Se er baeies eas = st sere eee aes : ee Se = : setters 2 Sienomeeiceeerrreence ne eos z so vee he es Soe eo z z z URE Bee SuSE Se pice eee eee ecu tee: o sbeeoSeseecbetras reeves veven seetvurecaeeernG reccotues thesis eee eee 8S ates’ eee 2, eee Biogen ies ee me 2 ee orcas = eae oe epee te ze a eerie as Seaee ES oes Bo: Rrereceraitseses y S E feeeaeeees See eee Seen Eee = Sooners eerie esearter eeeigerecreeete : z So ae aetsaseacecesete cor cnseeepiemcu stair teeter stererereerseoaes = i cere —_._ : ee ee = : : peice eae see eee & setes ueeeeeueeeeeeeeeeesreeere Bee sae : : : gees UE Sen Rois = = sosee re crise erceceereseeceteee Les Ss a ee eee Serer sata paces See eases = Pepe ssmiscbeeee una eee = fee sieissieec! = = oe see = Bice a ie a ae ees gepeeateereteepeceeteras eaters: : 2 Setar ee _. é ee es = oe fi a oe = a ce eee eee eee cere pe eee i Sere cesvess = we i : seed aa i siti : z tH He # i a at _ ‘ a ie ; ie He tte sist ae | ae 4 ao it i: oF aS a oe EE Se 無機材質研究所創立30周年記念誌 21世紀を支える先端無機材質の研究 平成8年11月 科学技術庁 無機材質研究所 序 平成8年4月,無機材質研究所は創立30周年を迎えました。当所の研究活動と密接 に関係する先端セラミックスは,いまや私達の日々の生活や産業を支える不可欠の材 料となっています。この分野の基礎研究の一層の充実と,当所の設置目的でもある高 純度無機材質などの新材質の創製への期待が年々高まっております。まさに当所の創 設に努力された方々の英知と先見性が証明されたのです。 当所を特徴づけているグループ研究を主体とする組織や運営は,創造的研究をよく 支え,基礎研究領域で多くの成果を生み,それが起点となり多数の新材料を世に送り 出して参りました。無機材質の国際的な中核的研究拠点としての機能も高まり,共同 研究のため当所に滞在する外国人研究者も,近年急速に増大しております。この現状 は,これまで当所の創設,運営に関わってこられた皆様方のご努力及び多くの方々の ご支援の賜ものであり,改めて深く感謝いたします。 科学技術の重要性が改めて指摘される今,ここに30周年を迎えるに当たり,情熱を もって研鑽を積み,優れた着想に到達し得た者を皆で勇気づけ,科学技術基本法の精 神を大切にして全職員の力を結集し,より大きな貢献を果したく,ここに決意を新た にいたします。 平成8年11月 無機材質研究所長 猪股��三 無機材質研究所全景(平成7年撮影) 研究本館(昭和46年) 管理棟(昭和54年) 主な建物 ―過去10年間に建設― 無振動特殊実験棟(昭和63年) 超伝導セラミックス実験棟(平成元年) 荷電粒子応用特殊実験棟(平成4年) 現在建設中の建物 ・超微細特殊実験棟(平成9年) ・共同研究センター(仮称)(平成10年) 先端機能性材料研究センター棟(平成6年) 研究風景 (二重るつぼ法による単結晶 引き上げ実験) (真摯に研究に取り組む) (ダイヤモンド成長過程追跡実験) (外国人研究者とのミーティング) (超高圧電子顕微鏡による観察) 目 次 序 無機材質研究所長・猪 股 ��三 第1部 無機材質研究所の30年と材料の30年(年表) 1 第2部 先端無機材質研究の未来予測 1新材質 1―1 酸化物耐熱構造材料 池上隆康 17 1―2非酸化物耐熱構造材料 三友 護 19 1― 3単結晶光学材料 北村健二 21 1― 4新超伝導材料 室町英治 24 1― 5強誘電体材料 高橋紘一郎 26 1―6 磁性材料(その1)磁性半導体 梅原雅捷 29 磁性材料(その2)遷移金属硫化物のエピタキシー膜 野崎浩司 31 1―7 電子材料 羽田 肇 33 1― 8 生体材料 田中順三 35 1―9イオン交換材料(その1)無機陽イオン交換体 小松 優 38 イオン交換材料(その2)無機陰イオン交換体 小玉博志 40 1―10超硬質材料(その1)単結晶ダイヤモンド 神田久生 42 超硬質材料(その2)多結晶ダイヤモンド 赤石 實 44 超硬質材料(その3)ダイヤモンド薄膜 加茂睦和 47 超硬質材料(その4)立方晶窒化ホウ素薄膜 松本精一郎 49 1―11電子放射材料 石澤芳夫 51 1―12触媒材料 渡辺 遵 53 1―13イオン伝導材料(その1)酸化物 渡辺昭輝 55 イオン伝導材料(その2)銀カルコゲナイド 和田弘昭 57 1―14粘土鉱物 山田裕久 60 1―15新構造硫化物 小野田みつ子 62 2材料創製先端技術 2 ―1 超高圧発生技術(その1)静的超高圧 山岡信夫 64 超高圧発生技術(その2)動的超高圧 関根利守 66 超高圧発生技術(その3)ダイヤモンドアンビルセル 竹村謙一 68 2―2荷電粒子利用技術 菱田俊一 71 2 ― 3単結晶合成技術(その1)誘導加熱式フローティングゾーン法 大谷茂樹 74 単結晶合成技術(その2)集光式フローティングゾーン法 竹川俊二 76 単結晶合成技術(その3)チョクラルスキ法 宮沢靖人 78 単結晶合成技術(その4)化学輸送法 佐伯昌宣 80 2―4ガラス化技術 井上 悟 82 2―5ソフト化学反応技術 佐々木高義 85 2―6超高温技術 石垣隆正 88 2―7熱間静水圧加圧法 渡辺明男 90 2 ― 8 微小重力 沢田 勉 92 2―9物理蒸着技術 上村揚一郎 94 2―10焼結技術(その1)酸化物 池上隆康 96 焼結技術(その2)非酸化物 三友 護 98 3材料解析先端技術 3―1超高圧電子顕微鏡 堀内繁雄・松井良夫 100 3―2 分析電子顕微鏡 板東義雄 104 3―3イオン散乱分光 㔫右田龍太郎 106 3―4 二次イオン質量分析 羽田 肇 108 3―5 オージェ電子分光 田中順三 111 3―6 走査型プローブ顕微鏡 和田健二 113 3 ― 7リートベルト解析 泉 富士夫 116 3―8変調構造解析 山本昭二 118 3―9 放射光 福島 整 120 3―10核磁気共鳴 小野田義人 122 3―11電子スピン共鳴 内田吉茂 124 3―12陽電子消滅 赤羽隆史 126 3―13 X線顕微鏡 下村周一 129 3―14光学解析(その1)レーザー分光 関田正實 131 光学解析(その2)ラマン分光 石井紀彦 133 光学解析(その3)時間分解スペクトロスコピー 和田芳樹 135 3―15 PRDF 法と XAFS 法 貫井昭彦 137 3―16熱物性 三橋武文 139 3―17計算材料科学(その1)電子構造計算 新井正男 142 計算材料科学(その2)擬ポテンシャルデータベース 小林一昭 144 資料編 Ⅰ研究活動等 1研究業務の推進状況 1)研究グループ等及び研究課題の一覧表 149 2)プロジェクト研究等研究課題 151 2 学・協会への研究発表 153 3無機材質研究所研究報告一覧表 153 4特許・実用新案 155 1)特許・実用新案の出願及び登録件数 155 2)企業化実施 155 (1)特許等実施料国庫歳入額 155 (2)企業化実施状況一覧表 156 5共同研究 157 1)共同研究の件数 157 2)共同研究一覧表 157 6 受託研究 160 1)受託研究の件数 160 2)受託研究一覧表 160 7 外国との研究交流 161 1)外国からの研究者の受入者数 161 2)研究者の外国出張 161 8 外部(国内)からの研究者の受入者数 161 9 表彰 162 1)叙勲,褒章等 162 2)学術団体等 162 Ⅱ機構等 168 1機構 168 1)組織 168 2)委員会及び諸制度 169 2職員 170 1)定員の推移 170 2)主な人事の推移 171 3)顧問 173 4)運営委員 173 3 予算の推移 174 4 施設・設備 175 1)主な建物 175 2)主な設備 176 編集後記 第1部 無機材質研究所の30年と材料の30年 はじめに 高純度無機材質の創製をめざして科学技術庁所属の研究所として昭和41年4月に設立されて 以来30年を経過した。当所は、独自のグループ研究組織による学際的研究体制の下で、合成・ 物性・ キャラクタリゼーションの3分野の連携により研究を進めて、無機材質の研究分野にお いて多大な成果をあげることにより広く社会に貢献してきた。 ここに創立30周年を記念して、過去を振り返り、無機材質研究所の研究の流れと、この間の 世界の材料研究の流れを年表形式にまとめ対比してみた。右端の材料の30年の項には、当所に おける波及効果の大きい創造的成果も選んで入れた。これは世界の流れの中における無機材質 研究所の位置付けを示し、将来の在り方を探る手段とするためでもある。なお、第2部の未来 予測にも種々の成果が入っているので参照していただければ幸いである。 第1部 無機材質研究所の30年と材料の30年 発表年度 無 機 材 質 研 究 所 の 物 性 合 成 1966 (S41) 1968 (S43) 昇華法によるSiC単結晶合成 Mn-O系の相平衡の解明 1969 (S44) 15RSiCの熱的安定性の解明 スピネル型Fe3S4の水熱合成法の開発 Mo基板上でのβ-SiCウィスカーの気相合成 1970 (S45) GaAs結晶中の結合電子分布の測定 AlNのESR測定 高純度ベリリウム化合物の合成 VLS法によるAlNウイスカーの合成 1971 (S46) 高温高圧下での示差熱分析法の開発 高濃度陰・陽イオンペア欠陥ペロブスカイトの合成 1972 (S47) 自縄自縛磁気ポーラロンの理論的解明 MgO中の粒界での酸素拡散の研究 As-S-Se系ガラスの粘度測定 Nb2O5の高圧下での相図の作成 1973 (S48) 陽電子消滅法によるZrO2関連物質の結合状態の解明 SnS2のフォトルミネッセンスの測定 ペロブスカイト型化合物の高圧下での構造安定性の解 明 高圧装置の相似則成立を実証 鉄硫化物の超微粒子および薄膜の合成 30 年 材 料 の 30 年 キャラクタリゼーション 無機材質研究所創立 ZnO-Bi2O3系バリスタの発明(日本) Fe1-xSx (磁硫鉄鉱)の超構造(変調構造)の発見 SiCの多形の解釈 Fe1-xOの欠陥構造の解明 磁気バブル素子の発明(米) リートベルト法の発明(オランダ) 高分解能電子顕微鏡技術の先駆的研究(オーストラリア) カルコゲンガラスのスイッチングとメモリ作用の発見(米) カルコゲナイドガラスの研究盛んになる 窒化アルミニウムの希土類酸化物系焼結助剤の発明(日本) 部分安定化ジルコニアの発明(豪) β-SiCの加熱による構造変化の解明 窒化ケイ素―希土類酸化物系基本組成発見(日本) アポロ月の石を採取(米) 電子回折によるFe3S4の磁気異方性の解明 サイアロンの発見(日本) 低損失光ファイバ(20db/km)の製造(米) 半導体拡散炉用高純度炭化ケイ素系部材開発 半導体レーザーの室温連続発振(米) 半導体超格子の提唱(米) VOxの超構造の決定 炭素繊維複合体の商品化 シェブレル化合物の発見(仏) 透光性PLZTセラミックスの発明(米) 薄板状結晶技術(EFG法)によるアルミナ単結晶の連続引き 上げの成功(米) アルコキシドを用いるゾルーゲル法の研究開始(米) X線トポグラフとEPMAによる合成水晶の成長模様観察 ニオブ酸化物中の点欠陥の直接観察 X線回折装置用加熱炉への赤外線集光方式の応用 SiCの常圧焼結法の開発(米) 半導体製造用高純度SiC製造開始 無機材質研究所の筑波研究学園都市移転 γ-Al2O3の電子回折による構造解析 SiC-B-C系基本組成開発(米),以後非酸化物セラミックスの 研究盛ん レーザ発振用透光性Y2O3 (Nd2O3)高密度焼結体の開発(米) 江崎玲於奈氏ノ ーベル物理学賞受賞 半導体製造用黒鉛の高純度SiC被覆法の実用化 発表年度 無 機 材 質 研 究 所 の 物 性 合 成 1974 (S49) VO2の不定比性と構造・物性の関係の解明 チタン酸バリウムの誘電特性の解明 ZrO2単結晶の育成 カルコゲン化ガラス形成過程の解明 AlN薄膜の超高真空下での合成 フッ素添加による透明MgO焼結体の合成 ZrO2超微粒子の水熱合成と転移現象の解明 YFe2O4の発見,AB2O4型結晶とホモロガスシリーズ の発端 1975 (S50) As-Seガラスの熱伝導の測定 非平衡欠陥を含むLaFeO3の磁性の解明 LaB6単結晶熱電子放射陰極の開発 強誘電体ゲルマン酸鉛の板状単結晶の合成法の開発 FB25型超高圧ベルト装置の開発 アナターゼ型TiO2単結晶の合成 繊維状チタン酸アルカリの新製造法の開発 1976 (S51) 陽電子消滅法によるFe3O4の電子状態の解明 ReO3およびLaB6のラマンスペクトル解析 リン酸カルシウムの水硬性の発見 化学輸送法により育成された結晶の組成予知法の開 発 Si3N4のガス圧焼結法の開発 BNフィラメントの合成 アルミニウムの多色電解着色法の開発 1977 (S52) LaB6等のホウ化物のフェルミ面の決定 四チタン酸カリウムの熱的挙動の解明 新規強誘電体複合ビスマス化合物群の発見 フラックス法による六方晶BN (hBN)単結晶の育 成 集光FZ法によるYIG単結晶育成法の開発 1978 (S53) 遷移金属二ホウ化物のフェルミ面構造の決定 LaB6の表面構造と表面電子状態の究明 新しい触媒法によるcBN製造法の開発 熱天秤法によるFe-V-S系の相図の作成 1979 (S54) TiO2多形の熱力学的安定性の決定 六方晶BN (hBN)の光中心の解明 Pb2WO5の高温→低温相移転現象の解明 組成制御TiCx単結晶の育成技術の開発 30 年 材 料 の 30 年 キャラクタリゼーション 回折X線プロファイルからのコンプトン散乱寄与分の補正法 の開発 新規結晶構造のBaWO4高圧相の合成と構造解折 Ca―チェルマック輝石の合成と結晶構造の解析 結晶変調構造の多次元空間を用いた解析概念の確立 結晶の変調構造の多次元モデル(オランダ) アモルファスシリコン半導体の創製(米) YFe2O4の発見(無機材研) 水溶液中の高速抽出機構の解明 α-Si3N4中の酸素不純物の定量 BaS2の構造解析 ピロータイト(Fe7S8)中の金属空孔の直接観察 水溶液中のFe (Ⅲ)抽出における高速抽出機構の解明 SiC連続繊維の合成法(日本) 0.38GeV,極端紫外・軟X線用第二世代光源(日本) SiC微粉末の焼結法(米) 繊維状チタン酸アルカリの新製造法の開発(無機材研) LaB6単結晶熱電子放射陰極の開発(無機材研) ZrF4-BaFz-NaF系フッ化物ガラスの発明(仏) マイク口波用誘電体発振器の実用化 高分解能超高圧電子顕微鏡(1000kV)の開発 窒化ケイ素のガス圧焼結法の開発(無機材研) 高分解能超高圧電子顕微鏡(1000kV)の開発(無機材研) 自動車排気浄化用酸素センサ(ZrO2)の実用化(独,米,日) γ-Fe2SiO4結晶の電子密度分布解析 高分解能超高圧電子顕微鏡による構造解析法の開発 形状記憶マイカ結晶化ガラスの発見(英) トリディマイト(SiO2)の多形関係の解明 光弾性複屈折による単結晶歪定量法の開発 AlN及びBN薄膜の合成と負性抵抗現象の解明 波長可変固体レーザー(アレキサンドライト)の発明(米) サイアロン“X-Phase”単結晶の合成と構造決定 Ti-Sの超格子の構造解折 発表年度 無 機 材 質 研 究 所 の 物 性 合 成 1980 (S55) X線回折によるヨウ素の高圧下での分子解離の解明 TiO2 (アナターゼ)のラマンスペクトルの温度依存性 の測定 Bi1-xLnxWO6の合成と結晶構造の解明 衝撃圧縮法によるフッ化黒鉛からのダイヤモンド合 成 耐熱構造用SiCセラミックスの焼結法の開発 安定同位体13Cを用いたダイヤモンドの気相成長 13Cからなるダイヤモンドの高圧合成 1981 (S56) 中性子回折法によるV5S8の磁気構造の解明 ReO3の陽電子消滅法による電子状態の解明 TiCの表面構造と吸着特性の解明 気相法によるダイヤモンド合成 Na2O-TiO2系の低温度域の相図の作成 rBNの直接変換によるcBNの高圧合成 cBN透光性焼結体の開発 FB75型大容量超高圧ベルト装置の開発 緑色のダイヤモンド単結晶の合成 F Z法によるHfC, TaC単結晶の育成 ZnO透光性焼結体の合成 1982 (S57) 極高真空電界電子放射測定装置の開発 遷移金属水素化物の電子構造の究明 CoO―Al2O3系状態図の作成 新物質LiFeSnO4の合成 CVD法による高純度SnO2単結晶の合成 アパタイト質セメント硬化物の合成法の開発 チタン酸系ウラン捕集材の合成 チタン酸ウラン捕集材の合成 マイクロ波プラズマ法によるダイヤモンドの合成 1983 (S58) 混合原子価化合物(La0.8Ca0.2)MnO3+yの磁気転移点の 圧力変化の解明 希ガス固体中の正孔の自己局在状態の解明 希土類含有オキシナイトライドガラスの合成と物性の 解明 ダイヤモンド類似型結晶構造を持つB2Oの高圧合成 リン酸カルシウム/カルボン酸系複合化合物の合成 印刷法によるゲルマン酸鉛焦電型赤外線センサーの 開発 700℃以下でのSnO2用溶融剤の開発 SiC高強度焼結体の合成 rBN粉末の合成法の開発 透光性サイアロンの合成 30 年 材 料 の 30 年 キャラクタリゼーション 積層不整解析法の拡張と硫化物への応用 MgO単結晶中の小傾角粒界の観察 Al-Si-C系化合物の構造決定 量子ホール効果の発見(独) 高純度光ファイバ(0.2dB/km)の開発(日本) 高シリカゼオライトの合成(米) β-アルミナ系イオン伝導体の電子線照射損傷機構の解明 SiC中のBの分析 CO3Al2Si3O12ガーネットの構造決定 走査型トンネル顕微鏡(STM)の発明(スイス) 気相法によるダイヤモンド合成(無機材研) オールセラミックスエンジンの試作(日本) 福井謙一氏ノーベル化学賞受賞 科学技術振興調整費創設 創造科学技術推進制度創設 Fe-V-S系固溶体の構造解明 超空間群に基づいた変調構造解析法の開発 直衝突イオン散乱分光法による表面構造解析手法の開発 Photon Factory建設(日本) 超空間群に基づいた変調構造解析法の開発(無機材研) 直衝突イオン散乱分光法による表面構造解析手法の開発(無 機材研) 高熱伝導・電気絶縁性SiC-BeO系セラミックスの発明(日本) マイクロ波プラズマ法によるダイヤモンド合成(無機材研) X線導管光学系および走査型X線分析顕微鏡の開発 結晶質四チタン酸繊維によるイオン交換特性の解明 β型Si3N4の空間群の決定 天然ダイヤモンドの微細構造の観察 走査型X線導管光学系の開発(無機材研) 生体活性バイオセメントの開発(米) 発表年度 無 機 材 質 研 究 所 の 物 性 合 成 1984 (S59) 微視的表面フォノンの実験的検証 光電子分光によるNiOの電子構造の解明 TiCフィールドエミッターの電界放射特性の解明 WCのフェルミ面の観測 銅(Ⅱ)モンモリロナイト/シクロデキストリン複合 体の合成 プロトン導電体HZr2P3O12の合成 SnO2単結晶,繊維状SnO2, SnO2粉末の製造 1985 (S60) アルカリハライドのB1-B 2相転移機構の解明 ニオブ酸リチウム単結晶の光誘起複屈折変化の解明 ペロブスカイト型チタン酸塩微粉体の製造法の開発 超高圧下でのダイヤモンド単結晶(3.6カラット)の育成 FZ法によるWC単結晶の育成 高電気抵抗性ダイヤモンド焼結体の合成 高濃度伝導イオン含有β-アルミナの合成 3万トンプレスの開発 1986 (S61) 拡散による不均一場の物質移動の新解釈の提唱 Fe2O3のフォトエミッションサテライトと電子構造の究 明 表面処理遷移金属フィールドエミッターの開発 α―リン酸ジルコニウム/シクロデキストリン複合型 ホスト化合物の合成 TiO2単結晶の粒界除去と偏光子への利用 新化合物Kx 〔Ga8+xTi16-xO16〕の合成 1987 (S62) 高温超伝導体(La-Sr-Cu系,Y-Ba-Cu系)の光電子 分光法による電子構造の解析 400kV分析電子顕微鏡によるSi3N4の粒界構造解析 Nd1+xBa2-xCu3Oyの合成と超伝導性の究明 熱プラズマを用いるダイヤモンドの高速気相合成 希土類含有の新しいマシナブル結晶化ガラスの合成 ゾルーゲル法による有機・無機複合非晶質体の合成 Y-Ba-Cu酸化物の単一相合成 新しい酸化ビスマス系イオン伝導体の開発 cBNpn接合の作製 透明YAGセラミックスの新しい合成法の開発 YB66単結晶の有成 グラファイト類似BC2N薄膜の合成 1988 (S63) 局所照射型レーザフラッシュ法の開発と薄膜の熱拡散 率測定への応用 低速イオンと固体表面の相互作用の研究 FB30H型超高圧ベルト装置の開発 燃焼炎によるダイヤモンドの合成 TiC―Al2O3複合セラミックスの常圧焼結法の確立 100種以上の六方晶系層状及びスピネル型新化合物 (君塚結晶)の合成 ガロチタン酸トンネル化合物の合成 