2001年のNIMS発足を迎え、我々は物質研究 所先端結晶解析グループの中のサブグループとし て、新超伝導研究プロジェクトの構造評価サテライ トを中心に研究を継続した。2002年に文部科学省が ナノテクノロジー総合支援プロジェクトを発足させ たが、我々は「超高圧電顕による解析支援」に参画 し、外部研究機関(大学や他の独法期間)や民間企 業の要請に応えて、電子顕微鏡による解析支援を積 極的に展開してきた。このようにNIMS発足後は (1)超伝導研究プロジェクト (2)ナノテク総合支援プロジェクト の2つを両輪として研究業務と支援業務を両立させ てきたが、2004年度に主として後者を組織的に推進 するために新ユニット「超高圧電子顕微鏡ステーシ ョン」が創設され、我々はその中で「高分解能解析 グループ」として新たなスタートを切った。なお超 伝導研究への寄与も重要であるため、主要メンバー は物質研究所先端結晶解析グループに併任してい る。 ナノテク総合支援プロジェクト予算では、2002年 度に原子識別性能に優れた、「走査透過型電子顕微 鏡(STEM)」 (図1)を導入して、ナノテク材料評 価のための体制が更に強化された。 図1 ナノテク総合支援プロジェクトにて導入された、 200kV走査透過型電子顕微鏡(FE-STEM) 3.主な研究成果 (1)分解能電顕法による層状酸化物の解析 透過型電子顕微鏡を用いた高分解能電子顕微鏡法 により各種強相関電子系酸化物について原子配列の 直接観察を行った。高分解能法と電子回折との併用 により得られた実空間および逆空間情報に基づき、 可能な結晶構造のモデリングを行い、Mac Tempas 等によるイメージシミュレーションにて高分解能像 における各原子の同定および結晶構造の決定を試み た。ここでは(図2参照)、組成式CoSr2 (Y,Ce) sCU2O5+2sで表される一連のコバルト系層状銅酸化物 Co-12s2相(s=1-3)について、超高分解能超高圧電 子顕微鏡H-1500 (加速電圧820kV)を用いて結晶構 造解析を行った例を示す。その結果、本物質系では 二つのCuO2層の間に(Y,Ce) sO2s-2蛍石型ブロックが 挿入されており、sの値の増加に伴ってCoO層間距離 が増大することが明らかとなった。また、三相に共 通して、互いに鏡面対称関係にある二つのCoO4四面 体鎖(L鎖、R鎖)がCoO層内で交互配列しているこ とが確認されたが、CoO層間距離が長くなる1222相 (s=2)および1232相(s=3)では、この層間方向の 配列が不規則化することが明らかになった。このよ うな、四面体鎖や八面体鎖の規則/不規則構造は、 Ru系やGa系等、多くの酸化物超伝導体にて観察さ れており、超伝導特性との関連性が注目される。 図2 超高分解能超高圧電顕(H-1500)による、一連 のCo-系層状酸化物の高分解能電顕像(T.Nagai et al., JSSC 176 (2003)213-220) (2)電子エネルギー損失分光法の開発と応用 透過電子顕微鏡法における電子エネルギー損失分 光法(TEM-EELS)により、高空間分解能で、元素 および化学結合状態を解析している。図3は半導 体素子等に用いる絶縁膜のAl2O3とSi基板界面の断面 TEM像とEELS分析結果である。独自に開発した位 置分解EELS法を用いて0.28nmステップで解析した。 スペクトルが位置によって変化しており、第一原理 計算などの解析からAlの配位数が変化していること を明らかにした。本手法は人工超格子試料などにも 応用している。 図3 非晶質アルミナとシリコン界面の (a) HRTEMと(b) EELSによる分析例 (K.Kimoto et al., APL83 (2003) 4306-4308) (3)低温ローレンツ顕微鏡法による磁区構造解析 強相関電子系酸化物の磁区構造をHF-3000L型低温 ローレンツ電子顕微鏡により観察した。その際、電 子回折や明視野・暗視野法、高分解能法などを併用 し、磁区構造と結晶構造との関連を調べた。ローレ ンツ電子顕微鏡観察は5~300 Kの温度範囲におい てナノメーターレベルで、さらに温度変化や磁場下 での磁区構造の挙動を動的に観察した。図4はマン ガン酸化物(Nd1/2Sr1/2MnO3)の低温ローレンツ顕微 鏡像の一例で、焦点を意図的に外した像(a)、(c) には白い矢印で示したような線状コントラストが観 察される。これらは磁区間の境界である磁壁に対応 する。また、焦点の合った像(b)の線状コントラ スト(黒矢印)は双晶境界で、それらが磁壁として 作用していることも分かる。 図4 Nd1/2Sr1/2MnO3の225Kでのローレンツ電子顕微鏡 像:(a)不足焦点像、(b)正焦点像、(c)過焦点像 (T. Asaka et al., “Frontiers in Magnetic Materials”, Ed. A. Narlikar, Springer (2005) 71-96) 4.研究分野の動向と展望 透過型電子顕微鏡は、ハードウェアー面では球面 収差補正技術の急速な発展による、分解能の飛躍的 向上が期待される。またモノクロメーターや各種の エネルギーフィルター法の発展による、電子分光装 置としての性能向上も著しい。こうしたハードウェ アーの急速な進展に取り残されることがないよう に、装置の更新を図ることは重要であるが、当然な がら大規模な予算措置が不可欠となる。 当グループにて、これまでに導入した4台の先端 的な電子顕微鏡システムにより、2次元的なデータ はほぼ満足すべきレベルで得られるようになった。 今後の重要な方向としては、ナノレベルでの「三次 元観察」(3D-Nano)が挙げられよう。最近のFIB加 工技術の発展により、同一部位を全方位からTEMあ るいは電子回折にて観察しうるようになっている が、我々はこうした三次元ナノ観察を、分析電顕 (EELS)、ローレンツ電顕、STEMにて定常的に行な えるような、技術開発を今後行なって行く予定であ る。 また、こうしたハードウェアーの開発整備と並行 して、有用なソフトの開発、あるいは導入を積極的 に進めることも重要である。特に位相情報をソフト 的に抽出する強度輸送方程式法(Transport of Intensity Equation : TIE)は、電子線ホログラフィ ーと等価な、位相分布解析手法として今後の発展が 注目される。 その場解析グループの1.9年 石川信博、大澤朋子、小島直美、木村仁美、熊本麻利子、小林里栄、坂田陽子、下条雅幸、鷹巣めぐみ、竹口雅樹、田中美代子、 溜池あかね、豊島聖美、中山佳子、長谷川明、林香緒里、古屋一夫、三石和貴、G.Xie,J.C.Rao,Z.Liu,R.Che,W.Jiuba,W.Lu, W.Zhang 1.その場解析グループの設置の目的 超高圧電子顕微鏡ステーション・その場解析グル ープは、イオン注入その場観察超高圧電子顕微鏡な どの先端的装置の技術開発とナノ物質・材料の創製 と解析の研究を行うために設置された。 2.その場解析グループSの活動内容 主な研究テーマは、収差補正走査透過電子顕微鏡 の開発、超高圧電子顕微鏡による原子レベル観察・ 分析、超高真空表面観察電子顕微鏡による表面ナノ 構造の観察・分析、電子ビーム誘起蒸着によるナノ 構造作製・評価、電子顕微鏡のインターネットによ る共有技術の開発である。発表論文数32件、特許9 件。 電子顕微鏡における分解能は、長く収差によって 制限を受けてきた。近年この収差を補正する技術が 発達し、透過電子顕微鏡(TEM)のみならず走査透 過電子顕微鏡(STEM)でも実用化されつつある。 我々は収差補正装置を超高真空化したSTEM専用機 に搭載したオングストローム透過型電子顕微鏡を開 発した。図1には装置の模式図を示した。収差補正 装置はDual-Hexapoleタイプであり、二つの12極子に よって回転可能な6極場を作り、それらをトランス ファレンズで結像することにより3次の球面収差を 補正するものである。また、トランスファレンズの 間に回転レンズを備え、6極場を直接回転すること なしに上下の6極場の回転角を合わせることが出来 図2 収差補正装置を用いた金ナノ粒子の観察結果 る構造である。収差補正装置、走査透過電子顕微鏡 ともに超高真空対応となっており、表面再構成など の構造の解析にも威力を発揮するほか、観察中の試 料汚染の影響を最小限に抑えることで、STEM- EELSなどの観察・分析においても、安定で長時間 の測定ができると期待される。 図2は収差補正装置を用いて観察した金のナノ粒 子の大角度走査透過暗視野像(HAADF-STEM)で ある。画像はZコントラストを示し、原子番号が大 きいほど明るく表示される。また、原子からの散乱 を直接計測するため、周期性の低いナノ粒子も鮮明 に観察されている。金の{113}面の間隔である 図1 収差補正レンズの構成模式図 図3 電子線誘起蒸着によるナノ樹木構造 図4ナノ樹木状構造の高分解能観察結果 0.123nmが観察されており、収差補正の効果は明ら かである。 上記のビームの応用研究として、集束した電子ビ ームによるナノレベルの微細加工の研究を行った。 