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[轟 眞市](https://orcid.org/0000-0003-3986-1900)

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[窮すれば光ヒューズ―綱渡りを支えたのは、こだわり、手作り、Linux](https://mdr.nims.go.jp/datasets/5dff9615-8e2f-4134-a527-1a7c8d189414)

## Fulltext

My struggle for the invention of optical fuse未来材料第 4巻 11号 pp. 71–74 (2004)チャレンジロード第 45回窮すれば光ヒューズ—綱渡りを支えたのは、こだわり、手作り、Linux—轟眞市 Shin-ichi Todoroki物質・材料研究機構物質研究所主幹研究員京都大学大学院工学研究科博士後期課程修了後、1993年日本電信電話株式会社光エレクトロニクス研究所入所。1997年同社知的財産部、1998年科学技術庁無機材質研究所入所を経て、2001年 4月より現職。1999年日本セラミックス協会進歩賞受賞、2002年日豪合同セラミックス賞受賞。 手作り装置と Linux PCに囲まれて1 序: 2003年10月14日「うわっ、焼けた」図 1:光ヒューズの動作写真その日２回目のレーザ注入実験だった。黒い水彩絵の具を塗布した光ファイバから閃光が生じ、絵の具が一瞬で灰になり、光ファイバを繋いでいたガラスが消えて無くなっていた (図 1参照 [1, 2])。期待していた通りの結果だった。しかし一週間前には予測しえない展開だった。明日から秋の学会シーズン開始という日に、ファイバーレーザが納品された。「低軟化点ガラスで融着した光ファイバに強い光を注入したら、自律的に焼き切れる光ヒューズができるはずです！」と大見栄を切って、所長からせしめた研究費で購入した。根拠はあった。春のとある国際会議で、数W程度のレーザー光が光部品を損傷さてしまう話題が提供されていた。一つ目の学会から戻ると、ファイバーレーザーの自動制御を行なう小さなソフトウエアを書き、実験装置に組み込んだ。初試験に漕ぎ付けるまでに 9日経ってしまっていた。結果は失敗。何も起きなかった。世の中そう甘くはない。光ファイバを通り抜ける光からガラスを焼き切るに足るエネルギーを引き出すには？光吸収層で被覆するのはどうだろう？すぐに試したい。ホームセンターに自転車を走らせ、黒くてすぐ乾く液体を探し、水彩絵の具を買ってきた。１回試したが何も起きなかった。明日は別の学会だ。そしてレーザ納品から半月後、冒頭に記した現象を目撃することになる。「光ヒューズ」というわかり易い成果であることが幸いし、いろいろな人に興味を持ってもらえることができた。しかしそこにたどり着くまでには、綱渡りを何度も繰り返してきた。上に紹介したエピソードはその最後の一つに過ぎない。「窮すれば光ヒューズ」に至った経緯を振り返ってみたい。未来材料第 4巻 11号 pp. 71–74 (2004)2 こだわり大学で博士号を取ってから企業の研究員として働き始めた。大学で研究してきた多成分酸化物ガラスの知識を生かし、今度はそのガラスで既存の光ファイバを凌ぐ超低損失光ファイバを作るという仕事に取り組んだ。ガラスの王様といわれるシリカガラスに真正面から立ち向かうリスクの高い研究だった。しかし程無く研究はゆき詰まり、紆余曲折を経て現在の職場に籍を移すことになった。この辺の事情は別の拙文 [3]に記しておいた。新しい環境で新しい研究を始めるに当たって考えたことは、ガラスの王様になれないガラスをなんとか光ファイバ型のデバイスに仕立てたい、ということだった。しかし、さしあたって光ファイバを合成する装置もなければ、それを買う予算もない。文献検索に引っかかった論文を真似て、別のガラス組成の光ファイバを作ってみた。線引き装置は実験室にある部品をかき集めて自作した。結果は失敗。ひどい品質のガラス繊維だった。そのころ、たまたま中村修二氏の著作を読んでいた。氏にならい、もう他人の論文は読むまい、と決意した。時間は前後するが、前述の真似ファイバに関する企画書を書いて、あるところから 3年間研究費をもらうことになっていた。