Bi系超伝導体の単相化に成功 30 年 材 料 の 30 年 キャラクタリゼーション ガラスの均質度の定量評価法の開発 六方晶アルミン酸化合物の基本構造と欠陥構造の解明 準結晶の発見(イスラエル) 微視的表面フォノンの実験的検証(無機材研) 高熱伝導性窒化アルミニウムの開発(日本) セラミックスターボチャージャーの実用化(日本) 分析電子顕微鏡による組成と構造の複合解析手法の開発 ダイヤモンド薄膜のシンクロトン放射光セクショントポグラ フの撮影 粉末X線及び中性子回折用解析プログラムRIETANの開発 層状チタン酸の固体酸性の解明 Car-Parinello法(第一原理分子動力学法)の開発(イタリア) 電子線ホログラフィーによるアハロノフーボーム効果の検証 (日本) 粉末X線及び中性子回折プログラムRIETANの開発 (無機材研) 多結晶体のX線回折による評価法―ε&τ走査法―の開発 TOF法中性子線回折による高温下の窒化リチウムの構造解析 セラミックスの超塑性現象の発見(日本) 銅酸化物高温超伝導体(La,Ba)2CuO4の発見(スイス) 高温超伝導体(La,Sr)2CuO4の発見(日本) 研究交流促進法施行 単一相YBa2Cu3O7-δのX線構造解析 粉末中性子回折によるYBa2Cu3O7-δの構造解析 液体窒素温度における超伝導体YBa2Cu3O7の発見(米) 積層圧電アクチュエータの実用化(日本) YBa2Cu3O7-δの結晶構造解析(無機材研) ビスマス系超伝導体の変調構造の発見とその構造解析 SIMSによるチタン酸ストロンチウム中の微量不純物の粒界偏 析の解明 準結晶(AlMn)の構造解析 Bi-Sr-Ca-Cu-O系超伝導体の発見(日本) Tl系の酸化物超伝導体の発見(米) 超伝導材料研究マルチコアプロジェクト開始 STAフェローシップ制度発足 発表年度 無 機 材 質 研 究 所 の 物 性 合 成 1989 (H 1) 高密度磁気ポーラロンの理論的解明 弾性体の拡散クリープの新解釈の提唱 単原子層グラファイトのフォノン分散測定 気相合成ダイヤモンドからの自由励起子発光の観測 PTCチタン酸バリウム導電機構の解明 焼結助剤を用いないcBN焼結体の高圧合成 Bi系超伝導体2212相のF Z法による単結晶育成 人工知能を用いたガラスの材料設計支援システムの 開発 1990 (H 2) セラミックスの破壊挙動と焼結に関する新概念の提唱 透光性YAGの光学的性質の解明 超急冷法によるゲルマン酸鉛焦電型赤外線センサー の開発 ダイヤモンド合成用非金属触媒の発見 1991(H 3) 72GPa以上で現れる高圧相Cs(Ⅵ)の発見 Ta-S系化合物の電流磁気効果の解明 氷のポリアモルフィズムの確立 YBa2Cu3O7.7の高Tc超伝導体の高圧合成 バナジウム複酸化物磁性体AV6O11 (A=Na, Sr)の 合成 高純度スメクタイトの合成 炭酸塩を助剤とした耐熱性ダイヤモンド焼結体の合成 二重るつぼ法による単結晶の不定比制御法の開発 開放型微細空孔を持つ粘土多孔体の合成 結晶性の高いcBN及びwBNを含むレーザー・アシ ステド・プラズマCVD法を用いたBN薄膜の作製法 の開発 1992 (H 4) フッ化物ガラスの波長変換の高効率化 閃亜鉛鉱型MnTlの光吸収端の磁気的ブルーシフトの 解明 一次元イオン導電体 Na1-xTi2+xB5-xO12 (B : Ga3+, Al3+)のNMR ペロブスカイト型化合物Pb (Mg1/3Nb2/3) O3の良質焼 結体の合成 新しい硝酸ビスマス系無機陰イオン交換体の合成 炭窒化ほう素(B-C-N)粉末の合成法の開発 溶媒移動FZ法による良質LaB6単結晶の育成 粘土鉱物スメクタイトの単結晶の超高圧高温水熱法 による育成 格子定数の大きなガーネット結晶の育成 希土類含有フッ化物ガラスの合成 非金属触媒によるダイヤモンド砥粒の合成 1993 (H 5) 複合銀カルコゲン化物の相転移の解明 TiC表面における遷移金属不純物の偏析 磁場印加による酸化物融液中での対流変化の発見 カルシウム欠損アパタイト良質結晶の合成 層状化合物InMO3 (ZnO)mの合成 圧力制御による水溶液からの新結晶成長法の開発 イオン交換法と溶媒抽出法の併用による金属分離法 の開発 荷電粒子応用特殊実験装置の開発 30 年 材 料 の 30 年 キャラクタリゼーション 熱力学的な準安定領域でのダイヤモンドの核形成,成長機構 における水素,フッ素の必要性の予測 走査型プローブ顕微鏡(SPM)の多機能化 希土類アルミノケイ酸塩ガラス中のYの周りの局所構造解析 三元系硫化物複合結晶の同定と構造解析 ダイヤモンド合成用非金属触媒の発見(無機材研) STMによるアトムマニュピレーション(米) インテリジェント材料の研究開始(日本) 世界最高分解能1.0Å有する超高圧電子顕微鏡の開発と酸素原 子の直接観察 ニオブ酸バリウム・ナトリウム(BNN)単結晶の第2高調波 位相整合による評価 カーボンナノチューブの発見(日本) 氷のポリアモルフィズムの確立(無機材研) 重水素イオン中性化分光法による表面結合状態解析手法の開 発 集束X線を用いた走査型X線回折顕微鏡/粉末X線回折計の 開発 ニオブ酸リチウムの欠陥構造の解析 GaNの発光素子の開発(日本) 世界最高分析感度を持つ電界放射型分析電子顕微鏡(加速電 圧300kV)の開発 超短波長(約0.2Å) X線回折装置を用いた高分解能結晶内電 子密度分布解析技術の開発 ダイヤモンド表面の酸化反応過程の解明 磁場印加による酸化物融液中での対流変化の発見(無機材研) Hg系酸化物超伝導体の発見(スイス) COE育成制度発足 発表年度 無 機 材 質 研 究 所 の 物 性 合 成 1994 (H 6) 原子レベルでのダイヤモンドの破壊過程の理論予測 インテリジェント性を持つジルコニア・アルミナ複 合膜の開発 複合結晶BaTiS3の合成 リンを触媒としたダイヤモンドの高圧合成 100Kを超えるTcを有する種々の高圧安定超伝導体 の合成 1995 (H 7) 酸化物磁性体の圧力変化によるNEPCO効果の発見 擬一次元高分子の光励起緩和過程の解明 BaTa2S5の超伝導性の発見 擬ポテンシャルデーターベース(NCPS95)の構築 単結晶ダイヤモンドの水素化表面のHREELSによる振 動スペクトルの観測 テルル酸塩ガラスの構造単位と電子構造の解析 物理的手法によるB-C-N薄膜の合成 C型希土類酸化物構造を持つBi-Ln系酸化物の合成 薄片状酸化チタンの合成 フラーレンC60結晶の衝撃圧縮によるダイヤモンド微 粒子の合成 疑似アルコキシド法焼結体原料合成の技術開発 新しい高イオン導電性複合銀硫化物の合成 Si3N4 ・ SiC超塑性セラミックスの開発 粘土多孔体,粘土/天然有機物複合多孔体の開発 YB66軟X線分光素子の実用化 30 年 材 料 の 30 年 キャラクタリゼーション リートベルト解析プログラムRIETAN-94の開発 新しい炭酸塩超伝導体の高圧合成と構造解析 LuFeO3-ZnO系新ホモロガス相の構造解析 B-C-N (BCxN1-x)薄膜の合成とXPSによる構造解析 分析電子顕微鏡による立方晶BC2Nの存在確認 ホーランダイトのNOx選択還元触媒能の発見 アニュラ型固体検出器の走査型X線顕微鏡への利用 塩素化ダイヤモンド表面の高い反応性の発見 科学技術基本法施行 ブリカーサー法によるナノコンポジットセラミックスの合成 法の開発(独) YB66軟X線分光素子の実用化(無機材研) ペロブスカイト型酸化物の持つ巨大磁気抵抗効果の発見 (日本) 戦略的基礎研究推進制度発足 第2部 先端無機材質研究の未来予測 ayer tL ate’ ee < ar Oe eee a” ee Ba まえがき 無機材質研究所は,高純度無機材質の創製を旗印に,基礎研究を通じて社会に貢献すべく研 究活動をつづけている。無機材質研究所が得意とする領域について,これまでの研究活動を通 じて得られた成果とともに各分野での未来予測を試みた。成果については第1部の年表にも示 しているが,ここでは各研究者より具体的に記述している。 展望については,その当否は数年あるいは10年を経た後明らかにされるであろうが,その結 果は当所の評価につながるものにもなろう。正鵠を得た展望であることを強く望むものである。 1新材質 1―1 酸化物耐熱構造材料 第1研究グループ 総合研究官池上隆康 (1)はじめに 地上の資源には限界があるという事が明かになる につれて,社会の今後の発展は,省資源・省エネル ギー技術開発に依存するという認識が一般化される ようになった。その結果,エネルギー効率を高める 研究や材料特性を最大限利用する研究が活発化した。 それらの研究の重要な柱の一つが,優れた構造材料 の創製にあるといっても過言ではない。また,宇宙 船の耐熱性タイルや耐熱窓,深海の耐圧容器などの ように,フロンティアの分野に進出するためにも, 新たな機能を有する構造材料の開発が鍵になる。 地球上の生物は大気中の酸素を取り込むことで繁 栄しているが,これは自然な環境では酸素の富んだ 状態にあることを反映した結果といえよう。多くの 鉱物が酸化物の状態で存在するのは以上の理由によ る。このため,耐熱構造材料では,高温強度ばかり でなく,耐酸化性も要求される重要な特性の一つで ある。金属酸化物耐熱構造材料では,既に,十分に 酸化された状態にあり,それ以上酸素と反応しない ので,耐熱構造材料として金属や非酸化物系よりも 本質的に優れている。 当所でも,設立の2年目から,金属酸化物耐熱材 料の創製に関する研究開発を積極的に進めてきた。 高純度無機材料の創製とその物性の解明が本研究所 の研究上の大きな柱になっていることから,これま での研究も,高純度金属酸化物原料粉末の製造技術 開発および原料粉末の物性測定と焼結性の解析を行 なってきた。 (2)現在の成果 これまでに研究した材料は,ベリリア(BeO),マ グネシア(MgO),アルミナ(Al2O3),スピネル(MgAl2 O4),ジルコニア(ZrO2),イットリア(Y2O3)等で ある。 一般に,セラミックス材料が,これまで重用され てきた金属類やプラスチックス類の材料と大きく異 なる点は,前者の特性が製造過程,特に焼結に強く 依存するのに対して,後者は殆ど依存せず,材料自 身の物性で決まることにある。このため,前者の場 合,製造企業ばかりでなく,製造年月日などでも特 性が異なることがしばしばあり,セラミックスの材 料としての信頼性を低下させる原因となっている。 これは,材料としては明らかに欠点であるが,優れ た焼結体を再現性よく製造できる技術を開発できれ ば,これまでにない優れた材料創製の可能性があり, 一面では魅力となっている。このような視点から, ベリリアの材料開発では,まずできるだけ有利な条 件で高性能材料を製造するための易焼結性粉末調製 の技術開発を行なった。その結果,ベリリアでは硫 酸塩を仮焼(母塩を焼結温度より低い温度で焼成し て金属酸化物粉末とする)して得た粉末の焼結性が 特に優れているが,逆に水酸化ベリリウムを仮焼し て得た粉末の焼結性は非常に悪いことが分かった。 母塩の種類により焼結性が異なる理由を,湿潤熱, 吸着熱,水蒸気の吸着等温線,脱ガス量と組成など の表面に関するデータを測定したり,透過型電子顕 微鏡(TEM)で易焼結性BeOおよび難焼結性BeO の焼結過程の直接観察を行った。それらにより,易 焼結性BeO粉体は,焼結温度で多量の陰イオン,例 えばSO3CO2等の脱ガスにより粉体が活性化される こと,これに対して難焼結性粉体では,脱ガス量が 少なく焼結温度で表面活性が低下することが分かっ た。また,TEM観察から,前者は粒成長と同時に緻 密化が進行し,これに対して,後者は焼結温度で粒 子間の接触面積を増大させたり(焼結の分野ではこ れをネックという),粒成長(大きい粒子が小さい粒 子を侵食して平均粒径が増大する現象)するのみで, 緻密化は進行しない(多分,物質移動は原子の表面 拡散で進行した),という現象を明らかにした。 MgOの焼結に関する研究では,上記の知見を基に, 陰イオン(弗化物イオンや塩化物イオン)の添加効 果を調べた。その結果,900℃以下で仮焼したMgO 粉体に上記の陰イオンを添加して,900℃以下で再加 熱処理を施すと焼結性が改善できることが分かった。 フッ化物イオンは焼結過程でMgOの物質移動性を高 めて焼結を直接促進するが,塩化物イオンは再加熱 処理でMgOの表面拡散による物質移動を促進して形 骸粒子を破壊して粉体の充填を均一にすることで, 間接的に緻密化を促進し,特に,弗化物イオンの添 加効果は顕著であり,1600℃という焼結温度として はかなり低い温度で透明焼結体の製造に成功した。 MgOの結晶構造はNaCl型の比較的単純な立方晶 である。立方晶では光学異方性が無いので,粒界が 存在しても光は粒界を無視して直進(アルミナ等の ように立方晶以外の材料では,光学的異方性のため に,粒界を境として光の屈折率が変化して,光の進 路が曲げられたり,粒界で反射されたりする。この ため,完全に緻密な焼結体でも光学的にはすりガラ ス状になり,透明となる単結晶とは異なる)するの で,多結晶体でも光の直線透過率が大きく,光学用 単結晶材料の代替として使用可能である。 塩基性炭酸塩由来MgOの粉体は,焼結性に優れて いると知られていた。その理由を解明するために, 塩基性炭酸塩の調製条件とMgOの焼結性の関係を 検討した。この研究の過程で,塩基性炭酸塩の沈澱 を適切な条件で熟成することで極めて焼結性を改善 できることを発見した。この発見が新たな透明MgO 焼結体の製造へとつながった。 これまでの概念では,必ずしも耐熱構造材料を透 明化する必要は無かった。しかしながら,溶鉱炉等 の高温に曝される窓材,大気との摩擦熱に耐える必 要がある宇宙船の窓,さらには高圧Naランプ発光管 など,科学や産業技術の発展に従い,耐熱構造材料 に対しても新たな機能を有する材料が要求されるよ うになった。このような要求を満足するには,透明 になるほど気孔を取り除いた材料の創製が要求され る。この意味で,MgOに関する研究ではそれらの要 求に答えるセラミックス材料創製の基礎的な技術を 開発したと言えよう。 Al2O3セラミックスは酸化物構造材料の代表的な 材料である。特に,微量のMgOにより焼結性を促進 して透光化したアルミナ材料は,近年のファインセ ラミックスの発端となった材料の一つである。この ため活発に研究されている。特に,MgOの緻密化促 進効果に関する研究が多い。研究の多さが,現象の 解明に役だっているとは限らない。報告された研究 結果は,矛盾した事が多く,MgOの効果については 未解決であるとされている。これは,MgOの効果を 原子の拡散を活発にするという速度論的な視点から 研究したために生じた混乱であった。当所では,研 究の視点を焼結の均一性から説明(図1)して全て の焼結データを矛盾なく説明できる理論を構築した。 (3)今後の展開 近年,2000℃以上の高温に耐える超高温耐熱構造 材料への期待が高まりつつある。現在,重用されて 図1 焼結体の密度と平均粒径の関係 ρとRは焼結体の密度と平均粒径,ρ0とR0は圧粉体の密 度と平均粒径。図中のS-1やS- 2は平均粒径の異なる粉 体,各温度は焼結温度,各ppmはMgOの添加量を表す。 試料の製造履歴やMgOの添加で,上記の点綴による曲 線の傾きは必ず大きくなる。 いるMgOやAl2O3は安価であり,現在の産業を支え る耐熱構造材料としては十分な特性を有している。 しかしながら,1800℃以上になると蒸気圧が無視で きなくなると同時に,機械的強度も非常に低下する という欠点があり,新たな材料創製の必要性が指摘 されるようになった。当所でも,次世代の酸化物耐 熱構造材料の有力な候補であるY2O3系セラミックス の材料化研究を進めている。高純度のY2O3の融点は 2300℃と非常に高く,蒸気圧も低いばかりでなく, 温度が高くなっても機械的強度の低下が他の酸化物 に比べて少ないという優れた性質を有している。そ れらの優れた物理的・化学的性質の学理的な解明を 進めることで,次世代の酸化物系構造材料創製に寄 与していきたい。 1― 2非酸化物耐熱構造材料 第3研究グループ 総合研究官三友 護 (1)はじめに 金属は機械的性質に優れた構造材料であるが,高 温強度が低い。超合金と言われる超耐熱合金でも 1000℃を越えると強度が急激に低下するので,冷却 して使用している。窒化ケイ素(Si3N4)や炭化ケイ 素(SiC)のような非酸化物は焼結が困難な反面,焼 結体の高温強度が高いことが知られている。図1は 曲げ強度(金属は引っ張り強度)の温度変化を示し たもので,非酸化物が金属や酸化物に比べ高温で高 強度であることが示されている。これらの材料をエ ンジン部品をはじめとする高温用構造材料に適用し, 無冷却で作動する機械を実現するための研究が進め られている。一部ではすでに自動車エンジンの部品 として実用化されているが,本格的な応用は今後の 研究成果にかかっている。 ここでは窒化ケイ素と炭化ケイ素の液相焼結に関 する最近の成果についてまとめる。 (2)現在の成果 従来の焼結は,細かく均一な粒子から成る焼結体 を作製する方向に努力が注がれていた。このような 焼結過程は理論との整合性がよく,焼結性に関する パラメーターの設定も容易であったからである。こ れは機械的特性としては高強度をめざすものである。 ところが,このような組織ではセラミックス材料の 欠点である強度の大きなバラツキ(低信頼性)や低 い破壊靱性(壊れ易い)を克服できないことが明か となった。 そこで上記の均一な組織の中に柱状の大きな粒子 を導入し,不均一な組織とする方法が検討されてい る。このような材料の破壊した後の面(破面)は図 2のようである。柱状粒子は板2枚を釘で打つけた ときの釘の役割をはたし,板を離そうとすると大き な抵抗を示す。これは柱状粒子による架橋機構と呼 ばれるもので,破壊に大きなエネルギーを必要とし, 結果的に破壊靱性が向上する。 焼結研究や部品の製造においては,低温安定型で あるα型を主成分とする原料が用いられている。液 相焼結過程でα型粒子が溶解し,高温安定なβ型粒 子として析出する。冷却後の焼結体では,β型粒子の 間に液相が固化したガラス相が薄く分布している。 相転移にともなって,液相は部分的に過飽和度が高 くなり図2のような柱状粒子が成長する。製造パラ メーターを制御することにより,高靱性・高強度の 材料が得られるようになった。しかし,このような 方法では組織の再現性が乏しく,機械的性質の再現 性も乏しい。信頼性の高い材料を得るには,焼結や 粒成長の理論と直接関連した組織制御技術が必要で ある。 そこで,無機材研ではここ10年ほどβ型を原料と する焼結の研究を進め,複合組織の制御法を開発し た。β型粉末は正常粒成長するので,細かく均一な原 料を低温で焼結すると細かい粒子から成るナノセラ ミックスが得られることを明かにした。そして,こ のセラミックスは高温に加熱しても顕著な粒成長を 示さず,安定な組織である。この原料に大きなβ型 粒子を少量添加して焼結すると,その粒子が核とな 図1強度の温度変化 図2 窒化ケイ素の複合組織 り大きな柱状粒子が成長する。その結果,図2と同 様な複合組織が得られる。大きな粒子は異常成長粒 子であるが,核の量や大きさ,助剤の種類と量,焼 結温度と時間等の条件を設定することによりその大 きさ,形状,量を制御できる。このように組織発現 過程が粒成長理論との対比で制御できるので,組織 の再現性を高めることができる。我々は最近,炭化 ケイ素の液相焼結においても複合組織の制御に成功 した。 組織の制御による機械的性質の制御の研究に欠か すことができないのは,組織の定量的・統計的評価 である。我々は試料を研磨後,CF4ガスによるプラズ マエッチングを行い,走査型電顕で観察した。窒化 ケイ素や炭化ケイ素粒子がエッチングされ,粒界の ガラス相が残るので鮮明な組織観察が行える。窒化 ケイ素粒子はその結晶構造を反映して六角柱状か薄 い六角柱として発達するが,多数の粒子を画像解析 で処理することにより,2次元の観察から3次元の 分布を求める。その結果,粒径分布,平均粒径,平 均アスペクト比(長さ/直径)等組織の定量的パラメ ーターを得る事ができる。そして,窒化ケイ素の複 合組織の発達を粒径分布で定量的に示したのが図3 である。原料焼結体は平均0.3ミクロン程度の細かい 図3 画像解析で求めた複合組織の発達過程 粒子の中に,1ミクロン程度の核が存在する。これ を熱処理で粒成長させると,核が優先的に成長し2 重の粒度分布を持つ組織となる。細かい方をマトリ ックス粒子,大きい粒子を柱状粒子と分け,それぞ れの組織パラメーターを定量化できる。これは複合 材料のマトリックスと強化材に相当し,破壊挙動や 高靱性化理論との対比が可能である。これらの情報 を基に,さらに,焼結体の高靱性化・高強度化を図 るにはどのように組織制御すべきか設定することが できる。このような制御法によると,高性能化と高 信頼性を両立させることが原理的には可能となる。 (3)今後の展開 ここで述べた方法は一部の組織を制御することに より,材料全体の機械的性質を制御できる点で構造 用セラミックスの本質的な問題に関係している。従 来のセラミックス科学は平均組織と焼結理論を結び 付けて発展してきたが,構造材料の問題解決には役 立たない。今後はこれらの過程や物性発現を定量的 に記述するプロセス科学の確立が重要な課題である と考えられる。 一方,材料特性としては依然として高温強度の向 上が重要な課題である。特に,セラミックス製ガス タービンの実現性が高まっているので,1400℃程度 まで実用に耐える材料の開発は急務である。成功す れば,ガスタービンをエンジンに利用したり発電機 として使用し,高温排ガスからもエネルギーを回収 することができ,高効率熱機関が実現する。 耐熱性の対極として,低温で容易に変形する超塑 性材料がある。これは粒子が微細で均一なナノセラ ミックスであり,塑性加工が可能となる。