金属などの材料を含むガスを試料近傍に流し、集束 した電子線でガスを分解することで、ナノ構造を作 製することが出来る。図3は電子誘起蒸着によって 作成されたWナノ樹木である。Wを含むガスを絶縁 体基板上に流すと樹木状構造を得ることができる。 先端部分を拡大して、高分解能観察した結果が図4 であるが、2~3nmの大きさのナノ結晶の集合体 であり、格子間隔からbcc-Wであると考えられた。 この構造は表面積がきわめて大きく、触媒等への応 用が期待できる。 また、インターネットを通して遠隔操作が可能な 走査型・透過型電子顕微鏡システムの開発を行っ た。電子顕微鏡を広範に利用し、ナノテクノロジー に活用したり、理科教育の理解増進を進めるために、 インターネットを経由して世界のどの場所からでも 図5インターネット電子顕微鏡の構成図 遠隔操作でき、実験・データ取得が行える電子顕微 鏡と信号伝送技術を開発し、その共同利用を行った。 これまでに走査型電子顕微鏡(SEM)及び透過型電 子顕微鏡(TEM)の遠隔操作システムを開発し、伝 送方式の最適化及び仮想専用回線(VPN)の導入、 多数ユーザの試料/データの個別管理やスケジュー リング機能を持つマルチユーザシステム(MMS) の開発を行った。図5はSEMのインターネットシス テムである。ユーザー側には専用のソフトを入れた PCが必要であるが、マウスとキーボードのみで、 SEMを遠隔操作することができる。顕微鏡の画像は 帯域2Mbpsで3-8fpsの配信が可能なように圧縮レー トを定めてあり、家庭レベルの通信環境でも操作・ 観察に支障がない。 一般開放では2001年7月から日本科学未来館で公 開を行っており、これまでに1000人以上の利用者が あり、好評を博している。また2003年10月から文部 科学省指定のスーパーサイエンスハイスクール (SSH)に端末を導入し、登録校は現在7校に達し ている(図7)。各高校は、本システムを科学の授 業やクラブ活動で活用しており、生徒は研究課題に 沿って自らが作製した試料を機構へ送付し、これを 自由に観察している。さらに、各種科学イベントや 国内/国際会議でのデモンストレーションも積極的 にこなすなど年間100日以上の高稼働率で共同利用 を行い、当システムの広範な可能性を内外にアピー ルしている。 3.まとめ 技術開発と材料研究を両立させる難しい課題に積 極的にチャレンジしたが、 今後はさらにこれらの研 究を深めていく必要があると考えられる。 図6インターネット電子顕微鏡システムの運用状況 13 ナ ノ テ ク ノ ロ ジ ー 総 合 支 援 プ ロ ジ ェ ク ト セ ン タ ー ナノテクノロジー総合支援プロジェクトセンター 1.「ナノテクノロジー総合支援プロジェクト」の 概要 第2期科学技術基本計画で、研究開発の重点領域 4分野の一つにあげられた「ナノテクノロジー」は、 ITやライフサイエンスの飛躍的な発展をもたらすと ともに、環境やエネルギーなど21世紀の世界規模の 問題を解決する鍵を握る技術として最も注目されて います。文部科学省では、ナノテクノロジーの研究 開発を戦略的に進めるため、平成14年度から5カ年 の計画(第1期)で、我が国のナノテクノロジーに 関わる産学官すべての研究者を強力に支援する「ナ ノテクノロジー総合支援プロジェクト」を開始しま した。 本プロジェクトは、大きくは二つの支援業務から 成り立っています。一つは、ナノテクノロジーの研 究開発で多くの研究者が必要としながら容易に取り 組むことのできない高度な計測技術や極微細加工技 術、合成評価技術を、最先端の大型施設等の「共用 施設」の利用を通して支援する技術支援です。共用 施設には、全国14の研究機関が指定されており、こ れらの研究機関以外の研究者も無料で最先端の大型 施設や特殊施設を利用することができます。 本プロジェクトの二つ目の支援業務は、ナノテク ノ ロジーの広い領域の研究に関連する情報を産学官 の研究者にあまねく提供するとともに、ナノテクノ ロジーが分野融合領域としての特徴を有することか ら、関連する研究者への交流機会の提供や新たな人 材育成のための支援を行うことです。これらの業務 は、「ナノテクノロジー総合支援プロジェクトセン ター」において実施されています。 2.ナノテクノロジー総合支援プロジェクトへの対 応と総合的推進 2002年1月ナノテクノロジー推進室を千現にもう け、文部科学省の新世紀重点研究創製プラン (RR2002)で実施されるナノテクノロジー総合支援 プロジェクトへの対応がされました。 プロジェクトでの「ナノテクノロジー総合支援プ ロジェクトセンター(以下「センター」という。)」 の運営を受託し、同プロジェクトの円滑な業務推進 を果たすため、また、その際、全国の利用者の利便 性を考慮して、センターを同年6月に東京都港区虎 ノ門に設置し、同年7月から外部利用者への支援提 供を開始しました。 一方、東京大学榊教授を主査とする有識者7名に よる運営委員会を設置し、2002年7月、10月、2003 年2月、2004年2月、2004年6月、2005年3月の計 6回開催してきました。施設共用業務及び情報提供 業務等の運営方針、共用施設の利用状況並びにセン ターの事業内容の検討がおこなわれました。 2004年6月および2005年3月運営委員会では「同 プロジェクト」の中間評価についてご議論を頂き、 同プロジェクトの第Ⅱ期についての意見を得まし た。 一方、ナノテクノロジー推進のための 新方策の 検討の一環として2004年1月に「人材育成」をテー マに「ナノサロン」を開催し、分野横断スクール及 び若手研究者国際交流等についての指針を得まし た。また、文部科学省の要請を受けて「ナノテクノ ロジー ・材料分野戦略検討チーム」を2004年設置し、 「わが国の中長期的なナノテクノロジー ・材料分野 の研究開発の方向性」に関する指針を得ました。さ 文部科学省 委託 運営委員会 委託 ナノテクノロジー総合支援 プロジェクトセンター 共用施設(14機関) ■ Spring-8 ■広島大学ナノデバイス・システム研究センター ■立命館大学総合理工学研究機構■東北大学金属材料研究所 ■物質・材料研究機構■大阪大学産業科学ナノテクノロジーセンター ■大阪大学超高圧電子顕微鏡センター ■産業技術総合研究所 ■九州大学超高圧電子顕微鏡室■早稲田大学ナノテクノロジー研究所 ■東京工業大学量子ナノエレクトロニクスセンター ■自然科学研究機構■分子科学研究所■九州大学大学院工学研究院 ■京都大学化学研究所,ベンチャービジネスラボラトリー,ナノ工学高等研究院 情報支援 ・情報収集/発信 交流支援 ・研究者交流/人材育成 技術支援 ・最先端の大型施設、 特殊施設の活用 ナノテクノロジー総合支援プロジェクト実施体制図 らに、2004年度においては、ナノテクノロジーの社 会的影響に関する勉強会を4回開催しました。 3.ナノテクノロジー総合支援プロジェクトセンタ ーの取り組み 3.1 情報拠点としてのナノネットホームページ 分野融合を特徴とするナノテクノロジー研究で は、広い領域にわたる研究者間の情報交流を欠くこ とができません。センターでは、このようなナノテ クノロジー研究者等の多様なニーズに対応した情報 をインターネットを活用したホームページ(和文・ 英文)、及びメールマガジン(和文・英文)、並びに 冊子を用いて提供しています。 ナノテクノ ロジー研究者等の情報ニーズとして は、研究動向、施策や予算、開発動向などに関する 情報があります。それらのニーズに対応する情報拠 点としての「ナノネットホームページ」(URL : http://www.nanonet.go.jp)は、図に示す内容で構成 されています。2002年7月、ホームページを開設し、 2005年1月にリニューアルを実施し、現在に至って います。 ナノネットホームページは、このような広いニー ズに応えた情報拠点としての役割を果たすために、 ナノテクノロジーのあらゆる切り口からの情報メニ ューを用意・提供することを目指しています。 3 . 2 ナノテクメールマガジン(Japan Nanonet Bulletin)および冊子(JNNB) 「Japan Nanonet Bulletin」では、ナノテク研究で リーダーシップをとっておられる研究者や現在のナ ノテクノロジーを築いて来た方々へのインタビュー 記事、先端研究に取り組む若手研究者、ナノテクノ ロジー分野における政策、国内外のホットな動向等 及び近々開催される国内外の催物開催情報や急速に 拡大しつつあるナノテク特許出願を十分に補足する ための世界のナノテク特許情報をメールマガジンと して配信しています。配信は2003年の1月から開始 し、当初は毎週配信し、2004年5月から隔週の水曜 日に配信し、2005年末現在103号に至っています。 2005年末現在、8500を超える登録者に配信されてい ます。アドレスからみた登録者は、およそ大学関係 の方々30%、公的機関関係の方々20%、企業の方々 40%です。2003年の9月からは英語版のメールマガ ジンも隔週で配信を開始しました。2005年末現在60 号に至り、2000を超える登録者に配信されており、 海外のナノテク関連のホームページに引用されるな ど注目されています。