しかし、この作製方法に見込みの無いことがわかったのは、このプロジェクトが始まった後だった。なにか別の作製方法を考えなければならない。失敗した方法は、硬質ガラス毛細管の中に別のガラス融液を吸引したものを作製し、それを加熱して引張ることで光ファイバにする方法だった。(前半の技術は別の研究の出発点として利用することができた [4]。)あとから加熱することが品質を悪くするのであれば、既に細く加工されたガラス管にガラス融液を入れれば良いのではないか？光ファイバの軸合わせに用いるフェルールという部品がある。光ファイバの外径よりわずかに大きい内径の貫通孔を有しているし、ガラス製のものも手に入る。ガラスフェルールの中に別の低軟化点ガラス融液を導入し、その後、両方の穴から光ファイバを接続すれば、王様でないガラスを光ファイバに簡単に接続することができるはずだ。3 手作りでも、どうやって直径 125μmの貫通孔にガラ温度: 800°Cガラス融液白金棒フェルール光ファイバ図 2:フェルール内部へのガラス融液導入手順ス融液を導入すれば良いのだろう？そもそもフェルールとは光ファイバを素通しする部品なのだから、あらかじめフェルールに光ファイバを差し込んでおき、反対の孔にガラス融液を少量付着させ、光ファイバを引っ張ればよいのではないか (図 2参照)。方針は決まった。作製装置を構成する部品を選定発注し、一から組み立てていった。実験を進めていくと、この方法も筋が悪いことがわかってきた。ガラス融液をフェルールの真中に導くことには成功したが、表面張力の関係で融液の両端の形状が凹型になってしまう。これは、ガラスの両端に凹レンズが付いていることに相当し、光ファイバを接続しても光学的結合が形成されず、光を全く透過しない。それでも収穫はあった。十数ナノリットルのガラス融液を取り扱う技術を習得できた。またフェルールとガラス融液との熱膨張差が2桁あるにもかかわらず、導入したガラスの長さが2mm未来材料第 4巻 11号 pp. 71–74 (2004)以下であれば、冷却にともなって界面に発生する残留応力に耐え、破壊が起こらないことがわかった。破壊を避けて光ファイバとガラスを直接接合するにはどうすればよいか？フェルールがあるが故に、ガラス融液が望ましくない形状になる。フェルールを使わずに、光ファイバを使ってガラス融液を採取し、そのまま接合させれば良いのではないか。光ファイバとガラス融液との接触面は高々直径 125μmだから、破壊は起きないはずだ。方針は決まった。作製装置を改造するのに必要な部品を選定発注し、組み立てていった。4 Linux今回の作製方法は、いわば機械を介してマイク金板＋加熱器ファイバ調芯器CCD カメラ(1)(2)(3)図 3: 低軟化点ガラスで光ファイバを融着するのに用いた装置ロガラス細工を行なうようなものである。数ナノリットルのガラス融液が付着した光ファイバを、操作する人間の意図するタイミングでμm単位で動かさなければならない。2本の光ファイバとガラス融液を保持するヒータの三者 (図 3参照)の位置制御をするステッピンクモーターは 15軸に達した。できあいのソフトウエアでは対応できない。とはいえ、専用ソフトの開発を外注するだけのお金も無い。フリーソフトウエアであるLinuxとRubyを使って、制御ソフトウエアを自作した。幸い学生時代からUNIXに慣れ親しんでおり、Linuxはそこから派生したOSなので、違和感無く使える。Ruby[5]は、オブジェクト指向スクリプト言語と呼ばれる新世代の言語であり、ソフトウエアを部品化し、それらを組み合わせて使うことが可能な言語である[4]。私の「手作り」方針にマッチした道具であり、以前用いていた言語に比べ、作業効率は大幅に向上した。こうして、2本のシリカガラス製光ファイバを非シリカガラスを介して接合する技術は完成した。驚いた事に、今まで光ファイバに加工することが不可能であったガラス材料も、この方法を使えば光ファイバに組み込むことが可能になることがわかった。採取した融液は超急冷されるので、結晶析出が抑制されるのである。材料のポテンシャルを引き出すプロセス開発という点で、研究費をもらったプロジェクトにも貢献することができた。しかし、この光学的結合構造には本質的な欠点があった。(1)非シリカガラス部分には、光を閉じ込める導波構造が無いので、光損失が大きい。