焼結体は 硬いので加工費が高いのが問題であるが,超塑性材 料は金属と同じような加工が可能となる。無機材研 でも最近超塑性を示す窒化ケイ素および炭化ケイ素 を開発したが,今後は,塑性加工がより低温で容易 に行える材料の開発が必要と考えられる。 1―3 単結晶光学材料 第13研究グループ 総合研究官北村健二 (1)はじめに ―光学単結晶材料育成における問題― 酸化物単結晶には,可視光に対し透明なものが多 く,古くからプリズム,窓材,基板といった光回路 用材料に応用されている。また,光が透過する際に 起る,吸収,発光,波長変換,屈折率変化といった 機能で優れた特性をもつ材料への期待も,オプトエ レクトロニクスを用いた通信・情報処理技術の開発 や,光を利用したプロセス技術の発展にともない, 近年ますます大きくなっている。特に酸化物単結晶 材料の分野では,固体レーザー用母材結晶や,非線 形光学材料の開発が盛んであり,数多い種類の材料 が,優れた特性をもつ光学材料として報告されてき た。しかし,これらの中である程度の市場規模を持 つまで発展してきた単結晶材料は,たかだか5~6 種類である。しかも,単結晶の育成方法はほとんど の場合,融液から成長させる回転引上げ法(CZ法) に頼っている。これは,光機能材料として塊状で利 用される結晶には,いくつかの厳しい条件が求めれ るところに理由がある。利用する光の吸収損が低く, 耐光性に優れている事,バルクとして組成・特性が 均一であること等が要求され,結晶育成において不 純物汚染や結晶中の欠陥,組成不均一などを厳しく 制御しなくてはならない。実用に至るには,さらに 経済効率も重要はファクターとなる。それらを考慮 すると現在の育成技術で,大型かつある程度高品質 な結晶を得るには,融液から育成する引上げ法等に 頼らざるを得ないのが現状である。 このように光学用単結晶材料の場合には,材料特 性だけではなく,育成される結晶の品質や経済性と いった,育成技術の問題点ときわめて密接な関係を 持つ課題が存在し,すでに市販されて育成法も確立 されたように見える材料でも,育成や特性において 改善すべき所は数多くある。特に特定の添加成分を 加えたり,多成分系の不定比を示す化合物の単結晶 を融液から育成する際に,従来からの単結晶育成法 には克服すべき次のような問題がある。 融液から結晶が成長する場合,結晶に取り込まれ る不純物や添加成分濃度は,融液中のそれらの濃度 とは異なる(偏析)。通常,ある速度で成長している 結晶中に取り込まれる不純物濃度を融液中の当該成 分濃度で割った値を実効偏析係数と呼んでいる。こ の偏析係数が1より小さい場合は,結晶中よりも融 液中に不純物が濃集することになる。CZ法のように, 容器の中で全原料を一旦融解し,一端からゆっくり 固化が進むシステムでは,不純物や添加成分濃度が 結晶の固化率によって変化する。添加成分の偏析係 数が1より小さい場合,固化が進むにしたがいその 成分濃度は大きくなる。例えば,現在もっとも広く 実用化されている固体レーザー発振材料のYAGの場 合,活性イオンとして1~1.5mol%のNd(ネオジム) 成分を添加している。Ndの偏析係数は0.2程度であ るところから,Nd濃度をある範囲内に制御しようと すると,固化率30%程までの結晶しか利用できない。 このことは,経済性から見ると極めて効率が悪い。 また不定比組成を示す化合物では,融液組成成が 一致溶融組成からずれていると,固化が進むにつれ 結晶の組成は一致溶融組成から,より離れていく。 一般的に結晶特性は不定比組成に強く依存している ので,このように生じた組成不均一は,特性の信頼 性を損なう。したがって,不定比を示す化合物を融 液から育成する場合には,一致溶融組成から育成す る事が常套となっている。 無機材質研究所では,これまでに種々の方法でイ ットリウム鉄ガーネット,酸化チタン,基板結晶な どの光学単結晶材料の開発してきたが,上記した育 成における技術的課題を解決する事が,新しい光学 材料の開発あるいは,既知の材料でも高品質化する ことにより応用への道を開くブレークスルーになる と期待し,二重るつぼを用いた単結晶育成も開発し ている。 (2)現在の成果 無機材質研究所で開発してきた二重るつぼ単結晶 育成法の原理を図1に示してある。育成炉自身は引 上げ法に用いる装置と共通であるが,るつぼが二重 構造となっており,内側るつぼの底に外側るつぼか ら内側に通づるパスが設けられている。内側るつぼ の融液から結晶が析出した量だけ,外側るつぼに原 料が供給される。二重るつぼのアイディア自身は, 必ずしも新しいものではなく,従来より数多く試み られてきたが普遍的な手法に至らなかった。しかし, 関連技術の開発や新たな必要性から,かつて試みら れた手法を再び挑戦可能とする例は多い。現在の引 き上げ法では,ロードセルを用いて逐次結晶の重量 増をセンサーしながら育成結晶の径をプログラム自 動制御している。また,連続して原料粉末を供給す る事もプログラム制御できる装置が開発されてきた。 両者の技術を連携することにより,原料を供給しな がら結晶を育成するシステムがかなりスムースに行 えるようになった。しかも現在では,原料の供給速 度もロードセルでモニターされて育成している結晶 の重量増から自動的に設定される。この方法は,結 晶を常に一定深さを保った融液から育成でき,均一 な単結晶を育成する上で有利である。また,特定成 分を添加する場合には,内側るつぼの融液を,希望 する添加成分濃度をもつ結晶が析出する組成とする。 外側るつぼには,析出する結晶組成の原料を結晶化 した量だけ供給する。このような組成制御により, 通常の引き上げ法のように固化率によって添加成分 濃度が変動する事を防げる。 この二重るつぼ法を用いて,無機材質研究所では 特に不定比化合物の代表的な光学材料である二オブ 酸リチウムの不定比組成制御を試みてきた。不定比 化合物では,偏析の問題から,常に一致溶融組成を 用いた引き上げ法で単結晶を育成してきた。一致溶 融組成は育成には都合がよいが,必ずしも優れた特 性を持っているわけではない。例えば,ニオブ酸リ チウムの場合には,過剰なNb成分が結晶中のLiサ イトを占めるために不定比性を示す。化学量論組成 のLi : Nbが1:1であるのに対して,一致溶融組成 では48.5 : 51.5とNb成分が過剰となっている。通 常の引き上げ法で得られるニオブ酸リチウムはNb成 分過剰とならざるをえないが,過剰のNbが陽イオン 図1全自動原料供給システムを備えた二重るつぼ単結 晶育成法の概図 図2 二重るつぼ単結晶育成法により育成されたニオブ 酸リチウム単結晶例 欠損という欠陥を伴っている。このように,一致溶 融組成は化学量論組成に比べて欠陥濃度が高いとい う例がかなり多い。応用を考慮して,そのような欠 陥を制御したい場合には,化学量論組成の結晶育成 が必要であるが,2重るつぼ法で組成制御が可能で ある。ニオブ酸リチウムの場合,Li成分過剰の融液 から化学量論組成の結晶が得られる。内側るつぼの 融液組成をLi成分過剰とし,外側融液を化学量論組 成にすると,まず内側るつぼの融液から化学量論組 成に近い結晶が析出する。結晶化した量だけ外側る つぼに化学量論組成の原料を供給することにより, 化学量論組成の大型結晶が育成できる(図2参照)。 このような方法で得た結晶をもとに,ニオブ酸リチ ウムの不定比欠陥構造の解析を行い,従来定説とな っている欠陥モデルとは異なるモデルを提唱してき た。また,欠陥構造モデルと光学特性の関連に関し ても新しい知見を得,新しい添加成分の可能性など も示してきた。 (3)今後の展開 引き上げ法で融液から大型の単結晶が育成され, あたかも製造技術が確立されたように見られる単結 晶材料でも,品質の信頼性,歩留まり等の経済性に 関しては,まだまだ改善すべき点は残されている。 特に,光学材料としての応用を目指した場合,他の 材料以上の完全性が結晶に求められている。融液か ら育成するという古典的な育成技術も,新しい材料 を用いた加熱装置の開発や自動化を行うことによっ て少しづつ改善されてきているし,原料の高純度化 も精製技術や分析技術の向上により,着実に押し進 められている。高特性を持ちながら育成が困難であ った材料,あるいは従来無視してきた不定比組成を 制御することにより特性の向上を示す可能性のある 材料など,育成技術の革新により新たな展開が期待 できるものも決して少なくない。そのようなブレイ クスルーになればと期待している2重るつぼ引上げ 単結晶育成法をここで紹介した。単結晶材料開発で は,育成技術開発,新材料開発の両面において,今 後の動向にはかなり興味深い面があると思える。 1―4 新超伝導材料 第11研究グループ 主任研究官室町英治 (1)はじめに (La, Ba)2CuO4の発見を契機とした,酸化物超伝 導材料の開発研究は10年目を迎えた。この間,世界 中の研究機関において,新しい超伝導体の開発競争 が繰り広げられてきた。その結果,数多くの銅酸化 物超伝導体が発見され,超伝導臨界温度(Tc)もHg 系の136Kを最高に,液体窒素温度を越えるものが珍 しくない状況が生まれている。 酸化物超伝導体の数は既に数十を数え,それらを 限られたスペースで網羅することは不可能に近い。 ここでは,その愚を避け,無機材質研究所における 新超伝導体開発研究として,最も特徴が出ていると 思われる高圧合成に焦点を絞り解説する。高圧合成 は,常圧下における通常の合成法に代わるものとし て注目を集めている有望な手法であり,100Kを越え るようなTcを持つ新しい超伝導体が続々と発見され ている。 (2)現在の成果 (a) (Cu, X) -m(m+ 1)(n-1)n 型超伝導体 ここに示した記号,(Cu, X)-m(m+ 1)(n-1) nは超伝導体の化学式を簡略化したものであり,Xと してはC, S, P, Geが合成されている。この中で最 も研究が進展しているのは,X=Cの場合,すなわち 炭酸基(CO3)を含む系列である。 多くの炭酸塩型超伝導体が既に常圧下で合成され ているが,我々は高圧下ではより多様なしかもTcの 高い物質群が安定に存在することを明らかにした。 表題の簡略化記号をX=Cの場合について正確に書 き下すと(Cu0.5C0.5) Bam+1Can-1CunO2m + 2n+1となり, これは5~6 GPa (5~6万気圧)1200~1250℃ という高温・高圧下で安定なホモロガス超伝導体群 である。 現在のところ,m=1のシリーズについてn=3, 4が,m=2のシリーズについてはn= 3, 4, 5が バルクとして合成されている。図1にはこれらの結 晶構造を示してある。m=1の構造はTlやHg系の 超伝導体,Tl(Hg)-2(n-l)nでTl(Hg)原子を 混合原子(Cu, C)で置換したものに相当する。ただ し,(Cu, C)-12(n-1)nで特徴的なことは,(Cu, C)面においてCuとCが規則的に並んでいることで ある 一方,m= 2の場合は3枚のBa面と2枚の(Cu, C)O面が積み重なってブロック層を形成している。 12(n-1)nではCO3基が単独で存在したのに対して, 23 (n -1)nではC2O5というグループができている。 (Cu,C)面のCuとCはやはり規則的に配列してい る。 表1に示すように(Cu, C) -m(m+1)(n-1)n はいずれも高いTcを示す。特に1234相の117Kは現 在までに知られている炭酸塩型超伝導体の中で最高 の値である。このシリーズはTcばかりでなく,不可 逆磁界,臨界電流密度(Jc)などにおいても非常に 優れた特性を持つことが明らかになっている。 X = S, P, Geについても,高圧合成により,新し い超伝導体群が得られている。これらの化学式を書 き下すと(Cu0.5S0.5) Sr2Can-1CunO2n+3 (n= 3 - 7 ), (Cu0.5P0.5)Sr2Can-1CunO2n+3(n= 3 - 6)及び (Cu1-zGez)Sr2Can-1CunO2n+3(n= 3 - 6)となり,現 在のところ,m=1のシリーズのみが確認されている。 またX=Cの場合と異なり,Baの代わりにSrが入 っている。X=P, Sのシリーズは,(Cu, C)-12(n- 1)nと基本的に同型であり,CuとS (又はP)は規 則的に並んでいる。これに対して,X=Geの場合, CuとGeは不規則に配列しており,上の化学式でz は0.3~0.4の値を取る。これらのシリーズも最高Tc として100K前後が観測されている(表1)。 (b) M-12(n-1)n (M = B, Al,Ga)系超伝導体 1212相と呼ばれる多くの物質群が常圧下で合成さ れている。例えば MSr2YCu2O7(M-1212,M= Al,Ga, Co, Fe)がそれであり,有名な123系超伝導相YBa2 Cu3O7もCuBa2YCu2O7と書き換えればCu-1212相に 相当する。高圧下においてはCu層の枚数nが大きな 表1種々の高圧安定超伝導体の臨界温度 n= 2 n = 3 n= 4 n= 5 (Cu, C)-12(n-1)n 67K 117K (Cu, C)-23(n-1)n 91K 113K (90K) (Cu, S)-12(n-1)n 60~100K(n= 3~7) (Cu, P)-12(n-1)n 60~110K(n= 3~6) (Cu, Ge)-12(n-1)n* 90K 89K Ga-12 (n-1)n 70K 107K Al-12 (n-1)n 78K 110K 83K B-12 (n-1)n 75K 110K 85K 02(n-1)n-F 99K 111K *Yを含む (Cu,C)-1223 (Cu,C)-1234 (Cu,C)-2323 (Cu,C)-2334 (Cu,C)-2345 図1(Cu, C)-m(m+1)(n-1)n相の結晶構造 高次構造を安定化させることができる。つまりもし 常圧下で1212相が存在すれば,高圧下ではM - 12(n- 1)n(n> 2) が存在する可能性がある。 こうしたアイデアに基づいて,我々はMとして, 3b金属,B, Al, Gaを含む系の高圧合成を行い,こ れらの3種類の金属すべてについて,MSr2Can-1Cun O2n+3(M-12 (n -1)n)で示される系列を発見した。そ れぞれの相のTcについては表1を参照されたい。B からGaへとイオン半径は大きく増大するにもかかわ らず,TcはほとんどMの種類によらず,いずれの 場合も最高値,約110Kはn= 4の時に得られる。 (3)今後の展開 つい数年前までは,100Kを越えるような超伝導体 を含む系列としては,Bi-22(n-1)n系,Tl-22(n- 1)n 系,Tl-12(n-1)系,Hg-12(n-1)n 系の 4 系 列が知られていたにすぎない。これらはいずれも常 圧下で安定なシリーズである。最近の高圧合成の進 展は,こうした状況をすっかり変えてしまった。表 1には我々が発見した系列のみを示してあるが,こ れ以外にも,Pb-12(n-1)系,(C, B)-12(n-1)n 系,Sr2Can-1CunO2n+2系(これは O2 (n-1)n 系と呼 ばれている),等が高圧下で安定な超伝導体系列とし て知られている。今後も高圧安定超伝導体の数は増 え続けるであろう。 さらに,高圧下では酸素原子の一部をハロゲンで 置換した系列の合成も可能になる。表1には,我々 が最近発見したフッ素を含む超伝導体,Sr2Can-1Cun O2nF2(O2(n- 1)n-F)を示してあるが,この系の 高いTcは注目に値する。 Hg系の136Kを凌ぐTcを有する超伝導体が,高 圧合成によって開発される日は近いのではなかろう か。さらに室温超伝導体の発見へと夢は広がる。 1―5 強誘電体材料 第4研究グループ 総合研究官高橋紘一郎 (1)はじめに 無機材研において,強誘電体材料の研究は多方面 にわたって行われた。材料の形態としては,粉末, 焼結体,厚膜,単結晶,特性付けとして常・高温X 線回折,電顕観察,物性として誘電性,強誘電性, 焦電性が取上げられた。ここで,すべてにわたって 記述する紙幅がないので,本研究所のもっとも特徴 的な研究課題について紹介したい. 大きな流れとしては,①構造敏感性および②アモ ルファスと結晶の比較に関する研究である。①の内 訳は,(a)不純物の役割,(b)格子欠陥,(c)組成変動 であり,②としては,(a)アモルファス化範囲の拡大 およびアモルファスの結晶化過程,(b)アモルファス・ セラミックスセンサーへの応用に関する研究である。 (2)現在の成果 希上類添加型BaTiO3の新しい半導体化機構の提唱1) 白崎らによって,希上類添加型BaTiO3の新しい半 導体化機構が提唱された希上類を微量添加すること により,強誘電体BaTiO3は半導体化する。このもの は,正温度係数抵抗体として,セラミック・ヒータ ー,カラーテレビの自動消磁,また,高誘電率を利 用してコンデンサーとして実用化されている。従来, 半導体化機構として原子価制御理論が支配的である が,実験事実との間に多くの矛盾がある。そこで次 のような新しい考え方を提唱した。 BaTiO3ペロブスカイトのBa2+サイトにLa3+を添 加すると陽イオン空孔が生成する。その結果,Ti-O の結合強度が低下する。このものを高温で熱処理し た場合に,容易に酸素を熱解離して,ホストに電子 をトラップした酸素空孔を生成する。これが,この 種n型半導体のドナーとなる。この理論を密度,電 気抵抗,また,酸素の自己拡散係数の測定により実 証した。 組成変動のないチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)の合 成と物性1) 掛川らは,湿式-乾式組合せ法により組成変動のな いPZTの合成に成功した。従来,モルフォトロピッ ク相境界(MPB)は,正方晶と斜方晶の混合系と考 えられていた。しかし,本研究によって,それが組 成変動によるものであることが明らかになった。こ のMPB付近において,誘電率を測定した結果,組成 変動がある試料に比して,無い試料はかなり高い誘 電率を示した。 陽・陰イオンペア欠陥を有するチタン酸鉛(Pb1-x TiO3-x)の合成とその性質1) ペロブスカイト構造は,多種類のイオンを包含し うる安定な構造である。湿式法により陽・陰イオン ペア欠陥を最大38%も大量に含むチタン酸鉛の合成 に成功した。密度の測定からPbとOのサイトに空 孔が存在していることが判った。その特徴は次の通 りである。 ① 水溶液から合成され水分を揮発させた時点で (350℃)アモルファスである。 ② 非平衡的物質であり,高温でTiO2を遊離する。 ③組成変動量を粉末X線回折において,βcosθ ~sinθプロット(β:真の半価幅)より,定量的に求 めることができた。 ④ 欠陥量xが大きくなると正方歪c/aおよび単位 胞体積は減少する。 ⑤ 欠陥のないものに比して,欠陥チタン酸鉛の熱 的挙動は,顕著な特徴がある。すなわち,xが増加す るにつれて相転移点(Tc)は低下し,拡散転移的挙 動を示す。これは,組成変動に起因するものといえ る。 湿式法によるアモルファス・チタン酸鉛の合成と結 晶化過程2) 湿式法により,アモルファス・チタン酸鉛を合成 した。高橋らは,これを熱処理して結晶化を行った が,この過程で興味ある現象を見出した。 ① 熱処理温度が増大するにつれて,正方歪c/aが増 加する緩和現象が観察された。 このc/aは,500℃より600℃まで急激に増大する が,それ以上900℃まで一定となる。 ②c/aが一定となるT = 600℃以上で温度上昇につ れて,Debye-Waller因子が減少することが判った。 (図1) すなわち,アモルファスの結晶化過程においては, アモルファス構造から急激に規則的な結晶構造に移 行するのではなく,乱れが徐々に解消されていくも のと考えられる。 印刷法,超急冷法によるゲルマン酸鉛の合成と焦電 型赤外線センサーの開発3) 焦電型赤外線センサーは,常温で動作するため装 図1 湿式合成PbTiO3の熱処理温度に対するDebye- Waller 因子の変化 置が小型化できるので,非接触センサーとしてドア の開閉,トイレの水量制御,また,温度計として広 範な需要がある。ゲルマン酸鉛(Pb5Ge3O11 : PGO) は,キュリー温度が高く(177℃),焦電係数が大き く,また,誘電率が低い(ε = 50)ことから,性能指 数が高いという利点をもっている。高橋らは,ガラ ス再溶融結晶化法,印刷法,超急冷法などを使って 厚膜を作製し,焦電性能を測定し,実用化レベルの 赤外線センサーの開発に成功した。 素子作製の際に,素材がバルク(単結晶,焼結体) の場合,切断,研磨の工程を必要とする。これらの 煩鎖な過程を省くために,物質合成の際に直接所望 の厚さに作製する試みが幾つかなされている。例え ば,印刷法,超急冷法などである。PGOの粉末を有 機物(ビークル)と混ぜてスクリーン印刷したのち, 焼成(725℃)するとc軸配向性厚膜(約30μm)が得 られる(図2).この膜の検出感度は,D* = 108 (cm・ Hz1/2/W)であった。他方,融体を超急冷して,ロー ルにより圧延したのち熱処理して,配向性のある厚 膜(50―200μm)を作製し,焦電センサーとしての 利用を試みた例がある。この方法で,KNbO3, (K, Na) NbO3厚膜を作製し,焦電的検出感度D*=3 ×106を 記録した。さらに,PGOの場合,超急冷することに より,アモルファス厚膜を得,これを熱処理して結 晶化するとc軸配向度Fc = 28%に達した。この検出 図2 印刷法によるPb5Ge3O11の配向性厚膜表面のSEMの写真 (720℃熱処理六角板状結晶の分極:c軸は、紙面に垂直) 感度D* = 107 (5~50Hz)であり,この値は市販の センサーの性能に相当する。 (3)今後の展開 強誘電体が工業的に多方面で活用されているのは, 次のような理由による。 ①外部電圧によって分域を反転できる。