また、過去配信した記事につ いてはホームページのバックナンバー欄に収録する とともに、このメールマガジンは数号を冊子体 (JNNB)にまとめて刊行しております。 3. 3研究開発等動向調査及び連携の推進 ナノテクノロジー研究推進においては各国施策、 技術動向や研究拠点の動向を把握して、研究を推進 する側や研究者への的確な情報を提供することが重 要です。 NNI全体会議(米)、ナノマテリアル国際会議 (独)等に参加し、米欧の研究・施策動向について 調査を行いました。アジアについてもタイ、韓国、 中国、台湾の国際会議等に出席し、アジア・オセア ニアの研究・施策動向の調査を行うとともに、日本 のナノテク政策に関する講演も行い、アジアのナノ テクネットワークに加わりました。またナノテクノ ロジーの社会的影響に関して米欧亜の7つの国際会 議出席、3つの研究機関の訪問により、海外の取り 組みを調査するとともに、米欧亜の安全衛生担当政 府機関、人文社会科学研究機関と日本の関係者のヒ ューマンネットワーク形成を支援しています。 一方、ナノテクノロジー分野における技術動向に ついては、ナノテク技術動向調査などのナノテク全 般に亘る動向調査を行うとともに、ナノ ・バイオ技 術動向調査、ナノテクノロジー分野における科学技 術シミュレーション動向調査及びナノ材料の人体・ 環境影響に関する文献調査、外部講師を招いての勉 強会等を行ったほか、最新の公開特許(日本、米国、 欧州、世界特許機構の4カ所の特許機関)からナノ テクノロジー関連特許を抽出し、毎月、全リスト及 び分野別出願動向などの調査結果をホームページで 公開しています。 さらに、国内外のナノテクノロジーの政策動向及 び研究拠点の現状を把握するために「世界ナノテク ノロジー研究拠点・施策動向調査」を行い、ナノテ ク研究拠点検索システム(ナノテクマップ)として の第一段階を完成し、ホームページで公開していま す。 3. 4研究者交流の場提供としてのシンポジウ ム・ワークショップ開催 分野融合を特徴とするナノテクノロジー研究で は、広い領域にわたる研究者の交流を欠くことがで きません。そのため、当センターでは2003年2月、 我が国における中長期的なナノテクノロジー研究開 発の現状を紹介する第1回ナノテクノロジー総合シ ンポジウムを参加者千名規模で開催しました。2004 年3月には、ナノテク・ウィークとして国際ナノテ クノ ロジー総合展(nano tech 2004)とジョイントし、 第2回ナノテクノロジー総合シンポジウムを開催 し、産・学・官で行われている広範で多様な研究開 発の紹介を集中的に行い、効果的な学術・技術交流、 情報交換の場を提供しました。また、第2回では、 ナノテクノロジー主要分野のキーパーソンによるナ ノテクノロジー研究開発の最前線を紹介して頂くと ともに、ナノテクノロジーの将来を担う若手研究者 に最新の研究成果を発表いただき、ナノテクノロジ ーの萌芽的研究から現在主軸の研究開発までを紹介 しました。2005年2月には国際的な研究者交流の場 としての第3回ナノテクノロジー総合シンポジウム を国際会議として開催し、2006年2月には第4回目 http://www.nanonet.go.jp%25ef%25bc%2589%25e3%2581%25af%25e3%2580%2581%25e5%259b%25b3%25e3%2581%25ab%25e7%25a4%25ba%25e3%2581%2599%25e5%2586%2585%25e5%25ae%25b9%25e3%2581%25a7%25e6%25a7%258b%25e6%2588%2590 をやはり国際会議として準備を進めています。 一方、国内で開催する研究会合を対象として、研 究会合企画の公募を実施し、国内の研究者が自主的 に企画した研究会合について、費用面を中心に開催 支援を実施し、研究・開発の促進及び交流の活性化 を図っています。また、2005年度は海外から講演者 を招聘する事業としての公募を実施し、16件の研究 会合における一部の海外から講演者を招聘し、国際 的な研究交流の活性化を図っています。 国際的な研究者の交流としては、全米科学財団 (NSF)を始めとして英国、スウェーデン、フラン スおよびアジアとの間で、図に示すように研究者の 交流も活発に行っています。 3. 5 人材育成 ナノテク研究分野において、国際的なリーダーシ ップを発揮して持続的な国際協力関係を構築可能な 人材を育成する事が重要です。そのため、若手研究 者を日米、日英及び日スウェーデン科学技術協力協 定に基づき、相手国の先端研究機関に滞在ないしは 訪問する若手研究者国際交流を実施しています。 2003年度は26名、2004年度は21名および2005年度は 23名の博士研究員、助手及び若手助教授クラスの研 究者が派遣(予定)されています。 当センターでは、2003年12月に人材育成事業とし て、「分野横断スクール」をスタートしました。第 1回および2005年1月開催第2回のナノバイオスク ールでは、ITの研究者等にバイオや医学等の異なる 分野の知識を深めてもらう事を目的としました。 2005年度も同様なスクールを開催する予定です。 また、2005年度の人材育成事業における新たな取 り組みとして、次世代の研究者を育成する「ナノテ クノ ロジーサマースクール」をスタートしました。 2005年度は「量子効果素子の物理」について富士吉 田市で13日間開催し、選ばれた33名の物理・化学系 の大学院の修士および博士課程の学生が参加し、好 評を得ています。 3. 6普及啓発 ナノテクノロジーについて国民に分かりやすく解 説し、理解を得ることも重要です。そのため、アニ メやコンピューターグラフィックスによる映像ナー ノの冒険「バイオ編」、「IT編」および「環境・エネ ルギー編」を制作し、2003年度からつくばエキスポ センター、科学技術館(東京北の丸)、スバルホー ル(大阪)において常設展示するとともに、全国の 科学館を巡回して展示しております。 また、世界最大のナノテクの展示会である国際ナ ノテクノロジー総合展(nano tech)をはじめとした 各種展示会や国内外の講演会等を通じて総合支援プ ロジェクトの紹介を行ってきました。 3. 7施設共用業務の支援 共用施設の外部利用に関する総合窓口として、利 用者からの問合せ及び適切な利用機関の紹介も行っ ております。また、共用施設の成果事例をはじめと した活動状況や利用方法等をホームページにおいて 常時紹介するとともに、展示会等においてもパネル や映像等を用いて詳細に紹介することにより、共用 施設の外部利用の一層の促進を図ってきておりま す。 また、共用施設が行った高度技術者養成スクール 「超高圧電子顕微鏡スクール」及び「極微細加工・ 造形高度技術者育成スクール」について、ホームペ ージ及びメールマガジンにおいて紹介してきており ます。 14 若 手 国 際 研 究 拠 点 = $101 Hb [a] Sie Hs BR ee 科学技術振興調整費・戦略的研究拠点育成プログラム「若手国際研究拠点」 板東義雄、若手国際研究拠点センター長 1.はじめに NIMSは国際的に大きく開かれ、世界中から優秀 な若手研究者が集い、新たな融合研究が続々と生み 出される、物質・材料分野において世界トップの Center of Excellenceを目指しており、この為の大胆な 研究運営システムの改革を必要としています。 「若手国際研究拠点(International Center for Young Scientists, ICYS)」は、岸輝雄理事長を総括責 任者とした5ヶ年計画のプロジェクトで、文部科学 省科学技術振興調整費の支援の下、その研究運営シ ステムの改革に取り組むべく、平成15年度の戦略的 研究拠点育成プログラム(Super-COE)課題として 採択されました。これを受けて、平成15年6月には 準備室を設置、同9月には正式に若手国際研究拠点 が発足いたしました。 ICYSは、世界各国から独創性に富んだ若手研究者 が一堂に会して、国籍や言葉の違いを超えて、自分 の研究アイディアで自立的に研究に没頭できる魅力 的な環境を構築することにより、それらの若手研究 者がその能力を最大限に発揮して、異分野や異文化 の融合による画期的な研究成果を生み出すことを目 的としています。このような研究環境は、世界でも 他に類のない特色のあるものです。 ICYSは、その運営によって以下の目標の実現と NIMS本体への波及を目指しています。 1.戦略的融合研究分野の推進 多国籍・異分野の優秀な若手研究者集団の構築 と自立的な融合研究により、新しい研究の芽を発 掘し、NIMS本体に新研究分野として移植する。 2.若手研究者の人材確保と育成 優秀な若手外国人研究者を確保する。また、自 立的研究・基礎研究能力の研鑽制度の確立などに より、NIMS及び国内外の若手研究者との交流を 通じて国内研究者の研究能力を国際レベルにまで 育成する。 3.国際ネットワークの構築 NIMSの国際的な研究協力や情報交換の為、国 際的なネットワークを構築する。 4.