(2)ガラス部分の長さは、0.6mmより長くすることができなかった。光ファイバから入力される光がガラス部分と相互作用する長さは極めて短く、光増幅のような用途には使えない。(3)残留応力による破壊は免れたものの、局所的に強度が低い部分があることには変わり無い。このような欠点をカバーして余りある用途は無いものか？残念ながらすぐには思いつかなかった。そうこうしているうちに、冒頭で述べた通り、とある国際会議で光損傷の話を聴く機会を得た。光によって誘起される破壊を目的にするならば、(1)接合部の光損失は、破壊を引き起こすエネルギーの供給に使える。(2)相互作用長が短いので、供給するエネルギーが一ヶ所に集中し好都合である。(3)局所的に強度が低いので、破壊に至らしめるエネルギーは少なくて済む。まるでオセロゲームの様に、欠点が利点へと転換した。あとは実証だけである。この後の話は、未来材料第 4巻 11号 pp. 71–74 (2004)冒頭に述べた通りである。5 綱渡りはつづくうまい研究結果が得られたら、まずは特許出願である。従来技術を調べているうちに、既に光ヒューズを販売するとアナウンスしていた米国企業を発見した。そろそろ試験供給が始まる頃である。おそらくは、異なる原理で実現したものであろう。可能な限りの情報を集め、注意深く明細書を作成し、出願した。次はどの学術雑誌に発表するかである。私のデバイスが、世界で初めての光ヒューズでは無いことがわかった以上、雑誌の知名度よりも出版までのスピードを優先したい。Jpn. J. Appl.Phys.はExpress Letterという最短 45日で出版されるシステムを持っている。ここに出すことに決めた。一方で、たまたま自分の所属する組織の広報誌に 1ページの解説記事を書くことになっていた。当初予定していたテーマを変更し、光ヒューズのカラー写真を原稿に含ませた。また、地元の研究開発交流フォーラムに何か出展せよ、との依頼が舞い込んだ。日程は 1月31日。論文はまだ採択されていないが、その日までに出版されるだろうか？大丈夫ということにして、「光ヒューズ」を含まないタイトルで登録申込をした。結局論文は、そのフォーラムの一週間前にWeb公開された [1]。例の企業による光ヒューズの特許も公開され、動作原理が異なることが確認できた [2]。6 おわりにここまで述べてきた話を、大学院の学生達の前で話す機会を得た。企業の研究所への就職が内定している学生から質問を受けた。このようなおおらかな研究ができる場所は限られていて、企業などではできないのではないか？確かにその通りなのかもしれない。私も身に覚えはある。しかし、私がこの体験談を通じて私よりも若い世代に伝えたいことは、別の点にある。他人に負けない技術を身に付けた上で独自の発想でことに取り組めば必ず道は開ける。失敗を恐れてはならない。私の場合、こだわり、手作り、Linuxがあったからこそ、窮しても光ヒューズを得ることができた。参考文献[1] S. Todoroki and S. Inoue: “Optical fuse by carbon-coated TeO2 glass segment inserted in silicaglass optical fiber circuit (express letter)”,Jpn. J. Appl. Phys.,43, 2B, pp. L256–L257 (2004).[2] 轟眞市：“光ヒューズの開発—新たな光ファイバ型入力制限素子”, Material Stage,4, 5, pp.6–10 (2004).[3] 轟眞市：“最古の人工材料・ガラスに新しい価値を吹き込む”, 科学技術ジャーナル, 10, 4, pp.50–51 (2001).[4] 轟 眞市：“仮想試料ライブラリによる多次元データ管理”, コンビナトリアルテクノロジー—明日を開く’もの作り’の新世界 (鯉沼秀臣,川崎雅司（編）),丸善,東京,第 7.2章, pp.195–202 (2004). (ISBN4-621-07447-4).[5] “Rubyホームページ”. (http://www.ruby-lang.org).http://jjap.ipap.jp/link?JJAP/43/L256/�http://www.ruby-lang.org