また,自発 分極の方向を揃えることができる。②外部電圧によ り伸縮自在である(圧電,電歪)。③熱により電流を 誘起できる(焦電)。④高い誘電率⑤外部電圧により 複屈折,旋光性を制御できる。 以上のようなバラエティに富んだ性質は,まだま だ工業的利用への可能性を秘めている。日本におけ る強誘電体材料の研究および工業技術は,名実共に 世界のトップレベルにある。当面このようなすう勢 は続くであろう。現在を含めて近い将来,次のよう な事柄が問題点として浮かび上がってくる。 ①エレクトロニクス製品のダウンサイジングに伴う 強誘電体材料の小型化および高性能化:これに対処 するためには,合成の面で単結晶,厚膜および薄膜 の高品質化,耐久性の向上などが,ますます重要と なつてくる。 ②ハイブリッド化の積層化:超伝導体あるいは半導 体と誘電体との結合による全く新しいデバイス,セ ンサーの開発。 ③マルチメディアへの対応:カー効果,ポッケルス 効果,SHG,ホログラフィ,旋光性などの光学的性 質を使った光通信用素子の開発, ただし,この分野にもアキレス腱ともいうべき問題 点はある。それは,素材がほぼペロブスカイト系に かなりの部分限定されていることである。この意味 で新物質の創製が待たれる。しかし,全体的にみる と強誘電体材料の研究および利用の分野は,ますま す発展していくであろう。 (本稿は,著者の他に,白崎信一,月岡正至,山村 博,村松国孝,元客員研究官掛川一幸の各氏の研究 成果を中心にまとめたものである) 文献 1)白崎信一,高橋紘一郎,掛川一幸,セラミック ス,15(11)(1980)892. 2)高橋紘一郎,セラミックス,17(4) (1982)246. 3)高橋紘一郎,Fine Ceramics, Ohmsha Ltd (1987)240. 1―6 磁性材料(その1) ―磁性半導体― 未知物質探索センター 主任研究官梅原雅捷 (1)はじめに 磁性材料の果たしている役割は大きい。変圧器の 磁心材料等は古くからの例であるが,我々の周辺で も,コンピュータ,オーディオ関係等磁性材料を使 用した製品を容易に見いだす事が出来る。他の主要 材料として,電子材料,その中でも半導体材料の重 要性も論を待たない。従来,磁性材料と半導体材料 は互いに異なる物質を用いていた。例えば,鉄は優 れた磁性材料ではあるが半導体材料には成らず,シ リコンやゲルマニュウムは優れた半導体材料ではあ るが磁性材料には成らない。 しかし,1961年にユーロピウムカルコゲナイドで 総称される磁性半導体,EuX (X = O,S, Se, Te)が, 1964年にスピネルカルコゲナイドで総称される磁性 半導体,CdCr2S4, CdCr2Se4等が発見されると,磁 性材料と半導体材料を同一物質で兼ねる可能性が俄 かに浮上した。そればかりでなく,磁性半導体では, 条件次第で,磁性と半導体の両性質が互いに強く相 互作用することが明らかになり,新たな機能性材料 としての期待が持たれるに至った。最近では,CdTe, ZnSe等のⅡ-Ⅵ族化合物半導体の陽イオンの一部を Mn, Fe, Coなどの2価の磁性イオンで置換した希 薄磁性半導体が脚光を浴びており,結晶成長技術と 相俟って,バルク結晶から人工的な超格子までを含 めた磁性スピンの関与する物性及びその制御技術の 研究が展開されている。 周知のように,トランジスターは半導体材料中の 荷電担体の動きを利用している。磁性半導体では, この半導体的性質としての電子や正孔が磁気的性質 を担う磁気スピンと相互作用し,その結果,荷電担 体の輸送現象や母体の磁気的光学的性質が大きく変 化する。この様な磁性半導体特有な物性の発現機構 を明らかにする事は,物質の基礎的理解のみに留ま らず,次世代材料として期待されている磁性半導体 の応用にとっても重要な事であろう。この様な観点 から,磁性半導体中の伝導電子と磁性を担う局在ス ピンとの相互作用により生じる現象の発現機構の統 一的理解と,新たな物性を探索するための理論的研 究を実施した。 (2)現在の成果 磁性半導体中の伝導電子と局在スピン系の最も簡 単なハミルトニアンを次の様に考える。 第一項は伝導電子のトランスファーエネルギーで, 伝導電子が磁性原子上をホッピングしながら結晶中 を運動している事を表しており,第二項は伝導電子 と磁性原子の不完全殻電子とのクーロン相互作用の 交換項に由来し,各磁性原子上での伝導電子と局在 スピンとの相互作用を与える。第三項は磁気秩序の 起源である局在スピン間の交換相互作用である。こ のハミルトニアンを基礎にして,磁性半導体中の伝 導電子と磁性スピンとの間に何が起こり,その結果 どの様な現象が実現されうるか調べた。以下,これ までにわかった事の幾つかを簡単に述べる。 (ⅰ)自己局在磁気ポーラロン状態 伝導電子が上式の第二項を通じて局在スピンを歪 ませ,自分自身も相互作用のエネルギーで得をすべ く,自ら歪ませた局在スピンの歪みに何らかの意味 で局在した状態を磁気ポーラロンと言う。特に相互 作用が強い場合,伝導電子は自ら歪ませた歪みに束 縛されてしまう。この状態を自己局在磁気ポーラロ ンと呼ぶ。では,どの様な条件下で“自己局在磁気 ポーラロン”が実現し,どの様な形態を取るのであ ろうか?筆者は局在スピンを古典スピンとして扱い, 全パラメータ領域での反強磁性半導体中の自己局在 磁気ポーラロンの全体像と安定条件を明らかにした。 その結果,EuXで自己局在磁気ポーラロンが実現す ると,数格子定数に亘るラージポーラロンになり, ポーラロン内部の局在スピンは完全に強磁性的に揃 う事が示された。計算から求めた安定条件から判断 すると,EuTeでは自己局在磁気ポーラロンは存在し 得ない事,これに対し,EuSeでは存在の可能性がか なり高い事が示される。しかし,得られた自己局在 磁気ポーラロンの安定条件は意外の他厳しい上に, 純度の良い結晶が得にくい事等のため,自己局在磁 気ポーラロンの実験的検証は今だ成されていない。 (ⅱ)磁気的不純物状態及び束縛磁気ポーラロン状態 結晶中に欠陥等が存在する場合は,伝導電子は欠 陥等に捕獲され,その周りに磁気ポーラロン状態を 形成する。現在観測されている磁気ポーラロンの多 くはこの様な状態であると考えられる。例えば,EuX 中の一部のEuをGdで置換した例や,EuTeのTe をI(ヨー素)で置換した例等が報告されている。こ れ等の系は,+1価の有効電荷に一個の電子が捕獲さ れている描像が成り立ち,活性化型の伝導や磁気ポ ーラロン状態に付随する強磁性的磁化が磁化測定や ファラデー回転により観測されている。他の典型例 は,Eu-rich EuSeやEuTeであるが,これに関して は(ⅲ)で紹介する。 以上の例とは少し異なるが,電子を光励起した後の 緩和状態からの発光を観測する事により磁気ポーラ ロン状態を調べる事も出来る。特に,EuXの4f準位 の電子を伝導帯に励起した場合は,4f準位が局在し ているため,生成されたホールが局在した1価の正 電荷として振る舞い,緩和状態は上述した1価の不 純物状態と等価になる。事実,発光エネルギーの温 度変化や磁場変化を解析する事により,4fホールに 束縛された大きな格子緩和を伴った磁気ポーラロン 状態が発光の始状態である事が明らかになっている。 (ⅲ)高密度磁気ポーラロンと非金属―金属転移 陰イオン欠陥の存在するEuTeやEuSeでは,伝導 電子が1cm3当たり1018~1019個も存在し,低温で半 導体的であるが高温側で金属的伝導が観測される。 筆者はこの点に注目し,伝導電子濃度の増加に伴う 非金属―金属転移と相関する高密度磁気ポーラロン の問題を理論的に調べた。また,高温での伝導電子 の一様な(金属)状態が低温で高密度磁気ポーラロ ン状態に転移する事も示され,温度による金属―非 金属転移と磁気ポーラロン出現との相関も明らかに なった。この温度変化は,Eu-rich EuTeやEuSeの 実験結果と非常に良い対応を示す。 (ⅳ)磁性半導体の磁気整列機構 伝導帯に存在する伝導電子数が増加し縮退して来 ると,最早,磁気ポーラロンは安定に存在しえない。 この様な場合でも,伝導電子濃度は金属と比較すれ ばそう濃くはなく,フェルミエネルギーはバンド幅 に比較して充分小さい。磁性金属では局在スピン間 にRKKY相互作用が働き,これが磁気スピン配列を 決定する主要な役割を担っている。磁性半導体では, 伝導電子が存在しなくとも磁気スピン間の相互作用 が存在する事と,前述の様にフェルミエネルギーが バンド幅に比較して充分小さいため,金属の場合と は異なる機構による磁気整列が可能になる。事実, 2重交換相互作用の成立範囲と逆のバンド幅の広い 領域に於いても,伝導電子濃度の増加により局在ス ピンのcant,あるいは強磁性整列が可能に成る。 (3)今後の展開 以上,半導体的性質としての電子や正孔が,磁気 的性質を担う磁気スピンとの相互作用の結果生ずる 新たな物性に関して述べた。次の問題は,これらの 物性から生ずる機能を如何にデバイスとして顕在化 させるかという点にある。1960―1980年代でのデバ イスに対する問題点は,結晶作成が制御可能でなか った事,常温でも磁気スピン秩序があり,しかもキ ャリアーと磁気スピンとの相互作用の強いバルク結 晶を探索出来なかった点にある。最近は結晶成長技 術も進歩し,特に,MBE法などによるヘテロ構造, 超格子構造などの作成はこれらの物性にメゾスコピ ックな側面を持ち込み,単に構造の制御のみならず, 関連する相互作用も人工的に制御出来る様になりつ つある。このためバルク結晶では期待出来ない量子 サイズ効果等の新たな機能発現への期待が持たれて いる。ヘテロ構造,超格子構造の作成は,デバイス 作成の観点からもかなりの前進と言える。現在,希 薄磁性半導体Cd1-xMnxTeの大きなファラデー効果 を利用した980nm光アイソレーターがトーキン(株) からサンプル出荷されている。これは,(希薄)磁性 半導体の磁気光学効果を利用したデバイスの第一号 であるが,同時に,デバイス作成が単なる夢の段階 でなく,既に手に届く所まで来ている事を意味して いる。この他にも,スピントランジスター,希薄磁 性半導体を利用したレーザー発振,磁気ポーラロン 効果の利用等の提案あるいはデモンストレーション もされており,少なくとも現在デバイス開発を視野 に入れた工学レベルの段階まで到達している様に思 える。21世紀には,荷電担体と磁気スピンとの相互 作用を制御したデバイスが我々の周辺に出現するで あろう。そのためには,今後,基礎研究と応用研究 の密接な提携あるいは橋渡しが不可欠に成るであろ う。 1―6 磁性材料(その2) ―遷移金属硫化物のエピタキシー膜― 第2研究グループ 主任研究官野崎浩司 (1)はじめに 遷移金属および希土類金属元素は磁性原子であり, それを成分とする固体はそれら原子の結合状態や結 晶の周期性を反映して,常磁性,強磁性,反強磁性 などの多様な磁性を呈する。換言すれば,磁性を調 べることにより,固体の電子状態や結晶の周期性に ついての知見を得ることができる。磁性の発現は電 子相関の結果であるが,遷移金属硫化物の磁性は電 子相関の強い極限である酸化物の磁性と,比較的弱 い金属の磁性との中間の多様な形態を示す。このこ とは,遷移金属硫化物の化学結合が,イオン結合や 金属結合あるいは共有結合の入り交じった多様な形 態の反映であり,その理論的理解はなかなか難しい 現代的課題である。 しかしながら,遷移金属硫化物の電磁気的性質の 多様性には,特にd電子の挙動が強く反映されてお り,これを解明することが中間的な化学結合の状態 により接近するための一つの方法であろう。これま でこのような立場から遷移金属硫化物の電磁気的性 質の研究を行ってきた。物性は試料に大きく依存す るため,良い試料を用いて物性測定を行うことが重 要であり,合成を根幹とする当研究所において,こ のことがある程度実現してきたことは幸いであった。 この点をさらに展開する観点から,分子線エピタキ シー法による新たな遷移金属硫化物の合成を現在進 行させつつある。これの意図は,比較的蒸気圧の高 いFeからCuまでの3d遷移金属硫化物の単結晶膜 を合成し,単結晶膜の物性を通じて電子状態の解明 を目指すことにある。 また同時に,硫化物の新超伝導体を探索合成する ことにある。これらに関する現状と将来展望を述べ るのが本稿の趣旨であるが,この点での現在の成果 はまだない。そこで無機材質研究所において最近発 見された新物質の電磁気的性質について何が解明さ れたかを,現在の成果として述べることとする。 (2)現在の成果 最近発見された硫化物の新物質の中で興味ある性 質を示すものとして,超伝導体であるBaTa2S5と半 金属であるTa3S2がある。以下,それらの性質につ いて概略を述べる。 Ba-Ta-S系において多くの層状構造の新物質が佐 伯等により発見されているが,それらの化合物の中 で,BaTa2S5は唯一金属伝導を示し,約3 K以下で 超伝導となることが判明した。その後,同型構造の AM2S5 (A = Ba, Sr および M= Ta, Nb)の多く が超 伝導を示すことが,佐伯等により明らかにされてい る。BaTa2S5の性質を詳しく調べてみると,試料の 熱処理の履歴の相違に対応して,超伝導転移におけ る磁化率と電気抵抗,および常伝導の磁化率,電気 抵抗,磁気抵抗,ホール係数は,それぞれ2種類に 区別される顕著に異なった振る舞いを示した。例え ば,図1に示された磁化率のうち,低温でキュリー ワイス的な常磁性を示す試料# B,#Cの超伝導転移温 度は2.9Kであるが,常磁性的な立ち上がりを示さず に約70K付近で小さなピークを持つ試料# Aのそれは 3.1Kである。これらの試料の電子線回折の結果,転 移温度が低い試料はa√28×a√28×ncの超格子が主 であるのに対して,転移温度が高い試料は,この超 格子と,これがc軸のまわりで21.8度回転してでき る超格子とが,ミクロ的にc軸方向に交互に積層し た構造を持つことが判明した。磁化率から判るよう に,前者の試料は僅かな常磁性Taイオンを含むのに 対して,後者の試料はそのようなことがない。また, 磁気抵抗等から後者の試料の伝導における緩和時間 は前者に比べて顕著に長いことが判る。 以上から,構造的にも電子状態の上でも互いに異 なる2種類の化合物がBaTa2S5において存在すると 結論される。 図1 BaTa2S5の磁化率(H =10 kOe) 表各温度における伝導のパラメータ T (K) α (%) n1 (1017cm-3) n2 (1019cm-3) μ1 μ2 (103cm2S-1V-1) 4.8 16.6 8.91 2.41 2.6 0.48 52 11.8 6.17 3.58 2.4 0.31 77 14.3 8.58 3.11 1.8 0.30 291 1.3 0.34 15.0 2.2 0.04 表 各温度における伝導のパラメータは正孔伝導の寄与率 (α =σ1/σ0)、n1、n2は正孔と電子の密度、μ1、μ2はそれぞれ のホール移動度。 Ta-S系のTaリッチの側の化合物としてTa6S, Ta2SおよびTa3S2が報告されているが,これらはい ずれも金属伝導を示す。このうちTa3S2は和田によ り発見された新物質である。この物質の磁気抵抗は 磁場の自乗に比例して増大し,室温においても観測 されるほど大きい。また,ホール係数は磁場の自乗 に比例して減少し,低温でその符号が正であるのに 対して約50K以上で負となる。これらの磁気抵抗及 びホール係数の各温度における磁場依存性を解析し て,表に示した伝導に関するパラメータを得た。.正 孔および電子の密度は共に半導体並に小さく,正孔 の移動度が顕著に大きい特徴がある。これらの結果 は,この物質がグラファイトやビスマスと同様に, 半金属であることを示している。 次に,遷移金属硫化物等の合成に分子線エピタキ シー法を適用する試みの今後の展望について述べる。 (3)今後の展開 冒頭で述べたように,今後の展開として二つの方 向がある。一つは,既知の物質であっても従来の合 成法では得難い物質を作製すること,あるいは高純 度化することである。これらは新物質ではないが, 物質探求の新展開を導くものと考える。3d遷移金属 硫化物の単結晶膜の合成は,この方向のものである。 例えば,CuSは特異に電気抵抗が小さい金属伝導 を示す物質であるが,単結晶膜を実現することがで きれば,粒界の散乱を抑制することができ,伝導機 構やバンド構造を実験的に解明する可能性が開かれ る。また,NiSの金属絶縁体転移は長らく論争され てきたが,最近光電子分光法による研究が進展した。 単結晶膜を用いればスペクトルの分解能があがり, 金属絶縁体転移の本質がより明確になるであろう。 分子線エピタキシー法は,低い温度で物質を合成で きる利点を持ち,従来の加熱による固体反応では得 難い物質を得ることができる。それらの例として, スピネル型のFe3S4,CO3S4, Ni3S4があるが,これら の単結晶膜を得て,まだよく知られていない物性を 調べることも目標の一つである。 今一つの方向は,硫化物の新物質の探索合成であ る。分子線エピタキシー法の特長を生かした新超伝 導体の創製もこの方向のものである。例えば,Sn1-x AgxSeは,NaCl型の超伝導体として知られているが, Sn1-xAgxSは超伝導を示さない。おそらく NaCl型 から結晶構造が歪むためと思われる。そこで基板表 面で強制的にNaCl型のエピタキシー膜を実現するこ とができれば,Sn1-xAgxSも超伝導になるのではな いかと考えている。新物質創製で今一つ魅力ある方 向は,異種化合物の周期的な積層を実現して大工格 子を作製することであるが,これは次の段階の課題 となるであろう。 1―7 電子材料 第1研究グループ 主任研究官羽田 肇 (1)はじめに 無機材質研究所に最も関係の深い電子材料は,エ レクトロセラミックスと称せられている機能性セラ ミックスの一群である。したがって,ここでの電子 材料の未来というと,エレクトロセラミックスの未 来と必然的に重なっており,ここでの記述もこの分 野が中心となってくる。さて,その将来を語る前に, いったい何をエレクトロセラミックスと言っている のか少し考えてみたい。 通産省の統計をもとにした平成7年度の日本セラ ミックス協会の分類では,ソフトフェライト,フェ ライト磁石,圧電セラミックス,サーミスター,バ リスター,セラミックス基板となっている。肝心の コンデンサーやICパッケージが見当たらない。よく 見ると,これらは,ファインセラミックスの方には いりこんでいるのを見つけることができる。では, オプトエレクトロセラミックスはエレクトロセラミ ックスの一部なのか?各種センサー用材料は?厳密 に考えると難しくなるが,ここではこれら全体を含 めた漠然としたものと考えておきたい。これらの材 料ではよく似たような研究手法がとられることが多 <,研究者コミュニティーも共通している。10年前 の統計ではほとんど入っていなかったエレクトロセ ラミックスが,現在では完全にファインセラミック ス中に重複されて記述されている。分類も時代とと もに変化するものなのであり,厳密に定義してもあ まり実りはないだろう。 ところでエレクトロセラミックスは現在ファイン セラミックスの80%の生産高をしめており,2000年 にはほぼ倍増すると予測されている。このことから 一頃のファインセラミックスブームでの経済的な牽 引車はエレクトロセラミックスにあったともいえる。 もちろん,この発展は,電化製品,通信機器,ある いはコンピュータのそれに呼応したものであったこ とは間違いない。そしてここしばらくは,脱工業化・ 情報化社会への移行を反映した発展をとげるものと 考えられる。ここでは,このあたりを少し具体的に 見てみたい。 (2)現在の成果 図1に各種のセラミックスコンデンサーを示した。 これらは現在も使われているものであるが,右のも のほど近年に開発されたものとなっている。この発 達はいわゆる軽薄短小の技術トレンドに合致したも のであった。そして,現在はほとんど肉眼では見え ないようなコンデンサーになるまでに至っている。 この発達が新たな技術課題を生む。例えば,素子の マウンティングをどうするかといった問題である。 このコストがバカにならないものになってきている。 これなどは技術の発達が新しい技術に対するニーズ を生む典型である。 いずれにしても,エレクトロセラミックスのミニ チュア化は,しばらくつづく傾向だと考えられる。 一方,この発達は,セラミックスプロセス制御の発 展と呼応したものでもあった。例えば,多くのエレ クトロセラミックスは積層化することで性能を格段 に向上させてきた。図2に積層数の進歩のようすを 図1 現在用いられている各種セラミックコンデンサー 図2 積層セラミックコンデンサーの積層数、電極間隔 の推移(鶴見、内木場、セラミックス誌31 128(1996)) 示したが,これによると,積層間の距離は益々小さ くなってきている。エレクトロセラミックスの代表 的な材質であるチタン酸バリウムでは,2 μmを切 るような積層部品が開発されつつあるのが現状であ る。ここでは,如何に隔絶された層を印刷し,焼結 していくかが,発展を強いられた基本的なセラミッ クプロセス技術である。プロセス技術の基盤的研究 は無機材研の得意とする分野であり,この間のプロ セスに対する当所の貢献は他の記事に詳しい。 さて,2 μm積層といえば通常の単結晶子が一個 乃至数個並ぶ程度の距離である。はたしてこのよう な材料が通常の多結晶体と呼べるか否かはさておく にしても,個々の粒子間の粒界,あるいは個々の粒 子と電極との界面を精密に制御することが必要とな ってきた時代であるといえる。もはや通常の多結晶 体のような多数粒子の存在による統計的な特性の安 定性を頼りにすることができない。個々の結晶の異 方性の理解,界面構造のナノスコピックな制御とい った基礎的な展開があり,それを基盤に材料,デバ イスをデザインしていかざるを得なくなっている。 