国際的な研究支援環境の整備 外国人研究者に対する英語によるサポート体制」 を確立するとともに、研究・事務全般の英語対応 能力を高めるなど、真の国際研究機関にふさわし い研究支援環境を整備する。 ICYSの研究運営は、NIMS本体の活性化・システ ム改革につながるものでなければならず、さらには 日本の公的研究機関の改革モデルとなることを求め られています。若手研究者が個人のアイディアで自 立的に研究を遂行できるような研究制度、英語を公 用語とした運営など、ICYSの研究・事務制度とその 成果を逐一検証しながら、効果的な制度は随時 NIMS本体に移植し、NIMSの国際化と人材の充実に 寄与しています。 表1ICYSのミッションステートメント 中間評価対象課題(3年 目) 終了時(5年目) 融合研究 ― -NIMS本体において 数研究テーマ立上げ 若手人材 ✓10ヵ国30名の若手確保 ✓ ICYSからNIMSへの 採用(数名) ✓優れた領域アドバイザー の確保(15名) -ICYSからNIMSへの 採用(10名) -外国人ディレクター の登用(数名) 国際 ネットワーク ✓提携機関の拡大 (8機関) -提携機関の拡大と強 固なネットワーク形成 (15機関) 国際的 研究支援環境 ✓ICYSにおいて事務支援 を英語で実施 ✓ ICYS研究者の評価シス テムの構築 -NIMSのバイリンガル 化の推進 システム改革 -ICYSで実施したシステムをNIMS本体に移植 ✓達成済みの項目 発足から3年目を迎え、ICYSは平成17年11月に文 部科学省の中間評価を受けました。世界から優秀な 若手研究者を計画通り確保し、彼らをサポートする 研究支援・事務支援体制も整うなど、3年目におけ るミッションステートメントを全て達成し(表1)、 順調な活動を行っていることが評価され、本プロジ ェクトは平成19年度までの継続が決まっています。 ICYSで育った若手研究者が、NIMS本体の研究者 として、あるいは国内外の有力研究機関の研究者と して、世界各国で活躍することを願っています。 2.ICYSの特色 ICYSの特色は以下のように集約されます。 “International” 世界の優秀な若手研究者の確保と育成 英語を公用語としたグローバルな研究運営 “Interdisciplinary” 異分野の研究者集団による融合研究の促進 “Independent” 若手研究者の自立的な研究の保障 “Innovative” 若手研究者の独創的な研究アイディアの育成 NIMS本体の新しい研究分野の立ち上げ この特色の源となっているのが、ICYSが構築する 多国籍若手研究集団です。民族・文化・研究分野の 異なる優秀な若手研究者が、世界各国からICYSとい う1つの空間に密に集うことにより、メンタリティ のぶつかりが生じ、そこから分野を超えた斬新な研 究が生まれることが期待されます。このようなICYS の環境を我々は「melting pot (るつぼ)」と呼び、若 手研究者の育成に非常に重要であると考えています (図1)。 世界の優秀な若手研究者が日本に集結するよう な、魅力ある卓越した研究拠点を創出するために、 国際的に通用する新しい研究運営システムを導入 し、NIMS本体、さらには日本の他の研究機関にそ れらを波及させていくことが本プログラムの狙いで す。 図1 “melting pot”の概要 3.組織と人員構成 3.1若手研究者 ICYSでは「博士号取得後10年以内の研究者」を若 手研究者としています。世界各国から選考の結果採 用された研究者の他、NIMS本体で新規採用された 若手も1年間ICYSに在籍し、研究活動を行っていま す。以下にそれぞれについて紹介します。 1)ICYS研究員(ICYS Research Fellow) ICYS研究員は、NIMS内でも独自の就業規則の 下で、研究予算および個室オフィス、実験スペー スが与えられ、恵まれた研究環境で自らのアイデ ィアにより研究を行っています。 ICYS研究員は長期研究員と短期招聘研究員の2 種類に大別されます。 長期研究員は、原則として1年以上の研究活動 を行う研究員で、研究実績をもとに1年ごとに契 約が更新されます。平成17年12月までに、21ヵ国 から38名が着任しました。 短期招聘研究員は、海外の大学や研究機関に籍 を有する優秀な若手研究者が、最大3ヶ月程度 ICYSに滞在して研究活動を行う制度です。平成17 年12月までに6ヵ国7名の優秀な若手研究者が短 期招聘研究員としてICYSに滞在しました。 2) NIMS新規採用若手研究員 NIMSで新規採用された若手研究員は原則1年 間ICYSに在籍します。多様な国籍・文化・分野の 研究者が集まる環境下での研究活動を通じて、若 手研究員の国際的視野、自立性、コミュニケーシ ョンスキルの向上を図り、将来の若手研究リーダ ーを育成します。平成16年度には16名、平成17年 度には12月現在までに11名の若手研究員がICYSに 入ってきました。 また、すでにICYS在籍を終了し、NIMS本体の 研究グループに配属された12名の研究員は、ICYS での経験を生かし、それぞれの部署で活発に研究 活動を行っています。 3. 2運営・支援体制 ICYSでは、日本語が使えなくても自立して支障な く研究活動を実施出来るような環境を整備するため に、支援スタッフを配置しています。また、外部有 識者を交えICYSの運営方針について議論する運営委 員会、外国人有識者を交えICYSの運営に関して評価 と助言を行う評価委員会が設置されています。 図2および表2に組織の概要を示します。 図2若手国際研究拠点の組織概要 1)センター長 組織運営総括責任者(理事長)の指揮監督の下、 ICYSを運営していく責任者です。 2)運営委員会(Steering Board) ICYSの運営や、関連する重要事項を討論する委 員会です。理事長を委員長として、NIMSの幹部 職員(ユニット長等)とNIMS外部の委員計10名 によって構成されています。 3)評価委員会(Evaluation Committee) ICYSの運営や研究について評価と助言を行う委 員会で、国内外の著名研究者9名によって構成さ れています。 4)エグゼクティブアドバイザー(Executive Advisor) ICYSの運営やNIMS本体との関係等に関する理 事長およびセンター長への助言や、ICYSの若手研 究員への研究上のアドバイスを行う役割を担って います。ノーベル化学賞受賞者のSir Kroto他、国 内外の著名研究者4名をエグゼクティブアドバイ ザーに任命しています。 5)領域アドバイザー (Scientific Advisor) 若手研究者に対して、研究に関する助言や、装 置の使用など実験上の協力を行う役割を担ってい ます(ホスト研究者・メンター)。平成17年12月 現在、NIMSの研究者27名の他、外部からも3名 の研究者を領域アドバイザーに任命しています。 6)支援スタッフ 若手研究者の研究面、事務処理面、さらには生 活面でのサポートを行う支援スタッフが配置され ています。スタッフは全員英語を話すことができ、 日本語に堪能でない外国人研究員も支障なく研究 活動を行うことができます。 ・テクニカルサポートスタッフ(TSS) 共通実験設備の保守管理や使用方法の指導、装 置の購入支援、実験室の安全管理、特許出願支援 などの研究面でのサポートを行います。 ・事務スタッフ ICYS研究員の着任手続きや着任後のオリエンテ ーション、物品購入、提出物・規則等の英文化と いった事務処理の支援、カウンセリングサービス の設置や日本語教室の開講などの生活面でのサポ ートを行います。 表2 ICYSの人員構成 ICYS Research Fellow 45†* NIMS新規採用研究員 15** エグゼクティブアドバイザー 4 客員アドバイザー 16† 領域アドバイザー 30 運営委員会 10 評価委員会 9 † ICYS設立から平成17年12月までの総数 *短期招聘7名含む、長期11名は他機関へ **平成17年12月現在の在籍数 4.研究活動 ICYSでは、今後NIMSが重点的に推進していくベ き、下記の3つの融合研究領域を定めており、ICYS 研究員はこの3領域のいずれかの研究を行っていま す。 領域1 ナノエレクトロニクス・ナノバイオ ナノテクノロジーとバイオテクノロジーの融合 領域では、生命科学と材料科学をナノメーターレ ベルで統合することにより、新規生体材料や医療 診断技術、新しい論理回路構成への展開を目指し ています。そのためのナノバイオ構造制御や分子 構造の生成、計測技術、マイクロリアクターなど の基礎研究を推進しています。 領域2ナノスケール物質・新計測・計算材料科学 これまで知られていない新奇なナノスケール物 質を探求することを目指し、新しいナノワイヤー、 ナノシート、ナノチューブ、ナノ ロッド等の作成 技術や制御技術の研究、およびデバイス用のナノ 構造の作成技術の研究を推進しています。また、 ナノスケールの物質構造や反応に関する理論的な 計算による解析も進めています。 領域3 金属・セラミックス・ポリマーおよびそれ らの複合材料 各種素材の組み合わせによるシナジー効果の実 現を目的として、有機高分子材料と無機材料によ る複合材料や新しい超分子構造や新機能物質の合 成等に関する研究を推進しています。また光によ る改質、超伝導薄膜、メゾポーラス材料、 multiferroic材料、オプトエレクトロニクス材料な ど多彩な新規物質の探索研究を推進しています。 ICYSの若手研究者から、ナノエレクトロニクスや ナノバイオなど新研究領域において、着実に成果が 得られています(表3)。 また、独立して研究活動を進められるようにした ことで、NIMS本体や国内外の研究者との共同研究 も期待以上に進んでいます。 表3 ICYSの研究成果 論文数 平均IF 特許出願 件数 2004 26名在籍 24 3.8 6 2005* 31名在籍 112 3.6 12 *平成17年10月31日現在 5.プロジェクト運営 5.1 優秀な若手研究者の確保 ICYSの目標を達成する上で、多くの国々から多数 の若手研究者を確保することが必要不可欠です。そ のために次の二つの方法で採用活動を行い、幅広く 若い才能を確保することに努めました。 1)NIMSとの提携機関等を通じた人材確保 NIMSの提携機関からの推薦、あるいはそれら の機関の研究者を対象としたリクルート活動によ って、若手研究者の確保に努めました。 2)公募による人材確保 ICYSの公式ウェブサイトにおいて若手研究者の 公募を行うと同時に、Nature, Science等の有力科 学雑誌へのリクルート広告の掲載を行いました。 このような積極的な採用活動によって、平成17年 12月までに世界61ヵ国から811名の応募がありまし た。応募書類や面接選考は、日本人の応募者も含め て、すべて英語です。 応募者には、履歴書や業績リストの他に、ICYSで 行いたい研究計画を提出させます。これらの提出書 類を基に、研究計画の内容、特に創造性やオリジナ リティを重視しながら書類選考を行い、面接対象者 を選びます。面接選考では、選考委員会(センター 長、副センター長、書類選考を依頼したNIMS研究 者2名他で構成される)において、これまでの研究 業績およびICYSでの研究計画についてのプレゼンテ ーション、選考委員による質疑応答が行われます。 合格者には契約書の提示、着任までの手続きの説明 などを行い、合格者とセンター長が合意した時点で 契約書に署名し、採用及び着任の事務手続きが始ま 図3応募者・採用者の統計 ります。 以上は長期研究員の採用手順です。短期招聘研究 員は書類選考が中心となり、必要な場合のみ面接を 行います。 これまでの応募者および採用者の統計を図3に示 します。平成17年12月1日現在、短期招聘研究員を 含め、23ヵ国から45名を採用しました(表4)。 表4 ICYSにおける採用実績 募集 応募者数 採用数 2003 1st 282 14 2nd 134 9 3rd 112 4 2004 179 13 2005 104 5* Total 811 45 *平成17年12月1日現在 応募書類および採用面接を英語にするというICYS の方式は、平成16年度からNIMS本体にも導入され、 この結果、海外からのNIMSへの応募が大幅に増え ました。また平成17年度には、ICYSからNIMS正職 員への採用内定もあり、機構の外国人職員は増加し てきています。 5. 2若手研究者の育成 ICYSでは、より研究が進展し、研究能力の向上が 図られるよう、下記の仕組みを導入しました。 ・領域アドバイザーの設置(メンター制度の導入) ・センター長との個別面談(Quarterly Meeting) ・エグゼクティブアドバイザーとの個別面談 ・コーヒーブレイク(毎日) ・ ICYSセミナーの開催(毎週、図4) ・ ICYSワークショップの開催(年1回、図5) 図4 ICYSセミナー(毎週開催) 図5 第1回ICYSワークショップ (平成17年3月) また平成17年11月から、育成における新しい試み として「NIMS/ICYSスクール」を開講しました。 NIMS全体の若手研究者、ポスドク、連携大学院生 を対象に、内外の一流研究者を講師として招聘し、 基礎から最先端の研究内容までを包括的に学べる機 会を提供します。この講義も英語で行います。 なお、平成17年12月15日までに、6名のICYS研究 員が海外のテニュアポジションを得ました。キャリ アディベロップメントも、ICYSの重要な機能のひと つです。なお、彼らICYSの「卒業生」には、NIMS との連携などの国際ネットワークづくりで、今後も 活躍してもらう予定です。 5. 3 国際ネットワークの構築 ICYS研究員の採用活動や、客員アドバイザーの招 聘など、ICYSの活動はNIMSの国際的ネットワーク の構築においても重要な役割を担っています。国際 室と密接に連携しながら、ICYSはNIMSの国際連携 の推進に努めています。これまで、提携機関からの ICYS研究員招聘や若手研究者対象のサマースクール およびワークショップ等への協力を行ってきていま す。 NIMSが姉妹機関等の提携関係を有する海外の有 力研究機関の若手常勤職員をICYS研究員として半年 から1年間招聘し、両機関の協力関係をより強固に する枠組みも構築しました。現在までに中国科学院 物理研究所から2名、同金属研究所から1名の若手 研究員がICYS研究員として滞在し研究を行いまし た。平成17年度には韓国科学技術院、ポーランド科 学アカデミー、ハンガリー科学技術院、台湾中央研 究院の各機関との間で同様の枠組みを構築し、若手 研究者を採用しています。 このような、ICYSと国際室の協力や努力により、 平成17年12月現在、NIMSは世界の80以上の有力な 研究機関との間で提携関係を結ぶに至っています。 また、NIMS本体での国際連携大学院、国際連携助 成制度、外国人招聘制度などの枠組み構築にもICYS の成果が活かされています。 5. 4国際的な研究環境 世界の優秀な若手研究者が、日本で成果を上げ、る ためには、言葉と制度のバリアを除去し、研究活動 に没頭できる環境の構築が欠かせません。 1)研究活動に対する支援 ICYSには、英語が話せるテクニカルサポートス タッフ(TSS)が配置されており、ICYS研究員の 研究上の様々な要望に対する支援を行っていま す。スタッフの半数はNIMSのOB研究者で、彼ら の持つ研究知識やNIMS内の人脈が、ICYS研究員 の研究遂行には大きな支えとなっています。 共通設備の整備、保守・管理、マニュアルの英 文化、英語でのオリエンテーションなどにより利 便性を高めています。あるいは、研究を進める上 で必要な装置を、スタッフの知識・人脈を利用し てNIMSの他のユニットから探し、利用に関する 交渉を行います。また、危険物・毒劇物の管理、 装置・機器・消耗品等の購入の補助も行っていま す。 もうひとつ重要なのが特許出願の支援です。企 業における特許出願業務の経験の長い専門スタッ フを配置し、ICYS研究員の特許の相談と、発明届 の作成などの支援を行っています。ICYS研究員は、 特許に関する相談や申請書類の作成依頼を日本語 でも英語でも行うことができます。 2)事務手続き等に対する支援 英語に堪能な事務スタッフを配置するととも に、提出書類、規則等の英文化、研究活動に必要 な手続き等をまとめたガイドブックの作成など、 外国人研究者が支障なく研究活動が可能な英語を 共通語とする環境作りを進めました。これまでに ・ ICYS研究員の着任手続きのマニュアル化 ・バイリンガルのガイドブック作成 ・英語でのオリエンテーションの開催 ・各種提出書類の英文化 ・各種規則・情報の英文化 などを行ってきています。 ICYS内部においては、英語で多くのことが処理 できる環境が整備されていますが、NIMS本体や 外部とのやりとりにおいては日本語が必要な状況 があります。住居の問題、公共料金の支払に始ま り、様々なトラブルや疑問への対応など、英語の 堪能なスタッフが手助けを行っています。 また、イントラネット上や、回覧文書として流 れてくる各種の情報の内、ICYS研究員に必要な情 報を英訳して日常的に配信しています。こうした 努力によって、外国人研究者が公平な環境で研究 活動が行えるような体制作りを目指しています。 ICYSの活動に合わせNIMS本体でも以下のよう な外国人研究者向けの環境作りが始まりました。 ・ NIMSにおける各種書式のバイリンガル化 ・構内放送のバイリンガル化 ・機構内ウェブサイトの全面的バイリンガル化 このように、ICYSにおける国際化に対する取組 みを、今後も積極的にNIMS本体に波及させてい くことが求められています。 3)生活面での支援 上述のICYS研究員ガイドブックには、出入国に 関する情報や、銀行口座の開設、電気・ガス等の 利用申し込みなど、生活の立ち上げに関する情報 も掲載されています。その他、日本語や日本文化 を知るための教室も開設しました。 国外から初めて日本に着任した研究員は(特に 来日当初は)いろいろな疑問や不安を持つことが あります。そこで、元無機材質研究所長の木村茂 行氏によるカウンセリングサービスを設置し、研 究活動に限らず日本での生活一般も含めた相談を 受け付けています。これまでに約20名のICYS研究 員が利用しています。 