いわば一粒界デバイスを研究・開発のターゲットと せざるを得ない時代に突入したといえるだろう。こ れは,シリコンテクノロジーの発展と酷似している。 すなわち,将来のエレクトロセラミックスの発展に は,無機材質に関わる基礎から応用までのバランス のとれた科学技術の進歩が必要不可欠な要件となっ てきている。これも,また無機材研の研究分野と重 なることが多い。無機材研では,長年,特性の解明 を格子欠陥との関係より解明していくといった基礎 的な取り組みをしており,粒界構造変化に対する新 しい提案,あるいは,理論的な計算による機能の解 釈といった面で貢献してきている。 (3)今後の展開 これまで,主にプロセスに関連した面から見てき たが,一方,エレクトロセラミックスを材質面から 見てみると,意外とバラエティーが少ないのが特徴 である。磁性材料のスピネルフェライト,コンデン サー材料のチタン酸バリウムとも第二次大戦前に発 見された材質であり,既に50年以上に渡ってそれら の王者として君臨し続けているのである。これもテ クノロジーに似たところがある。いくつもの新たな 材質がシリコンに挑戦してきたが,プロセスの発達 によって常にそれを退けてきた。しかし,この傾向 は少しずつ変化しつつある。この変化の契機の一つ になっているのが,前述した工業化社会→情報化社 会(あるいは電子→光)の発展である。すなわち, 時代が新しい材質を求めつつあるのが現在の状況で ある。 ここで一つの例を示そう。エレクトロセラミック スでは,情報化社会の進展に伴い薄膜材料が大きく クローズアップされてきた。その中で,層状ペロブ スカイト化合物が脚光を浴びつつある。全く新しい 材質であるが,実はこの材質は過去に既に無機研で 取り上げられたテーマの一つであった。過去のテー マに関しては似たような事例が多々あり,このこと は無機材研として誇っていいことだ考えている。と ころで,チタン酸バリウムは,第二次大戦の通信用 コンデンサーの研究過程で,日本,米国,ソヴィエ ト,欧州でほぼ同時に発見された物質である。大戦 後の新しい映像・通信社会の発展の基盤の一つとも なったことは,エレクトロセラミックス研究者の間 ではよく知られた事実である。ここで,各国でほぼ 同一時期に見つかったという事実は見逃せない。す なわちチタン酸バリウムは時代が要求していた材質 なのである。また,この発見にあずかった国々が, その後,この分野の技術発展のリードをしてきたこ とも併せて考えておく必要がある。今日,同じよう に,光通信時代の到来を契機に,エレクトロセラミ ックスや電子材料の発展を促す新材質の発見が予感 される。この材質の発見に無機材研が寄与しうるか 否かに将来の無機材研の立場がかかっていると言っ ても言い過ぎではない。 考えてみると,エレクトロセラミックスはひたす ら王者,シリコンにかしずき,その発展を縁の下か ら支えてきた。そして前述したように益々ミニチュ ア化しつつあり,やがてはアクティブデバイスに呑 み込まれていくだろう。中島敦の“名人伝”の弓の 名手は弓を忘れてしまった。エレクトロセラミック スに関る研究者の理想は,「エレクトロセラミックス って何?」と尋ねることなのであろう。それはそれ で素晴らしいことであり,パッシブデバイスの必然 とも思うが,一抹の寂しさも感じる。 1― 8 生体材料 第10研究グループ 総合研究官田中順三 (1)はじめに ―福祉への貢献― 我が国の人口の高齢化は今も進行している。そし て,2010年には65歳以上の高齢者が全人口の25%に 達する。それ以降,高齢者割合はほぼ一定になり「高 齢化社会」から安定した「高齢社会」になる。高齢 化社会から高齢社会に移行するときには,人的・社 会資源の関係から,福祉と医療のあり方が大きく変 わると予測されている。したがって,21世紀には, 福祉医療技術の高度化に対する社会ニーズはますま す高くなる。骨粗しょう症,骨軟化症,骨欠損など が増加するため,人工骨の研究は福祉医療に関係し て一層重要になるであろう。福祉への貢献を目指し た材料研究が必要である。 ―生物進化と有機無機複合化― 生物進化の視点から骨をみると,その原形は5億 年前の無顎類にまでさかのぼる。この魚によく似た 生物は,アスピディンと呼ばれる鱗のような硬組織 をもっていた。それが骨の原形である。さらに進化 が進んで硬骨魚類が現れた時点で,硬組織は身体の 内部に取りこまれて骨になった。それと同時に,骨 の中にそれまでの生物には全く存在しなかった骨髄 組織が誘導された。骨は進化の過程をとおして,自 然にしかも機能的に生体内に取りこまれていったか のようにみえる。 結果として得られた我々人類の骨は有機・無機複 合体である(図1)。つまり「コラーゲンというタン パク質を主成分にした有機物」と「に類似した無機 質」との複合体である。その重量比はおよそ3対7 である。タンパク質と無機結晶の大きさはおよそ数 nm~数十nmである。したがって,骨は典型的な「有 機・無機ナノコンポジット」といえる。しかも,こ のナノコンポジットの中ではタンパク質分子と無機 結晶が配向している。このような組成・構造の結果 として,骨は硬くて柔らかいという独特な性質をも つにいたった。 有機材料と無機材料の複合化は新しい機能材料に つながる。しかし,両者の関係は水と油である。そ の間に化学結合を形成することは現在の技術をもっ てしてもなかなか難しい。この難しい複合化を自然 は数億年の昔に達成している。それは,たぶん偶然 ではなく,材料自身がもっている独自な性質の結果 として必然的に達成されたと考えられる。 (2)現在の成果 ―有機・無機複合体の開発― 有機・無機複合化のモデル研究として,有機単分 研究のアプローチ 図1 子膜(LB膜)上に結晶を成長させる実験が行われてい る1)。通常,核形成が起こらないリン酸カルシウム水 溶液からでも,有機単分子膜があると不思議とその 上に結晶が成長する。しかも,できた結晶は単分子 膜に配向している。一方,アパタイトとコラーゲン の複合化が共沈法を用いて行われている2.3)。アパタ イトは数ナノメートルの微結晶になり,コラーゲン の周囲に析出する。両者はゆるいエピタキシャル関 係にある。この2つの実験から,アパタイトと有機 物が自己組織化的に配向する現象が明かになってき ている。 (2).1.有機官能基と無機結晶の配向 図2はアラキジン酸(C19H39COOH)単分子膜上に 析出したリン酸カルシウムの原子間力顕微鏡像であ るアラキジン酸は疎水性ガラス基板上に累積して ある。図のように単分子膜上にはアパタイト微結晶 が成長する。一方,単分子膜がない場合には,ガラ ス基板上に結晶は全く成長しない。このことは,カ ルボキシル基が存在するとアパタイトの核形成が容 易におこり結晶が成長することを示している。 図2の微結晶は大きさが100nmであり少し不定形 な形をしている。しかし,その形は概ね六角形で, その各辺は特定の方向を向いている。アラキジン酸 の単分子膜は平面六方晶の分子配列をもっているか ら,単分子膜と無機結晶はゆるいエピタキシャル関 係にあることがわかる。単分子膜の分子配列がその 図2 上に成長した無機結晶の形態に影響している。 以上のことから,有機官能基があるとアパタイト の結晶核が形成され,引き続いて起こる結晶成長を 自己組織化的に制御していることがわかる。 (2).2.自己組織化による複合体創製 次に,骨素材であるコラーゲンとアパタイトを生 体外で自己組織化させることができるかどうか,が 問題になる。コラーゲンを溶かしたリン酸水溶液と 水酸化カルシウム水溶液から共沈法によって複合体 を作製した2)。得られた複合体は,アパタイトの微結 晶(5―10nm)とコラーゲン(30nm)からできてい る。その中で,アパタイトの微結晶はc軸方向に配 向した集合体を作っている3)。コラーゲンが共存しな いと,アパタイトの結晶配向は起こらない。 タンパク質であるコラーゲンの側鎖にはカルボキ シル基-COOHが存在している。しかも,カルボキシ ル基はコラーゲン繊維の外側を向いている。したが って,有機単分子膜を用いたモデル実験と考えあわ せると,コラーゲンのカルボキシル基がアパタイト の核形成を促進し,その官能基の配列の結果として アパタイト微結晶が配向すると考えられる。 以上のように,複合化は原子分子スケールの有機・ 無機相互作用によって自己組織化的に起こる。 (3)今後の展開 ―生体活性な骨材料を目指して― 貝は,身体の中で貝殻や真珠をつくる。ヒトは, 身体の中で骨や歯をつくる。このバイオミネラリゼ ーションは主に細胞のはたらきによって実現されて いる。しかし,バイオミネラリゼーションを要素分 解的にみるとまったく人知が及ばない領域でもない。 生体の自己組織化を有機・無機相互作用から見直し, 自然と生体骨に変わるような優れた人工骨材料を開 発する必要があろう。 人の骨はいつも生まれかわっている。およそ3ヶ 月を周期にして少しずつ変わっていき,何年かたつ と全く新しい骨に変わる。それゆえ,骨は生きてい る。この生体骨の働きから考えて,アパタイトに有 機栄養素材や薬剤を混合することにより生体活性が さらに高まると予想される。 アパタイト系材料の医学応用は,将来,人工骨か ら組織培養容器・人工臓器へと発展すると期待され る。そのような生体活性から生体と融和した材料の 実現は,医用材料研究に関わる人の夢であり,医者・ 患者の切実な願いである。人工骨の研究開発をすす めることにより,骨粗しょう症はもとより,将来の ガン・白血病・肝臓病治療などの医学応用を目標と した研究を積極的に進める必要がある。 参考文献 1.S.Cho, Y.Suetsugu, J.Tanaka, R.Azumi and M.Matsumoto, Proc. 6th World Cong. Biomater., in print (1996). 2. K.Hirota, H.Tanaka and Y.Hasegawa, Proc. 4th World Cong. Biomater., 378(1992). 3. K.Fujii, Y.Suetsugu, J.tanaka and K.Hirota, Proc. 12th J.-K. Seminar Ceram., 485(1995). 1―9イオン交換材料(その1) ―無機陽イオン交換体― 第7研究グループ 主任研究員小松 優 (1)はじめに 混合物から純物質を得る方法には,「ろ過法」,「再 結晶法」,「蒸留法」,「抽出法」,「昇華法」,「吸着法」 等がある。水溶液中の金属イオンの分離法としては, 「吸着法」及び「抽出法」が多く用いられている。 本研究では,「吸着法」に属する「イオン交換法」に より金属イオン分離を試み,分離困難な部分は「抽 出法」に属する「溶媒抽出法」を併用した。対象金 属イオンは,「海水中のウラン」と「高レベル放射性 廃液中で長期間保存が必要なセシウム(半減期30年)・ ストロンチウム(半減期28年)」である。金属イオン の分離に影響を及ぼす主要因子は,「金属イオンの価 数」,「金属イオン濃度」及び「イオン交換能」であ り,これらの因子を中心に検討を行った。無機イオ ン交換体として,層状構造を有するチタン酸ベース の酸化物を用いた。一般的に,チタン酸化物はトン ネル構造を有する。しかし,基本物質であるトンネ ル構造酸化チタンは,アルカリ金属イオンを含有す ることにより層状構造となり,アルカリ含有量がさ らに増えると食塩型構造へと変化する。この中でイ オン交換性を持つのは,アルカリ含量の少ない層状 構造化合物で,K2Ti2O5, Na2Ti3O7, K2Ti4O9等であ る。層状構造チタン酸アルカリ金属は,層間に位置 する金属イオン(カリウム,ナトリウム等)が水素 イオンまたは金属イオンとイオン交換能を有する。 イオン交換体はフラックス法で合成した結晶質四チ タン酸カリウムを酸処理し,水素型(H2Ti4O9水和物) に組成変換したものを用いた。 (2)現在の成果 海水中には,多種類の元素が溶存している。この 中で,ppbオーダーのウラン採取は困難を極める。本 研究では,ウランと価数の違う元素を分離した後, イオン交換能の違いを利用して他の金属と分離・濃 縮することが出来た。セシウムは「アルカリ金属元 素群中で存在量の少ないフランシウムに次ぐ大きな 元素」であり,この特性を利用して分離に成功した。 アルカリ土類金属イオン中のストロンチウムは,同 族元素群中ではバリウムより小さく,カルシウム等 より大きい。このため一段階での分離は困難である。 今回は代表的なイオン交換体「結晶質四チタン酸繊 維」による金属イオン分離法として,ストロンチウ ム分離とその固定化に関する研究成果について述べ る。 結晶質四チタン酸を用いたイオン交換法と抽出剤 (TTA,セノイルトリフロロアセトン)を利用した溶 媒抽出法により,下記の手順で行った。 ① 結晶質四チタン酸繊維と各々のアルカリ土類 金属イオンとのイオン交換特性。 ②キレート抽出剤(セノイルトリフロロアセトン) と各々のアルカリ土類金属イオンとの溶媒抽出 特性。 ③ 溶媒抽出法によるMg-Ca群とSr-Ba群の分 離。 ④ イオン交換法によるSrとBaの分離。 ⑤ ストロンチウムの固定化と侵出率の測定。 水素型(HTi4O9水和物)に組成変換された結晶 質四チタン酸繊維中の水素イオンは,金属イオンを 含む水溶液と接触することにより,金属イオンと下 記のイオン交換反応を起こす。 (添字“aq”は水溶液中の化学種を,“s”は固相中 の化学種を示す。) 水溶液中に溶存させたアルカリ土類金属イオン(バ リウム,ストロンチウム,カルシウム及びマグネシ ウム)を種々のpHの水溶液からイオン交換反応を行 った結果,各金属イオンの反応量は同じpHでは原子 番号の大きい金属イオンほど大きい。 結晶質四チタン酸繊維中の水素イオンと水溶液中 の金属イオンがイオン交換反応を行う場合,水溶液 中の金属イオンの水和水が離れる力,即ち脱水和反 応が反応量を決定する要因である。従って,大きな 金属イオンがより多くイオン交換反応を行い,分離 係数値はMg-CaおよびSr-Baの組み合わせ共,174 と大きい。即ち不純物を1%以下に抑えることが出 来る。一方,Ca-Sr間の分離係数値は,5.25と小さ く 20%近くの不純物が混入し,この方法だけでの分 離は不十分であると結論出来る。 次にキレート型抽出剤・TTA及び協同抽出剤・ TOPOによるアルカリ土類金属イオンの溶媒抽出特 性を調べた。有機相である四塩化炭素溶液に適量の TTA及びTOPOを加え,水相には各アルカリ土類 金属イオンを含む過塩素酸ナトリウム溶液を定イオ ン溶媒として加えた。平衡到達後液―液分離し,水 相の水素イオン濃度はpH メーターで測定し,両相の 金属イオン濃度をICP分光光度計で測定した。アル カリ土類金属イオンと抽出剤TTA及び協同抽出剤 TOPOの反応は下式に従って進行する。 (弱酸性抽出剤TTAをHAで示し,有機相中の成 分を(o)で示す。) 即ち,4種類のアルカリ土類金属イオンは,いず れも2つのTTA及び2つのTOPOと結合し,それ ぞれのTTA中の水素イオン1個を放出して有機相中 に抽出されていることが分かる。この反応における 金属イオンの溶媒抽出能系列は,次の通りである。 有機相中に溶存するキレート抽出剤TTA中の水素 イオンと水溶液中の金属イオンが溶媒抽出反応する 場合,有機溶媒の極性を乱す割合が反応量を決定す る要因である。従って,小さな金属イオンがより多 く溶媒抽出反応される。隣接する金属イオン間の分 離係数値は,Mg-Ca間およびSr-Ba間で結晶質四チ タン酸繊維によるイオン交換分離係数値より小さい が,Ca-Sr間の分離係数値52.2は結晶質四チタン酸 繊維による分離係数値より10倍大きく,有効な分離 が可能と考えられる。 そこで4種類のアルカリ土類金属イオンの分離を, 「4種類のアルカリ土類金属イオンを含む水溶液か らのMg及びCa抽出によるSr-Ba群との分離」「水 溶液中に残存するSrとBaのイオン交換分離」の2 段階で行った。この結果,Mg-Ca群とSr-Ba群の分 離は「連続逆抽出法」で,SrとBa分離はイオン交 換カラム法で成功した。 分離されたSrは,安全に保管可能にする必要があ る。本研究では,構造変換反応を利用したSr-固定化 法を試み,Sr1.04Ti6O13.04・6.74H2O組成の固定化体 を合成出来た。ペロブスカイト型構造を持つこの固 定化体は,イオン交換性が消失し,常温及び水熱条 件下での侵出率が非常に小さい。 以上の結果から,次の結論が得られた。 (1)4種類のアルカリ土類金属イオンは,結晶質四 チタン酸繊維とイオン交換反応を行う。イオン交換 選択性は,Ba>>Sr>Ca>>Mgの順序である。 (2) 4種類のアルカリ土類金属イオンは,溶媒抽出 剤TTA及び協同抽出剤TOPOにより溶媒抽出さ れ,抽出の選択性系列はMg>Ca>>Sr>Baの順で ある。 (3)溶媒抽出反応特性から,CaとSrの抽出能に大 きな差があるため,溶媒抽出法によりBa-Sr群とCa -Mg群に分離出来る。 (4)結晶質四チタン酸繊維によるイオン交換法にお けるイオン交換分離能の差を利用して,BaとSrを 分離出来る。 (5)イオン交換されたチタン酸ストロンチウムは, 熱処理によりトンネル構造のペロブスカイトに構造 変換できる。 (6)ペロブスカイト型構造中のストロンチウムは構 造中で安定に存在し,水熱条件下でも侵出率が小さ く安定である。 (3)今後の展開 従来行われていた金属イオン分離法では,目的金 属と分離材(剤)固有の性質で「分離能」が決定さ れる。本研究では,異なる要因で分離能が決定され る「イオン交換法」と「溶媒抽出法」を併用するこ とにより,高分離値が得られた。今後さらに高い分 離値を得るためには,「有効な分離材(剤)の組み合 わせ」の工夫が必要である。幸い「イオン交換法」 と「溶媒抽出法」を組み合わせることにより,多種 多様な組み合わせが可能である。また実用化へ向け ての「操作手順の短縮」に対する工夫が重要であり, 現在考案中の「3相間分配法」の完成を目指したい。 1―9イオン交換材料(その2) ―無機陰イオン交換体― 未知物質探索センター 総合研究官小玉博志 (1)はじめに イオン交換材料とは種々のイオンに対して交換能 を有する物質を表わし,この特性を利用して物質の 分離,精製,回収などの目的に広く利用されている。 例えば,海水の真水化,各種廃水の処理,原子力発 電の際に生ずる各種放射性元素の処理,食品・医薬 品などの分離・精製,有用元素の回収等,実に様々 な分野で用いられているが,日常生活で我々の目に 直接触れる事は少ない。同じ様な用途に用いられる 物質として活性炭などのイオン吸着材料もあるが, これとは異なる材料である。 イオン交換の厳密な定義は「固相と液相の二相間 で可逆的にイオンの交換が起こる現象である」とさ れている。このイオン交換を行う特性を有する物質 をイオン交換体と言う。従って,イオンの交換は通 常,溶液中で行われるが,この反応をイオン交換反 応と言い,化学反応式で表わすことが出来る。 イオンには陽イオンと陰イオンの二種類が存在す るので,イオン交換反応も二種類の式で表わされる。 陽イオンA+を交換イオン(交換基)として保持して いるイオン交換体M-A+を,陽イオンB+を含む液体 相に入れたとき,進行するイオン交換反応は次式で 表わされる。 固相溶液相固相溶液相 又,陰イオンA-を交換イオンとして保持している イオン交換体M+A-を,陰イオンB-を含む液相に入 れたとき,進行するイオン交換反応は次式で表わさ れる。 固相溶液相固相溶液相 イオン交換体,M-A+やM+A-は無機化合物から有機 化合物まで多数の物質が研究されて,実用化されて いる。 イオン交換現象の研究は,最初無機イオン交換体 についての研究を中心として発展した。それはイオ ン交換現象の最初の発見が,ある種の土壌の持つ特 性に関する研究においてなされた事に起因している。 その後,フッ石(ゼオライト),種々の粘土鉱物等, イオン交換特性を示す無機化合物が次々と発見され, 研究されてきた。第二次世界大戦前後から,有機化 学の発展が次第に顕著になり,様々な有機化合物が 合成されるようになった。なかでも,イオン交換樹 脂の発明がイオン交換材料の分野で与えた影響は大 きく,多くの研究と実用化が行われ,現在に至るま で盛んに研究が行われている。無機イオン交換体は 有機イオン交換体の出現によって,一時影が薄くな った感があるが,その後,産業の高度化や複雑化に より,再びその研究が盛んになってきた。何故なら, より特殊なそしてより過酷な環境下で作用するイオ ン交換体が求められる様になってきたからである。 例えば,無機イオン交換体は特定のイオンに対して のみ強く作用する特性(イオン選択性),耐熱性,耐 放射線性など有機イオン交換体の持たない特性を持 つている。 (2)現在の成果 無機材質研究所においては,無機イオン交換体に 関する研究を行っている。無機イオン交換体は陽イ オンを交換対称とするか,陰イオンを交換対称とす るかで反応式が異なり,物質も異なる。同一のイオ ン交換体が両方のイオンに対して有効に作用する場 合も無い訳ではないが,その数は限られており,通 常はどちらかに対称イオンをしぼって研究を進める。 ここでは陰イオンに有効に作用する無機陰イオン交 換体についての話題に限る。 無機陰イオン交換体の利用を必要とする分野は陽 イオンについて述べた分野と大差はない。無機材質 研究所では,原子力発電の際に生づる放射性元素の 処理・処分に有用なイオン交換体の開発研究を行っ ている。原子力発電の際には,各種の放射性元素が 生成するが,その中には各種のヨウ素が含まれてい る。その中で,I-129は半減期が1600万年もあり,こ れを完全に回収して安全に保管することが重要な問 題となっている。現在,この元素をガス化して,こ れを銀ゼオライト化合物を吸着剤として使用したフ ィルターに通して100%回収しているが,このフィル ターは大変高価なものであり,再生することも不可 能である。 