5. 5広報 ICYSではその取組みについて、広報誌やウェブサ イト等で積極的に情報発信を行い、NIMSだけでな く、日本全体の研究機関の国際化に貢献したいと考 えています。 1)広報誌の出版 ICYSでは年3回、広報誌“melting pot”(日本 語版、英語版)を発行しています(図6)。活動 の成果やトピックスの紹介だけではなく、国際化 と人材育成に関する著名人の意見、国内外の研究 機関の具体的な取組みについても取材・発信して います。 (日本語版) (英語版) 図 6 “melting pot” 2)ウェブサイトの開設 ICYSでは準備室発足後の平成15年7月に公式ウ ェブサイトを開設しました。当初は研究員のリク ルートが主目的であり、ICYSの理念や採用条件、 応募方法などが中心でしたが、平成17年3月には ICYSの取組みについての発信を主目的に改訂され ました。今後はICYS研究員の研究成果や、国際化 の取組みの状況など、さらに内容の充実を図って いきます。 3)シンポジウム・ワークショップ開催 平成16年6月1日に第1回(東京)、平成17年 12月1日に第2回(つくば)の若手国際研究拠点 シンポジウムを開催しました(図7)。いずれも 200名近い参加者を集め、日本の国際化と若手人 材育成について興味深い講演が行われ、好評を得 ました。 平成17年度は、4月にペンシルバニア大学と、 12月にはノースカロライナ大学とのワークショッ プを共催しました。また、年に1度ICYSの全研究 員が研修施設に泊まり込み、各々の1年間の研究 成果について発表し、討論を行います。第1回の ICYSワークショップは、平成17年3月2日~4日 に静岡県三島市の東レ総合研修センターで開催し ました。第2回は、UCSBの国際研究拠点ICMRと の共催で、さらに規模を拡大して“International Advanced Materials Forum (IAMF) for Young Scientists”と銘打ち、平成18年2月27日~3月1 日に行われます。 図7 第2回ICYSシンポジウム (平成17年12月) 4)プレス記事への掲載 ・ Daily Yomiuri On-Line, 2004.4.16 “ICYS a shot in the arm for nation's researchers” ICYSにおけるユニークな国際化実験が紹介さ れました。 ・ Nature, 2004.5.14 “A bridge to the rest of the world” ICYS短期リサーチフェロー体験者が、研究の 活性化にとって多国籍研究者集団の構築がい かに有効であるかについて解説してくれまし た(図8)。 図8 NatureのICYS紹介記事 ・朝日新聞、2005.9.6 「新科論」 スタッフの英語によるサポートをはじめとする国 際的研究環境が、外国人研究者にとっていかに魅 力的であるかが紹介されました。 5. 6運営委員会および評価委員会 ICYSが国際的に魅力ある研究拠点となるために、 運営について討議する運営委員会、運営状況や研究 活動について評価する評価委員会の存在は非常に重 要です。いずれの委員会も平成16年に第1回、17年 に第2回会合を開催しました。 特に評価委員会については、第1回評価委員会 (平成16年9月)の結果に対して、アクション・プ ランをとりまとめ、今後のICYSの運営の指針とする こととしました。また平成17年1月には「ICYSの取 組み」として活動方針をとりまとめました。第2回 評価委員会(平成17年8月)ではこうした取組みが 高く評価され、評価内容は文部科学省の中間評価に 向けて、自己評価報告書としてまとめられました。 6.今後の展開 ICYSでの活動をNIMS全体のより永続的な活動に 定着させていくため、今後NIMS本体とも密接に連 携しながら、以下のような方針で研究運営を進めて いきます。 (1)戦略的融合研究分野の推進 ICYSでの萌芽研究の推進を強化すると共に、そ こで得られた新たな研究成果をNIMS本体の研究 テーマとして取り込む組織的施策を行います。 (2)優秀な若手研究者の人材確保と育成 優秀な若手外国人はNIMS全体ではまだまだ不 足しています。外国人比率をNIMS全体で10%程 度にまで引き上げることが期待されています。こ の点でも、ICYSの機能をNIMS本体に組み込むよ うな組織改革が必要です。 (3)国際ネットワークの構築 国際提携機関は数の上では大変増えましたが、 これらの提携を効果的に利用し、人的交流あるい は研究交流を深め、優れた成果を出していくこと は今後の運営上の大きな課題です。 海外拠点づくりやリエゾンパーソンの配置によ って、国際ネットワークをさらに強化していきま す。そこでは“ICYS Alumni Society”も役立てて いく予定です。 (4)国際的な研究支援環境の整備 ICYSの経験を生かして、申請書等の事務書類や メールシステム等のネットワーク環境といった部 分もNIMS本体でバイリンガル化が進められてい ます。今後も機構として組織的なバイリンガル化 をさらに推進します。特に、各サイトの業務室を 国際化することが急務です また、優秀な外国人研究者をNIMS職員に採用 するために、年俸制の導入の検討が必要になるで しょう。 このためNIMSは、ICYSの機能を組み込んだ新し い組織として、国際萌芽研究拠点と国際室を設置し ます。前者は平成18年4月に始動予定で、後者は平 成17年10月から活動しています。 国際萌芽研究拠点は、現在のICYSの研究活動に加 えて、NIMS内の物質・材料研究において重要な萌 芽研究を一元的に運営し、NIMSの次代のプロジェ クト研究に繋げてゆく役割を担います。 ICYSは、日本はもとより、世界的に見ても従来な かった画期的な研究システムの改革に挑戦していま す。その改革は理事長の強力なリーダーシップのも とスピーディーに進行・達成されており、評価委員 会や文部科学省からも高く評価されています。これ らの改革への取組みは、NIMSだけにとどまらず、 組織の国際化に対する日本のモデルとなるもので、 その成功は我が国にとっても極めて重要であると考 えています。 15 物 質 ・ 材 料 工 学 専 攻 物質・材料工学専攻の活動を振り返って 平野敏幸、宝野和博、桜井健次、宇治進也(以上金属系先進材料分野)、板東義雄、北島正弘、井上悟、大野隆央、佐々木高義、 Dmitri V.Golberg、石岡邦江(以上無機系先進材料分野)、関口隆史(平成17年度専攻長)、迫田和彰(同学務委員)、岸本直樹 (平成16年度専攻長)、三木一司、中山知信、武田良彦、陳国平(以上ナノ ・生体系先進材料分野)、松本信介、掛札孝子(事務 局) 1.物質・材料工学専攻の設立目的 物質・材料工学専攻は、「筑波大学大学院数理物 質科学研究科物質・材料工学専攻」として、国立大 学法人筑波大学との連係協力協定の下、平成16年4 月に設立されました。独立行政法人の研究機関であ る機構と筑波大学が協力して新しい形の教育に着手 することは、つくば学園都市の歴史、両機関の歴史 的背景、あるいは連携大学院としての助走期間を経 て実現したものです。 「独立連係専攻」と命名される新しい制度として 本格的に取り組むのは、我が国では本専攻が初めて のケースとなります。独立行政法人研究機関の研究 者が学生の教育研究指導にあたるというところにそ の新規性があります。ここで「独立専攻」というの は、両機関が互いに独立に運営するということでは なく、修士課程から独立した専門性の高い、博士後 期課程の大学院であることを意味します。「連係専 攻」というのは、言うまでもなく、独立行政法人の 研究機関と国立大学が研究と教育について連係して 運営を行うことです。この「連係」という言葉は、 従来型の連携大学院とは異なるという意味で、特に 異なる漢字を用いることとなったものです。このよ うに、本制度を考える際、研究のピークを目指すこ と、及び両機関が連係すること、という2つの側面 を併せ持つことが大切です。 本専攻設立の目的は、研究活動と教育の高度な連 係・融合を通じて、物質・材料分野における新産業 の創出並びに基礎及び創造性を育んだ研究型専門職 業人を養成することにあります。これは、同研究分 野において機構の有する高度な研究能力と装置群を 教育に有効利用することにより実現されます。これ により、物質・材料分野の研究のピークを目指す人 材の養成とともに、学生自身が世界水準の研究活動 に活発に貢献することを意図しています。 また、筑波大学との連係協力をより強固なものと することで、つくば研究学園都市内の融合連係体制 を促進し、つくば地区の発展に寄与することも、重 要な目的の一つです。 2.物質・材料工学専攻の概要 科学技術の発展により、国際的産業競争力の強化 と経済社会の持続的成長、環境・エネルギー問題へ の対応及び少子高齢化への対応を通した豊かな国民 生活の実現、国民の安全・安心な生活の確保、安全 保障対応を通じた国の健全な発展等が求められてい ます。材料に関する科学と工学は、全ての産業に関 わる基幹分野であり、既存の大学の枠内での教育研 究に加えて、広範な科学技術分野にまたがる研究機 関と一体になって教育・研究を進めることが、社会 の要請に応えるべき人材を養成するために有効で す。このような背景から、図1に示すように、数理 物質科学研究科物質・材料工学専攻では、物質創成 先端科学専攻、電子・物理工学専攻、物性・分子工 学専攻と連係して、より効果的に物質・材料に関す る教育・研究を進めることとしています。 本専攻は、筑波大学大学院数理物質科学研究科の 中に、独立専攻として後期3年間博士課程にのみ設 置されています。これは、機構の研究開発に貢献す ることを通じて、高等研究教育を進めることとして いるためです。本専攻は、3つの研究分野、「金属 図1 物質・材料工学専攻の制度の概要 系先進材料分野」、「無機系先進材料分野」及び「ナ ノ ・生体系先進材料分野」によって構成され、それ ぞれ4名、7名、7名の計18名の教員(うち、教授 12名、助教授6名)を配しています。 学生受入の定員は、博士後期課程では6名、前期 課程では12名としています。 一方、本専攻への進学を希望する学生又は修士号 の取得を希望する学生を対象に、同研究科内に博士 前期課程に対応する「物質・材料工学コース」を設 けています。こちらでも機構において研究指導を受 けることができます。 3.物質・材料工学専攻の活動の経緯 (1)平成9年度頃~平成14年度 筑波大学では、5年一貫制の工学研究科、あるい は数理物質科学研究科において、連携大学院制度を 積極的に進めて来ました。機構からは毎年数人の連 携教員を出して貢献してきました。平成9年頃から、 筑波大教員と連携教員との間で、毎年のように、連 携教員定員の増加など、拡大版の計画案も検討され ました。つくばの地の利を生かして、国立研究所の 研究基盤と大学の若い頭脳が緊密に連携すれば、研 究の中身において我が国、世界のピークを創り出せ るはずであるという考えでした。しかしながら、平 成14年度までは本格化しませんでした。総論は賛成 でも現実的な各論になると障害が多々あるとの認識 があり、慎重な雰囲気が支配的でした。特に、文部 省と科学技術庁の省庁間の壁は、大きな阻害要因で あったと思われます。 平成14年度になると連携強化の動きは一層活発化 し、独立連係専攻の立ち上げに関する問題について、 筑波大学の教員と機構研究者の間で、幾度となく現 場レベルの協議が繰り返されました。一方では、両 者間で明確に競合する問題が露わになり、後ろ向き の雰囲気が漂ったこともありました。 (2)平成15年度 4月独立連携専攻設立準備委員会設置 10月独立連携専攻事務室設置 2月平成16年度学生募集入試 平成15年度にはついに、機構と筑波大学の執行部 の英断により、独立連係専攻の立ち上げが合意され ました。この決断に至った背景には、両機関幹部の 前向きな姿勢は勿論ですが、一つには、既に両機関が 平成13年から同じ文部科学省に属するようになった こと、あるいは、大学が平成16年度には非公務員型独 法人になることの影響が大きかったと思われます。 機構は、平成15年4月には独立連携専攻設立準備 委員会(専攻設立時に解散)を立ち上げました。そ の委員は次期専攻教員候補により構成され、専攻の 目的・使命、制度の骨格が本格的に検討されました。 さらに10月に設置された独立連携専攻事務室(平成 16年10月、当該業務が総合戦略室に移管されたため 廃止)によって、事務的な支援体制が整い、筑波大 学との協議、調整が進められ、本制度が今の形を得 ることとなりました。 本専攻制度の立ち上げは、筑波大学の平成16年度 概算要求事項に含まれることから、その予算内示は 平成15年12月頃であり、少なくとも内示があってか らしか学生募集を開始することはできません。通常 は前年の8月に入試がありますが、その時期に入試 を行うことは当然不可能であり、2次募集の時期に 合わせて、2月期試験についても、募集要項作成は 12月以前であることから、2月期に試験を行えるか どうかも危ぶまれていました。一時は、平成16年度 4月以降に入試を行い、開講も4月中という離れ業 が俎上に上りました。また大学設置審等のための書 類作成も同時併行に進められていて、教員には大変 な負担を強いられました。幸か不幸か、大学が法人 化されて規制が緩和されたことから、自由度が増し、 設置審の作業は要らなくなり、また、法人の意志で 早めに試験を行うことが可能になったという側面が ありました。 結局、年が明けた2月には、機構の研究者のみに よる初の入学試験を実施し、4名の合格者を出し、 次年度の専攻設立を迎える体制が整いました。 新しい制度の一つとしては、NIMSジュニア研究 員制度(図2)も発足させて頂きました。本制度は、 学生が、講義等で指導を受けている日以外で一定の 日数について、機構の非常勤職員となり、その労働 の対価として給料を受けることにより、生活の心配 なく研究に打ち込めるようにする制度です。我が国 では教育を受けている学生が賃金を受け取ることに 対して、賛否両論がありましたが、欧米では半ば当 然として実施されており、機構で実現して頂いたこ とにより、単に生活支援ということでなく、研究に 関する業務を行うことにより、学生に自覚を促すと いう効果も出ています。 図2 NIMSジュニア研究員制度のパンフレット (3)平成平年度 4月 物質・材料工学専攻設立 5月学生募集説明会 7月平成16年度学生追加募集入試 8月平成17年度学生募集入試 2月平成17年度学生追加募集入試 平成16年度には、筑波大学との協定締結により本 専攻が正式に発足し、学生への教育研究指導がスタ ートしました。8月の通常入試、2月の2次募集の 入試のほか、平成16年度は特に追加募集を行い、年 3回の入試を実施しました。そのほか、8月期入学 のための入試や、社会人コースの入試もあります。 また、国内の学部学生及び修士学生等を対象に、広 く学生を募集するとともに(図3)、専攻独自の学 生募集説明会を実施し、積極的な広報活動に努めま した。 図3 学生募集用ポスターの一例 図4学生募集説明会の光景 図4は学生募集説明会で学生が教員に相談してい る様子です。この学生募集説明会は、物質・材料工 学分野の研究に興味を持つ学生に対して、実際に機 構とその研究室を開放し、教員との直接のインタビ ューを通して、本専攻と各研究室の研究活動の中身 についてより詳しく知ってもらうことを目的とする もので、予想以上に大きな反響を呼びました。今後 とも継続して実施することとしています。 これら大量の入試関連事務や広報活動は、筑波大 から派遣された熟練の事務職員1名と、機構側の事 務職員が中心となって円滑に進められました。 (4)平成17年度 4月 講義科目「ナノ材料工学特論」開講 4月筑波大学新入生見学会 6月学生募集説明会 8月平成18年度学生募集入試 2月平成18年度学生追加募集入試 平成17年度は、本専攻の正式な発足から1年が過 ぎ、本制度の充実化と拡大に努めた時期となりまし た。特筆すべきこととしては、まず、専攻教員すな わち機構の研究者のみによる講義科目「ナノ材料工 学特論」を筑波大学キャンパスに開講したことが挙 げられます。この講義科目では、機構の先端研究ト ピックスを交えながら、物質・材料工学の基礎につ いてレクチャーが行われています。また、本講義は 前期課程物質・材料工学コースに設置されています が、後期課程を含めて幅広い学生が受講しています。 (図5) 図5ナノ材料工学特論授業風景 また、4月には筑波大学の学部新入生120名を、 新入生オリエンテーションの一環として機構に招 き、見学会を開催しました。このように、本専攻で は専攻独自の活動のほか、筑波大学との連係協力の 促進についても力を入れています。 さらに、本専攻全体として、学生を指導する体制 を強化すべく、定期的に学生研究発表セミナーを行 うこととし、今までに2回開催しました。これは必 須科目のコロキウムに相当するものであり、学生が 研究進捗��状況の発表を行う機会を持つという意義 と、教員側が指導方法について再検討するという意 義を併せ持ったものにしようとしています。 4.物質・材料工学専攻の活動の総括 (1)学生について 本専攻は、この2年間で計12名の学生を受け入れ ています。これは定員数の総数に等しく、筑波大学 の他の研究科、専攻と比べても優れた充足率 (100%)を誇っています。特に、本専攻が設立後間 もない新専攻であることを鑑みると、非常に優秀な 数字であるといえます。また、学生の質という点で も、当専攻の学生は、機構とケンブリッジ大学との 間で開催される「ナノテクサマースクール」にて最 優秀プレゼンテーション賞を受賞するなど、その資 質は十分に評価されています。 個々の学生を見ると、能力にばらつきがあること は否めず、また、研究業務との両立など指導上悩み を持つ教員もいますが、現在の教員数18人に対して、 6人の学生定員は少なすぎるという意見が大勢で す。また、本専攻に関わる研究者以外でも、本専攻 の教員となって、学生を指導したいという希望者が 多々います。今後、若年層人口の長期的低減傾向の なかで、学生定員を拡大することは困難な状況です が、現状の定員よりは増やしていく方向に進むこと は妥当であると思われます。