現在までの所,溶液中に存在するヨウ化物イオン を効率良く除去できる無機イオン交換体はまだ実用 化されていない。研究室段階ではハイドロタルサイ トなどの各種含水酸化物などが盛んに研究されてい るが,耐酸性や耐アルカリ性,耐熱性などに乏しく, 安定性に欠ける。又,ヨウ化物イオンに対する反応 性もさほど良くない。 このような現状を打破するために,ハロゲンイオ ン,特にヨウ化物イオンに対して有効に作用する新 しい無機イオン交換体の創製に関する研究を行い, いくつかの新しい高性能無機陰イオン交換体を合成 することに成功しつつあるので,その中で特に優れ ているものについて紹介する。 Bi5O7(NO3) この化合物は新化合物である。この化合物の特徴 は陰イオンに対する交換基として(NO3)を持ってい ることである。従来型の無機陰イオン交換体は交換 基として(HO)かH2Oなどを有し,次式で表わされ るような交換反応を行う。 これに対して,Bi5O7(NO3)は(NO3)-が交換基であ り,その交換反応は次式に従って進行する。 交換基が(0H) -である化合物は耐酸性が特に低い。 Bi5O7(NO3)はこれを含まず,しかも代わりに(NO3) を含むので硝酸溶液に対して特に高い耐酸性を示す。 例えば,溶液pH=1の条件下でも安定に作用する。 又,イオン交換反応によって生成した化合物Bi5O7I は溶解度が低く,耐熱性は高く,放射性ョウ素の長 期保存に適している。使用済み核燃料は濃硝酸溶液 中で溶解するので,硝酸溶液中で安定に作用する無 機イオン交換体は実用化に有望である。 この化合物を用いて,溶液中に存在するヨウ化物 イオンの除去を行うと,例えば,中性溶液中で,50℃, 15時間の反応後,99.9%以上のイオンを除去できる。 BiPbO2(NO3) この化合物も新化合物である。この化合物も,そ の組成から明らかなように,従来型の交換体とは異 なり,交換基として(NO3)を持っている。この化合 物はBi5O7(NO3)とは異なる構造を持ち,さらに優れ たいくつかの特徴を有する。第一の特徴は,耐酸性 及び耐アルカリ性が非常に高い事である。これまで の特性評価ではpH=1の強酸性溶液中でも全く分解 しない事が判明しており,さらにこれより強い酸性 溶液中でも安定な事が期待できる。又,アルカリ性 溶液中では,pH = 13まで安定である。第二の特徴は, 溶液中におけるヨウ化物イオンとの反応が非常に早 く進行する事である。反応速度は温度が高いほど早 くなり,例えば,50℃で,pH=1の溶液中での反応 では15分以内に,また,pH = 13の溶液中での反応で は30分以内に反応はほぼ終了する。第三の特徴は, 室温付近のような低い温度でも,反応性が非常に高 く,例えば,25℃の溶液中での反応の場合,pH =13 の溶液では99.9%以上の,pH=1の溶液中では98 %以上の除去率を示す。第四の特徴は,イオン交換 後の反応生成物の構造がヨウ化物イオンの安定固化 体になるように設計されているために,ヨウ化物イ オンの除去と固化を同時に行うことが出来ることで ある。このような特徴を持つ化合物は,Bi5O7(NO3) 同様,使用済み核燃料に含まれる放射性ヨウ素の除 去及固化に適しており,その実用化を大いに期待で きる。 (3)今後の展望 本研究では,従来型の無機陰イオン交換体より優 れた特性を持つ新しい交換体の創製を目指している。 このような研究は社会のニーズと密接に結び付いて おり,産業の高度化や地球環境の汚染などと共に, その必要性はますます増大するであろう。これに対 応するには,ケース・バイ・ケースでの対応が必要 となる。何故ならば,無機イオン交換体の機能は交 換体の持つ構造と密接な関係があり,どのような種 類のイオンをどのような環境から除去するかが重要 なキーポイントとなるからである。 この研究で示したように,例えば,従来型の無機 陰イオン交換体の持つ交換基,(OH)の代わりに (NO3)を導入することにより,新しい特性を持った いくつかの新しい無機陰イオン交換体を合成するこ とが出来た。この考えを押し進めて行けば,もっと 多くの化合物を作り出すことが可能であろう。さら に,(OH)や(NO3)以外のものを交換基にすることも 可能であり,それによっても,今後さらに多くの新 しい特性をもった新しい陰イオン交換体の創製が可 能になるであろう。 1―10超硬質材料(その1) ―単結晶ダイヤモンド― 先端機能性材料研究センター 主任研究官神田久生 (1)はじめに ダイヤモンドは,炭素原子それぞれが4つの隣接 する炭素原子と共有結合した結晶である。炭素原子 という軽い原子が強固に結合していることから,ダ イヤモンドは種々の極限の特徴を示す。ダイヤモン ドが最高の硬度を持つ物質であることは周知のこと であるが,そのほかに,最高の熱伝導率,高い音速, 紫外から可視,赤外の広い波長範囲での高い光透過 性,広いバンドギャップ,高い電気絶縁性,高い屈 折率,高い化学的安定性などの特性を持つ。ダイヤ モンドをうまくカットすると美しい輝きを示し,最 も高い価値を持つ宝石として知られているのも,こ のような物理的特性のためである。これらの特性を 利用して,いろいろな分野で工業用素材として活用 されることが期待される。 立方晶窒化ホウ素(cBN)はダイヤモンドと同じ 原子配列をとる結晶であるが,炭素原子のかわりに ホウ素原子と窒素原子が交互に並んだ構造をとって いる。ホウ素,窒素ともに周期律表で炭素の隣に位 置する元素であるためにcBNの特性はダイヤモンド にたいへん近い。硬度はダイヤモンドに少し劣るが 他の物質よりははるかに高く,その他の物理,化学 特性もダイヤモンドに類似している。しかし,ダイ ヤモンドより優れた特性もある。cBNは鉄と反応し ないため,鉄鋼材料向けの工具用素材として利用で きる(ダイヤモンドは鉄に対しては簡単に磨耗して しまう)。そのため,cBNはダイヤモンドより硬度は 低いが工業用価値は高い。また,半導体特性におい ても,ダイヤモンドではn型はまだ合成されていな いが,cBNではp型もn型もすでに得られている。 この点,半導体としての応用を考えたとき,ダイヤ モンドよりcBNの方が先んじている。 このような特性を利用して,ダイヤモンド,cBN はすでにいくつかの分野で工業的に応用されている。 ダイヤモンドは,高い硬度を利用して,切削材,研 削材,研磨材などとして古くから用いられている。 高い熱電導率を利用してICの放熱基板,広い波長範 囲での高い光透過率を利用しての科学機器などの窓 材などにも用いられている。cBNも研削材,研磨材 などに大量に用いられている。 ダイヤモンド合成の試みは前世紀から行われてい たが,現在認知されている最初の高圧合成の論文は 1955年のゼネラルエレクトリック(GE)社のもので ある。ダイヤモンドの高圧合成のパイオニア的研究 は,その後,19 70年にかけてのGE社の一連の論文 にみられ,この中で,ダイヤモンド高圧合成の基本 的な考え方・技術ができあがったといってよい。つ まり,超高圧発生のためのべルト型高圧装置,「ダイ ヤモンド合成触媒」の発見,大粒結晶を育成する温 度差法,不純物窒素を除去するために窒素ゲッター と呼ばれる元素を添加する方法などである。 cBNの合成技術もGE社の同じグループにより開 発された。ダイヤモンド合成用の高圧装置を用いて, ダイヤモンド合成と類似の方法でcBN合成が行われ た。ただ,cBNの場合は原料として黒鉛類似構造の 六方晶窒化ホウ素(hBN)が用いられ,合成触媒と して,窒化リチウム,ホウ窒化マグネシウム等の化 合物が用いられた。 これらの技術,考え方は,今日でもダイヤモンド・ cBNの高圧合成の基本となっている。 (2)現在の成果 GE社により確立されたダイヤモンド合成法も,1980 年代になって以下に示すような高度化が進んだ。 単結晶サイズの大型化については,無機材研,住 友電工,デビアスで開発が行われたが,現在ではデ ビアス社で合成された2cm近いサイズ(35カラット) の結晶が世界最大である。 ダイヤモンドの高純度化についても進歩が見られ た。GE社では,ダイヤモンドから炭素原子以外の不 純物元素を除去するだけでなく,通常の炭素に含ま れる1.2%の13C同位体の除去も行い,12Cのみからな るダイヤモンドを合成した。この高純度化により熱 電導率が50%向上したといわれている。住友電工で は,転位のほとんどない結晶を合成し,結晶性を完 全に近づけた。この結晶は放射光施設において分光 結晶としての利用が計画されている。 無機材研では逆に13C濃度を増加させた炭素を用い てダイヤモンドを合成した。この結晶を用いて,光 学測定やESRの研究が行われ,いくつかの格子欠陥 の構造について新しい知見が得られた。 ダイヤモンドの着色は不純物の混入によるが,1980 年以前では,不純物として窒素とホウ素のみが知ら れており,色は黄色と青色のみであった。80年代に なって,ニッケルも不純物としてダイヤモンドに混 入することが明らかになり,緑や茶色の結晶も合成 された。いまでは,ニッケルに関係したカラーセン ターも10種類以上知られている。また,不純物ニッ ケルはダイヤモンド格子の中で,置換位置や格子間 に入っていることも明らかになった。このほか,シ リコン,コバルトも不純物としてダイヤモンド中に 混入しカラーセンターになることが,最近見出され た。 ダイヤモンドは「鉄やニッケルなどⅧ族元素を主 体とした金属を合成触媒として成長する」というこ とが定説であったが,1990年,無機材研において非 金属化合物の中からもダイヤモンドは成長すること が実験的に確かめられた。炭酸ナトリウム,硫酸カ ルシウムなどいろいろな化合物の中からダイヤモン ドの成長が見られた。この結果は,天然ダイヤモン ドが非金属化合物である岩石の中からでも成長しう ることを示す重要な知見である。さらに,従来から の定説の,特定の金属の中からのみダイヤモンドが 成長するという「合成触媒」という見方の修正をせ まるものであった。実際,Ⅷ族の金属元素以外のい ろいろな元素からもダイヤモンドが成長することが 見出された,Mg, P, Cu, Zn, Geなどである。 従来の合成触媒ではダイヤモンドが成長する最低 温度は触媒金属が溶融する温度できまるとされてい た。しかし,CuやZnなどを用いた場合,これらが 溶融する温度ではダイヤモンドは成長しない。 1500~1600℃という融点より高い温度がダイヤモン ドの成長最低温度である。このようにダイヤモンド の成長温度領域が従来の見方と異なると言うことか ら,ダイヤモンドの成長機構も新たな視点で考える 必要が生じた。 cBNはダイヤモンドに比べて,核発生が容易であ るが,大粒結晶の合成は困難であった。しかし,1980 年後半になって,1mmを超える結晶も育成されるよ うになった。ダイヤモンドとの接合も可能で,ダイ ヤモンド種結晶の上にcBNのヘテロエピタキシャル 成長も成功した。cBNではp型,n型半導体ができ ることから,p型cBNを種結晶として,その上にn 型cBNを成長させることによりcBNのp-n接合を もつ単結晶が合成された。この素子を用いて,600℃ という高温で整流特性が確認され,紫外線の発光も 検出されている。 (3)今後の展開 ダイヤモンド,cBNは最も硬度の高い物質として, 石材などカッター材料,研磨材などに用いられてき たが,CVD法による薄膜ダイヤモンドの合成技術の 確立とも関連して,硬度以外の特性を利用した新し い分野への発展が期待されている。例えば,高い熱 伝導率やワイドギャップ半導体の特性を利用した電 子素子への応用である。高圧合成のダイヤモンド, cBNもこのような応用へ向けての貢献が期待できる。 電子材料としてその特性に大きな影響を与えるの は不純物である。この15年の間に,窒素,ホウ素以 外にも不純物が混入することが明らかになり,いく つものカラーセンターも見出された。このことから, さらに,いろいろな元素がダイヤモンドの中に入る ことが期待される。特に,新しい触媒を用いれば, 新しい不純物が添加される可能性も高い。それはn 型ダイヤモンドや,新しい発光センターの発見につ ながるであろう。 ダイヤモンドの工具,研磨材などの従来の用途に おいても,生産コストを下げることは重要なポイン トである。合成触媒の選択肢が拡がったことにより, ダイヤモンドが従来より低温,低圧で合成できる可 能性もでてきた。ダイヤモンドの成長機構の研究に 加え,新しい合成触媒の探索も今後の課題である。 cBNは上述のようにダイヤモンドも及ばない優れ た特性がある。これらの特性をよりよく発揮させる ためには,さらなる研究が必要である。双晶など欠 陥を含まない,より完全な単結晶の合成はまず第一 の目標である。そして半導体としての特性を改善す るためには不純物の制御の向上が必要である。cBN についても最近,新しい触媒が見出され,従来の枠 にとらわれない新しい見方で新触媒が発見される可 能性も高くなった。新触媒の探索の結果,より優れ た特性を持つcBNの合成も可能になることであろう。 1―10超硬質材料(その2) ―多結晶ダイヤモンド― 超高圧力ステーション 主任研究官赤石 實 (1)はじめに ダイヤモンド結晶は,硬さ,熱伝導率,耐摩耗性 などたいへん優れた性質を持っているが,その脆さ や入手可能な大きさに制限があるなどの欠点もある。 これらの欠点を補い,かつダイヤモンド結晶が持つ 優れた性質を示す材料として,カーボナード,バラ スなどと呼ばれている,ダイヤモンド多結晶体が天 然に産出する。しかし,これらの多結晶体は,優れ た性質を持っているが,産出量も少なく。形状もま ちまちで加工が難しい。品質や純度などの問題もあ る。 ダイヤモンド多結晶体を合成する試みが1960年代 後半から旧ソ連,米国を中心に活発に行われてきた。 現在,大量生産されている市販のダイヤモンド多結 晶体の基本的合成法が,1970年前半に米国G.E.社の 研究者によって確立された。この多結晶体は単結晶 に比べ,比較的靱性に富む高硬度焼結体である。現 在は,自動車用Al-Si合金など,難削材料の切削工 具,石油掘削用ビット,線引きダイスなどに利用さ れている。 このダイヤモンド多結晶体は,ダイヤモンド微結 晶の合成と同様に超高圧装置を用いて,ダイヤモン ド安定域の高温高圧条件下で合成される。その合成 方法は,ダイヤモンド微粉末を超硬合金(WC-Co)焼 結体上に積層し,ダイヤモンドの熱力学安定な約5. 5G Pa,1500℃程度の高圧高温条件下でダイヤモン ドと超硬合金を同時に焼結するものである。この条 件下で,ダイヤモンド合成触媒である液相のCoが, ダイヤモンド粒子間��に溶浸する。溶浸したCoに 炭素が溶解して,炭素で過飽和となったCoからダイ ヤモンド粒子表面にダイヤモンドが析出する。析出 したダイヤモンドが,ダイヤモンド粒子間の直接結 合形成に寄与する。このような溶解/析出の繰り返し によって,ダイヤモンド粒子間に直接結合を有する ダイヤモンド多結晶体が合成される。 これらの多結晶体はたいへん優れた高硬度材料で あるが,焼結過程でダイヤモンドの焼結助剤として 機能したCoなどの焼結助剤金属が,約10vol%程度 と大量に多結晶体中に残存する。これらの多結晶体 を高温条件で使用すると,ダイヤモンドとCoの熱膨 張率の違いに起因する熱応力による多結晶体の破損, Coによるダイヤモンドの触媒黒鉛化による劣化など が起る。 このような観点から,ダイヤモンド多結晶体中に Coなどの金属介在物のない純粋なダイヤモンド多結 晶体が望ましい。しかし,我々の研究結果によれば, コバルトなどの焼結助剤なしに高硬度ダイヤモンド 多結晶体を合成することは,現在の高温高圧条件で はたいへん難しい。 また,エネルギーの効率的利用や地球環境の保全 のために,自動車をはじめとする輸送機関の軽量化 のニーズから高Si-Al合金や炭素系複合材料などの 難削材料加工工具への需要が増大している。また, 総労働時間の短縮は時代の要請であり,このためま すます効率的な加工方法,加工条件の高速化が求め られている。しかしながら,現在のダイヤモンド多 結晶体工具材料では,多結晶体の耐熱性が十分でな いため,これらの要請に対応できない。 次世代工具材料として,耐熱性に優れたダイヤモ ンド多結晶体の開発は,地球環境保全,ゆとりある 生活の実現などの見地から必要不可欠の研究課題で ある。耐熱性ダイヤモンド多結晶体開発へのアプロ ーチは,現在いくつかの方法が提案されているが, ここでは当所で発見された新しいダイヤモンド合成 触媒,炭酸塩,を焼結助剤とする多結晶体の合成と その性質について紹介し,今後の多結晶体研究動向 を展望する。 (2)現在の成果 無機材研の我々のグループは,5年以上前に数多 くの無機化合物がダイヤモンド合成触媒として機能 することを発見した。これらの触媒は,アルカリ, アルカリ土類金属の炭酸塩,硫酸塩,水酸化物であ る。これらの非金属触媒が従来の金属系触媒と全く 異なることから,これらの触媒がダイヤモンドの焼 結助剤として機能するかどうか,機能するとすれば, 合成された多結晶ダイヤモンドの物理的・化学的性 質は,従来の多結晶体に比較して優れているのかど うか,学術的にも工業的にもたいへん興味深い研究 テーマである。 Li, Na, K, Mg, Ca, Sr の炭酸塩,Mg, Ca の水酸 化物,Na, Mg, Caの硫酸塩の中から焼結助剤を探 索するために,これらの無機化合物粉末上に天然ダ イヤモンド粉末を積層し,7.7GPa, 2200℃の条件で 30分間高圧高温処理した。処理後のダイヤモンド層 の研削加工の結果,アルカリ土類金属の炭酸塩(Mg, Ca & Sr)を用いて合成した多結晶ダイヤモンドの研 削抵抗は高く,ダイヤモンド粒子間に直接結合が形 成されていると考えられる。 しかし,他の炭酸塩,硫酸塩,水酸化物から合成 した試料の研削抵抗は低かった。研削抵抗の高低に 拘わらず,ダイヤモンドから黒鉛への変換は全く認 められなかった。 数多くの新しいダイヤモンド合成触媒の中で,ア ルカリ土類の炭酸塩,MgCO3, CaCO3, SrCO3が,多 結晶ダイヤモンド合成に有効な助剤として機能する と考えられる。これらの炭酸塩の中から炭酸マグネ シウムを助剤とする多結晶ダイヤモンドの合成とそ の耐熱性などの性質について,以下に一例を簡単に 紹介する。 天然MgCO3粉末上に脱珪酸塩処理済みの20―30μm のダイヤモンド粉末を積層し,7.7GPa, 1800―2450℃ の条件で30分間処理した。ダイヤモンド層のX線回 折の結果,1800℃処理試料には全く認められなかっ たMgCO3相が,2000℃処理試料には明瞭に検出され た。ダイヤモンド層中のMgCO3量は,2200℃処理試 料まで 定性的に増加し,この温度よりも高温処理試 料のそれはほとんど変わらなかった。 ダイヤモンド層へのMgCO3の溶浸が認められた 2000℃処理試料の研削抵抗は,高かったが,研削後 の試料の光学顕微鏡観察の結果,試料は一部不均質 でしばしば多結晶体にクラックが認められた。さら に高温の2200℃処理試料は,研削抵抗も高く,巨視 的にもクラックの認められない均質な多結晶体であ った。 7.7GPa, 2300℃, 30分間の条件で合成した,ダイ ヤモンド多結晶体破面の走査型電子顕微鏡観察の結 果,個々のダイヤモンド粒子の識別はたいへん難し <,その破壊形態はほとんど粒子内を主体とし,多 くの直接結合がダイヤモンド粒子間に形成されてい ることを示唆している。これらの多結晶体のヌープ 硬度は67GPaとダイヤモンド単結晶のそれと同等で あった。炭酸マグネシウムを焼結助剤に用いて合成 したダイヤモンド多結晶体は,高硬度かつ巨視的に も微視的にも均質な組織を有していることが明らか となった。 炭酸マグネシウムを助剤とするダイヤモンド多結 晶体の耐熱性を評価するために,900―1400℃の条件 で各30分間真空中加熱処理した。900℃, 30分間処理 後の試料のX線回折の結果,黒鉛は全く認められな かったが,MgCO3の一部は分解して,MgOに変換し ていた。多結晶体表面にクラックは認められず,処 理前後のヌープ硬度にも変化は認められなかった。 比較例として,コバルトを助剤とする市販のダイヤ モンド多結晶体も同一処理条件で処理した。その結 果,無数のクラックが多結晶体表面に観察されると ともに,大半のダイヤモンドは黒鉛に変換して,多 結晶体の硬度を測定することは出来なかった。 900℃, 30分間処理後の試料をさらに高温の1100, 1300, 1400℃条件で各30分間真空中加熱処理した。 これらの温度条件で処理した多結晶体には,何れも ダイヤモンドから黒鉛への変換やクラックの導入は 全く認められなかった。しかし,1300℃,1400℃処 理後の多結晶体の硬度は,900℃, 1100℃処理後の試 料に比較し,55GPaと12GPa程低下していた。 ダイヤモンドの黒鉛化や多結晶体へのクラックの 導入の有無でもって,多結晶体の耐熱性を評価する のも一つの方法であるが,多結晶体の総合的評価法 として,多結晶体を切削工具に加工し,高Si-Al合 金や超硬合金を被削材に用い,切削テストを行った。 その結果,高Si-Al合金の高速切削や超硬合金の切 削加工性能が,市販の焼結体に比較して,たいへん 優れていることが明らかとなった。 (3)今後の展開 炭酸塩を焼結助剤に用いたダイヤモンド多結晶体 は,真空中,1400℃の条件で処理しても,黒鉛化も クラックの導入も全く認められなかった。一方,金 属を助剤とする市販のダイヤモンド多結晶体は,同 一真空条件下900℃の温度で処理すると,大半のダイ ヤモンドは黒鉛に変換し,無数のクラックが焼結体 に導入される。炭酸塩を助剤とするダイヤモンド多 結晶体は,耐熱性に極めて優れているのであるが, その合成条件は従来法のそれと比較してたいへん過 酷である。