粗製濫造にならないよ う、志の高い良い学生を多く集めることが望まれ、 そのための環境整備は今後とも必要になります。 (2)教育研究指導について 機構は、世界的に特徴のある研究設備を多々整備 し、継続的・組織的に研究開発に取り組んでいます が、反面、研究者の高齢化等によって若く自由な発 想が今後ますます不足するという危惧や、研究設備 が充分には活用されていないという批判もありま す。本専攻の教育研究指導においては、それら先端 研究施設を、学生が自由に使うことができ、贅沢と も言える研究環境を提供することができています。 機構にとっても施設の有効活用のために、学生は今 や不可欠の人材となっています。 本専攻では、博士論文作成に向けた本来の研究指 導「特別研究」は勿論のこと、博士前期課程の講義 科目「ナノ材料工学特論Ⅰ-Ⅲ」 の開講に加え、博士 後期課程について学生研究発表セミナーを実施して います。また、本専攻の受入学生の約半数が外国籍 の学生であることから、英語による指導も行ってお り、さらに平成18年度には英語による講義科目の実 施を予定しています。このように、従来の研究指導 のほか、学生のプレゼンテーション能力、英語能力 等の向上を目的としたカリキュラムの充実化に努め ています。 (3)運営体制について 筑波大学と機構との協定「国立大学法人筑波大学 と独立行政法人物質・材料研究機構の連係協力に関 する協定書(平成16年4月1日)」に基づいた本連 係専攻は、研究と教育の高度な融合、創造性豊かな 優れた研究・開発能力を持つ研究者又は高度専門職 業人を養成することなどを目的として進められて来 ましたが、その運営体制、あるいは教員としての研 究者の位置づけについては、必ずしも明確でないま ま発進してしまいました。平成17年秋に、遅ればせ ながら「連係大学院制度の実施に関する運営方針」 が策定され、その中で「機構が、研究職員が専攻の 運営及び学生の研究教育指導を主体的に行うことを 支援すること」及び専攻業務が尊重されることが認 められました。また、併せて、本専攻の業務を円滑 に推進するために、「連係専攻運営支援委員会」を 設置することが決まりました。これにより、教育活 動が、機構の公式業務の一環であることが認知され、 運営体制が整ったことになります。 (4)今後の取り組みについて 以上のように、本専攻が設立されてから2年間を 経て、制度としてほぼ定着し、また、学生の受け入 れや教育研究指導についても順調に軌道に乗ってき ているところです。研究と教育の融合というのは世 界の研究機関の趨勢であり、今後は、出願者及び学 生数の増加並びに学生の資質の向上を目指します。 学生には良い研究を行い優れた論文を書かせること が基本ですが、それを支える活動として精力的かつ 継続的な広報活動とカリキュラムの充実等を一層推 し進めたいと思います。 本専攻の発展のためには、優秀な学生をより多く 確保すること、教育に対する環境整備、あるいは関 連制度の充実が重要な要因となりますが、それらに も増して重要なのは、研究と教育の二足のわらじを はく研究者自身の、教育・研究に対する情熱及び業 務増大を克服する実行力でしょう。本専攻の教員全 員は、時には悩みつつ、今後一層頑張りますので、 引き続き皆様のご理解とご協力をお願い致します。 16 デ ー タ 集 収入 平成13年度 平成14年度 平成15年度 平成16年度 平成17年度 物質・材料工学専攻 ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ 特許出願 ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ 特許登録 ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ 実施許諾 ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ 実施料収入 ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ 業務実施契約 ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ 知的財産室共同研究 ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ 連携大学院 ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ 誌上発表 ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ 口頭発表 ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ 研究集会参加 ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ 講師派遣 ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ 研究者派遣 ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ イベント ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ 見学 ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ 相談対応 ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ プレス ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ NIMSフォーラム ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ 職員 事務職 ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ 研究職 ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ 研究職任期付職員 ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ エンジニア職 ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ 大学院生受入 ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ 研究者受入(非常勤職員特別研究員) ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ 研究者受入(非常勤職員若手国際研究拠点) ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ 研究者受入(非常勤職員NIMSジュニア) ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ 研究者受入(非常勤職員客員研究員) ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ 研究者受入(外来研究員) ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ 資本金 ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ 共同利用 ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ 共同研究 ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ 事故調査 ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ 受託事業収入 ※平成17年度は平成17年10月31日現在のデータ 17 イ ベ ン ト 集 ee ve NOU 2001 ◄独立行政法人物質・材料研究機構 発足式(平成13年4月2日) ◄尾身科学技術政策担当大臣ご視察 (平成13年12月13日) 2002 ◄野依良治先生御来訪 (平成14年7月24日) ◄ NIMSフォーラム2002 (平成14年12月4日) 2003 ◄秋篠宮同妃両殿下NIMSお成り (平成15年10月14日) ◄サイエンスキャンプ2003 (平成15年7月29~31日) 2004 ◄ 一般公開 (平成16年4月15日) ◄特別企画 (平成16年4月18日) 2005 ◄科学フェスティバル出展 (平成17年10月8~10日) ◄大好きいばらき県民まつり出展 (平成17年11月12~13日) NIMS5 年の歩み 独立行政法人 物質・材料研究機構 発行日:2006年2月10日 〒305-0047茨城県つくば市千現1-2-1 電話:029-859-2000 FAX : 029-859-2017 印刷:東日本印刷株式会社 © NIMS 2006