これらの多結晶体の工業生産を行うため には,新たな焼結助剤を探索し,条件の低減化を計 るか,厳しい圧力温度条件でも使用可能な高温高圧 装置の開発が,必要不可欠な今後の課題であると考 えられる。 学術的には,炭酸塩を焼結助剤とするダイヤモン ド多結晶体の焼結のメカニズムの解明,多結晶体の 直接結合の割合の定量的評価法の確立,ダイヤモン ド粒子間に直接結合を有する透光性多結晶体の合成 法の確立,天然ダイヤモンド多結晶体,特に粒子が 放射状に配列した組織を持っているバラスの生成の メカニズムの解明など,多くの未解決の研究課題が 山積していると筆者は考えている。 炭酸塩を助剤とするダイヤモンド多結晶体合成に 関係する研究分野は,学術的にも工業的にも未解決 の数多くの研究課題が存在している。工業的な種々 の問題点は,この分野に幾つかの企業の研究者が参 入しているので,近い将来解決されるものと確信し ている。炭酸塩を助剤とする耐熱性ダイヤモンド多 結晶体の研究からも明らかなように,研究の発端は 新しいダイヤモンド合成触媒の探索であった。ダイ ヤモンド多結晶体や単結晶などのダイヤモンド合成 研究分野における,残された大きな研究課題の一つ として,天然ダイヤモンドの成因解明が挙げられる。 この課題は基礎的研究分野に位置付けられるが,研 究過程において遭遇するであろう困難や問題点を解 決することによって,新たな材料開発などの応用研 究への展開も可能となるものと確信している。 1―10超硬質材料(その3) ―ダイヤモンド薄膜― 先端機能性材料研究センター 主任研究官加茂睦和 (1)はじめに ダイヤモンドの薄膜すなわち気相法によるダイヤ モンドの合成は,歴史的には1950年代より始められ たが,技術的には1980年代に確立された。現在では, すでにダイヤモンド薄膜合成装置が市販されており, 工業的にも1カラット当たりの価格を300~400円台 にする計画が進行している。またそのようにして合 成されたダイヤモンド膜も市販されるようになって きた。そのようになってもしかしながらダイヤモン ド薄膜の実用化については解決されるべき課題は多 <,一層の努力を必要としている。 (2)現在の成果 ダイヤモンドの気相合成法は,熱フィラメント法, マイクロ波プラズマ法,高周波プラズマ法,直流プ ラズマ法などが開発され,基本的な技術としては確 立され,今ではダイヤモンド薄膜合成装置として市 販されるまでにいたっている。また直径4インチの ダイヤモンド膜も市販されている。合成技術として は,実用化に当たって他の物質との競争ということ を考えれば,コストがもっとも大きな問題となって いる。例えば集積回路でのヒートシンクを考えれば, コンペティターであるアルミナや窒化アルミニウム との価格競争である。軍事用や宇宙開発用といった 価格を問わない用途では,材料の性能だけの競争で, 優れた熱伝導度を示すダイヤモンド薄膜は,多結晶 体といえども現状の技術でも十分であろう。しかし 多量の消費を目指す民生用では価格がもっとも大き なネックとなってくる。そのために大面積化や高速 成長を図り低コスト化することが要求されている。 エレクトロニクス材料としてみたとき,やはり単 結晶ダイヤモンドの要求が強いものがある。ヘテロ エピタキシャル成長技術は気相合成ダイヤモンドの 応用に関して鍵となる技術といえる。これまでのと ころ立方晶窒化ホウ素,ニッケル,コバルト,シリ コン,炭化ケイ素,黒鉛,白金,イリジウム等の上 でヘテロエピタキシャル成長が可能であることが報 告されている。しかしこれらの中でダイヤモンドが 基板上に膜として析出しているものは立方晶窒化ホ ウ素,シリコン,炭化ケイ素,白金,イリジウムで ある。これらの基板のうち立方晶窒化ホウ素と白金 以外はヘテロエピタキシャル成長にあたって核形成 の際,電界を印加している。そうすることによって 生成する核が配向しているが,その原因については 全く理解されていない。ヘテロエピタキシャル成長 したダイヤモンド膜についての評価はまだ十分に行 われているとはいえず,これからの研究に待たなけ ればならない。 気相合成ダイヤモンドの評価解析については種々 の方法によって行われている。初期の評価ではラマ ンスペクトル,X線回折や電子回折等ダイヤモンド であることを同定する技術が主に使われた。特に気 相合成ダイヤモンドに特有な析出物中の非晶質な炭 素は他の方法で検出されないこともあって,ラマン スペクトルは気相合成ダイヤモンドの評価に欠くこ とが出来ない方法となった。 気相合成ダイヤモンドがダイヤモンドとして認知 されるようになって,天然や高圧合成ダイヤモンド と比較され,そして質そのものが評価されるように なった。不純物分析には二次イオン質量分析計 (SIMS),オージェ電子スペクトル,電子顕微鏡など が使われ,気相合成特有の不純物が存在することが 明らかにされている。 カソードルミネッセンスやフォトルミネッセンス による不純物や欠陥の分析も行われ,質的に気相合 成ダイヤモンドは天然ダイヤモンドのⅡ a型に相当 する最も高純度なダイヤモンドに分類されることが 明らかになっている。 数百μmの厚みの多結晶ダイヤモンド膜の熱伝導 度測定の結果は膜の構造と関係して大変興味深いも のがある。膜の垂直方向及び横方向いずれも厚みが 増加すると共に粒子径が増大し,粒界が少なくなる と共に熱伝導度は単結晶なみの高い値を示している。 このことはヒートシンクとしては必ずしも単結晶で ある必要はなく,多結晶体でも十分ヒートシンクと して使えることを示しており,ダイヤモンドの特性 を生かした応用が可能である。 ダイヤモンドは半導体としても期待されているが, シリコンと同様p型にはホウ素,n型にはリンを,そ れぞれ不純物として添加して合成することが試みら れている。p型についてはホール移動度も天然のⅡ b 型を凌駕する高品質なものが作られている。リンの 添加によるn型化については,850℃程度の温度では 合成されていない。この原因として,一つはリンが 格子中でなく格子間に侵入型として存在しドナーと なっていない。もう一つはダイヤモンド中にリンを 添加すると水素濃度もリンの添加と共に増加するこ とがSIMS分析の結果明らかになっており,リンが 水素と結合していることでやはりドナーとして働い ていないものと予想されている。しかし最近のESR 測定の結果では,これまでダイヤモンド中には置換 型として存在し得ないといわれていたリンが,置換 型として存在していることが明らかにされており, n型合成の可能性を示している。 ダイヤモンド薄膜は,数々のダイヤモンドの優れ た特性とコーティングも可能な形状的な特徴から広 い分野での応用が考えられてきた。ダイヤモンドの 機械的特性を生かした切削工具や耐磨耗材はまず始 めに試みられた例である。しかし基板とダイヤモン ド間の接合強度から来る寿命とコストの課題を十分 に解決できず,限られた分野でしか使われていない のが現状である。 ヒートシンクについても比較的早くから用途が期 待された分野であったが,他の競争する材料との価 格差を埋めることが出来ず,やはり限られた分野で しか使われていない。しかし優れた熱伝導度を持つ ダイヤモンドはヒートシンクとしては最適な材料で, 集積度が高まるような場合,例えばマルチチップモ ジュール(MCM)では当然 用いられると考えられ る。 音響材料すなわちスピーカーの振動板は,ダイヤ モンド薄膜を民生用として用いたはじめての市販商 品であったが,コストの問題もあって超高級品のス ピーカーセットに搭載されたため,数多く出回るに は至っていない。 最も期待されている電子デバイスについては,P― n接合によるデバイスはこれまでのところ作られてい ない。p型だけによるデバイス作成の試みがされてい るが,これまでのところ実用には遠いものとなって いる。 各種センサーも広く使われる商品として期待され る一つである。現在検討されているものには,加速 器用の放射線センサー,可視光に透明で紫外光のみ に感応する紫外センサー,ピエゾ効果を用いた圧力 センサー,ダイヤモンドの表面反応を利用したガス センサーなどである。 その他電子放出材(エミッター)やSAWフィル ターとしての応用が非常に熱心に進められている。 (3 )今後の展開 ダイヤモンドの気相合成については基礎的な研究 課題から実用化への技術的課題まで,数多くの課題 が残されている。 基礎的な課題としてまず核形成の問題があげられ る。現在核形成促進のために使われているスクラッ チ法や電界印加法の本質が理解され制御可能となれ ばヘテロエピタキシャル成長に大きく貢献するもの と予想される。ダイヤモンドの気相合成は熱力学的 に準安定領域での合成のため,表面での反応がダイ ヤモンドか黒鉛構造になるかを決めている。そのた めにも成長の反応過程,特にダイヤモンドの前駆体 の把握が重要となってくる。その前駆体が明らかに なれば欠陥や不純物の制御が可能となり,結果的に 高品質ダイヤモンドの合成が可能となってくる。そ れと共にダイヤモンドの高感度な新しい解析評価技 術の開発が必要となるであろう。 核形成と成長過程の解明はヘテロエピタキシャル 成長に大きく貢献し,ヘテロエピタキシャル成長の 大型化に寄与するものと考えられる。 半導体ダイヤモンドに関して,リンの添加で,移 動度が小さいとはいえ,n型化が可能であることが, ホール効果の測定によって確認されている。合成条 件をさらに検討することで品質の良いn型ダイヤモ ンドの合成も可能であろう。さらに不純物添加法の 改善やダイヤモンド特有のドーパントの発見によっ て大きく進展する可能性もある。 ダイヤモンド薄膜の実用化へ向けても多くの技術 的課題が残されている。例えば大面積化,高速化, 低温化,低コスト化,高品質化などがあげられる。 これらは単独でなく各課題が総合的に解決される必 要があり解決を複雑にしている。高速化や低温化は 反応機構とも絡んでくるが,技術的課題はダイヤモ ンド薄膜の需要が出てくれば自ずと解決されていく のではないだろうか。そうなるものと期待したい。 1―10超硬質材料(その4) ―立方晶窒化ホウ素薄膜― 先端機能性材料研究センター 主任研究官松本精一郎 (1)はじめに 窒化ホウ素(BN)は,その構成元素が炭素の両隣 のホウ素と窒素であることからわかるように,炭素 とよく似た性質を持っている。すなわち,黒鉛,ダ イヤモンド,六方晶ダイヤモンドに対応して,六方 晶(hBN),立方晶(閃亜鉛鉱型,cBN),ウルツ鉱 型(wBN)が存在する。cBNはBとNがsp3共有 結合でダイヤモンドのように繫がった構造で,ダイ ヤモンドに次ぐ硬さと熱伝導性を示す。空気中では ダイヤモンドより高温まで安定であり,さらに鉄系 の材料の切削材としてはダイヤモンドより優れてい る。また,ダイヤモンドと同じように共有性結合で ワイドバンドギャプの物質であるが,ダイヤモンド の5.5eVに対し,6.1~6.2eVと推定されるより大き なバンドギャップを持っており,高温半導体や短波 長用のオプトエレクトロニクス材料として期待され ている。現在までダイヤモンドがp型半導体しか作 られていないのに対し,p, n両方の半導体ができる ことが無機材研の高圧グループより確かめられてい る。 しかし,ダイヤモンドと異なって,天然には存在 せず,また,高圧法で単結晶も作られているが(無 機材研では数mmのものが作られている),品質・大 きさ,共に不十分で,基本物性も正確には測定され ていないなど,ダイヤモンドに比べその研究は大き く遅れている。高圧合成法の問題点は,反応空間が 限られ,また高精度の合成制御が難しいことである。 従って薄膜を作ったり,高純度のものを得るのには 不向きである。電子材料等に発展させるためには, 高純度で低欠陥のcBNを得ることが必要であるが, このためには低圧気相法の開発が望まれている。 (2)現在の成果 ダイヤモンドと異なって,cBNは二元系であり, また,ホウ素と酸素は固体の化合物をつくるなどの 理由から,cBNの低圧合成はダイヤモンドよりはる かに困難である。現在までのcBN膜合成は,大きく 化学的気相析出法(Chemical Vapor Deposition, CVD)と物理的気相析出法(Physical Vapor Depo­ -sition, PVD) に分けられる。 CVD法では,ジボラ ンや三塩化ホウ素とアンモニアや窒素ガスを原料と して,比較的高いガス圧で,熱フィラメントやプラ ズマを用いてガスの励起を行い析出させる。PVD法 では,ホウ素を電子ビーム蒸着などによって供給し ながら,電場によって加速したArやN+或いはN2+ を基板に衝突させることによって作成する。無機材 研では,CVD法として高周波誘導プラズマを用いる 方法を永年行ってきた。最近は,容量結合型高周波 放電,マイクロ波放電,熱プラズマ等を用いる方法 も開始している。現在までに高周波誘導プラズマを 用いる方法で,特に,レーザー光を同時に基板に照 射することにより,電子線回折及び赤外吸収スペク トル測定でcBNの存在を示す膜が得られているが, 他の構造のBNを含んでおり,また,結晶粒は小さ い。また,酸素や水の影響を受けやすく,容易に酸 化ホウ素などが混入しやすいことが明らかになって きた。従って,現在,酸素の少ない環境でのCVDを 目指すと共に,超高真空下でジボラン,アンモニア から作られるラジカルビームを用いるケミカルビー ムエピタキシー法によ る合成研究等の新しい試み も 始めている。 PVD法では,上述のB蒸着,N+(N2+)イオン照射 法で永く合成を試みており,シリコンと匹敵する程 度の硬度を持つBN膜が得られている。しかし,構 造的には乱層構造(tBN)である。これは,装置の性 能が充分でなかったことが大きな原因であり,現在, 無機材研ニュース第154号(1995年11月)で紹介した 新しい装置での実験を始めている。この装置の特徴 は,イオン源からのイオン(N2+, N+, Ar+)を質量分 析して高純度にした後,減速し低エネルギーにイオ ンの速度を揃えて,基板にあてることができること である。ビーム速度は0.1~1keV可変,イオン電流 密度は100eVのN+で約100μA/cm2となっている。ま た,成膜室は超高真空仕様となっている。PVD法と しては他にバイアススパッタリング法を行っている。 スパッタリング法は,イオンビーム法に比べ,装置 が簡単で広い面積の製膜ができる。バイアススパッ タリング法では,対向電極とは独立に基板に高周波 もしくは直流電圧を印加することにより,基板に入 射する粒子の運動エネルギーを変化させることがで きる。この方法では,数十nm程度のcBN膜が得ら れているが,さらに良質の結晶cBN膜を得るため, 発光分光分析,プローブ法,エリプソメーター等を 用いて製膜のプロセス解析を始めている。 (3)今後の展開 cBNはその優れた特性を発揮させるためには,高 圧法も含めてまず良質のすなわち,低欠陥で高純度 の結晶を作ることである。特に低圧法では数十nmサ イズの結晶しか得られておらず,自形を示すものは 得られていない。まず,ダイヤモンドと同程度の結 晶性の膜を得ることが第一である。それにはPVDで あれCVDであれ,今までの方法より制御された(高 純度の合成,プロセスパラメーターの制御)合成実 験を行うと共に,化学的,物理的両方を含む新しい 合成法の開発が必要である。このハードルを越えさ えすれば,その後の展開に関しては相当のところま で急激に進むと思われる。すなわち,切削工具への 応用,不純物ドーピングによる半導体膜の作成,p-n 接合膜の作成,或いは,ダイヤモンドや炭化珪素と のヘテロ接合膜の作成等によって,高温半導体,放 射線等への対環境素子の作成,深紫外用発光ダイオ ード等のエレクトロニクス材料,オプトエレクトロ ニクス材料への応用研究が大きく進展すると思われ る。特に,エレクトロニクス材料では,n型半導体の 作成の困難なダイヤモンドよりも先行する可能性も 大きいといえよう。 1―11電子放射材料 第12研究グループ 総合研究官石澤芳夫 (1)はじめに 電界放射型冷陰極は,熱陰極に比較して,輝度が 100倍以上大きく,電子エネルギー幅は約1/5と小さ く ,しかも電子源の大きさが約1/100と小さい,とい う特徴をもつ。このような特徴をもつ電界放射型冷 陰極は,低加速走査型電子顕微鏡,分析電子顕微鏡 などの電子源としての利用が期待されており,装置 によってはその実用化が既になされている。さらに 最近では,チップ密度が106/cm2のエミッターアレイ の研究が急激に進展しており,フラットパネルディ スプレイ,超高速デバイスなどの新しい応用をめざ している。電界放射材料としては,現在,W単結晶 チップが電子顕微鏡に搭載されているが,応用分野 をひろげるには,放射電流の一層の向上が必要であ る。エミッターアレイチップの材料としては,Mo, W, Si等が研究されているが,用途に応じた材料の選択 が重要であり,今後の大きな課題として残されてい る。 ここでは,単原子層グラファイトを表面に形成し た高安定炭化物電界放射材料について説明し,最後 に電子放射材料の将来展望を試みる。 (2)現在の成果 NaCl型構造炭化物には,TiC, ZrC, HfCのIVa 族炭化物,NbC, TaCのVa族炭化物があり,いず れも以下に示すような共通的な電子放射特性をもつ。 ここでは,最も安定な電流特性を示すグラファイト 被覆NbCエミッターに焦点を合わせる。 単結晶エミッターでは,チップ軸方位の選択が重 要である。炭化物エミッターは,チップ軸を〈110〉 方位とする〈110〉チップが有用である。なぜなら〈110〉 チップのみがチップ軸方位に電子を放射するからで ある。NbC〈110〉チップの清浄表面からの電子放射 パターンは,チップ先端が清浄表面作製温度の1600℃ 以上の加熱により発達した(100),(111)面で囲まれ た多面体形状をとることで説明できる。チップ先端 には,電界強度の大きい2種類の頂点があり,電子 はこれらの局所部分から放射される。清浄表面から の放射電流の経時変化には,大きな電流減衰とそれ に重畳したステップ状およびスパイク状ノイズが観 測されるが,チップの表面処理により炭化物表面に 単原子層グラファイト膜を生成することにより放射 電流は安定化する。 チップの表面処理は,次の二段階操作よりなる。 エチレン等の炭化水素系ガスの雰囲気下でチップを 1000―1100℃で加熱する(前段処理)。次に,電界放 射のできる超高真空に排気後,全電流10―20μAを30 分以上連続放射する(後段処理)。表面処理効果を起 こすには,100L (ラングミュア)以上のガス露出が 必要である。表面処理効果が起きたかどうかは,電 子放射パターンの変化,放射電流の増大(定電圧下) から判定できる。炭化物単結晶基板上への単原子層 グラファイト膜の生成条件を考慮すると,チップの 前段処理により,チップ表面に単原子層グラファイ ト膜ができることがわかる。チップの後段処理は, 強電界印加により表面層の物質移動がおきた結果, チップが先鋭化すると解釈できる。 表面処理後の電子放射パターンは,中央部の電子 放射がエンハンスした結果である。前段処理終了直 後では,まだ電子放射パターンは変化していない。 後段処理が終了した段階で印加電圧は急激に減少す る。この急激な印加電圧の変化は,電子放射パター ンの変化にも対応している。これは,チップの先鋭 化が起こったこととも関連している。 チップの表面処理の最大利点は,極めて安定な電 流が得られることである。ステップ状およびスパイ ク状ノイズが激減し,電流減衰もほとんどなくなる。 短時間ノイズは0.2%以下,電流減衰は0.1%/h以下 と放射電流は極めて安定である。この高安定電流特 性は,表面処理によりチップ表面が単原子層グラフ ァイトで覆われることと深く関連している。化学的 に極めて不活性な単原子層グラファイトの特性が高 電流安定性を生み出していると考えられる。 表面処理NbC 〈110〉エミッターの電流安定性は, 表面処理におけるエチレン露出量に依存する。エチ レン露出量が100Lでの安定電流(電圧印加直後の20 分間に1%以上の電流変動のない最大全電流)は, 1x10-8Paで10μAとなる。25000Lのエチレン露出で は,安定電流は約50μAと大きくなる。この電流安定 性の差異は,(111)面と(100)面への単原子層グラ ファイトの生成の有無と関連している。(111)面上 に単原子層グラファイトを生成するには,100Lのエ チレン露出で充分であるが,この露出では(100)面 上に生成するには不充分である。(100)面上に単原 子層グラファイトを生成するには,少なくとも25000 Lのエチレン露出が必要である。(111)と(100)面 への単原子層グラファイトの生成条件の差異が,NbC 〈110〉チップの電流安定性を左右しているわけであ る。 NbCを用いた電界放射特性の実験から,単原子層 グラファイトを表面に形成することによって,放射 電流が飛躍的に安定化することが分かった。グラフ ァイト被覆NbCエミッターの高安定電流特性は, TiC, ZrC, HfCのIVa族炭化物,TaCのVa族炭化 物に共通にみられる性質である。これらの炭化物エ ミッターでは,(111)面や(001)面から電子が放射 されるわけではなく,それらの面で構成される電界 の強い局所部分の角から放射される。清浄表面チッ プで放射電流が不安定になるときには,必ずしも先 端部の電子放射領域に直接ガスが吸着していくわけ ではなく,(111)面や(001)面に吸着したガスが先 端部にマイグレーションして先端部の表面状態を変 えているとみることができる。単原子層グラファイ トでこれらの面を覆うと残留ガスが吸着しなくなる ので先端部に余計な擾乱が加わらず,電流が飛躍的 に安定化するものと考えられる。 (3 )今後の展開 極めて安定な電界放射電流は,遷移金属炭化物の 表面にグラファイトを形成することにより得られる ことがわかった。このような高安定電流特性を示す 電界放射材料は他にはない。電界放射材料の今後の ひとつの発展方向としては,基板材料として炭化物 以外の材料を使った場合にどうなるかを明らかにす ることである。例としてLaB6をあげることができる。 LaB6は,熱陰極材料として既に実用化されている材 料であるが,電界放射材料としての放射電流は安定 性に欠ける。グラファイト被覆NbCエミッターのよ うに,LaB6の表面をグラファイトで被覆した場合に, 安定な電流が得られる可能性がある。しかしながら, これに関する実験はまだなされていない。LaB6表面 へのグラファイト生成が極めて困難であることが大 きな理由である。何らかの方法でグラファイト生成 ができれば興味深い結果が得られるものと考えられ る。 最近,ダイヤモンドからの電子放射実験が注目を 集めている。これはダイヤモンド表面が負の電子親 和力になることを利用して,低電圧動作で安定な電 流を得ようというものである。いままでに報告され たダイヤモンドエミッターに関する研究は,扱う材 料や形態などの相異から大きく分けて5つに分類で きる。 これらは,1)ダイヤモンドのpnダイオードカソ ードの界面からの電子放射,2) CVDダイヤモンド 膜からの電子放射,3)ダイヤモンドエミッターア レイからの電子放射,4)ダイヤモンドあるいはダ イヤモンド様グラファイトをコーテイングしたチッ プからの電子放射,5)レーザーアブレーション法 により合成したダイヤモンド膜からの電子放射であ る。ダイヤモンドのpnダイオードの界面からの電子 放射は,1991年に米国のMITのM.W.Geisにより 発表されて,ダイヤモンドエミッター研究の引き金 になった研究である。レーザーアブレーション法に より合成したダイヤモンドエミッターはSIダイヤモ ンドテクノロジー社の主張している方法である。ダ イヤモンドからの電子放射に関する実験はまだ充分 ではないが,このような状況にもかかわらず開発研 究が先行し,米国のSIダイヤモンドテクノ ロジー社 は2~3年後を目途に平面型ダイヤモンドデイスプ レイを実用化したいとしている。SIダイヤモンドテ クノ ロジー社は,グラファイトを含むダイヤモンド の粒界からの電子放射が重要と指摘しているが,電 子放射機構についてはまだこれといった定説はない。 負の電子親和力を積極的に利用した着実な実験のつ みあげによっては,ダイヤモンドは新しい展開が期 待される電子放射材料である。 1―12触媒材料 第8研究グループ 総合研究官渡辺 遵 (1)はじめに 触媒は速度論を通じて化学の本質と密接に係わり, かつ近代化学工業に不可欠な機能材料として活躍し てきた。有機化学が近代化学工業の中枢的役割を担 うことができたのも各種触媒のおかげと言っても過 言ではない。産業の発展とともに環境汚染が地球的 規模で顕在化するに至り,環境の保全や浄化への応 用が触媒の新たな活躍の場として登場した。排ガス 等による大気汚染,炭酸ガス等による地球温暖化, 合成洗剤等による水環境の汚染あるいは細菌等によ る生活空間の汚染など様々な環境問題がある。大気 汚染の元凶物質である窒素酸化物については早くか ら触媒による浄化法が検討されてきたが,ディーゼ ルエンジンの普及や希薄燃焼ガソリンエンジンへの 移行の始まりとともに新たな対応策が求められてい る。以下ではこの点に関し背景と当所の研究現状を 概説し,材質研究をベースに,環境問題への貢献と いう観点から,我々の目標とすべき触媒材料を展望 したい。 (2)現在の成果 ボイラーで高温の燃焼反応を行うと,空気中の窒 素や燃料中の窒素化合物と酸素が反応し,窒素酸化 物が発生する。窒素酸化物は光化学スモッグの形成 やオゾン層の破壊に関与すると言われ,発生源での 除去が不可欠である。発生源は工場などの高濃度固 定発生源と自動車などの低濃度移動体発生源に大別 される。前者に対しては,V2O5/TiO2を触媒にし, アンモニアを還元剤とする選択還元法が効果をあげ ている。後者では,理論空燃比近傍で作動する現状 のガソリンエンジンに関してHC, CO, NOxを同時 に浄化できる3元触媒法が実用化している。しかし 近年,環境保全や経済性の観点から消費燃料の抑制 のため,希薄燃焼ガソリンエンジンへの移行が強く 求められている。 希薄燃焼状態の排ガスは理論空燃比のそれに比べ 多量の酸素(数%)を含有する。3元触媒は酸化に より失活するため,希薄燃焼エンジンには適用でき ない。高濃度酸素の共存下における窒素酸化物の除 去にはアンモニア選択還元法が適するが,自動車へ の搭載は無理である。このため高濃度酸素下でも活 性を維持し,未燃炭化水素を還元剤にして窒素酸化 物を選択還元できる触媒材料が探索され,各種ゼオ ライト,活性金属担持アルミナやチタニアなどが検 討されきた。しかし,それらは3元触媒と同様に酸 化等による劣化が問題となっており,新たな発想に 基づく新規な触媒材料の開発が求められている。 我々はチタン酸塩関連物質に関する触媒能の探索 過程で,従来とは異質な選択還元用触媒材料に遭遇 した。その素材はホーランダイト型一次元トンネル 構造を有する複合酸化物である。一般化学式はAxMy N8-xO16(以下AMNOと略記)で表され,x,y≦ 2 である。通常,Aはアルカリ金属,Mは2価または 3価金属,Nは4価金属である。結晶構造の骨格は (M, N)O6八面体で形成され,そのトンネル状空�� にアルカリイオンが収容される。アルカリイオンは 優れた可動性を呈し,トンネルに沿って非局在化す る。 この化合物群について,一酸化窒素(NO), NOと 炭化水素(ここではC3H6), NO + C3H6 + O2の各雰 囲気のもとでNOの転化率を室温から約1000Kの範 囲で測定した。触媒上にNOのみを流通しただけで は,転化は起きないが,プロピレンが共存するとNO の転化率は100%に達する。KGaSnOおよびKGaTiO の組成では高酸素濃度(4%)でも40~60%の転化 率を維持する。すなわち当該触媒の存在により,炭 化水素は酸素が共存してもNOから酸素を奪い,そ れを選択的に還元できる。この活性は極低比表面積 (1m2/g以下)かつ金属等の無担持状態においても 顕著に発現しており,従来型触媒にはない特徴であ る。 これらの触媒にNOを吸着させ,昇温脱離特性を 調べた。一部組成では窒素酸化物の吸着量が非常に 大きく,KGaSnO で 35μ mol・m-2, KZnSnO で29 μmol・m-2, KGaTiO で12μmol・m-2 KGoSnO では 7μmol・m-2などである。KGaSnOの場合は1nm2当た り約20個のNO分子の吸着に相当する。また,アン モニア昇温脱離特性の解析によると,選択還元活性 領域では有為な固体酸性がない。従来型触媒では固 体酸性が選択還元活性の要因の一つとして考えられ ており,この点でも従来とは異なることが明かとな った。 種々のAMNOによる同様の触媒反応はNOとC3 H6の転化速度比αで分類できる。NO + C3H6雰囲気 では高活性触媒はα=3 ,低活性なものは9である。 NO + C3H6 + O2雰囲気で高活性な触媒はSn系とTi 系で異なる挙動を示し,前者でα= 0.8,後者で0.5 である。酸素共存時のαが低いのは炭化水素の燃焼 反応が併行し,炭化水素の見かけの消費量が増える ためである。酸素共存下で高活性を示すKGaSnOと KGaTiOのC3H6利用効率は理想反応を規準にして 約18%と11%である。同じαすなわち同型の反応様 式に分類される触媒ではプロピレン利用効率と比吸 着量の間に図1のような線形関係が成立することを 見出した。 触媒表面に吸着させたNOの脱離挙動を温度を変 えて,FTIR分光法を用いてその場観察した。吸着量 の多いKGaSnOなどの結果から,昇温に伴う吸収ス ペクトルの変化はNO昇温脱離曲線や転化率の測定 結果とよく対応し,選択還元反応の起こる温度領域 で脱離量の多いものは転化率も大きいことが分かっ た。KGaSnO, K(FeGa)SnO, KFeSnO の赤外吸収 スペクトルの温度変化および転化挙動の比較から, 現状では選択還元に寄与する窒素酸化物の活性吸着 種は硝酸あるいは亜硝酸に近い形態と推定される。 従来の触媒は担持金属の影響や大比表面積化に伴 う材料自身の曖昧さなどのため反応機構の解明が難 しかったが,本触媒の活性は素材自身の属性に由来 すると考えられる。吸着量が多いことから,反応機 構解明の基礎となる活性吸着種を各種の測定手法に より様々な角度から解析できる可能性が高いので, これらに基づき反応機構の微視的な素過程を明確に し,上記の線形関係等の本質を明らかにすれば,よ り高性能な触媒材料を設計できるものと考えている。 (3)今後の展開 当該触媒素材の高比表面積化等により機能の改善 や向上を図ることも一法であるが,材質研究として は機能発現に寄与する因子を解析し,未知の高性能 材料を予測,具体化できるプロセスを構築すること こそ本質的に興味のある戦略である。当該材料につ いては幸い従来にない特徴のおかげで,これまでの データの総合的考察から,選択還元反応のキーポイ ントとも言える吸着,還元の素過程に関して,図2 に示すような微視的モデルを予測できている。それ 故,材質研究としての素朴な目標はこのモデルの真 偽を確かめ,図1の相関曲線の延長上に存在が期待 される高性能の未知触媒を材料設計的に創製するこ とである。 図1 ホーランダイト型触媒によるC3H6利用効率と比吸 着量の相関 図2 ホーランダイト型触媒による一酸化窒素選択還元 反応の微視的モデル 1―13イオン伝導体材料(その1) ―酸化物― 未知物質探索センター 主任研究官渡辺昭輝 (1)はじめに 電気伝導をもたらす電荷の担体が電子や正孔では なくてイオンである固体を,イオン導電性固体と称 する。イオン導電性固体は半導体であるため,その 電気導電度は温度の上昇と共に増加する。通常の物 質ではイオンと同時に電子の伝導も生ずるが,イオ ンによる伝導が支配的な物質を固体電解質と呼ぶ。 個々の固体電解質によって温度領域は異なるけれど も,電気伝導度は10-1~10-5S cm-1の高い値を示す。 特に,高イオン伝導性固体電解質を超イオン伝導体 と呼ぶこともある。イオンには正と負の二種類ある が,ここでは後者の負イオン,すなわち陰イオンで ある酸化物イオン(O2-)導電性固体について紹介す る。 酸化物イオン伝導体として良く知られている化合 図1 蛍石型結晶構造図。化学式CaF2で表される蛍石が この構造の代表である。 物は立方晶ジルコニア(c-ZrO2),ハフニア(c-HfO2), セリア(CeO2),トリア(ThO2),さらに高温安定酸 化ビスマス(δ-Bi2O3)等であるが,これらはすべて図 1に示すような蛍石型の結晶構造を有している。こ の構造では酸素が最密充填することなく,��間の多 いのが特徴的であり,換言すれば三次元のチェスボ ード構造である。酸化物イオン伝導体の代表は安定 化ジルコニアであり,自動車の排ガス中のHC, CO, NOxを浄化する三元触媒を効率的にはたらかせるた めの空燃比制御用の酸素センサー,溶鉱炉や溶銅炉 中の溶存酸素量測定のための酸素センサー,また酸 素濃縮や酸素除去に用いる酸素ポンプ等として応用 されている。 一方,酸化ビスマスは単斜晶系に属する低温安定 相(α-Bi2O3)は730℃で蛍石構造をもっ高温安定相(δ -Bi2O3,以下ではδ相と記す。)に転移し,825℃で融 解する。δ相は730~825℃で100Scm-1という高い酸 化物イオン伝導を示す。実際,α→ δの固相転移に おける転移熱のほうが,δ相が溶ける融解熱より大き いという異常な現象が観察される。これは,δ相では O2-が液体状態に類似した運動をし,それが良好な酸 化物イオン伝導をもたらすと説明されている。この ように,δ相は理想的な酸化物イオン伝導体であるが, 安定存在温度領域が狭い,還元雰囲気に弱い等の欠 点が見られる。そのため,ジルコニアの場合と同様 に他の酸化物を添加することによってδ相を転移温 度よりもはるかに低い温度領域まで安定化すること が多くの研究者によって試みられた。その結果,希 土類酸化物(Ln2O3)の添加が有効であると結論され, 安定化されたδ相が室温にもたらされた。とりわけ, イットリア(Y2O3)添加の場合について数多くの報告 が見られた。 しかしながら,当所における詳細な相平衡の研究 結果は,これらの安定化されたδ相はすべて高温安 定相が急冷凍結された状態であり,転移温度以下で は準安定な状態であることを明らかにした。 (2)現在の成果 上述のδ相の安定化の可否を論ずるのは,酸化ビ スマスと希土類酸化物との相平衡を検討することで あると言える。したがって,希土類酸化物(Ln2O3, Ln = La, Pr, Nd, Sm~Lu, Y)との二成分系の相平 衡を再検討したところ,次に示すような低温安定相 の存在が確認された。 ①LnがLa~Er, Yの場合は組成がLn2O3が22.5モ ル%の近傍に層状構造をもつ六方晶系に属する固溶 体が存在し,Lnに依存して670~900℃でδ相に転移 図2 Bi2O3―Y2O3系の平衡状態図。Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳで示 される相が低温安定な中間相であり、δで示され た相が蛍石型構造を有する高温安定相である。 する。 ②LnがSm~Dy, Yの場合に,Ln2O3が35モル%付 近にC型希土類酸化物と類似の体心立方晶系に属す る構造を有する低温相が存在し,約900℃でδ相と希 土類酸化物の組成に富む隣接相に分離するが,さら に高温域ではδ相の単一相となる。 ③LnがDy~Er, YではLn2O3が49モル%付近にδ 相に関連した三斜晶系に属する構造をもつ相が存在 し,約1000℃で分離するが,より高温域ではδ相に なる。 ④LnがLa~Ho, Yの場合に,Ln2O3が50モル%以 上の組成にLaOF型の固溶体が存在する。 ⑤LnがTm~Luでも,低温安定相の存在が確認さ れ,組成や構造を現在検討中である。 上記の結果に基づいて,これまでに数多くの研究 者によって検討されてきたBi2O3 ― Y2O3系の平衡状 態図を完成させた。図2に示すように4個の低温安 定相が存在するために,δ相は組成と温度に関し,高 温安定相として限られた領域を占めていることがわ かる。それゆえに,δ相は低温領域へ平衡状態で安定 化されることはない。酸化ビスマスと希土類酸化物 との系は固相反応の速度が非常に遅いという特性を もっており,その結果,反応生成物は「オストヴァ ルトの階段則(すなわち,熱力学的に不安定な状態 でも生成し易い相が優先的に出現するということを 述べた法則)」に従って,十数時間の熱処理では広い 温度・組成領域で常にδ相であった。既往の研究は この点に気づかなかったために,実際には低温で準 安定なδ相を安定な相と結論してしまったのである。 現在までのところ,全組成領域での相平衡を検討し たのはBi2O3― Y2O3系のみであるが,上記の実験結 果から他の系でも同様な平衡状態図となることが予 想される。このように,希土類酸化物の添加によっ て得られたδ相は安定化されないことが判明したが, 上記の低温安定相は電気伝導度はδ相には及ばない が,酸化物イオン伝導体であることが明らかになっ た。 (3)今後の展開 希土類酸化物のみならず他の酸化物を添加しても δ相を安定化させることは困難であることが判明した ので,δ相に匹敵する酸化物イオン伝導特性をもつビ スマス複酸化物を探索することが重要である。最近, フランスのリール大学で見出された化合物Bi2VO5.5 の高温安定相は高い酸化物イオン伝導(600℃で> 10-1S cm-1)を示すが,550℃近傍で低伝導性の低温 相へと転移してしまうという欠点があったが,CuO 等の金属酸化物を添加することにより高温相が安定 化され,350℃で10-2S cm-1程度の酸化物イオン伝導 を示すことが判明した。したがって,この物質に関 しては現在,多数の国で研究がなされている。この ように,δ相にとらわれないで低温作動酸化物イオン 伝導性ビスマス複酸化物を見出すことが今後の問題 であるが,Bi2VO5.5はこの問題解決のためのヒントを 与えてくれるように思われる。低温作動の高酸化物 イオン伝導体が開発されれば燃料電池への応用が期 待され,高効率で低公害の発電所建設が可能となり, さらには小型化した燃料電池を自動車に登載するこ とにより,軽量で低公害(騒音・NOx無し)の電気 自動車が実現できることになり,都市部の大気汚染 は大幅に改善されよう。 1―13イオン伝導体(その2) ―銀カルコゲナイド― 第2研究グループ 主任研究官和田弘昭 (1)はじめに 銀の化合物には,イオン伝導性を示すものが少な くない。ファラデーが興味を持ち最初に研究を行っ たのはAg2Sである。またハロゲン化銀が非常に高い イオン伝導性をもつ事がわかったのは20世紀初頭で ある。これを契機に多くの銀化合物が調べられ,そ のイオン伝導性が明らかにされてきた。最近では, 液体の電解質と比較しうる程の電気伝導度を示す超 イオン伝導体(10-3ohm-1cm-1以上)が注目され,新 物質の創製や輸送現象の解明に関心が集まっている。 銀系カルコゲナイドについてもすでに多くの報告が あり,そのうちのいくつかは,電気化学デバイスと して二次電池正極材料,電位記憶素子,リソグラフ ィーなど固体アイオニクス材料への応用が期待され ている。しかし,多岐にわたる物質群がすべて研究 されているわけではなくデータも十分ではない。特 に遷移金属元素を含む系についてはまだまだ検討の 必要性が高い。カルコゲナイドの一般組成式を AgαMβXγ で表すと,α + nβ = 2γ, α≧β, γ = 2,3, 6,8の条件を満たす化合物の報告が多い。Ag8GeS6, Ag8SnS6などはその一例で天然鉱物としても存在が知 られる。こうした銀に富むカルコゲナイドの研究は, ヨーロッパを発端に1950年代半ばより始まった。一 般にM元素として 周期律表のⅢb-Ⅴb族元素のみ が入るものと考えられた。CuやCdの化合物も含め て,この種の化合物が立方晶系のAg8GeS6構造と類 似した構造を示すことから,Khueらにより総括的に “アージャイロダイト族相”と命名された。 一方,遷移金属側では,我々が研究を開始した1990 年代はじめには,富銀化合物に関する報告はほとん どなかった。遷移金属Ⅲ a―Ⅴ a族のカルコゲナイド への当時の研究の主流は,MS2やMS3の組成式で示 される層状化合物へのAg, Cu,アルカリ金属などの インターカレーション反応についてであった。そこ で,Ⅲ a―Ⅴ a族元素の富銀組成領域におけるデータ の取得を目的として,Y, Ti, Hf, Nb, Taなど一 部の系の元素を選んで,新規カルコゲナイドの創製 とそのイオン導電率の測定の研究を実施することと した。 (2)現在の成果 石英封管法による乾式合成ののち,得られた生成 物質について,粉末X線や単結晶X線による解析を 行い,以下に記述するように多くの新規化合物を見 いだした。これらは一部を除いていずれも当所の四 軸X線CAD4システムにより世界に先駆けて構造解 析された物質である。それらは結晶構造上の特徴か ら4種類に分類することができる。 ①一般組成式Ag(12-m)Mm+X6で表される化合物。 いわゆる“アージャイロダイト族相”と同じ構造 を持ち,Mには第V族元素,Nb,Ta,第Ⅳ族元素, Tiが,またXには主としてSが入るもの。Se化物 はTa系にのみ出現する。合成された新物質,Ag7 TaS6, Ag7TaSe6, A7NbS6, Ag8TiS6はいずれも立 方晶系に属し,格子定数は,各々10.5139(3) Å,10. 8277(5) Å ,10.5001(6) Å,10.6280(7)Åである。空 間群は室温で硫化物がF43m,セレン化物がP213で ある。これらの粉末X線回折パターンには,図1に 示されるようにCu2θで20°以上で非晶質物質に特有 なバックグラウンドの増大が認められる。これはM やXで構成される骨格格子の間��を液体状のAgイ オンが動き回ることを反映したイオン導電性カルコ ゲナイドの特徴的現象である。F43mの結晶構造を 図1(e)に示す。単位胞に4分子を含み,24ケのカル コゲンは四面体的に密充填し金属原子はその間��を 占める。結晶におけるAgの原子半径は実際には, 1.44ÅとMの半径よりやや大きいが,図では位置的 関係が見易いように占有率に比例した大きさの小球 で表した。硫化物では銀の配置が等方的平均構造で あるのに対して,セレン化物(図1(c))では銀の動 きが多少拘束され対称性がP213とやや下がる。この 結晶構造を図1(f)に示す。 また,陰イオンの一部はハロゲンによる置換が可 能でヨウ素の場合は,Ag7-yTaSe6-yIy (0 >N2となるためαは正となって, (1)式で出射光強度Iは入射光強度I0より小さくなり 光は物質によって吸収される。αが大きいときには, 例えばサングラスのように吸収の度合いも大きく物 質からの出射光は弱まり,また小さければ窓ガラス のように吸収は少なくほぼ透明になる。強い光を物 質に当てると逆にN0 << N2となる(反転分布)ため αは負となり,(1)式でI>I0となって光は物質を通過 する間に増幅される。この増幅作用の結果として2 枚のミラー間にレーザー物質を置いて光を往復させ ると,その度に増幅されてあるしきい値を越えると レーザー発振に至る。このレーザー光の特徴として は,指向性の優れたビーム状でエネルギー密度が高 いこと,光波の山と谷が良くそろっていること(コ ヒーレント)等があげられる。三準位レーザーの場 合には上述のようにほぼ全ての電子がN0の準位に分 布するために反転分布を起こしにくいのに対し,四 準位レーザーの場合にはN1の準位の電子分布数は極 めて小さいため容易にN1<